殺人鬼達に救われる道はあるのか? 作:コミカド
時田若葉が目を覚ました。
その報せを聞いた一と美雪はすぐに若葉と面会したいと要望したが、面会には医師の許可が必要とされ、その日は若葉と顔を合わせる事は叶わなかった。
翌日、医師による診断を受け面会に支障は無いという判断が下されると、まず最初に父親の十三が面会し、その次に警察による任意の事情聴取が行われた。
一や珠樹達が警察による立ち会いのもと面会を許可されたのは、その次であった。
時間制限があるとはいえ、普通に考えれば随分と早く面会の許可が下りたと言って良い。
「時田若葉自身の希望らしい。」
若葉が休む部屋へ向かう道中、俵田がそう説明する。
「キンダニ達が心配していると教えると、かなり気にしてたみたいだ。父親も娘の気が紛れるなら、と許可してくれたよ。」
「よかったぁ。若葉ちゃん、元気そうなんですね。」
美雪は友人が無事であった事に深雪はホッと息を吐く。
「とはいえ、腰の骨を折っているからベッドから起き上がる事は出来ない。あと、事件前後の記憶が曖昧らしい。医師によれば転落のショックによる記憶の混乱が発生している可能性もあるらしいが…」
微妙に俵田は言葉を濁すが、そうこうしている内に一同は若葉の待つ部屋の前へと辿り着く。
俵田がノックをすると、中から「どうぞ」と言う声が聞こえてくる。
「失礼します。」
部屋に入ると、中には十三と使用人、警護の警察官、そして目を閉じてベッドに横たわった若葉がいた。
「…若葉ちゃん。」
美雪が呼び掛けると、若葉はゆっくりと目を開き、声のした方を向くと軽く微笑んだ。
「ああ、美雪ちゃん。ごめんね。せっかく来てくれたのにこんな事になっちゃって。」
「っ!?若葉ちゃんっ!」
美雪は言葉にならない声をあげると、若葉の側に走り寄りその手を握る。その目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「よっ、若葉!思ったより元気そうだな。」
「金田一君もごめんね。心配掛けちゃったみたいで。」
「別に構わねぇよ。それよりも、体は大丈夫なのか?」
「うん。流石に起き上がるは無理だけど、若いから一月もすれば骨がくっつくだろう、ってお医者さんが言ってたわ。」
「あんま無理すんなよ。骨を折っただけで済んだのが幸運なんだからさ。」
友人同士の他愛の無い会話。
しかし、明るい声で話す一の瞳には拭いようの無い憂いが浮かんでいた。
「…ああ、そうだ時田さん。これから彼らと娘さんが話をするんですが、少しの間だけ席を外して貰えませんか?」
「え?いや、しかし…」
俵田の申し出に十三は戸惑い躊躇する。
なぜそんな事を?と言いたそうである。
「お父様、少しだけで良いんです。部屋の外で待っていてくれませんか?」
「若葉、お前まで…」
「お願いします…」
娘にまで懇願され十三の戸惑いは強くなる。
だが重傷を負った娘からも頼まれては、十三は強く拒否する事が出来ない。
渋々といった様子ではあったが、十三は使用人と共に部屋を出ていく。
部屋の中には若葉、一、美雪、俵田、そして珠樹と恭一郎が残された。
「…さてと、何から話すのが良いかな。」
一が迷いのある言葉を呟くが、若葉は微笑みを浮かべたまま無言で続きを促した。
ゴクリと唾を飲み込むと、一は意を決して口を開いた。
「…一昨日のパーティーの晩、お前が寝ている筈だった教会のベッドの上で兜霧子が殺された。それは知っているか?」
「ええ。今朝、そこの刑事さんから話を聞いたわ。」
「…警察はお前を疑っていた。だから俺は、お前が犯人じゃ無い証拠を見つけ出し、真犯人の正体を明らかにしようとしたんだ。そしたら、解けちまったんだよ。密室の謎と、誰が兜霧子を殺したのかが。」
「…聞かせて。いったい誰が、どうやって霧子を殺したのか。」
動揺した様子もなく微笑みを湛えたまま続きを促す若葉に、一は顔を歪ませる。
「事件の現場となった教会は密室だった。扉には内側から閂が掛けられ、窓の鍵も閉められてた。唯一天窓だけは開くことが出来たが、鉄格子が付けられていて頭を通すのが限界だ。」
「入るのも出るのも不可能な状況ね。」
「ああそうだ。現場への出入りは不可能。つまり、犯人は教会に入ることなく霧子を殺したんだ。」
「…へぇ、どうやって?」
「ウィンチだよ。教会の扉を壊すのに使った車のウィンチ。あれを犯人は利用したんだ。教会の隣にある鐘楼塔。そこにウィンチの巻き上げ軸を置いて滑車代わりにし、ウィンチの先に4つのフックを着け天窓から垂らしてベッドに引っ掛ける。そしてウィンチを車で巻き上げる事により、ベッドごと被害者を天窓近くまで持ち上げたんだ。司法解剖によると霧子の遺体からは催眠薬の成分が検出されたらしいから、目を覚まさないように天窓から薬品を染み込ませたハンカチを垂らして、霧子に薬品を嗅がせたんだろう。犯人は天窓の外から霧子の首を締め殺害すると、首を切断しドレスに『七人目のミイラ』からのメッセージを残した。」
一の推理に若葉は何の反論もしない。
どこか悟りに至ったような、柔らかな笑みのままである。
「…この推理の根拠になったのは、ベッドの脚と床の間に挟まっていたカラスの羽だ。あれは霧子が着ていたドレスに付いていた飾りだ。それがあんな所に有った事こそ、ベッドが持ち上げられた何よりの証拠。もっと詳しく調べれば、ウィンチを巻き上げた時の擦り傷や、フックを引っ掻けた時に出来たベッドの傷も見つかるだろうな。」
「…そっかぁ。凄いね金田一君。密室の謎を解いちゃったんだ。それで、そんな事をした犯人はいったい誰なの?」
「………ずっと考えたんだ。このトリックが出来る人間は誰なんだろうって。だけど考えても考えても、思い浮かばなかった。たった1人を除いては。」
一は今にも泣きそうな顔で声を震わせながら、その名を口にした。
「時田若葉。お前にしか出来ないんだよ。このトリックを使って、兜霧子を殺せるのは…」
特に変わった反応は見られない。
隣で美雪がハッとした様子を見せるが、若葉は表情を変えず落ち着いた態度を示していた。
沈黙が部屋を支配し、どれだけの時間が経っただろうか。
若葉は目を瞑って大きく深呼吸をすると、再び一に笑顔を向けた。
「正解。私が霧子を殺したの。」
その言葉に、一の顔に影が差す。
出来ることなら否定して欲しかった。
的外れな推理だと言って欲しかった。
だが若葉は一の推理を肯定し、受け入れた。
その意味を正しく認識して。
「うそ…嘘だよ…」
美雪は若葉の答えを聞いても首を振る。
その瞳からは既に涙が零れ落ちていた。
「若葉ちゃんが、そんな事するわけ無いじゃない!はじめちゃん!他に真犯人がいるはずよ!私も協力するから一緒にッ!」
「ごめんね、美雪ちゃん。でも金田一君の推理は正しいの。私が若葉を殺した真犯人。『七人目のミイラ』なんだ…」
「そんな……どうして?」
「…やっぱりさ、顔も合わせた事の無い人と結婚するなんて嫌じゃん。どうしても逃げ出したくなっちゃったんだ。霧子には『本当に好きな人がいて、その人と一緒になりたい。』って言って協力してもらったの。悪い事をしたなぁ。」
あっけからんとした態度で自分の犯行を認める若葉。
だがここで、項垂れていた一が再び顔を上げた。
「そいつは嘘だ。」
「えっ?」
「若葉、お前にとっちゃ大した付き合いじゃないかもしれないけど、少なくとも俺や美雪はお前を友達だと思って接してきたんだぜ。そんな俺達から言わせると、お前は自分の不幸から逃れる為だけに他人を手に掛けるような、そんな人でなしじゃない。それだけはハッキリと言える。」
確信めいた一の言葉に、その日初めて若葉が動揺した様子を見せる。
表情が固まり、思考に空白が生まれたのか上手く言葉を紡げずにいた。
「や、やめてよ。あんた達なんて所詮学校の中だけの付き合いじゃない!本当の私がどんな人間なのか大して知らないくせに!」
「ああ知らねぇよ!この村にいる時のお前は学校の時とは全くの別人だった。だけど俺達の知る時田若葉が完全な創り物だなんて思えねぇ!」
一は怒りにも似た感情を言葉に込め言い放つ。
「俺達の知る時田若葉はなぁ、勝ち気で、負けず嫌いで、相手が教師だろうが間違っていると思った事には正面から指摘する、筋の通った奴だよ。そんな奴だから、退学になるかもしれないってなった時に皆心配したし、力になりたいって思ったんだ。」
みんな若葉の事を大切な友達だと思っている。
そう告げる一の方を見れず、若葉は顔を背けた。
「お前が自分の為に誰かを傷つけるような奴じゃねえ。だけどもし、理由があって人を傷つけたのだとしたら、それはきっと「いい加減にしてっ!!」」
一の言葉を遮るように若葉は大声を上げる。
それは、彼女が初めて見せる明確な拒絶であった。
「もう沢山よ!さっきから言ってるじゃない。霧子を殺したのは私だって!金田一君の言ったように、ベッドごと吊り上げて天窓越しに殺したの。私が1人でやったのよ!」
「じゃあどうして鐘を鳴らしたんだ?あんな事せずに朝まで放置してた方が逃げる時間は稼げた筈だ。そうしなかったのは、あの時館にいた人間には現場で殺人を行うのは不可能だというアリバイを作る為だったんだろ?つまり、お前には共犯者がいる。今回の計画を練ったのも、その共犯者なんじゃないか?」
「違うっ!共犯者なんて、そんな…」
「…若葉、お前が小田切と一緒にホテルから出てくる所を撮られた写真、あの写真で小田切はカメラの方に目を向けてたのにお前はカメラの存在には全く気付いてる無かった。恐らくあの写真は赤外線フラッシュを使用した暗視カメラで撮影されたものだ。だからお前はカメラの存在に気付かなかった。なのに小田切はカメラの方を目線で追っている。それはつまり、この写真を撮ったのは…」
「やめてっ!!全部私が1人でしたことなんだから、もうそれで良いでしょ!」
「良いわけねぇだろっ!お前は真犯人に利用されてるんだ!若葉だけが罪を背負うなんて、見過ごせねぇよ!」
「いいの。私はそれで…私が罪を償うから…もう放っておいてよ…」
頑なに共犯者の存在を否定する若葉であったが、その言葉の端々には庇おうとする相手への負い目や罪悪感が垣間見えた。
恐らく、自分が利用されているのも承知の上なのだろう。
このまま真実を話すように訴えても埒が明かない。
そう考えた珠樹は、若葉がまだ気付いていない罪に向き合わせる必要があると考え、ベッドの脇に寄った。
「はじめ君、悪いけどちょっと若葉さんと話をさせて。」
「…分かりました、野々宮先生。」
「ありがとう。若葉さん、これが何か分かるかしら?」
「それは…羽根飾りですか?」
珠樹が若葉の前に出したのは漆黒の羽根飾りであった。
「そう。これは事件があった夜に霧子さんがパーティーで着ていて、若葉さんが鐘楼塔から転落した際に着ていたドレスの肩に飾られたカラスの羽根飾り。この羽根飾りは事件当日の昼、霧子さんが集めて作った物よ。これまでに同様の飾りを人前で装った事は無かったらしいわ。」
「は、はぁ?」
羽根飾りについて珠樹が解説するが、なぜ急にその様な話をしだしたのか検討がつかず、若葉は困惑する。
一達も珠樹を訝しげに見ていた。
「若葉さん、どうして霧子さんは今回に限ってカラスの羽根飾りを用意したと思う?」
「……分かりません。」
「私はね、きっと意味が有ったんだと思うの。カラスっていうとゴミを荒らしたり、不幸や不吉なイメージがある鳥だけど、西洋ではその頭脳の高さから知恵や賢者、物事を成功に導く賢さの象徴とする考えがあるわ。さらに日本神話における八咫烏伝説のように、旅の安全や魔除けといった不吉とは真逆の存在と見る向きもあるの。」
「不吉と真逆の存在…」
「そう。そして羽根飾りには、現代でも海外では上昇や旅立ちの象徴として卒業式や人生の節目に送る風習があるの。若葉さん、貴方は村に戻った時、友人である霧子さんに『本当に好きな人と一緒になりたいから結婚から逃げる手助けをして欲しい』と頼んだんじゃないかしら?霧子さんはそれを了承した。計画では教会で一晩明かす際の寝ずの番に霧子さんを指定し、教会に入る直前で衣服を交換。霧子さんは花嫁装束で若葉さんの身代りとなり、翌朝まで教会で一夜を過ごし、その間に若葉さんは村から逃走する。そんな風に霧子さんは聞かされていたんだと思うわ。」
「………それと羽根飾りに何の関係が?」
「分からない?村から逃走する時、若葉さんは霧子さんのドレスを着ている。少なくとも霧子さんはそう思ってた筈よ。だからこそ彼女は、自分のドレスに貴方へのメッセージを込めて羽飾りを付けたの。私が思うに、霧子さんはこの羽根飾りに若葉さんに対するこんな願いが込めていたんじゃないかしら?」
『貴方の旅立ちに幸あれ』
「霧子さんは言ってたわ『若葉は大切な友達。誰と一緒になっても幸せになって欲しい』って。若葉さん、貴女の友達は、貴女の幸せを心から願っていたわ。」
もはや霧子自身に真意を聞くことは出来ない。
だけど彼女は、友人の為に快く身代わりを引き受けた。
もし霧子が思っていた計画通りに事が進んでいた場合、霧子は周囲の大人達から大いに非難され厳しい立場になっていただろう。
だとしても、霧子は友人の為に一肌脱いだ。
それは損得等という軽い気持ちで出来るものでは無い。
二度と会えなくなるかもしれない友の為に何が出来るか?
それを考えた末の、友情に報いようとする尊き行いだった。
「そんな…霧子…」
幼馴染の願いに触れた若葉は、あまりの衝撃に全身を震わせる。
気付かなかった。いや、気付こうともしていなかった。
霧子がどういった気持ちで身代わりの役目を引き受けてくれたのか、若葉は一考すらしていなかったのだ。
余裕が無かったなんて言い訳出来ない。
教会を出ていく際、若葉はベットの前に立つ霧子の方を見ることもなく、その表情を窺い知ろうともしていない。
ただ唯一、別れ際に霧子が呟いた言葉が耳に残っていた。
『若葉、お幸せに。』
「うう…霧子………霧子おおおっ!」
若葉は仰向けのまま両手で顔を覆い慟哭する。
大切な友人を、幸せを願ってくれていた幼馴染みを、自らの手で殺してしまった後悔が溢れだしていた。
たとえその原因が村が抱えるどす黒い闇だったとしても。
罪に対する報いを受けなければならないという自罰的な考えによるものだとしても。
何も知らず、ただただ友人を幸せを願っていた人の死を仕方がないものと出来るほど、若葉は心を割り切れてなかった。
「ごめんなさい霧子……罰を受けなければならなかったの……六角村の人間は…罰を…」
「……罰というのは27年前、牧師一家が火事で亡くなった、いえ、殺害された事件についてね?」
珠樹の問いに若葉は嗚咽を漏らしながら頷く。
「若葉さん、貴方はこの村の罪を知っていたのね。それをずっと胸に抱いて。だけど、その罪は貴方が背負うべきものじゃ無いわ。罪を償う資格があるのは、罪を犯した人だけ。貴方が向き合うべきは、霧子さんの命に対してよ。」
「霧子の…命…」
「ええ、そうよ。霧子さんの死には何の意味があったのか。それを正しく証言し、心から後悔と謝罪の言葉を口にするの。貴方に償いたいという気持ちがあるのなら、それこそが霧子さんの冥福に繋がるわ。」
「…良いんですか?私が霧子の冥福を祈っても?」
「勿論よ。貴方の大切な人に、これ以上罪を重ねさせない為にも。」
六角村には深い闇が隠されていた、その闇に心を囚われている人々を解放するためには、全ての真実を明らかにする必要がある。
それこそが、若葉が守ろうとしている人を本当の意味で救うことに繋がるのだと珠樹は語った。
若葉は真っ赤に泣き腫らした瞳で珠樹を見詰めると、震える声で懇願した。
「お願いします……あの人を…この村を…救って下さい…」
涙声の頼みだった。
つられて落涙した珠樹は目元の雫を拭うと、ヘアゴムで髪を後ろに纏めると強く頷いた。
「分かりました。貴方の依頼をお受けします。」
決着の時が、今まさに始まろうとしていた。