殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
また原作の『オペラ座館殺人事件』が起きなかったため、『学園七不思議殺人事件』が金田一一が最初に解決した事件になります。
『風見鶏の館』で一夜を明かした珠樹と恭一郎は、前日の約束通り風祭淳也氏に案内され、村の中心にある教会を見学した。
「へええ、近くで見るとますます立派な建物ですね。しかも100年前に建てられたなんて。凄く歴史を感じます。」
「そう言って頂けると村の人間としてありがたいです。1度火災にあったとはいえ、村にとっては貴重な拠り所であり、自慢ですから。」
教会の威容に感服する珠樹に、風祭は誇らしげに語る。
外壁こそ焼け焦げた名残は有るものの、日本では珍しい石造りによる伝統的なヨーロッパ建築は、教会という聖域も相まって独特の雰囲気を醸し出していた。
すると鉄格子が填められた窓から中を窺っていた恭一郎は、教会の内部には似つかわしく無い物を見つけた。
「あれ?なんだか祭壇の前にベッドがあるんですけど…」
「ああ、あれは今晩花嫁が眠るベッドですね。」
「花嫁が眠るベッド?」
「ええ。この村のしきたりで、結婚を控えた花嫁はあのベッドに横たわり、月の明かりを浴びながら此れまでの罪を告解するんです。一夜が明けるまで、花嫁は教会を出ることは出来ません。」
「ということは、もしかしてあのベッドには若葉さんが?」
「ええ。今晩行われるパーティーのあと、1人でここに入ります。その際、入り口には立会人が立って見張りをするんです。確か今回は霧子君が立会人を務める筈ですよ。」
「ええっ!?2人とも未成年ですよ!危なく無いですか?」
風祭の説明に恭一郎は思わず声を上げる。
管理されてるとはいえ、古い建物に若い娘が2人きりで一夜を明かすなど、恭一郎の感性からすれば褒められる事ではない。
それを承知しているのか、風祭は恭一郎の反応に苦笑する。
「まあ、そう言われるとなんとも。一応建物は内側から鍵が掛けれるようになってますし、周囲には灯りを着けてるので立会人も危険は無いかと。」
「ふーん。ところで、霧子さんが立会人をやるというのは何か決まりがあってからですか?」
「特に此れといって決まりが有るわけではないのですが、暗黙の了解として女性が務めることになっています。ただ大抵は家族や使用人が務める場合が多いので、霧子君が立会人をするというのは少し意外な感じはしますね。おそらく若葉君が頼んだと思いますが。」
風祭は顎を撫でながら答える。
珠樹は相づちを打ちながら改めて教会を見上げた。
教会には光を取り込むためなのか窓が多く設えている一方で、いずれの窓にも鉄格子が填められている。
天井にある採光窓にすらしてあるのだから徹底的である。
まるで牢獄のようだ。
あるいは、この村の秘密を絶対に外へは漏らさないとする意思すら感じる。
珠樹は心の中でそのような感想を覚えていた。
「さて、一通り案内は終えたので私は一旦屋敷に戻ります。少し早いですが今晩の準備をしなくてはいけないので。」
「風祭さん、ありがとうございます。わざわざ案内までして下さって。本当に感謝します。」
「いえいえ。そうだ、今晩時計の館で行われる若葉君の結婚祝賀パーティーなんですが、お二人も参加しませんか?」
「それは…大変興味深いお話ですが、先方に御迷惑ではありませんか?」
「それがそうでも無いそうです。というよりも、この話は時田さんから、さらに言うなら若葉君からの申し出だそうですよ。」
「若葉さんから?」
「ええ。何でもお二人には自分のせいで苦労を掛けたのだから精一杯のもてなしをしたいそうです。お父様からも許可は得ているそうで。」
思わぬ申し出に珠樹達は顔を見合わせる。
しかし一瞬の間にアイコンタクトを交わすと、風祭に向かって笑みを作った。
「それはとても光栄な事です。是非とも参加させて頂けるよう、此方からもお願いします。」
「わかりました。時田さんには私からお伝えしておきます。パーティーは夜の9時からの予定ですが、暗くなる前に屋敷にはお戻り下さい。では、私はこれで。」
風祭は笑みを浮かべつつ軽く頭を下げると、2人に背を見せ自分の屋敷へと帰っていく。
それを見送った珠樹達は、少し村の位置関係を確かめてみようと歩いて散策することにした。
「予想外の展開になったわね。まさか祝賀パーティーに参加することになるなんて。」
「若葉さんからの招待って事になるけど本当ですかね?正直昨日1日であの子とそこまで良い関係を築けたとは思えないけど。」
「うーん、かと言って、いま私たちに何かしら害を与えようとしているとも思えないのよねぇ。まあ、他の館の人たちも気になるし、参加する分にはむしろ有り難いわ。」
「そりゃ確かに。けどパーティーへの参加って、このスーツで大丈夫かなぁ?僕これ1着しか持ってきてないですけど。」
「良いんじゃない?私もこれしか持ってきてないし。最悪恭一郎先生は風祭さんに借りればいいでしょ。」
「いや多分入りませんよ。ん?」
「どうしたの?」
「いや、あそこ。霧子さんがいます。」
恭一郎のいう通り、彼が指差す先には昨日と同じような地味目の服装の霧子がいた。
違いと言えばワイヤーの代わりに籠を手に持っていることである。
珠樹は昨日と同じように、霧子に近づいて行くと賑やかに声を掛ける事にした。
「やっほ!霧子さん、こんにちは。」
声を掛けられた霧子は昨日と同じくビクリと肩を跳ねさせるが、相手が珠樹だと分かると小さく息を吐いて軽く頭を下げた。
どうやら昨日に比べると幾分か警戒心は解けたらしい。
「昨日はありがとうね。お陰で風祭さんの所に泊まる事が出来たわ。若葉さんにも御礼を言いたいのだけど、彼女家にいるかしら?」
「………」
霧子が黙って頷く。
「そう。ところで、この先って何があるのかしら?少し散策してるのだけど。」
珠樹の質問に今度は黙って近くに見える大きな館を指差した後にじっと珠樹を見詰めてくる霧子。
「……もしかして、あのお屋敷って霧子さんのお家?」
霧子は再び黙って頷く。
これでも昨日よりかは心を開いてくれてるのだと感じ、珠樹は霧子の持つ籠に目を向ける。
中には光沢のある黒い鳥の羽が入っていた。
「これってカラスの羽よね。もしかして、昨日罠を仕掛けようとしていたのはカラスを捕まえようとしたからなの?」
「………」
今度はおずおずと霧子は頷く。
すると緊張した面持ちで恭一郎を指差すと、霧子が口を開いた。
「………罠を仕掛けちゃ…ダメって…言われたから。」
「えっ?」
自分たちの前で初めて霧子が言葉を発した事に珠樹と恭一郎は驚きの声を上げる。
「だから……家の裏手の森で…拾ったの……罠は…使ってない…」
どうやら彼女なりに恭一郎から注意された事を気にしており、決して違法な事はしていないと主張しているようだ。
「…ねぇ、もしかしてその羽って、今晩の祝賀パーティーの為の飾り付けだったりするの?」
「………ハイ。」
霧子の返答は微かな声であったが、その表情はどこか気恥ずかしげでありながら、僅かに喜色が混じっていた。
そんな霧子の様子に、珠樹は顔を綻ばせる。
「そう。若葉さんの為に一生懸命集めたのね。若葉さん、きっと喜ぶと思うわ。」
「…うん。若葉は……大切な友達。誰と一緒になっても……幸せになって欲しい。」
そう語る霧子の口許には、年相応の可愛らしい笑みが浮かんでいる。
最初は無愛想な娘という印象のあった霧子であるが、その笑顔に友達想いな優しい女の子の面影を見た。
すると、3人がいる元に一台のクリーム色の軽自動車が近付いてくる。
道の脇に寄って避けようとした3人の横で車は止まると、車窓が開き人の良さそうな若い男性が顔を出した。
「すいません!時田さんの御宅にはどう行けばいいでしょうか?」
「時田さんですか?そらならちょうど反対側ですね。このままぐるっと道なりに進んで行けば、時計台のあるお屋敷があります。そこが時田さんの御自宅です。」
「ありがとうございます!助かります。」
男性は快活に礼を言うと、車を発進させ珠樹が教えた道に走り去って行った。
その去り際、車の助手席と後部座席にロングヘアーの色白な少女と、髪を後ろで結んだ少年がいることに気が付いた。
「いまの人たち村の外から来たのかな?霧子さん知ってる。」
問い掛ける珠樹に、霧子はフルフルと首を横に動かす。
「観光客、ってのは流石に無いわよね。」
「歴史ある建物はあるけど、それだけを見にわざわざ3時間も山道を来るとも思えないし、村の人の知り合いじゃないですか?」
「うーん、そうなのかしら?」
「…なんですか?気になることでもあります?」
「気になる、と言えばそうなんだけどねぇ…」
珠樹は腕を組んで空を見上げる。
上空には雲一つなく、燦々とした日の光が青空を照らしていた。
「車を運転してた彼、なんかどっかで見た記憶があるのよのねぇ…」
そう考え込む珠樹だったが、結局あの青年が何者だったのか思い出す事はなかった。
日が傾き出す前に風見鶏の館に戻った珠樹達は、部屋で少し休憩を取った後にパーティーに行く準備に取り掛かった。
シャワーを浴びて汗を流し、髪を乾かし形を整え、軽くアイロンを掛けて皺を伸ばしたスーツを着ると、屋敷のエントランスホールで家主である風祭を待った。
程なくすると、ドレスコードをした風祭が階段から現れ2人に対して手を上げる。
「いやぁ、すいません。お待たせ致しました。」
「いえいえ、私たちも今来たところです。さあ、参りましょうか。」
3人は風祭が用意した車に乗り込む。
車には運転手がおらず、風祭自らが運転する。
本人曰く、人にハンドルを預けるよりも自分で運転する方が好きなのだ、と語る。
そうして風祭が操縦する車に揺られ、珠樹達は時計の館に到着する。
館の前には使用人達が既に控えており、車が止まるとドアを開けて3人を出迎える。
「風祭様、野々宮様、古舘様、ようこそお越し頂きました。どうぞ此方へ。」
使用人に案内され、3人は館へと入っていく。
会場となった大広間に通されると、他の招待客もある程度揃っている。
すると3人が入室して来たのに気が付いた時田十三が、笑顔を見せながら3人に近づいてきた。
「風祭さん、本日はようこそ。野々宮先生と古舘先生も、来ていただき本当にありがとうございます。」
「いえ、此方こそ。ご招待頂きまして本当にありがとうございます。」
「いやぁ、お二人を招待したのは私ではなく娘なんですが…ともかく、娘の結婚を祝す場に来ていただき感謝します。」
「あら、時田さん。そちらの方々はお知り合いですか?私にも紹介して頂けませんこと。」
十三と挨拶を交わしていると、肩を大胆に露出したドレスを着飾った妙齢の婦人が話に割って入った。
肉質的な色気を纏った、どこかアンニュイな魅力を持った美女である。
「これは五塔婦人。此方は我が家が東京に所有する資産を管理して頂いている法律事務所の弁護士の先生方です。」
「初めまして。古舘法律事務所所属の弁護士、野々宮珠樹です。」
「同じく古舘恭一郎です。」
「フフフ、初めまして。『塔の館』の主、五塔蘭ですわ。それにしても、時田さんもスミに置けませんわね。こんな美しいお嬢さんを招待しているなんて。」
「は、ははは。いやぁ、そんな美しいなんて。」
慣れない世辞に珠樹は恐縮して照れ笑いを浮かべるが、同時に背中を這うような寒気を覚える。
五塔婦人から送られる視線に、ねっとりとした熱を感じてしまったからだ。
「フフ、あんまり謙遜するもんじゃありませんわよ。若さというのは、過ぎ去れば2度と手に入らないもの。あとに残るのは老いという醜さだけですわ。」
「は、はぁ。」
「五塔婦人、客人も揃ったようなのでそろそろ席に着かれては?もう間もなく、開会しますよ。」
「あら、もうそんな時間でして?ホホ、でしたら席に着きましょうか。野々宮先生、また機会があればお話ししましょう。」
優美さを感じさせる上品な笑みを残し、五塔は珠樹達の元から立ち去っていく。
それを見送ると、珠樹は「ふぅ…」と小さく息を漏らした。
「なんか、独特な雰囲気のある人ね。美人なのは間違いないけど。」
「そうですか?凄く上品な女性だと思いますけど。」
「確かに少し変わった女性ではありますね。あれで彼女、私達と同世代なんですよ。」
「えっ!?って事はええと、よんじゅ…」
風祭の言葉から五塔の年齢を計算しようとした恭一郎だったが、脇腹を珠樹に小突かれて思考を中断する。
無言ではあるが、その目は「女性の年齢を推測するな!」と訴えていた。
「…これは失敬。さてじゃあ我々も席に着きますかね。」
「それでは先生方は此方の女中に案内させます。ユキさん、先生方をお席に。風祭さんは此方に。」
十三は「ユキさん」と呼ばれる和服の老女に珠樹達を任せると、自らは風祭を席に案内する。
「ユキでございます。どうぞ此方へ。」
軽い自己紹介を済まし、ユキは年の割にはしっかりとした足取りで珠樹達を席へと誘導する。
黙って着いていきながらも、珠樹は然り気無く横目で各人の席順を確認する。
上座の方には空いている席が3つ。
おそらく主賓である十三と、花嫁と花婿のものだ。
その近くの席は既に埋まっている。
十三に促され席に着く風祭。
案内される珠樹に気付き妖艶な笑みを送る五塔。
キョロキョロと落ち着きなく周囲に視線を送る老女。
食前酒をガブガブと飲んでる顔に痣のある太った男。
そして神経質そうに何度も眼鏡を拭いている細身の男性である。
多分彼らがこの村の有力者とされる六家の主達だ、と珠樹は当たりを着けた。
珠樹と恭一郎が案内されたのは、上座から一番離れた端の席である。
対面には別の客人がいた。
「あれ?お姉さん、昼間に道を教えてくれた人じゃねぇの。」
席に着くと、珠樹の前の席に座った少年が声を上げる。
髪を後ろで結び、特徴的な太い眉をした少年である。
年の頃は高校生くらいか。何処と無く愛嬌のある顔立ちをしている。
「あっ、本当だ。さっきは助かりました。ありがとうございます。」
「ああ!あなた達、道を聞いてきた車に乗ってた子達ね!」
少年の右隣に座る女の子が礼を言ってきたところで、珠樹は相手が誰なのか把握した。
女の子の右隣では、車を運転していた青年が顔色を暗くしながらも小さく頭を下げている。
「なるほど、皆さんも祝賀パーティーの招待客だったわけね。」
「はい!わたし、若葉ちゃんの学校の友人の七瀬美雪です。こっちは幼馴染みの金田一一です。」
「どうも、はじめちゃんです♡」
美雪の紹介に一はおどけた調子で自己紹介する。
どうやら中々に愉快な性格をしているらしい。
「そして此方の方が...ええと…」
美雪は続いて青年を紹介しようとするが、はたしてなんと紹介すれば良いのか、迷う素振りを見せる。
その様子を珠樹たちが怪訝に思っていると、青年は神妙な面持ちで頭を下げた。
「初めまして。2人の引率をしています。教師の小田切進です。」
「小田切進………あっ!」
青年の名前に聞き覚えのあった珠樹は考え込むと、程なく記憶の片隅にあった名前と青年の人相が一致し目を見開く。
「若葉さんとラブホテルに入った淫行教師!」
「ちょっと!声抑えてっ!」
思わず声に出してしまった珠樹を恭一郎が素早く諫める。
幸い上座近くの参加者は気付いた様子は無いが、小田切と美雪は気まずそうな顔になっていた。
「まあ別になんも間違ってねえじゃん。というかお姉さんたち、小田切と若葉のこと知ってたんっすね。」
唯一気にした様子の無い金田一という少年が、飄々とした態度で話を振った。
「ええ、まあ。そもそも私達がこの村に来たのも、それが原因みたいなところはあるのよね。」
「はへ?どういう事っすか?」
「私達は東京で弁護士をしているのだけど、うちの事務所で若葉さんの生活の後見をしていたの。だけど今回こんなかたちで転校することになったでしょ。後見人として若葉さんの生活面をキチンと見守れてなかったとして、その謝罪にね。」
「へー、そんな理由でわざわざこんな田舎まで。弁護士ってのも大変すっねぇ。」
珠樹の説明に金田一は軽い調子で返すが、2人のやり取りを聞いていた小田切はますます顔色を悪くする。
「す、すみません。僕のせいで御二人にも迷惑を掛けてしまって。」
「いえいえ、お気になさらず。若葉さんのお父様にも御許しは頂いていますので。あっ、申し遅れました。わたし、野々宮珠樹と言います。先ほども申した通り、東京で弁護士をしています。」
「俺は古舘恭一郎です。野々宮先生と同じ事務所で弁護士をしています。」
2人が自己紹介をして頭を下げると、対面する3人も会釈を返す。
お互い村と関係ない部外者という共通点もあってか妙な親近感を感じる珠樹達だったが、恭一郎はある事実に思い至った。
「そう言えば、若葉さんの同級生という事はお三方共不動高校の方なんですか?」
「ええ、そうですけど。それがどうかしましたか?」
「いえ、ちょうど僕が担当している事件が、不動高校で起きたものでして。」
「……それってもしかして、『放課後の魔術師』の事件ですか?」
恭一郎に対する一の質問に、少なからずテーブルに緊張感が走る。
『放課後の魔術師事件』あるいは『不動高校連続殺人事件』と呼ばれる事件は、ごく最近に恭一郎が担当する被告人に一審判決が下されたものである。
恭一郎は一の発言を認め頷いた。
「ああ、そうだよ。申し訳ないけど、詳しい話は勘弁してくれ。弁護士には守秘義務があるんだ。」
「別にいいっすよ。というか詳しい話も何も、俺達おもいっきり関係者っすから。」
「えっ!?そうなの?」
「はい。私とはじめちゃんは事件に色々関わっちゃてて。」
「そうなんっすよ。美雪なんて危うく殺されるところだったんだぜ。」
「ああっ!もしかして、事件調書にあったポスターを剥がそうとして襲われた女子生徒って!」
「たぶん私の事です。」
思わぬ所で思わぬ人物に出会った事に恭一郎が仰天する。
確かに若葉が不動高校の生徒であることは知っていたが、不動高校はクラス数が一学年20もあるマンモス校。
まさかピンポイントで自分が担当する事件の関係者と若葉が友人同士であるとは完全な予想外であった。
「それじゃあ、はじめ君も『放課後の魔術師』に襲われそうになったりしたわけ?」
「いえ、それが…はじめちゃんは事件を解決したんです?」
「は?どういう事?」
「言葉のままというか…犯人が誰だったのか、どういうトリックを使ったのかも、はじめちゃんが全部解き明かしたんです。」
「そういえば、事件資料には不動高校の学生が事件解決に一役買ったという記載があったけど、それって金田一君の事だったのか!」
恭一郎は驚きと感心の混じった声を上げるが、当の一は自慢げにするでもなくどこか複雑な面持ちになっていた。
「まあ確かに俺は謎を解いたけどよ。だけど解決って言って良いとは思えねぇっすよ。犯人は死んじまったし。」
そう語る一の言葉の端には後悔の色があった。
それを見て恭一郎は自分の迂闊さを察した。
普通の人間なら、殺人事件に巻き込まれ殺されそうになるなどトラウマになるのは必須である。
しかも一の口振りから察するに、彼は事件の謎が解かれた現場にいた。
それはつまり、犯人が殺される場面を目撃したという事である。
その心情を慮れなかったのを恥じ、恭一郎は一に頭を下げた。
「申し訳ない。無遠慮に思い出したくも無いことを聞いてしまった。この通りだ。許してくれ。」
「いやいや!そんな頭を下げなくたって良いですって。俺も自分から首を突っ込んだとこもあるし。」
「そう言って貰えると有り難いよ。それにしても、金田一という名前で事件を解決するなんて、まるであの名探偵の金田一耕助先生のようだね。」
「あー、まあこれでも一応、孫なんで。」
「えっ!?それじゃあもしかして…」
一の発言に今度は珠樹が目を見開く。
そして更に詳しく話を珠樹が聞こうとしたその時、上座で十三が立ち上がり咳払いをした。
「では、これより古式にのっとり、結婚前夜の宴を催します。」
開会の宣言が行われた事で、名残惜しそうにしながらも珠樹達は会話を切り上げ式に集中する。
入り口の扉が開き、奥から純白の花嫁衣装に身を包んだ若葉が現れた。
その後ろには、黒いドレスを着た霧子が控えている。
「あれが若葉さん…」
着飾った若葉は、昨日とはまた違った雰囲気を醸している。
勝ち気な少女という印象が強かった昨日に比べ、いまの若葉は深窓の令嬢を思わせる無機質さと空虚さを感じた。
それは、写真で見た和服姿の時と非常に近い印象である。
「続いて新郎の連城久彦君です。」
十三の声に従い、扉の奥からもう1人現れる。
首を伸ばしその姿を確認しようとした珠樹だったが、現れた人影を見るとギョッと身を竦ませた。
新郎の連城氏は、頭からすっぽりと布で作った頭巾で顔を覆っている。
その容貌を確認することは出来ない。
「連城と言えば、たしか青森県内で幾つかの子会社を持つ一族会社でしたっけ?僕もそこまで東北の経済界には詳しくないですけど、聞いた覚えはあります。」
「露骨なまでの政略結婚ね。それにしても、あの頭巾はどうしたのかしら?」
「もしかしたら、なにか身体的に問題を抱えてるのかしれませんね。」
そのような話をしている間に連城が若葉の隣の席に座り、十三が新郎と新婦の間に立った。
「えー、これより新婦はしきたりの通り教会で一夜を過ごします。新郎は我々と共に宴を楽しんでくだされ。」
その言葉に促され若葉は席を立つと霧子を伴い会場を後にする。
その去り際、部屋を出ようとした霧子とそれを見送る珠樹の視線が交わる。
珠樹が笑みを作って小さく手を振ると、ほんの僅かに霧子の口元が綻び軽く会釈をすると若葉に続いて部屋を出ていった。
少女が2人、各々の役目を果たすべく教会に向かうと、卓上に料理が運ばれ宴が始まった。
珠樹と恭一郎もアルコールには手を着けなかったが、滅多にありつけない豪勢な食事に舌鼓を打ちつつ金田一達と歓談する。
「それじゃあやっぱり、金田一君のお祖父さんって…」
「はい。名探偵の『金田一耕助』なんです。ねっ、はじめちゃん。」
「ああ、うん。まあな。」
美雪から同意を求められるが、肝心の一は目の前のご馳走を頬張るのに夢中で適当に返答をするのみ。
素っ気ない幼馴染みに美雪が頬を膨らませる一方で、珠樹は「どうしたものか」と少々頭を悩ませる。
いくら金田一耕助の孫とはいえ、『自分の素性』を告げられたところで普通なら戸惑うだろうし、気まずくなるかもしれない。
とはいえ、まるで運命に導かれるようにあの名探偵の孫に出会えた奇跡を前に、このまま自分と金田一耕助との関係を黙っているのも大変勿体なく感じられる。
すると、そんな珠樹の後ろから近づいてくる人影があった。
「ほう、君はあの名探偵、金田一耕助さんのお孫さんでしたか。」
そう言いながら現れたのは、グラスとジュース瓶を持った風祭であった。
どうやら未成年と酒に手を着けていない珠樹達に気を遣い飲み物を持ってきたらしい。
「私も昔、Y先生の書いた『八つ墓村』や『獄門島』を読んだことがありますよ。あれは実に面白いノンフィクションでしたな。Y先生は金田一耕助氏と友人だったので、氏から直接話を聞いて作品を執筆していたとか。」
「らしいっすね。俺は直接会った事は無いけど、ジッチャンはたまに愚痴ってましたよ。」
「愚痴っていた?金田一耕助が?」
「ええ。先生がやたら持ち上げたせいで映画やテレビで俺を演じる役者がみんな男前だって。そのお陰で依頼人と直接顔を合わせた時にガッカリされる事があったらしいっすよ。」
一の明かした祖父のエピソードに風祭は愉快そうに笑う。
しかし次の瞬間、自分の席で静かに食事をとっていた老女が突如として立ち上がった。
「燃えてる…」
「草薙さん?」
隣の五塔が驚いて声をかけるが、老女は頬に両手を当てて絶叫した。
「教会が燃えてるのよおおおぅ!!」
そう叫ぶと老女は半狂乱になり蹲るが、一転して落ち着くと「にゃあちゃん、にゃあちゃん」と呟きながらテーブルの食べ物を存在しないナニかに食べ与える仕草をする。
あまりの変貌ぶりに誰一人声すら掛けれず遠目に見るしか出来なかったが、程なく使用人達に促され別室へと誘導されていった。
「ええと、あの御婦人は…」
「『ツタの館』の主人、『草薙三子』さんです。5年前に事故で息子さんを亡くして以来、ずっとあの調子でしてね。」
微妙な空気が流れる中、風祭が珠樹に解説していると今度は聞こえよがしの舌打ちを太った男がした。
「あのネコババアが。あんな年寄りさっさと病院にでも入れときゃいいんだ。」
「一色さん、お祝いの席で言い過ぎですわ。」
「五塔婦人。」
「遠路はるばる来ていただいた連城さんにも失礼ですわ。ねえ、連城さん。」
「………」
五塔からの言葉にも連城は無言を返す。
残りの1人、何度も眼鏡を拭いていた神経質そうな男は何も聞こえなかったかのように黙々と食事に勤しんでいた。
「風祭さん、あの眼鏡をしている人が兜さんですか?」
「ええ。『鎧の館』の主人、兜礼二さんです。霧子君のお父上でもありますね。」
「へえぇ。物静かな所とかは似てますね。」
「確かにそうかもしれませんね。ところで、古舘先生はどちらに?先程から姿が見えないような気がしますが。」
「あれ?そういえば、どこに行ったのかしら…」
「どうかしたんですか?何か叫び声のような物が聞こえましたけど。」
噂をすればなんとやら。
珠樹が探し始めた途端、タッパーを持った恭一郎が現れる。
「あ、どこに行ったのかと思ったら。ちょっと参加者が1人体調が悪くなって別室で休むことになっただけよ。それよりも恭一郎先生、いったいどこに行ってたの?そんなタッパーなんか持って。」
「ああ、余った食事を入れて貰ってたんです。冷めても大丈夫な奴を中心に。」
「……あのね、勿体ない精神は大切だと思うの。でも出先のパーティーで出て来た食事を持って帰るのは社会人としてどうかと…」
「違います!僕が食べるんじゃありません!これは霧子さんに持っていくんです。」
「霧子さんに?」
「はい。霧子さん、今晩は教会の前で一夜を過ごすじゃないですか。ベッドで横になれる若葉さんはまだしも、一晩中寝ずの番をしなきゃいけない霧子さんはキツイと思うんです。だからせめて夜食だけでも差し入れようと思って。」
「へぇー、やるじゃない!気が利くわね恭一郎先生。それじゃあ早速持っていきましょうか。」
「えっ!野々宮先生も来るんですか?」
「恭一郎先生一人じゃ霧子さんが遠慮するかもしれないでしょ?こういう時は同性の方が遠慮しなくていいの。という訳で風祭さん、私達ちょっと教会に行ってきます。」
「分かりました。霧子君にはよろしくお伝えください。それと、道中あまり灯りが無いのでくれぐれもご注意を。」
こうして珠樹と恭一郎は霧子に差し入れを届けるべく、いったん席を外しパーティー会場を後にすると、『時計の館』を出て教会へと向かった。
風祭の言っていた通り、教会までの道中には街灯すらなく、月明かりのみが2人の行く道を示していた。
幸い今夜は雲も少なく、満天の星空とほぼ円形の月の御蔭で携帯のライトだけでも不足なく歩みを進める事が出来た。
「とは言え流石にこうも人気が無いと気味が悪いわ。熊とか出て来ないわよね?」
「村の中心部だし出ないだろとは言いたいけど、油断はしない方が良いかもしれませんね。何かあったらすぐに大声を出して人を呼びましょ。」
「そうするわ。あっ、そうだ、さっき参加者が体調不良で退席したって話をしたじゃない。その人『ツタの館』の主人の草薙さんって方だったんだけど、『教会が燃えてる。』って叫んでたの。」
「それって、27年前に牧師一家が亡くなったっていう火事の事ですか?まあ結構お歳は召していたようですし、火災当日に現場の近くに居たとしても不思議ではないですよね。」
「まあそうなんだけど、その時の火災って単なる失火だったのかしら?」
「まさか、放火の可能性があるっていうんですか!流石にそれは早計じゃ…」
「でも子供も含め9人も犠牲になってるのよ。教会はあの通り石造りだし、火の回りも木造建築より遅かったはず。なのに一家全員が逃げ遅れてしまっているのは少し不自然じゃないかしら。」
「つまり何者かが人為的に火災を発生させ、牧師一家を殺害したと。うーん、やっぱり考えが飛躍し過ぎだと思います。就寝中であれば逃げ遅れる事も有るでしょうし、一酸化炭素中毒が発生したなら短時間で意識を消失する場合も非常に多いです。その結果、一家全員が犠牲になる可能性も十分あるかと。」
「それはそうなんだけどさ。なんかちょっと気になるのよ。東京に戻ったら少し調べてみようと思う…ん?」
会話をしながら歩いていた珠樹の耳に、ガラーン、ガラーンという鐘の音が聞こえてくる。
音は今まさに珠樹たちが向かっている方向から、村全体に響き渡る。
「これって、教会の鐘の音?」
「なんですかね。これもしきたりの一環でしょうか?」
「…行ってみましょう。何だか嫌な予感がするわ。」
胸騒ぎを覚えた珠樹たちは、転ばないように注意しながら教会へ向かう道を走り始めた。
既に道程の半ばは過ぎており、ものの数十秒ほどで教会の鐘の塔へと辿り着いた。それとほぼ同時に鐘の音は止まった。
「昼間にちょっと見たけど、この鐘楼塔って直接梯子を上って鐘に付けられた紐を引いて鳴らすのよね。」
「ええ。つまり誰かが上に登っているんだと思うんですけど…」
2人そろって鐘楼塔を見上げれば、予想通り頭上5mほどの所を黒い人影が梯子を伝って降りてきていた。その顔は陰に隠れて確認できない。
「ねえ、ちょっと!この鐘あなたが鳴らしたのっ!?」
「えっ!?あっ、キャッ!!」
梯子の人物に珠樹が大声で問うと、その人物は急に声を掛けられた事に仰天し梯子から足を踏み外し体が宙に浮く。
咄嗟に手で梯子を掴もうとしたが掴み損ね、そのまま4m超の高さから自由落下すると尻から地面に激突。
ぐったりとした様子で意識を失ってしまった。
「………ヤッバ!」
「ちょ、マジかよっ!」
一瞬唖然とした様子で立ち尽くした珠樹達だったが、直ぐに顔を青くさせると倒れた人影に駆け寄った。
「ご、ごめんなさいっ!!大丈夫ですか!?」
「あんまり動かさないで!頭を打ってる可能性がある!」
「ま、マー君こういう時どうしたらいいの!?じ、人工呼吸!?」
「まずは落ち着け!下手に触らず状態を確認して、安静な体勢を取らせる。それから人を呼ぶんだ。」
「う、うん。そうよね。ええと、大丈夫ですか?意識はありますか?」
恭一郎の指示を受け、珠樹は声を掛けながら倒れた人物の顔を覗き込む。
この時点で珠樹達は転落した人物が女性であるのを認識していたが、ライトで照らされた顔を見て目を見開く。
「ウソ…」
「そんな、どうして若葉さんがここに…」
鐘楼塔から落ちたのは、教会の中で祈りを捧げているはずの若葉だった。
予想外の展開に動揺する2人だったが、先に我に返った恭一郎が珠樹の肩を叩く。
「野々宮先生、呼吸は?」
「えっ!?ああ、うん。ひとまず呼吸はしてるみたい。たぶん気を失ってるだけだと思う。」
「分かりました。でも骨を折ってる可能性もあるから人が来るまで安静にしといた方が良い。ええと、俺がここにいるから、先生は館に戻って人を…」
「何かあったんですか!?」
恭一郎が時計の館へ人を呼びに行こうとしたところ、慌てた様子の風祭が駆け付けて来た。
その後ろには金田一や美雪、小田切の他、兜や時田、一色、五塔といった草薙以外の館の主人に加え、時田家の使用人も数名着いてきていた。
「葬式の時にしか鳴らさない鐘が鳴ったんで様子を確かめに来たんです。そしたら野々宮先生達の声が聞こえて。」
「やっぱり予定には無い鐘だったんですね。私達も不安になって様子を見に来たんです。そしたら、若葉さんが…」
「若葉?若葉がどうしたんですか!?」
娘の名前を出され十三が血相を変え飛び出してくるが、珠樹の側で仰向けに倒れている若葉を見ると真っ青になりすがり付こうとした。
「わ、若葉ぁ!!どうしたんだ!?しっかりしろ!!」
「お、落ち着いて下さい、時田さん。気を失っているだけです。梯子から落下しましたが、しっかり呼吸はしています。ただ頭を打っているかもしれないんで、下手に動かすのは不味いと思います。」
恭一郎の説明に、十三は狼狽えながらも引き下がる。しかし心配そうな表情は変わらず、オロオロと娘の方を見つめていた。
「…とにかく、若葉さんを館に連れていった方が良いようですね。誰か車を持ってきてくれ!それと、出来れば担架も一緒に!」
「は、はい!直ちに!」
風祭の呼び掛けに時田家の使用人が大急ぎで館へ引き返していく。
ひとまず若葉の命が無事であることが分かり、周囲にはホッとした空気が流れた。
そんな中、様子を伺っていた一が気を失った若葉の元に近づくと、膝を着き若葉の姿を観察し始めた。
「なあ、若葉はこの鐘楼塔の梯子から落ちたんですか?」
「えっ?ああ、うん。私達の目の前で落下したの。」
「ふーん、ていうか若葉が着ている服。これ霧子って子が着てたやつじゃねーの?」
パーティーの始めにお目見えした時、若葉は純白のウエディングドレスを着ていた。
それが今は、肩に羽根飾りの付いた黒いドレスを纏っている。
「あれ?そういえば。この羽根飾りは昼間に霧子さんが用意してたモノよ。間違いなく霧子さんのドレスね。」
「そ、そういえば。霧子のやつは何処にいったんだ?」
既に教会には大人数が集まり、周囲は大変な騒ぎになっているにも関わらず、寝ずの番をしている霧子は一向に現れない。
不安に駆られた礼二が娘がいるはずの教会の入り口に向かうが、そこには誰もいない。
複数人で教会の周辺を捜索してみるが、手掛かりのようなものは見つからず、再び関係者の間に緊張感ぎ立ち込め始める。
「………教会の中を調べてみましょう。」
風祭の提案により、一同は教会唯一の出入口である扉を開けようとする。しかし…
「だめだ。中から閂みたいのが掛かってて開けられない。」
「おいっ、霧子!そこにいるのか!?いたら返事をしろっ!」
押しても引いても扉はびくともしない。
礼二が必死に娘の名を呼ぶが、それに応える声もない。
「仕方がない。こうなったら扉を壊してでも中を確かめよう。」
「そうだっ!小田切先生の車、あれってウィンチが付いてたよな?それで開けれないかな。」
「えっ!?確かにウィンチは付いてるけど…」
「じゃあ、それでこじ開けようぜ!車ごと持ってきてくれ!」
「わ、わかったよ。」
一の提案に戸惑いながらも、小田切は自分の車を取りに時計の館に戻って行く。
それと入れ違いに若葉を救助するための車が到着し、彼女と父親の十三を乗せ時計の館へと向かった。
それから程なく、小田切の車が教会の前に現れ周囲と協力しウィンチを教会の扉に括り付ける。
「それじゃあ、いきます。」
声がけを行い小田切はスイッチを押す。
ウィンチに連結したフックが引っ張られ、扉の手すりがメキメキと音を鳴らす。
その直後、バキッという轟音を鳴らし扉がこじ開けられた。
「霧子さん!いますかっ!?」
そう呼びかけながら恭一郎が先頭になり教会へと入る。
教会の中には灯りの類は一切なく、天窓から降り注ぐ月明かりだけが祭壇の前の寝台を照らしていた。
恭一郎たちは、まるで導かれるように寝台へと走る。そしてそこで見たのは…
「…え。ああっ、あああああっ!!」
煌々とした月の光を浴び、胸で手を組んで一身に祈りを捧げる、首の無い純白の花嫁だった…