殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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いくら人の命を奪って何も罪悪感を覚えないような人でなしだろうが、所詮人間であり、ガキである。
作者はそう考えました。


なぜ冬部蒼介は少年犯罪に関わり続けるのか?

 四ノ倉学園の最寄駅から伸びる大通り沿いにある公園。そこに古谷、仁藤、そして先日浅野遥子に襲われ病院に運ばれた室井がいた。

 

「それにしても災難だったな室井。でも退院したなら連絡の1つくらいしろよな。」

 

「あ、ああ。すんません古谷さん。なんか色々忙しくて連絡する暇も無くて。」

 

「ふうん。まあ、殺されそうになったなら仕方ないか。浅野のやつは警察に捕まったから安心しな。もう2度と俺たちの前に顔は出せねぇだろうぜ。」

 

「そ、そうっすか。ハイ…」

 

 何故か以前に比べ室井の態度がよそよそしい。 

 それを不審に思う古谷だが、流石に殺されそうになったらコイツもメンタルをやられるか、と結論付けた。

 

「そんな顔すんなって。今日はお前の快気祝いだ。パーッといこうぜ!」

 

「い、良いですよ!そんな気を遣ってくれなくて。第一俺今日は金無いですし。」

 

「金の事なら心配すんなって。今から千家の奴を呼び出すからさ。」

 

「千家を?」

 

「ああ。あの野郎、この前俺を殴りやがったんだぜ。あの場じゃ許してやったけど、やっぱ慰謝料は貰わねえとな。」

 

 まだ痣の残る頬を撫でながら古谷は顔を顰めてそう宣う。

 平然と恐喝を行おうとする古谷に、仁藤と室井は僅かに委縮する。

 

「や、やめときましょうよ古谷さん。まだ警察がウロウロしているかもしれませんし、暫くは大人しくしといた方が…」

 

「そうですよ。なんか金田一とかいう新入りも最近学園で深町について嗅ぎまわっているみたいですし。」

 

「何弱気になってんだよ、お前ら。どうせバレるわけがねえよ。室井、お前殺されそうになったからってビビりすぎなんだよ。深町を吊った時も誰も気が付かなかったんだぜ。もし俺たちのやった事に気付いた奴がいたら、そいつも吊ってやればいいさ。」

 

 邪悪な笑みを浮かべて何の事でもなさそうに語る古谷に、室井は寒気を覚え顔をひきつらせる。

 そして何かを決心した様子で唾を飲み込むと、おもむろに口を開いた。

 

「古谷さん、あの、俺…」

 

「古谷直樹だな。」

 

 その時、3人に声が掛かる。

 目を向けると無精髭を生やした体格の良いスーツ姿の中年男性と、彼を先頭にした一団が古谷達を見ていた。

 

「は?誰だよ、おっさん。」

 

「警視庁捜査一課の剣持だ。少し話を聞かせて貰っても良いか?」

 

「け、警察っ!?」

 

 剣持の言葉に仁藤が青い顔をする。

 しかしそんな仁藤を嘲笑するように鼻を鳴らすと、古谷は剣持の方へ体を向けた。

 

「なんすか?浅野の事なら俺らあんまり話すこと無いですけど。」

 

 表面上は素直に、しかし大人を舐めきった態度で古谷は剣持に言葉を返しつつ、剣持の後ろの一団に目を走らせる。

 その中には、初めて見る面々に加え以前学園で顔を会わせた弁護士の姿もあった。

 

 浅野がやらかして以降、千家や金田一とかいう新入りが何かと探っていた。

 もしかしたら金田一達と知り合いらしい弁護士達の差し金かも知れないと警戒する一方で、半年以上前に自殺で方が着いた事件が今さら掘り起こされる訳は無いという自信が古谷にはあった。

 

 しかし、次に剣持が発した言葉は古谷達の予想外のものだった。

 

「お前達に暴行で被害届が出ている。その件について話が聞きたいんだ。」

 

「は?被害届?暴行で…」

 

「ああ、先日お前達が四ノ倉学園の構内で塾生を囲んでサッカーボールをぶつけ暴行していたそうだな。その件について話を聞きたい。」

 

 一瞬呆気に取られた古谷だが、すぐに苦々しい顔つきに変わる。

 

「宮園の野郎か…アイツ警察にチクリやがったな。」

 

 古谷の予想は当たっている。

 珠樹達は以前古谷達に暴力を振るわれていた宮園彰を説得し、彼に被害届を提出させた。

 そしてそれを受理した警察は暴行の容疑で古谷達に聴取を行おうとしていたのであった。

 

「さあな。現時点ではあまり詳しい事は教えられん。とにかく、話は聞かせて貰うぞ。」

 

 剣持は古谷の言葉をはぐらかす。被害者保護の観点から警察は安易に被害届を出した人物については容疑者に伝えないのが鉄則だ。

 

 不満そうにしながらも、流石に古谷達も警察に反抗する気はないらしい。

 警察官たちに先導され近くに止めてあるパトカーの方へ歩いて行く。

 しかし途中で剣持は足を止めると、古谷達の方へ向き直る。

 

「ああ、それとお前の携帯を提出して貰おうか。被害届によると、お前達は被害者が暴行を受けている様子を携帯で撮影していたらしいな。重要な証拠だ。こちらで調べさせて貰いたい。」

 

「チッ!たくっ、めんどく…せぇ…な……」

 

 剣持に促されポケットの中の携帯に手を伸ばした古谷だったが、その顔が段々と青くなる。

 それを見た瞬間、剣持の後ろで控えて様子を窺っていた珠樹達は賭けの第一段階に勝った事を確信した。

 

「なんだ?どうしたんだ?早く携帯を出して貰おうか?それとも、出せないのか?」

 

「………」

 

 剣持の質問に古谷は答えられない。

 彼の脳内ではあらゆる可能性が渦巻いていた。

 

 携帯を調べられて宮園を甚振っている動画が出て来ても、前と同じように悪ノリが過ぎただけだと言い訳をするつもりだった。

 だが、調べられるのは今も残してある動画だけだろうか?

 調べられたら本当にマズい動画は削除してある。だけどもし、警察が本気で調べでもしたら…

 

「…まさか、暴行よりも見られたらヤバい代物がその携帯の中に納められているのか?」

 

「………」

 

「仮に画像や動画を消去していたとしても、内部データには残り続ける。内部のチップが破壊されていない限り、警察で解析すれば一発で確認できる。警察舐めんなよ!」

 

「クソッ!」

 

 古谷はポケットから取り出した携帯を地面に叩きつけると、足で踏みつけ破壊しようとする。

 それは、珠樹達の賭けの第二段階に勝利した事を意味した。

 

「いまだっ!確保!」

 

 その号令と共に剣持の部下達が古谷に組み付き、その行動を阻止する。

 仁藤や室井の背後にも人員が回り、彼らが逃走できないように経路を封鎖した。

 

「何すんだっ!離せよ!」

 

「…やっぱり、一君の予想通りだったみたいね。古谷君、貴方は先日室井君達が宮園君に暴行を行っている際、その様子を携帯で撮影していたわね。色々調べて見たところ、貴方は直接的なイジメは行わず指示役に徹していた。そしてその様子を携帯で撮影することもあったそうね。」

 

 携帯電話で録画した動画は削除しても内部データが残り続ける。

 しかも防犯映像と違い自動的に上書きする事も無いので、専門家によりサルベージする事も可能だ。

 

 金田一が気付いたのはまさにこの点である。

 古谷が宮園をイジメるのを撮影していた、という話を聞いた一は、深町をイジメている様子も撮影していたのでは?さらには深町を死亡させた時の様子も撮影していたのでは?と予想したのだ。

 もしそうならば、それは何物にも替えがたい決定的な証拠になると

 

「だけど早まったわね、古谷君。貴方、聴取に応じる義務も携帯を提出する義務も無かったのよ。」

 

「………は?」

 

 珠樹の言葉に古谷は警察官に拘束されたまま呆けた声を上げる。

 

「今回貴方達は被害届を提出され暴行罪の容疑で捜査された。けれど現段階では逮捕令状も捜査令状も出されていないから、聴取にしろ証拠品の提出にしろ任意なの。」

 

「だが君は警察に証拠品の提出を求められ、焦って携帯をを破壊しようとした。これは明確な公務執行妨害罪並びに証拠隠滅罪に当たり、証拠保全の観点から身柄の拘束、及び証拠品の押収が可能になった。」

 

「ここにいる全員が証人だ。警察は正当な捜査を行い、それに対し君は証拠の隠滅を計った。裁判所も証拠能力を認めるだろうね。」

 

 3人の弁護士が矢継ぎ早に説明を行う。

 

 そう、いくら被害届を出されたからといって、容疑者が警察の捜査に協力しなければいけない義務は無い。

 捜査令状が出ていない以上、あくまでも任意の捜査だ。

 

 おそらく古谷は任意の捜査と強制捜査の区別がついていなかったのだろう。

 だから被害届を出され携帯の提出を求められた段階でそれが絶対に従わなければならないと誤解し、自身の携帯に宮園を暴行した事以外の証拠が残っている事実に焦り、咄嗟に証拠隠滅を計ってしまったのだ。

 

 本来未成年者に聴取を求める場合は事前に任意であることを伝えるのが望ましいが、今回は古谷達を焦らせ極端な行動に移らせる為にあえて説明をしなかった。

 そこについては少々グレーな遣り方とは思うが、裁判で証拠能力を覆すような警察の不手際にはならないだろう。

 

「な、何やってんですか古谷さんっ!?」

 

 事態を把握したのか、仁藤がガタガタと振るえながら叫ぶ。

 

「だから言ったじゃないですか!あの動画は削除した方が良いって!何で残してるんですか!?」

 

「うるせえな!俺だって消してたんだよ!」

 

「じゃあそもそも動画なんて撮らないで下さいよ!ああ、ママに何て言えばいいんだ!」

 

 自分の心配ばかりする仁藤に古谷は苛立った様子で詰め寄ろうとする。

 だが何かに気付くと剣持の方へ視線を向けた。

 

「待ってくれ、あれは事故だったんだ!」

 

「事故だと?」

 

「ああっ!俺達はただ『首吊りごっこ』をして遊んでただけなんだ!それを深町の奴が勝手に足を踏み外してっ!俺達は何も…」

 

「いい加減にしろ!」

 

 聞くに耐えない古谷の言い訳を止めたのは冬部の怒号だった。

 冬部は顔を紅潮させ全身を振るわせている。

 

「遊んでただけだと?人が死んでるんだぞ。深町充君は亡くなったんだ!その死を多くの人が悲しみ、苦しんでいる!君達はそれを少しも想像した事が無いのかっ!?遊びなんかじゃ済まされない!」

 

 その鬼気迫る主張に古谷は何か言い返そうとするが、冬部の迫力に押され言葉を紡げず口をパクパクさせる。

 

 すると室井が震える両膝に手を置くと、観念した様子で深々と頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 小さく、蚊の羽音のようなか細い声だったが、それは紛れもなく謝罪の言葉だった。

 

「俺達が馬鹿でした…こんな事になるなんて、思いませんでした…本当にごめんなさい…」

 

 そう口にする室井の両目からは涙の雫が落ち、地面を濡らした。

 その様子を古谷と仁藤は呆然と見ているだけ。

 何故そんなことをするのか、まるで分かっていない様子だった。

 大人達が苦々しい表情でそれを見るなか、冬部だけは彼らから目を逸らし、やりきれない様子で呟いた。

 

「…謝る相手がちげぇよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい、どうしたんだよ深町?もうちょい根性見せろって!』

 

『ギャハハ!コイツしょんべん漏らしてるぜ!臭っせぇ!』

 

『ハハハハ!…あれ?ねぇ!なんか動かなくなっちゃったよ!』

 

『げぇっ!?マジで死にやがったのかよコイツ!?』

 

『っ!?おいっ!仁藤、室井、ソレ下ろすんじゃねえぞ!』

 

 古谷から押収した携帯を解析し、復元した動画はそこで終わっていた。

 動画を確認し終わった警察署の会議室には、重苦しい空気が流れる。

 

「……野々宮先生、念のため法律家としての見解を聞かせて頂けますか?」

 

 剣持の質問に珠樹は暫し黙考した後に口を開く。

 

「………当該少年達は被害者が踏み台を踏み外し首吊り状態になったにも関わらず縄を放して地面に下ろす等の行動をしていません。通常首吊り状態は命の危険性が非常に高いと想定出来るものであり、この状態を維持し続けた彼らの行動には『対象が死んでも構わない』という意識が働いていたと判断する事が可能、つまり殺意ありとする事が出来ると思います。」

 

「…そう言って頂き安心しました。検察には3人について殺人罪で起訴する事を強く言っときましょう。」

 

「…あの、剣持警部、3人の様子は?」

 

「取り調べをしています。が、仁藤と古谷は自分の罪を軽くしようと言い訳をしています。室井だけが素直に罪を認め全てを供述しているような印象ですね。いったいどんな心境の変化があったんだか。」

 

「……もしかすると、殺される気持ちが理解出来てしまったのかもしれませんね。」

 

 死と隣り合わせになる経験をし、そこで初めて被害者の感じた絶望を理解し自分の仕出かした事の重大性を理解する。

 死刑判決を受けた者の一部が陥る心境の変化が室井にも起きたのではないかと、珠樹は推測した。

 

「ただそれでも、理解するのが遅すぎた。」

 

「…ですな。本当ならもっと早くに奴らは気付くべきだった。」

 

 彼ら3人がどのような経緯で意気投合し、イジメに手を染めたのかはこれからの捜査の過程で明らかになっていくだろう。

 もしかしたら前に冬部が言ったように彼らの家庭環境に大きな問題があったのかもしれない。

 或いは通っていた学校に居場所が無い、勉強についていけない、部活動をドロップアウトした、親の干渉が心苦しい。

 そんな悩みを抱えていたのかもしれない。

 

「だけど彼らは間違えた。絶対に越えてはいけない一線を越えてしまった。」

 

 悲しみを帯びた珠樹の呟きが、狭い会議室に酷く響いた。

 

 こうして、深町充の死から始まった一連の事件の真相が白日の元に晒された。

 だがこれは始まりでしかない。

 生きている者達にとっての、長く、辛い、現実の物語の…

 

 

 

 

 

 

 

『本日、東京地検は同じ予備校に通う生徒をイジメの末に殺害したとして、都内の高校に通う少年3名を殺人罪で起訴しました。この事件は昨年都内の予備校の構内で首を吊った状態の男子生徒が発見されたもので、別の傷害事件で捜査を受けていた17歳の3人の少年達の関与が明かになり、家庭裁判所から検察に逆送されていました。調べに対し、3人のうち1人は全面的に容疑を認めていますが、他2人は一部容疑を否認しています。

 

続きまして芸能のニュースです。人気アイドルの雪原さやかさんが婚約を発表しました。お相手はIT企業CEOの月見里光さん。お二人は学生時代からのお付き合いで、この度めでたく…』

 

「野々宮先生、そろそろ出ましょうか?」

 

「うん、そうね。」

 

 珠樹は休憩室のテレビを消すと、上着を羽織り恭一郎と共に部屋を出る。

 本日は浅野遥子の判決の日だ。

 殺人未遂で起訴された彼女の初公判は、深町充の死の真相が明らかになった事で開始が遅れていたが、この度複数回の公判を経て判決の時を迎える。

 

 

 裁判所に向かうために2人が出口に通じる廊下を歩いていると、正面から見知った顔が近付いてくる。冬部だ。

 

「お疲れ。これから出るのか?」

 

「ええ。冬部君は所長に挨拶に来たの?」

 

「ああ。せっかく集団訴訟に加えて貰ったのに、中途半端に離脱する事になったからな。きちんと頭を下げておこうと思って。」

 

 冬部も参加していた鯖木海人に対する集団訴訟は予定どおり告訴が行われた。

 ただ、原告の弁護士団には冬部の姿が無かった。

 その理由は、室井矢一の弁護をする為であった。

 

「それにしても、冬部君が室井君の弁護をするなんてね。」

 

「本当は古谷君や仁藤君の弁護もしたかったんだけどな。室井君の証言と古谷君の証言が食い違う点があるから、依頼人の利益相反の観点から難しくてな。」

 

 弁護士には依頼人の利益が他の依頼人の不利益になる場合は原則として依頼を受けれない、という決まりがある。

 なので共通の事件でも依頼者の証言が食い違い互いの利益を侵害する場合には、弁護士はどちらかの依頼者の弁護しか出来ないのだ。

 

「…冬部先生、先生は室井君達が更正出来ると思いますか?」

 

 恭一郎の問い明けに冬部は少し驚いた様子を見せながらも、すぐに穏やかな笑みを作る。

 

「…そうだな。絶対に出来る、なんては言えないよ。これまでも何人も少年犯罪の弁護を請け負って来たけど、完全に更正出来たって思える子は数える程にしかいないよ。」

 

「それでも、続けられるんですか?」

 

「俺がやらなくて誰がやるんだよ?」

 

 考える間も無く冬部は即答する。

 そうするのが自分の使命だと、一片の疑いも抱いていない様子で。

 

 珠樹にはそれが少し悲しかった。

 今も冬部が過去の罪に囚われているように見えて。

 

 イジメの果てに1人の人間の命を奪い、己の愚かさを知り贖罪の道を探し、更正して自分と同じような人間を1人でも多く出さないように身を削って子供達を救おうとしている冬部を見てると、十字架を背負う人間として正しい在り方だと思いつつも、心が苦しくなってしまう。

 

 だがきっと、冬部は止まらない。

 命を奪うという取り返しのつかない罪を背負った者は、一生を掛けて償い続けなければならないと理解しているから。

 

 司法修士課程時代に被害者遺族と対面し、その面前で謝罪をして以降、冬部はその考えを己の生きる指針にしていた。

 

「また何かあれば宜しくな。」

 

「ええ。冬部君も無理しない範囲で頑張ってね。」

 

 そう言って2人はすれ違う。

 珠樹達は浅野遥子を救うために。

 冬部は室井矢一を救うために。

 それぞれの依頼人が罪を償い、再び社会で自分の足で立ち上がれるよう、弁護士の職務を全うする。

 

 こうして彼らの弁護士として歩む道は、今後も時にすれ違い、時に交わりながら続いて行くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「判決、被告人を懲役三年に処す。」

 

 判決文を読み上げに対し、珠樹は僅かに肩を落とす。

 浅野遥子に言い渡されたのは執行猶予は着かない実刑判決だ。

 判決理由として裁判長は、犯行に至る浅野の動機について慮る要素は認めつつも、3人を殺害しようとした強固な殺意、並びに計画性の高さについて指摘し、恭一郎が偶然犯行現場に現れなければ犯行を繰り返していた可能性が非常に高い、という検察側の主張を認めた形である。

 

 浅野は裁判官の言葉を、目を伏せたまま黙って聞いていた。

 事前の接見で珠樹は、如何なる判決が出てもそれを受け入れる旨を浅野からは伝えられている。

 

 閉廷後、珠樹は浅野と接見し控訴の意志があるか確認するが、浅野は静かに首を横に振った。

 

「判決を受け入れます。今は少しでも早く清い身になって、出来るだけ早く深町君のお墓参りに行きたいと思ってます。」

 

 浅野の決意は固かった。

 彼女は深町の両親と連絡を取り合っているらしい。

 墓参りに来て欲しいというのも、深町の両親の希望だそうだ。

 

「もちろん、あの3人への憎しみは尽きません。けれど憎しみに身を焦がす生き方を深町君は望んでいないと、御両親から伝えられました。私も、いまはそう思えます。だからこの判決を一つの区切りにしたいんです。」

 

「…分かりました。貴方の意思を尊重します。どうか真摯に罪と向き合い、反省し、もう2度と過った道を歩まないように頑張りましょう。」

 

「はい。ありがとう御座います。本当に…」

 

 ガラスの向こうで浅野は深々と頭を下げた。

 こうして、四ノ倉学園で起きた連続殺人未遂事件は終結した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てな感じで、金田一の奴が犯人が手元に持っていた証拠の存在に気が付いて、それを警察と野々宮先生達が犯人を罠に嵌めて手に入れたって訳さ。」

 

「凄いわね、その金田一君って人も、野々宮っていう弁護士の先生も、隠されていた殺人事件の真相を明らかにしちゃうなんて。」

 

 とある病室にて、千家が1人の少女に自分が遭遇した事件の顛末を語って聞かせる。

 少女は千家が面白おかしく、やや誇張気味に話す事件を楽しげに聞き入っていた。

 

「私も会ってみたいなぁ…千家君の友達の金田一君にも、野々宮先生にも…」

 

「…ああっ!会わせてやるさ!2人ともいい人だから、」

 

「うん、お願い。出来るだけ早くね。じゃないと…」

 

 悲しげに少女が俯き二人の会話が途切れる。

 2人にはどうしようもない運命のタイムリミットがあった。

 今はその時までの時間を大切にし、少しでも明るく楽しい一時を過ごそうとしているが、時折こうして現実が目の前にある事を自覚し沈んでしまう。

 

 千家は胸に込み上げるものを感じながらも、何とか明るく振舞おうと笑顔を作って話の続きをしようとした。

 だがそこで、看護婦が病室に入ってくる。

 

「失礼します。水沢さん、そろそろ先生の回診の時間です。ですので…」

 

「ああ、わかりました。じゃあ、俺もう帰るから。またすぐに見舞いに来るからな。」

 

「うん。またね、千家君。」

 

 荷物を纏め病室を後にする千家に少女は手を振る。

 

 千家が病室を去って程なく、白衣を着た男が病室に入ってくる。

 医師にしては、やけに若い見た目の男だった。

 

「えーと、水沢利緒ちゃんだね。俺は萬屋。今日は君に試したい新薬があるんだ。」

 

「えっ、新薬ですか?」

 

「うん。もしかしたら君の病気も快方に向かうかもしれない。そんな、夢みたいなクスリさ。」

 

 自分の病が快方に向かうかもしれない。

 その言葉に少女の目が見開かれた。

 もしそれが本当ならどんなに素晴らしい事か。

 あと半年しかない限られた命だと思っていた。

 だから、ドッグトレーナーとしての未来も、大好きな人との未来も、全て叶わぬ夢だと諦め『未来日記』の中にしたためた。

 

 だけどそれが、夢で終わらない可能性がある。

 

「…お願いします、萬屋先生。私にその薬を使ってください!」

 

「ああ、もちろんさ。結構よさげなクスリだって話だから、きっとよく効くよ。」

 

 萬屋は必至な表情で訴える少女にそう言って笑いかけた。

 

 その笑顔が、悪魔の笑顔である事に、少女はついぞ気付かなかった……




その後の彼ら…

・浅野遥子
 刑期を終えると地元に戻り、小さな塾を立ち上げそこで子供たちに合った勉強のやり方を教えている。生徒数は決して多くないが、それぞれの個性と夢を尊重した教育方針で子供達から大変敬愛された。

・四ノ倉学園
 一連の事件に関し学園側の管理体制について謝罪を行う。直後は生徒数の減少などがあったものの、事件後も変わらずに受験に特化した指導方針を続けつつ、弁護士の意見も取り入れ生徒のメンタルケアにも着手する。事件が世間から忘れ去られた頃には、生徒数は以前より多くなっていた。

・鯖木海人
 炎上事件について集団訴訟を起こされ無事に爆散。刑事告訴も行われ、その悪質さから懲役1年の実刑判決を受ける。民事訴訟では数千万単位の支払いを命じられ破産する。
 だが何より本人にとって一番堪えたのは、ニュースなどでこれまでの悪行が明らかにされ、さらに過去にネット上に残していた痛い書き込みが掘り返され、ネットミームにされ祭りをされた事。これまでネットで他人の人生を弄んだ男は、無事にネットの住人によって玩具にされた。



・室井矢一
 刑事裁判を受ける事になり、裁判では終始反省した態度を見せ罪を償う姿勢を見せるが、犯行の悪質さと犯行後もイジメを繰り返し死者を愚弄する言動を厳しく非難され、懲役10~15年の不定期刑を下される。
 判決後は真面目に刑に服し、11年目に出所。出所後は支援者の力も借り解体業者に就職。日々働きつつ、収入の一部を深町充の遺族に毎月送金している。

・仁藤伸幸
 裁判ではあくまでも古谷や室井に従属的な立場であったと主張するも、10~15年の懲役刑を言い渡される。刑務所では他の受刑者からイジメを受けた。
 出所後は世間との関わりを厭い実家に篭り、両親の扶養に入る。以来引き篭もり生活を続けるが、まったく開けない将来の不安に心を押しつぶされるような日々を送る。

・古谷直樹
 他の2人と同じく10~15年の不定期刑を言い渡される。逮捕から間もなく親から縁切りされ、拘置中も収監中も誰も面会に現れなかった。
 出所後も最低限の更生支援しか受けられず、生活苦から服役中に知り合った元受刑者を頼り闇バイトに関わり強盗事件を起こすが間もなく逮捕。懲役10年の判決を受ける。
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