何をしている!早くその鞭で俺を打つんだ!! 作:ナカザキ
その日の訓練も終わり、今日はもう解散となった頃、俺はアーノルド先生に意を決して言った。
「先生……聞いてください。どうしても、先生にお伝えしておかなければならないことがあります」
「木剣で叩くのは嫌ですよ」
「それではありません」
俺はまだあきらめていないが。しかし、この頃先生は急激に実力を伸ばし始めている。俺の才能でも勝つのは難しい。流石、先生だ!
それはそうと――。
俺は前世の記憶を頼りに先生に話し始めた。
「1週間後、屋敷から東へ半日ほどの場所にある、バルカ村の程近くでスタンピードが起こります」
スタンピードとは何らかの要因で大発生した魔物が、集団で人のいる方に大移動する現象のことだ。魔物が通った後には何も残らず、この世界で最も恐れられている『災害』の一つだろう。
先生は、俺の言葉に目を丸くした。
「スタンピード? そんな話は聞いていませんが。スレイン様どこで、そのような情報を?」
無理もない。スタンピードの発生など、魔術師ギルドですら予知することは難しい。
「……それは、言えません。しかし、間違いありません。放っておけば、村は壊滅し、多くの死者が出ます」
前世では、スタンピードによって住む家を失ったり、家族をなくしたりした民に何の保証もせず、むしろ税を重くするばかりだった。今世ではそんなことはできない。
俺の言葉に、先生は困惑した表情を浮かべた。
「ふむ(嘘を言っているようには見えないが――)」
「先生は公爵家の兵士たちにも訓練を行い、彼らの信頼も篤いと聞きます。どうか、共にスタンピートに向かってくれませんか」
少しの沈黙の後、先生は告げた。
「……分かりました。スレイン様。私も、共に行きましょう」
「先生……!」
「あなたのその目に宿る光は、以前のあなたにはなかったものです。その光を、私は信じましょう」
先生の言葉に、俺の胸は熱くなった。
そして、数日後の朝。
俺と先生は、公爵家の兵士たちと共に、バルカ村へと向かった。
村に到着すると、村人たちは、突然の公爵家兵士の来訪に困惑していた。
「スレイン様……何か、一体……?」
村長が、おずおずと俺に尋ねる。
「村長、すぐに村人を避難させろ! 間もなく、スタンピードが起こるぞ!」
俺の言葉に、村人たちは半信半疑の表情を浮かべる。
「しかし、スタンピードなど、この村では何十年も……」
村長に無理やり言うことを聞かせ、近くの村に村人ごと避難してもらう。
「本当に起きるのかな」
「馬鹿! 声が大きいぞ!」
兵士たちも半信半疑だ。
やがて――。
森の木々が倒れ、土煙が舞い上がる。
その土煙の中から、無数の魔物が姿を現した。狼の形、虫の形、熊の形、種類は様々だ。
「魔物だ……!」
「先生、兵士たち、迎撃の準備を!」
俺の号令に、先生と兵士たちは、すぐに陣形を組んだ。
そして、俺は、その先頭に立つと、腰に差した剣を抜いた。
(俺は……もう、二度と過ちを繰り返さない!)
「行くぞ!」
俺は魔物の群れに向かって駆け出した。
俺の剣技は前世の才能と今生の努力が合わさり、既に一流と言っていいものになっている。
一閃で、複数の魔物を切り裂き、次々と群れを殲滅していく。
「スレイン様……あれは、本当にスレイン様か……?」
「最近、見違えたとは聞いていたが――」
兵士たちは、俺の戦いぶりに、ただただ呆然と見つめていた。彼らは俺が傲慢で怠惰だったころを知っているからな。
アーノルド先生も、俺の剣技に目を丸くしていた。
「流石です! スレイン様!」
しかし、先生も負けてはいなかった。俺の戦いぶりに触発されたかのように、大地を抉るような力強い剣技で魔物を圧倒していく。
そして、激闘の末、俺たちは、スタンピードを鎮圧することに成功した。
幸い村の手前で、魔物を食い止めることができ、村には被害らしい被害は出ていない。スタンピートにしては比較的小規模だったのもあるだろう。
村に戻ってきた村人たちは、安堵の表情を浮かべると、俺と先生、そして兵士たちに深々と頭を下げた。
「スレイン様……本当に、ありがとうございました!」
――感謝?
俺は感謝をされたのか。
思えば前世の頃から人に感謝されることなど一度もなかった。胸に暖かいものが広がっていくのを感じる。
(良い、気持ちだな……!)
こうして俺は領地の村の危機を救うことに成功したのだった。
◆
数日後。
スレインが暮らすガルデア王国、青獅子騎士団長レオナード・ヴァルハイトは、分厚い報告書に目を通していた。
齢40を超える、彼の顔は疲労と苛立ちに満ちていた。栗色の髪も少し乱れている。王都の駐屯所、その団長室に彼はいた。
「また、スタンピードか……。今季でもう3件だぞ」
報告書には、ガルデア王国の村々で発生したスタンピードに関する情報が記されていた。
「なぜ、この時期に……。スタンピードは、通常、特定の季節に発生するものだというのに」
時期外れのスタンピードは、不吉な予兆とされていた。
「団長!」
そこへ、一人の部下が、息を切らせて駆け込んできた。
「どうした? 何かあったか?」
「はい! 先程、バルカ村から急使が! スタンピートが起こったそうです」
部下の報告に、レオナードは顔をしかめた。。
「被害は、やはり大きかったか……」
レオナードは、重い口調で尋ねた。
しかし、部下の答えは、彼の予想とは全く違うものだった。
「いえ! それが……スタンピードは、鎮圧されたそうです!」
「なに……!? いったい、なぜ……!? 誰が鎮圧したのだ!!」
「それが……ハイランダー公爵家の嫡男、スレイン様と公爵家の兵士の方々だそうで……」
「スレイン……だと?」
レオナードは、その名を聞いて、顔を歪めた。
スレイン・ハイランダー。
レオナードにとって、彼は最も忌み嫌うべき男だった。
まだ学園にも入学していない若輩。しかし彼は、権力を笠に着て、傲慢に振る舞い、人々の心を傷つける。レオナードは貴族の生まれだ。彼の振る舞いは貴族の友人経由に逐次入ってきていた。
それに、
『お前がレオナードか。なるほど、棒切れを振り回すしか能がない人間にぴったりの粗暴な顔をしている』
と面と向かって侮辱されたこともある。
所詮は子どもの台詞とその場では表面上は取り合わなかったが、その屈辱を忘れたことはない。
そんな男が、スタンピードを鎮圧した?
しかも、村には一人の死者も出さずに?
「団長、これが、その時の報告書です」
部下が、レオナードに新しい報告書を差し出す。
そこには、スタンピードの発生状況から、鎮圧に至るまでの詳細が記されていたスレインが、事前にスタンピードの発生を予知していたこと。彼の剣技が、一騎当千の活躍を見せたこと。そして、彼が村人たちを避難させ、村を救ったこと……。
(……これが、本当に、あのスレイン様なのか……?)
彼の知るスレインは、民のことなど歯牙にもかけない男だった。
そんな男が、なぜ、危険を顧みずに村を救ったのか?
あの傲慢不遜な態度の裏には思慮深く民思いの一面があったのか。
或いは彼は変わろうとしているのか。
彼の胸に、スレインへの興味が芽生え始めていた。
(わたしの娘も来年あなたと共に王立学園に入学する。娘から君の話を聞きたくなってきたよ)