殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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なぜ六角村に教会があるのか?

 羽田空港発、青森空港行の便から降り立ち、更にそこからタクシーに揺られること3時間。

 珠樹と恭一郎は緑豊かな山間の村落にたどり着いていた。

 村の入り口には時田家の使用人が待っており、2人は使用人が運転する車に乗り継ぎ時田十三氏が待つ館へと案内された。

 

「恭一郎先生、あれ見て。」

 

 車窓から村の景色を眺めていた珠樹は、三本の塔がある洋風の館を指さす。

 

「さっき高台から村の全景を見た時にも思ったけど、なんだか不思議な村よね。こんな山奥にあんな立派な御屋敷があるだけならまだしも、村そのものが教会を中心に均等な六芒星を象っているなんて。」

 

「ダビデの星、でしたっけ?確か青森県にはキリスト教伝来の伝説があって、県内にはキリストの墓と言い伝えられている場所もあるとか。厳密に言えばダビデの星はユダヤ教の信仰対象ですけど。」

 

「そうそう。たしか額に十字架を書く風習があったり、ピラミッドっぽい山があったり、妙な共通点があったりして面白いのよねぇ。」

 

「いや、ピラミッドは流石に関係無さすぎじゃ…」

 

 そんな風に運転手には聞こえないように小声で話し合っていると、車は大時計がシンボルの館の前で停車した。

 2人は車を降りると、使用人に付き添われ館に入り応接室まで通される。

 するとそこには人の良さそうな、されど何処か警戒心を感じさせる初老の男性がいた。

 

「よくぞいらしてくれました。初めまして。時田家の当主を務めています時田十三です。」

 

「初めまして。古舘法律事務所所属の弁護士の野々宮珠樹です。」

 

「同じく古舘恭一郎です。」

 

「こんな山奥まで遠路遥々どうも。さあ、お座りください。」

 

「ありがとう御座います。ですがそれよりもまず…」

 

 椅子に座る様に促す十三に断りを入れ、珠樹と恭一郎は深々と頭を下げた。

 

「この度は大切なお嬢様の見守りが出来ておらず、時田様に対し大変な御心配を掛けてしまった事、所長の豊彦に代わりまして心より御詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした。」

 

 開口一番の謝罪に十三は少々面食らった様子を見せるが、すぐに柔らかな笑みを浮かべると申し訳なさそうに軽く頭を下げた。

 

「ああ、いえ。此方こそわざわざ出向いて頂いてご丁寧に。まあ兎に角、立ったままで話すのもなんですし、どうぞ。」

 

 再び十三から促され、珠樹と恭一郎は静かに椅子に腰を下ろす。

 その反対側に十三が座り、椅子を挟んで2人と対面する形となった。

 

「改めまして。この度はこのような所まで出向いて頂きありがとう御座います。大したおもてなしも出来ず申し訳ない。」

 

「いえ、そのような事はお構いなく。私共としては本日は謝罪に参った次第でして、もてなして頂こうなど微塵も思っていませんので。」

 

「はあ、そうは言いましても難儀したでしょう?ろくに整備していない山道ですので。」

 

「いやそんな事は。お嬢様の件で時田様が心を痛められた事を考えれば、とても文句を言える筋合いはありません。」

 

 珠樹は十三からの怒りを買っているとの前提に基づき、徹底して遜った姿勢を見せる。

 すると十三は少しバツが悪そうに頭を掻いた。

 

「実は電話ではそちらの所長さんに強くモノを申してしまいましたが、あとになって反省していたんです。そもそもがうちの娘が仕出かした粗相ですし、強いては私の教育不足が原因です。それを人のせいにしてしまい、まったくお恥ずかしい限りで。」

 

「いえいえ。お嬢様の事を思えばお怒りは当然です。」

 

「そうは言いましても、あいつも今年で17になります。子供とは言え、分別が出来ても良い年頃です。それがよりによって教師と淫行に走るなんて…」

 

「…お嬢様には許嫁の方がいらっしゃるとお聞きしてますが、相手の家の方からは何か?」

 

 出発前に所長から渡された資料にあった情報について尋ねると、十三は少し驚いた仕草をする。

 

「その事もご存じでしたか。幸い醜聞については向こうには伝わっていません。」

 

「そうでしたか。因みにお嬢様の様子は…」

 

「此方に戻ってからは大人しくしています。あとは明後日の結婚式までじっとしていてくれれば良いのですが。」

 

「結婚式?もうそんな話になっているんですか?」

 

 予想外の単語に恭一郎が思わず聞き返すと、十三は苦笑する。

 

「ええ。元々高校を卒業したら嫁に行く予定だったんです。ただ今回の件がありまして、予定を前倒しに出来ないか相手方に申し出たところ、快く受け入れて下さりました。どうやら婿殿が非常に乗り気の様でして。」

 

「ああ、それはまた、おめでとうございます。ただ、此方の至らなさにより御手数を掛けてしまい、重ね重ね申し訳ありません。」

 

「いえ、此方で勝手に決めた事ですし。謝罪は十分に受け取りましたので、どうぞそのくらいで。」

 

「ありがとう御座います。ただ、お嬢様の一件に関して少し心配な事がありまして…」

 

「はぁ?心配な事ですか?」

 

 珠樹の呟きに十三が戸惑ったような声を出すと、珠樹は表情を引き締め相手の目を見返した。

 

「お嬢様と相手の教師の淫行の証拠となる写真。それは学校の敷地内の掲示板に張られていたと聞いています。騒ぎを聞き付けた教師が撤去するまでの間、多くの生徒がそれを目撃したそうですね。」

 

「…ええ。そのようです。まったくもってお恥ずかしい。」

 

「心中お察しします。ところで、誰がどのような目的でこのような事をしたのでしょうか?わざわざ学校内に張り出した事を鑑みると、犯人は学校関係者の可能性が高いと思います。それと同時に、事を大きくしようとする意図があったようにも見えます。」

 

「事を大きくですか?」

 

「はい。仮に生徒と教師が関係を結ぶという不道徳な行いに憤ったならば、直接学校側や時田様に送り付ければ良いだけです。それをせずに人目のある場所に張り出したのは、醜聞に晒す事自体が目的だったからではないでしょうか?」

 

「つまり、写真を張り出した輩は悪意を持って娘に恥をかかせようとしていたと?」

 

「可能性の1つとしては。そうだとすれば、下手人の目的は一定の成果を上げたと言って良いでしょう。結果はどうあれ、お嬢様は通っていた学校から去らねばならなくなった。学内でお嬢様に反感を持っていた人間からすれば、これ以上の結果は無かったはずです。ただし、この推測は悪意の対象がお嬢様個人に向いていた場合を想定したものでしかありません。そうでない可能性もあります。」

 

「それってまさか…」

 

「そうです。今回の騒動は、時田家そのものに対する悪意が発端である可能性があります。その理由の一つとして、件の写真を撮られた場所とタイミングが上げられます。写真はラブホテルからお嬢様と教師が出てくるところを撮影したものだそうですが、これはつまり下手人は2人がラブホテルに入るのを確認したうえでコトが終わって出て来るのを待ち伏せしていた事になります。学生がおいそれとやれるとは思えません。」

 

 少なくとも子供が嫌がらせ目的でやる範疇では無い、と珠樹は断言する。

 その言葉に十三の顔が一気に強張る。

 

「じゃあ、娘の写真を撮った奴の目的というのは…」

 

「時田家の娘は学生にも関わらず教師と淫行に走る様なふしだらな娘である。そのような噂を立てる為だったかもしれません。お嬢様は幼い頃から将来を誓われた許嫁がいると聞きます。今回のスキャンダルは場合によっては婚約にも影響が出る類のもの。そうなればお嬢様個人に留まらず、時田家の名に泥を塗る事になります。時田家に良からぬ思いを抱く者にとって非常に好ましい結果です。故に時田様、一つ確認をさせて下さい。」

 

 珠樹は人差し指をピンッと上げ、鋭い視線を十三に向ける。

 

「貴方や時田家そのものに恨みを抱いているような人間に、心当たりはありませんか?」

 

 質問の効果は劇的だった。

 十三は目をカッと見開くと、見る見るうちに顔色を悪くさせる。

 しかし目を伏せゴクリと唾を飲み込むと、無理に平静を装い首を振った。

 

「…心当たりは、ありません。特に人から恨まれるようなことは。」

 

「…そうですか。不躾な質問をしてすみません。」

 

「いえ、そのようなことは。ご心配頂きありがとう御座います。申し訳ありませんが、今日の所はもう…」

 

「わかりました。本日はお会い頂き本当にありがとう御座います。それと、今日は日も傾きかけているので村に滞在し後日帰京しようと思っているのですが、どこか宿泊できるような場所はあるでしょうか?」

 

「それでしたら村の代表を務める『風祭』という男を訪ねてみてはいかがでしょうか。風見鶏が目印の館の主人で、きっと協力して貰えると思いますよ。」

 

「何から何までありがとう御座います。それでは今日の所は失礼いたします。また何かありましたら、当事務所を含めどうぞよろしくお願いします。それでは。」

 

「ああ、そうだ。もし村を歩くなら森の方には入らないように注意して下さい。なにぶん山奥ですから熊やら猪が出るかもしれませんので。」

 

「…ご忠告ありがとうございます。では。」

 

 珠樹と恭一郎は深々と十三に頭を下げると応接室を出ていった。

 2人を見送ると十三は深々と椅子に座り大きく息を吐く。

 その表情には疲れと安堵、そして怯えが見て取れた。

 

「………もう、27年も経つんだぞ。いまさら、恨んで出てくるなんて、無いだろ。」

 

 まるで自分に言い聞かせるような言葉を聞く者は誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは何かありますねぇ。」

 

「あるわねぇ、あれは。」

 

 時田家の屋敷を出た珠樹と恭一郎の間に、自然とそのような会話が交わされる。

 思い出すのは「恨みを抱く人間に心当たりはあるか?」と質問された時の十三の狼狽具合である。

 

「正直あそこまで露骨だと演技を疑いたくもなりますけど、どう思います?」

 

「あんまり器用な事は出来そうに無い人に見えたけどね。あれは根っからの小心者よ。」

 

 少なくとも自分達に軽く脅かされたくらいで顔色を変えるような、と言う珠樹の言葉に恭一郎は頷く。

 

 時田十三には人から恨まれる心当たりがある。

 

 それは珠樹と恭一郎の共通認識になっていた。

 

「野々宮先生、これで時田さんには謝りにいくっていう表向きの目的は果たしましたけど、これからどうします?」

 

「当然捜査続行。例の噂の真否も明らかにしたいけど、そうでなくても相当ヤバい事をやってる可能性がある気が…」

 

「っ!?歩きながら話しましょ。距離はあるけど見られてる。」

 

 恭一郎の言葉に思わず後ろを振り返りそうになった珠樹だったが、然り気無く肩を叩かれなんとか不自然にならずにその場から歩き始めた。

 そんな2人の後ろ姿を、作業中の手を止めジッと眺める人影があった。

 

「…もしかして、着けられてた?」

 

「いや、直前まで別の事をしてたから、見慣れない人がいたんで気になっただけだと思います。田舎というのはこういう所が厄介ですね。」

 

 人里離れた山間の村に村外の人間がいればそれだけで目立つ。

 特に恭一郎は身長185cm越えの欧米系の顔立ちの為、平素でも人目を引く。

 なので普段であれば物珍しく思われてるだけと判断しても良いのだが…

 

「例の噂の事を考えると、この村でブツを作っていたとしても不思議じゃないわね。」

 

「…市街地からは車で3時間。住民はほとんど顔見知り。村への入り口は1つしか無いから見張りもしやすい。栽培、精製までなら適した土地という訳ですか。」

 

「…何かあったら守ってよね。」

 

「そこは素直に警察を頼るのが無難ですよ。」

 

「それはそうだけど。こういう時は俺がいるから安心しろ、くらい言わないとモテないわよ。」

 

「生憎そういったガラでは。それよりも風見鶏の館でしたっけ?このままそこに向かいましょうか?」

 

「うーん、そうねぇ。本当はいろいろ調べてみたい所だけど、思ってた以上に慎重に動いた方が良い雰囲気もあるし、一旦はそうして…あら?」

 

 不意に珠樹が前方に人影を見つける。

 恭一郎がその視線を追うと、ブラウスに長いスカートを着た少女がいた。

 少女の手には、何やらワイヤーのようなものが握られていた。

 

「こんにちは!」

 

 そんな少女に珠樹はにこやかに挨拶をする。

 突然声を掛けられ、少女は肩を跳ねさせた。

 

「ごめんなさい、ちょっとお尋ねしたいのだけど風祭さんの御宅ってこの先であってるかしら?」

 

 なるべく警戒させないように笑顔で話掛けるが、少女は強ばった表情で小さく頷くのみである。 

 非常に無愛想な態度だが、珠樹は妙に少女に興味を引かれた。

 

「ねぇ、それってもしかして狩猟罠?何か捕まえるつもりなの?」

 

 少女の持つワイヤーを指差しなるべく優しく尋ねるが、少女は固まってしまって答えない。

 すると今度は眉を潜めた恭一郎が前に出る。

 

「きみ、歳はいくつ?狩猟関連法規だと、わな猟の免許が取得可能なのは18歳以上だよ。」

 

「ちょっと恭一郎先生、そんな警察みたいな聞き方しなくてもいいじゃない。」

 

「しかし野々宮先生、この子は明らかに18歳以上には見えない。ちゃんと免許を持ってるなら問題無いけど、もしそうじゃないなら罪を犯す前に止めるのが大人の責務ですよ。」

 

 恭一郎の厳しい物言いに少女は何も答えず、一見すると完全に無視しているように見えた。

 しかし注意深く観察すると、手が細かく震え眼の端に雫が溜まっている。

 

「もう、恭一郎先生が圧かけるから彼女ビックリしちゃったじゃない。ごめんなさい、大丈夫よ。私達は…」

 

「何をしてるんですかあなた達っ!」

 

 珠樹が少女を安心させようと身分を明らかにしようとしたその時、強い口調と共に別の少女が珠樹達の間に割り込んできた。

 

「あなた達、村の人じゃないですよね?この子に何か用でもあったんですか?」

 

 新たに現れた少女は涙を浮かべる少女を庇うように立ち塞がると、敵意を隠さず珠樹達に啖呵を切る。

 

「ああ、いや。別に僕達はこの子に何かしようとした訳じゃ無いんだ。ただちょっと道を尋ねようとしたら狩猟罠を持ってたから気になって。ですよね、野々宮先生!……野々宮先生?」

 

 同意を求める恭一郎を無視し、珠樹は新たに現れた少女の顔をジッと見ていた。

 

「な、何ですか?」

 

「ねぇ、貴女、時田若葉さんよね?」

 

「えっ!ええ、そうですけど…」

 

 自分の名前を言い当てられた少女、時田若葉は身動ぎし、より警戒心を高めた。

 

 一方で恭一郎は、出発前に確認した資料に添付していた写真の少女が目の前にいる若葉だと漸く認識した。

 写真の若葉は和装を着こなし感情の読めない空虚な面持ちであったが、実際に会った彼女は動く易いパンツルックに身を包み、勝ち気で活発な印象を受ける少女だった。

 

「ごめんなさいね。私達もその子をイジメようとしたわけじゃないの。私達、こういう者なの。」

 

 そういって名刺を差し出す珠樹に続き、恭一郎も胸ポケットから名刺を出す。

 若葉は名刺に書かれた事務所の住所や電話番号までじっくりと読み込み、2人の胸元に着いた弁護士バッジを確認して一先ず身元に関しては納得した様子だが、それでも訝しげな表情で珠樹達を見る。

 

「確かにあなた達は本物の弁護士みたいですね。でも東京の弁護士さんがどうしてこんな田舎に?」

 

「ええと、それはね、うちの事務所が若葉さんのお父様から色々とお仕事を貰ってるの。その一つに若葉さんの東京での生活の後見ってのがあったんだけど、まぁ色々あったでしょ?だからその御詫びにね。」

 

「えっ、それじゃあ、もしかして…」

 

 珠樹達が村を訪れた理由を聞くと、若葉は一転して表情を曇らせる。

 そして手を自分の前で重ねると、勢い良く頭を下げた。

 

「ごめんなさい!私のせいで御迷惑をお掛けしてるのに失礼な物言いをしてしまって!」

 

「いや、いいのよ。お父様も怒ってはなかったし、御許しは頂いてるわ。だから貴女が私達に頭を下げる理由は無いのよ。」

 

「でも…」

 

「もしそれでも申し訳無いと思うなら、道案内をお願いしてもいいかしら?風祭さんって人の御屋敷に行きたいのだけど、一緒来て欲しいの。それでチャラって事で、どう?」

 

 珠樹の頼みに若葉はホッと息を吐く。

 

「それで良ければ喜んで。あっ、改めまして。私、時田若葉って言います。こっちは兜霧子です。」

 

「初めまして、若葉さん、霧子さん。私は野々宮珠樹。体の大きな彼が古舘恭一郎くんよ。よろしくね。」

 

「体が大きなは余計です。古舘恭一郎です。どうぞよろしく。」

 

 こうして珠樹と恭一郎は時田若葉、そして兜霧子と出会い親交を結んだ。

 この出会いが、後に起こる悲劇に大きな影響を与える事を、この時は誰も知るよしが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 若葉と霧子に道案内を頼んだ珠樹と恭一郎は、2人の先導により風祭家の屋敷に向かって歩いていた。

 その道中、社交的な若葉は普段は出会えない弁護士という職種の2人に対し、好奇心を隠さず仕事に関する質問をする。

 珠樹はそんな若葉との会話を楽しませるような、かつて自分が担当した事件について語って見せた。

 

「ええっ!?じゃあ、あのオリエンタル号沈没事故の裁判の弁護士って野々宮先生だったんですか!?」

 

「私1人が担当した訳じゃないわ。うちの事務所がオリエンタル号と衝突したタンカー船側の弁護を引き受けたって話。私は弁護団の一人だったの。」

 

「へぇー。たしかあの事故って、最初はタンカーの船長が酒に酔っていたから起きたって言われてたけど、全部オリエンタル号の会社が裏で手を回してたんですよね?」

 

「うん、そうね。生き残った船員を買収して噓の証言をさせてたの。結局裁判を通して嘘が暴かれて、事故原因もオリエンタル号側にあると証明されたわ。結果、タンカー船を所有していた海運会社に損害賠償の訴えを起こしていた被害者団体は訴えを取り下げ、逆にオリエンタル号の親会社である東亜オリエント海運を訴えたの。最終的に東亜オリエント海運は刑事告訴もされ船長と経営陣が逮捕。賠償訴訟によってタンカーを所有する会社と乗客たちに対し巨額の賠償金を負うことになったわ。」

 

 世間を騒がせた大惨事の裁判に関わった者として解説する珠樹に、若葉は感心と尊敬の混じった視線を向ける。

 

「凄いなぁ。あの事故の裁判、一時期毎日のようにテレビでやってましたもんね。古舘さんも一緒に弁護してたんですか?」

 

「いや、当時はまだ学生で弁護士資格も無かったから話に聞くくらいだったよ。」

 

「えっ!?ちょっと待って下さい!あの事故って私が中学生の時に起きたから……古舘さんって年いくつなんですか?」

 

「…24だよ。」

 

 若葉の質問にぶっきらぼう気味の返答をする恭一郎に、珠樹は堪え切れず吹き出してしまう。

 

「ふふっ、もう、そんな拗ねた顔しちゃだめよ。別に老け顔をイジったわけじゃないんだから。」

 

「誰も拗ねたりなんてしてないよ。あと顔は生まれつきです。」

 

「はいはい。あっ、ちなみに私は今年31歳。彼氏募集中だから良い人がいたら紹介してね!」

 

「…きっつ。」

 

「ちょっと!侮辱罪で訴えるわよっ!」

 

 息の合った(?)珠樹と恭一郎のやり取りに、若葉はコロコロと笑う。

 一方で霧子の表情は一切変わらず、若葉の横で仏頂面をしていた。

 

「そういえば、兜さんって高校生?どこの学校に通ってるの?」

 

 そんな霧子の事を気にして珠樹が話を振るが、無言が返って来るのみである。

 すると若葉が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「ごめんなさい野々宮先生。霧子、凄い人見知りで初対面の人とはまともに喋れないんです。あと昔から体が弱くて村から出た事が無くて、学校には通わず通信教育を受けてます。」

 

「えっ、村から出た事も無いの?一度も?」

 

「はい。近くの町に出るにも車が必須ですしね。進学するなら村を出て寄宿するか、通信教育を受けるしか無いんです。」

 

「まあ確かに、あの道じゃ村から通うというのは無理か。」

 

 この村に来る途中の悪路を思い返した恭一郎はそう呟くが、その一方で生まれて一度も村を出たことが無いという部分には違和感を覚えた。

 

 そうこうしている内に4人は風見鶏が屋根に立つ特徴的な建物の前に着いた。

 恭一郎は建物の外壁に眼をやると、ふと不自然な物に気付いた。

 

「あれ?あの印…」

 

「どうしたの、恭一郎先生?」

 

「いや、玄関の所にダビデの星の紋章があって。だけど左上の部分が欠けてるんです。」

 

 恭一郎が言うように、風見鶏の館の入り口部分の上方には六芒星の左上部分が無い紋章が彫られている。

 

「そういえば、時計の館にも似たような紋章があったわね。あっちは上の部分が無かったけど。」

 

「ああ、これはですね、村の成り立ちを表しているものなんです。」

 

 時田家の屋敷を訪問した時の事を思い出し珠樹が呟くと、若葉が笑みを浮かべながら答える。

 

「もともとこの村は山間にある小さな集落だったんです。だけど100年前、村に宣教師達が訪れ村民達と共に村を発展させたんです。」

 

「じゃあ村の中心にある教会もその時に?」

 

「ええ。村の発展には宣教師の他に6人の村の代表者が寄与していて、その末裔が現在の村にある6つの館の主なんです。」

 

「なるほど。宣教師と共に村を発展させた6人を六芒星に見立てたのね。」

 

「そういうことです。」

 

「とても興味深い話だわ。ところで、宣教師達はどうしてこんな山奥で布教しようとしたのかしら?こういうのはアレだけど、もっと教えを広めるには適した土地はあったと思ちゃって。」

 

「さぁ?詳しい事は分からないけど、宣教師達は『エデンのリンゴ』を探しに来たって言い伝えがあります。」

 

「『エデンのリンゴ』だって?」

 

「はい。具体的には何なのか分からないけど、そのエデンのリンゴを求めて宣教師達はこの村を訪れたそうですよ。」

 

「ふーん。エデンのリンゴねぇ…」

 

 若葉の話を聞いた珠樹は顎に手を当て考え込む。

 すると玄関ドアが開き、中から口髭を生やした初老の紳士が現れた。

 

「おや?もしかして貴女方が時田さんの顧問弁護士をしているという御二人かな?」

 

「ああ、はい。野々宮珠樹と古舘恭一郎と申します。」

 

 珠樹と恭一郎が丁寧に挨拶すると、紳士は人好きのする笑みを浮かべた。

 

「初めまして。この村の代表のような者を務めています。風祭惇也です。時田からは話は伺っています。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関で挨拶を交わした珠樹達は、若葉と霧子に感謝の言葉を述べ、2人と別れて風祭の案内する『風見鶏の館』の敷居を跨いだ。

 

 風見鶏の館には、風祭の趣味なのか沢山の動物の剥製が飾られており、珠樹はそれを物珍しげに眺めていた。

 そんな珠樹を興味深そうに見ながら、風祭は使用人にお茶を用意するように指示すると口を開く。

 

「気になりますか、剥製が?」

 

「え?ああ、はい。一度にこんなに多くの剥製を見るのは初めてで。風祭さんが造られたんですか?」

 

「ええ。こんな村なんで娯楽は限られてましてね。幸い手付かずの自然が豊富なので、ハンティングの獲物には困りません。」

 

「そういえば、道中案内してくれた霧子さんも括り罠のワイヤーを持ってましたね。もしかして、風祭さんが?」

 

「霧子君がですか?ああ、そういえば以前教える機会がありましたね。決して軽い気持ちで仕掛けるな、と言ってはいたんですが…」

 

 流石に狩猟が趣味と言うだけあって括り罠に免許が必要なのを知っていた風祭は、自身が教えたとはいえ知り合いの子供が違法行為をしようとした事実に責任を感じ顔を暗くさせる。

 それを見て珠樹は慌てて弁明する。

 

「心配しなくとも大丈夫だと思いますよ。何か仕掛ける前に声を掛けて、恭一郎先生が軽く脅かしているんで同じ事はしないかと。」

 

「別に脅かしてないですよ。ただちょっと大人として注意しただけですからね。」

 

「それはまた、お世話をお掛けしました。霧子君には私からも言っておきます。ところで、宿泊場所をお捜しと聞きましたが?」

 

「はい、そうなんです。出来れば今日と明日、2泊する場所を捜しているんですけど、どうでしょうか?」

 

「それならば、うちの屋敷をご利用下さい。ゲストルームには空きがありますし、食事もご用意出来ますが、いかがですか?」

 

「それは…大変有り難いお話ですけど、よろしいのですか?」

 

「ええ、構いません。他ならぬ時田さんからの紹介ですし、何より東京の弁護士の方と御話しする機会なんて滅多に無いですから。此方としても貴重な機会を頂き僥倖です。」

 

「そんな、本当にありがとうございます!」

 

 あっさりと滞在の許可をくれた風祭に、珠樹と恭一郎は心よりの礼を述べた。

 

 その後、風祭が使用人に部屋の準備をするように申し付けると、それが終わるまで軽い歓談という名のお茶会が開かれた。

 

「ほう。では古舘先生は柔道を嗜んでいらっしゃるのですか?」

 

「そうなんですよ!これでも国体にも出場していて都の強化選手に指定されてたんです!」

 

「なんで野々宮先生が自慢するんですか。それに、国体出場といっても1回戦負けですから大したものではありませんよ。」

 

「いやいや、出場しただけでも大したものでしょう。私なんか体を動かす類いのものはトンと苦手で。精々獲物を追って山を駆けるくらいしか出来ません。」

 

「それこそ大したものじゃないですか!私達が山道を駆け回ったりしたら余裕で遭難しちゃいますよ。って、あれ?」

 

 和やかに話をしていると、珠樹は壁に飾られた写真に気が付いた。

 それは教会の前に人が集まって撮られた物のようだ。

 

「風祭さん、この教会って村の中心にある建物ですか?」

 

「ん?ああ、そうです。私の成人の儀の時に撮った物なので、もう30年近く前になるでしょうか。」

 

「ふーん。なんか、建物の雰囲気が少し違いますね。私も遠目からしか見てないですけど、この写真に比べると随分と煤けたような…」

 

「えっ、ああ、それは…あの教会は一度火事にあってまして。」

 

「火事ですか?」

 

「はい。建物自体は石造りのお陰で形を保ってますが、外壁などは焼け焦げてしまって。それと、その火事によって牧師夫妻と彼らが養育していた7人の養女が犠牲になってしまったんです。」

 

「それはまた…なんと言って良いか…もしかして、この写真に写ってるこの方達が?」

 

 珠樹が写真に写る司祭服を着た男性とその周りにいる女性と少女達を指差すと、風祭は頷く。

 

「もう27年も前の話です。以来新たな牧師はおらず、教会は村で管理しているんです。」

 

 風祭のどこかしんみりとした口調に珠樹は何か思い詰めたようなものを感じたが、次の瞬間には柔らかな笑みが風祭の顔に浮かんでいた。

 

「もし興味がおありでしたら、明日にでも私がご案内しましょう。100年前からある建物なんで、近くで見れば中々に壮観ですよ。」

 

「良いんですか!是非ともお願いします!」

 

 風祭の申し出を珠樹が喜んでいると、使用人が現れ部屋の準備が終わったと報告しに来た。

 珠樹達はそのまま、使用人に案内され各々の部屋に向かう。

 礼を言って応接室から出ていく2人を、風祭は最後まで軽い笑みを浮かべて見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「で、どう思う?この村について。」

 

 客室に案内され程なく、珠樹は恭一郎に宛がわれた部屋を訪問すると、ドカリとベッドに腰を下ろし足を組みながら問い掛ける。

 そんな警戒心ゼロな年上の幼馴染みの振る舞いに対し、恭一郎は頭痛に耐えるように頭を押さえる。

 

「そういう所はもう少し慎んだらどうなんですか。」

 

「は?何が?」

 

 恭一郎の苦言を受けてなお「心底何を言っているのか分からない」とでも言うように首をかしげる珠樹に、恭一郎の眉間の皺はますます深くなる。

 しかし深々と溜め息を吐くと、椅子を引き寄せ腰を下ろす。

 

「いや、もういいです。それよりも、村に対してどう思うですよね?率直な感想を言うなら、なんか気持ち悪い、ってところですかね。」

 

 ハッキリとした物言いをする恭一郎に珠樹は「うんうん」と頷くと、さらに続きを促した。

 

「まず気になるのは、村のインフラの成熟具合と代表者とされる6つの家の発展の歪さです。村は市街地から車で3時間も掛かる悪路の果てにあるってのに、一般的に豪邸と呼べる館が6軒も建っている。ここに来る前は何か特産になるような物があるのかと思っていましたが、軽く村を見た感じだとそうした特産をPRしている様子は無い。なのに時田氏も風祭氏も、立派な屋敷に住んで金に困っている様子は全く無い。いったい何をして稼いでいるのか、見当もつきません。」

 

 一旦言葉を区切り珠樹の様子を伺うが口を挟もうとする様子は無い。

 なので恭一郎は自分の考えを続けた。

 

「2つ目に気になったのは村の信仰です。この村には宣教師と6人の代表者によって村が造られたという言い伝えがあり、それを裏付けるように村は教会を中心にして形作られている。不自然なのはなぜか村の形がダビデの星を模している事です。教会の屋根の上には十字架が掲げられているから、宣教師達はキリスト教の信徒だと思います。だけどダビデの星はユダヤ教の信仰対象の筈。偶然かもとは思ったけど、時田氏の館と風祭氏の館に紋章があるのを考えると、偶然とは考えられない。」

 

 それと信仰についてもう一つ、と恭一郎は続ける。

 

「27年前に教会の火事で亡くなったのは『牧師夫妻とその養女』と風祭氏は言っていたけど、教会の前で撮られた写真に写っていた男性が来ていた祭服、あれは『カトリックの司祭服』です。牧師は『プロテスタントの聖職者』を表す言葉だから、教会がプロテスタントのものだとすると明らかに服装と矛盾している。」

 

 神父と牧師。日本だと同じキリスト教の聖職者を表す言葉として時折ごっちゃにされる物であるが、神父はカトリック、牧師はプロテスタントという風に明確な違いがあり、結婚の可否や服装など細部に差異がある。

 しかし六角村では妻帯を許可された牧師が神父の服装を着るという、宗教的には明らかにおかしな行動を行っていた。

 

「もちろんどちらの宗派にも枝分かれした無数の会派があるから、俺が知らないだけで他宗派の様式を取り入れた信仰の仕方があるのかもしれない。だけど現段階で俺の目から見て、この村の信仰はかなり不自然です。その不自然さの説明として、理由を付すとするなら1つだけ心当たりがある。」

 

「…言ってみて。」

 

「100年前にこの村を訪れたという宣教師。彼らはキリスト系の新興宗教の教徒だったんじゃないかな?」

 

 新興宗教団体。

 それは弁護士として活動しているとイヤでも耳にする言葉である。

 それにハマった挙げ句に生活や財産を擲ってしまった家族に関する相談を、珠樹もこれまでに何度も受けたことがある。

 その為、そうした宗教団体について自然と詳しくなった彼女からすると、恭一郎の推測は中々に的を射ていると感じられた。

 

「幾つかの宗派をごった煮したような信仰。人里離れた場所に作られた拠点。確かに新興の宗教組織によく見られる特徴ね。」

 

「ただ100年も前にこんな僻地で信仰を根付かせるなんて並大抵の事じゃない。いくら西洋文化が持て囃された時代とはいえ、閉鎖的な場所だと保守的な人も多かっただろうし。」

 

「逆にそうした閉鎖的な環境だからこそ進歩的な思想が広まりやすいパターンもあるわよ。ともかくとして、この村にある教会の会派が主流派で無いのは間違いないと思うわ。それがどうして村の発展に貢献したのかという部分が謎よね。」

 

「それと『エデンのリンゴ』。旧約聖書において禁断の果実として伝わるそれを、どうして宣教師達は求めて、その果てにこの村にきたのか?」

 

「『エデンのリンゴ』を探してとか信仰を広めるためとかは名目で、本当は別の目的があるってこと?」

 

「僕はそう思います。」

 

 恭一郎の仮説を聞き、珠樹は改めてその中身を吟味する。

 決定的な間違いは無いと思う。

 村の信仰に関してはかなり想像の余地があるとは感じるが、村の有力者の資金源が不明瞭なのは間違いない。

 こうなって来ると時田氏だけの問題ではなく、村そのものに疑惑を持つ必要さえある。

 

「ねぇ、恭一郎先生。仮にこの村で違法薬物の製造が行われているとして、その関係者が村の人間だけに留まると思う?」

 

「その可能性は低い。ほぼ間違いなく裏社会の人間が関わっている筈です。じゃないと流通の過程で犯罪組織に目を付けられて確実にトラブルになる。」

 

「つまり村の外部に協力者、それも犯罪組織と利害調整が出来るような売人がいるわけね。この話がきた時に恭一郎先生が言ってた事が正しいわ。これは弁護士が介入するような案件じゃ無い。警察に任せるべき案件よ。はあぁ…」

 

 盛大に溜め息を吐き、顔を手で覆うと珠樹はベッドに背中を倒す。

 勝手にベッドへ寝転がられた恭一郎は文句を口にしそうになったが、心底疲れた様子の幼馴染みを見ると諦めて頭を掻く。

 

「どうします?一応予定では明後日帰る事になってますけど、1日前倒ししますか?」

 

「…そうねぇ、とりあえず豊彦おじさんに連絡しましょ。ここまでで分かった事を報告して、その上で方針を決めるのが良いわね。個人的にはもう少し調べてみたいけれど。」

 

「分かった、後で電話しときますね。」

 

 そう言うと、恭一郎はカバンからノートを取り出し所長に報告すべきことを書き纏めていく。

 それを寝転がりながら眺めていた珠樹は、ふと何かを思いついた様子を見せる。

 

「そうだ、今日私この部屋に泊まるわ。」

 

「了解です………はっ!?」

 

「いやだってさ、こんだけキナ臭かったら出来る限り警戒はしておくべきじゃん。2人で別々の部屋にいるより、一部屋にまとまってた方が安全でしょ?」

 

「それはそうかもしれませんけど…もう少し警戒心というかなんというか…」

 

「え?警戒しているから一緒の部屋で過ごそうって言ってるつもりだけど。」

 

 恭一郎と同じ部屋で寝る事に何の抵抗を示さない珠樹に、恭一郎は「そうじゃない!」と言ってやりたかったが、それを言うとますます面倒くさい事になるのは目に見えてたので再び盛大に溜息を吐く事しか出来なかった。

 

「はあぁ、分かりました。屋敷の人にはバレないようにだけ気を付けて下さい。」

 

「ありがとう、恭一郎先生。私の寝る場所はソファで構わないわ。」

 

「いや、野々宮先生がベッドを使って下さい。俺がソファで寝るから。」

 

「良いわよ気にしなくて。だいたいアンタの体じゃソファは狭すぎるでしょ。体痛めるわよ。」

 

 互いに寝る場所を譲り合う2人。

 すると恭一郎は少し緊張した様子で、ほんのりと頬を染めると咳払いをする。

 

「じゃあさ、これは別に変な意味はないんだけど、2人でベッドを使うってのは?」

 

「え?それはダメよ。アンタ子供の頃から寝相悪いでしょ。昔それで何度ものし掛かられたんだから。いま同じことされたら潰れちゃうわ。」

 

「………やっぱ自分の部屋で1人で寝てください。」

 

「なんでよ!?」

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