3月末。殆どの生徒が移籍に伴って学校からいなくなっていたが、イリコチはまだ在籍していた。彼女の目標は宇都宮レース場での最後のレース、とちぎ大賞典に参加することになっていたからだ。
「宇都宮での最後のレースだ。寂しくなるな」
「ええ……でも、負ける気は無いわ。最後まで全力で行くわ」
「それでこそだ。……その調子だと、なりたい自分を見つけたのか?」
「ええ。見つけたわ。これからも私を支えてくれる柱を」
「そうか……良かったな」
トレーナーは心配していた。彼女がなりたい自分を見つけられずに困っているんじゃないかと。だが、その心配も吹き飛ばす程に、彼女は元気だった。
…
『さあ!最後のウマ娘を紹介しましょう!ここまで無敗の19連勝!最後に20連勝を飾る事は出来るか!北関東三冠ウマ娘、イリコチ!』
「「「ワァァァァァッ!!」」」
最後ということもあり、多くの観客が彼女の最後の走りをひと目見ようと集まっていた。パドックを周回する彼女に温かい拍手が送られる。
「イリコチちゃん」
「フジノミリオンさん。今日はよろしくね」
「うん、よろしく。……最後だから、絶対負けないよ!」
「私こそ、負けないわ。最後だろうとね」
最後の挨拶を済ませて、ウマ娘達はレースへと向かう。それぞれの想いを胸に、ゲートインが始まる。今、レースが始まろうとしていた。
『さあゲートインも完了!一瞬の静寂に包まれて今────!』
────ガコン!
『スタートしました!やはり好スタートからのイリコチ!今日も一番前を走ります!』
バ群をかき分け、一番前へと躍り出るイリコチ。そのままペースを握ると、得意の展開へと持ち込んでいく。後ろのウマ娘達も、ペースに飲まれないよう注意しながら走っていく。
「(今日で最後……負ける訳にはいかない!)」
イリコチは先頭を走りながら、より一層気合を入れる。彼女が繰り出すのは、普段通りの走り。無敗記録を打ち立ててきた、王道の逃げ。
これまでの全てを絞り出すように、イリコチは先頭を駆け抜けていく。宇都宮で培った全てを見せつけるべく、彼女は走り続ける。
『さあいよいよ最終コーナー!先頭は変わらずイリコチ!このままゴールすることは出来るか!?』
観客席の前へと並んでくる。ウマ娘達に歓声が贈られていく。最後のレースという事もあり、盛り上がりは今までの比では無い。観客席から贈られる歓声を浴びながら、イリコチはゴール板へと向かっていく。
「(今日で最後……ううん。今日で最後なんて事は無い)」
後ろのウマ娘を置き去りにして、イリコチはぐんぐん加速していく。それはまるで、大丈夫。後は私に任せて、と言わんばかりの顔をしていた。
「(今日からスタートするのよ。宇都宮代表として!)」
後ろとの差は4バ身。後ろのウマ娘達は追いつく事が出来ず、離されていく。イリコチの強さを証明するかのように。
「はああああああああっ!!」
誰も追いつけない。最後の直線に入ると、イリコチは後ろを突き放して先頭でゴールを決めた。20連勝を決めて、観客席を大いに湧かせた。
「はぁ……はぁ……ふぅ……」
その笑顔は、これから廃止されるウマ娘のそれとは違った。未来を見据えて、希望に満ちた顔をしていた。彼女はスタンドに立つと、マイクを持って伝えた。
「……皆さん!応援ありがとうございました!これからも、宇都宮代表として活躍し続けます!どうか応援の程、よろしくお願いします!」
「「「ワァァァァァァッ!!」」」
これが、彼女の見つけた新しい道。宇都宮トレセンの名前を背負って、代表として活躍していく。たとえ宇都宮トレセンが無くなっても、その魂までは奪えない。今日この時から、イリコチの中央での伝説が幕を開けるのだ。
ウイニングライブも終わり、イリコチはトレーナーの元へと戻ってきていた。ついに最後のレースが終わって、この日まで役目を果たしていたレース場に別れを告げた。
「楽しかったレースも、終わってしまったわね」
「そうだな。宇都宮レース場はこれで終わる。……最後に君が盛り上げてくれて、ここも嬉しいだろう」
「ええ。きっと喜んでくれてるわ。……宇都宮レース場、今までありがとう」
レース場に別れを告げたら、残るは宇都宮トレセンからの移籍のみだ。今まで世話になった校舎や設備に別れを告げながら、イリコチは宇都宮トレセンから卒業した。廃校になってしまった宇都宮トレセンは、これにて56年の歴史に幕を下ろしたのであった。
「今までありがとう。ここで培った経験を糧に、今後も成長していくわ」
宇都宮トレセンに最後の別れの挨拶。イリコチは悲しい気持ちこそあったが、それ以上に、新天地での活躍に心を踊らせていた。宇都宮を背負う者として、情けない走りは出来ない。気合を入れて彼女は歩き始めるのだった。
「宇都宮代表として負けられない!」
宇都宮の魂を持って、彼女は中央へと殴り込みをかけるのであった。