引退したソシャゲに異世界転移したらヒロインが全員病んでた件 作:西沢東
3年ほど前の話。当時『アマテラス』近辺の哨戒任務に当たっていたウララとそのバディは、帰り道にアブラクサスの群れに襲われていた。装甲車の行く手を阻むように現れた彼らをどかすべく、ウララ達は濁刃を手に取り走り出す。だが、敵の数、実に30匹。二人で簡単に相手できる物量では決してない。
アブラクサスに囲まれながら、必死に濁刃を振るう。そんな中で、バディは戦闘中に突如、ウララに対してそう言った。
「ウララちゃん、ボクは今日で最後。もう、濁刃は持たない」
槍型の濁刃を構えたバディは、アブラクサスにその槍を突きさす。
「
「Gyaaaaaa!!!」
突き刺した槍の穂先から異音が響き、静かにアブラクサスが体内から凍結させられていく。ものの数秒もしないうちに、敵のアブラクサスは物言わぬ骸となった。
一方ウララは、動揺を隠しながら自分の目の前にいるアブラクサスを相手にする。小型ではあるが素早く硬い相手に、幾度もステップを踏み攻撃の芯をずらしながら、すれ違いに濁刃を装甲の隙間に突き立て行く。
ウララは怒り狂ったアブラクサスの攻撃を、数メートル跳躍し回避する。そしてバディに対して、向けたことのない冷たい視線を送る。
「……どうしてっすか」
「濁刃ってすごいよね。一般人でも侵食度を上げれば超人になれる。90%まで上がれば、才能さえあれば車と併走することすらできる。まあ、常時侵食を受けてるウララちゃんには言うまでもないことだよね」
「嫌味っすか」
「いや、技術部への称賛だよ。脆くて遅い敵を倒すのに特化した、近代兵器からの素早い転換。オメガ流体を利用した小規模かつ高出力な武器は、素早く硬い敵にはうってつけだ。奥義が一日5回程度しか使えないことを差し引いてもね」
そう言いながらバディは再び他の敵に向かって走り、風の如き速度で槍を突き立てる。再び異音と共にアブラクサスは体内から凍結させられる。
『オメガ流体の過剰励起による能力のオーバーロード』、通称奥義と呼ばれるものだ。バディの持つ濁刃は凍結の性質を持っており、穂先を-273度付近まで冷却、一瞬で相手の肉体の構成要素を破壊する。だが、この奥義には当然デメリットがある。
バディの腕に付けているバンドが赤紫に染まる。侵食度が90%近くになったことを示す証だ。オメガ流体の過剰励起はオメガ流体事態の揮発と漏出を促す。結果、自然と近くにいる使い手にその影響が現れ、一時的に侵食度が急上昇する。
それは既にウララも同様だ。ウララは常時侵食を受けているため、最初から侵食度が高い。故に奥義を数度使えばあっさりと限界に達してしまう。故にウララはもう奥義を使えない。100%を超えられないからこそ、残りの敵全てを侵食度上昇による身体能力のみで倒さなければならない。必死に敵の攻撃を回避し、濁刃を敵に叩きつけ続ける。
バディは互いの赤紫に染まったリストバンドを見てため息をついた。
「侵食度って最悪だよね。ボクみたいな才能が無い奴は奥義を使わないと敵を倒せない。でも、奥義を使い続けるとあっという間に侵食度が上がってしまう。侵食度が高すぎると後遺症が残ったり、帰ってこれなくなったりする」
「リストバンドはその値を管理するためにあるっすよ」
「でもそのリストバンド、長い間校正されていないよね? 温度計や圧力計、何かを測る物は経年劣化で必ず値が狂ってくる。本来は、それを定期的に修正する必要があるんだよ。まあもうメンテできるのは「あの」ミハルしかいないんだけれど。今のこの赤紫は、もしかしたら120%かもしれない」
「……」
「最悪なチキンレースを戦場で常時強いられる。自分の状態すら分からず、怪物に成り果てるか死ぬかの二択を迫られる。もう、うんざりだよ」
『ノイルコード』がゲームである時は全て違った。一回の戦闘ごとに全ての侵食度上昇はリセットされる。加えてその値はステータスに明記され、あと何回奥義を使えばどうなるかが簡単に計算できる。敵の数と種類は全て固定で、失敗してもいくらでもやり直すことができる。プレイヤー達は純粋に侵食度をリソースとして見ていた。
だが、現実に侵食度というものがあればそれは恐怖でしかない。少ない人員で回しているウララ達は侵食度のリセットが間に合わないことがある。特に常時侵食を受けているウララの侵食度は経時減少値が少ない。
しかも敵の数も種類も分からない。侵食度がどれだけ上がるか、あと何回打てるかも目分量でしか分からない。序盤に奥義を打ち切ってしまい。帰り道に襲われてしまえばひとたまりもないのだ。
ゲームでは、侵食度とは単なるパラメータに過ぎない。しかしウララやバディ、そしてこの世界にいる濁刃操者たちは、侵食度を恐るべきものとして認識していた。
「で、何っすかこのピンチの時に。私を見捨てて逃げる宣言っすか。貴方はそういう人じゃないと思ってたんっすけど」
ウララにとって、この手の仲間が戦闘を拒否する、というのはお馴染みの行為であった。すでに本部からの増援が途絶えて長い。自分たちに基地を守る義務はあれど、この状況から逆転する手がないことは当の昔に気付いていた。
だが目の前のバディは、そんな状況でもなお哨戒任務についてきてくれる数少ない友であった。ウララのその視線に、バディは首を振る。
「そういう話じゃないよ。ただ、このままだと二人とも死にかねないという話。仮にボクたちが生き延びても、装甲車が戦闘に巻き込まれて破壊されたら帰れなくなってしまう。『統率者』様が居た頃なら、増援も期待できたんだろうけどね。今はこうするしかない」
「だから一体──」
戦闘は正に佳境、残りアブラクサスはあと12体。しかも全員が素早く硬く、こちらをしっかり見つめている。侵食度が高く奥義を使えない状態で正面から彼らを相手するのは困難である。しかもその状態で、バディが訳の分からないことをずっと言い出していて、ウララの怒りは頂点に達していた。
だが、バディの言葉にウララは固まる。
「だから、今日でボクが濁刃を持つのは最後、って話」
ウララは、自分の頭に氷水が入ったかのような気持ちになった。
「え……」
「いくよ、
バディは再び槍を構え突進する。その穂先には既に氷が纏われており、同時に彼女のリストバンドの色は急激に黒く染まっていく。色の変化に呼応してバディの踏み込む足の速さが飛躍的に向上し、アブラクサスは避ける間も無く体に-273度の塊を突きさされる。呆然とし足を止めるウララを他所に、急に覚醒したバディを脅威と認識したアブラクサス達は、集中的に狙いを定めてくる。
「「「GYAAAAAAA!!!」」」
「いいね、このスピード!」
次々にアブラクサスが倒されていく。10回、11回と増えていく奥義の回数に合わせ、どんどんアブラクサスの死骸が積み重なり、バディのリストバンドが漆黒に染まる。侵食度の高さは、すなわち力である。数十秒もしないうちに、アブラクサス達は全滅していた。
「あ……」
「ウん、ダめ、か」
そして。力の代償が訪れる。既に彼女の身体は変質しつつあった。肌には鱗らしきものが生まれ始め、目は奇怪に飛び出て出血し、足からは全く別の器官が生えつつある。流れ出る血の色はオレンジに染まっていた。僅か1分にも満たない間に、全ての出来事は起きていた。
化け物は、ウララに向かって笑う。
「ダイ丈夫、けりはジ分で、つ、けるから……。じゃあネ」
最後にバディはその穂先で自分の胸を突き刺した。ウララの忘れることのできない日の一つ。背中を預けた相棒が居なくなった日。まだ15歳の頃の出来事。
それ以来、ウララは自身の背中を任せられる相棒に出会ったことはない。
◇◇◇◇
「攻略wiki推奨戦法、奥義32回目──! とりあえず侵食度の限界まで奥義連打!」
「ええ…………」
一方、2105年、『アマテラス』近辺の荒野でウララは顎が外れるほど驚いていた。もう驚きすぎて呆れの声しか出ていなかった。端的に言えば、自身の持つ常識と経験とあまりにかけ離れた存在が目の前にいた。
「
「あの、それ別に言わなくていいっすからね……」
戦闘の音を聞きつけて集まってきた数体のアブラクサスが、藍田ショウの前に迫ってくる。体重数百kgに及ぶ金属の恐竜が、軽快な動きで荒野を駆け抜ける。人類を滅ぼした、銃の効かない怪物だ。
一方、藍田の構えは雑で、イマイチ覇気がない。そもそも彼の持つ
加えて藍田ショウという人間は聞いたところによるとただの高校生。武術の知識があるわけでもなく、特別な才能があるわけでもない。軍人でもない彼がアブラクサスを倒すには、奥義が必要なはずだ。
となれば彼の選択肢は、『適度に侵食度を上げてから、出来る範囲で奥義を撃つ』しかない。故に初めに奥義を空打ちして侵食度を上げたのち、敵を数体奥義で倒して逃げ帰るしかないはずだった。少なくともウララはそう考えていた。
が。彼のリストバンドは未だ青い。
「くーらーえぇぇ!」
「Gyaaaaaa!!!!」
巨大な金属板により、切断というよりは押し潰されるような形でアブラクサスの身体が歪み砕ける。が、藍田ショウの身体能力とメンテナンス不足の濁刃での攻撃では、アブラクサスを倒すには至らない。
故に、藍田ショウは自分ではなく
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藍田ショウ
種族:人間(異世界人)
Lv:72
職業:無し
年齢:18歳
侵食度:24%
保有スキル:[身体能力向上(極)]: 全パラメータUP(極)
:[侵食耐性(真)]: 侵食度上昇によるデメリット無効、侵食度自動減少
:[頑健の誓い]: 物理ダメージを75%カット、ガッツ付与
残スキルポイント28
HP:127 ST(スタミナ):111
STR:107(+1) DEF:108 AGI:114 DEX:121
状態異常:[トレーニング(STR)] 筋肉痛発生、及びSTR上昇
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濁刃
・[オメガ流体]:爆発(小)
奥義
・[イグニッションブースト1]:爆発を局所開放して加速および攻撃に使用。クールダウン18秒(通常条件時) 、一時的に侵食度14%上昇
改造パーツ
・[放熱ヒートシンク1] :クールダウン3秒ダウン
・空きパーツ1枠
状態異常
[オメガ流体漏洩(小)]:一定時間ごとに浸食度上昇
[切れ味減少]:ATK補正30%DOWN
[パーツ老朽化]:一定確率で追加の状態異常発生
ATK+180(-54) DEF+110 AGI-30 DEX-40
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ウララが知りえるはずもない情報ではあったが、藍田ショウのLvは72と、ウララのLv19を大きく上回っている。それ故に彼の動きにはステータスによる補正がかかり、自然と洗練された、隙やミスのない動きとなっていた。
「これで16体目っと。ふう、結構仕事したんじゃね?」
正確に叩き込まれた
これもまた完全にウララが知りえるはずもない情報ではあるのだが。[侵食耐性(真)]というスキルはいわゆる強スキルであった。
短期決戦では不要ではあるが、長期戦となれば侵食度の上昇は致命傷となってくる。そこで出てきたこの侵食耐性というスキルは、毎ターンかなりのスピードで侵食度を下げ続ける。かなりの数のキャラクターが、これさえ付ければ毎ターン奥義を連発できるという完全ぶっ壊れ仕様となっていた。
とはいっても、勿論難点はある。このスキルを付けると侵食度があまり上がらずパラメータ向上もない。侵食度の向上が高すぎる一部キャラや、長期戦が想定される戦闘向けに使われるスキルであった。が、今藍田が置かれたこの状況においては、あまりに強力なスキルであった。
続くアブラクサスの攻撃を、姿勢を軽く倒すだけで藍田は避ける。通り過ぎていく牙を見ながら藍田は呟いた。
「俺結構ビビりなのに戦闘に全然怯えてない、アドレナリン的なのもあるんだろうけど、これLvの効果が適応されて戦闘時のパニックが軽減されてる感じか? まあ確かにスキルもあるしウララもいるし、死なないのは確実だろうけど、何か自分でも怖いよ。あと明らかに身体能力が上がってる、24%でこれなら常時侵食を受けてるやつらの日常生活どうなってんだよ。そして侵食度減少は恐らく勾配あり、侵食度が高いほど減少値も高まる感じか。常時0%だと困るしこれは助かる」
ウララから見ると藍田がブツブツ言いながら完璧な回避をしているようにしか見えない。あまりにもちぐはぐだった。初日に逃げ惑っていた人物と同一だと思えないほどの余裕。ウララは藍田の背後から、恐る恐る声をかける。
「藍田さん、どうなってるっすか……?」
「あー、侵食度が下がりやすいのかな、無限に奥義打てそうだわ俺」
「びっくり人間にもほどがあるっすよ……、大体普通の人が1時間1%くらいの減少だから、数十秒で下がり切ってることを考えると……300倍速!?」
「代謝がいいんだなぁ、俺」
「それじゃすまないっすからね!?」
一体のアブラクサスが口を開く。口の中に現れた光の球は凄まじい輝きと共に収束を始め、藍田目掛けて放たれようとしていた。しかし、藍田は
「藍田さん!」
「そういえばこれって物理ダメージ扱いなんだっけ?」
「何言ってるんっすか!?」
藍田の間抜けな顔が、アブラクサスの口から放たれたビームに吞み込まれる。オメガ流体により本来ありえないエネルギーの収束・特定方向への発散を可能としたその攻撃は並の装甲車であれば軽く破壊することができる。一瞬で藍田のいた大地が焼け焦げる。ウララが心配して飛び出そうとした瞬間、煙の中より服が焼けただけの藍田が飛び出してきた。
「よし75%カットできてるっぽいな」
「GYA⁉」
「17体目までほぼ無傷で突破! いやー、思わぬ適性があったもんだ!」
「何か白々しくないっすか?」
「うっせえ、とりあえず俺の実力実証完了! 小型アブラクサスは余裕、継戦能力も十分!」
「そろそろ代わるっすか?」
「まだいけるし休んどけよ! いつも一人でこれやってるんだろ、多分奥義無しで!」
「……ありがとうございますっす」
「いいよいいよ、やれるやつがやればいいんだよ、っと!」
「Gyaaaaaa!!!」
もうウララが手を出す必要も無かった。既に藍田という男は歴戦の戦士であり、小型のアブラクサス程度であれば難なく倒すことができる。
初めは藍田にウララが教える、という話であった。しかし現在、目的は完全に変わってしまっていた。ウララに、藍田の有用性を見せるための戦い。任務への同行を認めざるを得なくするようにするための戦い。ウララは、心の奥底から名状しがたい、しかし頬が緩むような感覚を抱いていた。ブラック職場に超有能中途社員が配属されたような、というのがもっとも表現としては正しいのだろう。
これこそが『統率者』が主人公足りえた力。『ノイルコード』の一種。強化アイテムを用意するだけで、ずぶの素人を一瞬の内に優れた戦士に変えてしまう。それも人数制限なく、アイテムがある限り、何人でも、何十人でも、何百人でも。
ウララにとって、藍田はもうただの一般人などではない。戦う意欲があり、高い戦闘センスを持つだけではなく。圧倒的な侵食度上昇の低さにより、「侵食度のジレンマ」を無視し延々と奥義を撃ち続けることのできる、規格外の濁刃操者であった。
「でさ、あの言葉も謝ってくれるよな。なんだっけ、頭数にすらなれないっす、とかだっけ」
藍田は意地悪そうに笑いながら、安定感を持って集まってきたアブラクサスを狩っていく。ウララは、もう濁刃に手をかけていなかった。リラックスして、装甲車に背中を預ける。
「ふふ、ごめんなさいっす!」
人に任せる。そんな当たり前の、すっかり忘れていた行動をウララは久々に、自然とすることができていた。
ミッション
☑ ステータス画面の機能を理解しろ
☑ 濁刃を手に入れろ
☑ 自身のLvを70まで上げろ
□ ウララの好感度を10まで上げろ(1→4)
□ ミハルの好感度を10まで上げろ
□ ■■■■■の襲来に備えよ