殺人鬼達に救われる道はあるのか?   作:コミカド

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野々宮珠樹と金田一一の関係について

 六星竜一が公務執行妨害で現行犯逮捕されて2時間後、関係者として簡単な聴取を終えた珠樹は鎧の館の外に出ていた。

 外には昨日にも増してパトカーが大挙しており、空には報道ヘリの姿も見える。

 警察はともかく、メディアの動きが早い事に珠樹が驚いていると、顔にガーゼを貼った俵田が現れた。

 

「どうも、野々宮先生。聴取お疲れ様でした。」

 

「お疲れ様です、俵田刑事。怪我は大丈夫そうですか?」

 

「ええ。幸いにも軽い脳震盪だけで骨折はしてないようです。この後、病院には行く予定ですけど。」

 

 照れ臭そうにガーゼを掻く俵田だったが、上空を飛ぶヘリに気付くと深刻な表情になる。

 

「…どうやら27年前の事件や麻薬の密売の事がマスコミに漏れたようです。県警もこうなった以上、本腰を入れて捜査せざるをえないでしょう。」

 

「という事は、汚職の件も...」

 

「はい。既に警察庁の監察部が動いてるようです。幸い私は引き続き捜査指揮を行えるようですが、今後はどうなるか分かりません。少なくとも、上の面子は入れ替わる可能性が高いでしょうね。」

 

 27年前、事件の隠蔽に加担した警察関係者は全員退官し、その大半が既に鬼籍に入っている。

 だが警察が殺人事件の犯人から賄賂を受け取り、事件を揉み消したという事実は消える事は無い。

 その汚名は現役の警察官に付きまとい、批判の矢面に立たされるだろう。

 

「批判は当然の事です。寧ろこの機会に膿を出しきるくらいの気構えでなければ。」

 

「……俵田さん、私みたいな者がこんなことを言うのも変ですけど、どうか負けないで下さい。貴方のような警察官こそ、市民には必要です。」

 

「…ありがとう御座います。我々も1日でも早く市民の信頼を取り戻せるよう職務に臨んでいきます。」

 

 そう言って差し出された俵田の右手を珠樹は握り返す。

 俵田は軽く微笑むと手を離し、その手で敬礼をして背を向ける。

 

 そうして仕事に戻っていく俵田を見送った珠樹だったが、見計らったようにポケットの中の携帯が鳴った。

 携帯を取り出し相手を確認すると、珠樹はその目を大きく見開く。

 

「どうして今………まさか…」

 

 相手はかつて珠樹が弁護し、執行猶予を勝ち取った依頼人である。

 

 何故そんな人物からこのタイミングで電話が掛かってきたのか疑問を覚える珠樹だったが、その脳内にある仮説が組み上がり息を飲む。

 

 知らず内に唾を飲み込むと、珠樹は覚悟を決めて通話ボタンを押した。

 

「…もしもし、野々宮ですけど。」

 

『やあ、久しぶりだね、野々宮先生。元気にしてたかね?』

 

「…ええ、お陰さまで。そちらこそ、随分と機嫌がよろしい御様子で。」

 

『クク、まあ否定はしないさ。それにしても、君の方は大変な事に巻き込まれたみたいじゃないか。怪我が無いようで安心したよ。』

 

「…やはりそうだったんですね。」

 

『ん?何のことかな?』

 

「今回の一件、所長に時田十三氏の麻薬疑惑をリークしたのは貴方ですね。藤原玄道さん。」

 

 珠樹の指摘に電話の相手、元警視庁人事部長にして元衆議院議員、藤原玄道は喉を鳴らすように笑った。

 

『念のため確認したいのだが、どのようにしてその考えに至ったんだい?』

 

「直接の切っ掛けはこの電話ですよ。いくら警察OBの貴方でも、私が東京から遠く離れた東北の山村で起きた事件に関わっているのを知るには、あまりにも耳が早すぎます。そう思った時、色々と不自然な点がある事に気が付いたんです。」

 

『ふむ。具体的には?』

 

「まず最初に、所長が私達に時田十三氏の調査を命じた事。所長は時田氏の疑惑について、『警察関係者から聞いた』と仰ってました。だけどよくよく考えてみると、東北地方で麻薬の密造がされているという情報だけで時田氏に疑いを持つには根拠が薄すぎます。警察からの情報というだけで顧客に疑念を持つというのは、いま思うと所長らしく無かったです。じゃあ何で曖昧な情報で所長が私達に調査を命じたのかというと、情報源がよほど無視出来ない存在だったんじゃないかと思ったんです。」

 

『なるほど。つまり君たちの事務所に関係のある警察関係者、且つ古舘先生が信用する情報源として私だと判断した訳か。まあ悪くない推測だが、いささか早計が過ぎないかい?それだけじゃあ合格点はあげられないなぁ。』

 

「勿論それだけが根拠じゃありません。俵田刑事が27年前の事件の資料を集めようとした際、当時の捜査関係者は全員退官していたにも関わらず、かなり早い段階で事件の裏側を知る人物を発見し、証言をして貰う事が出来ました。藤原さん、あれも貴方が手を回していたんじゃ無いですか?」

 

 珠樹の質問に藤原は答えない。

 代わりに愉快そうに喉を鳴らして笑う。

 それが答えだった。

 

「最後にもう一つ。今回の事件は27年前の事件の続きであるという情報がマスコミに流れているそうです。こうなった以上、青森県警は27年前の事件を再捜査するしかないでしょう。県警は身内の不祥事を明らかにし、身を正さねばならなくなった。警察組織の不正を憎む貴方にとって、実に望ましい結果です。」

 

 珠樹が強い口調で言い切ると、藤原は今度は笑わず、黙って耳を傾けるのみであった。

 

「恐らく貴方は、何処かから27年前に六角村で起きた火事、或いは麻薬疑惑について知り、それらの隠蔽に警察が関わっている事を知った。当然貴方は事実を調査しようとしたが、執行猶予中の身であるから思うように動けない。だけど貴方は調査する中で時計の館の主人である時田氏がうちの事務所の顧客である事を知り、所長へ情報を流し調査するように促した。所長も貴方からの情報を無碍にするわけにはいかず、謝罪を名目に私達を時田氏の元に派遣した。」

 

 本来なら麻薬密造の疑惑を深めるだけで良かったのだろう。

 珠樹にしろ、所長にしろ、いくら顧客であったとしても薬物犯罪を見逃す事は出来ない。

 必ず何かしらの形で司法機関にリークするか、時田氏に自首するように働きかけたに違いない。

 

 そうすれば自然と27年前の事件の真相に辿り着く者も現れ、再捜査の機運も高まっていただろう。

 

 そう珠樹が自分の推測を語ると、電話の向こうでパチパチと手を叩く音が聞こえた。

 

『見事だ野々宮先生。概ね正解と言っておこうか。答え合わせでは無いが、少し私の話を聞いてくれ。』

 

 そう言うと藤原は電話の向こうでお茶を啜り、今回の出来事の始まりについて語り始めた。

 

『事の発端は数ヵ月前。一審で私に執行猶予判決が下された直後、手紙が届いたんだ。告発文だったよ。内容は察しの通り、27年前に六角村で起きた事件の真相と、県警の忌まわしき不正についてだった。無論、そこに書いてある事を真実だとする材料は無かった。だが私はそれが本物であると直感したんだ。』

 

 長年監察官をしてきた勘というやつだね、と藤原は嘯く。

 

『とはいえ、裏付け無しに断定は出来ない。私は差出人と直接会って話を聞くことにしたよ。相手は青森市内の病院に入院している元警察官だった。』

 

「それってもしかして…」

 

『ああ。そちらの警察に証言をしたのと同一人物だよ。彼は長年県警に勤め、十年程前に退官していたが最近になって大病を患い、医師から余命宣告を受けたそうだ。人間というのは己の死期を悟ると過去の罪を告解したくなるものらしい。彼はかつて自らが隠蔽に関わった事件について罪の意識に苛まれ、全てを告発しなければならないと考えたんだ。そこで、『例の事件』で腐敗した警察組織に誅罰を下したとされている私の元に告発文を送り、私に県警と六角村の闇を明らかにして欲しいと願った、という訳さ。』

 

「そうだったんですね。自責の念に駈られ、牧師一家の無念を晴らす為に…」

 

『どうだろうね?私にはただ罪悪感から逃れたいだけのように見えたが。本当に被害者の無念を晴らしたいなら、もっと早く告発するべきだった。結局は保身の為の自己都合としか思えないね。』

 

 監察官として長きに渡り組織内の不正と戦い、腐敗した正義を何よりも憎む藤原は、そう吐き捨てる。

 そうした内面を知る珠樹は、掛ける言葉を見つけられなかった。

 

『それはともかく、後の事は野々宮先生の推測通りだ。私は時田十三の東京の財産を古舘先生が管理している事を知り、彼に時田十三が麻薬密造に関わっている事を知らせた。古舘先生が君を調査に向かわせたのは、君ならば真相を確かめてくれると思ったのと、私との繋がりがあったからじゃないだろうか?』

 

「要するに、貴方の思った通りに事は動いたという訳ですね。」

 

『誤解をしないで欲しいが、私だってまさか27年前の事件に生き残りがいるなんて思わなかったし、その息子が身分を偽って殺人計画を企んでいたなんて想像すらしてなかったよ。報告を聞いた時は胆が冷えた。結果として、君達を危険な目に遭わせた事に言い訳のしようが無い。本当に申し訳なく思ってるよ。』

 

「それは仕方がない事なんで構いませんけど、今度似たような事があった時は上の人間だけでコソコソしないで、きちんと現場に出る人間にも事情を説明して下さい。秘密主義も大概にしとかないと、いつか痛い目を見ますよ。」

 

『ああ、そうしよう。それと、詫びと言ってはなんだが今度ご飯を奢らせてくれ。勿論、君だけじゃなく若先生も一緒にな。』

 

「…分かりました。時間が出来たらコチラから連絡します。」

 

『ククク。楽しみにしているよ。では、また。』

 

 電話が切ると、珠樹は肩の力を抜いて大きく溜め息を吐いた。

 たいして長くない会話だったが、体力も気力もドッと削られた感覚に陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあつまり、僕達は藤原議員の掌の上で踊らされてたって事ですか!?」

 

「まあ、端的に言えばそういう事ね。あと、元議員よ。警察に捕まった時に辞職してるから。」

 

 電話からさらに数時間後、珠樹は村の入り口で空港に向かうタクシーを待つ合間に、藤原玄道との会話を恭一郎に話して聞かせた。

 案の定、恭一郎はまさかの人物の暗躍に唖然とするが、同時に疑問を覚える。

 

「それにしても、どうして所長は藤原議員の名を伏せたんだろ?そんな事をせずに最初から事情を説明すれば…」

 

「それは多分、私が藤原さんの事を苦手にしているからよ。」

 

「えっ!そうだったんですか?」

 

「うん。前に酒の席で所長に零したのよ。それを覚えてたから、気を使って名前を伏せてたんだと思うわ。」

 

「はあ…ちなみに、どうして野々宮先生は藤原元議員を苦手にしてるんですか?」

 

 どちらかというと社交好きな性格を知る恭一郎からすれば、珠樹が苦手とする人間に思い当たる節は無い。

 そんな珠樹がどうして藤原玄道を苦手にしているのか?

 恭一郎が興味を惹かれ尋ねると、珠樹は何とも言えぬ複雑な顔になる。

 

「別にトラブルになったわけでは無いんだけど、なんというか話をしてると疲れるのよね。あえて言うなら緊張するというか、少し怖いの。」

 

「そんなに威圧感がある人でしたっけ、藤原元議員って?」

 

「ううん。むしろ見た目は優しい感じの痩せたお爺ちゃんよ。だけどね、黒眼が妙に大きくて暗い、なのに常にギラギラしている。そんな印象を受けるの。それで話してみると分かるんだけど、あの人は自分の死に場所決めて、目的の為に突き進んじゃう人。要するに、常時覚悟ガンギマリで事に臨む人よ。」

 

「………ああ、なるほど。そう言う感じの人なんですね。確かに、相手にすると疲れますね。」

 

 恭一郎は僅かに顔を引き攣らせながら納得した。

 報道で知る藤原玄道と珠樹の人物評は一致する。

 

 なんせ藤原は、検察の裏金絡みの殺人事件を闇に葬ろうとした警察組織に誅罰を下すため刑事部長を狙撃し、自分を逮捕し事件を解決する代わりに殺人事件を隠蔽しようとした事実を白日の元に晒すか、隠蔽をし続ける代わりに警察幹部が銃撃された事件を迷宮入りさせる恥を晒すのかの2択を迫り、警察組織に正義の所在を問おうとした男である。

 

 その有り様は多くの人を惹き付けるカリスマを放っているが、親しくするには体力を必要とするのは容易に想像がつく。

 弁護した珠樹が苦手意識を持つくらいなのだから、それもよっぽどのものだったのだろう。

 

「それよりも、東京に戻ったら正式に若葉さんと六星竜一の依頼を取り付けて、弁護の準備をするわよ!暫くは忙しくなるから覚悟しといてね。」

 

「分かってますよ。僕だって少しでも彼らの罪を軽くさせてあげたいですから。だけど…」

 

「どうかしたの?」

 

「…いえ、六星竜一は本当に若葉さんの事を愛してしまっていたのか?と思って。」

 

「……そうねぇ、少なくとも逮捕された時の彼の涙は本物だったと思うわ。」

 

 母親から復讐殺人を強要され、人の心を壊されてしまった竜一。

 そんな彼の心を救っていたのは、復讐のために近づき利用しようとしていた若葉だったのかもしれない。

 

「もしかしたら、彼らが普通に出会い、普通に恋をして、普通に愛を育んでいた未来もあったかもしれないですね。」

 

「ええ。だけどこれだけはハッキリしてるわ。」

 

「え?」

 

「成人した大人が、18歳未満の子供に性的に手を出すのは犯罪よ。どんなに2人が真剣に交際していたとしてもね。」

 

 珠樹の言葉に恭一郎は一瞬呆気にとられると続いて軽く噴き出し乾いた笑い声を漏らす。

 確かにそれは紛れもない犯罪だ。

 もし彼らを弁護する事が出来たならば、その点についてもきちんと反省させよう。

 

 恭一郎は、ふと高台から六角村を見下ろす。

 その眼下では大勢の警察官が忙しなく動いていた。

 

 既に警察は裏山に隠されていた大麻草畑を発見している。

 その規模は、既に事情聴取を受けている6人の館の主人達だけで世話をするにはとても手が足りない。

 つまり、少なくない数の村人が大麻草の密造に関わっていたのは間違いないだろう。

 恐らくこれから、両手で数えるには足りない数の逮捕者が出るだろう。

 そうでなくても、これまで大麻以外に主要な生産物が無かった村が、これまで通りに存続出来る筈がない。

 

 六角村は、まさに存亡の危機を迎えていた。

 

「……仕方がない事とはいえ、やりきれないですよ。村人にはきっと、大麻の事を知らない人達だっていた筈です。」

 

「…そうね。だけどこの村が繁栄を築いた一方で、この村で作られた大麻によって破滅させられた人達は沢山いる筈よ。何より、この六角村自体が大麻に依存してしまっていたからこそ、六星竜一や若葉さんが罪人となり、霧子さんが殺されてしまったのよ。」

 

 結局は大麻が全ての悲劇の元凶であり、村を滅ぼそうとしているのだと珠樹は断言する。

 

「いずれにしろ、この村の人々は罪に向き合い、古い因習を断ちきり、新たな道を進まなきゃいけないわ。それがどれほど過酷な道であろうとも。」

 

 村の未来は決して明るくない。

 むしろ暗雲が立ち込めているとしか言い様がない。

 それが村人に対する罰である、と言う人もいるだろう。

 だが珠樹達は、これが村が生まれ変わる機会になって欲しいと願わずにはいられなかった。

 六角村が大麻の村としてではなく、村人達が世間の人々に故郷として自慢できるような未来が今日から始まったのだと信じて…

 

 

 

 そのような雑談を交わしていると予約したタクシーが到着し、2人は荷物をトランクに積込み後部座席に乗る。

 そして運転手に青森空港までと伝え出発しようとした、その時である。

 

「あっ!いたいた。おーい!珠樹センセー!恭一郎センセー!」

 

 村に向かう下り坂の方から2人を呼ぶ声が聞こえた。

 窓から顔を覗かせると、一と美雪が息を切らせて坂道を駆け上がってきていた。 

 一達はそのままタクシーに駆け寄ると、息を整え不満顔を見せる。

 

「ああ、もう!帰るんなら一言くらいあっていいじゃんか!挨拶くらいさせてくれよ。」

 

「あっ。ご、ごめんなさい一君!色々あってスッキリ忘れちゃってたわ。」

 

「ったく。そんなこったろーと思ったよ。まあでも、先生達のお陰でなんだかんだ上手くいったみたいだし、それでチャラにしとくよ。ってそんな事よりも。」

 

 一は額の汗を拭うと神妙な顔つきになる。

 

「実は美雪が珠樹先生たちに聞きたいことが有るっていうんだ。なっ、美雪?」

 

「う、うん。あの、野々宮先生。これから若葉ちゃんは、どうなるんですか?」

 

 美雪は不安と緊張に苛まれた様子で恐る恐る尋ねる。

 その質問に珠樹は少し考えこむと、出来る限り優しく、されど真剣な面持ちで口を開く。

 

「若葉さんは既に兜霧子さんの殺害を認め、物証も上がっているわ。警察は遠からず、若葉さんを検察へ送検する。若葉さんは未成年だから本来なら家庭裁判所の審判を受ける事になるのだけど、殺人などの重大犯罪の場合、大人と同じ審判を受ける必要があると認められ検察に逆送されるわ。」

 

「…どれくらいの罪になるんですか?」

 

「若葉さんは罪を認め後悔し、被害者である霧子さんへの謝罪の言葉を口にしているわ。動機に関しては六星竜一からの教唆もあり、精神状態的にも正常な判断能力が鈍っていたと主張する事は可能よ。その上で再犯の可能性は著しく低いと主張する事は出来るけど、犯行に際し積極的に犯罪行為を行っている部分を裁判所がどう判断するかが判決のポイントになるわね。」

 

 そう言うと珠樹は、軽く息継ぎをして揺れる美雪の瞳を真っすぐ見返した。

 

「いくら切羽詰まった事情があったとはいえ、何の罪も無い友人の命を理不尽に奪ったという凶悪性を考えると、間違いなく実刑が下るわ。ただ諸々の事情を加味するなら懲役10年以下に収める内容になると思う。だけど忘れちゃいけないわ。殺人というのは、絶対に取り返しのつかない罪。そこに刑罰の重軽は関係ない。若葉さんはこれから、霧子さんの命という十字架を背負い、償い続けなきゃいけないわ。一生を掛けてね。」

 

「………教えていただき、ありがとう御座います。私、たとえどんな判決が若葉ちゃんに下されようと、若葉ちゃんの事を待ってます。私に出来る事なんて無いかもしれないけれど、若葉ちゃんが戻って来た時、寄り添ってあげたいなって思うんです。」

 

「それで十分よ。待ってくれてる人がいる。そうした社会との繋がりが、罪を犯した人が立ち直る力になるの。美雪ちゃん、これからも若葉さんの友達でいてあげてね。あっ、そうだ。」

 

 珠樹はゴソゴソと鞄を漁ると、名刺を2枚取り出し2人に渡す。

 

「これ、私の名刺。もし何かトラブルに巻き込まれたりしたら、ここにある電話番号にいつでも掛けていいから。出来る限り力になるわ。」

 

「へー、弁護士の名刺なんて俺初めて貰ったなぁ。ところで珠樹先生、トラブルとか無くても、この番号に電話しちゃダメっすか?東京に戻ってからお茶に誘ったりしちゃっても…」

 

「ちょっと、はじめちゃ~ん!」

 

 先程までの湿っぽい空気を一変させようとしてか、途端におちゃらけ始める一の耳を美雪が引っ張る。

 それを見て、珠樹の胸中にちょっとした悪戯心が芽生えた。

 

「ふふ。それは願ったりも無い事ね。私もはじめ君とはもっとお話ししたいと思ってたの。なんせ私とはじめ君が出会えたのは、きっと運命の導きなんだから。」

 

「「…えっ?ええっ~!?」」

 

 突然放たれた珠樹の爆弾発言に、一と美雪は狼狽する。

 一方で恭一郎は高校生をからかって笑う珠樹に呆れた様子である。

 

「あははっ、ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなくって。」

 

「そ、そりゃ驚くに決まってんじゃんか!いきなり運命なんて言い出すんだから。」

 

「あら、運命の出会いというのは割と本気なのよ。」

 

「それって、人と人との出会いはそれ自体が奇跡、って的な感じですか?」

 

「うーん、ちょっと違うわね。ねえ、はじめ君。野々宮珠代って人に聞き覚えは無い?」

 

「野々宮珠代?うーん、なんとなく聞いたことがある様な気もするけど。もしかして、珠樹先生の家族ですか?」

 

「うん。私のお祖母ちゃん。私の父は色々あって祖母方の名字を名乗っていて私もそれに倣ったの。」

 

「えーと、つまり珠樹先生のお爺さんの方に問題があったって事ですか。」

 

「まあ、そんな感じね。私のお爺ちゃんの家が悪い意味で有名になっちゃったから、父はお祖母ちゃんの方の名字を名乗ったの。私のお爺ちゃんの名前はね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犬神佐清っていうの。」

 

「犬神スケキヨって、まさか!?」

 

「そう。あなたのお爺さん、金田一耕助が解決した『犬神家連続殺人事件』の生き残りよ。つまり私は『犬神家の一族』の末裔って事。」

 

 衝撃的な事実に固まった一を嬉しそうに見た珠樹は、運転手にそろそろ出発すると告げる。

 エンジン音が鳴り、車体が震える

 

「お爺ちゃんは金田一先生にとても感謝していたわ。だから私としては、お爺ちゃんに代わって君に恩返しをしたいと思ってるの。そうじゃなくても君とは色々と話したいことがあるんだけど、今日は此処までね。」

 

 珠樹はタクシーの窓を閉めると、未だに呆然とする一に向かってウインクを投げかけた。

 

「また会いましょう。金田一一君。」

 

 白い車体のタクシーが舗装されていないデコボコ道に揺られながら六角村から離れていく。

 暫くした後に、我に返った一が慌てた様子で何やら大声で叫んでいたが、車内にいた珠樹達には聞こえなかった。

 

 




・野々宮珠樹
 東京都千代田区丸の内にある『古舘法律事務所』に在籍する弁護士。31歳。開桜学院高校卒、東大法学部出身。
 『犬神家の一族』で知られる、『犬神財閥連続殺人事件』の中心人物である『犬神佐清』と『野々宮珠代』の孫娘。
 本作において、珠樹の祖父母は事件後、遺産の一部のみ相続し犬神財閥の経営権などは放棄し東京で再出発。その手助けをしたのが恭一郎の祖父という設定。
 明るく社交的な性格であり、弁護士という仕事に強い誇りと矜持を持っている。

 当初の設定ではかなり性格に難があり、『事件簿の犯人達』が殺人鬼になる切っ掛けとなった人物たちを法律を武器に徹底的に追い詰め、社会的に抹殺する事に愉悦を覚えるキャラであったが、作者自身が書いていてあんまり面白くなかったのと、「佐清と珠代の孫がこんな性格だったら嫌だな」と思ったので本作のような性格になった。

・古舘恭一郎
 本作のもう一人の主人公。『犬神家の一族』の登場人物である『古舘恭三』の血の繋がらない孫。
 母親がアメリカ人であり、見た目はかなり西欧人の色が強く初見では外国人に間違われる事も多い。
 185㎝越えの長身で学生時代は柔道に取り組んでおり、大学時代には全日本選手権にも出場した。秀央高校卒、東大法学部出身。24歳。

 珠樹の性格は初期設定から大きく変更したが、恭一郎は特に大きな性格の変更などは無い。優秀だけど経験が浅く感情的であり、当初から珠樹に振り回されつつも弁護士として成長していく弟キャラとして描いている。あと金田一キャラには少ない武闘派キャラでもある。

・古舘豊彦
 『犬神家の一族』で殺害された若林豊一郎の息子であり、父の死去後、恭三氏に引き取られ養子となった。
 30代半ばでアメリカのロースクールに留学しカリフォニア州の弁護士資格を取得したが、そこで出会った現地の女子大生と恋仲になり結婚。恭一郎を授かる。
 飄々とした性格であるが弁護士としての腕はもちろん経営者としても優秀で、養父から引き継いだ事務所を準大手まで発展させた。
 珠樹の事を実の息子よりも可愛がっている。

・藤原玄道
 原作の公式スピンオフ前日譚『明智警部の事件簿』の最後の事件の黒幕。
 明智の父の同期であり、かつては監察官として警察内部の不正と戦い組織の健全化に努めていたが、一向になくならない警察不祥事に警察の自浄作用の限界を悟り、外部から警察を変えるために退官し議員に転身した。
 しかし共に警察の改革を誓っていた盟友の斎藤吉継刑事部長が、検察庁公安部長が検察の裏金を告発しようとして殺害された事件を検察の圧力に屈し事故として処理した事に失望し、警察時代の部下を使って狙撃した。
本作では珠樹が担当弁護士になったという設定。
 裁判では「狙撃することが目的であり被害者に対する殺意は無かった」と主張し殺意を否認。
 被害者との和解が成立し厳罰を求められてない事、検察に大きな負い目があり厳しい追及が行われなかった事、ネットを中心に世間では同情的な論調が大きくなったことなどが要因となり、懲役3年執行猶予5年の判決が下された。


 なお、『明智警部の事件簿』では警察上層部が公安部長殺人事件を隠蔽した事実を明らかにするのに及び腰になる中、明智とその部下たちが上層部の意向を無視する形で独断専行の捜査を行い藤原の逮捕に至る。
 明智は自分が泥を被り部下たちを守るつもりだったが、予想に反し事件解決に貢献したとして警視に昇進。
 一方で部下たちはキャリア組であった1名を除き軒並み刑事部から異動させられ交番勤務や事務方へと配置転換される。
 自分だけが手柄を認められ仲間たちが処分も同然の扱いを受けた事は明智を大いに打ちのめし、部下たちを守れなかった挫折感から精神的にかなり荒れた様子が描かれている。
 それから立ち直れないまま『雪夜叉伝説殺人事件』に望んだ様子も描写されており、『雪夜叉伝説殺人事件』での数々の醜態はこの時の最悪なメンタルが起因しているのではないかと考えられる。

 
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