安田記念から数週間後。GIというビッグタイトルを制覇したイリコチには、多くのメディアが駆け寄ってきた。彼女はそれを満遍なく利用し、宇都宮のイリコチここにありと高らかに宣言して見せた。
その宣言から地方トレセンについて興味を持つ人が増え、宇都宮にも過去にトレセンがあったという事を知らしめる形となった。
「……ふう。これで目標は一通り達成ね……」
宇都宮にイリコチあり。それを宣伝する。それだけの目標だったのだが、上手くいった事もあって彼女はホッとしていた。
「これから私、どう走っていけば良いのかしら」
机に座って、ノートに軽く落書きをする。妙に上手いそれを眺めながら、彼女はふーっと息を吐き出した。
「宇都宮の宣伝を続けるのが一番良いのかしらね」
そんな彼女の元に、トレーナーがやってきた。彼も一気にGIトレーナーとなった事で、学園内外から注目を浴びるようになっていた。
「お待たせ。イリコチ」
「トレーナー。お疲れ様」
「ありがとうな。まずは、改めておめでとう。最高だったよ」
「ありがとう。きっと、貴方のトレーニングが凄かったからよ」
「それだと良いな。晴れてGIウマ娘になった訳だけど、気分はどうだ?」
イリコチはノートを閉まって、答えた。
「とても良いわ。歴史に名を刻んだって感じね」
「だろうな。そんなイリコチに良いニュースがあるんだが」
「なになに?聞かせて?」
今回の活躍を受けて、地方のウマ娘も強いという事を知らしめる事が出来た。その結果、イリコチ達が所属していた宇都宮トレセンの廃止がもったいないという意見が多数寄せられたという。
「このまま活躍し続ければ、宇都宮トレセンの復活も有り得るかもしれないってことだ」
「本当!?それは凄いじゃない!俄然やる気が湧いてきたわ!」
まさか、廃止されたトレセンが復活するかもしれないとは。そんな事を聞かされれば、イリコチが喜ぶのも当然の反応だ。
「その調子だ。これからも勝ち続けて、宇都宮トレセンの復活を目指そう」
「ええ!」
それから、イリコチは鳴り物入りでGI戦線に何度も顔を出した。特にマイル路線での活躍はめざましく、マイルCSを制覇するなど、その活躍は見事なものだった。
『地方ウマ娘の意地!イリコチここにあり!』
新聞やマスメディアも彼女の強さと魅力に乗っかっており、宇都宮トレセン復活の声も徐々に大きくなってきていた。イリコチはこれが勝機だと思い、宇都宮トレセン復活の署名を集めてNAUに提出を行っていた。
「占めて1万人分。宇都宮トレセン復活の希望嘆願書です」
「本当に集めてくるとは……分かりました。あなた達の署名、受け取りましょう」
「ありがとうございます」
宇都宮のトレセン復活のため。ここまでイリコチが頑張ってこれたのも、この瞬間の為だろう。1万人もの嘆願があれば、NAUも動かざるを得ないだろう。
「結果は追って連絡します。しばらく待って貰えますね?」
「はい。大丈夫です」
ぺこりと頭を下げて、イリコチは部屋を後にした。誰も見ていない所までやってきた所で、グッとガッツポーズを取った。
「(これで上手く行けば宇都宮トレセンが復活するのね……)」
自分の頑張りが皆に評価されて、署名を集めるにまで至った。その嬉しさは本人にとっては計り知れないものだろう。とはいえ、まだ上手くいくかどうかは分からない。朗報を待ち続ける事になったのだった。
イリコチが嘆願書を提出してから数週間が経過した。イリコチはと言うと、復活した宇都宮トレセンが夢の中にまで出てきて大変であった。そんな彼女が部屋でアロマを堪能していると、呼び出しがあった。
「イリコチさん、NAUの方がお見えになりました」
「はい!分かりました!」
そして、運命の時が訪れた。イリコチは少しドキドキしながら、呼び出された部屋に入ることにした。
「失礼します」
「イリコチさん。お待ちしてました」
「市長さん!」
彼女を呼び出したのは、NAUの職員と、宇都宮市の市長。かつて、トレーナーが嘆願に向かった際にイリコチも少しだけ彼と面会する事もあった。
「お久しぶりです。今日は、例の嘆願書について話をしに来ました」
「お久しぶりです。分かりました」
果たしてどんな返事が来るのだろうか。不安と期待に挟まれながら、イリコチは結果を全て受け入れようと覚悟を決めた。
「それで……返事の方は?」
「はい。今回の嘆願書ですが……」
しん、と部屋が静まり返った。
「率直に申しますと、すぐに復活するのは難しいという結果になりました」
「そう……ですか」
それは仕方のない事だ、とイリコチは諦めようとしていた。しかし、それだけでは無いと言わんばかりに、市長は続けた。
「ですがご安心ください。あなた達の署名を受けて、今後年月をかけて復活する事が決定しました」
「……!ホントですか!?」
「はい。本当です」
その言葉に、イリコチは立ち上がって目を輝かせた。宇都宮トレセンが復活する。今まで何度も願ってきた想いが、ついに実現された。その嬉しさに、イリコチは何度も何度も小刻みにジャンプした。
「やった!やった!やったーっ!」
「これも署名を集めたイリコチさんのお陰です。私からも…おめでとう」
「ありがとうございますっ!」
たった一人の少女の願いが、大きな願いとなって宇都宮トレセンを救った。イリコチは大いに喜び、宇都宮トレセン復活に思いを馳せた。
「そういえば……復活には何年くらいかかるんでしょうか?」
「二、三年ほどかかると思います。しかし、絶対に復活させますからそこはご安心ください」
「分かりました。復活、楽しみにしています!」
市長とも固い握手を交わして、復活への期待に胸を躍らせた。二、三年後と言うと、自分はもう走っていないかもしれない。けれど、またあの学園の門をくぐれると思うだけで、楽しみになっていた。
「それではイリコチさん。最後にこの書類にサインをお願いします」
「はい。これは?」
「宇都宮トレセン復活の工事に関する手続き書です」
「そうですか!分かりました……」
サラサラとサインする。宇都宮トレセンがこれで帰ってくる。その嬉しさから、サインも踊ってしまっていた。
「では、よろしくお願いします!」
「はい。お任せ下さい」
そして、宇都宮トレセン復活が決まってから数年が経過した。イリコチは中央で大きな成績を残してから、引退して宇都宮に戻ってきていた。彼女の目標は、宇都宮トレセンでOBをすること。約束通り、復活した宇都宮トレセンの門を、彼女はぐいっと潜って通り抜けた。建て直しがあったからか、宇都宮トレセンはピカピカの新校舎になっており、最新の設備がいくつか備え付けられていた。
「本当に復活したんだ……」
そこに通う生徒達の顔も、なんだか明るめだ。数年で復活したという事もあって、別の地方から再びとんぼ返りしてきた生徒も多数いた。そんな彼女達と談笑を交わしながら、イリコチは職員室へと向かった。
「トレーナー!」
「ああ、イリコチ」
大幸トレーナーも、宇都宮に再就職しており、チームを結成していた。元中央の肩書きを活かして、多くの生徒の活動を請け負っていた。
「戻ってきたわね。宇都宮に」
「そうだな……」
思えばこの数年、色々な事があった。二人はそんな日々を思い返しながら、宇都宮で過ごせている日々に思いを馳せていた。
「これも君が頑張ったからだ。お疲れ様、イリコチ」
「ありがとう。トレーナー。……その……」
「ん?」
「今まで支えてくれて……ありがとう」
「……こちらこそ。これからもよろしくな」
「……ええ!」
こうして、宇都宮トレセンの日々は続いていく。今度は廃止にされないよう、気を付けて行くだろう。イリコチは宇都宮トレセンを復活させた一任者として、これから崇められる事だろう。そんな扱いに照れつつも、イリコチはOBとして宇都宮トレセン学園で過ごしていく。未来を走るウマ娘達の成長に、彼女は尽力して行くのであった。