殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
紫乃の罪が告発され場が凍り付く中、新たに現れた珠樹に巽家の面々は混乱する。
「あ、アンタは…確か岩田先生の知り合いとかいう東京の弁護士。どうしてそれがここに?というか、親父の2つ目の遺言状って…」
巽家の長男と言うアイデンティティを失い呆然自失としていた龍之介は、虚ろな目をしつつも辛うじて疑問を口にする。
一方で一は珠樹の来訪を知っていたかのごとく落ち着いている。
「やっぱそっか。北見さんが素性を隠して潜入している時点で何となく珠樹先生が関わっているような気がしたんだ。」
執行猶予中であまり派手に動けない北見が危ない橋を渡ってまで協力する相手となると、大恩ある珠樹か唯一の肉親である妹くらいに限られる。
しかも北見がヒントとして『犬神家の一族』を挙げていたのも、いま思えば自分の背後にいる存在を示唆していたように感じる。
「はじめ君もありがとね。なんか色々フワちゃんを手伝ってくれたみたいで。」
「そんなことないっすよ。むしろ俺が色々と助けられたみたいなもんだからさ。それよりも先生、2つ目の遺言状って何なの?」
一が此処にいる全員の疑問を代弁すると、珠樹は手に下げた黒い鞄から一通の封筒を取り出した。
「私は巽蔵之介様からの個人的な依頼により、『1通目の遺言状の開封に立ち会う事』、そして『遺産相続の権利を持つ者が死亡、或いは欠落する事態が起きた時に2通目の遺言状を公開する事』を引き受けました。今回は2つ目の役目を果たすべく、こちらにお邪魔したんです。」
無論、巽家で起きる全ての事を珠樹に報告していたのは北見である。
北見から紫乃が征丸を殺害しようとしたという報せを受け、珠樹は急遽奥飛騨まで足を運んだのだ。
広間の真ん中を歩き上座に立った珠樹は、その場に集まった全員の視線を浴びながら封筒を開ける。
「この度、巽紫乃様が遺産相続権者である征丸様を殺害しようとした事により、紫乃様の遺産相続権が欠落しました。よって故人の依頼に基づき、2通目の遺言状を公開させていただきます。」
そう言うと封筒から便箋を取り出し、深呼吸をした後に珠樹はその内容を読み上げた。
「それでは読ませていただきます。『遺言 これは私、巽蔵之介がこの世を去るにあたり今後起こるであろう我が家の懸念について述べる物である。この遺言書は私の遺産の相続者の相続権に影響を与える事が起きた際に公表される。一つ、私は常々長男巽龍之介が自分の子供では無いと疑念を感じていた。よって専門家にDNA鑑定を依頼したところ、龍之介は私と綾子の血を受け継いでいない赤の他人であることが判明した。その鑑定結果も添付する。これが龍之介を後継者に指名しなかった理由である。』」
「っ!?蔵之介さんは龍之介が自分の子供じゃないと知っていたのか!」
遺言状の内容に剣持が驚きの声を上げる。
龍之介は父親の告発とDNA鑑定という決定的な証拠により自分が巽家の人間ではない事が確定し、フラフラと力無くへたり込んでしまう。
だが遺言状は続く。
「『一つ、隼人には今すぐに演技を止めるように命じる。この遺言が公開されるに至った以上、隼人は白痴のフリをする必要はない』」
「…え?隼人が白痴のフリをするって…まさかっ!!」
読み上げられた遺言の意味を一瞬計りかねた一だったが、すぐにある発想に至りハッと隼人の方を向く。
すると、ずっとビー玉を手の中で転がしていた隼人がビー玉を指で弾くと、これまでとは全く違う自嘲気味の笑みを浮かべながらスッと立ち上がった。
「ああ、父さんは気付いていたのか。環以外にはバレていないと思ってたんだけどな。」
「は、隼人!お前、おかしくなっていたんじゃっ!?」
龍之介が驚愕と恐怖に声を震わせながら尋ねると、隼人は冷たい視線を龍之介に向ける。
「龍之介兄さん、僕はずっとおかしくなったフリをしていたんだよ。兄さんが僕の祝い酒に毒を入れた6年前の『五月節句の会』からずっとね。」
「毒を入れただと!?」
隼人から告げられた衝撃の告白に場は再び騒然となる。
そして龍之介はもはや蒼白を通り越して滝のような汗を流していた。
「な、な、何の事だ!?俺は毒なんて…」
「しらばっくれるのも大概にしなよ。あの時僕は見たんだ。台所で僕が飲む祝い酒に何かを入れている兄さんを。てっきり兄さんより父さんに可愛がられていた僕への嫌がらせに悪戯でもしているのかと思ったけど、まさか毒とは思わなかったよ。もしあの時、警戒してほんの少ししか飲んでいなければ僕は死んでいたかもしれない。」
「…蔵之介様は自身の書斎に隼人さんが入ることを許していたそうですが、もしかするとそこでなら隼人さんが演技をしなくても良いと分かっていたのかもしれませんね。あと、龍之介さんをイギリスに留学するように薦めたのも蔵之介様だと。あるいは、龍之介さんを隼人さんから遠ざけようとしていたのかも。」
「ああ、そうかもね。実際兄さんが家からいなくなって随分と過ごしやすくなったし。という事は、父さんは兄さんが僕に何をしたのか察していたかもしれないね。」
「親父が...俺を…」
龍之介の顔色は完全に土気色に変わってしまった。
もはやつい昨日までの傲慢さは消え、己の存在意義を全て失った憐れな青年がそこにいるだけだった。
紫乃が何か言いたげだったが、剣持が彼女の前で小さく首を横に振ると押し黙るしか無かった。
「…もちろん、龍之介さんが6年前に隼人さんを殺害しようとした証拠はありませんし、例え証拠があったとしても当時12歳の龍之介さんを法律的に裁く事は出来ません。相続権についても、紫乃さんとは違い失うことはないでしょう。ところで…」
珠樹は一旦言葉を切ると意味ありげな視線を一に送る。
一はそれに妙な胸騒ぎを感じた。
「私が蔵之介様から預かった2通目の遺言状の内容は以上よ。はじめ君、この遺言を聞いて気になる所は無いかしら?」
珠樹の問い掛けにしばし考え込んだ一だったが、程なくおもむろに顔を上げた。
「一つだけ、不自然な事がある。蔵之介さんは最初から龍之介さんが自分の子供で無いことを知っていた。そして征丸さんを後継者に指名した事からも、俺と同じように征丸さんと龍之介さんが紫乃さんによって入れ替えられていた事に気付いていた可能性が高い。」
「そうね。その可能性は十分すぎるほどあると思うわ。」
「だからこそ不自然なんだ!どうして蔵之介さんは『征丸さん達が入れ替えられた可能性』も『龍之介さんが実子ではない鑑定結果』も1枚目の遺言状で明らかにしなかったんだ!?」
「っ!?た、確かに!最初から公表していればこんなややこしい事には…」
そう、最初に遺言状が公開された段階で龍之介が蔵之介の子供ではなく、征丸こそ本当の子供だと明らかにされていればその時点で相続問題は解決と言わずとも大幅に展開を変えていた筈だ。
紫乃が征丸を殺害して龍之介を当主に据える事を目論む事すら出来なくなっていただろう。
では何故、蔵之介は決定的な情報を最初の遺言状では伏せていたのか?
「…ここからは私の推測になります。恐らく蔵之介様の真意を計る鍵は、『隼人さんがおかしくなったフリをしていた事』を明らかにした部分にあると思います。」
「僕の演技をですか?それはどういう…」
珠樹の指摘に隼人も困惑した様子で説明を求める。
他の面々も同じような表情を見せる中、珠樹は蔵之介の企みを一つ一つ紐解き始める。
「では皆さん、蔵之介様の遺言を振り返ってみましょう。まず最初に公開された遺言状では『家督と全ての財産は征丸に相続する』と書かれていました。その結果、何が起きましたか?」
「え?何って征丸君が当主になったら龍之介達を追い出すというような事を言って龍之介が激昂したと聞いたが…」
「っ!なるほど、そういうことか!」
剣持が紫乃から聞いた話を思い起こして口にすると、一が珠樹が言わんとする事を理解し指を鳴らした。
「なんだ?何がそういうことなんだ、金田一っ!?」
「…全ては巽家の前当主、巽蔵之介の計画だったんだよ、おっさん。一枚目の遺言状によって征丸さんが次期当主に指名されたけど、それは龍之介にとって到底納得出来るものじゃない。自分より可愛がられていたからと弟の飲み物に毒を入れるような龍之介だ。家督を後から家に入った義理の弟に奪われるなんて許せない。必ず征丸さんを排除しようとする、って蔵之介は考えたんだ。」
実際には征丸の殺害を計画し実行に移そうとしたのは紫乃だったが、この際関係ない。
蔵之介にとって重要だったのは征丸が殺される事であると一は語る。
「そして征丸さんが亡くなれば、『遺産相続権に影響を与える事』が起きたとして2通目の遺言状が公開される条件が整う。そうすると…」
「あっ!!『龍之介さんが巽家の血を引いていない』という事と『隼人さんが正常である』という事が明らかにされる訳ね、はじめちゃん!」
「そういう事だ美雪!そして隼人が正常であると明らかにされると、隼人は自ら自分がどうしておかしくなったフリをしていたのか話す事になる。するとどうなる?征丸さんが死亡した直後に龍之介が過去に隼人に毒を盛って殺そうとした疑いが生まれれば、確実に龍之介による征丸さん殺害の疑いが深まり、龍之介は家督相続どころじゃなくなる。」
「た、確かに。だが何故そのような回りくどい事を?龍之介の素性と罪を告発したいならわざわざこんな事をしなくても…」
「…それはおそらく、隼人に全ての財産と家督を相続させるためだ。」
「えっ!僕に?」
剣持の質問に一が答えると、隼人は目を丸くする。
「ああ。さっき珠樹先生が言ってたけど、龍之介が隼人の酒に毒を入れたという証拠は無いし、当時子供だった龍之介を罪に問うことは出来ない。それに、たとえ実の子供じゃ無かったとしても龍之介の相続権は無くならないんじゃないか?」
「その通りよ、はじめ君。血の繋がりは無いとはいえ、龍之介さんは巽蔵之介様の息子としてこれまでの人生を過ごしてきた。だから他の兄弟と同様に蔵之介様の遺産を相続する権利はあるわ。」
「そうなると、たとえ龍之介の罪を告発して隼人を次期当主に指名しても、隼人が死ねば龍之介に家督と遺産が回ってくる可能性が残る。常に隼人は龍之介という危険因子に晒されるんだ。」
自分より父親に可愛がられていたからと弟を殺そうとする人間である。
たとえ実子ではないと証明しても、相続権が残った以上何をしてくるか分からない。
そんな潜在的脅威を蔵之介は龍之介に感じていたのかもしれない。
「だからこそ、蔵之介は龍之介の相続権を完全に消滅させようとしたんだ。そしてその方法は『征丸さんを相続人に指名する事で龍之介に殺害させ、その後に告発状を公開し龍之介に疑いの目を向けさせ相続権を欠落させる』というものだったんだ!」
「なにっ!?龍之介に征丸君を殺害させる。それが全て蔵之介の計画だったのか!?」
「…征丸さんは蔵之介様と血の繋がりがあるとはいえ、これまで親子として過ごした時間はほとんど無く実質赤の他人。たとえ殺されたとしても、心が痛まない相手だったのかもしれません。」
珠樹は心苦しそうに巽家の子供達を見ながら言った。
彼らの様相は酷いものであった。
自身の殺意さえも父親と信じていた人に操られ、人殺しをさせられようとしていたと知った龍之介は完全に茫然自失。
育ての親からは殺されかけ、実の父親からは死んでも良い存在と扱われていたと知った征丸は、もはや涙も枯れ果て感情を失ってしまっている。
隼人もまた、自分に遺産を安全に相続させようとする為にとはいえ、父親が肉親を殺し合わせる邪悪な企みに自身を巻き込んでいたことに強い嫌悪感を覚え顔を歪める。
「…アハハ、人の皮を被った獣の村とは思っていたけど、ここまで酷いとは思わなかったわ。」
そしてもえぎは、そんな家族の惨状に乾いた笑いを漏らす。
「本当に何なのこの状況?龍之介兄さんは赤の他人。私たちを追い出そうとした征丸は実の兄、正気を失っている思ってた隼人はずっと演技。紫乃さんは龍之介兄さんと征丸を赤ん坊の時に入れ換えてて、お父様は龍之介兄さんに征丸さんを殺させようとしていた。こんな茶番、フィクションの方がまだマシよ!」
もえぎの悲痛な叫びには、どうしようもない混乱と怒りが混ぜ合わせになっていた。
「最悪よ…本当に最悪。何が名家よ、何が巽家よ。こんなの首狩り武者以前の問題じゃない…」
「…お気を落とされるのも無理かねると思います。しかしながら、だからこそ前を向く必要があるのではないかと思いますよ。」
失望と嫌悪に沈む面々に対し、珠樹は励ますように告げる。
征丸は光を失った目で珠樹を見ると、力の無い笑みを溢す。
「前を向くですって?よくそんなことが言えるな。今さらどう前を向くって言うんだ。」
「それは勿論、この家の今後、強いては皆さんがこれからどうするかを決めるんです。さしあたっては、巽蔵之介様の遺産をどうするか決められては如何ですか?」
「父さんの遺産を?それなら征丸さんに…いや、父さんは実質的に僕に遺産を委ねようとしてたけど…」
珠樹の提案に対して隼人は困惑気味に返す。
彼の言う通り、蔵之介は遺言で全ての遺産と家督を征丸に相続させる、としている。
ただその真意が隼人に全てを与えようとしていた事を踏まえると、遺言通りに相続を決めて良いのかという疑念が生まれる。
しかし珠樹は、そのどちらでもないと言うように静かに首を振った。
「確かに遺言状には一定の法的拘束力があります。しかしながら、絶対的に遺言状通りに相続を行わなければならない、というような絶対的な物では無いんです。」
「ええと、それはどういう…」
「以前も申し上げた通り、遺言での遺産の分配について異議申し立てがあった場合、「遺留分侵害額請求」等を行い遺言状の内容に関わらず遺族は遺産を受けとる事が出来ます。また、それとは別に『相続権者全員が了承する事により遺産の分配を自由に決められる』という事も出来ます。」
「それって…」
「ええ。つまり蔵之介様の遺言を無視して、相続権を欠落した紫乃を除いた4人で話し合って自由に遺産の取り分を決めることが出来るんです。」
「あら、それじゃあもしかして私も?」
珠樹の提案を聞いてもえぎが声を上げる。
これまで女だからという理由で巽家の相続問題では蚊帳の外にされてきた彼女だったが、先程まで失望の色が濃かった瞳には新たな光が生まれていた。
「ええ、もちろんです。もえぎさんも蔵之介様の子供ですので相続権はあります。巽家の「しきたり」によると遺産を相続できるのは男子のみとされていますが、国が定めた法律よりも重視される「しきたり」などありません。もえぎさんがお父様の遺産を求められる事に何の問題も無いんです。」
「…国が定めた法律よりも重視される「しきたり」は無い、か。」
珠樹の話を聞いて隼人も考え込むような素振りを見せると、程なく大きく頷き顔を綻ばせる。
「僕は話し合いで決めるのに賛成。元々家督を相続したりとか興味なかったし、話し合いで決着が着くならそれで良いと思うよ。」
「私も構いません。下手な思惑に付き合わされるくらいなら、いっそ腹の中を見せてお互いに納得する内容を詰めた方がマシだわ。」
「お二人とも、ありがとうございます。あとは…」
隼人ともえぎが話し合いを了承したことに満足げな表情を浮かべた珠樹は、その視線を未だ畳の上にへたり込んでいる2人へと向けた。
「征丸さん、貴方はどうします?」
「どうするって…」
征丸は紫乃に視線を向ける。
これまで実の母と信じて疑わなかった紫乃がその視線から顔を反らせるのを見た征丸は再び暗い表情になるが、やがて迷いを振り払うように顔を上げた。
「先生、僕は元々この家の外から来た人間です。だから家督だとか遺産だとか関係無いと思ってた。遺言状で遺産の相続人に指名された時に感じたのは、これで母さんに不憫な思いをさせずに済む。これまで自分達を粗末に扱った奴らに目にものを見せてやれる。それだけです。だけど今は、そのどちらにも意味を見出だせない。」
たった数日でこれまでの自分を全否定されるような出来事に直面しながらも、征丸の目は死んでいなかった。
「だから僕は、本当の自分を見定める意味でもちゃんと話し合いたい!父が残した遺産が僕にとってどういう意味がある物か確かめる意味でも。」
「大変立派なお考えだと思います。龍之介さん、貴方はどうします?」
珠樹の問い掛けに龍之介は身を竦ませる。
その瞳には怯えの色が見え、これまでの傲慢で不遜な態度は鳴りを潜めている。
「どうするって…そんなの分かるわけ無いだろ!だって俺は、親父の子じゃ…」
「…龍之介さん、征丸さんはこれまでの18年間、血は繋がらずとも紫乃さんと親子の絆を育んできました。龍之介さんと蔵之介様も同じだと思います。貴方が巽家の家督に拘っていたのも、当主である蔵之介様に親子の情を求めていたからではないですか?」
「俺が、親父に...」
「ええ。これまでに貴方達が積み上げてきた時間は、紛れもなく2人が親子である事を示しています。その上で、貴方はもう少しお父様だけではなく他の兄弟にも目を向けるべきです。自分の地位を脅かす敵ではなく、同じ人を父とする者として。」
珠樹の言葉に促されるようにして、龍之介は恐々と征丸や隼人達の方を向く。
そこにはかつてあった敵対の色は全く無くなっていた。
「皆さんにはお互いに思うところが多々あるでしょう。ならばいっそ全部ぶちまけて下さい。たった一枚の紙切れで右往左往するよりか、よっぽど健全です。それに…」
珠樹が4人を見つめる視線に、少しだけ厳しさが宿った。
「皆さんそれなりに良い年齢なんですから、そろそろ親の意向でなく自分の考えで生きる道を選んでも良いと思いますよ。」
親離れ、家離れの時期です。
そう語る珠樹の言い種に、四人はバツが悪そうに下を向いた。