殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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なぜ犯人は『七人目のミイラ』を名乗ったのか?

 俵田との話を終えると、珠樹達は教会へと来ていた。

 既に鑑識による調査は終えており、出入口を警備する制服警官以外に人はいない。

 

「俵田刑事は許可してくれたけど、昨日殺人事件があったばかりの現場をこうして調査出来るなんて不思議な感じよね。」

 

「まあ、普通は無いですね。それだけ警察も密室の謎に手をあぐねてるって事ですかね?」

 

 珠樹と恭一郎はその様な会話を交わしながら、内開きの窓の鍵を確認していく。

 

 兜霧子殺人事件における最大の謎。

 それは現場が密室状態にあることだった。

 

 遺体発見当時、出入口はもちろん壁に付けられた窓にも鍵が掛かっていた。

 しかも窓には全て鉄格子が付けられており、子供であっても窓を潜って中に入る事は出来ない。

 唯一天窓には鍵が掛かっておらず自由に開け閉めが出来たが、ここにも鉄格子が付いており頭を通すのが限界である。

 ここまでは既に警察も把握している。

 

 珠樹と恭一郎は何か手掛かりはないかと部屋の窓や扉を全て見て回るが、何一つ糸口になりそうな物は見つからず頭を悩ませる。

 

 その一方で、2人に着いてきた一と美雪は霧子の遺体があったベッドの前に佇んでいた。

 

「はじめちゃん、ベッドがどうかしたの?」

 

「……俺たちがウィンチで無理矢理ドアを壊して教会に入った時、このベッドの上には首の無い兜霧子の遺体があった。若葉のウエディングドレスを着て。そうだったよな、美雪?」

 

 一の問い掛けで当時の事を思い出したのか、美雪は暗い顔で頷く。

 

「恐らく若葉は霧子の了承を得てドレスを入れ替えた。そして若葉は教会の外に出て、代わりに霧子はベッドで横になったんだ。」

 

「それじゃあもしかして、霧子さんは若葉ちゃんに間違えられて殺されたんじゃ!」

 

「その可能性はあるな。あるいは…」

 

「あるいは、なに?」

 

 思い詰めた表情で言葉を止めた一に美雪が尋ねるが、一は何も答えずベッド周りを調べはじめた。

 幼馴染みの不穏な様子に美雪は胸のざわめきを感じる。

 

「あれ?これって…」

 

 そうしていると、一がベッドの脚と床の間に何かが挟まっているのを見つけた。

 

「どうしたの、はじめ君?何か見つかった?」

 

「ええと、ベッドの下に何か挟まってるんです。ちょっと手伝ってもらっても良いっすか?」

 

「分かった。俺がベッドを持ち上げるからその間に取ってくれ。」

 

 恭一郎は腕まくりをすると、ベッドの端を持ち上げる。

 その間に一はベッドに体を滑り込ませると、退かされた脚の下にあった物を引っ張り出す。

 

「これは…鳥の羽?」

 

 出てきたのは、光沢のある黒い鳥の羽である。

 珠樹達はそれに見覚えがあった。

 

「これって、霧子さんのドレスに着いてた飾り羽よ!」

 

 間違いなく、それはパーティー当日に霧子が拾い集めていたカラスの羽根飾りであった。

 羽根には埃や塵は付着しておらず、ベッドの下に入って大した時間は経っていない事が窺えた。

 

 だが、いったい何故にコレがベッドの下に?

 

 珠樹が首を捻っていると、一の顔が徐々に険しくなっていった。

 

「そうか……そういう事だったのか………チクショウ!」

 

 まるで苦虫を噛み潰したような表情で悪態を吐き、一は天井を見上げた。

 

「ど、どうしたの、はじめちゃん?」

 

「…密室の謎が解けちまった。」

 

「ええっ!?それじゃあ!」

 

「だけどまだ解からねぇ!なんでアイツはこんな事をしたんだ!?」

 

 謎は解けたと言いながらも、一は悩ましげに呻く。

 すると、ふと思いだしたように恭一郎が呟いた。

 

「そう言えば、どうして『七人目のミイラ』なんだろ?」

 

「ん?どういうこと?」

 

「いや、ちょっと変だと思ったんです。七人目も何も、ミイラは最初から七体あるじゃないですか。細かいところですけど気になったんです。」

 

「ああ、なるほど。犯人が名乗るなら、確認されていない『八人目のミイラ』を名乗る方が適当だって事ね。」

 

「それか村にあるミイラが六体だったらしっくりくるんですけどね。」

 

 何気ない恭一郎と珠樹の会話。

 しかし、それを聞いた一はハッと目を見開いた。

 

「まさか…本当は六体だったんじゃ…」

 

「え?」

 

「美雪!すぐに紙とハサミを用意してくれ!」

 

「わ、分かったわ!」

 

 何かを閃いた一の様子に、美雪は訳が分からずとも教会を飛び出して行く。

 程なく紙と画用紙を何処からか調達して来ると、一は器用に紙をヒト型に切り抜いた。

 その数は全部で六体である。

 

「見てくれ、この紙で作ったヒト型は27年前の火事で亡くなった遺体だ。」

 

「ん?でもこれだと1つ足りないんじゃ?」

 

「いや、これで合ってる。遺体は全て、体の一部が欠損していた。こんな風に。」

 

 一は再びヒト型の紙にハサミを入れ、館のミイラと同じ部位を切り取っていく。

 その結果、一部が欠損した六体のヒト型と、切り離された六つの部位が出来る。

 

「そして欠損した部分をこうすると…」

 

「…っ!?これって!!」

 

 一が残った部位を動かし組み合わせると、そこには体の一部が欠損した『七体目のヒト型』が出現した。

 

「これが七人目のミイラの正体!あのミイラは元々六体だったのをパズルのように組み合わせ、七体に見せかけてたんだ!」

 

「じゃあつまり、27年前の火災には『生き残り』がいたってことっ!?」

 

 衝撃的な事実に珠樹でさえも驚愕の声を上げる。

 しかし、これによって恭一郎が覚えた違和感の正体、そして『七人目のミイラ』を名乗る犯人の素性が一致した。

 犯人は文字通り、27年前の火災を生き延びた幻の七人目のミイラだったのだ。

 

「おお!こんなところに居たんですか。」

 

 不意に教会の扉が開かれ、俵田刑事が現れると4人の元に走り寄ってくる。

 その顔には焦燥の色が濃く浮かんでいた。

 

「あっ、俵田刑事。どうかしたんですか?」

 

「27年前の火災について資料を集めたんです。ところが9人も亡くなった大惨事なのに不自然なほど資料が少なく、地元の報道もほとんど無かった事が判明しました。そこで当時捜査に加わった捜査官を探したんですが、退官し今は市内の病院に入院している元警官に話を聞く事が出来たんです。そしたら、とんでもない話が出てきて…」

 

「それは、いったい?」

 

「発見された遺体の内、牧師夫妻の体には明らかな銃創が残されていた。しかし上からの指示により、その事実を記録に残さず、火災による一酸化炭素中毒で死亡したように書き換えるよう強要されたそうです。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!?じゃあ27年前の火災、いや事件は警察が隠蔽に関わっていたって事ですか!?」

 

「その元警官の話が本当ならばそういう事になります。大変恥ずかしながら。」

 

 俵田は拳を強く握り締め、血を吐くように告げた。

 現場に出て日夜市民の安全の為に汗水を流す刑事にとって、自分達の組織が積極的に犯罪を無かった事にするなど、悔しいという感情では納めきれない恥辱である。

 何より警察を信頼し、警察官を慕ってくれる市民に申し訳なかった。

 

「その元警官曰く、当時の現場には村の上役から県警上層部に対して多額の献金があったという噂が流れたそうです。いずれにせよ調査の必要がありますが、関係者には鬼籍に入っている者も多く、全容解明には時間が…」

 

「四半世紀以上前の事件となれば、それも致し方ないかと。でもこうなってくると、いよいよとんでもない闇がこの村には隠されてるわね。」

 

 27年前、警官やマスコミさえ抱き込む力が働いた。

 だが闇に葬られた事件の影で、惨劇の生き残りが人知れず憎しみを隠し、復讐の日を待ち望んでいた。

 

 霧子の死はその序章という可能性に気付き、珠樹は底冷えのする寒気を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会を出た珠樹達は、警察が捜査拠点として提供してもらっている『鎧の館』の一室に集まり、今後の捜査方針について話し合うことになった。

 

「時系列順にこれまでの情報を整理するとだ、27年前に教会で火災が発生し牧師夫妻とその養女7名が死亡した。しかし、牧師夫妻には銃殺された痕跡があったことを当時の関係者が証言しており、それを考慮すると火災の原因も放火の可能性がある。つまり、27年前の火災は一家殺人事件であった、そう考えられる。」

 

 ホワイトボードに捜査資料を提示しながら俵田が解説する様子を、珠樹や一達はじっと聞き入っている。

 

「この事件が起きた背景には、この村で麻薬を密造していたという疑惑がある。疑惑については今後本腰を入れて捜査するとして、死亡したとされる7名の養女に関し生き残りがいる可能性があり、兜霧子を殺害したとされる『七人目のミイラ』を名乗る人物と何らかの関係性があると思われる。」

 

「俵田刑事、1つ質問です。各家の主人には現在どういった対応をしてるんですか?」

 

「それぞれ護衛という名目で監視を着けています。犯人は未だ消息不明のため出来る限り屋敷を出ないようにと。」

 

「ありがとうございます。続けて下さい。」

 

 質問をした恭一郎が礼を言うと、俵田はコホンと咳払いを1度し話を再開する。

 

「一週間ほど前、『時計の館』の主人である時田十三の娘、時田若葉と教師である小田切進がラブホテルから出てくる写真が通っていた学校の敷地内に張り出された。これが原因で若葉は親元に連れ戻され、予定を前倒しして連城久彦との結婚をすることになった。そして事件当日、婚約パーティ―の会場に姿を見せた後、若葉は寝ずの番をする霧子と共に教会に向かった。時刻は21時ちょうど。それが無事な2人を見た最後の瞬間であった。」

 

 そう言いながら俵田はホワイトボードに事件当日の動きを箇条書きで記していく。

 

「23時半ごろ、野々宮先生たちは寝ずの番をする霧子の為に差し入れの夜食を持って教会に向かった。その道中、教会にある鐘楼塔の鐘が鳴り、先生たちが鐘楼塔に向かうと梯子を伝って降りてくる若葉を発見。声を掛けたところ転落し意識を失う。現在まで意識は戻っていない。その後、館から駆け付けたパーティー参加者と合流し、姿の見えない霧子を捜索。閂の掛かった教会のドアをこじ開けたところ、中で首を刎ねられ死亡している霧子の遺体を発見した。因みに鑑識によると霧子の死因は頸部圧迫による窒息死とみられ、首は死亡後に切断されたものと思われるそうです。また、血中からは睡眠薬の成分も見つかっており、殺害時霧子は眠らされていたと思われます。」

 

 眠ったまんま苦しまずに死んだのは唯一の救いかもしれません、と結び俵田は解説を終えた。

 それでも、話を聞いていた4人の顔は皆一様に暗い。特に一に至っては教会にいた時から思いつめた表情をしている。

 

「さて、此処まで警察が把握している情報を開示しましたが、もし何か気付いたり言ってなかった話があればこの機会に話してください。」

 

「ああ、それじゃあ一つ。若葉さんと小田切先生の写真が撮られた件ですけど、いま思うと今回の事件に何らかの関係があるのかもしれません。」

 

 珠樹は挙手すると写真の件を持ち出した。

 

「あの写真はラブホテルから出てくるところを待ち構えて撮られています。つまり、最初から2人を狙ったものだと思われます。単なる嫌がらせ目的とするには手が込んでいますし、もしかすると若葉さんを村に連れ戻させる目的があったのかもしれません。」

 

「ふむ。その写真を撮った人物はまだ特定されていないわけですか。それならば鑑識を通じて写真を解析し撮影者を特定出来るかもしれません。実物を確認できれば良いのですが…」

 

「あっ!それなら、はじめちゃんが写真を持ってた筈です。ねっ、はじめちゃん?」

 

「ん?ああ、そうだな。ええと、これだよ。」

 

 そう言いながら、一は上着のポケットから無造作に1枚の写真を取り出し俵田達に見せる。

 

「………おい、キンダニ。こりゃあ何の写真だ?」

 

「え?ああっ、間違った。これPTA会長と校長の不倫現場の写真だった!」

 

「…なんでそんな物を君が持っているんだ?」

 

 カメラのフラッシュに驚いた様子の中年不倫カップルの写真を懐に仕舞う一に、恭一郎が呆れた様子で言う。

 たはは、とバツが悪そうに笑う一だったが、今度はちゃんと若葉と小田切がラブホテルから手を繋いで出てくる場面を写した写真を取り出した。

 

「ほら、これが本物の、若葉と小田切の密会の………」

 

 そう説明しようとした一だったが、取り出した写真を見つめる内に徐々に目が見開かれていく。

 

「どうかした?はじめ君?」

 

「そんな…じゃあまさか…これがそうなのか…」

 

「お、おい、キンダニ、この写真がどうかしたのか?」

 

 何かに気付いた様子の一戸惑いながらも俵田が尋ねると、一はバッと俵田の方へ顔を向けた。

 

「俵田さん!すぐに確かめて欲しい事があるんだ!」

 

「確かめて欲しい事だって?」

 

「ああ、そいつは………」

 

 一は写真を見て気付いた疑念。そして、そこから考え至った『七人目のミイラ』の正体について俵田に説明した。

 話を聞いた俵田のみならず、珠樹や恭一郎もそのあまりにも衝撃的な推理に唖然とする。

 

「た、確かにあり得ない話じゃないわ。だけどはじめ君、本当にそんなことが?」

 

「ああ、俺だって信じたくは無いさ。だけど可能性がある以上、絶対に確かめておかなきゃいけない事だ!これ以上犯人に罪を重ねさせない為にもな。」

 

「…分かった。俺の方から警視庁に問い合わせよう。早ければ明日までには…ん?」

 

 俵田の耳に怒鳴り声が聞こえてくる。

 声は部屋の外から徐々に近づいて来て、遂に壊れそうな勢いで扉が開かれた。

 

「いつになったらアイツを逮捕するんだっ!!」

 

「兜さんっ!?」

 

 現れたのは『鎧の館』の主人、兜礼二である。

 酒に酔っているのか呼気からは酒精が匂い、顔は赤く、焦点の定まらぬ瞳で俵田を見ると覚束ぬ足取りで迫った。

 

「おいっ貴様ぁっ!貴様が警察の責任者だろぅ?なんでいつまでもたっても時田の小娘を捕まえないんだ!」

 

「落ち着いて下さい、兜さん。娘さんを亡くされたお気持ちは我々も重々承知しています。しかしながら、これは殺人事件という重大事案でして、捜査には慎重を期して…」 

 

「なにが慎重だ!霧子が殺されて、あの小娘が教会の外にいたんだ。きっと結婚が嫌で逃げ出そうとしたに決まってる!それにオレは知ってるんだぞ!あの娘、東京で教師と淫行をした末に連れ戻されたんだって!その癖に自分の結婚式に呼ぶなんざ、とんだアバズレだ!」

 

「ちょっと!その言い方は流石に酷いと思います!」

 

 礼二の言い草に我慢できず、美雪が抗議する。

 しかし、礼二は据わった目で美雪を見ると吐き捨てた。

 

「なんだ?貴様もあの娘の友人だろ?はんっ!疚しいことがあるから否定してるのか?ああん!」

 

「違います!若葉ちゃんは決して不埒な事をする子じゃありません。小田切先生とだって真剣に…」

 

「教師と淫行するガキの何処が不埒じゃ無いって言うんだ!?さては貴様も教師相手に淫らな事をしてるんじゃないか?同じ穴の狢だから時田の小娘を庇ってるんだろ!」

 

「兜さん、ちょっと落ち着いて。」

 

 これ以上熱くさせたらマズイと感じ、恭一郎が礼二と美雪の間に入って話を切り上げさせようとする。

 だがそれより早く、一が美雪を庇うように前に立つと礼二を睨み付けた。

 

「いい加減にしろよオッサン。いくら酒に酔ってても、それ以上言うと容赦しないぜ。」

 

「はじめちゃん…」

 

「なんだクソガキ?やろうってのか?やってみろよ!返り討ちにして殺してやるよ!」

 

「へぇ、殺すね。27年前もそうやって牧師一家を殺したのか?」

 

「………は?」

 

 一が発した爆弾発言。それに一同は唖然とするが、礼二は言葉の意味を解すると一転して赤い顔を青ざめさせた。

 

「な、な、ななな何を言ってるんだ!?殺したなんてそんなっ!?」

 

「その事だけじゃないぜ。この村の人間が麻薬を密造してるって事はここにいる全員が知ってる。当然警察もだ。」

 

 無論、ブラフである。

 確かに村や館の主達には疑惑の目が向けられているが、あくまでも疑惑段階であり、本格的な捜査はこれからである。

 直接的な証拠は何一つ無い。

 だが礼二の狼狽ぶりは疑惑に真実味を持たせるのに十分だった。

 

「あんた達館の主には不自然な金の流れがあるのを把握してるぜ。そいつが麻薬による儲けだろ?」

 

「ま、待てっ!どうして貴様がそのことを!?」

 

「27年前に牧師達を殺したのも麻薬絡みのトラブルだったんだろ?だから事情を知ってるかもしれない養女も一緒に殺したんだ。」

 

「頼む!話を聞いてくれ!」

 

「しかも殺した相手をミイラにして弔いもせず保管するなんて、つくづく大した大量殺人鬼だよ。あんたは。」

 

「違う!私はやっていない!やったのはネコババアと一色の野郎だ!」

 

 一の追求に耐えきれず、礼二は27年前の殺戮を誰がやったのか口にする。

 それを聞いた一は珠樹の方を向くとニヤリと笑った。

 

「て言うことらしいけど、これって自白って事で証拠になるだろ?珠樹先生。」

 

「酒に酔った状態だと証拠能力は薄いわね。そもそも自白はそれに基づく物証があって初めて効力を発するわ。まぁ、警察も今の話を聞いた以上、徹底的に村中を調べるでしょうけど。ですよね?俵田刑事。」

 

「ああ。少なくとも俺や部下達は金や権力で手心を加えられるほど、世渡りに関して賢く無いんでな。文字通り隅から隅まで調べさせてもらいますよ。だがキンダニ。そういう聴取の仕方は場合によっちゃ悪手だぞ。やる時は相談しろ。」

 

 そう言いながら俵田は一の頭を小突いた。

 一方で呆然と3人のやり取りを聞いていた礼二だったが、カマを掛けられたと理解すると顔を強ばらせた。

 

「貴様ら、私を騙したのか?」

 

「まあまあ、今は緊急時ですし、細かい事を言うのはやめにしましょう。どっち道、この村の調査をするのは確定してましたしね。」

 

「それに霧子さんを殺害した犯人は『七人目のミイラ』を自称しています。27年前の事件について知る人物と見て間違いないです。それと、7名の養女の中に生き残りがいた可能性が高い事が分かりましたよ。」

 

「そんな馬鹿な!死体は確かに7つあるんだぞ!」

 

「それについてですが、6つの遺体からそれぞれ体の一部を切り取り、それらを組み合わせる事で6つの遺体を7つに見せ掛ける事が出来るというのが判明しました。詳しく調べれば、遺体が6人分しか無い事も分かるでしょう。」

 

 珠樹が説明すると礼二は茫然自失となり、その場にヘナヘナと腰を抜かした。

 しばらく様子を見ていると、礼二は力の無い笑い声を上げて頭を抱えた。

 

「終わりだ…もうこの村は終わりだ………ははっ…訳が分からん。娘が殺されたと思ったら、村の秘密が暴かれたばかりか、27年前の生き残りがいただと?何がなんなんだ!?」

 

「…兜さん。あなたが混乱するのも無理ありません。ですが我々の推測では、若葉さんが結婚から逃げるために霧子さんを殺したという単純な話ではありません。恐らく、この事件を招いたのはこの村が抱える闇です。霧子さんの無念を晴らしたいと思うのなら、あなたの知る真実を我々に話してはくれませんか?」

 

「………何を話せと言うんだ?」

 

「出来るなら最初から。この村が今に至るまでを。」

 

 出来る限り真摯に相手へ気持ちが伝わるように珠樹が頼むと、礼二はジッと眼を見詰めた後に懐からタバコを取り出す。

 目線と仕草で喫煙の許可を求める礼二に、俵田が黙って頷く。

 礼二はタバコに火を着けると、それを口に咥え深く、深く息を吸い込み紫煙を吐き出した。

 

「…私が家を継いだ時、父に教えられたことだ。大正時代の終わり頃、外国からの宣教師が『エデンのリンゴ』を求めてこの村の前身となる集落にやってきた。『エデンのリンゴ』、則ち人が口にするのを禁じられた『禁断の果実』の正体は、お察しの通り麻薬だよ。より正確に言うのなら、宣教師が求めたのは麻薬の原材料である大麻草の栽培に適した土地だったんだ。」

 

 そういう意味なら人里離れたこの村は最適だった、と言って礼二は再びタバコを吸った。

 

「…当時は既に明治維新から50年が経っていたが、それでも東北の山村なんて今とは比べ物にならない位未発達だった。冬になれば飢え死にする子供が毎年出た。暖を取れない老人が凍え死ぬ。そんな状態だったらしい。だが宣教師が来てからそれが変わった。彼らがもたらした大麻による利益で、村人の生活は間違いなく向上した。父や母を冬山に捨てる事も、娘を女郎屋に売る必要も無くなった。炭や布団、食い物を買って、家族みんなで暖まれるようになった。村は大麻のおかげで豊かになり、宣教師達と共にそれを牽引した6人の村人は名士となり、今の館の主へとなっていった。」

 

 それがこの村の始まりだ、と礼二は語る。

 

「…27年前の出来事は、どのようにして起きたんですか?」

 

「…あれは、私や時田が家督を継いで暫くした時だった。牧師が館の主人達を教会に集め『大麻の栽培をやめよう』と提案してきたんだ。牧師は身寄りの無い子供達を引き取って育てていたが、子供達が成長し物事の分別が理解できるようになっていくと、奴は罪の意識に苛まれていたようだ。私達は何度も話し合った。だが交渉は平行線をたどり、決裂した。牧師は『このまま大麻を栽培し続けるようなら警察に通報する』とまで言ったが、大麻は村にとっての唯一の産業。これを失うわけにはいかなかった。そして、あの日だ…」

 

 タバコの灰が落ち床の絨毯を焦がすが、礼二はそれに気付く素振りもなく遠い目をする。

 

「牧師の家を監視させていた使用人が、牧師とその妻が家から灯油の入ったポリタンクを持って裏山の大麻畑へ行くのを目撃したと報告してきた。きっと畑を燃やそうとしているんだ。そう思った私達は集まり、猟銃を持ち出し牧師夫妻の跡を追った。脅してでも止めさせなければいけない。そう考えた。畑に着くと夫妻は既に灯油を撒き終え、火を着けようとしていた。一色の奴が2人を止めようと足元に向かって1発撃った。だがそれでも2人は止まらず、牧師は松明に火を着けた。次の瞬間だ!草薙のババアが引き金を引き、牧師の妻の腕が爆ぜ血が吹き上がった!続けざまに一色が撃ち、今度は胸に当たって牧師の妻は倒れた。私達は皆呆然としていた。撃った本人達でさえ、信じられない、とでも言うような顔をしてな。誰も何も言わず、牧師の妻のヒューヒューという呼吸音だけが聞こえていたよ。」

 

 暗い光を瞳に宿した礼二が、遠い記憶を語って聞かせる。

 珠樹達は生々しい語り口に、沈黙し耳を傾ける事しか出来なかった。

 

「牧師は、すぐに妻にすがり付いた。もう助からないと分かったんだろう。『呪い殺してやる。お前ら全員地獄に堕ちるがいい。』そう呪詛した牧師を、ババアが無言で撃ち殺したよ。私達は牧師が何か証拠を残しているのを恐れ、家ごと死体を燃やし火事で死んだように見せ掛けようとしたのさ。あとは村を出ていた人間を通じて警察や消防に賄賂を送り、上手いこと火事で処理してもらったんだ。」

 

「………なんで娘さん達まで殺したんだ?」

 

 語り終えた礼二に、恭一郎が低い声で尋ねる。

 その目には非道なマネをした礼二に対する侮蔑と怒りが色濃く浮かんでいた。

 

「親から何か聞いているとも限らん。それに、親の死に疑問を持ち、マスコミに駆け込まれるのを考えると生かしとく訳にはいかなかったんだよ。」

 

「ふざけるなっ!そんな事が許されるとでも思ってるのかっ!?」

 

 怒りのあまり怒鳴り声を上げる恭一郎を、礼二は嘲笑しタバコの火をもみ消した。

 

「分からんよ。外の人間には。村に来る時に見ただろ?なんの舗装もされてない山道を。大麻の存在を隠す為に敢えて整備をしないように行政に掛け合ったそうだが、それによって村は完全に陸の孤島になってしまった。今さら大麻から手を引いたところで、新たな産業が育つ前に村は干上がってしまう。瞬く間に村人は散り散りになり、遠からず廃村になるだろう。」

 

 何処か感傷に浸るように語りながら、礼二は新たなタバコに火を灯す。

 

「…貴様達からすれば忌まわしい村にしか見えんだろう。だがな、私達はこの村で生まれ、育ってきた。良い生活を捨てたくない、警察に捕まりたくない、そういう気持ちがあったのは否定せん。だがこの村には幼い頃からの思い出も、他の土地には無い魅力も沢山ある。村人はみんな愛着を持っているんだ。この村を失いたく無い。少なくとも私はそう思っていたよ。」

 

「………村を失いたく無かった、ですか。」

 

 タバコを吸いながらの礼二の言葉を、珠樹は至極平坦な口調で繰り返した。

 そこに一切の感情は見えない。

 

「貴方方に村を守りたい、という想いがあった事は否定しません。しかし結果として貴方方の罪は暴かれ、今まさに村は存亡の危機に瀕しています。それを思えば牧師夫妻が大麻の密造を止めようとしていたのは、最後のチャンスだったのかもしれませんね。」

 

「………なんだと?」

 

「もしその時、貴方方が牧師夫妻に賛同し大麻の密造を止め、新たな産業を興していればどうなったでしょうか?無論安易な道ではありません。失敗のリスクは大いにあった。ですが大麻なんてものより遥かに健全ですし、貴方方が罪を重ねる事は無かった。このような破滅的な形で警察にバレる事も無かったでしょう。何より…」

 

 珠樹は膝を曲げ、座り込む礼二の瞳を覗き込んだ。

 呆然とした瞳の奥に、どこか悲しみを帯びた珠樹の姿が映る。

 

「…霧子さんが、こんな形で命を奪われる事も、きっと無かった。」

 

「…………うっ、ううううううぅぅぅっっ!!」

 

 珠樹の言葉に礼二は愕然となり、両手で顔を覆い悲痛な呻き声をあげた。

 その姿は、理不尽に娘を奪われた痛ましい父親のものである。

 

「兜さん。犯した罪を心から後悔し、反省して下さい。それが貴方が立ち直るための第一歩であり、霧子さんへの供養になります。」

 

 刑事事件における弁護士の役割とは依頼人を立ち直らせる手助け。以前恭一郎はそう語った。

 だが更正無き再出発に意味はなく、後悔無き更正はあり得ない。

 珠樹は礼二に、これ以上無き後悔を与え罪に向き合わせた。

 かつての過ちが、最愛の娘の命を奪ったという後悔を…

 

「…続きは署で聞きましょう。さぁ、立って。」

 

 なんとも言えぬ表情で俵田が促すと、部下の警官が引き起こすように礼二を立たせ、フラフラとした足取りで出口へ向かって行った。

 その最中、珠樹はハッと何かを思い出した。

 

「すいません!最後に1つだけ聞いても良いですか?」

 

 背後から声を掛けると、礼二は何も言わず視線だけを珠樹に向けた。

 

「霧子さんがパーティーに着てきたドレス、その肩に羽根飾りが付いてましたけど、アレって前から付けていたんですか?」

 

「………いや、あのドレスは冠婚葬祭用に買い与えた物だが、以前はあのような飾りは付けていなかったな。」

 

 珠樹の質問を怪訝に思いながらも、礼二は記憶を探り首を振って答える。

 

「それは間違いなくですか?他の祝い事の時には何も?」

 

「ああ。少なくとも私が知る限り、娘があんなものを付けているのを見たのは初めてだった。」

 

「そう、ですか…ありがとうございます。」

 

 珠樹が礼を言うと、礼二は警察に伴われ部屋を出ていく。

 その後ろ姿を珠樹は沈痛な面持ちで見送った。

 

「あのぅ、珠樹先生。いまの質問は…」

 

 恭一郎は珠樹が礼二にした最後の質問の意図を問おうとしたその時、部屋の扉が開き制服警官が慌てた様子で現れた。

 警官は俵田の元に走り寄ると、耳元で何かを語りかける。

 

「…なにっ!?本当か?」

 

 話を聞いた俵田が驚きながら念押しすると、警官は黙って頷く。

 俵田は少し考え込むと、珠樹達の前にやって来た。

 

「つい先ほど、時田若葉の意識が回復したそうです。」

 

 

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