殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
「犬神珠樹さん、貴女は金田一耕助氏が解決した事件で最もおぞましい事件はなんだと思いますか?」
老人から尋ねられた珠樹は少し悩んだ後に『旧華族連続殺人事件』と答えた。
「なるほど。『新宮家連続殺人事件』あるいは『「悪魔が来たりて笛を吹く」事件』として有名な事件ですね。私もY氏の著作で知ってます。この事件について金田一氏は友人のY氏に対して自身の許可があるまで実録記の発表を待って貰うように頼んでいたそうで、Y氏も事件ついて纏めるのを躊躇するような『おぞましさ』を感じたと著作の『悪魔が来たりて笛を吹く』の序盤で記してます。」
病床の老人は楽しげに語る。
その顔色は土気色に近く、以前よりも遥かに痩せており、明らかに死相が見えていた。
それでも、その表情には珠樹と会話できる事への喜悦が見て取れた。
「私としては、やはり『八つ墓村連続殺人』が一番おぞましいと感じますね。この事件について描いた『八つ墓村』について、『犬神家の一族』との一番の違いを知っていますか?」
その問いに対し、珠樹は暫く考えた後に「作者が違います。」と答えた。
老人は満足そうに頷く。
「ええ、その通り。『犬神家の一族』や『悪魔が来たりて笛を吹く』はY氏が金田一氏から聞いた話を基に書いたノンフィクション小説なのに対し、『八つ墓村』は事件の中心人物である『寺田辰弥』氏が金田一氏に勧められ書いた手記を纏めたものです。なので『八つ墓村』は序盤以外は全て寺田辰弥氏の視点で物語が進んでいきます。」
朗々と語る老人の話に珠樹はじっと耳を傾ける。
珠樹の事を『犬神珠樹』と呼ぶ老人と初めて顔を合わせてから早半年。
老人は確実に死へと近づいて行っていた。
その間、珠樹は度々老人と面談し、彼から託された遺言状に関して打ち合わせを進めている。
とは言っても、面談時の大半は老人との他愛も無い会話に終始していた。
正直弁護士としての職務の範囲外ではあると思うが、残り僅かな命の老人との会話を仕事では無いからと無碍にするには、珠樹は人並みの道徳観を持ち合わせていた。
「ところで、『八つ墓村殺人事件』の犯人と『犬神家連続殺人事件』の犯人にはご存知の通り共通点があります。それは犯人の動機が…ゴホッゴホッ!!」
喋っている途中で噎せ、老人は苦し気に咳き込む。
珠樹は老人に寄り添い優しく背中を擦った。
「ああ、申し訳ない。少し喋りすぎたようです。」
程なくして老人の呼吸が落ち着くと、申し訳なさそうに頭を下げて、ゆっくりと布団に横たわる。
「はあ、失礼いたしました。医者の診断ではいよいよこの一週間が山場だそうです。恐怖はありません。やるべき事はやりました。あとは天と貴女に任せようと思います。」
天と同列に挙げられる事に珠樹は苦笑を漏らす。
自分はしがない弁護士である、と謙遜すると老人は穏やかな顔で笑う。
「ふふふ、そういう表情は佐清さんにそっくりですな。やはり貴女は犬神家の一族だ。」
そう言うと老人は笑みを消し、真に迫った表情で珠樹を見た。
「息子達の事、どうぞよろしくお願いいたします。」
「ええ、貴方のご依頼をお受け致しました。」
・・・・・
くちなし村を訪問して二日目の朝、一達は大広間にて巽家の人々と朝食を共にしていた。
「金田一さん、どうぞ。」
「…ん、どうも。」
蓮見がよそったご飯茶碗を受け取り一は礼を言う。
蓮見はしゃもじを握り込み、そのまま美雪と剣持の分の茶碗をよそった。
そうして一同の元に食事が行き渡り朝食が開始されたが、程なく龍之介が何かに気付く。
「なんだ。あの赤沼という男はまだ眠っとるんですか?」
龍之介の言う通り、昨晩突然屋敷を訪問した赤沼の姿が見えない。
一同は互いに顔を見合わせるが誰も詳細は知らないようだ。
すると紫乃が箸を置いて立ち上がる。
「…そうですね。いま起こしてきます。」
そう言うと紫乃は食事の途中で「すっ」と部屋を出ていく。
それを見た龍之介は侮蔑するのを隠しもせずに鼻を鳴らした。
「けっ!お盛んなコトだ。親父が死んで1年も経たぬうちに男を連れ込んだか。」
「…どういう意味だよ。龍之介!」
龍之介の言葉に征丸が眉をひそめ噛みつく。
それを見て龍之介は嘲笑を浮かべた。
「あいつが親父の友人だって!?見え透いたウソだと言ってんだよ!あの女、この家を手に入れたらあの男と一緒になるつもりだろーよ!あの不気味な男がお前の新しい父親ってワケだ!」
「なっ!?」
龍之介の暴言に征丸は激昂し立ち上がる。
その際食事が引っくり返るが全くのお構い無しだ。
「デタラメ言うな!」
「デタラメだって?ハッ!」
龍之介は征丸に応じるように立ち上がると口を醜く歪めた。
「知らねーのか?お前の母親はこの家を乗っとるために色仕掛けで親父に近づいたんだぜ!あの遺書だって親父を誑かして書かせたものに違いない!金のためなら何でもする女さ!」
「黙れ!黙れ貴様ー!!」
征丸は拳を握ると思いっきり龍之介の左頬を殴り付ける。
「征丸さん!」
「やめんか2人とも!」
剣持が2人の間に入ろうとするが、既に龍之介の目の色は変わっていた。
「野郎!お前みたいなヤツがこの家でデカイ顔すんのが我慢ならねーんだよ!」
龍之介は部屋の壁に掛けられていた猟銃を手に取ると銃弾を込めようとする。
だがその手に持った銃の先端が下を向けられる。
「お止めください龍之介様、危険です。」
「蓮見!」
龍之介を止めたのは女中の蓮見だ。
彼女は猟銃の先を持つと押さえつけるようにして銃口を畳に向けていた。
その相貌は冷静な表情を崩さず、咎めるような視線でじっと龍之介を見つめていた。
「邪魔すんなこのアマ!あの野郎をここで殺してやるんだ!」
龍之介は強引に銃口を征丸に向けようとするが、思いの外蓮見の力が強いのか銃口が征丸の方を向く事は無い。
よく見ると蓮見は右手で体重を乗せて絶対に銃口が上を向かないようにしている上に、安全装置に左手を当て引き金を引けないようにしていた。
「何をしているのっ!?」
「し、紫乃さん!」
そこに血相を変えた紫乃が現れる。
紫乃は躊躇なく龍之介に近づくとその手から猟銃を引っ手繰った。
「やめなさいっ!!」
顔を蒼くし必死の形相で猟銃を奪い取った紫乃の剣幕に、周囲はもちろん龍之介でさえ言葉を失う。
広間に気まずい沈黙が流れる。
「や、やだなぁ。マジになって。冗談ですよ。本当に撃ち殺すワケ…」
「…出ていきなさい、龍之介!」
気まずさに耐えきれなくなったのか龍之介が言い訳並べるが、紫乃は目も合わさず出口を指差す。
「早く!」
更に強い口調で指示され、龍之介は舌打ちをすると部屋の外に出ていった。
龍之介が出ていくと、紫乃は征丸の無事を確かめるようにその体を抱き締めた。
「ああ、征丸。こんなこと、あなたがこの家を継げば全部無くなるわ。あと4日、あと4日の辛抱よ。」
紫乃は征丸の背中を擦りながら、妖しく口の端を吊り上げて言う。
「そうしたらあんな男、すぐに追い出してやるわ。」
そんな事を口にする幼馴染みに剣持は複雑な表情をする。
一方で一は、猟銃を元の場所に納している蓮見の事をじっと見つめていた。
「蓮見さん、ちょっといいですか?」
朝食後、各々がバラバラに広間を出ていく中、一は食器を片付けている蓮見に声を掛けた。
蓮見は相変わらずの仏頂面で一の方を向くと小さく首を傾げた。
「何でしょうか?この後も仕事があるのであまり時間は取れませんが。」
「ほんのちょっとでいいからさ!少し蓮見さんに確かめたい事があるんだ。」
一の求めに対し蓮見は少し考え込むと、やがて小さくため息を吐き頷いた。
「分かりました。この後時間を作るのでそれまで待っていて貰えますか?」
「ありがとう御座います!それじゃ、待ってますね!」
蓮見の承諾を得た一は美雪と共に片付けが終わるのを待つ。
それから程なく朝食の片付けが終わると、一と美雪は人払いがされた庭先で蓮見と落ち会った。
「お待たせ致しました金田一さん。それで、私に聞きたいコトとは?」
「あー、そうですね…」
一は少し思案した後、軽く咳払いをすると口を開いた。
「単刀直入に聞きますけど、こんな所で何やってんですか?不破刑事、いや、北見蓮子さん。」
その問いに美雪は大きく目を見開くが、蓮見は全く動じた様子が無い。
ただ小さく口許には笑みが浮かべていた。
「待ってはじめちゃん!蓮見さんがあの不破刑事って本当なの!?」
「よく見てみろよ美雪。蓮見さんの顔、化粧で誤魔化してるけど文月花蓮さんにそっくりじゃないか。珠樹先生から聞いただろ。裁判のあと不破刑事は元の名前に戻して顔も整形し直して以前の顔に戻ったって。花蓮さんと北見さんは双子なんだから顔が似ていて当たり前さ。」
「あら?顔が似ているだけで私が北見蓮子だと判断したの?」
蓮見は一の言葉を否定しない。
それどころか、根拠はそれだけか?と更に推理を続けるように促してくる。
「もちろんそれだけじゃ無いさ。昨晩、首狩り武者が現れた時、あんたは足跡を見て『ゲソ痕』って言っただろ?普通の人は咄嗟にそんな言葉は出てこない。アレは警察が足跡を指す用語だ。それとさっき龍之介が猟銃を征丸さんに向けようとした時の身のこなし、銃口を下げさせて引き金を引けないようにしたのは明らかに訓練を受けた人間のそれだよ。それと…」
一は右手を前に出し拳を握って見せる。
「茶碗にご飯をよそう時、こんな風にしゃもじを握り込むように持ってたでしょ?この握り方、異人館ホテルで北見さんが珠樹先生とお茶をしている時にスプーンを持つ時の握り方と全く一緒だったよ。なんか特徴的な持ち方をしてたから覚えてたんだ。」
「…はぁ、そこまで状況証拠を並べられちゃ否定は出来ないわね。」
蓮見、いや、北見蓮子は苦笑を浮かべ髪を掻き上げると、懐からセブンスターの箱を取り出しタバコを1つ摘まむ。
それを咥えるとライターで火を着け、口から紫煙を吐き出した。
「正直貴方達が屋敷に来たときから嫌な予感はしていたのよね。これなら、もうちょっと変装に気合いを入れるべきだったわ。」
「へへへ、で北見さん、最初の質問に答えてよ。素性を隠してまでこんな田舎で女中をしている理由をさ!」
「申し訳ないけど、私の口からは答えられないわ。一応仕事だから、守秘義務があるの。」
「へー、それじゃあ昨日北見さんが紫乃さんと赤沼さんをカメラで盗撮していたこと、剣持のオッサンにでも話しちゃおうかな~」
「あなた気付いてたの!?」
「いやぁ、なんかレンズみたいなのが見えてさ。」
密かに撮影していた事を見破られた北見は「腕が落ちたかしら…」と肩を落とす。
やがて深々と息を吐くと、携帯灰皿でタバコの火を揉み消した。
「まあ少なくとも貴方達の事は信用できるし、異人館ホテルの隠し麻薬を見つけてもらった恩もあるわ。幾つかの情報を開示して上げる。」
「やりぃ!じゃあ早速だけど、なんで北見さんは紫乃さん達の事をカメラで撮っていたんです?」
「…あれはね、後々映像を解析するために撮影していたの。」
「ほへ?解析ってどんな?」
「それはね…」
北見はスマホを取り出すと、とあるアプリを起動させる。
スマホの画面上には紫乃が赤沼と歩く姿が写し出されていた。
「これは『歩容解析アプリ』。簡単に言うなら『人の歩き方で個人を特定する科学鑑定』を行えるアプリよ。」
「人の歩き方で個人を特定?そんな事本当に出来るんですか?」
思ってもみなかった北見の回答に、美雪は驚きつつもその効果について尋ねる。
「ええ。既に警察の科学捜査にも応用されてるわ。近年はAI技術の発展に伴い鑑定精度が飛躍的に向上して、裁判においても重要な証拠品として採用されるようになってきてるの。」
「へー、最新の捜査技術ってやつか。もしかして、赤沼の正体をそれで確かめようとしたんですか?」
「その通りよ。そしたら面白い事が判明したわ。最初に私たちの前に現れて巽紫乃と奥の部屋で話をしに行った赤沼と、仙田猿彦に伴われ『合わせ扉の間』に現れた赤沼の歩き方を比較したところ、全くの別人であるという鑑定結果が出たわ。」
「ええっ!?それじゃあつまり、赤沼の中身が入れ替わったって事!?」
「それだけじゃ無いわ。最初に現れた赤沼は仙田と、『合わせ扉の間』に現れた赤沼は巽紫乃とそれぞれ歩き方が一致した。つまり巽紫乃と仙田猿彦は共謀して『赤沼』という人物を作り出していると言う事よ。」
「っ!?」
北見が明かした事実に一と美雪は言葉を失ってしまう。
それが本当なら、赤沼が現れてから紫乃は周囲を欺いていた事になる。
いったい何故紫乃はそんな事を?
新たな謎に頭を悩ませていると、北見が微笑ましそうに自分を見ている事に一は気が付いた。
「…北見さん、もしかして何で紫乃さんが仙田と組んでそんな事をしているのか見当がついてるんすか?」
「さあね。流石にこれ以上は私の口からは言えないわ。だけどそうね、2つ、ヒントをあげる。」
そう言うと北見は人差し指を立てる。
「1つ目のヒントは、さっき龍之介さんが撃とうとした猟銃。あの銃は3年前に一度泥棒に盗まれそうになったから撃てないように銃口に鉛が詰められているそうよ。だからもし銃弾を籠めて発砲しようとすると暴発する危険性が極めて高いの。この事は最近屋敷に来た人間以外は全員知っているみたいだけど、龍之介さんは3年前からイギリス留学をしているから知らなかったみたいね。」
「銃に詰め物が?そしてそれを龍之介以外は知っていたって…」
北見が出した一つ目のヒント。それが示す『ある人物の行動』の違和感に、一は即座に気が付いた。
「2つ目のヒントなんだけど、金田一君、あなた『犬神家の一族』と『八つ墓村』は読んだことがある?」
「え?『犬神家の一族』と『八つ墓村』ですか。そりゃあまあ名前くらいなら聞いたことはあるけど詳しい内容は…」
一も自身の祖父が関わった中でも特に世間での知名度が高い2つの事件については知っている。
しかしながら、これまでの人生の中でテレビや映画で描かれる祖父の冒険譚に触れた事はなく、その活躍を纏めた小説の類いも未読であった。
やはり実物を知る身としては俳優達が演じる祖父の姿には違和感があったし、身内独特の気恥ずかしさというのがそれらの媒体から一を遠ざけていた。
「だったら、これを機に手に触れて見ることを勧めるわ。おそらくこの『くちなし村』と『巽家』というシチュエーションは、貴方のお爺さんが解決した2つの事件と非常によく似ている筈よ。」
そう言うと北見は一と美雪に背を向けた。
「それじゃあ、私は仕事に戻るわね。金田一君、貴方がこの村に潜む本当の獣の正体に辿り着く事を期待しているわ。」
そう言い残し北見は母屋の方に戻っていく。
残された一は、眉間に皺を寄せ北見の言葉の意味を深く考え込んでいた。
・・・・・
北見との話を終えて1時間後、一は先代当主の書斎で椅子に腰掛け黙々とハードカバーの小説を読み耽っていた。
その表紙には『八つ墓村』とタイトルが書いてある。
北見と別れた後、一と美雪は桐山環に村に書店か図書館がないか尋ねた。
あいにく書店も図書館も村の中には無いという事だったが、環は一達が探しているのが『犬神家の一族』と『八つ墓村』だと知ると「それなら旦那様の書斎で見た事がある。」と2人を書斎に案内したのであった。
「でも驚いたわ。金田一君があの名探偵の『金田一耕助』の孫だなんて。はい、どうぞお茶です。美雪ちゃんも。」
そう言って環は一と美雪の座るソファーの前の机にティーカップを置く。カップからは仄かな湯気を上げる紅茶が入っていた。
「わぁ、ありがとう。ほら、はじめちゃんもお礼言って。」
「ん?ああ、ありがとな。」
「もう!お礼を言う時くらい顔を上げなさいよ。」
全く本から目を離さず読書に集中する一を叱る美雪だが、環は笑いながら手を振る。
「良いってこのくらい。さっ、隼人ぼっちゃまもどうぞ。」
環は先客として部屋にいた巽隼人にもお茶を出す。
幼少期に大病を患い精神疾患がある隼人は、よくこの部屋に入り浸りビー玉遊びをしているとの事だった。
精神を患って以降あまり人前に出たがらなくなった隼人にとって、父以外人が訪れない部屋は非常に落ち着ける場所らしい。
「んー?」
環からお茶を受け取った隼人はフーフーと息を吹き掛けチビチビとお茶を飲みだす。
そしてニコニコと笑みを浮かべ、一心に本を読み進めていく一の事を興味津々に見つめていた。
「それにしても良かったんですか?こんな立派な書斎に私達みたいな部外者が入れてもらって。」
「良いの良いの!どうせ御当主様が亡くなってから誰も出入りしてないし。それにここに集められた本も次の御当主様が決まったらどうなるか分からないしね。それよりも、金田一君あれで本当に内容頭に入ってるの?」
心配する美雪に対し呆気からんと答えた環は一の方を指さし小声で美雪に尋ねる。
視線の先では、一が1秒と掛からず次々とページを捲っていっている。
この読書スタイルで一は『犬神家の一族』30分足らずで読破し、『八つ墓村』ももう間もなく読み終わりそうだ。
環からすると、とてもではないが内容を理解できているとは思えなかった。
「ええと、あれでもちゃんと読めていると思います。はじめちゃん、こういう時の集中力は凄いから。」
美雪は呆れまじりの笑みを浮かべながら答える。
実際に一は警察の捜査資料をパラパラと流し見ただけでその内容を正確に記憶するだけの『速読能力』があり、特に事件が絡んだ時には普段の様子からは信じられないような集中力を発揮する。
「へー、なるほど。流石名探偵の孫。」
そんな一の一面を知る美雪の説明に環は感心した様子で納得する。
するとタイミングよく一は本を読み終わり、本を閉じると大きく息を吐き目頭を揉んだ。
「ふぅ、終わった。」
「お疲れ様。何か分かった、はじめちゃん?」
「…ああ、まあな。」
一はお茶を一口飲むと、腕組みをして考え込み始めた。
「『犬神家の一族』と『八つ墓村』…そして巽家との共通点…事件の根幹にある動機と犯人の行動…それから…」
北見が何を以て脅迫事件を解くヒントとして金田一耕助が解決した事件を一に示したのか?
2つの書籍からその真意を読み取ろうとする一はぶつぶつと独り言を口にし、やがて『1つの推論』に行き着いた。
「…桐山ちゃん、亡くなった先代の当主とその奥さんの写真があれば見せて貰えないかな?」
「御当主様と前の奥様の写真?それなら居間に飾ってあるけど。」
「いや、あれじゃなくて。もっと2人が若い頃、20代くらいの頃の写真が見たいんだ。」
「ええと、ちょっと待っててね。」
一の頼みに戸惑いながらも環は足早に書斎を出る。
程なくして環は1冊のアルバムを持って戻ってきた。
「お待たせ。御当主様が亡くなった時に遺品の整理をしたんだけど、その時に部屋にあった写真なんかはアルバムに纏めて物置に納したのよね。」
そう言いながら環はアルバムを捲っていく。
アルバムは巽家の人々が被写体となった家族写真が主だが、その中に花嫁装束の女性と袴姿の中年男性が並んだ写真があった。
「あった!これ、前の奥様と御当主がご結婚される時に撮った写真よ。」
「…なあ、桐山ちゃん、なんか御当主様に比べて奥さんの方めっちゃ若い気がするんだけど…」
「…若いというより、幼いって言った方がいいんじゃないかしら…」
一と美雪が若干引き気味に指摘する。
古い写真でも分かるくらいに花婿側の顔には深い皺が刻まれ白髪も混じっているというのに、花嫁側は厚い化粧をしているのを加味すると明らかに一や美雪と同年齢くらいにしか見えなかった。
「あー、元々家の都合、オブラートに包まずに言うと政略結婚したって話だけど、前の奥様が御当主様に嫁いだのって高校を卒業してすぐだったらしいわ。年の差は30歳以上。で、結婚した翌年には龍之介様が産まれたって話よ。」
「うげっ!マジで親子並みに年が離れてるのかよ!?いくら政略結婚でもすげえな…」
「それで言うなら今の奥さまとの年齢差も同じくらいよ。まあついこの間まで女子高生だった人と結婚するのとは意味合いが全然違うと思うけど。」
流石に環も思うところがあるのか、苦笑混じりに説明する。
そして再びアルバムを捲っていくと、徐々に画質が荒い写真になっていった。
「この辺りが御当主様の若い頃の写真を纏めている所だと思うけど…あっ!これなんてどうかしら!たぶん20歳くらいの頃の写真だと思うわ!」
環が指差した写真。
そこには大学生くらいの若者がチェックのセーターを纏いコチラを見ていた。
色白で僅かに色素の薄い髪色は隼人とよく似ているが、より『顔立ちが似ている人物』を一は知っていた。
「あれ?この写真なんだか…」
美雪も一と同じことに気付いたらしい。
一は自分の予想が当たっていた事を確信し、確かな証拠を手に入れるべく環に尋ねた。
「…桐山ちゃん、龍之介さんが産まれた病院が何処か分かる?」
「えっ!?うーん、たぶん市内の方の病院だと思うけど…あっ!冬木先生なら地元の人みたいだし何か知ってるかも!」
「冬木先生って言うと、紫乃さんの主治医だったっけ?」
「そう。この村で唯一のお医者さんよ。確か今日も午前中に奥さまの診察に来る筈よ。」
「よしっ!なら早速聞いてみるか!」
一達は書斎を出ると紫乃の部屋に向かう。
折よく、ちょうど診察を終えたらしい冬木と玄関先で鉢合わせする事が出来た。
「おや?君達は確か…」
「紫乃さん達の所に届いた脅迫状について相談を受けた剣持のおっさんの連れです。折り入って冬木先生に聞きたい事があるんですけど。」
「私に?まあ、私に答えられることなら。」
何故脅迫状について調査しているのに自分の所に質問にくるのか。一の意図を察せぬ冬木だが、それでも快く応じてくれた。
「ありがとうございます。実は龍之介さんが産まれた病院について知りたいんですけど…」
「ああ、それなら市内の病院だね。ちょうどその頃、私は研修医として勤めていたから覚えているよ。」
「本当ですか!?なら教えて下さい。この屋敷の前の奥さんが病院で龍之介さんを出産した頃、紫乃さんも同じ病院で征丸さんを出産したんじゃないですか?」
一がその質問をした瞬間、冬木の表情が一瞬にして強張った。
「ど、どうして君がそれを…」
「…やっぱり、同じ病院で龍之介さんと征丸さんは生まれたんですね。」
「あっ!いや、それは…」
動揺のあまり一の推測を肯定する言葉を口走ってしまい冬木は焦った様子を見せる。
その慌てように一は冬木が巽家の裏側に隠された残酷な真実について何か知っているのではないかと疑念を覚えた。
「冬木先生、あなたもしかして知っているんじゃないですか?18年前、龍之介さん達で生まれた病院で何があったのか。」
「な、何を言っているんだ!私は…」
「出来れば話してください!もしかしたら、このままじゃ取り返しのつかない事が起きるかもしれないんです!」
「取り返しのつかない事って…」
「…最悪、誰かが殺される事になる。」
「っ!?」
「だからお願いです。冬木先生、知っている事を教えてください!」
一は真摯に冬木に頭を下げる。
その真に迫った雰囲気に飲まれ、冬木はポツリ、ポツリと18年前に目撃した『ある出来事』について話し始める 。
一の後ろで話を聞いていた美雪や環、更には隼人は冬木の話を聞くに連れ、その目が驚愕に見開かれていく。
「ウソ…じゃあ征丸さんは…」
美雪は思わず手を口に当て震える声で呟く。
全てを語り終えた冬木はガクリと膝を地面に落とし項垂れた。
「馬鹿な事をしたと思う。だけど私は…」
「…教えていただき有難うございます。おかげで脅迫の真相が分かりました。」
憔悴した冬木を沈痛な面持ちで眺めながら、一は静かに感謝の言葉を口にする。
恐らく真実を明らかにしても誰も報われないだろう。むしろ何人もの人間を傷付け、心に一生残るトラウマを残す事になるかもしれない。
だが人の命が掛かった以上、止まることは出来ない。
何故ならば、謎は全て解けてしまったのだから…
いまさらですが、本作ではジッチャンこと金田一耕助が解決した事件は全て実際に起きた事件としており、八つ墓村や獄門島も作中世界に実在し、事件関係者も実在しているという設定です。
ちなみに現実世界では『八つ墓村』のモデルとなった岡山県倉敷市には、それを記念し『八つ墓村の犯人』の銅像があるのですが、これを作中世界の設定に当てはめたら大分凄い事になるんですよね…