引退したソシャゲに異世界転移したらヒロインが全員病んでた件 作:西沢東
「物事には限度ってものがあるだろ……」
広い部屋の中で、コンピューター上に表示される無数の表示から俺は目を逸らす。チャットには毎秒の如く見覚えのある女性の名前とメッセージが浮かんでくる。内容は「今何してる?」「会いに行けない?」「どうして返事しないの」あたりがきっと大半なのだと見なくても予想がつく。仕事中なのでマジでやめて欲しいのだが。
キーボードでカチカチ文字を打ち込み、今日の討伐の報告書を取りまとめていく。そうやって取りまとめている間も、周囲から常に複数の視線が降り注ぎ、離れることはない。ちらりと覗き見ると、黒髪の少女や青髪の女性が、俺の方を見ながらずっとニコニコしている。そして机の下では緑髪の少女が俺の足を掴んで離さない。
美少女たちに好意を向けられているという男の夢のような状況。だけどこの視線に籠る熱に、俺は内心で恐怖せざるをえない。思いを寄せられるのって、もっと軽くて爽やかなものを想像してたんだけれど。
「任務で汗かいたし、そろそろシャワー行きたいんだが……」
「……ついてく」
「ついてこないでもらえないかな!?」
この部屋は本来俺専用の個室であった。だが気づけば少女たちがしれっと入り込み、さながら自分の家だと言わんばかりに定位置を確保してしまっている。寝場所も俺個人用のはいつの間にか無くなり皆で寝る用の巨大ベッドが用意、食器も気づけば人数分準備されてしまっている。
「アリスちゃんも心配なんっすよ、いいじゃないっすか。あ、ミハルちゃん、シャワー室にカメラ仕込んであったっすよね」
「お前もしれっと覗こうとするな!というかカメラあるの!?」
「どのアングルがいいんだ?」
「選択肢ある感じ!?」
俺は驚いて聞き返す。前の世界だったら美少女がやったとしてもシンプルに性犯罪だぞ。まあこの世界に法律なんて概念は存在しないんだけどさ。
俺は足元にしがみつく少女、アリスを引きはがそうとするもびくとも動かない。その表情は怯えが多数含まれていた。まるで、過去に何かトラウマがあるように。
黒髪の少女は苦笑しながら、俺の肩に自身の顎を乗せる。ぴたりと寄せられた彼女の体から体温と心音が直接伝わってくる。彼女は暗い笑みを浮かべながら耳元で囁いた。
「だって好きな人が、
「……」
「私も我慢してるんっすよ。他の子みたいに、消えない傷を貴方に刻んだり、檻の中に閉じ込めたり、ずっと体で繋がっていたかったり。過去のトラウマと憧憬と性欲がぐちゃぐちゃに絡まりあって、どうしようもない感情を、今のところは見るだけで抑えてるんっすから。好きっす、ずっと一緒にいてください。部屋の中で、私を貴方無しにしないでください。貴方がいなかった5年間を思い出すだけで……」
俺はしがみ付いてくる黒髪の少女の頭を撫で、深く過去を後悔する。俺にとっては知るわけもなくありえない出来事であった。俺に何一つ責任はなく、むしろよくそこからリカバリーしたと褒めて欲しいくらいだ。
だが、それはあくまで俺視点。彼女たちの心は、歪んで砕けていて。本来はこんな美少女に囲まれている状況は正に人生の春だと胸を張って自慢し堪能するべきなのだろう。だが今でもコンピューターには無数の通知が入っており、ドアの向こうでは何やら騒ぎが聞こえる。恐らく盗聴器を付けていた別の少女が、俺が困っているのを理解し駆けつけてきたのだろう。
だからあえて、こう言わせて欲しい。
「どうしてこうなった──!」
一発ネタ……ではなく続きます。