殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
翌朝、村は前日とは打って変わって騒然としていた。
教会の回りには何台ものパトカーが止まり、村外から来た警察官で溢れ返っている。
昨晩、教会で首無し死体を発見した珠樹達は直ぐに警察に通報した。
通報を受けた最寄りの警察署は殺人の可能性が高い重要事案と判断し、県警に応援を要請。
翌朝には近隣の所轄から人員を動員し、捜査本部が設置される運びになったのである。
一方で珠樹と恭一郎の目の前で転落した若葉は、館へ運ばれた後に村の医師による診察を受けた。
幸い命に別状は無かったが、腰の骨を折る重傷のうえ、頭を打った影響か未だに目を覚ましていない。
そんな喧騒に村が陥る中、珠樹と恭一郎は風見鶏の館の一室にて警察の聴取を受ける事になった。
2人が部屋で待機していると、髪を真ん中で分けたスーツ姿の男性が現れ、2人に対し警察手帳を見せる。
「青森県警の俵田です。今回、現場での捜査指揮を行う事になりました。ご協力よろしくお願いします。」
「弁護士の野々宮珠樹です。」
「同じく古舘恭一郎です。刑事さん、発見された御遺体は兜霧子さんのものだったんでしょうか?」
「ちょっと恭一郎先生。」
挨拶もそこそこにいきなり質問する恭一郎に、俵田は眉をひそめる。
珠樹も不躾な態度を嗜めようとするが、それよりも先に俵田が手で制する。
「ああ、お気になさらず。その辺りについてもお話しようと思っていたので。」
そう言うと、俵田は珠樹達の対面のソファに座った。
「まず御遺体の身元ですが、鑑識によると遺体は10代から20代の若い女性であり、状況や身体的特徴から兜霧子さんのものである可能性が非常に高いと思われます。今後は指紋やDNA鑑定により身元を確定する事になるでしょう。それと、つい先程現場近くの茂みから女性の頭部が発見されました。現在兜礼二氏に確認をとる準備をしていますが、これもおそらく兜霧子さんのものでしょう。」
「そんな…」
俵田の説明に、恭一郎は肩を落とし沈痛な面持ちになる。
「…霧子さんとはお知り合いだったんですか?」
「ええ、まあ。とはいっても、出会って数日でしたけど。昨日も話をしました。」
「…心中お察しします。ところで、お二人は東京の方だそうですが、どうしてこの村に?」
「ええと、端的に言えば謝罪の為ですね。」
珠樹は俵田に対し六角村を訪れた表向きの理由を説明する。
その話を俵田は興味深そうに聞いていた。
「依頼人の娘が不純異性交遊をしたのを見逃した謝罪に、ですか。こう言ってはなんですが、その程度の事でこんな田舎まで来る必要があったんですか?」
「まあ、時田さんとは長い付き合いなので。詳しい話は弁護士の守秘義務に関わるので御容赦を。」
弁護士には仕事上知り得た情報を秘密にする義務の他に、法に反しない範囲で依頼人の承諾無しに依頼人の利益を害してはならない義務がある。
時田氏に麻薬の製造、密売の疑惑がある事を警察が把握しているかは分からないが、確定していない事で依頼人である時田氏に不利益を被らせる事は出来ない。
そのような判断をし、珠樹達は六角村に来た本当の理由を警察には語らなかった。
「ふうむ。分かりました。そういうことにしておきましょう。では事件のあった時の様子について、出来るだけ詳しく、分かる範囲で教えて下さい。」
そこから珠樹と恭一郎はパーティーから遺体発見までの出来事について話し始めた。
特に俵田が詳しく説明を求めたのが若葉を発見した時の状況である。
何度も何度も、珠樹と恭一郎の双方から鐘楼塔の梯子に人がいるのを見つけ、それが転落する様子を話させた。
気づけば、時計の長針が一周していた。
「さて、取り敢えずはこの程度で良いでしょう。御二人ともご協力感謝します。」
「いえ。一刻も早い事件の解決を願っています。ところで、1つ私からも質問をよろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?答えられる範囲であればお答えします。」
「警察は若葉さんを霧子さん殺害の重要参考人として見ているのでしょうか?」
珠樹の唐突な質問に恭一郎が驚愕する。
一方で俵田は無表情で感情を伺うことは出来ない。
あるいは、表情筋を律し感情を表に出さないよう努めているようにも見えた。
「…質問に質問で返して申し訳ないが、なぜそのように考えたんですか?」
「あくまでも推測ですが、よくよく考えてみれば若葉さんを疑うべき点は多くあるように感じたからです。本来教会にいるはずの若葉さんが教会の外で発見され、代わりに霧子さんの遺体が教会内にあった。しかも若葉さんが霧子さんのドレスを着て、霧子さんが若葉さんのドレスを着ていた。なによりアレだけしつこく若葉さんを発見した時の事を聞かれれば、警察が彼女を重要視してると嫌でも分かります。」
珠樹が俵田の顔を確認すると、俵田の目尻がピクピク動いていた。
「それに動機もあります。若葉さんは学校の教師である小田切さんと交際していましたが、その関係が明らかになり実家に連れ戻され、許嫁と結婚させられる事になっています。昔ならともかく、現代の若者の感覚からすれば少々時代錯誤な扱いだと思われるかもしれません。それに反発し、親元から離れたいと考えてもおかしくありません。」
「ちょっと待って下さい野々宮先生!まさか動機って…」
「ええ、そうよ。若葉さんは自分の身代わりに霧子さんを利用し、結婚から逃げ出そうとした。」
「なにを言ってるんですか先生!霧子さんと若葉さんは幼馴染みですよ!それに入れ替わって逃げるだけなら殺す必要も、首を切る必要も無いじゃないですか!」
「入れ替りの発覚を遅らせるため、ってのはどうかしら?霧子さんに身代わりを頼んで入れ替わったとしても、翌朝になれば事は発覚する。だから入れ替わった上で霧子さんを殺害。その首を隠す事で自分は死んだと思わせて、その間に逃走する。こう考えれば辻褄は合うんじゃない。」
珠樹の説明に恭一郎は言葉を失う。
俵田も表情こそ変わらないが瞳の奥には感心の色が見えた。
「とはいえ、さっきも言ったようにこれは警察が若葉さんを疑っているという前提に基づいた推測です。警察が調べれば直ぐに入れ替りは発覚しただろうとか、鐘を鳴らした理由とか、色々ガバガバなところがあるんで真面目に考えないで下さいね。」
「………そうですね。でも、なかなか面白い推測だとは思いますよ。それと、我々が時田若葉を重要参考人として見てるかどうかですが、あいにく捜査情報に関する事なので御答えする事は出来ません。我々にも守秘義務がありますので。」
「…はい、それはもちろん重々承知しています。変な質問をしてしまい申し訳ありません。」
「いえ、そんなことは。非常に参考になりました。それでは、今日のところはこれで。」
「ああ、最後に1つだけ。お願い事をしても良いですか?」
「…可能な範囲の事であれば。」
「ありがとうございます。仮にどのような合理的な理由があろうとも、未成年、それも重大な怪我を負っている人間を重要参考人として取り調べる場合には、その人の心身並びに社会的立場に対して十分な配慮をした上で行って下さい。それが双方にとって、より良い結果に繋がりますので。」
「……ご忠告痛み入ります。ですがご心配なく。我々もプロですので。弁護士さんが近くに居るところで、無作法な真似はしません。」
「それを聞いて安心しました。一刻も早い事件解決をお祈りします。」
お互いに皮肉まじりの言葉を交わすと、俵田は鼻を鳴らして部屋を出ていく。
残された2人の間に暫し無言の時間が流れるが、程なくして恭一郎が深刻な面持ちで口を開く。
「さっきの話、本気ですか?」
「…若葉さんが霧子さんを殺したかもしれないって話?」
恭一郎は無言でうなずく。
「………何とも言えないわねぇ。全ての捜査情報を得てるとは言えない。けどいま手元にある情報を見ると、どうしても若葉さんが何かしら事件に関与しているとしか思えないわ。」
「……これからどうするんです?」
「………どうするって?」
「決まってるじゃないですか!?このまんま警察に捜査を任せっきりにするのかってことですよ!彼らは明らかに若葉さんを疑っている。このままじゃ早晩に彼女は霧子さん殺害の容疑者にされちゃいますよ。」
「だからこそ、さっきの刑事にも釘は刺しといたでしょう。あの様子なら目を覚ましても医者の許可が下りない限り、身柄の拘束どころか事情聴取だってされないわ。」
「でも…それだと、彼女が疑われている事は変わらない…」
「…ねえ、恭一郎先生、一つだけ確認するわね。先生は若葉さんを助けたいの?それとも、若葉さんの潔白を信じ彼女の疑いを晴らしたいの?弁護士として向き合う上で、これは似ているようで全く違う事よ。」
珠樹の顔には、普段の彼女からは想像できない厳しさがあった。
それは弁護士としての顔であり、新米の後輩に指導する先達者の顔であった。
その表情に恭一郎は一瞬怯むが、真っすぐにその眼を見返した。
「俺は、若葉さんが霧子さんを殺害したなんて信じたくないだけかもしれません。昨日見た霧子さんは、本気で若葉さんの門出を喜び、心から祝福しようとしていたように見えました。そんな彼女が、祝福しようとした相手に殺されるなんて理不尽を信じたくないんです。」
「…じゃあもし、本当に若葉さんが霧子さんを殺害していたらどうするの?」
「その時は弁護します。」
珠樹の質問に恭一郎は迷いなく答えた。
「刑事事件における弁護士の使命は、誤った道に進んだ人を立ち直らせる手助けをする事。そのように僕は思っています。若葉さんが自分たちの幸せの為だけに友人を手に掛けるなんて信じられない。でももし本当に罪を犯しているのなら、そこにはもっと深い理由があると思うんです。その理由を明らかにし、裁判で弁護し、罪と向き合わせ、更生するのに相応しい処遇を求める事。それが僕たち弁護士がやるべき事だと思います。」
その言葉は夢見がちな理想論かもしれない。
ただそれは紛れもなく、弁護士バッジを胸に付けたばかりの新米弁護士が、胸の奥に宿る誇りと情熱を込めた言葉であった。
「………はぁ、本当に、あの可愛かった恭一郎君はどこに行っちゃったのかしら。」
「は?なんのことです?」
「随分と立派になっちゃったなぁ、って話。仕事中じゃなかったら惚れてたかもね。」
「か、からかわないで下さいよ!俺は本気で!」
「ごめんごめん。別にからかうつもりは無いの。ただちょっと、恭一郎先生の熱量に当てられちゃったみたい。」
そう言うと、珠樹は自分のカバンからデジカメを取り出した。
「昨日御遺体を発見した時、すぐに教会から人を出したじゃない。現場保存の為だと言って。その時、一応写真を撮ってたのよ。今後の捜査の役に立つんじゃないかと思って。」
「確かにそんなことしてましたよね。でも、データは警察に渡したはずじゃ…」
「手元に証拠品を残してないとでも思ってたの?こういうのって検察の手に渡ると裁判が開始するまで開示されなくなっちゃうのよ。だからもし証拠品が何らかの形で手に入った時は、控えを用意しとくのが鉄則よ。」
珠樹はそう説明をしながらノートパソコンを立ち上げると、画像ファイルをクリックする。
するとそこには、昨晩撮影された現場写真のデータが残されていた。
「いつの間にこんな。これって問題になりませんよね?」
「もともと私物のカメラで私が撮った写真よ。同じデータは警察にも渡してあるし、部外に流出させない限り問題無いわ。さっ、調べましょう。」
「調べるって何を?」
「先生が言ったんでしょ。若葉さんが霧子さんを殺害したとは思えない。殺害したのだとしたら何か深い理由がある筈だって。それを調べるのよ。それとも、さっきの言葉は嘘だったの。」
どこか楽し気に挑発する珠樹に、恭一郎は込み上げるものを感じながらも前のめりになって頭を下げる。
「野々宮先生!ありがとうございます!」
「はいはい。じゃあ早速だけど画像を出すわね。何か気になる点があったら教えてちょうだい。」
珠樹が画像をクリックすると、画面いっぱいに現場の写真が広がる。
光量は乏しく所々不鮮明な部分はあるが、それでも遺体が安置された寝台を中心に事件発生直後の教会の内部の情景が写し出されている。
「発見した時、御遺体はまだ温かかったわ。たぶん死後2時間は経っていなかったはず。」
「パーティーが始まって霧子さん達が教会に向かったのが午後9時ごろ。俺たちが差し入れをしに教会に向かって若葉さんを発見したのが午後11時半。その後教会内で遺体を発見したのが午後12時前後だとすると、パーティーに参加していた人達にはアリバイがありますね。」
「首を切断されたにしては出血の量が少ないわ。たぶん別の手段で殺害された後に切断されたのよ。それと、着衣に皺や乱れがあまり見られない。生前の内に服が入れ替わった可能性が高いわ。」
「それってやっぱり、霧子さんと若葉さんが自主的に服を交換したって事ですか?」
「そう考えるしか無いわね。」
珠樹の下した推論に、恭一郎は再び暗い表情になる。
下された推論に異存は無い。だがそれは、若葉が霧子殺害に関与している可能性を高める内容だった。
何か他に手掛かりはないか?
恭一郎は少しでも事件の解明に繋がる証拠を探して目を凝らす。
すると、画面に写るウエディングドレスの端に奇妙なものを見つけた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「いや、ドレスの裾に何か書かれてませんか?」
恭一郎はタッチパネルを操作し当該箇所を拡大する。
するとそこには、当時は気が付かなかった何者からのメッセージが残されていた。
「『花嫁の首は 七人目のミイラが もらいうけた』?」
「野々宮先生、昨日のパーティーで見た時にはこんな文章は書かれていませんでした。内容からしてもこれは間違いなく加害者が残したものです!」
「それは分かるけど『ミイラ』って何?何故に急にミイラ?」
「それってたぶん館にある七体のミイラのことじゃないかな~?」
「「うわああっ!?」」
突如として背後から掛けられた声に仰天し、2人は悲鳴を上げて後ろを振り返る。
するとそこにいたのは…
「はっ、はじめくん?」
「どうも!すいませんね、驚かせちゃって。」
胸に手を当て心臓を落ち着かせようとする珠樹に対し、一は両手を合わせて下を出す。
その後ろでは、幼馴染みの美雪が申し訳なさそうに頭を下げている。
「いや、それよりも、どうして君たちがここに?」
「それが、若葉ちゃんのお家が色々慌ただしくなって居づらくなったんです。そしたら風祭さんから『こっちに移ったらどうか?』って言われて移動してきたんです。」
恭一郎の質問に美雪が答える。
よく見れば2人の足元には旅行かばんが置かれていた。
「それじゃあ、小田切先生もこっちに?」
「いえ。先生は警察から事情を聴かれてて、まだしばらくは…」
「ありゃ完全にマークされてるぜ。たぶん、若葉の共犯者って見られてるんだ。」
小田切と若葉が肉体関係のある交際をしている事は警察も把握している。
もし若葉が結婚から逃れるために霧子を身代わりにしたというのなら、小田切が何かしらの助力をしていると容易に考え付くだろう。
「なるほど。最重要容疑者が話を聞けない状態だから、共犯者の疑いがある人間から攻めるわけね。警察も考えるわねぇ。」
「警察の思惑も理解できますけど、あまりに露骨すぎますね。どうします、抗議しときます?」
「それはまだ早いわ。不必要な身体拘束や長時間の聴取となれば抗議できるけど、いまのところ常識的な事情聴取の範疇ね。それよりも、はじめ君、さっき言ってた『館にある七体のミイラ』って何の事?」
「ああ、この村の六つの家と教会に伝わる体の欠けたミイラの事ですよ。」
そう言って、一はここに来る前に風祭から聞いたという話を聴かせる。
曰く、この村には七体のミイラがあり、六家が1体ずつ、教会に1体保管されている。
ミイラの体にはそれぞれ欠けた部分があり、欠損しているのは全て別々の部位である。
ミイラは古くから伝わる村の守り神のようなものである。
「…おかしいわ。」
一から話を聞いた珠樹は、即座にその不審点に気が付いた。
「教会にミイラを安置?しかも村の守り神として?あり得ない。キリスト教にしろユダヤ教にしろ一神教よ。大体この村は100年前に宣教師たちの手によって開拓されたのが成り立ちの筈。七体ものミイラの由来はいったいどこなの?」
宗教観がぐちゃぐちゃとかいうレベルの話ではない。あまりにもこの村の信仰は矛盾で塗れている。
まるで村の外には漏らせないような秘密を、しきたりの名で覆い隠しているようにすら見えた。
「気になるんなら実際にミイラを見せて貰ったらどうですか?俺もなんか珠樹先生の話聞いてたら気になって来たし。」
「…そうね。グダグダ悩むよりもそっちの方が早そうだわ。はじめ君、あなた達はもうミイラは見てるの?」
「若葉んちのなら偶然見ちゃって。この風見鶏の館のやつはまだ見てないすけど。」
「OK。だったらこれから風祭さんに話をして見せてもらいましょ。」
一の提案に乗る形で珠樹達は揃って風祭にミイラを見せてもらう事にした。
しかしその道中、恭一郎が一と美雪に聞かれないように注意しながら珠樹に耳打ちする。
「いいんですか、彼らを関わらせて。あんまり未成年を深入りさせるのは良くないと思いますけど。」
「それは私も思ったけど、彼らも友達に殺人の容疑が掛かって気が気でないんでしょ。寧ろここで拒絶したら、自分達だけで突っ走りそうで怖いのよ。特にはじめ君の方は。」
「……まあ、確かに。」
恭一郎は、頭の後ろで手を組み能天気な顔で着いて来る一の方をチラリと見て同意を示す。
そうこうしている内に風祭の部屋に到着し、事情を説明すると戸惑いながらも快くミイラを見せて貰えることになった。
「しかし、なぜミイラを見たいなどと?」
「発見された御遺体が着ていたドレス、それに『七人目のミイラ』と名乗る人物からのメッセージが残されていたんです。はじめ君からこの村で管理されているというミイラの話を聞いて、一度実物を見てみたくなったんです。」
ミイラが安置されているという地下室に向かいながら風祭が尋ねると、珠樹は貼り付けたような笑みを浮かべて答える。
その説明に風祭は納得したのか、特に疑問を覚えた様子もなく珠樹たちを人が入れそうなサイズの木箱の前に導いた。
「これが我が家が管理しているミイラです。」
風祭が箱の蓋を開けると、左胸部から右腕に掛けてが欠落した黒褐色の干からびた人型のミイラが入っていた。
「…手に取って見せて貰っても?」
「ええ、丁寧に扱っていただけるなら。」
風祭の了承を得ると、珠樹はおっかなびっくりにミイラに触れてその質感を確かめた。
恭一郎と一もその横から顔を出し、興味深げにミイラを検分する。
ミイラの身長はおおよそ130㎝。骨格の形や大きさからして恐らく人間のもの。欠落した部分以外に人の手が加えられた様子は無い。
表面は完全に乾燥しており、触ればザラザラとした質感が指先に感じる。
暫しの間、難しい顔でミイラを触っていた珠樹だったが、突如として目を見開くと身を竦ませるようにしてミイラから手を離した。
「どうされました?」
「あっ、ええと、ごめんなさい。とても参考になりました。ちょっとすいません、お手洗いに!」
捲し立てるように言うと、珠樹は顔を青くして部屋から走り去った。
「えっ!ちょっと、野々宮先生!?」
駆け足で部屋を出ていった珠樹に呆気にとられた一同であったが、すぐに恭一郎が我に返ると後を追った。
珠樹は階段を上がってすぐ近くにトイレに入ると、便器に向かって胃の内容物を吐き出した。
腹の中が空っぽになり、口いっぱいに不快な酸味が支配する。
粗方吐瀉物を出し尽くして洗面所で口を濯ぐが、胸に込み上げた不快感は拭えず、珠樹は壁に寄り掛かると荒い呼吸をする。
「野々宮先生っ!?大丈夫…ですか…」
追いかけてきた恭一郎は、今にも崩れ落ちそうになっている珠樹に動揺する。
付き合いの長い彼からしても、ここまで珠樹がショックを受けた様子は記憶にない。
「ああ、ごめんね、恭一郎先生。ちょっと、具合が悪くなっちゃって。もう大丈夫だから。」
「大丈夫なわけないでしょ!このハンカチを使って下さい。それと、何か欲しいものとかありますか?」
「うん。今は大丈夫かな。それよりも、適当な理由を着けてはじめ君と美雪ちゃんを呼んできて。一緒に俵田刑事の所に行くわ。」
「ど、どういう事です。」
「悪いけど事情は俵田刑事の所で話すから。風祭さんには、上手く誤魔化して。」
「っ!分かりました。」
ただならぬ珠樹の様子に緊急性を感じ取った恭一郎は、珠樹の言葉を信じ風祭達の元に戻る。
風祭は珠樹の事を心配していたが、恭一郎から急な腹痛で今はもう大丈夫だと聞かされるとひとまず安心した。
その場でいったん解散する流れになったが、地下室を出る間際に一に対して耳打ちをする。
「野々宮先生が君たちと警察との間で話したいことがあるそうだ。手間を掛けるが、この後館の外に来てくれ。」
一は少し驚いた様子を見せるが、恭一郎の真剣な表情を見ると黙って頷いた。
その後、体調の回復した珠樹と共に『気分転換』を理由に外に出ると、先に待っていた一と美雪に合流。
詳しい事は警察の前で、と念押しし4人は俵田刑事のいる『時計の館』へと向かった。
『時計の館』の前には数台のパトカーが停まっており、館の周囲には数人の制服警察官が張り付いていた。
入口の警察官に弁護士バッジを見せ「俵田刑事に話がある。」と伝えると、すぐに一昨日に十三氏と面会した応接室へと通された。
待つこと1分足らず、仏頂面の俵田刑事が現れるが、俵田は一の方を見ると顔を顰めた。
「弁護士先生が話があると訪ねてきたと聞いたんですが、なんでキンダニのガキがいるんだ?」
「おい、おっさん、キンダニじゃなくて金田一一だって言ってんだろ!」
「そんな事はどうでもいい。弁護士先生、話ってのはなんですか?こちらも暇では無いんですがねぇ。」
「お忙しいのは重々承知しています。ところで、関係者からの証言は全て取れたんですか?」
「…主だった関係者からは一通りに、といった所でしょうか。これ以上は捜査情報に関わりますので。」
「おーい、おっさん。そんな口の利き方して大丈夫なの?また東京に電話しちゃうよ。」
「うるせえな!俺は今こっちの先生と話しているんだよ!」
珠樹との会話に茶々を入れる一に俵田が怒鳴る。
どうやら珠樹たちの所にくる以前に2人の間で何やらあったらしい。
「それよりも、話というのは捜査情報の確認ですか?でしたら、今のところ部外者にお伝え出来る事はありませんよ。」
「いえ、こちらから捜査情報を提供しようと思って。先程風祭さんの館で、事件に関係しているかもしれない重大な情報を手に入れました。」
「…ほう。」
珠樹の口ぶりに俵田の目が一変する。
一を怒鳴った時と違い、刑事の顔つきになっていた。
「その話をする前に、先程の聴取の際、今回この村を訪れた目的は時田氏に謝罪するためと申しましたが、それは表向きの理由です。」
「表向きの…という事は、別の目的があったわけですね?」
「はい。その目的は、東北や北海道を中心に流通している国産違法薬物、その売買に時田氏が関わっている疑いがある事の調査の為です。」
「なるほど、違法薬物の調査ねぇ………はぁっ!!違法薬物!?」
予想外の言葉に俵田も目を剥く。
「簡単に説明しますと、以前から我が事務所で管理している時田氏の資産に怪しい動きがあり、それが麻薬によるものでは無いかという疑念を確かめるために我々はこの村に来ました。この件はクライアントである時田氏の意に添わぬ不利益な情報に当たるため、これまで警察にはお伝えすることは出来ませんでした。」
「そ、そうでしたか。しかし、なぜ今それを?」
「一つは既に殺人事件という重大事案が発生している為。そして本事案に関し、我々が調査していた麻薬疑惑が関連している可能性があると判断した為です。下手をすれば、2次的、3次的に被害が拡大する恐れもあり、はじめ君や美雪ちゃんも含め私達の安全を確保することが最重要だと考えました。」
「……分かりました。あなた方の安全について、警察の威信にかけて保護しましょう。」
「ありがとうございます。」
「それで、事件に関わる重大な情報とは?」
「…この村には村の守り神とされる7体のミイラが六つの館と教会に保管されています。そのうち『風見鶏の館』で管理されている1体を先程ここにいる4人で確認しました。ねっ?」
珠樹が振り向きながら確認すると、恭一郎と美雪が黙って頷く。
「ミイラの表面は非常に乾燥しており、左下胸から右腕に掛けて欠損していました。ところで、俵田刑事はミイラがどのようにして作成されるかご存じですか?」
「え?ええと、たしか内臓を取り出してから包帯でぐるぐる巻きにして乾燥した場所に置く、とかですかね?」
「それはエジプトなどで広く用いられた方法ですね。それ以外にも、マヤ文明では高所の寒冷地帯に遺体を置く方法や、薬品などを使い防腐処置をして作成する場合があります。日本でも、ミイラとは少し違いますが即身仏という餓死の末に生きたまま仏に成る修行がある他、『八つ墓村32人殺し』を犯した田治見要蔵のように、死後に鍾乳洞のような特殊な環境に置かれた遺体が蝋化して『屍蝋』という状態になる場合もあるそうです。」
「は、はぁ?それが、この村のミイラと関係が?」
「先程も言ったように、この村のミイラは完全に乾燥した状態でした。けれど高温多湿な日本の気候で、自然現象を利用してこのようなミイラを作成するのはほぼ不可能です。つまり、ここのミイラは何かしらの人為的な要素により作られた、いいえ、出来てしまったものだと思います。例えば、燃え難い石造りの建造物の中で、長時間蒸焼きにされるというような。」
「それってまさか!27年前の教会の火事!」
美雪が悲鳴にも似た声を上げる。
それに対し、珠樹は同意を示した。
「うん。多分そうだと思う。ミイラの大きさは130㎝弱。生きていた時は140㎝後半から150㎝中頃の身長だったと思うの。詳しい事は専門の鑑定が必要だけど、恐らく10代の女性じゃないかしら。」
「確か27年前の火事では、牧師夫妻の7人の養女も犠牲になってるはず。ていうことは、七体のミイラは火事で犠牲になった七人の養女!?んなバカな!?」
恭一郎もあまりにも突飛な推測を反射的に否定してしまう。
だがそれに反論したのは意外な人物だった。
「いや、俺はあながち間違いじゃ無いと思うぜ。」
「金田一君、君まで。」
「さっきミイラを見た時口の中を覗いたんだけどさ、歯に治療跡があったんだ。」
「なっ!そりゃ本当か!?」
「ああ、機械で削った跡がバッチリな!あのミイラは大昔からの守り神なんかじゃない。間違いなくここ数十年以内にミイラに加工された遺体だ!」
強い口調で断言する一の迫力に俵田も押され、腕を組むと目を瞑って考え込んだ。
「…今回の事件の犯人は『七人目のミイラ』を名乗り、遺体が着ていたウエディングの裾にメッセージを残しています。仮に各家にあるミイラが27年前の火災の犠牲者のものだとすると、事件の発端にはその火災が関係していると考えられるわけですか。」
「そう考えて良いかと。加えて麻薬密造の疑惑を併せると、27年前の火災も単なる失火ではないのかもしれませんね。」
「それってまさか…」
「疑惑が真実だった場合、この村では以前から麻薬の密造が行われていた事になります。しかし、もし密造が外に漏れれば、それを主導した人間のみならず村そのものにも大きな影響がでるでしょう。秘密は守らなければならない。それが村における絶対的な掟だった。ところが、正義感からか、はたまた密造を巡る軋轢からか、村の秘密を外に漏らそうとする輩が現れた。村の名士として、黙って見過ごす訳にはいかない。口封じが必要である。」
「つまり牧師夫妻と養女達は、麻薬に関するトラブルで館の主人達に殺害されたのかっ!?」
「あくまでも私の推測に過ぎません。ですが霧子さんを殺害した犯人が『七人目のミイラ』を名乗った意味と、ミイラの正体が火事の犠牲者である可能性がある事を考えると、若葉さんが駆け落ちをするために起こした事件という単純な構図には思えなくなったんです。」
「…館の主人たちがわざわざミイラを保管している理由は何なんだ?」
「秘密を共有する証拠。あるいは、お互いに監視し合っているという戒めかもしれませんね。あくまでも、推測ですが。」
「…推測ね。」
俵田は珠樹の話を聞き終えると、思い詰めた表情で腕を組み考え込む。
程なく腕組みを解くと、深く溜め息を吐き頭を掻いた。
「確かに、明確な証拠は1つとして無い推測ではあります。しかし、無視して良い意見とも思えませんな。」
「それじゃあ!」
「本部に増援を要請しましょう。マトリやマル暴からも人員を送ってもらい、27年前の火災についても調べ直してみます。」
ずいぶん昔の事なんで資料があれば良いんですが、と言いつつも俵田が珠樹の話に興味を持ち、村の秘密を徹底的に調べようとしているのは明らかだった。
「ああ、そうだ。キンダニ、お前らはもう村を出ろ。とてもじゃないが、これ以上は学生が関わって良い範疇を越えてる。」
「そんなもんとっくの昔に越えてるっつーの。だいたいここまで来て降りられるかってんだ。」
遂に解決に向けて捜査が動き出したのを前にして、一はメラメラと瞳の奥を燃やしていた。
それは真実を明らかにしようとする者の眼であった。
「絶対にこの謎を解いて、『七人目のミイラ』の正体を明らかにしてやる!」
「名探偵と呼ばれた、ジッチャンの名にかけて!」