第5話 ペルデーンドシ
ある日の学園での事。イリコチが北関東三冠を達成した裏で、とんでもない事件が起こっていた。それは、学園にも配布されているスポーツ新聞に載せられた一文だった。
『高崎レース場廃止!?北関東トレセンの実体に迫る!』
なんと、北関東三冠を担う高崎レース場が廃止されるという内容が記載されていたのだ。更に困った事に、高崎レース場だけでなく、宇都宮レース場、ならびに宇都宮トレセンまでもが廃止の危機にある事が記されていた。
「これって……宇都宮トレセンも無くなっちゃうってこと!?」
「私達どうなっちゃうの……?」
生徒達は不安とどよめきに包まれていた。宇都宮トレセンが無くなるとすれば、どこか他のトレセンに移らなくてはならなくなる。当然、今まで作ってきた友好関係も途切れてしまう可能性が高い上、見知らぬ場所での生活を送る必要も出てくる。
「皆どうしたの?そんなに慌てて……」
当のイリコチも、その内容を知って愕然とする。北関東三冠に喜ぶ間もなく、宇都宮トレセン廃止の危機に直面する事になってしまった。
「宇都宮レース場が……無くなる……」
いても立ってもいられず、走り出すイリコチ。あてもなく学園をふらふらとさまよい、気付けばトレーナーのいるトレーナー室の前に来ていた。
「トレーナー!大変な事が……!」
「……ああ。話は聞いてるよ。宇都宮トレセンが廃止されそうなんだろう」
「そう、そうなの!私、どうしたら良いか分からなくて……」
「ひとまず落ち着け。今すぐに廃止されるって訳じゃ無いんだから」
「……ええ…その通りね……」
あくまでも噂程度。とはいえ、高崎レース場が無くなるのは事実。北関東三冠を担うレース場が無くなるのだから、宇都宮トレセンも赤字続きで廃止の危機が迫っていると考えるのが妥当だろう。
「まだ廃止と決まった訳じゃない。そうなる前に、なにか手を打たないとだな」
「ええ……でも、私達に出来ることなんてあるのかしら……」
「そうだな……よし!こういうのはどうだ?」
ひそひそとイリコチに耳打ちする。彼女はそれを聞いて「なるほど」と言わんばかりに頷いた。
それから数日後、トレーナーの元へある人物が訪れた。彼の名は樋口。スポーツ新聞を取り扱う会社の社員であり、撮影に赴く記者でもある。
「大幸さん!」
「樋口さん。ようこそ宇都宮トレセンへ」
「ご丁寧にどうも。それで、噂のウマ娘ちゃんはどちらに?」
「すぐ戻りますよ」
トレーニングに出かけていたイリコチが帰ってくると、樋口の目の色が変わる。彼女と言えば、無敗のまま北関東三冠レースを制覇したウマ娘だ。
「なんと!君でしたか。密着取材を受けてくれるウマ娘というのは」
「はい。私が取材を請け負うイリコチです。貴方は北部スポーツ新聞さんの方ですか?」
「その通りです。今回の申し出、快く受けさせて頂きますよ。まさか彼女に密着させて頂けるとは!」
トレーナーとイリコチは、上手くいった事を目配せして交わし合う。イリコチ達の作戦は簡単だ。宇都宮レース場の赤字回復を狙うべく、レースで自分を売り込んで、観客数を増やす。そのために、スポーツ新聞を取り扱っている記者に売り込んで広報を行ってもらう事になった。
「ありがとうございます。取材には出来るだけ答えて行きますので、どうぞ宜しくお願いします」
「分かりました!この樋口、イリコチさんにしっかり密着させて頂きますよ!」
早速で申し訳無いのですが、と樋口は付け加えてから聞いた。
「イリコチさん、これからのレースに対する目標はありますか?」
北関東三冠を制覇したのだ。どれだけ大きな目標に挑むのだろうと胸をワクワクさせている。
「はい。まずは無敗の記録を伸ばします。誰の耳にも私の名前が残るくらい、大きな連勝数を稼ぎます」
「おお……!」
イリコチの無敗連勝記録は11。既に有名ウマ娘に片足を突っ込んでいる記録だが、これを更に伸ばすという。聞いているだけでワクワクする響きだ。
「そして連勝記録が盛れたら……中央に挑戦します!宇都宮代表として!」
「なんと…!素晴らしいですイリコチさん!楽しみにしていますね!」
「はい!楽しみにしてて下さい。……必ず、やり遂げてみせます」
その顔は真剣そのものだった。無敗記録を積み立てるだけでも大変なのに、中央への殴り込みも視野に入れているなんて。無謀な挑戦かもしれないが、彼女ならやり遂げてくれる。そう期待させてくれる目をしていた。
「では無敗記録の方は、早速来週のレースで伸ばすつもりなのですね?」
「はい。是非新聞にも載せて下さい。誰にも、負けるつもりはありません」
「分かりました……!無敗記録の方、応援させて頂きます!もちろん、記事に書き込んでおきます!」
樋口はそれはそれは嬉しそうに記事に書くことを承諾した。これで作戦第一段階は完了した。後は、負けないように努力を続けるだけ。トレーナーも、無敗を守り続けられるようレース選択を行っていく。もし負けてしまったら、記録がパァになってしまう。危険すぎる綱渡りだが、二人はやると決めた。果たして、この無敗記録を伸ばし続ける事は出来るのだろうか。
『北関東三冠ウマ娘イリコチ!目標は無敗のウマ娘!?独占取材で彼女に迫る!』
新聞が張り出され、学園の皆もザワザワと噂話をする。イリコチが無敗記録をうち立てようとしている事に驚きを隠せない様子だった。
「イリコチちゃん、アレ本気なの?」
「ええ、本気よ。誰にも負ける気は無いわ」
「凄い自信……ホントにやりきっちゃうかも……」
驚く同級生達を尻目に、イリコチは次のレースに備えてトレーニングを積んでいく。少しでも多くの客を宇都宮に呼ぶ。そのためにも、負けられない戦いが幕を開けた。
────ガコン!
『スタートしました!さあ無敗宣言のイリコチ!普段通り前に付けます!』
「(宇都宮に人を呼ぶんだ……私が!)」
普段とは異なる蹴り。まるで何かに取り憑かれたかのように、彼女はひた走る。ひとえに宇都宮トレセン存続のため。無敗記録を守ったまま、彼女は何度もゴール板を駆け抜けた。
『凄いぞイリコチ!これで17戦連続無敗でのゴール!やはり宇都宮で彼女に敵うウマ娘はいないのかー!?』
怒涛の17連勝。勝てば勝つほどに緊張感が高まってくるが、イリコチはいつも通りの感覚でいた。いつ途切れるか分からない無敗の綱渡りを成功させ、メディア各社にも何度も売り込みを行っていけている。今やイリコチは、地方のちょっとしたスター選手にまで上り詰めていた。
「トレーナー、客足はどう?」
「増えている…かもしれないな。君のレースが開催される度に席がそれなりに埋まってる感じがするよ」
「そう、それなら良かったわ。……絶対に、廃止なんかにはさせない」
「ああ……でも大丈夫か?無理していたりしないか?」
「大丈夫よ。少し圧は感じるけど、身体の方はピンピン元気なんだから」
「そうか……分かった。これからも無理しすぎない程度に、無敗を目標に頑張ろう」
「ええ!」
無敗記録が重なった事もあってか、彼女をひと目見ようと集まる観客も多い。今や宇都宮トレセンは彼女の集客力に引っ張られる形で売上を上げていた。
『宇都宮の星!無敗記録更新中のイリコチ選手に密着取材!』
12月のある日。スポーツ新聞の一面を飾ったのは、先日無敗記録を18に伸ばしたイリコチの写真であった。この怒涛の記録に学園の皆も驚いていたが、新聞にはひっそりと『宇都宮トレセン、3月末に廃止か?』とも書かれていた。
「3月末に廃止か……」
トレーナーは新聞を読んで嘆息する。高崎レース場がひと足早く廃止された事もあってか、宇都宮トレセンも廃止される目処が立ってしまうのが現状だ。
「これだけやっても駄目なのか……俺達の努力じゃ足りないのか……」
北関東では、イリコチブームとも言うべき現象が起こっている。そのブームをもってしても、赤字による廃止は止められないという事だろう。
「トレーナー…」
「イリコチ……大丈夫だ。俺がなんとかしてみせる」
「ええ……」
担当として。大人として。彼女達の居場所であるトレセン学園を廃止にさせるなんて許せなかった。トレーナーは外出の準備を済ませ、一人どこかへ歩いて行った。