殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
翌日、3人は再び四ノ倉学園を訪れていた。表向きの理由は誹謗中傷問題の対策という事だが、実際には深町充の死の真相を明らかにするためである。
3人がまず向かったのは、深町が首を吊ったという桜の木であった。
「これが、例の生徒が首を吊った木です。」
施設管理を任されている梶間という老人の案内で珠樹達は木を見上げる。
その幹には事件から半年以上経つと言うにも関わらず、生々しい痕跡が残されていた。
「深町君が首を吊った枝はどれか分かりますか?」
「ええと、たぶんその枝です。」
梶間は木の一番低い所にある太い枝を指差す。
地面から約2m20cmほどの高さの所に、1ヵ所だけ樹皮が剥けて色が違う場所があった。
珠樹達はその枝の下に向かって手を合わせると静かに頭を下げた。
「深町くんを最初に見つけたのは…」
「私です。その日は日曜日で午前中から講義が行われるので、早朝早朝から門を開けて見回りを。その時に学生が首を吊っているのを…」
「すぐに警察と救急に連絡をしたんですね?」
「はい。もちろんです。」
「では、発見時なにか不自然な事は感じましたか?」
「いや、特に。ご存知かもしれませんが、この学園では過去に何度も首吊り事件が起きていまして、今回もそれかと…」
梶間の答えに珠樹は眉を寄せる。
第一発見者の証言からは深町充の死が自殺以外とする有力な手懸かりは見つかりそうになかった。
「あの、門の所に監視カメラがありますよね?それに何か残されてませんでしたか?」
「どうでしょう?当時は確認していませんでしたし…」
「えっ!?監視カメラの映像を確認して無かったんですか!警察も!?」
「ええ。近くの警察署の方が来られたんですが、また自殺だろうと言われて簡単に調べただけで、監視カメラの映像を確認したりは…」
あまりにも四ノ倉学園で自殺騒ぎが頻発していたせいで、警察もバイアスが掛かり早々に捜査を打ち切ってしまっていたのだ。
これがもし自殺以外だった場合、明らかな初動対処ミスである。
これには珠樹のみならず冬部も苦虫を噛み潰したような顔になる。
「あの、ちなみにその時の映像って…」
「はあ、何ヵ月も前の事なんで既に消去されてます。」
梶間の言葉に珠樹はガックリと肩を落とす。
それでも少しでも手懸かりになりそうな証言を得られないかと色々と聞いてみるが、色好い返事は返ってこない。
そうしているうちに徐々に梶間の表情に不審の色が見えてくる。
「あの、先生方はうちの誹謗中傷問題の対処をしておられる、と聞いてますが、自殺事件の事が何か関係あるんですか?」
「ああ、まあ、そうですね。裁判になった時、事実認定が重要になることもありますし、その時に学園側の対応が生徒の自殺とは直接的な関係無いという証拠を提示しておく必要がある場合もあるんです。」
嘘は言っていない。
自分達は裁判になった時に備えて自殺事件を調査しているのだと伝えると、梶間は納得したような様子を見せる。
「はあ、なるほど。まあ直近の出来事ですし、深町という生徒の親御さんからも色々と頼まれましたから。」
「色々と頼まれた、というと?」
「絵ですよ。その深町っていう生徒、美術大学を目指していたそうじゃないですか。それで亡くなった後、ご両親が学園に彼の描いた絵を寄贈されたんです。ただ、なんと言うか、ちょっと気味が悪い絵でして...」
「気味が悪い、ですか…」
死んだ生徒が描いた絵について良くない感想を漏らす梶間に恭一郎は思わず眉を寄せる。
それを見た梶間は慌てて言い繕う。
「あっ、いえ!決して絵を描いた生徒を悪く言うつもりは無いですよ。なんと言いますか、その絵に対して少し変な噂があって…」
「噂…それはどういった?」
「いや、そのぅ…絵に描いてある女の髪が伸びていると…」
「はあ?」
オカルト染みた梶間の言葉に珠樹達は唖然とする。
それでも、深町が残した絵というのが気になった3人は寄贈された絵を見たいと申し出たところ、梶間は気が進まない様子ながらも3人を絵が飾られている空き部屋に案内した。
「これが深町君が描いた絵ですか…」
殺風景な空き部屋の壁に掛けられた絵を眺めながら珠樹が呟く。
それは裸婦画であった。
絵の中では黒髪の女性が穏やかな微笑みを浮かべている。
不気味な噂とは全く無縁な様に感じられた。
「凄い優しそうな人ね。何というか聖母っぽいというか…」
「はあ、実際この絵のタイトルは『子守唄』というものらしいですよ。」
「『子守唄』…なるほど、つまりこの女性は子供達の健やかな成長を祈る慈愛の聖母、って訳か。」
梶間の説明に冬部が1人納得したように頷く。
そうして絵を眺めていると、珠樹は絵が掛けられた壁の下に黒い汚れが溜まっているのに気が付いた。
「これって…」
屈んで汚れに手を触れてみると、それは固まった塗料であった。
「…すいません梶間さん。あの絵をよく見たいんで下ろして貰ってもよろしいですか?」
「え?はあ、それは構いませんけど…」
梶間は珠樹の申し出に戸惑いながらも了承し、梯子を持ってくると壁から絵を外した。
手に持って『子守唄』を観察した珠樹は、床に落ちた塗料の正体と『髪が伸びる』という噂の真相にたどり着いた。
「やっぱりそうだわ。この絵、油絵の上から水性絵具で上書きされてる。」
「上書きですか?」
「うん。全体は油性の絵具だけど、顔の部分だけは水性絵具よ。多分、顔の部分だけ上書きされたんだわ。」
「なるほど。1度完成された絵の上から別の絵を描いて、聖母の本当の顔を覆い隠したという訳か。だけど外気と直射日光なんかで表面の絵具が乾燥し、ひび割れて剥がれてきたせいで下に隠されていた絵が髪の部分から徐々に露になってきた。それが髪が伸びてきたように見えたわけだ。」
冬部の推理に珠樹も同意を示す。
真相が判明すれば何の事はないただの絵具の劣化だったわけである。
「気になるのは一体どうして深町君がわざわざ完成させた絵をわざわざ上塗りしたのかという事ですね。」
「深町君のお母さんの話では、深町君には気になる異性が出来た可能性があるわ。」
「つまり上塗りされた下には、深町君が心を寄せていた相手が隠されているというわけか?」
「その可能性はあるわ。絵のモデルにしたは良いけど裸婦画でしょ。そのまま出すのは不味いと思ったのかも知れないわね。」
「なるほど。こうなってくるとモデルの正体が気になるところですけど、流石に遺族の了承も無しに表面を削る訳にはいかないですよね。」
「そうね。今度御両親とお話ししてみて、その上でどうするか確かめましょう。」
珠樹がそう締め括り、『子守唄』に関する話は一旦終了した。
再び壁に絵を掛け空き部屋を出る間際、珠樹が振り替えると絵の中の聖母は相変わらず穏やかな微笑みを浮かべていた。
それから学校が終わって生徒達が集まる頃まで時間を潰した珠樹達は、一と美雪、そして千家が現れたのを見つけると3人に話し掛けた。
「どうも、お疲れ様。」
「あれ?珠樹先生達、今日も例の誹謗中傷事件の調査?」
「まあ、関連があるかもしれない事なんだけどね。千家君、授業が終わったら少し話を良い?」
「えっ!?俺ですか?」
突然指名された千家は戸惑った様子を見せるが、次に珠樹が告げた言葉に完全に顔色を失う。
「うん。深町君の事でね。詳しく話を聞きたいの。
「っ!!」
「冬部先生と恭一郎先生から話を聞いたわ。千家君、深町君のことについて何か知ってるわよね?」
珠樹の問い掛けに千家の顔は真っ青になる。
その反応は言葉よりも明白に真実を物語っていた。
「無理に話せとは言わないわ。けれど、もし何か話さなければならないと思っている事があれば勇気を持って話して欲しいの。もちろん、貴方の迷惑になるような事はしない。」
「………」
珠樹の説得に千家は悩ましげに口を歪める。
そこに助け船を出したのは一だった。
「安心しろよ、千家。珠樹先生は信用できる人だぞ。」
「金田一…」
「俺はお前がその深町って奴に何か悪いことをしたとは思わねえからさ。お前が正直に話した方が良いと少しでも思ってるんなら、珠樹先生に話しても良いんじゃないかな?」
友人の言葉に後押しされた千家は、決心を固めた様子で大きく頷いた。
「分かりました。俺が知っている事についてお話しします。今日はテストがあるんで上がる時間は少し遅くなりますけど大丈夫ですか?」
「ええ。何時でも待ってるわ。」
「決まりだな。じゃあ珠樹先生、テストが終わったら俺から連絡するよ。」
そう言って3人と別れた珠樹達は、テストが終わるまでの時間を潰すことにした。
「それにしても、千家君は深町君の何を知っているんでしょうかね?」
学園の中庭で缶コーヒーを飲みながら、恭一郎が珠樹と冬部に問い掛ける。
「うーん、まだ確証は無いけど、これまでの話から推察すると深町君をイジメていた人物の話じゃないかしら。」
「そういや深町君のお母さんの話じゃ深町君は高校でも四ノ倉学園でもイジメにあっていた兆候があったんだってな。」
「うん。絵を破かれたり暴力を受けていた様子があったみたい。本人は否定してたみたいだけど。」
「…イジメを受けている子供は親に心配かけないよう、誰にもイジメを受けている事実を伝えない傾向があるからな。それに、子供にもプライドがある。そうした部分からイジメが発覚し辛い部分はあるんだ。」
冬部が重い口調で語ると、恭一郎は憤りを表情に出す。
「本当に酷いですよね、イジメって!それこそ小学生だってイジメは悪いことだって教えられるのに、それでもイジメをしちゃう人ってどういう感覚なんでしょか!」
「…恭一郎先生の言う通り、現代日本で生きている以上初等教育の段階で『イジメは悪だ』って事は教わるし、漫画やアニメ、ドラマや映画でもイジメをするのは悪役で、最後には大抵報いを受ける。つまり、この国の人間の大半は『イジメが悪いことだ』と正しく認識できる環境にいるって事になる。」
「だったら何で...」
「これはアメリカの大学の研究によるんだが、イジメの主犯格だった人間を調査した結果、その大部分が家庭内に不和を抱えていたらしい。」
「家庭の不和、ですか?」
「ああ。いわゆる虐待だ。その程度こそまちまちだが、イジメを行う子供は高確率で家庭内に問題があるらしい。つまり、家の中で溜め込んだストレスを、家の外で他者にぶつけ発散しているんだ。」
故にイジメが発覚した時には被害者のケアは勿論、加害者側の家庭環境を調査し、カウンセリングを受けさせる必要があるのだと、冬部は語る。
「なるほど、そういう考え方もあるわけね。誤解を恐れず言うのなら、イジメとは『外的要因による精神疾患の行動例の1つ』とも言える訳かもしれないわ。」
「でもだからって、イジメが許される理由にはなりませんよね?」
「当然だ。例えどんな理由があろうとイジメは許されない。『イジメられる方にも理由がある』なんて理論ありえない。」
冬部は飲み干した缶を握り潰す。そこにはどうにも出来ない憤りが感じられた。
「はあ、重苦しい空気に成っちゃったわね。ええと、今18時45分。はじめ君達のテストが終わるのが20時だから、今のうちにご飯済ませちゃいましょ。」
「そうだな。ええと、ゴミ箱は…」
「あっ、それならさっき建物の中にあるのを見ました。俺が捨ててきます。」
「そう?じゃあお願いね。」
恭一郎は珠樹と冬部から空き缶を受けとると、ゴミ箱に捨てるために校内に入った。
入って間も無く、自販機の横にあるゴミ箱を見つけたが缶用のゴミ箱は既に満杯であった。
一瞬ゴミ箱の横に空き缶を置いておく、というのも脳裏に過ったが、大人として子供達が利用する場所でマナー違反をするわけにはいかないと、仕方なく別のゴミ箱を探すことにした。
それから5分ほど人気の無い廊下を歩き回るが、空き缶用のゴミ箱は一向に見つからない。
流石にこれは一度珠樹達の所に戻ろうか、と思っていると、不意に物音が耳に入った。
現在テストの合間の食事休憩時間。
生徒の誰かが静かな場所で食事をとっているのかも、とは思ったが、どうにも気になる。
音のした方を窺うと、半開きの扉が眼に入った。
自然とそちらに足が向く。
もし人が居ればついでにゴミ箱の場所を聞こうと思い扉の隙間から中を覗くと、首吊り状態で踠き苦しむ少年が見えた。
「はあっ!?ちょっと、なにをしているんだ!!」
恭一郎は大声を上げると空き缶を放り出し部屋に飛び込む。
その瞬間、部屋の中から「えっ?」という声が聞こえると共に、首吊り状態だった少年の身体が床に落ちる。
恭一郎は声のした方に眼もくれず、倒れた少年に駆け寄ると首に食い込んだ縄を外し肩を叩いた。
「おいっ!?大丈夫かっ!しっかりしろっ!!」
呼び掛けに少年は応えない。眼は固く閉じられ、唇は鬱血している。チアノーゼが始まっていた。
呼吸を確かめると、息をする音が感じられ無かった。
「くそっ!死ぬんじゃねぇぞ!」
恭一郎は携帯で素早く119番を押す。
「救急です!場所は四ノ倉学園、生徒が首吊り状態で縄から下ろしましたが呼吸をしていません!すぐに救急車を!」
通話を終えると恭一郎は上着を脱いで心臓マッサージと人工呼吸を開始する。そこに一切の躊躇は無かった。
その様子を、部屋にいたもう一人の人物は呆然と眺めていた。
時折「なんで…どうして…」という呟きが口から漏れているが、床にへたり込んだままその場を動けずにいる。
程なく救急車とパトカーのサイレンの音が聞こえ、生徒が息を吹き替えし咳き込む音が聞こえても、その女性、『浅野遥子』は座り込む事しか出来なかった。
「こういうのって、悪運があるって言うべきなのかしらね。」
警察の簡単な聴取を終えて帰ってきた恭一郎を、珠樹はそう言って出迎える。
時刻は20時過ぎ。
四ノ倉学園の敷地内にはパトカーが集まり、現場となった空き教室には警察の鑑識が詰めかけていた。
「それにしても、本当に驚いたわ。なかなか帰って来ないと思ってたけど、まさか殺人の現場に居合わせたなんて。」
「でもお手柄だぜ。お前のお陰で人の命が救われたんだからさ。」
顔に疲れを滲ませた恭一郎を珠樹と冬部が労う。
2人の言葉に恭一郎は驚いた様子を見せる。
「あれ?お二人とも何があったのか知ってるんですか?」
「警察から簡単にね。恭一郎先生が殺されそうになっていた生徒を救助したって。」
「流石にそれ以上捜査中だって事で教えて貰えなかったけどな。でだ、実際の所どういう状況だったんだ?」
冬部の問い掛けに恭一郎は警察に話した内容と同じことを2人に伝えた。
それを2人は時折相槌を打ちながら聞き入る。
「それとですね、僕が助けた男の子、この前宮園君に暴行を加えていた3人組の1人でしたよ。ほら、室井という大柄な子です。」
「ああ、あの子ね。で、室井君は誰に殺されそうになっていたの?」
「知らない女性です。状況から見て天井にロープを通して室井君の首に縄を掛け首吊り状態にして殺そうとしていたみたいです。もしかすると、自殺に見せ掛けて殺害しようとしていたのかもしれません。」
「抵抗なんかはしなかったの?」
「はい。僕が室井君の蘇生を行っていた際も一切手を出さず、ずっとうわ言のように何かを呟いていました。警察の任意同行にも素直に従っていたみたいです。」
「ふーん…」
恭一郎の説明に珠樹は考え込む素振りを見せる。
そんな3人の姿を見つけ、駆け寄ってくる人影があった。
「あっ!いたいた。おーい、珠樹先生、恭一郎先生!」
「はじめ君。」
現れたのテスト後に話を聞く約束をしていた一、美雪、そして千家の3人である。
先頭で走りよってきた一は僅かに息を上げながらも真剣な面持ちを珠樹に向ける。
「珠樹先生、室井の奴が浅野先生に殺されたってのは本当なのか?」
「待って待って。その話はどこから?」
「生徒の間じゃ噂になってるぜ。急にテストが中止になったからなんかあったのかと思ったら、室井が救急車で運ばれたり、浅野先生が警察に連れて行かれるのを見たって奴がいたんだ。なあ先生、マジで浅野先生が室井を殺しちまったのかよ!?」
どうやら既に生徒の間では事件の話が広まっているらしい。
「金田一君、まず1つ訂正するけど、室井君は亡くなって無いよ。病院に運ばれたけど命に別状はないみたいだ。それと、君の言う『浅野先生』というのは髪の毛を後ろで纏めた女性の方かな?」
「あ、ああ。昨日恭一郎先生達に話した人と同じ人だぜ。」
「やっぱりそうか…金田一君、いま話したように室井君は生きている。けれど、僕が彼が殺されそうになっているのを発見した時、室井君の首に掛かったロープを引っ張っていたのは恐らく浅野先生だ。」
「マジかよ…」
一は悲痛に顔を歪める。千家や美雪も信じられない、といった顔をしている。
「その浅野先生って人と室井君って子の間で何かトラブルは無かったの?」
「ええと、確か鶏の死体が空き教室で首吊り状態にされてた事件で、室井君達が浅野先生を犯人だって名指ししてたんだっけ?」
「うん。でも、浅野先生はそれくらいで人殺しをするような人じゃ…」
「…つまり、まだ何か動機になりそうな事があるかもしれないって事ね。」
果たしてその動機とは何なのか?
珠樹と一達が頭を悩ませていると、体格の良いスーツ姿の男性が歩いて来た。
「よっ、金田一。関係者名簿にお前の名前があってもしやかと思ったが、また巻き込まれたようだな。」
「ん?あっ!剣持のおっさん!」
現れたのは一にとって顔馴染みである警視庁捜査一課の刑事、剣持警部である。
知り合いの登場に一は顔を綻ばせる。
「おっさん、もしかしてこの事件の担当ってもしかして?」
「ああ、俺が現場指揮をすることになった。それにしても金田一、お前が塾に通ってるなんてな。殺人未遂事件に巻き込まれた事よりもそっちの方が驚きだ。」
「へっ!言ってくれるぜ。」
親しげに言葉を交わす一と剣持。
そんな2人の姿に珠樹は目を見開いた。
「剣持…警部…」
「…お久しぶりです。野々宮先生。」
剣持は珠樹の方を向くと畏まった様子で頭を下げる。
「あれ?もしかして、おっさんと珠樹先生って知り合いなの?」
「ああ、昔の事件でな。野々宮先生、その節はどうも。」
「…顔を上げて下さい、剣持警部。既に終わった事件…とは関係者の前では口が裂けても言えませんが、それでも一応は解決し、裁判は終わっています。我々が公的になすべき事は終わっていますから。」
「…ええ。あの、毒島のヤツは?」
「今は大学に入っています。将来的には医療機器の開発に携わる仕事がしたいと。」
「そうでしたか…」
珠樹の言葉に剣持は少しホッとした様子を見せる。
そして気を取り直した様子で頭を上げた。
「失礼しました。それでは、改めて第一発見者の方にお話を伺いたいのですが。」
「あっ、僕です。野々宮先生の同僚の弁護士で、古舘恭一郎と言います。」
「初めまして。警視庁捜査一課の剣持です。早速ですが古舘先生、被害者を発見した時の状況について改めてお話しして頂けますか?」
そこからもう一度恭一郎は事件現場を発見した状況、発見後の対応や被害者と加害者の様子について話すとともに、珠樹達と四ノ倉学園を訪れた理由などについて説明した。
「ほう。誹謗中傷訴訟の案件ですか。最近はそういうのをよく聞きますな。で、ネット上で当学園が批判されていた生徒の自殺問題について調査していたところ、今回の事件に巻き込まれたという事で間違いないですかな?」
「まあ、概ねそんな感じです。ですよね、野々宮先生?」
「そうね。ところで剣持警部、加害者の浅野さんは何か動機について証言していますか?」
「いや、まだ捜査段階なのでお話出来る事は……って、どうして野々宮先生が加害者の名前をっ!?」
「ぷっは!おっさん、いくらなんでも簡単に引っ掛かりすぎだぜ。」
「金田一、引っかかったって…あっ!野々宮先生、カマ掛けましたね…」
まんまと珠樹のカマ掛けに引っ掛かり一に煽られた剣持は、事件関係者の氏名を漏らしてしまった事を悔しがる。
「ごめんなさい、剣持警部。此方も今後の事を考えると早めに情報を得ておきたかったので。」
「まったく勘弁してくださいよ。それにしても今後の事というと、今回の事件の加害者の弁護を?」
「何とも言えませんね。最終的に弁護を受けるかどうかは依頼人次第ですし。だけど私達が進めていた調査が、今回の事件と無関係とは思えないんです。」
「それは俺も思ってたんだ。この学園で起こる首吊り自殺、まるで首吊り自殺を連想させるような鶏の死体、そして浅野先生が室井の奴を殺そうとした今回の事件。これらは一連の流れのように感じるんだ。」
「はじめちゃん、それじゃあ空き教室に鶏の死体を吊るしたのも浅野先生だっていうの?」
「まだ確定とは言えねえ。だけど必ず理由がある筈だ。わざわざ首吊り自殺を模した理由が。」
不安そうにする美雪に対し、一は力強く答える。
その顔には普段のおちゃらけた雰囲気はなく、瞳には謎に挑む探究者の知性が宿っていた。
「俺がこの事件の謎を解いて見せる。ジッチャンの名に懸けて!」