引退したソシャゲに異世界転移したらヒロインが全員病んでた件 作:西沢東
「ほら、これが最後の剥ぎ取りっすよ!」
「うええ、服にくっさい油が付くの最悪なんだが……もしかしてアブラクサスの語源ってこれ?」
「くさいあぶら、でアブラクサスなんて名前を学者が付けるわけないじゃないっすか、単に神話由来っすよ……」
戦闘終了後。結局合わせて計19体の小型アブラクサスを倒した俺は、ゆったり休憩……ではなく、アブラクサスの身体から剥ぎ取りを行っていた。因みに全て俺が倒したものである。帰り道に襲われることを考えれば、ウララの侵食度を残しておくのが正解だからだ。……こう考えるとウララ一人で任務をこなしてたの、とてつもないリスクだな。そりゃ『拒食』にもなるわけだ。
既に日は沈み始めており気温は少し涼しくなってきている。かなりの時間戦闘していたので汗が酷いし、とても助かる。因みに疲労困憊、という訳ではないのが面白いところだ。恐らくLvとスキル、侵食度による身体能力向上によるものだろう。過去クーパー走をやるだけでもう動けなくなっていたことを考えるととんでもなく大きな違いだ。まあ、侵食度は戦闘終了後しばらくして0に戻ってしまったので、今はLvとスキル補正のみなのだが。
「ここの装甲を剥がしてっと」
俺はウララの指示通りにアブラクサスの死骸を引きはがしていく。ゲームだったらドロップアイテムで自動入手、だったのだが残念ながらこれは現実。1から10まで手作業。アブラクサスの体内は金属装甲と柔らかい金属でできた筋肉や神経らしきもの、そしてそれらを通る大量のオメガ流体で出来ている。車の汚い油汚れに直接手を突っ込んでいるイメージが近いのだろうか。
一応ウララから渡された手袋はしているのだが、それでも手袋越しに感触が伝わってきてしまうのだ。正直、戦闘よりもキツイ。ステータスよりドロップアイテム自動取得能力の方が欲しかったかもしれない。そうやって格闘すること数分、ついに目的のものを掴んだ。俺はそれを力づくで引っ張り出す。
「これが高純度オメガ流体貯蔵庫で、こっちがオメガ流体反応触媒、だったか」
「触媒の方はクーラーボックスに、貯蔵庫の方は漏れないよう二重に密閉してから容器に入れてほしいっす!」
「あいよー」
俺が取り出したのは2つ。一つ目は俺の腕くらいのサイズがある、脈動する金属繊維で造られた黒い臓器だ。どうやらこれがオメガ流体を精製、貯蔵する機関らしく、ここを持って帰れば資源や濁刃の素材として転用可能らしい。そしてもう一個のオメガ流体触媒、なるものは小指ほどの幾つもの棘が付いた小さな青く光る石だ。オメガ流体の流れの中にあるこれは、濁刃を点火するのに使うアイテムらしい。……正直尿路結石を思い出してしまったのは内緒だ。あれ、親父が泣き叫んでたから妙に記憶に残っている。
そういえば親父、今どうしてるんだろうか。会社の業績が悪く減給かも、なんて言っていたからもしかしたら母親に説教されている最中かもしれない。……そう思うとなんか帰るのが嫌になってきたな。とはいっても実際は帰還手段の影も形も見えない状況、とりあえず目の前のクソみたいな状況をなんとかしないといけないわけだが。俺が落ち込んだりホームシックになって塞ぎ込んでいるうちに死にかねないんだよな、本当に。とりあえずステータス画面という力を使ってやれるところまではやっておかないと。
そんなことを考えながら俺は取り出した臓器をぽんぽんと車に詰めていく。臓器たちは持ち上げてみると見た目以上に軽い。まあアブラクサスたちがあんな動きをできる以上はそうなんだろうけど。
ウララは俺の数倍のスピードで作業を行っており、彼女もまた最後の臓器を詰める。単純に解体するだけじゃなく、定期的に周囲の警戒までやってくれてたんだよな。流石である。
「うん、これで最後っす! とっととずらかるっすよ!」
「ずらかるって今どき言わないよなぁ」
「茶化して言ったんっすよ、ほら乗るっす!」
妙にテンションが高いウララに背中を押されて、俺は助手席に乗り込む。背が足りないので運転席にぴょんと飛び乗ったウララは周囲を確認し、敵影がないことを確認すると急いでアクセルを踏み込んだ。
「こちらウララ、帰投するっす。異常無し、損害無し」
『こちらオウミ管制塔、了解した。ゲート解放準備をするため、近づいてきたら再度連絡を取るように』
ウララは無線通信で基地と連絡を取る。アブラクサスが大量にいたりオメガ流体を励起させていたりする場合はともかく、こういった通常時であれば問題なく通信が可能なようであった。まあ俺の時代でも雑音なしの電話ができていたわけだし、まあそりゃそうなんだろうけど。俺はシートに体重を預け、ふぅと息を吐いた。
シートの隣には使用していた濁刃が立てかけられている。いつでも濁刃を持って戦えるようにするためであり、帰り道ではあるが少し緊張感がある。油の匂いと荒地をかける車の振動の中で、ウララは無免許運転を行いながら、非常に嬉しそうに言った。
「素材を取れたのは久々っす!」
「そうなのか? 別にウララの腕ならそれなりに倒せる気がするけど」
「侵食度のせいで奥義を撃てないんっす。だからどうしても不意打ち一発で倒せないと長期戦になってしまったり、1対多だと素材を置いてでも逃げ帰る必要があるんっすよ。一人だと誰かを見張りにおいて、なんてこともできないっすから」
なんとなく、昔やっていた狩りゲーを思い出す。小型モンスターを放置してボスモンスターの素材を剥ぎ取ろうとすると、延々と小型モンスターの攻撃で剥ぎ取りモーションをキャンセルされてしまうんだよな。ゲームならともかく命がかかっている場では、剥ぎ取るというのは意外に難易度が高い話のようであった。
それはそうと、ウララが喜んでいるのはとても良いことである。皆仕事から逃げている中で一人で全てをこなそうとする、いわゆる貧乏くじを引く人間というか。凄く偏見だが学級委員長をやっていそうな感じだ。責任感、あるいは義務感が強くて自分の心を見ないふりできてしまうタイプ。
しばらく車内は無言に包まれる。俺が疲れている(主に精神的に)のを察して、ウララが話しかけるのをやめてくれているのだ。とはいっても無言って結構気まずいんだよな。それにこの車内で話しておきたいこともあるのに、沈黙のままだと切り出しにくいんだけれど。
初めは目を瞑ったり、あるいは風景を眺めていたりした俺であったが、遂に沈黙に耐えられなくなりウララに話しかける。
「そういえば今更なんだけど、アブラクサスってどうして襲ってくるんだ? 腹減ってるからとか?」
ウララは視線を前に向けたまま「あれ、言ってなかったっすか?」と首を傾げる。まあ生まれてからずっとアブラクサスの脅威にさらされている人間とソシャゲを途中で引退した人間では基礎知識にずれがありすぎるのはそりゃそうだが。
「空腹説は濃厚っすね。オメガ流体を精錬するのに炭化水素を使用していて、だから人間のような有機物の塊を摂取、分解しようとしているらしいっす。例えばこの割れ目の下にいる母体『アマテラス』は鉱石から金属を、大地の微生物や石炭などの成分を分解してオメガ流体を作り出し、小型のアブラクサスを生み出しているみたいっす」
「それなら木や野生動物でも……そうか、いないのか」
「オメガ流体の廃液による汚染とかでほとんどいないっすね。酷いものっす」
「なるほど、にしても変な生態だなぁ。宇宙からわざわざ地球に来てすることが食事か。飛来するコストと見合わない気がするけれど」
俺はウララの説明を聞いて頷く。アブラクサス、という生命は未だに分からないことだらけらしい。ある日空より降り立ったわけだが、それがどこから来たのかは不明。なぜここに降り立ったのかも不明。どういう進化を遂げて金属生命体が生まれたのかも不明。ただ状況が状況だ、とにかく撃退しながら推測するだけで精一杯、証明する暇があれば武器を作れ、という感じだ。
だからこそ不気味で、絶望的で、どうしようもなくて。そんな敵との戦いの中でウララは人生を過ごしてきた。食事を碌に取ることもできないほど弱った状態で。まあ、というわけで。
俺は改めてこの話を切り出した。
「明日から任務手伝わせてくれよ。足手纏いにならないことは分かっただろ?」
初日も、今朝も断られた言葉。しかし今、ウララはそれをすぐに否定することはできなかった。少し視線を斜め下に逸らし、俺に表情を見せないままウララは言葉を返す。
「……いいんっすか? 結局何も変わらないっすよ」
「変わるかもしれないだろ。急に対アブラクサス用最終兵器が出てきたりさ」
「それが旧オーサカ第三基地にあったやつっすね。今はアブラクサスの巣っすけど」
「うっ」
ウララの一言に俺はちょっと、いや大分後悔する。あれ、これもしかして俺がソシャゲやめる時期遅れてたらもっと楽になってたのか? 昔の俺、勉強なんてしてる場合じゃねえ今すぐソシャゲをするんだ。そんなことを思いながら、ウララを説得する術を考える。
ウララは少し考えたいのか、無線で再び通信を行っている。
「こちらウララ、残り到着までおよそ10分っす」
『こちらオウミ。りょ……ザザ……解した。ゲート解放準備を開始する』
だがミラーに映るその表情は明らかに頬が緩んでいた。まあ、もうほぼ説得なんて終わってるようなものだが。ウララとしては、自分の負担が減るのは好ましいことだ。それに自身のやるべきことを達成できる確率も効率も上がる、何一つ悪い話ではない。
にもかかわらず断っているのは、シンプルな善意とある種の不信感に他ならないのだろう。まあ出会って1週間にも満たない一般冬眠者を信じるなんて、普通はない。だけれど今の俺にはステータスという力がある。それを活かし、この状況の打開策を探るにはウララに頷いてもらうしかない。俺は視線を逸らし続けるウララの方に改めて体を向け、真っすぐに言葉を伝える。
「まあ何も変わらない可能性もあるけどさ。何もせずに「どうせ無駄だった」と言うより、色々自分なりに努力した上で「どうせ無駄だった」という方が気持ちがいいじゃん。なんだろ、自分に言い訳ができるというかさ」
「……まあそうっすね」
「せっかく人手が増えたんだ、上手く使ってくれよ。それにさ」
そして俺はこの状況で少し思い出したセリフがあった。かつて『ノイルコード』で『統率者』が言っていたセリフ。この状況にピッタリすぎて、ついその言葉が俺の口から出てきてしまった。
「シンプルに心配だしな。女の子が一人で戦場なんて」
自分で言っといて自分で照れて視線を逸らしてしまう。ウララは俺の方を見て一瞬ポカンとしたあと、ふふ、と軽やかな笑いを浮かべた。
「前時代的かつクサいっすよ、どこで見た文章っすか」
「うるせー、つい思い出して言っちまったんだよ!」
顔が自分でも赤くなるのが分かる。これを素面で言える『統率者』様本当に凄いよ、尊敬するわ。そりゃソシャゲ主人公になれるはずである。ああ恥ずかしい、これ基地に戻ったらしばらく弄られるやつだぞ。俺の苦悩はさておき、しかし俺の思いはウララにきちんと届いたようであった。
ウララはひとしきり笑った後、片手を俺の方に向けた。この数日で初めて見る、真っすぐな笑顔であった。
「侵食度の心配が無く何度も奥義を撃てる人が手伝ってくれるのは本当に助かるっす。よろしくお願いします、藍田さん!」
「こちらこそよろしく!」
◇◇◇◇
「もうすぐゲートっすね、『シンプルに心配だしな。女の子が一人で戦場なんて』さん」
「早速弄られてる――!」
揺れる車内の中、俺の叫びが木霊する。まあ俺の黒歴史はさておくとして、心の距離が縮まったのは本当に良かった。多分ウララ、仲の良い人には適度に口が悪くなるタイプだな。多分一緒にFPSとかすると面白いタイプの。
それはそうと俺の視界にも夕日の光に包まれた基地が見えてくる。あそこに辿り着けば無事任務は終了。自分の肩の力が抜けるのを感じる。ああ、俺今日本当によく頑張った。偉い。
そして俺達はゲートの前で仁王立ちする、金髪の少女のシルエットを見つけたのであった。
「……これどうするっす……?」
「どうしようね……」
『好感度』
現時点ではステータス画面では確認不能。あくまでこのノイルコードは物理現象が対象であり、それに付随する物を確認できるものとなる(例:『拒食』はパラメータDOWNという事象を説明、表現するため記載されている)。そのため凄まじい勢いで上昇したとしても、実際に彼女たちがそれを示すまで藍田が気づくことは難しい。なお、愛の力で身体能力や技量が大幅に向上するようなことがあればステータス画面表示対象となる。
因みにゲームシステムとしての好感度は初期値0最大値10となっており、アイテムを拠点で渡したり一緒にクエストをクリアすることで徐々に上昇する。好感度を上げることで追加のアイテムやゲーム内資金を貰える。一部プレイヤーはこれらアイテムを『貢ぎ物』と呼称しているとかいないとか。
なお、この世界はゲームではないので好感度は(リアルを換算すると)マイナスになったり10を超えたりもします。怖いですね。