引退したソシャゲに異世界転移したらヒロインが全員病んでた件   作:西沢東

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おいたわしや……な回です。


ミハル:sidestory1

「技術屋はな、信頼が第一なんだ」

 

 10年程前、まだミハルが小さかった時の話だ。『工房』には活気があった。ミハルは練機関の空き時間を見つけては抜け出し、地下にある作業室に入り込んでは職人たちが濁刃を触る姿に目を輝かせていた。その時に、師匠と仰ぐ人物がそう言っていたことをミハルは今でも覚えている。

 

「技術じゃ、ないの?」

 

 まだこの頃は、自らの目指す人々が『工房』に多数いた。作業室、ではなく『工房』。メンテナンスだけではなく、時にはアブラクサスの死体を元に濁刃を生み出すことまでする。この部屋こそが人類がアブラクサスに立ち向かう中核である。

 

 師匠はミハルが首を傾げているのを見て、笑みを浮かべて少し遠回りな質問をする。

 

「ミハルちゃん、濁刃の仕組み、覚えてる?」

「うん! オメガ流体ってやつだろ。電気をかけると不思議な力を発生させる油。アブラクサスの力の源。それを使って戦うんだ!」

「そうだ。特定周波数を持った電流を供給することにより通常では発生しない物理現象を起こす油。エネルギー保存則に従っていないことから、恐らく物理現象を起こしている、というよりは別のルールに従う、もしくは法則自体を改変することの方が主効果と考えられる。アブラクサスの体液などに含まれるものだな。じゃあ、侵食度とはなんだ?」

「えーっと、細胞が……」

 

 幼いミハルは答えが出てこず戸惑う。彼女の背後ではアブラクサスの体液であるオレンジの油、オメガ流体が次々に濁刃に供給されていく。オメガ流体が規定量入ったことを確認したのちフランジをボルトで封止、点火試験が開始される。ガチン、という音と共に白い煙が輩出され、同時に濁刃の周辺が急速に冷却されていく。

 

 そう、白い煙だ。ミハルはその煙が排気ダクトに吸引されていくのを見て、思い出した。

 

「蒸発したオメガ流体が、細胞に侵入していく。初めは体が強くなるけど、次第におかしくなるから注意が必要なんだ!」

「正解だ。オメガ流体は本来アブラクサスの構成要素。故に濁刃という形で不正運用されると、使用者側を攻撃・改変しようとし始めるんじゃないかと言われてる。まあ私たちは私たちの細胞が過剰適応する、というほうが正確なんじゃないかと思ってるんだが。で、なんでこんな話になっているか覚えているか?」

「えっと、なんだっけ……」

 

 もうミハルは師匠の顔もあやふやだ。彼女の写真は旧オーサカ第三基地奪還作戦の敗走時に失われてしまっている。最前線で戦闘員としても戦っていた彼女たちは、ついぞ戻らなかった。

 

「信頼、の話だ。濁刃は皆の命を守る武器ってだけじゃない。暴走や故障をすれば皆の命を奪う武器にもなる。例えばオメガ流体が漏れ出して過剰摂取からの侵食度大幅上昇、なんてことになったら、その人が人であるうちに殺さないといけなくなる。だから、私たちには信用が必要なんだ」

「……」

「信頼が無い武器は、常に暴走や故障を気にしないといけない。最前線で極限状態の皆の心をすり減らし、全力を出せなくしてしまう。だから、私たちメカニックは信頼を大事にしないといけないんだ」

 

 

 

 だが今の『作業室』にはもうミハル一人しかいない。信頼も技術も、当の昔に失われている。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ああああああああ!」

 

 ミハルは作業室の奥に敷かれた布団の中で、声を抑えて叫ぶ。そうでもしないと自身の思考を抑えられない。ずっと頭の中で過去の事象がリフレインし、衝動的に頭を固い壁に叩きつけたくなる。叫ぶことでその瞬間は思考が少し、止まり、精神が安らぐ。

 

「何であんなこと言ったんだ藍田が知るわけないのに理不尽すぎて○○○だろまたミスと恥が積み重なる早く終わってくれよああああああああ!」

 

 ミハルは合理性を重視する性質だ。だから少し冷静になれば、自分が如何に感情的かつ理不尽なことをしたかが分かる。藍田がこの世界で生き延びるために濁刃に興味を持つのは当然だし、それでまずはメカニックの自分に聞きに来るのも当然のことだ。だから、穏やかに追い返すかあるいは彼の要求を素直に飲めばよかったのだ。

 

でも、ミハルの精神はそれを許さない。

 

「寝よう寝れば思考がリセットできるし疲れを取れる考えても無駄だ無駄だ無駄だ分かっているんだ……」

 

 ミハルは至って正常な思考を有している。だからこそミハルは『正しいやり方を理解しているのに』『それを実行できない無能な自分』に精神を痛めつけられている。

 

『一旦寝よう』、そんな当たり前のことしかできない自分に、苛立っている。

 

 

 ミハルが全く寝れなくなったのにも理由がある。始まりは、つまらないミスだった。

 

 旧オーサカ第三基地奪還作戦の失敗から数か月が経過した2100年12月、すなわち他のメカニックが死亡したことにより全員の濁刃のメンテをミハル一人で受け持っていた時の話だ。当然仕事の負荷は強く、睡眠時間は僅か、当時13歳のミハルには精神的にも肉体的にも強い疲労が溜まっていた。そんな時に、事件は起きた。

 

 複数の場所で自分がメンテした濁刃のオメガ流体が漏出し、数人の侵食度が上がる事態が発生したのだ。幸いにも早期に漏出が発覚し、侵食度の上昇は致命的ではなかったが、問題はその中の一人に、親友であるウララがいたことだった。

 

『ミハルちゃんは悪くないっすよ。ミスなんて誰にもあることっす』

 

 当時まだ13歳のウララは健気にそう笑った。事実、基地全体の濁刃のメンテナンスを13歳のミハル一人でやるなどそもそも無茶なのは誰の目にも明らかだ。

 

『健康面も大丈夫っすし、心配しなくていいっすよ!』

 

 しかしその言葉とは裏腹に、2101年頃からどんどんウララの食は細っていった。原因は色々考えられ特定不能だったが、治療を最も妨げたのは一番の問題は40%近い侵食度。この影響により各種薬が正常に機能せず、投薬治療という選択肢が絶たれてしまったことであった。それ以来、ウララの身体は成長していない。何年経っても、あの頃のままだ。

 

「あたしのせいじゃないあたしのせいじゃないメカニック一人で全てミス無しなんてできるわけがない」

 

 布団の中でミハルはリフレインする記憶に震える。

 

 そのミス以来、ミハルは眠れなくなった。今日メンテした濁刃が本当に大丈夫なのか、ミスが無いのかベッドから起き上がり再確認するようになった。やせ細るウララを見ては夜に自分の部屋に彼女がやってきて自身を責め立てるのではないか、という妄想に駆られるようになった。そして睡眠不足の結果、更にミスは増えていく。だが、ミハルの代わりのメカニックなどいない。

 

 それでも、師匠に言われたことを信じ。周囲の信頼を取り戻すべく一つ一つ仕事をこなしていく。ミスは度々起きてその度不眠は悪化し体調は悪くなり続けたが、ミハルは誠実に仕事を続けた。

 

 しかしミハルの思いに反し、2102年頃から、次第に皆はミハルにメンテを頼まなくなり始めた。戦場に赴くものを拒否し始めた者がその時期を境に増加し始めたのだ。それは、皆が人類に勝ち筋がないことをはっきりと理解したというのも理由の一つだ。だが、それ以上に。

 

『人間として死にたい。濁刃が故障して、戦場で怪物に成り果てるのは嫌だ』

 

 その言葉を、ミハルはふと耳にした。そこで自分がもう信頼を完全に失っているとようやく理解したのだ。それからのミハルは、自分自身さえ信じられなくなった。旧オーサカ第三基地奪還作戦の失敗を機に、彼女のメカニックとしての人生は崩壊した。

 

 今、ミハルは他人の濁刃をメンテしていない。ウララがこっそり自分のいない間に簡易メンテを一人でするようになったことに気付いていたので、作業室の整備や濁刃以外の作業(車両修理等)、それに加えて自分の濁刃のメンテは行っているが、所詮それだけ。職務を放棄してしまっているような状態である。

 

 自分の腕が衰えたわけではない。ミスは一人なら起きても仕方がない。だからとりあえず寝て、しっかりとした頭で一つ一つ仕事をこなしていこう。明日藍田に今日のことを謝り、メンテした濁刃を渡してやろう。

 

「ああああああああああああ!」

 

 頭では分かっている。だが実行できない。そのギャップが彼女を延々と苦しめる。

 

 

 

 

 暗い部屋で、彼女は今日も眠ることができない。

 

 

 






因みに立場の関係上、ミハルはウララよりは『統率者』という存在への執着少なめです。その代わり5年間の地獄と多数の失敗を経て、自身をメカニックとして信頼してくれる人への執着は凄いことになっています。

次回、いよいよアブラクサス討伐に出発です。


ミッション
☑ ステータス画面の機能を理解しろ
□ 濁刃を手に入れろ
☑ 自身のLvを70まで上げろ
□ ウララの好感度を10まで上げろ
□ ミハルの好感度を10まで上げろ
□ ■■■■■の襲来に備えよ
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