ウマ娘 星の入東風   作:ウマ侍

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第2話 栃木の怪物

イリコチがデビューしてから数ヶ月が経過した。イリコチはその間にも何度も勝利を上げており、5連勝という記録を打ち立てていた。そんな彼女が目標としているレースは、北関東皐月賞。北関東三冠を担っているレースで、宇都宮トレセンに通う者なら誰もが一度は夢見るレースだ。

「はっ……はっ……」

「ゴール!よし!タイムも上々だ!」

「そう。それなら良かったわ」

息を整えつつ、次のトレーニングメニューを確認する。彼女は地方所属のウマ娘としては珍しく、めいっぱいトレーニングをこなしていた。

「トレーナー、次のレースだけど」

「ああ。北関東皐月賞だな。何か気になる事でもあるのか?」

「ええ。少し、気になる方が居るの」

「ライバルか。誰が気になるんだ?」

「ロマンスブライアさんよ。貴方も知ってるでしょ?」

「ああ……栃木の怪物だな」

ロマンスブライア。ここまで6戦6勝を上げている強者で、そのレースはどれをとっても大差勝ちという超有望株の選手であった。その強さから「栃木の怪物」と呼ばれている。そんな彼女の目標レースも北関東三冠であり、無敗同士でぶつかり合う事になった。

「彼女の末脚は凄い。半端なレースをしたら、それだけで負けてしまいそうなのよね」

「そうだな……レース終盤、後ろから伸びてくる豪脚。あれは君さえも追い抜いてしまいそうだ」

「でしょう?だから、何か対策を考えようと思っているわ」

「それなら俺も同意だ。一緒に対策を考えよう」

そんな訳で、トレーナーと話し込むイリコチ。強敵、ロマンスブライアの豪脚。その牙城をどのようにして崩すかが二人の課題となった。

「それじゃ、今日はこの辺で」

「ええ。お疲れ様」

ある日のこと。大幸トレーナーが今日の分のトレーニングを済ませて歩いていると、一人のウマ娘がトレーニングしているのが見つかった。

「あれは……」

「はあああああっ!」

脚が大地を蹴り上げ、砂埃が巻き上がる。この力強い走りを見せてくれるウマ娘こそ、宿敵と名高いロマンスブライアだ。

「凄い走りだ…」

興味津々に見つめていると、ロマンスブライアもこちらに興味を示したのか、トレーニングを中断して近寄ってくる。

「こんばんは。イリコチのトレーナーさん」

「ああ、こんばんは。トレーニング中断しちゃって良いのか?」

「自主トレですから。少しくらいなら時間に余裕を持ってますので」

「‎そっか。なら良いんだけど……そうだ。ひとつ聞いても良いかな?」

「はい。答えられる事ならなんでも」

「ありがとう。君は、イリコチの事をどう思ってる?」

「そうですね……同期で強敵、ライバルだと思ってます」

「ライバルか……ありがとう。イリコチも君をライバル視していてさ。かなり気合いを入れてるんだ」

「そうですか……!私も負けないって伝えておいて貰えますか?」

「分かった。伝えておくよ」

「ありがとうございます。じゃあ、そろそろトレーニングに戻りますね」

「ああ、行ってらっしゃい」

そんな訳で、ロマンスブライアは再びコースを駆け抜け始める。大幸トレーナーにはこの時分からなかったが、ロマンスブライアは既に体力の限界まで鍛錬を行っている。まさに努力の鬼であった。

 

 

 

 

それから数週間後。北関東皐月賞がついに開催される事になった。イリコチ達は控え室で準備を進めていた。

「いよいよロマンスブライアとの対決だな。準備は良いか?」

「もちろん。準備万端よ。必ず逃げ切ってみせるわ」

今日のイリコチは、二番人気。一番人気は6連勝を決めているロマンスブライアだ。無敗の二人が対決する事もあって、二人の人気にはそれほど差が無い状態だ。

「それでこそ。序盤から君のペースで逃げて、最後まで粘る。いつも通りだが、大切な作戦だ」

「ええ。その通りね。逃げる途中でロマンスブライアさんをマーク出来れば良いのだけれど」

「前を走る以上は難しいだろうな。後ろを意識するより、前に出ることだけを考えた方が良さそうだ」

「そうね……まずは自分のレースをする事に専念するわ」

「それで良い。もし、余裕が出来れば、後ろを確認する事も忘れずにな」

「ええ。……そろそろ時間ね。行ってきます、トレーナー」

「行ってらっしゃい」

北関東皐月賞。宇都宮レース場、ダート1900m。天候は晴れ、バ場状態は良バ場。絶好のレース日和となった宇都宮レース場は、それなりの賑わいを見せていた。

「イリコチちゃん!」

「ロマンスブライアさん」

「久しぶり!今日は負けないよ!」

「私こそ負けないわ。お互い、全力でぶつかり合いましょう」

「うん!」

ライバルと軽い握手。それから、二人は揃ってパドックへと向かった。一番人気達の登場に、観客もそれなりに盛り上がりを見せていた。

「今日勝つのはどっちかのお」

「イリコチちゃんに決まっとるがな!おーい!頑張れよー!」

「まあ!ロマンスブライアだって負けてないわよ!頑張ってー!」

観客の歓声に応えながら、二人は準備を進めていく。ライバルに勝つために。やがて、パドックでのウマ娘紹介が終わり、ついにレース本番を迎える事になった。

「(ここを勝って、三冠を手にしてみせる!)」

イリコチは気合十分のまま、ゲート内に収まっていく。ウマ娘達が収まっていくにつれて、場内もしんと静まり返っていく。

『ゲートイン完了!北関東皐月賞が今────』

 

────ガコン!

 

『スタートしました!イリコチ!これは好スタート!』

「ふっ!」

好スタートを切ってハナを奪うと、そのまま得意の逃げのペースに持ち込んでいく。誰もが彼女の強さを知っているからか、逃げで競りかけて来る者はいない。

『ロマンスブライアは後方から!いつも通りのレースと言った所でしょうか!』

ロマンスブライアは後方集団に収まっている。そのまま澱みなくレースは進み、第一コーナーへと流れ込んでいく。

「(前は私だけ。ひとまず自分のペースに持ち込めそうね)」

逃げのウマ娘が他にいないからか、完全にイリコチのペース。彼女のレースメイクの力は桁違いで、自分のペースに巻き込んで相手を潰してしまう。

「(後ろは……)」

ほんの少しだけ視線を後ろに向ける。僅かに見えたのは、ウマ娘のバ群に潜んでいる怪物。こちらを捕らえんとばかりに、静かに息を潜めている。

『勝負はいよいよ第四コーナーに差し掛かります!先頭は変わらずイリコチ!このまま逃げ切れるか!?』

第4コーナーを曲がって、ウマ娘のバ群はそれぞれ勝負を仕掛けに行く。ここまでにイリコチが後ろと広げた差は6バ身。そう簡単に埋められる距離差では無い。

「(来れるものなら……来てみなさい!)」

────ドンッ!

イリコチは最後のひと押しと言わんばかりに、ラストスパートをかけ始める。他のウマ娘達の最後の猛追にも負けないスパート力で、後ろを置き去りにしていく。

……ただ一人を除いて。

 

「(行くよ、イリコチちゃん)」

 

────ドバッ!

 

砂を蹴り上げ、突き進む1本の矢。他のウマ娘達のバ群を捌いて、一気に二番手へと躍り出る。彼女こそ栃木の怪物。

『一気にロマンスブライア!栃木の怪物が襲いかかる!さあイリコチ!これは逃げ切れるかー!?』

「(やっぱり来た…!…でも、負けられない……!)」

イリコチは最後の力を振り絞って、先頭をキープしにかかる。それでもロマンスブライアとの差はどんどん縮まっていく。

「(まだまだ…!逃げれるっ!)」

「(行かせない!勝つのは私だ!)」

その瞬間、時が止まった。正確には、走っている二人の感覚で、時が止まったように感じたのだ。どこまでも遠いゴールに向かって、必死に脚を動かしている。その必死さに、観ていた観客達も思わず歓声を贈る。届け。粘れ。色々な声が響き渡る中、二人は殆ど並んだ状態でゴール板を駆け抜けた。

「はぁ……はぁ……」

「ぜー……はぁー……」

掲示板には、写真判定の文字。結果を待たされる事になった二人はもちろん、観客も固唾を飲んで結果を待ち続ける。

 

1着 3番 イリコチ

2着 6番 ロマンスブライア

 

長い沈黙が打ち破られる。掲示板にはそう表示された。イリコチは見事に、ロマンスブライアの猛追を凌ぎきることが出来たのだ。その事実と嬉しさに、イリコチは思わずその場でジャンプした。

「やった!私の勝ちよ!」

「おめでとう、イリコチちゃん」

「ありがとう。ロマンスブライアさん。貴方も最後までついてきて凄かったわよ」

「えへへ、ありがとう。ともかく、北関東皐月賞制覇おめでとう!ウイニングラン、してきたら?」

「そうね。そうするわ」

こうしてイリコチは、北関東三冠レースのひとつ、北関東皐月賞を制覇した。残るは二冠。果たして、彼女は戴冠する事が出来るのだろうか。

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