殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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なぜ六星竜一は人殺しになったのか?

 珠樹と恭一郎がその部屋に入ると、既に警護の警察官はスタンバイを終え、部屋の中央にある机には俵田と小田切が席に着いていた。

 小田切は珠樹達の姿を見て目を丸くする。

 そんな小田切を見て俵田が口を開く。

 

「伝えて無かったな。これから少々重要な話をするんで、弁護士の先生達にも立ち会って貰うことになったんだ。その方がアンタも安心だろ?」

 

「ええと…まぁ、はい。」

 

「そうか。じゃ、早速始めるぞ。」

 

 俵田はそう言って息を吐くと、視線に力を込めて小田切を見る。

 

 小田切はシャツの上からセーターを羽織り、ズボンを履いている。

 腕時計の類いも着けておらず、事前のボディチェックでは武器に成りそうな物は回収している。

 

 部屋の内装も非常に簡素な造りである。

 中央に机と椅子があるのみで、余計な装飾も無ければ窓も無く、出入り口は一ヶ所のみ。

 

 間違っても実弾の入った猟銃など存在しない。

 

 今回の聴取について、小田切には事件があった時の様子について改めて話を聴くためと伝えてある。

 

 聴取に先立ち、一が立ち会いを望んでいたが、もしもの事があった際に未成年である一を巻き込んではいけないと、珠樹が説得して控えてもらっていた。

 

 手元の資料を捲っていた俵田が視線を上げ小田切をギロりと一睨みすれば、小田切は萎縮した様子で体を縮込ませた。

 それだけ見れば、小田切は緊張した気弱な青年にしか思えなかっただろう。

 

 しかし、部屋にいる全員が彼の正体を知っている。

 このいかにも怯えている姿が見せ掛けである事を、俵田や珠樹達は既に見抜いていた。

 

「………時田若葉が全て話したよ。」

 

 開口一番、俵田が不意打ちを喰らわせる。

 

「……え?」

 

「兜霧子を殺したのは自分だと認めたよ。ただし、殺害を計画し指示したのは、お前さんだとよ。」

 

「いや、ちょっと待って下さい!いったい何がどう言うことなんですか?だいたい若葉は、若葉は目を覚ましたんですか!?」

 

 混乱した様子でありながら、小田切の声色には僅かに喜色の音が聞こえた。

 予想外の展開に困惑しつつも、大切な人が無事である事が分かり安堵した具合である。

 

 その様子に恭一郎は目を見開く。

 これ程までに人は本心を偽れるものなのか。

 復讐心とはこれ程までに人を残酷にさせるのかと、知らず知らずの内に組んだ腕に力が入っていた。

 

「言っとくが言い逃れは出来んぞ。直接的な物証についてはこれからだが、お前が真の『七人目のミイラ』である状況証拠は幾つも上がってんだ。」

 

「ど、どうしてそんな!?僕は『七人目のミイラ』なんかじゃありません!きっと何か勘違いしてるんです。刑事さん、若葉と話をさせて下さい…」

 

「往生際が悪いな。だがな、警察も色々と調べてるんだ。アンタがどういう人間なのかもな。なぁ…」

 

 

 

「六星竜一さん。」

 

 

 

 その瞬間、机が俵田に向かって跳ね上がる。

 咄嗟に手で防御し直撃を逃れた俵田だったが、不意を突かれてバランスを崩し椅子ごと後ろに倒れる。

 その隙を逃さず、机を蹴り上げた小田切こと六星竜一の容赦の無い前蹴りが俵田の顔面を穿つ。

 

「グハッ!?」

 

「俵田さん!?貴様っ!大人しくしろ!」

 

 両脇に控えていた2人の警官が竜一を取り押さえるべく同時に飛び掛かるが、竜一は片方の警官の膝に前蹴りを放ち片膝を着かせると、下がった顔面に回し蹴りを食らわせ意識を失わせる。

 瞬く間に片方を行動不能にした竜一だったが、残った1人が羽交い締めに拘束しようとする。

 しかし、竜一は頭を後ろに振ると後頭部を警官の顔面にぶつける。

 鼻血が吹き出す強烈な一撃を喰らった警官は拘束を緩めてしまう。

 竜一は肘鉄を警官の鳩尾に入れると完全に拘束を解き、振り向き様に膝蹴りを顎に喰らわし失神させる。

 

 10秒にも満たない間に現役警官3名が無力化される光景に唖然とする珠樹達に向かって、竜一は軽く首を回すと不敵な笑みを見せた。

 

「さて、そんじゃ弁護士先生達も痛い目に遭いたくないなら其処を退きな。」

 

「っ!六星さん、この建物の周囲は警察が固めているわ。どうやったって逃走は不可能よ!」

 

「はんっ!役立たずの警官が何人いようと問題無いさ!邪魔する奴は誰だろうがブッ殺して館の当主達を血祭りに上げるだけだ。」

 

「…やっぱり動機は、27年前の事件の復讐なのね?」

 

「そこまで知ってたのか。ご明察。俺の母親は27年前に六角村の糞野郎達に殺された牧師一家の生き残りの六星詩織。俺はその息子の六星竜一さ。まったく。こんなに早く正体が暴かれるなんて思っても見なかったぜ。」

 

 竜一は片手で頭を押さえながらヤレヤレと自嘲する。

 その様子からは焦りの色は一切見られず、不気味な余裕さえ感じられた。

 

 倒れた俵田達の様子を窺うが、僅かに呻き声が聞こえるのみで回復する兆しは見られない。

 

 すると恭一郎が扉の前に仁王立ちになり、怒りの籠った視線で竜一を睨む。

 

「………どうしてだ?」

 

「あん?」

 

「どうして霧子さんを殺したんだッ!彼女は、お前の復讐とは無関係だろ!」

 

 部屋中を揺るがせるような怒声だった。

 

 竜一やその母親である詩織が六角村の当主達に復讐心を抱くのは理解できる。

 戸籍上は死んだことに成っている詩織が、たった1人で幼子を育て生きていくのは並大抵の事では無かった筈だ。

 親姉妹を殺されてからの彼女たちの人生は、平穏とは程遠いものであった事は容易に想像がつく。

 それに付属する憎しみが、途方もないものになってしまう事も…

 

 だが、霧子は27年前の事件とは無関係である。生まれてすらいなかった。

 

 そんな彼女を無惨にも、若葉に裏切らせる形で命を奪うのは到底許せる事では無かった。

 

 そんな、怒りとやるせなさが混ざりあったような表情を浮かべる恭一郎を、竜一は鼻で嗤う。

 

「んなもん、都合が良かった以外に無いね。」

 

「………は?」

 

「早い段階で俺のアリバイを成立させるには、若葉が教会に籠る時に殺しをさせるのが一番だと思ってたんだ。そしたらちょうど良い獲物が兜の娘だったってだけさ。兜や時田の野郎を絶望させる事も出来るし、一石二鳥ってやつだな。」

 

「………」

 

「本来の予定だと警察の鑑識が入る前に若葉も殺して、隙を見て教会の遺体と入れ換え、若葉は兜の娘に殺されたって思わせて捜査を撹乱。その間に当主の奴らをブッ殺してやるつもりだったんだがなぁ。」

 

「………」

 

「それがどうだ?若葉がトチったせいで計画が全部パーだ!やっぱ重要な事は人任せにするもんじゃねぇな。まさか小娘1人しか殺せずに正体がバレるなんて思っても見なかったぜ。せっかく不動高校に赴任予定の新任教師を殺して成り代わったってのに、無駄になっちまったよ。」

 

「…頼む。それ以上喋らないでくれ。」

 

 感情を圧し殺した低い声で恭一郎は言う。

 これ以上、聴いていたく無かった。

 命の尊厳など何一つ考えていない口調に恭一郎の表情が消える。

 

 あまりにも辛すぎた。

 こんな奴の為に、霧子が殺されたなんて信じたくなかった。

 

「お前はクズだ。」

 

「………ああ、知ってる。」

 

 若葉の恋心を弄び、好意と罪悪感に付け込んで親友の命を奪わせた男は、人を馬鹿にするような笑みで吐き捨てた。

 

 恭一郎は拳を握り締め、竜一に向かって歩を進めようとする。

 そんな彼を制したのは珠樹だった。

 

「…野々宮…先生。」

 

 恭一郎の肩に優しく手を置いた珠樹は、何も言わず前に出る。

 

「六星竜一さん。貴方にお聞きしたい事があります。27年前、生まれてすらいない貴方がこの村の当主方に殺すほどの怨みを持つとは考え難い。となると、本当に殺意を抱いていたのは貴方のお母様、六星詩織さんではないですか?」

 

「ああっ!そうだよ。お袋は殺された家族の復讐をするために俺を育てたんだ。どうすれば六角村の糞野郎供を皆殺しに出来るか考え、俺にあらゆる殺人術を教えたんだ。」

 

「…なんて事を。我が子に人殺しの術を教えるなんて。詩織さんは今何処に?」

 

「死んだよ。俺が殺したんだ!お袋は俺を殺人マシーンにする最終段階に自分を俺に殺させたんだ!最後に『必ず館の主人を殺せ』と言い残してな。以来俺は、何人殺そうが何にも感じない殺人マシンになったんだ!」

 

「…そうでしたか。」

 

 珠樹は沈痛な面持ちで竜一の話を聞くと、大きく深呼吸をし竜一の両目を正面から見据えた。

 

「六星竜一さん、貴方は救われるべき人間です。」

 

「………は?」

 

 予想外の言葉に竜一は間の抜けた声を出してしまう。

 恭一郎も驚いた様子で珠樹を見ていた。

 

「このような事を言うのはなんですが、貴方の幼少期の養育環境はマトモとは到底言えません。どんな理由があろうと、我が子を人殺しに育てようとするなど許される訳がない。竜一さん、貴方はお母様に虐待同然の行為を受けていた。そう言わざるをえません。」

 

「虐待?俺が?」

 

「はい。詩織さんも心を病んでいたのかもしれません。だけど詩織さんは自分の復讐の為に貴方を利用し、貴方から人並みの幸せを手にする機会を奪い、貴方の心に生涯消えることの無い深い傷を負わせてしまった。とても悲しい事です。」

 

「…だからなんだって言うんだ。今更そんな話をしたって、もうどうにもならないだろうが!」

 

「それは違う!貴方はお母様の教育により物事の正邪の判別が極めて難しい状態にあったと言って良い。精神鑑定によって自身の判断で犯行を思い止まれる精神状態には無かったとされた場合には、ほぼ確実に減刑がされるわ。竜一さん、貴方にはまだやり直すチャンスがあるのよ!」

 

「な、なにを言ってるんだ…俺は…俺はお袋の復讐の為に人生を…」

 

「貴方はそんな事をしなくても生きていける!私達の仕事はね、世間から犯罪者とか、クズだとか言われてる人達を助け、社会の一員として立ち直らせる事なのよ!貴方の人生は親の復讐の為のものなんかじゃ無いわ。貴方が幸せになる為のものよ!」

 

 珠樹の言葉に竜一の顔が大きく歪む。

 どこか苦し気であり、助けを乞うかのような表情だった。

 

 

 

 

 

 

 珠樹の説得は竜一のこれまでの人生を全否定するようなものだった。

 竜一にとって、母親は人生における唯一の味方だったからだ。

 

 出生時の状況から戸籍が無かった竜一は学校に通えていない。

 彼を養育し勉強を教えたのは母の詩織である。

 彼女は苦しい生活の中、常に竜一に寄り添い、愛情を注いでくれた。

 母といる間、竜一は孤独や生き辛さを感じることはなかった。

 

 8歳になった日、その日から詩織による殺人の教育が始まった。

 最初は公園で捕まえた虫を殺すとこから。

 それが小動物になり、次に野良猫になった。

 竜一は泣いて嫌がったが、母は息子に無理矢理刃物を握らせ、逃げれないように足を潰された仔猫を殺すように命じた。

 目の前で、仔猫が甲高い鳴き声が小さく聞こえる。まるで命乞いをしているようだった。

 

『やりなさい、竜一。』

 

 恐ろしく低い声で母が命じる。

 竜一はボロボロと涙を流し首を振った。

 

『どうしたの竜一、母さんの言う事が聞けないの?』

 

 それでも動かない竜一に対し、母は袖を捲って火傷の痕を見せながら言った。

 

『いいかい、竜一。お前は母さんの代わりにあの連中に復讐するんだよ。お前はあいつらを殺す為に生まれてきたんだから。』

 

 母は、極貧の地獄のような生活の中で復讐の憎悪を糧に生きていた。

 息子を立派な人殺しに育て上げ、自分を地獄に突き落とした者達を殺し尽くす。

 それだけが生きる希望だった。

 

 竜一は歯を食い縛ると、腕を振り上げ刃の切っ先を仔猫に突き立てた。

 

『…良くやったわ。なんて良い子なの。お前は母さんの自慢の息子よ。』

 

 手を鮮血で汚し呆然とする竜一を、母は優しく抱き締める。

 仔猫は鳴き声を上げず、時折体を痙攣させ、やがて動かなくなった。

 

 

 

 それからも教育は続いた。

 最初は何度も吐き気と罪悪感に苛まれていた竜一も、回数を重ねる度に動揺する事はなくなり、無感動に生き物を殺せるようになった。

 そんな息子の成長を、母は心から喜んでいた。

 

 気付けば教育が始まって5年の歳月が過ぎていた。

 その日、母は仕事が休みだった。

 そういう日は大抵一日中教育に費やされるのが当たり前だったが、この日の母はやけにご機嫌だった。

 

『竜一、お出掛けしましょ。』

 

 そう言って街に繰り出すと、母は竜一をデパートに連れて行ってくれた。

 そこにあったのは竜一が見たこともない世界だった。

 

 美味しそうな匂い。陽気で騒がしい音楽。楽しげな人々の笑顔。

 

 まるで世界中の喜びを1ヵ所に集めたような空間に、竜一は胸が高鳴るのを感じた。

 寂れたアパートとその周辺が世界の全てだった竜一にとって、これまでに無い色彩が眼前に広がっていた。

 

 竜一はレストランで初めてのハンバーグの味に衝撃を受け、家電売り場のテレビに流れる人気バンドのPVに心を踊らせ、街を一望できる屋上からの景色に目を輝かせた。

 

 楽しい時間はあっという間。

 気付けば西陽が差す時間となっていた。

 

『竜一、そろそろ行くわよ。』

 

 自販機で買った100円のジュースを手に一息つく竜一に、母が声を掛ける。

 名残惜しくはあったが、竜一は頷くと残りを味わって飲み干すと缶をゴミ箱に捨てず、コッソリとバックに隠した。

 

 帰りのバスの中、竜一は今日1日の感想を母に話した。

 何が楽しかった。どれが美味しかった。

 話せることはいくらでもあった。

 母はそれを微笑みながら黙って聴いていた。

 

 家の最寄りバス停が近づき、竜一は停車ボタンを押そうとする。

 だがその手を、母は掴まえた。

 

『まだ、降りないわよ。』

 

 驚く竜一に母はニッコリと笑った。

 

『行く場所が残ってるの。』

 

 そう言った。

 

 日が暮れるのを車窓から眺めながら、竜一はバスに乗り続けた。

 バスは住宅地を離れ、人気の少ない郊外へと進んでいく。

 竜一の胸中になんとも言えぬ不安感が渦巻いていた。

 母は相変わらず口許に微笑みを浮かべている。

 

 竜一達が下車したのは、終点の一つ手前だった。

 日はすっかり沈み、周囲には田園と鬱蒼とした林が広がり、遠くに民家の灯りが見えていた。

 虫の鳴き声が、やたら大きく聞こえた。

 

 戸惑う竜一をよそに、母は暗い夜道を迷い無く進む。

 やがて2人が歩む道は整備されていない獣道に変わった。

 足元は悪く、一寸先は闇が広がる。

 にも関わらず、母の足取りは不思議なほど軽快であった。

 竜一は着いていくだけで必死である。

 

 どれ程の時間が過ぎただろう?

 たどり着いたのは林の奥にある開けた場所であった。

 なぜか、成人が頭まですっぽり入れるくらいの大きな穴が口を開いている。

 

『着いたわよ、竜一。』

 

 母が振り返りながら笑い掛ける。

 ここは何処なのか尋ねると、母は益々笑みを濃くした。

 

『ここはね、土地の所有者が行方不明で管理をされていないの。街からも離れていて滅多に人が来ないのよ。』

 

 楽しそうにそう言いながら、手提げ鞄から何かを取り出す。

 鈍い銀色の刃が月明かりを反射した。

 

『さあ竜一、最後の仕上げよ。母さんを殺しなさい。』

 

 母は包丁を竜一に手渡しながら言った。

 衝撃のあまり思考に空白が出来た竜一は、思わず包丁を受け取ってしまう。

 

 どうして?

 

 そんな間の抜けた問いが零れ落ちた。

 

『お前には母さんが教えられる事は全部教えたわ。お前なら館の連中に遅れを取る事は無い。だけど寸での所で情が出るかもしれない。だからそんな不要なものが現れないように、お前は人の心を失くさなければならないの。完璧な殺人鬼になるために、お前は人間を失格しなければならないんだよ。』

 

 酷く澄んだ目で母は語った。

 

『この私を、母さんを殺す事でお前の中にある人の心を殺す。それでこれまで続けてきた訓練は修了するの。さあ、竜一、やりなさい。』

 

 竜一は首を振った。

 いくらなんでも、母さんを殺す事なんて出来ない。そう言った。

 

『やるのよ、竜一。お前にしか出来ないの。母さんを殺して、あいつらを殺して。』

 

 その時、竜一は気が付いた。

 母の両眼から涙が流れ落ちている事を。月明かりに照らされた顔が悲壮なものであったことを。

 

『………お願い、竜一…私を…殺して』

 

 

 

 気が付けば竜一は絶叫を上げ走り出していた。

 気が付けば包丁は母の腹部に深く刺さっていた。

 気が付けば濡れた両頬を暖かい母の両手で包み込まれていた。

 

『そ、そうよ竜一………それでいいの……』

 

 最後の瞬間、母は優しく、どこかホッとした表情を浮かべていた。

 

『こうやって母さんの代わりに...…あの館の…連中を………殺しな…さい…』

 

 その日、竜一は人間を失格した。

 身も心も殺人マシーンに成り果てた。

 

 もう誰を殺そうが、どれ程卑劣を働こうが、心に一切の動揺は無い。

 全ては館の連中を殺す為。

 母の最後の願いを叶える為の人生が定められたのだ。

 

 もはや自分の人生には復讐しかなく、それが生きる目的になったのだ。

 

 そう思っていたはずなのに………

 

『貴方は救われるべき人間です。』

 

 やめてくれ…

 

『貴方はお母様から虐待を受けていた。』

 

 違う!復讐は、俺が望んだ事だ!

 

『貴方はそんな事をしなくても生きていける!』

 

 ………だったらどうすれば良かったって言うんだ?

 母さんの最後の言葉を無視して自由に生きていけば良かったのか?

 そこで俺は本当の幸せを手に入れられたのか?

 

 答えは知りようが無い。

 

 

 

 

 

 既に竜一の手は2人の人間の血で汚れている。

 1人は母のもの。

 もう1人は、不動高校に潜入するために成り代わった本物の『小田切進』の血である。

 

 1年以上前、館の主人の1人である時田十三の娘が東京の高校に進学する事を知った竜一は、彼女に取り入る為に教師として時田若葉に近づこうとした。

 

 そこで竜一は新たに不動高校に赴任する教師を調べ上げ、新卒の小田切進に目を付けた。

 

 竜一は大学のOBを装い小田切に近づくと、隙を見て殺害し彼の身分を乗っ取った。

 そうして何食わぬ顔で不動峰高校に入り込むと、思惑通り若葉と親しくなり、やがて人目を忍ぶ恋人同士になった。

 全ては順調であった。

 

 そんなある日の事である。

 小田切から奪った携帯に入った通信アプリに着信があった。

 相手は小田切の母親だった。

 

『最近連絡がないけど元気にしてる?』

 

 そんな、我が子を心配するごく普通のメッセージである。

 竜一は悩んだ末に『仕事が忙しかったから連絡する暇も無かった。』と返した。

 すぐに既読が付き、返信が来る。

 

『お疲れ様。初めての事ばかりで色々大変だと思うけど健康にだけは気を付けるのよ。進が元気でさえいれば、お母さん達は幸せなんだから。』

 

 文面を読んだ竜一は『分かった。ありがとう。』とだけ返した。

 人の心を失ったはずの胸が、なぜかとてもさざ波立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の人生が…幸せになる為に…あるだと?」

 

 そう呟くと、竜一の瞳に怒りが宿る。

 

「じゃあ何で俺や母さんはこうなんだ!?アイツらが俺達をこんな風にしたんだろうが!ふざけんなよっ!誰も手を差し伸べなかったクセにっ!!偉そうに人の幸せを語ってんじゃねぇっ!」

 

 激しい憎悪にまみれた慟哭が部屋を揺らす。

 そのあまりに悲痛な姿に珠樹は憐憫の情を覚えると同時に、絶対に彼を救わなければならないという決意を固めた。

 

「…これまでに貴方達を救える人が現れなかった事は、とても残念に思うわ。だからこそ、私は何が何でも貴方の味方になりたいの。たとえどんな重い罰を受ける事になっても、私が貴方を社会復帰するための道を作るわ。」

 

 簡単な事では無いのは分かっている。

 竜一は2人の命を奪い、自分を慕う少女に幼馴染みを殺害させた。

 たとえそこにどんな理由が有ろうと、世間は竜一を許さないだろう。

 

「六星竜一さん。貴方は赦されざる罪を犯したわ。けれど刑罰を終え、罪を償った後には再び社会に戻らないといけないわ。私達が必ずその手伝いをする。」

 

「なんで…そんな…」

 

「私達が弁護士だからよ!」

 

 決意表明に等しい力強い宣言に、竜一は目を見開くと頭を押さえ、そして苦しそうに笑った。

 

「遅えよ…」

 

「そんな事は無い。」

 

「いや…もっと前、少なくともこの村に来る前にあんたに会ってたら違ったかもしれないけどな。」

 

 竜一は拳を構えると、前傾姿勢になり珠樹と恭一郎を睨む。

 

「悪いが俺は止まる気は無い。俺達家族を地獄に突き落としといて、何の後悔もせずに未だに大麻を作ってる館の主人達を見たんだ。殺さずにはいられない。」

 

「…既に警察はこの村の闇には気付いているわ。麻薬の件も、27年前の事件についても、遠くない内に捜査の手が入り、館の主人達の罪は公にされ裁きを受けるはずよ。それじゃあダメなの?」

 

「…ああ、ダメだ。自分の代わりに奴らを殺せ。それが母さんの遺言なんだ。」

 

「………六星さん。」

 

「なんだ?」

 

「ごめんなさい。やっぱり私達は、これ以上貴方に罪を重ねさせる訳にはいかない。」

 

 珠樹がそう言った瞬間、竜一は膝裏に強い衝撃を受け体勢を崩す。

 その足元には意識を取り戻した俵田が組み付いていた。

 

「なっ!?テメェいつの間に!?」

 

「へっ!弁護士先生達が気を引いて時間を稼いでいる間になっ!さっきはよくもやってくれたなぁっ!」

 

「クソがぁっ!!」

 

「させるかっ!」

 

 竜一は俵田を振り払おうと蹴りを見舞おうとする。

 だが足を振りかぶるよりも早く、恭一郎の巨体が驚くべき速度で竜一にぶつかり、その勢いのままに足を払うと豪快な大外刈を決めた。

 竜一の身体は宙に浮き、そして恭一郎共々浴びせ倒されるように背中から床に叩きつけられる。

 

「カハッ!!」

 

 肺の空気が全て押し出されるような衝撃に竜一の動きが止まる。

 その隙を逃さず、恭一郎と俵田がのし掛かって身体を拘束した。

 

「六星竜一っ!公務執行妨害の現行犯で逮捕する!」

 

 俵田は竜一の腕を押さえ付けると、その手首に手錠を掛けた。

 一瞬抵抗の意思を見せた竜一だったが、体重100kg越えの恭一郎にマウントポジションを取られ、ここからの逆転は無理だと悟ったのか四肢の力を抜いた。

 それを確認すると、俵田は携帯で待機している部下達に応援を要請する。

 

 それから数分後、部屋には大勢の警察官が詰めかけ、その中心で竜一は両脇を拘束され抱え上げられるように立たされていた。

 

 その顔には全てを諦めたような空虚しか無い。

 しかし虚ろに光を亡くした瞳が珠樹達を捉えると、どこか自嘲染みた笑みを見せた。

 

「…まったくやられたよ。最初から時間稼ぎが目的だったんだな。」

 

「…ごめんなさい。でも貴方を救いたいというのは本心よ。出来ることなら、私達に貴方の弁護をさせて。」

 

「………勝手にしろ。」

 

 その返答に珠樹はホッと胸を撫で下ろす。

 竜一にはまだ、人としてやり直す事が可能だと安堵して。

 

「待って下さい!」

 

 警察が竜一を部屋から連れ出そうとしたその間際、顔に擦り傷を作った恭一郎が彼らを止める。

 

「一つだけ、彼に伝えておかなくちゃならない事があるんです。六星竜一、時田新葉さんから伝言だ。」

 

「……若葉から?」

 

「ああ。君に対し『申し訳ない』と。それと『絶対に死なないで欲しい』と。」

 

 その言葉に竜一は暫し茫然とする。

 しかし程無くすると、呆れた様子で笑みを浮かべた。

 

「はっ!まったくあのお嬢様は、自分が利用されていたと分かってるクセにまだそんな事を言ってるのかよ!本当にバカだな!」

 

「なんだと!」

 

 竜一の嘲笑に憤り恭一郎は詰め寄ろうとする。

 だが、寸での所で立ち止まる。

 

「本当にバカな女さ…本気で俺を愛したんだからさ……本気で...命がけで………こんなろくでもない男をよ……」

 

 誰も動くことは出来なかった。

 親のために人の心を捨てさせられ、それでもなお人間的な感情を捨てきれず、己の存在意義と植え付けられた憎悪の間に翻弄された憐れな殺人鬼は、ただ利用している筈だった仇敵の娘の想いに触れ涙を流していた。

 

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくるその時まで、誰もが涙する六星竜一から目が離せなかった。

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