引退したソシャゲに異世界転移したらヒロインが全員病んでた件 作:西沢東
「なにっすかあれは……」
「どうなってやがる……」
『アマテラス』のすぐそばに現れたその何かを見て、ウララは絶句し、ミハルは目を見開く。彼女たちは、長く人類の敵アブラクサスと戦ってきた。だが目の前の存在は、明らかに自分の知ってるそれらとは異なる。
「何だあれ……」
そしてそれは、藍田も同一であった。『アマテラス』も熱線の発射を止め、急に現れたそれと藍田を何度も交互に見比べるが藍田は知らぬ素振りを決め込む。知らないのだ。
少なくともそんな存在はソシャゲ『ノイルコード』内にいなかったのだから。
■■存■。ステータス画面にそう記載された存在を、藍田は上位存在の類であると予想していた。
上位存在、といっても所謂神などの類ではなく。ルール違反を取り締まる警察。でなければ、リスクとして表示されるはずもない■■存■に感知されて、何も起こらないのであればそもそもリスクでも何でもない。また、これが例えば一般的な物が相手なら、そもそも文字が表記されないような事象が起こりうるはずもない。実際、ステータス画面に『小型アブラクサスに察知されるリスクが』なんて表記は藍田は見たことが無かった。
故に、ピンチのタイミングで意図的にこのリスクを踏めば。何らかのアクションを起こしてくるのでは、と藍田は考察しその行動に出た。
予想外だったのは二つ。一つは、■■存■がまさか直接顕現するとは思わなかったということ。そしてもう一つは、その見た目だった。
それは臓器の糸で編まれた全長50mほどの巨大な蟲だった。形状としては、ダニがもっとも近いだろうか。だが、全身は赤く輝き手も足も臓器で編まれた奇妙な構造体となっている。大地に降り立ち、蠢くたびにそれらの臓器が潰れて、大地に血が飛び散った。空には幾つもの円が浮かび、そこから不定形の鎖のようなものが飛び出してきて、それに巻き付いている。
藍田の眼には、透明な画面が表示される。
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反動存在:第七階位■■■■■■ Lv:■■■■
状態異常:限定顕現
【Tips:あなたの保有するノイルコード:ステータスの階位が低いため各種情報を表示できません】
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「年齢制限に引っかかるからこれは『ノイルコード』にいるキャラではないな……」
藍田の背筋に、アドレナリンで押し流そうとしても押し流しきれない恐怖が走る。生理的に受け付けない、生命体とは到底思えないその姿の化け物は、口らしきものがどこにも見当たらないのに、曇った低い声で意味の分からない単語を並べ立てる。
「第七階■異常■綻■理検知。対象■在旧■歴情報波位相伝播体■剰■■四■越境……」
ぶちり、と嫌な音が周囲に響き渡り反動存在の身体が捻じれる。臓器が千切れ、その中から有機物らしき皮膚と金属の塊が露出する。臓器を隠すように皮膚と金属がある、人とアブラクサスとは真逆の光景だった。
そして臓器がほつれ、鞭の如く藍田に向かって降り注いだ。
「ひぃっ!」
藍田の喉から情けない悲鳴が出る。藍田はステータスの恩恵を受けてなお、その大本は普通の高校生である。自身の命を狙う未知の化け物を前にして、平常心を保てるほど、異常な人間ではない。
ウララとミハルの前で、藍田は恐怖に襲われ反射的に空に身を投げ出す。瞬間、先ほどまで藍田がいた場所に亜音速で飛翔する臓器が叩きつけられ、衝撃波で藍田は無様に吹き飛ばされる。
「ぃっ……」
「大丈夫っすか藍田さん、今そっちに!」
「やめろウララ、あんな化け物相手にどうするんだ!」
藍田の口の中に血が溢れる。衝撃で口の中を切ったのだろう。強化されたといえ所詮は人の肉体。藍田の脳を痛みが駆け巡り、足が震える。
どうしよう。何をすればいいんだ。というかあいつは何なんだ。何をすれば勝てるんだ。そもそも自分はどうしてこんなことを、変なリスクを負う必要はそもそも戦場に出ずバスで逃げておけば。
藍田の脳裏を様々な思考がよぎる。情報がパンクし、死の恐怖が近づき、冷静な思考を痛みと血が阻害する。
藍田はいわゆるパニックの状態となっていた。
そしてそれを引き戻したのはウララでもミハルでもなかった。
「Byuguuuuuuuuu!」
「……あ、巻き込まれてるじゃん」
『アマテラス』は藍田のすぐそばで絶叫する。藍田は濁刃で攻撃を行っており、つまり『アマテラス』のすぐ近くにいる。当然それに反動存在が攻撃を加えれば、『アマテラス』は巻き込まれる。藍田の最大点火によるダメージよりさらに深い損傷を受けた『アマテラス』を見て、藍田の思考は一瞬で引き戻されたのだった。
「落ち着け俺、今の所対『アマテラス』戦は想定通り、反動存在とやらの見た目と殺意が予想以上なだけ。依然『アマテラス』、ついでに反動存在は割れ目の近く、そしてこの反動存在とやらには何らかの制限がある」
「Byuuuuuuggggguuu!!!」
再び降り注ぐ臓器の雨を藍田は『アマテラス』を盾に防いでいく。藍田の思考は泣き叫ぶ『アマテラス』を横にして急激に冷静になっていった。
「Bhuuuuuugggggg!」
「今俺がやるべきことは変わっていない! やらなきゃ死ぬだけ、やれば可能性はある! やってから考えるべし!」
バシン、と藍田は自身の頬を叩いた。そして両手に持った濁刃の片方を投げ捨て、藍田は叫んだ。
「ウララ、ミハル! 作戦続行! 爆弾を設置、「飛竜」を寄せるな!」
「どうするんっすか!」
「攻撃を誘発して大地にヒビを入れる! 俺のタイミングで爆破、ヒビと『アマテラス』プラスこの化け物の質量で大地の崩壊を促進、まとめて割れ目に叩き込む! どっちも1000m以上の自由落下で即死だ、行くぞ!」
どん、と藍田は飛んだ。意図的に反動存在を引き付けるように、『アマテラス』の身体の上に登り走り出す。そして自身を鼓舞するかのように叫んだ。
「『アマテラス』、いきなり攻撃してくるあいつマジ許せねえよな!」
「Byuggggggggggg!」
「おおダメージを受けて可哀そうに、返答することも出来ねえのか。ふざけやがって反動存在の野郎……!」
『アマテラス』の肉体は裂け、大地は震動で幾度も揺れる。藍田の高い侵食度から繰り出される回避行動は、『アマテラス』という邪魔物に加え限定顕現の制約により見事に攻撃を寸前で回避することに成功していた。
『アマテラス』は急に現れ攻撃してきた反動存在に怒りを向け、残ったその腕を叩きつける。反動存在の動きは遅く、また『アマテラス』の敵対は想定していなかったのだろう、衝撃と共に体が揺らぐ。
反動存在は思わぬダメージと、未だに藍田を倒せない苛立ちからなのか、どこからか再び声を出す。
「汝歪■■第■位■励起収縮……」
「もごもご言ってんじゃねえ滑舌悪いんだよきちんと話せ! 単語は全てわかるように言うんだよ、先生にスライドの読み上げ方アドバイスしてもらったことないのか」
「否定■間■在……」
「うっせー急に出てきて何偉そうにもごもご言ってやがるんだ! もうお前の名前ニンジャな! 急に出てきて話をややこしくしたから!」
「否定真否定」
「うっせーパンツ野郎!」
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ニンジャパンツ野郎:第七階位■■■■■■ Lv:■■■■
状態異常:限定顕現
【Tips:あなたの保有するノイルコード:ステータスの階位が低いため各種情報を表示できません】
【Tips:概念存在は人類において最も普及している呼称が正式名称となります。ふざけた名前をつけるのはやめてください】
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臓器の鞭が大地を飛び交い、怒った『アマテラス』のオーバーヒートした腕がニンジャに叩きつけられ、皮膚と金属と体液が辺りに散らばっていく。あまりにも異常な闘争。人同士の戦いではありえない、凄惨な化け物同士の戦い。
極めて単調な、しかし藍田のすぐそこにまで死が迫る戦い。言ってしまえば右に左に逃げ続けるだけ。ニンジャは限定顕現のせいか臓器を叩きつける行動しかしてこない。ただ同じことを、しかし常に死が迫る中で藍田は着実に繰り返し続ける。時間が経過すればするほど、『アマテラス』、ニンジャ、大地にダメージが蓄積していった。
そして同時に、この魔境の中で、攻撃に巻き込まれないようミハルは忠実に爆弾の設置を行い続ける。そして数分の内に、遂に計100発近い爆弾の設置が完了した。
そしてほぼ時を同じくして。怒りを抑えきれなくなった『アマテラス』が、再び残った片腕に熱線を集め出す。狙いは最もダメージを与えているニンジャ。ミハルは藍田に叫ぶ。
「藍田、逃げろ! 熱で誘爆する!」
コックオフとも呼ばれる現象。化学物質や配線は、通常環境での動作を想定しており、山を溶断するような熱源が通過する環境での使用を想定していない。多少の衝撃なら兎も角、余熱が爆弾に到達した場合。異常動作する可能性がある。
そしてこれらの爆弾は有線接続による同時爆破を前提としており。そのため一つの爆弾が爆発すれば他の爆弾も爆破するよう、仕込まれていた。
声を聴いた藍田が逃げ出そうとする。危険を察知したニンジャが藍田への攻撃を中止し、その重たい体を引きずり回避動作を取る。
「間に合わないっ……」
「藍田!」
「藍田さんっ!」
だが、藍田が距離を取るよりも早く。『アマテラス』の手から熱線が放たれ。ニンジャはその熱線を回避することに成功するも、その余熱が爆弾を起爆させ。
轟音と共に、『アマテラス』、藍田、ニンジャのいる大地が崩れ、割れ目に呑み込まれていった。しばらくして大地に、地底で何かが砕け散る音が響き渡った。