引退したソシャゲに異世界転移したらヒロインが全員病んでた件 作:西沢東
世の中には正論、というやつがある。そしてそれらは大体正しいだけで特に状況を改善しない。
例えば夏休みの宿題を貯めて最終日に地獄を見る奴に「毎日コツコツやればいいのに」なんて言っても上手く行くわけがない。まあ一年生なら改善できるかもしれないが、それ以外の奴らは「分かっていてできない」奴らであり、正論は机上の空論に過ぎない。俺が実証しているので間違いない事実である。……なんか言ってて悲しくなってきた。
こういう奴に必要なのは毎日コツコツやることではなく、友達同士で課題をこなす機会を作ったり親主導で進捗を管理したり、とにかく机上の空論ではなくその状態に近づけるための次善策だったりする。勿論どれも効果をきっちり発揮するとは限らないが、最終日の負担が多少減ることは確かだ。
まあ何を言いたいかというと、正論を押し付けるだけでは問題解決にはならない、という当たり前の事実を目の前で実感しているという話だった。
ゲートの内部に入り装甲車から降りた俺達を出迎えたのはあの傷病兵たち……ではなく、ミハルだった。泣きじゃくったのか目元の化粧が落ちており、赤紫色になっている。表情は俺が無事な姿を見て気が抜けたのか、くしゃくしゃになっていた。
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ミハル=P1694PZ
種族:人間
Lv:19
職業:第3階位
年齢:18歳
濁刃:
侵食度:29%
状態異常
[睡眠不足]:
[不眠]:[睡眠不足]を解除不可、全パラメータ20%DOWN
[調子不良]:全パラメータ10%DOWN
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ミハルは恐らく、睡眠不足からくる目の隈を化粧で隠していたのだろう。だが涙によりその化粧が取れ、目元を擦った赤と隈の紫が混ざった、というところか。
そんなミハルは、俺が無事なことを見た瞬間がばっと飛びついてきた。
「メンテもしてない濁刃で出ていったと聞いて……あたしのせいで……無事で、良かった……」
露出多めで発育の良い同年代の美少女に抱きしめられる経験などあるわけもなく、俺はドギマギすることしかできない……はずだった。柔らかい胸の感触とか女の子特有の匂いとかで、思春期の男子高校生らしく興奮の一つでもするべきだったのだろう。だが俺の内心は恐怖で震えていた。
(この状況どうしよう──!)
そう、俺は昨日ミハルにとんでもない勢いで濁刃のメンテを拒否られた。で、ミハルに話を通すのを面倒くさがって碌にメンテもしてなさそうなナナの濁刃を借りて戦場に向かってしまったわけだ。
一応、正論で言うならば悪いのはメンテ担当なのにメンテをしないミハルだ。一方で、全ての行動を一定確率で失敗、なんてデバフを持っている彼女だ。色々やらかしてはいるし、拒否するのは感情としては当然である。
となると、とりあえずミハルに話を通さなかったことを謝りながら、その上で自分が問題ないことを理解してもらい、ひとまず矛を収めてもらう必要がある。「お前がメンテしなかったせいで」なんて言ったら話がこじれるのは当然だしな。うーん、人間関係ってやつは難しい。
「あー、その、申し訳なかった」
抱き着いてくるミハルを引きはがしながら、一旦謝る。ミハルと俺の目が合い、彼女は自分のしている大胆な行動に気が付き顔を赤くする。そしてそれが引き金になったのか、急にまくしたて始める。
「濁刃の危険性を分かってないのか! メンテ不足だとオメガ流体の漏洩や暴発が発生する、命に係わるんだぞ! 大体……」
恐らく照れ隠しもかなり入ってしまっているのだろう。まあ感情の整理なんてすぐにできなくて当然だ。ましてやトラウマが入っているなら猶更。これが豊かな環境で不自由なく生きてきた人相手なら「ヒステリックな言い方をやめろ!」なんて言ってしまうかもしれないが、不眠になるレベルでストレス抱えている娘にそれは流石に酷だ。
ミハルの言葉は止まらず、校長先生の話を彷彿させる長さとなってきていた。まあ俺の方が精神的に余裕があるし、ここは大人しくサンドバッグ代わりになって、落ち着いたタイミングで建設的な話を始めよう。そう思って諦めていた時だった。
「──なら、ミハルちゃんが初めからメンテしてくれれば良かったじゃないっすか」
横から底冷えする声が聞こえてきた。俺が恐る恐る振り向くと、そこにいるのは13歳ほどの背丈の低い少女。しばらく我慢していたがついに堪忍袋の緒が切れたのだろう。彼女は怒りの表情を浮かべていた。
え、ここそういうこと言う場面じゃないよ。その話は一旦落ち着いてからするべきじゃないかな。六十にして耳順うっていうくらいだし、正論を受け止めて実行するのって相当きついよ。
俺の困惑を他所に、ウララはつかつかと俺達の方に歩み寄ってくる。ミハルはいきなり強い言葉を叩きつけてきたウララに困惑するような表情で、しかしその感情を抑えられてはいない。
「できるならやってる!」
「できないのは仕方がないっすよ。でも、できもしないのに藍田さんを責めるのは意味不明っす」
「そもそもリスクがあるのを分かってるならウララが止めるべきだろう!」
「リスクがあるのを分かっているなら、メンテするのがミハルちゃんの仕事じゃないっすか? メカニックなんっすから」
「あ、え、でも……!」
「藍田さんは濁刃操者としての仕事を全うしようとしてくれてるっす。それに対して、仕事をできていないミハルちゃんが文句を言うんっすか? それにそのことを言うなら私にも言うべきじゃないっすか?」
恐ろしい会話が目の前で繰り広げられている。剛速球がウララより投げつけられ、ミハルが答えにつまりあたふたしている。
……これ、ウララも結構溜まっていた感じだな。ミハルに文句があったのを押し殺して仕事していたけど、遂に我慢しきれなくなったというか。
ミハルは言い返そうとする。しかし彼女にそんなに言い返せる言葉があるわけもない。
「う、うう……!!!」
背が高い強気な少女は口をぱくぱくとさせ、涙を滲ませる。しばらくして耐えかねたのか、何も言わずに彼女は基地の奥に駆け出して行った。俺はそれを追いかけようと手を伸ばすが、その手はウララに抑えられる。
「あ、ちょっと!」
「いいんっすよ、もっと早い段階で誰かが言っておくべきだったんっすから。ミハルちゃんの癇癪を藍田さんが引き受ける必要は無いっす」
「癇癪、と片付けるにはちょっと違うと思うんだけれど……」
「やるべきことをやろうとしてくれてる藍田さんにあんなことを言うのは、癇癪としか言いようがないっす」
ウララは恥ずかしそうに眉を潜め、ミハルが去っていく姿を一瞥する。
あーこれ、身内を叱る時にちょっときつくなるやつだ、と俺は何となく察する。例えば知らん奴が失礼なことをしていても、注意せず眉を潜めてスルーする場合も多い。しかし、身内なら話は別だ。身内の恥は己の恥。ウララはミハルを非常に近しい人物だと感じるからこそ、ある種の自己同一化というか、感情の伝染とでもいうのか、兎に角身内が恥ずかしいことをしているということに過剰に反応してしまうやつだ。
ウララは言いたいことを言ってスッキリしたのか、俺に向き直り笑顔を浮かべる。その笑顔は真っすぐすぎて、一周回って恐ろしい。
「気分転換といっては何ですけど、折角だし夕食後に集まってゲームでもしないっすか? ナナとやってたやつでもいいっすよ」
「あー、うん」
加えて、恐らくだが。さっきの会話が加速した原因には、ウララの中で俺の立ち位置が急浮上していることが挙げられるだろう。まあ惚れている、とかそういう話ではないのだろうが。
急に出てきた自分を手伝ってくれる便利な奴。久々に引いた人材ガチャSSRを手放してたまるか! という感覚もあるのだろう。ブラック企業『オウミ』は常に新人募集中です。
が、俺としては実に困った話である。そもそもここでミハルを宥め、説得しようという思惑は完全に吹き飛んでしまった。俺がやりたかったのは正論叩きつけではなく濁刃をメンテナンスできるようにしたい、ということなのだから。濁刃の性能は俺の能力を大きく変える。死なないために、この状況を脱するために。ウララの考えはさておくとして、俺にはミハルの技術が必要だ。
だから俺はウララの言葉に首を振った。それに加えて、本音を言うと。この二人の辛気臭い話に振り回されるのはもううんざりだったのだ。話が長い。俺がやりたいのはステータス画面の力を使った状況打破であってメンタルケアなどではないのだ。
「悪い、やってみたいことがある」
最速でミハルを説得して見せる。そう決意した俺はウララに背を向け、目的の場所に向かって歩き出した。
※補足 ミハルって戦場に出ないの?
ミハルはあまり戦場にでません。睡眠不足によるデバフは勿論、戦闘能力が低く(特に近接戦)、奥義を使ってやっとアブラクサスと互角、奥義を使い切れば足手纏いになってしまうためです。なお、ゲーム的にはスキルと濁刃の改造パーツでサポート型として特化、ウララと組ませて強力なコンビになる……はずなのですが、『統率者』がいない以上Lvも上がらずスキルも手に入らず、戦力としてはかなり微妙な感じとなっています。なので運転手兼メカニック、が彼女の現在の主な職業です。
ミッション
☑ ステータス画面の機能を理解しろ
☑ 濁刃を手に入れろ
☑ 自身のLvを70まで上げろ
□ ウララの好感度を10まで上げろ
□ ミハルの好感度を10まで上げろ
□ ■■■■■の襲来に備えよ
□ ウララとミハルを仲直りさせろ ←New!
次話、ミハルがバグり始める回です。