殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
東京家庭裁判所の第一法廷。
そこで本日、毒島陸の裁判が行われる。
裁判が始まる前、珠樹は毒島の父親と少し話をした。
裁判の行方を気に揉む父親に対し、珠樹は「あまり緊張しなくても大丈夫ですよ。割りと和やかな雰囲気ですし。」と言う。
20歳以上の裁判の場合、法廷には裁判官、弁護人、検察官が必ず出席するが、少年審判では被告人を過度に緊張させないように配慮がなされ、検察官は基本的に出席しないものとされている。
また、弁護人も審判では付添人として扱われる。
法廷に入り珠樹が準備していると刑務官に付き添われ毒島陸が入廷する。
緊張した面持ちの毒島に対し珠樹は安心させるように軽く微笑むと、毒島の肩の力が僅かに抜けた様子である。
やがて裁判官が入廷する。
家庭裁判所の少年審判には傍聴人はいない。
裁判官、書記官、付添人、そして被告である少年とその保護者のみが存在する空間で全てが決まる。
「それでは、本法廷を開廷します。」
裁判官の一声により、毒島陸の人生を左右する裁判が始まった。
「それじゃあまず、君の名前を教えて貰えるかな?」
壮年の裁判官は優しい口調で穏やかに毒島に尋ねると、毒島は思わず面食らった表情を見せる。
「え、あ、はい。毒島陸です。」
「ふむ、良い名前だね。生年月日はいつだい?」
「ええと…」
その後も裁判官は住所や本籍を聞いていき、毒島が本事件の当事者であることを確認していく。
「君の家庭環境、家族について教えてもらえるかな?」
「親父と2人暮らしです。お袋は俺がガキの頃に死んでます。」
「なるほど。これまでの人生で家族関係でトラブルになった事はあるかい?」
「特になにも…親父は工場を回してたから、忙しくてあまり口煩く言ってくる事も無かったし。」
「…それで寂しいと思ったことは?」
「…ガキの頃は少し。でも、そういうもんで仕方ないってのは分かってたから。」
少年審判は基本的に裁判官が主導となって進められる。
ある程度質問が出尽くした所で犯罪事実の確認に移る。
裁判官は毒島に対し黙秘権があり、言いたくない事は言わなくても良いよと伝えると毒島は無言で頷く。
「それでは、君が何でこの場にいるのかを確認するね。」
そう言って裁判官は毒島の犯罪事実について読み上げ始めた。
毒島陸は、夏休み期間に勉強するために父親から与えられていたアパートの鍵を友人である少年2名に貸した。
それ以降、当アパートに行くことは無かったが、勉強場所として利用していたファミリーレストランで働いていた同級生の女子生徒が1ヶ月あまりもの間行方不明になったことを知り、当アパートに赴いたところ友人2名により拉致監禁されていた女子生徒が逃亡しようとして誤って転落するのを目撃した。
その後、友人2名と共に女子生徒の遺体を空き地に埋めた死体遺棄の罪にて起訴されたものである。
読み上げを終えた裁判官は書類から目を離すと毒島の顔を見据えた。
「毒島君、いま私が言った犯罪事実に間違っている点はあるかい?」
「…いえ、ありません。」
自身の犯した犯行を告げられた毒島は強張った表情で答える。
すると裁判官は珠樹の方に視線を向けた。
「付添人の方から何か意見はありませんか?」
「はい。なぜ毒島君が犯行に荷担したかについて述べさせて貰います。まず、犯行を主導した少年2名のうちの1人、便宜上Aと呼ばせてもらいますが、彼は毒島君の父親が経営する医療機器メーカーの主要取引先である病院の医院長の子息でした。毒島君は親同士の力関係上、Aからの要求を拒むのが難しい立場にありました。」
「ふむ。毒島君、付添人の方の今の発言に間違いはありませんか?」
「はい、ありません。俺は、あいつらの言いなりになって喧嘩の代役をしたり、あいつがトラブルを起こした時は身代わりをしたりもしていました。」
「それを家族や周囲の人間に相談したりはしたかい?」
「……いいえ、していません。」
多間木達に良いように扱われるのにはうんざりしてたけど、我慢できる範囲の事だった。
それに勉強して多間木より良い大学に合格したら、その時は完全に縁を切ろうと考えていた。
「…質問を続けるけど、喧嘩をしたり悪事の肩代わりをしたりをするのはとても辛い事だと思うよ。それでも君が彼らと関係を続けたのは、お父さんの事があったからかな?」
「お、親父はっ!……父は取引先の子とは仲良くしろよ、っては言いました。けれど喧嘩をしたり身代わりになったりしたのは全部自分で決めた事で…」
「君が彼らから言われるがままに、誰にも相談せずに決めたという事かい?」
「……はい。」
暗く沈んだ声を聴き、裁判長は手元に資料に何かメモを取る。
「もう一つ質問をするよ。君は被害者の女性がアパートの2階から転落するところを目撃したんだよね。その時、すぐに救急車を呼ぼうとは考えなかったのかな?」
「っ!?」
裁判官の質問に毒島の肩がビクリッと跳ねあがり表情が強張る。
言葉に詰まり、荒く呼吸をする毒島を裁判官は無言でジッと見つめた。
「……そ、その時は…思いつきませんでした……」
強い後悔の滲んだ声で毒島が絞り出す。
その目には涙が浮かび、大人びた背中は細かく震えていた。
「気が…動転していたんだと思う……多間木に…あいつに彼女が死んだ原因を作ったお前も共犯だって言われて……本当に自分も共犯のような気持ちになって……気づいたら…埋めて…」
「…被害者の女性が本当に亡くなっているか確認したんですか?」
「…していません………あの時は死んだと思ったんです…でも…もしかしたら……」
毒島は顔を右手で押さえ奥歯を噛み締める。
もしかしたら、まだ息があったかもしれない。
もしかしたら、すぐに救急車を呼んでいれば助かったかもしれない。
「俺が…埋めちまったせいで可能性が無くなった。何で俺は…あの時…」
「…その後君は、Aから被害者を拉致監禁した事実を肩代わりするように頼まれて引き受けたとあるけど、どうしてそんなことを?」
「………親父の工場はアイツの親父の病院の発注で成り立ってた部分があったんだ。だからアイツが捕まったら、病院からの発注が無くなって工場が倒産するって…罪を被ってくれるなら、父親に頼んで工場との契約を続けるって…」
「…付添人の方、この件について実際にAからAの父親に口添えはあったのでしょうか?」
「確認されていません。また、毒島君のお父様の会社は毒島君の逮捕後にAの父親の病院を含め関係各所から取引が打ち切られ工場の操業が停止された事により既に破産手続きを行っています。」
多間木は父親に毒島の会社を助けるような口添えは一切していない。
だが例えしていたとしても、彼の父親が息子に頼まれたくらいで凶悪犯罪に手を染めたとされた毒島の父親の会社と取引を続けるのは難しかっただろう。
「では、毒島君の保護者の方は職に就いておられないのですか?」
「いえ、現在は事情を知る同業の方の会社で雇って頂き、そちらで働かれています。経済的には自立しており、住居も確保できてますので毒島君を扶養する事も可能です。」
「つまり、今後毒島君はお父様と一緒に生活されるつもりだと言う事ですね。」
「はい。そう考えています。」
珠樹の返答に頷くと、裁判官は毒島の方に視線を向け優しく問いかける。
「毒島君、君は今後社会に出たらどうしたいかな?」
「…………自分の事はまだ分からねぇ………でも、出来ることなら…」
毒島は目を潤ませ、声を詰まらせながら答えた。
「アイツに……十神に謝りたい……俺みたいなヤツに関わったせいでアイツは……」
「………君が犯した罪は、被害者を死なせた事では無いよ。彼女の死について君が責任を感じる事はあるかもしれないが、その罪まで背負おうとしても誰も幸福にはしないよ。」
そう裁判官が語り掛けると、毒島の目から一筋の涙が溢れ落ちた。
続いて毒島の父親に対する質問に移る。
まず最初に証言台に立った毒島の父に対し、裁判官は毒島にしたのと同じように本人確認の質問をすると、そこから我が子との関係性について質問した。
「息子さんの話では、息子さんに対して事件の首謀者であるAと仲良くしろと言っていたそうですが、それは事実ですか?」
「はい…陸が小学生の頃だったと思います。多間木記念病院の医院長さんがウチで製造している機器を高く評価してくれて、以来ご贔屓にしてもらいました。それで一度ご自宅に招待して頂いた時に陸を紹介しました。」
毒島の父は淡々と、しかし体を縮こませるように曲げてゆっくりと裁判官の質問に答えていく。
それはまるで溢れ出しそうになる感情を押さえ付けているようにも見えた。
「息子さんは事件以前からAが犯した非行事実について肩代わりされていたそうですね。その事実はご存知でしたか?」
「…いいえ、知りませんでした。全て、陸がやった事だと…」
「では、息子さんがやったとされた非行事実に対して何か指導はされましたか?」
「………バカな事をするな、と言って叱りつけました。私は…全部息子がした事だと思って……」
毒島の父の声が大きく震える。
傾きそうになる体を手で支え、顔は深い後悔に歪んだ。
「私はっ!陸の優しさに甘えていたんです…仕事の忙しさにかまかけて、息子の事を見てやれてなかった!そのせいで…陸がどんなに苦しんで…追い詰められているか気付かなかったばかりか……息子が逮捕された時…信じてやれなかった……」
「…先ほどのお話で、息子さんの社会復帰後も一緒に暮らすという事を聞きました。その時、貴方は息子さんとどのような生活をしたいですか?」
「…今さらこんな事を言っても非常に烏滸がましいというのは重々承知しています。けれど、もう一度陸と一緒に暮らせたら、今度は陸に頼って貰えるような父親で有りたいです。陸が悩みを相談し、弱音を言ってくれるような。そんな…頼りにされる父親になりたいです。」
その言葉を座って聴きながら、毒島陸は顔を手で覆い肩を震わせていた。
次に付添人からの質問に移る。
再び毒島が証言台に立つと、珠樹が少しだけ語気を強め毒島への質問を開始する。
「毒島君、まず今回の事件について貴方は自身の行為で何が一番悪かったと思うかしら?」
「……お前も共犯だって言われて、死体を捨てるのに協力した事…」
「確かにそれも1つね。じゃあ次に、犯行の首謀者達は貴方から半ば強引にアパートの鍵を借りたり、自分達のトラブルを肩代わりさせたりしてたわね。どうして貴方はそれを引き受けたの?」
「だからそれは、親父の工場のことがあって、仕方なく言われた通りに…」
「警察の調べで最初に被害者を監禁、暴行したのを認めたのは何で?」
「…Aに親父の会社との契約を続けると言われて…あと、警察が証拠があるから罪を認めろって言われて…」
珠樹の質問に所々少し考えながら答えていく毒島。
すると珠樹は小さく息を漏らし、浮かび上がってきた毒島の問題点を指摘する。
「毒島君、貴方には他人の要求を大して考えずに何でも受け入れる傾向があるわね。」
「っ!?」
珠樹の鋭い指摘に毒島は激しく動揺する。
父親に言われたから多間木達と付き合った。
多間木達に言われたから何でも要求を受け入れた。
警察に言われたから事実と異なる罪を認めた。
「それは聞き分けが良いとも言えるけど、単に他人の意見に流されて自分の意思を示していないだけ、とも言えるわ。貴方は自分の人生に関わる重要事項でさえ、他人の意見を優先する。ううん、自分の意見を持とうとしてないわ。」
「………」
珠樹の厳しい指摘に毒島は黙り込む。
思い当たる事は多々あったからだ。
毒島陸は家族に対してさえも我を出すことは稀であった。
いつも周りの意見に流され、自己主張をする事を避けてきた。
もしそれが、自分で決めて行動するという事の責任から逃げていたのだとしたら…
「毒島君、貴方がA達に言われるがままに被害者の御遺体を遺棄するのに協力した事。これは動揺していたからかもしれないわ。けれどその後、ご遺体が発見されるまで何もしなかった事。それは被害者について考えることを放棄していたからじゃ無いかしら?」
「………かもしれません。」
「…そうだとしたら、貴方が今後もっとも改めなければならないのは、自分自身に責任を持つ事よ。今の貴方は、他人に考えることを委ねるばかりで自ら何が正しく、何をしたらどうなるか深く考えていないわ。それを改善できないようなら、貴方はいつまでも『少年』のままよ。」
「…はい。」
珠樹の指摘に毒島は蚊の鳴くような小さな声で返答する。
他人の考えに乗るばかりで自分の考えを持とうとしない。
もし毒島が多間木達と付き合いたくないとハッキリ意思を示し、親に相談していたら…
多間木達とまりなを埋めた後、直ぐに警察に自首して事実を打ち明けていたら…
この事件はまた違った形になっていたかも知れない。
「付添人からは以上です。」
「ありがとう御座います。それでは毒島君。最後に何か言いたいことはあるかな?」
「………はい。」
裁判官に聞かれ、毒島は静かに立ち上がると頭を下げた。
「この裁判で、俺がどんなに未熟だったか良くわかりました。俺が...どうしようもない流され者だって。きっと、被害者や遺族の人からしたら俺も人殺しの共犯には違いありません。だから、この罪は一生背負っていきます。それで、これからは自分の考えを持って、正しく生きていきたいです。」
・・・・・・・・・
休廷を挟んだ後、いよいよ判決が下される。
裁判官は最初の時と変わらず、優しく穏やかな雰囲気を持ったまま判決文を読み上げた。
「毒島陸君、君を保護観察処分とします。」
保護観察処分。
言葉としては知っている人間は多くとも、その詳細を知っている人間はあまり多くはないかもしれない。
その名の通り、非行をした少年の生活態度を観察し、社会の枠組みの中で更正を支援するものである。
その為、対象となる少年は少年院や少年刑務所といった収容施設には入らず、親元で日々生活しながら定期的に保護観察所にて保護観察官や保護司と面談し、最長で2年間観察指導と更正援護を受けることになる。
「ただ、これだけは忘れないで欲しい。保護観察処分は罰ではないかもしれないが、無罪では無い。君がもう二度と道を踏み外さないように見守る仕組みだ。君が犯罪に手を染めたという事実は変わらないよ。」
保護観察処分について説明した裁判官は真剣な目付きでそう諭す。
毒島はそれを黙って聞き入った。
「そして、君が犯した死体遺棄という犯罪は決して軽い罪ではない。君が友人達からの頼みを断るか、せめて犯行後に誰かに相談さえしていれば、被害者の女性をもっと早く、綺麗な状態で家族のもとに帰してあげれたかもしれない。それは分かるね?」
「…はい……とても、後悔しています。」
「その気持ちがあれば、きっと君は大丈夫だよ。これからの人生は、自分の行動に責任を持ち、自分自身を大切にして生きていって下さい。」
裁判官がそう締めくくり、毒島陸の少年審判は終結した。
法廷を出ると珠樹は大きく息を吐き、その後ろから続いて出てくる毒島の方を振り返る。
保護観察処分で結審したことにより、本日で毒島の身柄は解放され再び父親と共に生活を始める。
「毒島君、お疲れ様。よく頑張ったわね。」
「ありがとう御座います、野々宮先生。本当になんて礼を言ったら言いか…」
「良いのよ。畏まったお礼なんてしなくても。これから貴方が真っ当な人生を歩むこと。それが私達弁護士にとって何よりの報酬になるんだから。」
明るくそう笑いかける珠樹と恐縮し何度も頭を下げる毒島。
そんな2人に近寄ってくる人影があった。
「すみません。少しよろしいでしょうか?」
「はい?って、剣持さん。」
2人の前に現れたのは剣持であった。
少し緊張した様子で背筋を伸ばす彼に声を掛けられた珠樹は毒島の方に目線をやる。
毒島は剣持の来訪に驚いた様子を見せながらも、小さく頷いた。
「大丈夫です。何処か場所を移しますか?」
「いえ、この場で結構です。どうしても、彼に言わなければならないことがあるんです。」
そう言うと剣持は毒島に向かって深々と頭を下げた。
「申し訳ない!私は君の事を犯人だと疑い、不当に逮捕してしまった。その結果、君や君のお父さんにも大変な迷惑を掛けてしまった。謝っても赦されないとは承知しているが、本当にすまなかった!」
腰を90度に曲げた誠意ある謝罪だった。
その様に毒島は困惑してしまう。
「そ、そんなに謝らないでくれよ。大体、俺が十神を捨てるのに協力したのは事実だし、多間木の言われるがままに罪を認めたのは俺なんだから...」
「それでもだ。俺は警察官として、君や周囲の言葉が真実かどうか確かめる必要性があったのに、それを疎かにしてしまった。これは明らかに俺の、いや俺達警察の失態だ。」
もし珠樹が毒島の告発状を持ってこなければどうなっていたか…
想像もしたくない。
司法関係者にとって冤罪を作ってしまう事ほど恐ろしいことはない。
「………あの、刑事さん。だったら一つ頼みたい事があるんですけど、良いですか?」
「何だ?言ってくれ。」
頭を上げた剣持に毒島は自身の願いを口にする。
それは、自由を得た毒島が心より望んだ事。
贖罪への第一歩だった。
・・・・・・・・・
数日後、毒島の姿は都内の住宅街にあった。
通っていた学校の制服に身を包み、珠樹に付き添われて毒島はとある一軒家の前で歩みを止める。
そこには先んじて剣持が待っていた。
「来たか。ここが彼女の、十神まりなさんのご実家だ。」
剣持の説明に毒島は緊張で腹の底が引きつく様な感覚に陥った。
心臓が早鐘を打ち、油断すると足が震えそうになる。
「大丈夫、毒島君?」
「だい、じょうぶです。いけます。」
そんな毒島の異変に気付いた珠樹が気遣うが、毒島は気丈に振舞う。
「…先方には俺から連絡を入れてある。相手方も来て頂いて構わないと言っている。だから、あまり緊張しなくていいぞ。」
剣持もまた、毒島を勇気づけるような言葉を掛ける。
深呼吸をするように促し、毒島が多少落ち着いたことを確認すると剣持はインターホンを押した。
程なく、インターホン越しに音声が流れる。
『…はい?』
「どうも、剣持です。」
『…少々お待ちください。』
大して間を置かず玄関のドアが開かれる。
扉の向こうから現れたのは白髪混じりの中年男性であった。
記者をしているという、十神まりなの父親だ。
「ご無沙汰しております、十神さん。」
「お久しぶりです、剣持さん。その子が、例の?」
剣持に向けて軽く頭を下げたまりなの父が毒島を見据えながら問うと、毒島は勢いよく頭を下げた。
「は、初めまして!毒島陸と言います。今日はお会いして頂き、本当にありがとうございます。」
「弁護士の野々宮です。本日は陸君の付き添いとして同席させていただきます。」
「………どうぞ、お上がりください。」
そう言うと、まりなの父は背を向け自宅の中へと入っていく。
剣持に促され、珠樹と毒島がその後に続く。
3人はリビングに通されず、真っすぐに仏間へと案内された。
襖を開かれ中へと通されると、真新しい畳の香りが鼻を擽った。
「どうぞ、ご自由に手を合わせて下さい。」
まりなの父はこれと言って感情を出さずに仏壇を示す。
そこには、供え物に囲まれた十神まりなの笑顔の遺影があった。
毒島が息を呑むのを背に、珠樹が静かに頭を下げる。
「あらためまして、本日は御焼香の機会をいただき誠に有難うございます。」
「いえ。そうすると決めたのは我々なので。さあ、早く済ませて下さい。」
「あ、あの、ちょっといいですか!?」
緊張に声を上ずらせると、毒島は持っていた袋から菓子折りを取り出す。
「こ、これ、よろしければ受け取ってください!」
「………悪いが、持ち帰ってくれ。」
「…え?」
「今はまだ、君から受け取ったものを食べようという気にはならない。他の家族もそうだろう。受け取っても無駄にするだけだ。」
「……わかり、ました。」
「……さあ、早く線香をあげてくれ。」
にべも無くそう言われ、毒島は気落ちした様子を見せながらも仏壇の前に正座する。
震える手で線香を一本掴み、蠟燭の火に当てて静かに焼香し、目を強く瞑り手を合わせた。
剣持と珠樹もそれに続く。
果たしてどれ程祈りを捧げていただろうか?
まるで時が停まったように、3人は無心で十神まりなの冥福を祈った。
その様子を、真理奈の父はジッと見ている。
合わせた手を離すと毒島は正座したまま、まりなの父親の方を向いてもう一度深々と頭を下げた。
「本当に…すいませんでした…」
「………なんについての謝罪だ?」
「俺が……あなたの娘に何もしてやれなかった事にです…」
零れた涙が畳に染みる。
「……俺は弱い人間です。まりなさんは俺に優しくしてくれたのに、俺はその優しさに報えませんでした。それどころか、自分勝手な考えでまりなさんや沢山の人達を傷付けて、本当に、本当になんて謝ったらいいか…」
毒島の誠心誠意の謝罪の言葉。
それを聞いた瞬間、感情を表に出さないように努めていた被害者の父親の表情が初めて変わった。
怒りと憎しみ、それに憐憫が混じったような、見る者の心を締め付ける苦しげな表情であった。
彼はその苦痛に耐えるようにしながらも口を開こうとした、その時だった。
「いまさら何よ!!」
襖の扉が勢い良く開かれ、幼さの残る少女の叫びが響く。
十神まりなの3つ年下の妹である『十神えりな』だった。
その後ろから慌てた様子の青年が現れ少女を止めようとする。
「えりなちゃん!今はまだ会わない方が良いって。」
「青井さんは良いの!?だってこいつがお姉ちゃんに関わったせいでお姉ちゃんはあんな目に遭ったんだよ!!」
「だからって…えりなちゃん、今は落ち着いて。」
「そうだ。下がってなさい、えりな。」
青井と呼ばれた青年と父親がえりなを部屋から下げさせようとする。
しかし、えりなは真っ赤に泣き腫らした目で毒島を睨みつける。
「あんたが…あんたさえいなければ!お姉ちゃんは………帰してよ…お姉ちゃんを帰してよ!!」
「やめなさい、えりな!もういいから…やめなさい…」
父親は泣き叫ぶ娘を抱きしめ、涙声で宥める。
青井も、まりなと結婚を誓い合っていた恋人も後ろからえりなの背中を擦り苦しげな表情で歯を噛みしめていた。
そんな彼らに対して、毒島は掛けるべき言葉を持ち合わせていなかった。
十神家を出た3人は無言で帰路に就く。
剣持と珠樹に両脇を挟まれた毒島は、背中を曲げて時折肩を震わせながら重い足を引き摺っていた。
そんな彼の肩に剣持が腕を回す。
「俺たちは、あの人たちの姿を絶対に忘れちゃいけない。これから生きて行く限り。」
「…はい……はいっ!」
声を震わせながら、毒島は何度も何度も頷く。
冬の始まりを感じさせる寒風が、3人の背中を吹き抜けていった。
その後の彼ら…
・毒島陸
高校は中退するが、卒業認定検定を受けて大学を受験。無事医大に合格し医療機器メーカーへの就職を目指し勉学に励んでいる。
一方で被害者の家族に対して毎月必ず手紙を送り、自分の近況と共に謝罪の言葉を伝え続けた結果、事件から2年後に再び家族と面会し完全に和解する事が出来た。現在は毎月月命日に十神家と自身の父親と共にまりなの墓参りに行っている。
・多間木匠
裁判において全て毒島の指示だったと無罪を主張するが、検察が提出した数々の証拠により主張は退けられる。
更に改めて行われた毒島の事情聴取により窓から逃げようとしたまりなを妨害しようとした事が転落の主原因だと認められ、傷害致死で立件される。
結果、悔悛の情や情状酌量の余地が一切無いと判断され懲役10年の判決を受ける。即日控訴するも棄却される。
その後、刑務所に収監される。現実の刑務所だと性犯罪者は所内でイジメを受けやすいという話があるが、多間木の場合は顔立ちは比較的美形のため、まあそういう類のイジメを受けた。
刑期満了により出所するが、流石に青年期の10年を刑務所で過ごした影響は大きく、いい意味で性根は叩きなおされた。
出所後は父親の監視下の元、田舎の医療施設で施設管理の仕事をしている。
・魚崎葉平
当初は多間木と同じように毒島に全てを被せようとしたが、裁判の流れが悪いと判断すると早々に多間木を見限り自身の関与と多間木が主犯格であることを認める。
裁判では従属的立場であると認められ、懲役7年の判決となる。
幸い服役中に不良仲間との縁が切れた事や社会復帰訓練が上手くいった事も有り出所後には仕事にありつき特に問題なく生活している。
ただし、被害者遺族に対する損害賠償や謝罪は本人も親も行っていない。
後年、事件について記者が取材を申し込むが「自分は既に刑に服し社会復帰している。賠償金については親が支払うからもう関わらないでくれ。」と取材を拒否した。