殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

29 / 32
なぜ『ウ』と書かれたテスト用紙が残されていたのか?

 かつて四ノ倉学園で起きた首吊り自殺事件。そのうちの一つである深町充の自殺に不審な点を発見した珠樹達は調査を開始。

 そのさなか、恭一郎は生徒の室井矢一が殺害されようとしているところに遭遇し間一髪命を助けるが、駆け付けた警察により殺人未遂で逮捕されたのが学園の講師である浅野遥子であることが判明。

 金田一一は一連の事件が繋がったものであると睨み謎を解く決意を固める。

 そして珠樹達も事件を解決し真相を明らかにするために即座に動き出す………とはならなかった。何故ならば、

 

 

「まったくなんて事をしてくれたんだっ!こんなの、前代未聞だっ!」

 

 四ノ倉学園の学園長室に学園長の久米の怒号が響く。

 その表情には焦燥の色が濃く、パニック状態になっているのは明白だった。

 自身の経営する予備校の講師が生徒を殺そうとしたのだから無理もない。

 珠樹、恭一郎、冬部の3人も流石に居たたまれない気持ちであった。

 珠樹達は現在、依頼主である久米に求められ今後の対応を検討する場に同席していた。

 

「浅野先生は室井の奴から講義中も嫌がらせを受けていました。それに、例の悪戯の犯人も彼女だと吹聴されていましたし…」

 

 そう言って浅野を庇うのは講師の阿久津である。

 現国の担当だという彼の口振りからは、被害者である室井に対しあまり良い感情を抱いていないのが窺い知れた。

 

「だからって殺そうとしますか!?そういう事は先ずは上である我々に相談するべきでしょう!まったく、さっきから事務の電話が鳴り止まないんですよ!」

 

「お気持ち、お察しします。ですが学園長、今は少し落ち着いて下さい。今後の対策を検討するためにも。」

 

 珠樹から宥められ久米は大きく呼吸する。

 暫く深呼吸をして頭が冷めたのか、久米は椅子に座ると背もたれに体を預けた。

 

「…申し訳ありません。取り乱してしまいました。何分、こういった事は初めてなものでして。」

 

「普通はそう出くわすことは無い事と思います。それで学園長、今後の対応策についてですが...」

 

「分かっています。幸い生徒の命には別状が無いとは聞いています。とはいえ、学園としてコメントを出す必要がありますよね?」

 

「そうですね。警察の方でまだ捜査が行われていますので、メディアに対しては世間を騒がせた事を陳謝しつつ『詳細については捜査中のためコメント出来ない』としましょう。ただそれとは別で、入院中の生徒とご家族には学園の管理不足が今回の件を招いたと直接陳謝する必要があると思います。」

 

「…分かりました。出来るだけ早く生徒と親御さんには私自ら御説明に伺えるよう手配しましょう。阿久津先生、その際はご同行をお願いします。」

 

「わ、分かりました。」

 

 今後の方針が決まった事で部屋の空気がやや落ち着く。

 すかさず珠樹は切り出した。

 

「ところで学園長、浅野先生という方は、問題の多い方だったんでしょうか?」

 

「問題という問題はありませんが…むしろ熱心すぎて生徒に入れ込んでしまうのが問題だったと言いますか…」

 

「具体的には?」

 

「…浅野先生は、もっと生徒と向き合う時間増やし生徒に寄り添った指導体制を取るべきだ、と仰ってました。今の偏差値偏重の我が校の指導方針を改めるべきだと。」

 

「はあ、まあ悪いことは言って無いように思いますけど…」

 

 恭一郎が浅野の考えに賛同するような事を口にすると、久米は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 

「簡単に言わないで下さい!うちは長い年月を費やして現在の指導体制とブランドイメージを築いたんです!生徒に受験勉強に集中させ志望校に合格させる。それに全力を尽くすのが予備校の使命です。生徒や親御さんもそれを求めて決して安くない月謝を納めてくれるんです。そう易々と方針を変える事なんて出来ませんよ。」

 

「す、すみません!深く考えずに口に出してました。」

 

「…確かに浅野先生の言うことも分からないでもありません。彼女自身、過去に学園で自殺者が出ている事を憂いている節はありました。しかしですね、ここは予備校であって学校では無いんですよ。生徒の心のケアは本来学校や家庭で行うもの。それを予備校でまで行うなんて、人員やコストの面で相応な負担が掛かりますし、生徒や保護者とのトラブルが起きるリスクもあります。私は経営者として、採算の合わないリスクを負うことは出来ません。顧客である生徒は勿論、社員に対する責任もありますので。」

 

 予備校は学校と違い直接生徒の親からお金を貰っている。

 そして学校と違い在籍していただけで社会に出た時に経歴になるわけでは無い。

 予備校の意義とは生徒を志望校に合格させる事。

 そう語る久米の口振りには、確かな経営理念があった。

 

「では浅野先生にもそういう風に説明を?」

 

「ええ。しかし、諦めた様子はありませんでした。授業以外でも積極的に生徒に接する機会を作って、いわゆる悩み相談のような事もしていたようです。ただ、そうした事を過干渉のように感じ、疎ましく思っている生徒もいたようです。」

 

「室井君もその1人だと?彼が浅野先生の授業を妨害したりしていたとも聞きましたけど。」

 

「かもしれません。流石に私も生徒一人一人が講師に対してどのような感情を持っているかは把握していませんので。」

 

「なるほど。ではもう一つ、学園内でイジメが起きている事について、浅野先生から何かお聞きしていませんか?」

 

 珠樹のその質問に久米の目元がピクリと動き、阿久津がハッとした様子を見せる。

 

「…それが今回の件と関係があるのですか?」

 

「実はですね、つい最近室井君が複数の生徒と共に他の生徒に暴力を働いている様子を目撃したんです。本人達は悪ノリが過ぎたと言っていましたが、傍目から見るとイジメそのものでした。」

 

「………」

 

「もし仮に室井君達が以前にも同様の行いをしていて、被害者が浅野先生に相談していた場合、浅野先生と室井君の間には単なる過干渉への反発以上の深刻なトラブルがあったかもしれません。それがもし今回の件の引き金になったのだとしたら…」

 

 珠樹の推測を聞き、久米と阿久津は目配せをする。

 そして観念した様子で久米は溜め息を吐く。

 

「……分かりました。確かに浅野先生から、室井君を含めた3人の生徒が別の生徒に暴力を伴うイジメを行っている節がある、という報告を阿久津先生と共に受けていました。」

 

「やはりそうでしたか。で、何か対応は?」

 

「先ほども言ったように、わが校は学校ではなく予備校です。勉強は教えられても、生徒間の問題を解決するというのは専門外です。無論、件の生徒から話を聞くことはしますが、生徒本人からイジメの訴えが無い以上こちらから積極的な動きは出来ないのが現状です。」

 

「では、特に対応はしていなかったと。」

 

「いえ、問題があった生徒同士に関しては授業時間をずらす等して生徒同士が顔を合わせないように配慮したと記憶しています。」

 

「なるほど。よろしければ、過去も含め浅野先生が担当していた生徒さんの情報を見せては頂けませんか?」

 

「……分かりました。こうなってしまった以上、可能な限り協力します。ですが個人情報の取り扱いには細心の注意を払ってくださいね。」

 

「もちろん、承知しています。我々にも守秘義務があるので、その点は御心配なく。」

 

 その後、阿久津が学園で使用しているノートパソコンを持ってくると、勤務管理システムにアクセスし浅野の勤務状態に関する情報を出力した。

 その中から浅野が受け持っていた生徒の情報を出すと、やがて目的の人物の名前を見つけた。

 

「やっぱりね。深町充君は浅野先生の受け持ちよ。」

 

「つまり浅野先生は、深町君が室井君達にイジメられているのを知っていたって事ですか?」

 

「そうなるな。しかし、受け持った生徒が自殺に追い込まれただけで相手の生徒を殺そうとするか?いや、深町君の自殺については不明な点がまだあるわけだが…」

 

「…一度はじめ君達と情報を共有しましょう。向こうも何か分かった事があるかもしれないし。」

 

 この日はすでに遅くなっている事も有り、捜査の続きは翌日に持ち越された。

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、珠樹達と一達は警察署の会議室に集まっていた。

 

「今日は集まっていただき有難うございます。警察を代表しお礼を申し上げます。」

 

 会議室を提供した剣持が恭しく頭を下げると、金田一が物珍し気に笑みを浮かべる。

 

「へー、剣持のおっさんでも弁護士の前だとそうなるんだな。」

 

「茶化すな金田一。今回の事件は色々と不明な点が多い。人死にこそ出ていないが何か嫌な感じもするから、早めに解決したいんだ。」

 

「それは私達も同じです。剣持警部、浅野さんの様子は?」

 

「それがですね、カンモクしてます。」

 

「カンモク?」

 

 聞きなれない言葉に一は首をひねる。

 

「完全黙秘の事よ。事件の事はおろか、警察官の声掛けに全く応じない事を言うの。」

 

「それどころか奴さん、此方が用意した食事にも手を付けねえし、夜眠っている様子もない。ずっと虚ろな表情でいるばかり。詐病をしている風じゃありませんし、精神的に病んでいる可能性が高いと捜査本部はふんでいます。」

 

「そうですか。念のため医師の手配をしておいた方が良いかもしれませんね。」

 

 場合によっては精神鑑定の必要がある事を考慮し、珠樹が剣持に提案する。

 

 すると、今度は一が手を上げて発言する。

 

「んじゃ、俺たちからも報告。昨日千家から聞いたんだけど、室井は仁藤、古谷の2人と組んで自殺した深町の事をイジメてたらしいぜ。なっ、千家?」

 

 一から話を振られ千家は緊張の面持ちで頷く。

 

「あ、ああ。教室で深町が古谷達に取り囲まれてて、古谷から『千家、お前も混ざるか?』って。俺、怖くなってその場から逃げ出しちまったんだ。もし、俺がその時深町を助けてたらアイツは…」

 

「…貴方が気を病む必要は無いわ。それにしても、千家君は深町君が室井君達からイジメを苦に自殺した、と思ってるの?」

 

「え?ああ、はい。室井達が深町の事をイジメてたのはみんな知ってました。けれど、みんな気にはしてたけど見て見ぬふりをしてて…」

 

 予備校というのは生徒同士の関係が希薄になり、加えて勉強の事はともかくプライベートの事は講師に相談し辛い環境になりがちである。

 決して千家や他の生徒を責める事は出来ない。

 

「質問して良いかい?深町君には学園で親しくしていた子はいたかい?」

 

 冬部が千家に質問すると、千家は少し考えた後に首を横に振る。

 

「いえ、俺が知る限りだと友達みたいなのはいなかったと思います。」

 

 千家の回答に冬部や恭一郎が眉を寄せる。

 深町の母の証言によれば、深町は学園に通いだして暫くしてから泊まりに行ったりする友人や、気になる異性が出来た風であったらしい。

 しかし、千家の証言によればそれらしい相手はいない事が伺えた。

 

「………あの、剣持警部、浅野先生の持ち物の確認や家宅捜索はもう行われたんですか?」

 

「ん?ああ、家宅捜索は裁判所の令状待ちですけど、事件当日の所持品の確認は済んでいます。気になる点で言えば、現場に残された鶏の血で『ウ』と書かれたテスト用紙。それと容疑者のロッカーから発見された、同じく『リ』と書かれたテスト用紙と犯行現場で使用された物と同じ長さのロープでしょうか?」

 

「鶏の血で書かれたテスト用紙…それにロープ………」

 

 捜査資料を捲りながら話す剣持の言葉に、珠樹は強い引っ掛かりを感じた。

 そしてそれは一も同じだったらしく、暫し考え込むとハッと顔を上げた。

 

「…もしかして、浅野先生はアリバイを作ろうとしていたんじゃ。」

 

「アリバイだと?どういう事だ、金田一!」

 

 剣持が期待を込めた目で一を見ると、他の面々も一に目を向ける。

 

「四ノ倉学園じゃ、ここ最近鶏の死骸が首吊り自殺したみたいに吊るされるって悪戯が起きていた。そんで最初は『コ』、次は『モ』って血で書かれたテスト用紙が現場にはバラ蒔かれていたんだ。」

 

「それでハジメちゃんは、犯人は『コモリウタ』って完成させようとしてたんじゃないか、って考えてたのよね?だけど悪戯の犯人も浅野先生だとしたら、『コモウ』ってなっちゃうわよ。」

 

「そこがアリバイトリックの味噌さ。おそらく浅野先生は、室井を殺した後にもう1人殺すつもりだったんだ。」

 

「なっ!?連続殺人をっ!」

 

「そう。そして2番目の犠牲者の現場に『リ』と書かれたテスト用紙を用意して、さも自分が第一発見者のように見せ掛け人を呼ぶ。そうなると当然、浅野先生は第一発見者として警察で事情聴取を受ける事になる。その後、室井の遺体が発見され現場に『ウ』と書かれたテスト用紙が残されていたら…」

 

「そうかっ!犯人は『コモリウタ』を完成させようとしていたと考えられるから、室井君が殺害された時間には浅野先生は警察で事情聴取を受けていて犯行は不可能、ってアリバイが成立するのか!」

 

 最初の殺人と2番目の殺人の順番を逆に錯覚させてアリバイを成立させようとした、という推理に恭一郎は驚嘆の声を上げる。

 確かにそれならば現場の状況の説明がつく。

 

「仮にそうだとしたら、浅野先生は室井君以外にも殺そうとしていた可能性があるわね。そしてその対象となりそうなのわ…」

 

「古谷君と仁藤君か…」

 

 これまで集めた情報から考えて、室井、古谷、仁藤の3人が深町充の死に関係している可能性がある。

 だが3人が深町の死に関与しているとして、それが浅野が3人を殺害しようとした事とどう関連していくのかが分からなかった。

 

「深町は浅野先生の教え子だった。大切な教え子が3人からのイジメを苦にして自殺したから復讐に、ってのは?」

 

「無くはないが動機としては少々薄いな。俺も逮捕後の印象しかないが、あれは短絡的に動くような人には見えない。もっと何か切羽詰まった理由があるような気がするが…」

 

 一の意見に剣持は首を振る。

 珠樹達もいくら目を掛けていた生徒とはいえ、教師と生徒の関係性だけで3人もの命を奪う凶行及ぶとは容易には思えなかった。

 

 なぜ浅野は室井達を殺そうとしたのか?

 

 その答えが分からず一同が考え込んでいると、ふと恭一郎が呟いた。

 

「これがもし、生徒と教師じゃなくて親友や恋人だったらまた違うかもしれませんけどねぇ...」

 

「……っ!恭一郎先生いまなんてっ!?」

 

「え?いやだから、浅野先生が深町君の親友だったり恋人だったりしたら復讐の為に、って思って…」

 

「それよ!ああ、もうっ!何でもっと早く思い付かなかったのかしら!深町君に親しい異性がいたかもしれないって深町君のお母さんも言ってたのに!」

 

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!野々宮先生、もしかして浅野先生と深町君が男女の関係だって言うんですか!?」

 

 そんな馬鹿な!と恭一郎は声を上げるが、珠樹は確信に満ちた表情を浮かべていた。

 

「ありえないと思う?浅野先生は生徒に対してとても親身な人だったそうよ。深町君がイジメられていたのも関知してしていたみたいだし、彼と接している内にそういう関係になったとしてもおかしく無いでしょ?」

 

「いやでも生徒と教師ですよ?そんな事…」

 

「最近もいたじゃない。生徒とラブホに行った所を写真に撮られた教師が。あと、この前ラジオに出演した時に生徒を妊娠させたって教師からの相談を受けたわよ。」

 

「それはそうですけど…なんでそんな短期間に生徒と教師の淫行に関わってるんですか?」

 

 恭一郎も思わず疑問にする。

 この世界、生徒と教師の色恋沙汰多すぎではないか?と。

 

「ゴホン、まあそれは兎も角、浅野が自殺した深町という少年と特別な関係にあったとしたら確かに殺人の動機にはなるでしょうが、確かめる方法はありますか?」

 

 少々締まらない空気になりそうな所に剣持が質問する。

 幸いにして、珠樹に心当たりがあった。

 

「一つ気になる物があるわ。それは生前の深町君が残した人物画。肝心の人物の顔が別の絵で隠された、彼の死後に学園に寄贈された絵よ。」

 

「そういえば、野々宮先生はあの絵はモデルになった人に配慮して顔を隠したんじゃないかって話してましたよね?」

 

 恭一郎の言葉に珠樹は強く頷く。

 

「そう。あの時は故人の遺物だから手を出さなかったけど、いまこそあの聖母の顔の下にある本当の顔を明らかにするべきじゃないかしら?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。