引退したソシャゲに異世界転移したらヒロインが全員病んでた件   作:西沢東

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※誤字報告ありがとうございます、修正しました。どうやら私も睡眠不足のデバフを受けているようですね……。


ミハル:sidestory2

『定刻を過ぎました。これより武装鋳造局定例会議を開始します』

 

 ウララとの会話から数時間後。暗い作業室の奥で、ミハルはノートパソコンを開いていた。ノートパソコンという物は100年前には出来ていた、所謂レトロな製品ではあるが、その物理的信頼性から未だに主流の端末である。とはいっても費用に余裕のあるところや環境によってはARが利用されていたりもするが、少なくともミハルが愛用しているのはこの型式だった。

 

 暗い顔でミハルは画面を見つめる。武装鋳造局というのは特別アブラクサス対策機関の一部署であり、濁刃及びそれに付随する兵装の管理開発を行う部署である。ミハルはこの基地唯一のメカニックとして、この会議に出席しなければならなかった。

 

 現状を報告しなければならなかった。

 

 ノートパソコンのスピーカーからは同じ武装鋳造局の者の声が流れてくる。

 

『まず基地ユーバリから報告を開始しなさい』

『はい、この1か月ですが死者率増加が止まりません。母体『ツクヨミ』の活性化により被害増加、士気も落ちています。正直来年を迎えられるか怪しい状態です。武装損耗率は48%となっており、至急濁刃のメンテナンスパーツが──』

 

 PCの画面には数多の人物の顔が映っている。いずれも少女であり、いずれも疲弊していた。中には目や腕が欠損している者もいる。

 

 若い者が努力している、という話ではない。老兵どころか大半の兵士が死亡し、もう未経験の者が戦場に出るしかない状態である、ということだ。それは後方要員も含めて同じであった、

 

『了解しました。引き続きツクヨミ対策に当たりなさい。パーツについては至急製作・運送を行います』

 

 そんな中、淡々と命令を下す白衣の女がいた。ナハトジーク。武装鋳造局の長であり、かつては『統率者』の直属の部下として活躍したメカニック兼科学者兼濁刃操者だ。

 

 彼女は単なる人間ではない。フクロウの遺伝子を導入した所謂改造人間である。改造人間自体は2040年頃から密かに開発されていた存在であり、アブラクサスとの戦いを機に実用化されている。コストや成功率の問題もあり大量生産はされていないものの、完成品はかなりの実力を発揮することが知られていた。例えばナハトジークは優れた知覚能力を持つため、異音や小さな部品の異常を一目で見分け、機械の問題を容易く判別する。

 

 また改造人間としての能力だけではなく、その技術力も極めて高い。今使われている一部パーツは彼女の手によるものであったりする。高い背丈に折れるのではと思ってしまうほどの細身、神秘的な銀髪に赤い目。だが彼女の眼はそれらの人工物的な美しさとは裏腹にどろりと濁っていた。

 

『続いて基地リクゼン』

『はい、現在はユーバリの支援をするべく対ツクヨミ要員を選出中です。ただし志願者の少なさ、トラウマ発症より基地司令より第一種異常応答剤の提供を求められています』

『母体相手なら仕方がないですね。発送しますので食事に混ぜて摂取させなさい。次』

 

 淡々と絶望的な報告が続いていく。ここ数年、状況を打開したという報告は存在しない。『統率者』無き今、人類は押し潰されていくだけだからだ。しばらくして、遂にミハルの番がやってくる。

 

『次、基地オウミ』

「は、はい!」

 

 ミハルは自分の声が上ずるのを感じる。口を開こうとして心がぎゅっと潰れることを感じる。それでも話さざるを得ず、口を開く。

 

「お、オウミは異常なしです。精神的不調は多いものの今月の死者は自殺者7名、となります」

『なら問題ないですね。次「で、ですが」』

 

 ナハトジークはミハルの報告を終わらせようとするが、それをミハルは遮る。唾を呑み込み、震えながらそれでも視線を真っすぐ画面に向けた。

 

 

「め、メカニックが足りず、その、増援を!」

 

 ミハルはついに意を決して言った。以前にお願いした際は周囲が余裕がないと言われて断られた。しかし今、改めて必要性が出てきた。

 

 ウララはもちろん、何より藍田が短期間で戦力上昇したらしいのだ。食堂で話を聞いたところによると(ウララは食堂に来る必要がないため付近は安全地帯となっている)何でも侵食度の代謝が非常に高く、奥義の使用可能回数がとても多いらしい。となれば、そんな人物にフルカスタムの奥義を使わせれば、さらに戦力が上がる。基地の負担が大きく下がる。

 

 夕方にウララから言われたことに、ミハルは何一つ言い返せなかった。だからこそ、自分は何かをしてその責務に答えようと思ったのである。自分がメンテ作業をできないのなら、増員を頼めばよい。

 

 まあ実際は、明らかに判断ミスであったのだが。

 

 ナハトジークが口を開く前に、画面の右端に映るユーバリ基地のメカニックが割り込む。彼女の額には青筋が浮かんでいた。

 

『横から失礼します、ナハトジーク様。ミハル、それは以前言っていた、お前の精神がどうこう不眠がどうこう、という話だったか』

「は、はい」

 

『黙れ』

 

 ミハルの体が凍り付く。言われた瞬間気づいた。今の自分の提案は、ウララに「自分はやるべきことをやっている」と言い訳するためのものでしかなかったことを。今、他の基地がどうなっているかが、彼女の脳裏によぎる。

 

 ユーバリ基地のメカニックは画面越しにがなり立てる。

 

『他の基地は現在進行形で仲間が大量に死に、自分自身も命の危機にさらされている。それに比べお前の状況はどうだ? たかだかそれだけの死者しかいない。私たちより遥かに恵まれた環境に居ながら何を言っている。お前の個人的事情など知らん』

「でも、ミ、ミスが」

『10個作って5個壊れるわけではないだろう。私は万全に準備しても10人送り出したら5人死んでいる状態だ。勝手に自分の殻に籠ってヒステリックになるんじゃない、身の程をわきまえろ』

『そうだ、彼女こそ第一種異常応答剤が必要では?』

『そうだ、それがいいだろう。心の迷いを心ごと壊してくれるぞ』

「あ、あ……」

 

 ミハルは震える。異常応答剤とは肉体の感覚や精神を狂わせるもの。侵食度が向上すると通常の薬物が効かなくなるが故に、濁刃操者専用に作られた凶悪な効果をもつものだ。特に第一種は侵食度が低い状態やスキル恩恵なしに摂取すると廃人になりかねない。

 

 ミハルは、幸いにもその効果を目の当たりにしたことはない。だが、それらが並の麻薬などより遥かに酷く、人を破壊する毒であることをミハルは知っていた。そんなものを摂取しろと言われている状態に、怯えていた。

 

『怯えさせないでください』

 

 硬直するミハル相手では会話が進まないと判断したのだろう、ナハトジークが止めに入る。ミハルは安心した。ああ、ナハトジークはまだ真っ当な理性を保っていると。ナハトジークは着ている白衣をずらし、胸元をはだけさせる。

 

 

『大丈夫、私は何度も使っています』

 

 そこには、無数の注射痕があった。がんと殴られたような気持ちにミハルはなった。そうだ、もうこの世界の正気は勝機とともに失われている。なぜならナハトジークは、『統率者』と共にいた存在なのだから。もっとも希望と絶望の落差を味わい、心を壊した者の一人なのだから。

 

 ミハルはそこからどう言い訳をして切り抜けたのか覚えていない。ただ、しどろもどろに言い訳をしたこと、ナハトジークがため息を吐いて話を切り上げたことだけを覚えている。

 

 ナハトジークは全ての基地の報告を聞き終え、方針をまとめたのちに画面に一枚の写真を表示した。そこに映る姿にミハルは見覚えがあった。背の高い美男子。青い髪にオッドアイの目、白衣と軍服を混ぜたような独特のモザイク模様の衣装。『統率者』の写真を写しながらナハトジークは続けた。

 

『それでは最後に連絡です。『統率者』様の存在を確認したら、速やかに連絡してください。見た目はこの写真通り、能力としては『ノイルコード』を使用してステータスを変化させます。()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()能力を──」

 

『あ、あの』

 

 会議の参加者の一人が勇気を出して言う。ナハトジークの言葉に、大きな疑問があったからだ。

 

『『統率者』様は5年前にいなくなったのでは』

 

 当然の疑問だ。偉大なる人類の希望、5年前に突如現れ人類の戦線を大きく前進させ、そして突如消えた存在。故に、今更捜索の連絡をするのは現実を見ていないように思えたのだ。

 

 だが、ナハトジークは今日初めての、歪んだ笑みを浮かべた。

 

『大丈夫です。『引きずり出した』ことは確認済です。後は捕まえて、一緒にいて、もう逃げる必要が無いよう、お薬でストレス緩和と快楽を直接投与して。溺れる夢のような意識の中で最大限度の幸福の中ノイルコードを操作頂き、今度こそ人類の希望として最初から最後までご協力頂くのです大丈夫以前とは違うもう手放しませんもう逃がしませんきっと『統率者』様は責任感から消えられたのですなら夢のような世界で私と共に生きてああでも私たちはうまくやっていたはず何も言わず5年前はどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして──!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 不気味な会議はそれからしばらくして終わった。虚空を見つめ同じ言葉を呟き続けるナハトジークに痺れを切らした年長者の一人が会議を強制終了させたのだ。ミハルは、暗い作業室の中で布団に倒れこんだ。

 

 ああ、また変わらなかった。ミハルはため息をつく。5年前から彼女の人生は何一つ変わっていない。やるべきことをやれずに、そのまま。眠ることも、メカニックとしての責務を果たすことも、やるべきと分かっていてもやれない。

 

 睡眠不足と会議からくる疲れの中、今までと同じく目をつむり、体を横たえ、寝るふりをしようとしたその時だった。作業室の扉が叩かれる。

 

「ミハルいるかー?」

 

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。能天気な絶望を知らない声。今日自身が醜態をさらした、顔を見せるにはあまりにも気恥ずかしい相手。ミハルは合わせる顔がない、と狸寝入りを敢行する。

 

 だが扉の向こうの音は鳴りやまない。

 

グレイト(G)ティーチャー(T)ミハルー(M)? GTM! GTM!」

「なんだその略称は!?」

 

 気になりすぎる呼称を聞いて流石に飛び起きる。藍田に責められるのは想定内だった。でもGTMは意味が分からない。なんだよそれ、と渋々扉を開けると、そこにいたのは何冊かの本と濁刃を持った藍田がいた。

 

 本のタイトルは、『濁刃メンテナンス入門』。

 

「よっす先生」

「先生と呼ばれる理由なんて……っておい」

 

 ミハルは本のタイトルを見た瞬間、藍田の意図を察する。混乱するミハルを他所に藍田はにへりと笑い、能天気に言葉を続けた。

 

「メンテのやり方教えてもらおうと思って。ミハルは色々あってメンテできないんだろう、ナナとウララから聞いたよ。なら俺が自分でメンテすればいいと思ってさ。いやー、初めから人任せを前提にするのは良くないよな」

 

 藍田の思考は至極単純。戦闘もメカニックも、デバフ受けまくりの雑魚に任せたくなどない。極論を言えば彼にとってウララもミハルも大差なかった。

 

 だから戦闘もメンテも、自分で出来るようになるのが藍田の方針であった。最も、以前は教えてもらおうという交渉すらする前に拒絶されたわけだが。

 

「教本ちょっと見たけど一般に運用されている兵器だけあってメンテマニュアル十分にあるじゃん。なら簡易メンテなら俺でもきちんとできるはず。とはいっても教本と実際にやるのは違うから、横で見ていてほしいという話でさ」

「お前、どれだけ抱え込む気だ?」

 

 ミハルは険しい顔になる。彼がウララを気遣って戦闘に参加しようとしているのはなんとなく分かっていた。だが、ミハルの仕事まで手伝おうとするのは明らかにやり過ぎだ。少なくともミハルは、未来が見通せない状態でそこまでやろうとする者を知らない。いや、厳密には知っていたがそれらの人物は皆死んでいる。

 

 ミハルは知る余地も無いが。藍田は現代人であるが故に戦場に居続けた彼女たちと比べて精神が圧倒的に安定している。さらにミハルたちの状態に驚くあまり、一周回って冷静に対応できているのが現状だ。お化け屋敷で隣で絶叫している人がいたら何故か自分は落ち着いてしまうような、そんな状態。

 

 加えてステータス画面という力を手にした藍田という人物は、確かな視野と共に生き残るという目標を真っすぐ見据え、前進を続ける。この基地における異端の存在は、ミハルの言葉を一蹴する。

 

「いや、全部やるつもりだぞ」

「無駄かもしれないぞ、この基地も直に落ちる」

「それはさておくとして、だってやれるんだろ? ならやってから考えようと思って」

「さておく話ではないだろ」

 

 ミハルは当然この提案を断れる立場ではない。そもそもメカニックとしての仕事をできていない状態で、これすら断ったら本当におしまいである。だが、彼女の心がそれを許さない。教えることすら失敗するのでは、大事なことを注意し忘れるのではという恐怖が彼女を縛る。

 

 が、そんなミハルの状態を他所に藍田はそろそろ会話を終わりにしようとしていた。端的に言えば眠かったのだ。ミハルが頷いて終わりの話、論理的には一切断る必要性はない。あとは畳みかけて心情を納得させるだけである。その方法は、ゲーム『ノイルコード』のガチャで一緒だったウララと同じであった。すなわち、良心に訴えかける。

 

「あー、ミハル先生がいればこの技術書もっと深くわかるかもしれないのになー、しかもボルト回す向き間違えたりとか初歩的なミスも減らせて、苦労なくできるのになー。とっても嬉しいのになー。技術書に従う形だから、ミハル先生の心配するトラブルも起きにくいと思うんだけどなー」

「うっ」

「とりあえず見てるだけでいいのになー、そんなこともしてくれないなんてはくじょうだなー」

 

 ミハルの顔は百面相の様相を呈し、ろくろを回すような動作をしながら言い訳を捻り出そうとし、何もできず手が宙を舞うだけとなる。心情的にも論理的にもミハルには藍田のお願いを断る理由は無かった。

 

 そして、最後の一言が決め手となる。

 

「『信頼』できる技術を持った人に見てほしいんだけどなー」

 

 信頼。その言葉に、ミハルの体が固まる。

 

 その言葉は軽い。出会って数日、信頼などあるわけがない。藍田が偶然口にしただけの言葉なのは分かり切っている。だがその懐かしい、甘い言葉を出された瞬間、ミハルは自分の心にふっと火が付いたのを感じた。驚くほど軽く、彼女の口から言葉は出てきた。

 

 

「わかったわかった。今日は遅いから明日な。見るだけだぞ、それ以外は何もしないからな!」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 その日の早朝。ミハルは信じられないくらい気合を入れていた。部屋をピカピカにし工具を一通り揃え分かりやすい位置に置き、メンテで躓きそうな部分については図解と物によっては現物を用意し、教える準備を完了していた。見るだけとは一体何だったのか。ミハルは自覚していないが、彼女の頬は緩み切っており、端的に言えば過去一と言っていいくらい張り切っていたのだった。

 

 そんな状態で、ミハルはふと思い出す。

 

「そういえば戦闘教本にも情報載っていたよな。見せてやるか……!?」

 

 以前藍田を案内した、作業室の倉庫に向かってミハルは歩み、扉を開く。だがそこにあったはずの大量の戦闘教本は、藍田がLvアップに使用したためどこにも存在していない。

 

 あるべきものがないことに、ミハルの顔が硬直する。この状況を起こした可能性があるとすれば、最後に入ったであろう藍田に他ならない。だが。藍田が戦闘教本を失う理由に思い至らない。

 

 鍋敷きにしか使えない、紙の本を大量に使用する理由など何があるだろうか。無数の思考がミハルの頭をよぎる。そして遂にミハルは、完璧な結論に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、藍田はヤギ人間だったのか……!」

 

 

 [睡眠不足]:()()()()()()()()()()()()()、全パラメータ20%DOWN

 











この後数時間に渡り、戦闘教本を食べ続けるヤギの改造人間藍田の姿がミハルの脳内に映り続けていましたとさ。むしゃむしゃ。




〖第一種異常応答剤〗
ヤバイお薬。元は2040年付近に開発されていたサメやトラ、ヤギなどの遺伝子を導入した改造人間用のものである。彼らの感覚器官を狂わせることにより一般人と同じ生活を送れるようにするためのものであり(例えば犬の遺伝子を持つものは夏場の満員電車に乗ると臭すぎて精神的に死んでしまう)それらを濁刃操者用に効果を改変・最大強化したものである。感覚鈍化作用や扁桃体の活動抑制、時間感覚の麻痺が作用として挙げられ、効果時間中は気持ちよい世界に居られるが代償として毒性が極めて高く、また離脱症状が極めて激しい。一般人なら即死、濁刃操者でも投与すれば狂って数か月以内に死ぬと言われるものであり、使用は死兵に限られる。

ちなみに、ナハトジークは5年前『統率者』より付与されたスキル[状態異常耐性:極]により、これを使用してなお僅かな時間しか現実から逃避することができない。


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