引退したソシャゲに異世界転移したらヒロインが全員病んでた件 作:西沢東
「藍田、それでは問題だ。鉄とステンレスの見分け方は?」
「はい、磁石を近づけることですミハル先生! うちのステンレスキッチンは磁石がくっつかなかったし」
「ところが冷間加工したものやフェライト系のステンレスはくっつく。ハイ減点」
「チクチクショ──────!」
作業室で俺はコウメ太夫のごとき叫びを上げる。ウララとの特訓の後、ミハルから濁刃のメンテ方法を学ぶのはここ最近の日課となっていた。疲れるのは疲れるのだが、ここで技術を習得しておかないと一生なまくらで戦う必要が出てしまうので踏ん張りどころと言えるだろう。
作業室は以前来た時より明るく整頓されている。それは俺に教えるため(本人は否定しているが)であり、そんな部屋で俺は濁刃のメンテナンスを学んでいた。濁刃の整備台の前で、俺とミハルは分解された爆羅剛剣と教本を読みながら話を続ける。
「あたしの話を単なる知識マウントとか思うなよ、こういう説教じみたのは得てして経験談とか自戒という要素が強いからな」
「そんな穿った見方はしてないよ先生。それで、間違えたらどうなるんだ?」
「昔、間違えて鉄製じゃなくてステンレスのねじを付けた結果、膨張率の差で加熱時に焼き付いてそのまま部品が取れなくなってだな。しかもやたら固いから一向に外れず」
「うわぁ……」
「ボルトが取れないと正常に戻せない、つまり周囲部品ごと廃棄する必要が出てくる。ちなみに予備部品は基地の中にはない」
「クソすぎるトラップだ……」
そして大概の仕事は、マニュアル化されていないところに落とし穴があったりする。それはマニュアル化作業の手間の問題であったり、あるいはマニュアル作者の読者への要求知識量が高すぎたりすることが要因なのだが。まあとにかく、俺は足りない基礎知識というやつに悩まされている最中であった。
「英単語を知らずに英語の試験を受けてるような気分だ……」
「大丈夫、アメリカとイギリスは現在音信不通だ」
「何一つ大丈夫じゃないな」
「とりあえず簡易メンテはできるようになったんだからいいじゃねえか」
「ミハル先生の監視ありなら、という条件付きだけど」
ミハルの言葉に俺はうなずく。とりあえず今日やった内容で、故障頻度の高い部位の交換はできるようになった。兵器であるが故に、ある程度メンテ方法が規格化されていたのが救いだった。とはいっても本当に簡易の部分だけ。本当にきちんと修理するならやはり全てミハルにやってもらう必要があるだろう。
ミハルの指示通り、オメガ流体機構のカバーを鉄のネジで止め、漏れ対策にメタルガスケットを取り付け均一に部品を締結していく。最後に奥義の力を受け止めるための補強板を何枚も重ね、これでついにメンテ完了である。
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濁刃
Lv:10
・[オメガ流体]:爆発(小)
奥義
・[イグニッションブースト1]:爆発を局所開放して加速および攻撃に使用。クールダウン18秒(通常条件時) 、一時的に侵食度14%上昇
改造パーツ
・[放熱ヒートシンク1] :クールダウン3秒ダウン
・空きパーツ1枠
状態異常
[パーツ老朽化]:一定確率で追加の状態異常発生
ATK+210 AGI-20 DEF+140 DEX-30
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うん、以前と比較すると状態異常が老朽化以外解除されていて、さらに濁刃の武器Lvの表記が増えている。
以前はオメガ流体漏出と切れ味減少という状態異常がついていたが、これらはメンテを繰り返すことで無事に消えていた。おかげでATKのマイナス補正が消え、一撃でアブラクサスを討伐できる機会が増えた。
一方、このLvというのは武器の強化度を示す用で、アブラクサスの素材を消費することで強化されていく。戦闘教本で自分のLvを上げた時と同じような挙動ではあったのだが、違うのはこの強化をするとパラメータが少しずつ向上する点だ。例えば初期の
ちなみに余談であるが、ゲーム内に濁刃Lvというシステムはない。……いや、ベータテスト時にはあったんだけど確か削除されたんだっけか、複雑すぎるとか何とかで。そんな話をwikiでみた記憶がある。そういったものが表記されたりされなかったりするのは、このステータス画面という能力が『ゲーム内の機能を使えるようにする』ではなく、『各種物理現象を数値化、並びに変更を可能』というものであり、その上で『統率者』が使っていたものと似たような形で可視化しているだけ、という部分にあるのだろう。
なのでやろうと思えばステータス画面の力や対象範囲をもっと拡張できそうではある。例えば小指の爪の切れ味Lv999とか。何に使うんだよ、という話ではあるが。というかこの場合対価とかどうなるんだろう。忙しさが収まったらまた検証してみたいところである。
そんな風に思考を巡らせる俺の横で、ミハルは少し不安そうな様子で濁刃を撫でる。
「まあミスが残ってるかもしれないけどよ」
「別にいいよ、仮に爆発でもしたらガッツで耐えてウララにバトンタッチするだけだし。というかそもそも、パーツが老朽化している部分がある時点で元からどうしようにもないから、諦め諦めー」
「前向きなんだか後ろ向きなんだか」
ミハルにとっては、ミスを責められるのが一番辛いのだろう。だから俺が平然と割り切っているのを見るとちょっと安心した様子で軽く笑う。
「ふふっ」
「ギョギョッ」
「なんだその笑い方!?」
さかなクンと化した俺にミハルのスムーズな突込みが入ったあと、少し作業室の中に沈黙が漂う。だが、気まずい雰囲気ではない。俺は完成した爆羅剛剣を色んな角度から眺める。うん、我ながらいい仕上がりだ。ミニ四駆以外で工具を使わない俺とは思えない出来だ。
一方ミハルは工具置き場に足を運び、何をするわけでも俺の方をちらちらと見てくる。そして大きく息を吸って、オーバーなほど深く吐いて、そしてこちらに向き直る。「すまんな」そういう彼女の方に、俺は視線を戻す。一体何を言うつもりなのだろうか。ミハルが、ここまで大仰に言おうとすることは、とても重要なことなのだろう。俺は心構えをし、うんと頷く。俺の目を見て、それでも何度か迷った後、ミハルは遂に口を開いた。
「……ありがとうな」
「う、うん」
何というか、あまりにも真っすぐな言葉に少し動揺してしまう。ミハルは割とそういう事を言うのを嫌がるタイプというか、遠回しに言って伝わってないことに気付いて後から布団に顔を埋めるタイプというか、そんな気がしていたのだ。
「聞いただろうけどあたし、寝れないんだ。この5年くらい。身体の辛さは変わらないのに、布団に入っても脳が起き続ける。メカニックとしてやるべきことを分かっていながら、出来ない日が続く。でも今、ちょっと肩の荷が下りた。本当にありがとう」
「何言ってんだ、たかが一週間やそこらだぞ」
ミハルが真っすぐこちらを見つめてくるので、俺は目を逸らす。が、俺の返答は完全に的外れであった。
「一週間も、だろ。この状況でここまでやれる人材は他にはいない」
「人手不足に悩むコンビニ店長みたいなこと言ってる……」
うーん、こっちとしては死なないために、やれることを全力でやっているだけなのだけど。だって元の世界だったらもっとヤバい働き方してる人もいたし、そもそもウララとミハルとかの苦労を考えたら凄く楽だと思うんだけどな。一週間でそんな真面目に感謝されるなら、一年くらいやったらどうなるんだよこれ。
俺があまり理解していないのを理解してか、ミハルは少し不満げに詰め寄ってくる。
「お前自身がどうか、じゃなくて周囲にとってはどうか、という話だよ。冬眠前の世界とは違う、この状況においての話だ。例えばウララを思い出してみろ、あいつなんてその……何というか、ほら。凄まじい勢いですり寄ってるだろ?」
ミハルの発言に俺は首を傾げる。ミハルの言い方は、単なる感謝の話だけではないように聞こえた。まるで、ウララが「そういう」感情すら持っているとでも言わんばかりの言い方であった。
でも偶にゲームとかで、命助けたら惚れられるみたいな展開あるけど普通はないよね。ありがとうございました、それじゃ! 、でしかなくて、あくまで恩人と性的興味の対象かどうかは完全に別というか。そりゃあ求める理想の相手に凄く近かったりすれば別なんだろうけどさ。
となると俺の男子高校生故の邪推か、それともミハルの脳が恋愛漫画で汚染されているかの二択で考えておけばよいだろう。とりあえず「そういう」可能性からは目をそらし、適当に話を続ける。
「まあ仲良くなってはいるけど、でも一週間だし会うのは任務とトレーニングの時のみだぞ」
「お前な、感情のスピードってやつは状況と相手によって全然違うんだよ。それに人間の好感度ってやつは会ってない時でも上がっていくだろうが。思いを募らせるとか言うだろ」
「そんな表現古文の授業以外では聞かなかったんだけど、ってかそんなにウララのこと見てるなら早く仲直りしてよ、ウララの前で話題出しにくいんだけど」
「うっ、それはだな、まだ気まずいというか……たかが一週間やそこらだぞ」
「さっきと言ってること真逆じゃん」
「う~~!」
「ミハル、そんな声出せるんだな……」
作業室での会話は夜の2時になるまで続いた。そして作業室の扉の向こうに、影があったことに俺は終ぞ気が付かなかったのであった。
ミッション
☑ ステータス画面の機能を理解しろ
☑ 濁刃を手に入れろ
☑ 自身のLvを70まで上げろ
□ ウララの好感度を10まで上げろ (7→8)
□ ミハルの好感度を10まで上げろ (1→8)
□ ■■■■■の襲来に備えよ
□ ウララとミハルを仲直りさせろ