虚ろの器は青の箱舟に 作:はんぐりーないと
砂塵舞う地平の先まで続く砂原を、一人の旅人が歩いていた。
身長は150前後。ボロボロの灰色の外套に、その隙間から僅かに見える黒の衣装。
何より目立つのが、背中と頭部。
真っ白な髪に、顔に付けた二本の角が生えた仮面。目元に黒い穴が開いているだけののっぺらぼうは、ともすればその穴が深淵に続くような錯覚を覚えさせた。
そして、背負っている巨大なブツ。
不思議な物体だ。剣のようにも槍のようにも見える。高さのある細長い二等辺三角形に辛うじて両手で握れそうな持ち手のような突起が確認できるだけの代物。
旅人の身長と同程度あり、よく手入れされているようだが剣身と思しき二等辺三角形部分が僅かに掛けていたりする事からかなりの年代物らしい。
一定のペースで砂を踏む旅人の足は、熱砂の太陽を真上に置いても淀みなく進んでいく。
自発的に止まる事のない歩み。それを止めるとすれば、それは外的要因に他ならない。
「…………?」
旅人が気付いたのは、遠方。どこまでも続くような地平線に突如として大きな砂埃が巻き上がったからだった。耳をすませば破砕音や銃撃音が乾いた風に乗って旅人の元へと届けられる。
自然と、誘蛾灯に誘われる羽虫のように。旅人の足は騒音の元へと向かう。
***
「う~ん……攻めにくいねぇ」
ぼやくようにして、小鳥遊ホシノは愛用する盾とショットガンを手に前を睨んだ。
彼女が対するのは、巨大な白い蛇と鯨を組み合わせた様な機械存在。その巨体がのたうつだけでも地が揺れて、オマケに搭載された兵装も生半可なものではない。
ホシノ含めた、アビドス廃校対策委員会の面々とそれからここキヴォトスにおける“大人”である先生による巨大な機械蛇の討伐はしかしいまいち決定打に欠けるというのが実情だ。
補足をすれば、彼女らが弱い訳では決してない。寧ろ、実力者の多いキヴォトスにおいてもその戦力は屈指のものだろう。
不意に、ホシノの耳に嵌められたイヤホンがノイズを起こす。
『ホシノ、そっちは大丈夫かい?』
「大丈夫だよ、先生ー。おじさんの堅さは知ってるでしょー?」
『頼りにしてるよ。とはいえ、決定打が欲しい所だね』
「それはあるね。シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃんと火力がない訳じゃないけどいまいちあの装甲を抜くのは難しいし。かといっておじさんが出過ぎるといざという時の遮蔽が無くなっちゃうし」
『こっちでも動いて…………ん?』
「どしたの?」
『レーダーに何か映ったんだ。これは……速いね。ホシノ、二時の方角から何かがそっちに迫ってる。確認できない?』
二時の方向。ホシノのオッドアイがそちらへと向けられる。
常の眠たげな眼から、鋭い視線に。同時に、視界が一気にズームインするような錯覚を覚える。
そして、
「…………人?」
少なくとも、ホシノにはそう見えた。
小柄な人影。目算にはなるが、自身と同程度か少し大きい程度、とホシノは予想する。
人影は、かなりの速度で近付いてくる。前傾となり、砂埃を巻き上げている様子から駆けているらしい。
同時に、巨体も接近者に気付いたのかホシノと同じ方向へと鎌首を擡げた。センサーか、或いは別の感知網か。
とにかく新たなる乱入者に気付いた巨体は、駆けてくる何者かを迎撃せんとその巨体を動かした。
そして、
「うっそぉ…………」
その光景にホシノは目を見開く。
駆け寄ってきた何者かは、迫る巨体を前にして背負っていた得物を抜き放っていた。
縦に長い二等辺三角形に、その底辺部分に持ち手となる突起をつけた剣のような槍のような代物。
身の丈と同程度の大きさのそれを、何者かは横一閃。迫る巨体の顔面に合わせる様にして振り切った。
甲高くも重い金属音が響き、
これには、ホシノも目を剥いた。だが、コレで終わりではない。
何者かは、武器を手に跳躍。それも、身長の数倍ともいえる高さまで一度で跳び上がり、更に二度目の
砂漠の空へと跳び上がった何者かは、大上段に得物を掲げると無防備な巨体のかち上げられた鼻先へと向けて渾身の一撃を叩きつけていた。
巨体が砂漠に叩きつけられ、舞い上がる砂埃。
その真上で左手に得物を握った何者かは、右手を握って空へと掲げたかと思えば隕石のような速度で真下へと降下。白い衝撃を伴って巨体の脳天へと重たい一撃を叩き込む。
怒涛の展開に着いていけない。警戒を解かずとも、ホシノは困惑していた。
「あー、先生?どうしよっか?」
『とりあえず、三人にはホシノの方へ行ってもらうように指示は出したよ。こっちでもアヤネのドローンでモニタリングしてるんだけど…………』
「先生の知り合い?」
『ううん。流石にあんな知り合いはいないかな。ホシノは?』
「おじさんも知らないなぁ、って」
どったんばったんと怪獣大激戦のように巨体との戦闘に身を投げる何者かを眺めて、ホシノは肩を竦めた。
そこに駆け寄って来る複数の足音。
「ホシノ先輩!」
「やあやあ、三人とも。怪我はしてない?」
「ん、大丈夫」
「こちらも同じくです。それはそうと、あの人はいったい……?」
「ノノミちゃんの知り合いでもない?」
「そうですね。あんな武器とお面を被った人は知り合いには居ませんし…………」
「私の知り合いでもないわよ」
「ん、私も」
頷く後輩たちに、ホシノは改めて前を見る。
状況は、膠着状態。
というのも、巨体と戦う何者かはいまいち攻めあぐねているのだ。
剣のような見た目をしている得物は、しかしどちらかといえば鈍器のように斬撃よりも打撃を巨体に叩きつけるばかり。そして、巨体の装甲は生半可なではない。どれだけ殴りつけても、その表面を突破できなければ痛打にはならないからだ。
「先生、提案なんだけどさ」
『今戦ってる子の援護かな?』
「そう。敵か味方か分からないけど、少なくともビナーを倒さないとウチは困る訳だしさ。だったらこのまま討伐に利用できた方が良いよね?」
『そうだね…………ただし、危険と判断した時点で撤退する事。少なくとも相手が敵か味方か分からない以上、少しでも襲う素振りが見れたら撤退。なるべく距離を取る。この二つを徹底してね』
「りょ~かい。安全第一ねぇ~」
緩い雰囲気で、しかしその声色に反してオッドアイは鋭く鉄火場へと向けられる。
「それじゃあ、お仕事の続きを始めよっか」
***
旅人が、その戦いに首を突っ込んだのは偶然に因る所が大きい。
しかし同時に、それが不本意であったか、と問われれば否だ。
何故なら、旅人にとって大切なのは
「――――それじゃあ、大人しくしてくれる?」
それ故に、銃口を突きつけられたとしても旅人は己の得物を背負い直して直立する。
ショットガン、ガトリングガン、アサルトライフルにミサイルドローンと集中砲火を受ければまず間違いなくただでは済まない状況を前にしても旅人は微動だにしない。
逆に、この状況に困ってしまうのは生徒側だったりする。
「ホシノ先輩、どうしましょう?」
「う~ん…………暴れる気配はないけどねぇ」
「ん、膝撃つ?」
「ええ!?で、でも……アイツ、ヘイローないわよね?」
「そこなんだよねぇ」
黒見セリカの指摘に、ホシノは頷く。
ヘイロー。キヴォトスに暮らす生徒たちの持つ一種の異能、或いは素養。
生徒たちはハッキリと認識している訳では無いが、それでも持っているかどうかの判断は可能。そして、ヘイローの有無はそのまま肉体強度などにも直結している。
現在彼女らが囲む相手には、そのヘイローが無い。それはそれで、超人的な身体能力など異様と言う他ない諸々があるのだが。
「先生ー?どうしよっか」
『とりあえず、話てみよう。このまま、マイクをオンにしてみるね』
通信機越しに先生がそう言うと、一台のドローンが降りてくる。
『ええっと、初めまして?聞こえてるかな?』
「…………」
声に反応して、旅人が顔を上げた。もっとも、その顔は仮面に覆われて伺えないが。
『私は、君が手助けしてくれた彼女たちの先生でね。良ければ、名前を聞かせてくれると嬉しんだけど』
「…………」
『あの…………聞こえてる?』
「…………」
無視である。ガン無視である。心なしか、ドローンから聞こえてくる声も覇気が萎んだ。
これに噛み付いたのは、セリカだった。
「ちょっと!何とか言いなさいよ!」
「…………」
咆えるセリカに対して、ドローンを見上げていた旅人の顔が下がる。
しかし、未だに沈黙を保ったままだ。
ここまで話さないと、幾つかの可能性が頭を過る。
喋れない可能性やそもそも言葉が通じていない可能性。
色々と過るが、不意に相手が動く。
「…………ない」
小さく呟くような声。目ざとく反応したのは、ドローン越しに砂の音すら拾う高感度マイクを使っていた先生だ。
『えっと、君の名前だよ?』
「…………ない」
「名前が無い?」
それは頭を過った可能性の一つでもある。
つまりは、厄介事だった。