引退したソシャゲに異世界転移したらヒロインが全員病んでた件 作:西沢東
8/27、一部修正
「……藍田ショウです、初めまして」
「同い年くらいだろうしタメ口で大丈夫だぞ。あたしはミハル、濁刃のメカニックとか運転手だとか諸々をやってる。ウララ、これで全部か?」
「そうっす、それじゃ行きましょう!」
車内には数多の荷物が積まれている。おそらくウララがこの廃棄拠点から回収したのだろう。ミハルは運転席に座りアクセルを踏み込む。……運転席は明らかに成人専用であり、ウララが運転しないのはおそらく足が届かないからなんだろうな、という気がする。
俺とウララは後部座席に座り、一息着く。とりあえず足に刺さった小石を抜いていると、運転席のミハルが声をかけてくる。
「じゃあ出発するぞー」
「おー!」
「お願いします」
ガタガタと車が走り出す。そんな中で俺は混乱する頭の中をまとめた。まず、俺の記憶を思い起こす。確か、『ノイルコード』の時系列はこんな感じだったはずだ。
2050年、宇宙よりアブラクサスと呼称される金属生命体が襲来
2070年、人類の大半が滅亡。特別アブラクサス対策機関が結成され、旧日本を拠点に反撃を試みる。
2100年、戦況は膠着し人類側の資源が減るばかりの状態だったが、そこに『統率者』が現れる。
確かこんな感じで、ゲーム開始時は2100年。なので俺は今が2100年だと勝手に思っていたが、よく考えればそうである保証なんてどこにもない。そもそも、『統率者』が存在する世界かどうかも分からず、なんなら似た全く別の世界という可能性すら残っている。
黙り込む俺の姿を見たミハルは、ため息を吐いて片手でポケットから何やら小さい包み紙を取り出し、俺に渡してくる。彼女の前にも、俺にしか見えないステータス画面が浮かび、俺はそれを覗き込む。
「腹減ってねえか、ほれレーション」
「あ、ありがと……」
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ミハル=P1694PZ
種族:人間
Lv:19
職業:第3階位
年齢:18歳
濁刃:
侵食度:29%
状態異常
[睡眠不足]:
[不眠]:[睡眠不足]を解除不可、全パラメータ20%DOWN
[調子不良]:全パラメータ10%DOWN
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(全ての行動を一定確率で失敗って、そんなやつ運転したらダメだろ!)
俺は渡されたレーションの袋を開けて口に放り込む。初めて食べるがさっすが未来、味はそこまで悪くはない。ここにきて唯一の希望かもしれなかった。
一方ウララはにこにこしてこちらを見ていて、ミハルはそんな彼女にレーションを渡すそぶりもない。長い付き合いだ、互いの状態のことは知っているのだろう。とはいってもステータス画面が正しいという保証もない、万一の可能性を信じて俺はウララに問いかける。
「えと、ウララちゃんは」
「大丈夫っす、十分来る前に食べましたので」
ウララは手慣れた素振りでそんな嘘を付くが、一瞬ピクリと眉が動いたのを俺は見逃さなかった。そんなわけないだろ自分の状態異常の数わかってんのか、という思いは飲み込む。
とりあえず分からないことだらけ、となればまずは話を聞くべきだろう。俺はウララとミハルに問いかける。
「俺、しばらく寝てたからわかんないんだけど、今世界はどうなってるんだ?」
「そうか、こいつ冬眠者か。いいぜ」
そこからは俺がゲームで聞いたことと同じだった。アブラクサスとかいう謎の金属生命体に世界が襲われ、壊滅したこと。生き残った人類は特ア対(特別アブラクサス対策機関)を結成しアブラクサスに挑んだこと。
「そして5年前、私が13歳のころ、『統率者』様が現れたっす。『統率者』様は周囲の人を強くする不思議な力を使い、日本の土地を矢継ぎ早に開放していき、そしてアブラクサスとの決戦、旧オーサカ第三基地奪還作戦が行われたっす。この作戦が成功すれば海外との通信や各種インフラ、オメガ流体を利用した特殊兵器の利用が可能になり、人類の生息域は大きく広がるはずだったっす」
完全にそこまでは記憶通りである。確か俺がプレイしたのもそこまでだったんだよな、期末試験と重なって引退したし。しかし『統率者』という希望がいたにもかかわらず、「はずでした」という語尾は不穏すぎる。
「『統率者』サマは闇討ちとかされたのか?」
「……それだったらどれだけマシだったか」
俺の呟きに、ミハルは深くため息をつく。じゃあなんだろう、普通に負けたり、あるいは餅を喉に詰まらせたりして死んだのだろうか。
「その最中、急に『統率者』様は消えたっす。まるで初めからいなかったかのように、忽然と」
「え……」
「お付きの人達は狂ったような形相で探し求めたのですが見つからず。結局『統率者』様の力を欠いた組織は決戦に敗北したっす」
俺の背筋にすさまじい量の汗が浮かぶ。え、そんなことあってもいいのか。その状況に見覚えがありすぎるのだ。そう、俺はその時期にソシャゲを引退したのだから。
「そして5年がたち、私達は人口を半分に減らしたっす。アブラクサスに追い詰められている状況で、それでも頑張ってるって訳っすね」
「『統率者』のせいだろうが、あいつがいれば全部解決だったのに」
「そんなこと言っちゃだめっす、あれだけすごい人だからきっとどうしようもない事情があったはずっすよ」
二人がそうやってあーだーこーだ言い合っている状況の中、俺は頭を抱える。ああ、自己意識過剰とか妄想のしすぎとかであってくれ。でも現在持っている情報からすればこの答えしか浮かばない。
(この『ノイルコード』の世界、俺がソシャゲ引退した後の、主人公が居なくなって崩壊したバッドエンドの世界なのかよ──!)
◇◇◇◇
数時間ほどボコボコで油の溜まった汚い道を走る。かつては都市だったこの地は軒並み破壊されている。瓦礫の山はアブラクサスの強靭な足により何十年も踏み荒らされ、もう原型を残していない。そんな中、装甲車で窓の外を見てウララは俺に声をかける。
「見えました、あれが私たちの拠点っす」
「うわぁ」
「そこは感嘆するとこだろ」
ミハルは呆れたように言うが、俺の感想は至極妥当なものであった。目の前に見えてきたのは、ありていにいえばつぎはぎの廃墟。何度もアブラクサスの攻撃に晒され、剥がれ落ちた城壁を何度も上から金属板を重ねて覆い隠している。
「元は自衛隊の基地とかなのか」
「そうっす。対アブラクサス相手に防備を固めるべく高地に設営され、周囲を壁で囲っています。幸いにもこの基地はいまだに破られたことはありません」
「今の所は、だがな」
ミハルの皮肉をウララは軽く笑って受け流す。だがそれはミハルが皮肉を言ったというよりはウララが皮肉を言ってミハルが嗜めた、そんな空気すらあった。
坂道を登り近づくと、そこには廃材と金属板をツギハギしてできた巨大な金属のゲートがはっきりと見えてくる。ゲートは傷だらけで無数のアブラクサスの死骸の破片らしきものが突き刺さっている。
近づくにつれて、ミハルはこちらに耳打ちをした。
「あんま驚くなよ」
「……?」
ガガガ、という鈍い地響きとともにゲートが上昇していく。その先には武器を構えた少女数人が立っていた。
状態異常、腕部骨折(STR,DEX50%DOWN)、神経系異常(全パラメータ20%DOWN)、など少女たちの全員にバッドステータスが記載されている。ウララ達だけではない、彼女たち、いやここにいる人々全員がすでに限界なのだと、俺は直感的に理解してしまう。
「……お疲れ様です」
腕に包帯を巻いた少女がウララに力なく敬礼する。まともな軍隊であれば規律がどうとか戦場だから緊張感を持てとかいわれそうだが、ウララたちは何も言わず笑顔で頷き通り過ぎてく。その背後で、ゆっくりと再び防壁が降りていく。ウララは、違和感のある明るい笑みで手を広げた。
「これが我々の拠点、第7基地「オウミ」です!」
◇◇◇◇
ゲートを通過した後、ミハルは別の仕事があると言って装甲車と一緒にその場を去っていった。一方ウララは俺の住居を案内してくれると言って、基地内を先導してくれている。
「ここは優先順位としては下位ですから、対アブラクサス兵装も家具などの支給も少ないんです」
「それでこんなに現代、いや旧時代的なのか」
俺たちの目の前にはにはいくつかの金属製の扉があり、そのうちの一つの扉を選びウララは入っていく。そしてパチッと電灯をつけた。
コンクリートの壁、樹脂と金属でできた家具たち。俺にとっては非常に見覚えのある光景だ。SFっぽさは全くないが、そんなことを言ってられない状況なのでまあ文句を言ってられる状況ではない。埃は被っているがそれ以外の汚れは見当たらず、まあ少し換気や掃除をすれば使えるようになるだろう。
「ここを好きに使ってもらって大丈夫っす」
「悪いな、余裕ないのにこんな広い部屋もらってしまって」
「大丈夫っす、食料とかの資源より人がいなくなるスピードの方が早いっすから。それに男性は藍田さんだけ、同室にできないっすよ」
「あれ、そうなんだっけ?」
「要は私たち、人工的に生まれてる訳っすから」
俺は思い出す。そういえば彼女たちは苗字ではなくシリアルナンバーで管理されていた。
「ってことは遺伝子制御もされてるって感じか」
「はい。なので比較的小柄かつ身軽、万一の時は精子アンプルのみで血を繋げる女性兵士が多く製造されたんです」
「なるほどなぁ。でも製造できる割に人数少なかったよな」
俺は思い出す。通り過ぎた際の女性兵はそんなに多くなく。しかも皆16歳は超えていた。俺の問いに際し、ウララは当然だといわんばかりに言った。
「こんな希望のない場所に、生まれさせてしまうなんてかわいそうなことはできないっすよ。この場所では新規兵士の受け入れと製造は停止してるっす」
「……」
重い。初めから思っていたが出てくる情報が一つ一つ重い。末期戦にもほどがある、せめて希望をくれ希望を。俺はちょっとおびえながら、これだけは聞いておかないとと思って聞いた。
「俺にできること、何かある?」
武器を取って戦ってくれ、警備を手伝ってくれ、あるいは運転だけでも。人一人いれば何か仕事ができるはずだ。だが彼女の目は暗かった。初対面ではあるが、俺を嫌っているわけではないのは分かる。そもそも俺の知っている彼女はそういった負の感情を他人に向けるタイプではない。ただ、その目は何も期待していない目だった。この絶望の状況が変わることなどない、という諦念に塗れた。
「お気持ちだけは受け取るっす。でも大丈夫っす、自分たちだけで仕事は回るんで。この基地が落ちるそう遠くない日まで、ゆっくりしていってください」
◇◇◇◇
「キツイこといっちゃったな……後で謝らないといけないっすね……」
部屋に戻り、ウララは椅子に座る。部屋の内部は4人用の質素な部屋で、部屋にはウララのものではない様々な家具や文房具、服などの私物が置かれている。そしてその持ち主たちはもう帰ってこない。彼女たちを忘れないためだけに、荷物の廃棄をウララは拒否し続けていた。
「……ご飯、食べないとっすね」
ウララは配給のレーションを取り出し、袋を開ける。そして皿の上でゴリゴリ、と粉になるまでそれらをスプーンですりつぶす。
彼女は固形食を食べられない。医者は喉の筋肉の異常挙動が、ストレスが、濁刃の浸食がなどと色々並べ立てた挙句、結局原因を特定できなかった。今は彼女は流体の物しか食べることができない。
「本部に行けばおかゆとか食べられたりするんっすかね」
現実的には、この地区に配られるのはレーションくらい。故に彼女はいつもこれらを水に溶かして、無理やり喉を通過させていた。スプーンでコップに流し込んだレーションをかき混ぜ、無理やり飲み込む。
「うっぐ」
当然、レーションは流動食などではない。すぐにむせ、その大半をコップに吐き戻してしまう。だがそれでも、少しは喉を通った。
「みんな心配するから、食べないと」
もう長い間、彼女は食欲というものを感じていない。それでも食べるのは心配する周囲のためだ。食事をせず痩せ細る彼女を、何年経っても背が全く伸びない彼女を心配するために、無理やり飲み込んでいく。
何口か飲んだ後、不快感が限界に達したため一旦休憩をする。口を拭き、遠い目をして窓の外を眺めながらウララは今日の出来事を思い出した。
「藍田さん、いい人だったな。……男性を見たのは『統率者』様以来っすね」
ウララは『統率者』と直接の付き合いはない。決戦の際に、御伴の兵と共にいたのを見ただけである。だがその力と、周囲に希望を持たせる力と実績ははっきりと思い出せる。青い衣を身にまとい、数多の濁刃操者をひきつれ戦場に向かう姿。『統率者』の名を出すだけで兵の顔に希望が浮かび、その名を調べるだけで輝かしい実績がいくつも並んでいるのを見ることができる。人類がアブラクサスに勝てるかもしれないという願望を抱くことができる。
あの頃は希望があった。あの頃は食欲があった。人は明日への希望があるから今の苦しみを耐えられる。しかしそれが無いのなら潰れるのみだ。
ウララは時たま自分が何故生きているのか分からなくなる時がある。あれから5年、『統率者』が消えて以来人類は淡々と敗走を続けている。彼女は13歳から18歳の貴重な時間を、そんな絶望感と無力感の中で過ごしてきた。
だから今でも思ってしまうのだ。もしあの人が再び現れれば。再び戦場に立てば、こんな苦しい時間も終わるのではないかと。
「『統率者』様……」
ただしそのようなことはあり得ない。彼女の代わりに戦場に立つものなどいない。義務感のみで、吐き気を抑え明日も戦場で戦うしかない。誰も彼女に手を差し伸べない。
その日、彼女は結局レーションを半分だけ食べることができた。
◇◇◇◇
「頑張れ頑張れできるできる絶対出来る頑張れもっとやれるって!やれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!そこで諦めんな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る!」
一方、藍田は床で腕立て伏せをしていた。勿論無意味に筋トレをしているわけではない。汗を流す彼の前にはステータス画面が開かれている。そしてステータス画面の値は、腕立て伏せをするたびに僅かにではあるが変動を続けている。
彼にあるのはあくまで一般市民程度の良心。圧倒的な度胸があるわけでも、聖人の如く深い慈愛の心があるわけでもない。間違ってもウララやミハルを助けるために、戦場に、なんて人物ではない。おびえて腰が抜けてそれで終い、そんな普通の人間だ。しかし今回はわけが違った。
「なんだよあの状態異常の数! デバフ食らいまくり一定確率で行動をミスする奴らに俺の命がかかってるなんて信じられねえ!!! しかも出てくる情報全てが暗すぎる! あんな状態なら数か月もしないうちに基地ごと俺死んじまうじゃねえか!まだやりたいことも無数にあるんだぞ! 元の世界に戻る手がかりがないどころかそれ以前に死ぬの確定なの最悪すぎるだろ!」
初めは助けて貰おうと思っていた。別に自分が急に戦場で戦って無双できる、なんて漫画みたいな展開ができるなんて思ってはいない。そんな妄想はアブラクサスに追いかけられた時点で消失している。ゆったり守ってもらい、その間にステータスという力で皆を助けたり元の世界に戻る手がかりを探そうと考えていた。が、もう今の状況はそれどころでなかった。恐怖で身を縮こまらせている場合などではなかった。自分より遥かに酷い状態の人間を見て、藍田の精神は混乱を止め、同時にはっきりとした目標意識を持つようになっていた。
藍田はステータス画面を覗き込み、その僅かな変動値を見て頷く。
「ステータス画面君、お前の力、滅茶苦茶凄いんだろ? なら俺に見せてくれよその力」
藍田にこの世界に何かをする義理はない。引退したソシャゲの世界で、自分が引退したせいで、なんて罪悪感はそこまで大きくはない。だって知るわけがないのだから。予想できるものを回避しないのは悪だが、予想もつかないものによる被害は事故としか呼称のしようがない。ただ、それはそれとして。
端的に言えば藍田ショウは世界に、そして延々と暗い話をする少女たちに対してキレていた。
「やってやろうじゃねえかこの野郎、俺がやってやる、俺自身をステータス画面の力で強化してアブラクサスを片っ端からボコボコにしてここにいる奴全員助ける! まずはステータス画面の効果の検証と濁刃の入手からだ! 全員挽肉にしてやるからなアブラクサス共!」
なお、この時のある種猪突猛進な考えを、将来の藍田は心の奥底から後悔することとなる。確かに自身が『統率者』と同じ力を使ってアブラクサスを次々に打ち倒せば、彼女たちの心は救われ人類の、ひいては自分の環境も大いに改善されることにはなる。
考えておくべきではあったのだ。希望をちらつかされて。その上で5年の絶望に晒された彼女たちの前に、再び希望として現れれば、どのような感情を抱かれるのか、どのような対応をされるのかを。
ミッション
□ ステータス画面の機能を理解しろ
□ 濁刃を手に入れろ
□ 自身のLvを70まで上げろ
□ ウララの好感度を10まで上げろ
□ ミハルの好感度を10まで上げろ
□ ■■■■■の襲来に備えよ