殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
数ある『金田一少年の事件簿』の事件でも、特に胸糞悪いとされる被害者達が犯した事件を取り扱っています。
なぜ弁護士は変更されたのか?
「どうすりゃいいんだ…」
拘置所の接見室の外に置かれたベンチで、湖森涼介は膝の上の便箋を前に頭を抱えて呻く。
湖森は自他ともに認める優秀な弁護士だ。
医療訴訟で実績を上げ、今では複数の病院から顧問を依頼されるまでの売れっ子だ。
そんな彼にとある弁護依頼があったのは一月ほど前。
依頼者は多間木記念病院の医院長であり、息子が巻き込まれた死体遺棄事件についての依頼だった。
弁護するのは多間木医院長の息子である多間木匠を含め3人。
3人が罪に問われたのは、世間を『女子高生死体遺棄事件』として騒がせる事件だった。
容疑者である少年3人は女子高生の『十神まりな』を拉致監禁し、1ヶ月にも及ぶ性暴力を伴う凄惨な拷問を行った。
さらに監禁場所であるアパートから逃げ出そうとした被害者が誤って2階から転落死すると、発覚を恐れ死体を空き地にゴミのように埋めたという事件である。
主犯は真理奈の同級生である毒島陸という高校生で、彼は友人の魚崎葉平、そして多間木匠を巻き込む形で犯行を主導した。
毒島の父は多間木医院長の病院に医療器具を提供する医療機器メーカーの社長だった。
多間木医院長は息子だけでなく、毒島と魚崎の弁護を湖森に依頼した。
『こんな事になったとはいえ、毒島さんとは長い付き合いだ。息子を巻き込んだ事は許せないし今後の付き合いは考えさせて貰うが、せめてもの慈悲だ。湖森先生、毒島さんのお子さんの弁護もして上げてください。』
こうして湖森は毒島陸の弁護を受け持つことになった。
警察の捜査段階で毒島は犯行を認めており、自分が十神まりなを拉致して拷問をしたと供述。
多間木と魚崎については死体を埋めるのを手伝わせただけだと言っており、これは他二人の供述とも合致していた。
なので湖森は裁判において罪を素直に認めたことを挙げ、悔悛の情が顕著だとして更正に重きを置いた判決を主張するつもりでいた。
「なのによりによって今さら自分は犯行に関わっていないと主張するなんて…」
ところが毒島は裁判開始直前になって急に供述を翻す告発文をしたため、湖森に警察に渡すように頼んできた。
しかも告発文の内容は犯行を主導したのは多間木と魚崎であり、自分は脅されて死体の処理を手伝わされた、と主張するものだ。
完全に裁判の前提が覆る爆弾である。
これがもし警察に届けられ、再調査となれば裁判の開始は延期される事が予想される。
しかし、湖森にとって問題はそんな事ではなかった。
「もしこれが本当の事で、匠くんが犯行に大きく関わっていたのだとしたら…」
湖森には一人娘がいる。
特殊な難病に罹っており、早急に手術が必要な娘だった。
そして娘が入院し手術を受ける予定になっているのが、よりにもよって多間木記念病院だった。
多間木医院長は湖森の娘が罹患した病について国内では第一人者であり、世話になっている湖森の為にと万全の態勢を整えてくれたのだ。
だがここで多間木匠こそ主犯格だとなればどうなるか?
まず間違いなく多間木医院長は手術どころではなくなる。
最悪の場合手術は延期、あるいは中止になる可能性もある。
そうなれば湖森の娘は………それならばいっそ………
「いや、冷静になれ。そもそも私は、これを警察に届けてはいけないんだ。」
弁護士の職務規定には、『依頼者の利益相反をしてはならない』という決まりがある。
簡単に言えば、依頼者の意志に反して依頼者の利益を損ねる行為はしてはならないという物である。
今回の場合だと、毒島の手紙を警察に渡す行為は多間木匠の罪を告発する行為になり、これをする事は多間木匠の利益を損ねると認められる。
つまり多間木匠の弁護も同時に行う湖森にとって、毒島の手紙を警察に渡すのは『弁護士としてやってはいけない行為』になるのだ。
「そうだ。この手紙を警察に渡さないのは悪い事じゃない。むしろ渡す事こそが悪事なんだ。」
湖森はまるで自分に言い聞かせるように呟く。
だいたい毒島の告発が真実だという保証はない。
裁判を前にして自分の身が可愛くなり、適当にでまかせを言っている可能性も無きにしも非ずなのだ。
ならば自分が告発状を握りつぶしたとしても…
そう思いながらも、湖森は目の前の便箋を破り捨てる事が出来なかった。
つい先ほど接見をした毒島の顔。
その必死な表情が忘れられず、湖森に最後の一線を越える事を躊躇させていた。
そうして苦悩する湖森の元に、のっそりとした大きな影が近づいて来ていた。
「久しぶりだね、湖森先生。」
「っ!?古舘先生。」
現れたのは古舘法律事務所所長、古舘豊彦である。
法律事務所としては準大手レベルの古舘法律事務所の名は業界内ではそれなりに知られており、湖森も豊彦とは何度か仕事をした仲だ。
「すまないねえ、急に声を掛けて。随分と思い詰めた表情をしてたようだから気になってね。接見後かな?」
「え、ああ、はい。そうです。古舘先生もお仕事ですか?拘置所に来るなんて珍しいですね。」
「はは、そうかい。まあ、たまには自分から動かないとね。体も勘も鈍ってしまうから。体の方はもう手遅れかもしれないけど。」
そう言って豊彦は突き出たお腹をポンと叩く。
これには湖森も少し笑ってしまう。
「それよりも湖森先生、娘さん大変らしいね。大丈夫そうなのかい。」
「え?ああ、まあ。近々手術を受ける予定です。」
豊彦の問いかけに虚を突かれた湖森だが、以前弁護士会の懇親会において家族を紹介していた事を思い出す。
少し表情を暗くしながら答える湖森に豊彦は心配そうに気遣う。
「私が言った所で何の気休めになるものでは無いが、手術の成功を祈ってるよ。前に会った時、娘さん湖森先生の事を大分慕ってたようだからねえ。お父さんはヒーローだって。」
「………ええ、そうですね。」
「私の息子も今は法学部で司法試験に向けて勉強してるんだが、なんで法曹界を目指しているのか念のために聞いたら『父さんと母さんに憧れたからだけど悪い?』とか言ってねえ。なんだかんだ言って、我が子が自分達の背中を見てくれているというのは嬉しいもんだよ。」
「………」
「ともかく、湖森先生も娘さんにはこれからもカッコいい背中を見せてあげて欲しいんだ。そのためにも、手術が上手くいくと良いね。それじゃあ。」
「…あの、古舘先生!」
その場を去ろうとした豊彦を湖森は呼び止める。
「どうしたんだい?」と振り返る豊彦に対し、湖森は悩みぬいた末に言った。
「…古舘先生、お願いしたいことがあります。」
・・・・・・・・・
「剣持警部、お客さんが来ています。」
「客?俺にか?」
警視庁捜査一課のデスクで報告書を作成していた剣持は部下の呼びかけに答える。
保存ボタンを押してノートパソコンを閉じると、フロア内の応接エリアに向かう。
衝立越しに客人を確認すると、20代くらいのスーツ姿の小柄な女性がちんまりとソファに座っていた。
剣持に気が付くと女性はパッと立ち上がった。
「お待たせいたしました。警視庁捜査一課の剣持です。」
「あっ!初めまして!古舘法律事務所の野々宮です。」
「法律事務所…つまりあなたは…」
「はい、弁護士です。あ、これ名刺です。」
鞄から出した名刺を受け取り、剣持は『古舘法律事務所 弁護士 野々宮珠樹』という文字と目の前の女性を見比べる。
下手すれば10代の学生でも通用しそうな珠樹が弁護士というのは中々にギャップを感じるものであった。
「…あの、どうかしましたか?」
「あ、いえ、失礼。何でもありません。それで、本日はどの様なご用件で?」
内心で「こんな小娘が弁護士?」と思っていた事を誤魔化し、剣持は用件を尋ねる。
すると珠樹は少し緊張した面持ちで答える。
「剣持さん、私は先日『女子高生死体遺棄事件』の被告人である少年の新しい弁護人に任命されました。毒島陸くん、彼が私の依頼人です。」
「あなたが、毒島の…」
毒島の名前を出され剣持の顔に緊張が走る。
『女子高生死体遺棄事件』において、剣持は主犯とされる毒島陸から自白を引き出した刑事である。
被害者である十神まりなは、かつて剣持が剣道の指導者として眼を掛けていた女子生徒であり、剣持は事件の解決に並々ならぬ熱意を向けていた。
その熱い気持ちが実ったのか、取り調べで毒島を厳しく問い詰めた剣持は彼から自白を引き出す事に成功した。
毒島の弁護人が変わったという噂は剣持も耳にしている。
だが今さら毒島の弁護士が自分に何の用だと警戒を強めた。
そんな剣持の警戒心が伝わったのか、珠樹も少し表情を硬くしつつも鞄から封筒を出す。
「今回剣持さんにお会いしたかったのは、毒島君から剣持さんに渡して欲しいという手紙を預かって来たからです。一読して頂けると幸いです。」
「………拝見させていただきます。」
剣持は珠樹から封筒を受け取ると、深呼吸をして気持ちを落ち着けてから便箋を開く。
静かに便箋に目を落とし黙読していく剣持。
だがその瞳は徐々に見開かれていく。
「こ、これはっ!」
「…先だって、私も手紙の内容については確認させていただいています。個人的な感想ですが、決して出鱈目だと切って捨てるような内容ではないと感じますが。」
「し、しかし、あいつは取り調べで間違いなく自分がやったと…」
取り調べの際、最初は無気力な様子で適当な返答ばかりする毒島だったが、剣持が『まりなが握りしめていたストラップ』を見せ、それが最近毒島が購入したものであることを指摘すると自らの罪を認め涙を流した。
その様子から、ようやく自分の犯した罪の重さを自覚したと思っていた剣持だったが、この告発文が事実なら事態は大きく変わってくる。
「それと、他にも警察の方に確認して頂きたいものがあるんです。」
そう言うと、珠樹は再び鞄の中に手を入れる。
そして取り出したのはノートと参考書だった。
「これは?」
「見ての通り、参考書とノートです。毒島君が夏休み前に購入した。」
「毒島がですか?」
「はい。毒島君結構お金には細かい性格みたいでレシートが残っていました。日付から十神まりなさんが拉致監禁される数日前に購入したものであることが分ります。それでなんですけど…」
珠樹はノートと参考書を開き、そこに書かれている内容を比較する。
「このように、参考書内にある問題をノートに書き写し計算式を書いて解いているのが分かります。つまり毒島君は、この参考書で勉強していた事になります。確か、犯行現場となったアパートは毒島君のお父様が息子さんの勉強のために借りていた部屋なんですよね?」
「え、ええ。家が工場に隣接しているので昼間は騒音で勉強に集中できないからと、受験勉強に向けて部屋を借りたと聞いています。」
「しかし、毒島君は父親が勉強のためにと借りてくれた部屋に十神さんを監禁し1か月にも及ぶ暴行を行った。それが警察が発表した見解です。ですがこのノートを見る限り、毒島君は十神さんを暴行するのと並行して真面目に受験勉強をしていた事になります。これっておかしくないですか?」
「…確かに、不自然ですな。」
珠樹の指摘に剣持は神妙な面持ちで頷く。
これまで警察は毒島が主犯であるという前提で捜査を進めてきた。
毒島には中学の頃から非行歴が噂されており、実際に他校の生徒との喧嘩で補導された事も有った。
故に十神まりなの遺体が発見された際も、有力容疑者として早々にまりなと同じ学校に通っていた毒島の存在が浮かび上がり、現場となったアパートが明らかになったのだ。
だがここにきて浮かんできた矛盾は、その前提を揺るがすものである。
「しかしそれなら、なぜ毒島は犯行を認めたのですか?共犯の2人も毒島に命令されて死体遺棄に協力したと言ってますが…」
「…毒島君のご実家は共犯者の多間木君の父親が医院長を務める病院に医療器具を納品しているそうです。そのため、毒島君自身も幼い頃から多間木君とは交遊があったと。」
「ええ。多間木の話では昔から毒島には色々と命令されて逆らえない関係だったそうです。」
「でもそれっておかしくないですか?毒島さんの会社の経営は多間木記念病院の受注によって成り立っていたようなもの。つまり2人の父親の力関係が本人たちと比例していたなら、むしろ多間木君の方が毒島君を従わせる立場にあったのではないでしょうか?」
「それはつまり、多間木が毒島を身代わりにしたと?」
「あくまでも可能性の話ですが。」
珠樹の言葉に剣持は黙りこくる。
その胸中では解決したはずの事件に対する疑念がふつふつと沸いて来ていた。
毒島、お前の本当の姿はいったい何なんだ?
心の内でそう問いかけていると、珠樹はノートと参考書を鞄に仕舞い退席の準備をしていた。
「今回の話は、毒島君の要望を聞いたうえでの弁護士としての私の意見です。希望的観測がある事は重々に承知しています。その上で警察に対して再調査を進言するものです。」
「……分かりました。この件は私から直接上司にお伝えします。本日はどうもありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ。それでは私はこれで。」
頭を下げて背を向ける珠樹。
それを見送った剣持は、もう一度手紙の一文に目を通す。
『お願いします、刑事さん。どうかもう一度調査をして下さい。俺は、十神まりなさんに乱暴をしていません。どうか信じて下さい。』
そこに書かれた切実な言葉は、剣持の足を捜査1課長の席へと向けさせた。
・・・・・・・・・・
「あの事件を再捜査するだと?正気か剣持?」
捜査1課長は剣持の進言に呆れた声で答える。
その予想は反応できたものである。自身が逆の立場なら恐らく同じ言葉を吐いたであろう。
「私は真面目です。この毒島の告発は単なる出鱈目だとは思えんのです。どうかもう一度捜査する事を許してください。」
それでも剣持は必死の形相で課長に懇願する。
課長も長い付き合いから剣持が軽い気持ちで進言してきたわけでは無い事は声色から理解できた。
暫し腕を組み思案する課長の返答を剣持は緊張した面持ちで待った。
やがて課長は剣持の目を見据え口を開いた。
「駄目だ、剣持。」
「課長!」
「この件は既に捜査1課の手を離れ検察が受け持っている。独断で再捜査を指揮するわけにはいかん。」
「しかし、このままでは最悪冤罪が…」
「この件については世間での反響の大きさと少年犯罪という特質上慎重に捜査を行った。その上で件の少年が主犯であると判断を推したのは剣持、お前だ。」
「っ!!」
捜査1課長の指摘に剣持は言葉を詰まらせる。
課長の言う通り、この事件で誰よりも熱心に捜査を行い、毒島から自白を引き出したのは剣持自身である。
「にも関わらず今になって『やっぱり間違っていたかもしれません』と言い出すのは道理が通らんのではないか?」
「……仰る通りです。私が誰よりも毒島が犯人であると信じ、捜査を主導していました。」
「なのに手紙を受け取ったとたんにお前はそれを翻そうとしている。もちろん我々司法関係者にとって『100の犯罪見逃すとも1の冤罪起こすべからず』は絶対の掟だ。だがなあ、再捜査するにして、お前さん関係各所には何と説明するんだ?特に遺族。主犯が『自分は真犯人じゃない!』と言い出したので再捜査しますと言ったら、彼らはどう思う?」
「………」
課長の言う事も尤もだった。
毒島からの自白を引き出した後、剣持は被害者遺族の元を訪ね『漸く犯行を自供した。これでアイツを罪に問う事が出来る。』と伝えていた。
それに対し、遺族は警察と剣持に涙ながらの感謝の言葉を述べていた。
にも拘らず、『自分の犯行を否認し始めたのでもう一度調査します。』なんて話を聞いたら、遺族はどれほどショックを受けるか。
「とにかく今は判断材料が足りん。確かに毒島は裁判を前にして供述を翻したが、それも往々にしてあることだ。弁護士の法廷戦術の可能性もある。この状況で警察の捜査にミスがあったとして再捜査を主導する事は私には出来ない。」
無念の表情を浮かべる剣持の肩を、課長は優しく叩いた。
「被害者の女の子はお前の知り合いだったそうだな。だからこの事件に前のめりになるお前の気持ちも分かる。だがなあ、事件は一つじゃないんだ。今も多くの犯罪被害者が警察の手を必要としている。既に警察の手を離れた事件に時間を掛けるよりも、そうした人々に寄り添う事が我々の役目じゃないか?」
「……失礼いたしました。」
剣持は頭を下げると自分のデスクに戻る。
課長の言い分は剣持も理解できる。
警察の面子と言う面もあるだろうが、限られた人的リソースを効率的に配置するのは管理職にとって最も大事な仕事の一つであるし、こうしている間にも管轄内では事件が起きている。
だから、まりなの事件が警察の手を離れた以上、次の事件に目を向けるのは刑事として当然の事である。
後は裁判、検察と弁護士の領分だ。
「だが毒島は、俺を頼ってくれた。」
本当のことを明らかにして欲しいと、他でもない自分を…
もしそれが、自分の事件に対する熱意が伝わっていたからだとしたら…
剣持はポケットに入れていた名刺を取り出す。
それを暫く真剣な表情で眺めた後、そこに書かれた携帯電話番号をプッシュした。
・弁護士の利益相反
原作エピソードにおいて、剣持警部のやらかしと共に「剣持警部の殺人」の事件の元凶とされる湖森弁護士による毒島の告発文の握りつぶしだが、実はこの行為は弁護士としての視点から見ると何も間違った事はしていない。
当時、湖森弁護士は毒島と多間木の弁護を担当しており、毒島の告発を警察に提出する事は多間木に対する不利益になるため弁護士としての職務規定に違反する可能性が極めて高い。
その為、告発文を握りつぶしたとしても職務上認められる行為だとされ、むしろ告発文を警察に出した場合には意図的に依頼人に不利益を与えたとして弁護士会から何かしらのペナルティを与えられた可能性もある。
ただ、より正しい選択としては立場上告発文を警察に渡す事が難しい事を毒島に説明し担当弁護士を変更することを勧めるのが良かったと思われる。
本作においては、きちんとその辺りを説明し信頼できる法律事務所として古舘法律相談所を紹介した事で珠樹が毒島と関わるようになった。