日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称トレセン学園。日本最高峰の選手が集うこの学園に、イリコチも一人の生徒として参加する事になった。
「うわぁー……広い……」
設備も施設も、最高級の品質。地元の宇都宮トレセンとはえらい違いだ。しかし、この程度でたじろぐ訳にはいかない。宇都宮代表として、勝負をしに来たのだから。
「負けるな私…!必ず活躍してみせるわ……!」
自分に気合いを入れて、トレセン寮の門を跨ぐ。案内係のウマ娘の説明を受けながら、イリコチは自分が入る栗東寮の部屋へと入った。
「失礼します……」
「あらあら?もしかして、新入生さん?いらっしゃい」
「あ、いえ……宇都宮から移籍する事になったイリコチと申します。よろしくお願いします」
「はい。よろしくねぇ〜」
優しい雰囲気を醸し出しているこのウマ娘が、イリコチの同室、ハッピーパレードである。仲良くできるかな?と心配そうなイリコチに、優しく笑って見せた。
「困った事があったらなんでも言ってねぇ〜。同室として協力するからね」
「はい…ありがとうございます」
お礼をしつつ、持ってきた荷物を開けていくイリコチ。宇都宮トレセンから持ってきた物も多く、机はあっという間に宇都宮チックに塗り替えられていった。
「これでよし……」
引越しの支度も終わり、ふかふかのベットにぼふんと倒れ込む。ハッピーパレードの見ている前だが、気にせず布団をゴロゴロする。
「(柔らかくって私好み……)」
「あらあら、可愛いねぇ」
くすくすと笑うハッピーパレードに、思わず顔を赤くするイリコチであった。
…
イリコチが入寮している間に、大幸トレーナーも中央トレセンへの移籍を行っていた。幸か不幸か、廃校のタイミングで中央トレーナーになる試験を受ける事が出来た。大幸トレーナーは驚愕の一発合格を決めて、鳴り物入りで中央トレーナーに上り詰めたのである。
「これでイリコチの担当を続ける事が出来るぞ!」
大幸トレーナーは大喜びで大人気なく飛んで跳ねて喜んでいた。それも無理は無い。T大に入るよりも難しいと言われている中央トレーナーの試験に合格したのだから。
そんな訳で、イリコチは中央に来ても変わらずに大幸トレーナーとコンビを組むことになった。大幸はトレーナー室を賜り、そこにイリコチを呼んで作戦会議に移っていた。
「さて、中央に来たのは良いが、君の目標をまだ決めて無かったな」
「目標なら決まってるわ!宇都宮代表として活躍し続けること!」
「それはそうだな。でも、具体的なレースがまだ決まって無いだろ?」
「ええ……確かに。どのレースに出れば活躍できるかしら……」
イリコチの今までの活躍してきた距離を考えるに、目標となるのは中長距離のレースであろうか。或いは、少し距離を下げてマイル路線で活躍するか。
「よーし、少しテストしてみるか」
「テスト?」
そんな訳で、トレセン学園のコースに降りる。行うのは、イリコチの距離診断。どのレースを走れば良いかを決める大事な診断だ。実際にコースを走ってみて、適性があるかを調べるテストだ。
「まずはダートで走ってみようか」
「ええ!」
ダートのテスト走行。やはりと言うべきか、彼女はこれを見事にこなして見せた。地方の砂と同じやり方で通用するのが大きいようだ。
「ダートは完璧だ。流石だな」
「ふふ…ありがとう。トレーナー」
「どういたしまして。さて、次は芝のコースを走ってみようか」
「ええ。芝ね……」
こちらは初めての感覚。まずは芝コースの感触を確かめつつ、軽く流すように走る。ダートとは感覚が違うからか、ややぎこちない走りになってしまっていた。
「っと……やっぱり違うわね……」
「そうか……やはり、ダート路線で行くべきか……」
「待ってトレーナー。もう少し走ればコツを掴めそうな気がするの」
「分かった。もう少しやってみようか」
彼女の申し出を受けて、いま一度芝でテスト走行を行う。先程より少し慣れてきたのか、走りもぎこちないものから普通のものへと進化していた。
「っと……タイムはどう?」
「上々だな。これなら芝のレースもこなせるかもしれない」
「やった!流石は私ね!」
「本当に凄いぞ。まさかここまで適応できるとはな……」
本格化が来ているウマ娘としては好調なタイムで走破していた。これだけのタイムを出せるなら、中央の大レースでも勝負になるかもしれない。
「この調子なら、芝のレースにも出れそうだ。君の行きたい路線でレースプランを決められるな」
「本当?それなら私は……」
イリコチが選んだのは、芝の中長距離路線。輝かしいトゥインクルシリーズでも一番の盛り上がりを見せる路線であり、参加しているウマ娘も強豪ばかりだ。
「目標は中長距離路線か。なら、最初の目標は大阪杯だ」
「分かったわ」
イリコチは北関東三冠を制覇したウマ娘なだけあって、GIレースにも最初から登録する事が出来る。それでも、地方と中央の格差は大きい。勝負にならないかもと思われるのが一般的だ。果たして、イリコチは大阪杯を勝つ事は出来るのだろうか。
『皆さん!今年もGIの季節がやってきました!本日のメインレースは、春の大一番、大阪杯!』
阪神レース場、芝2000m右回り。天候は晴れの良バ場。清々しい青空が広がるレース日和となり、15人のウマ娘がレース場に降り立った。
「さて、今日の君は挑戦する立場だ。中央の強豪相手にどこまでやれるか……楽しみにしてるからな」
「ええ。楽しみにしてて。宇都宮の魂、見せつけてやるわ」
「その意気だ。作戦は大丈夫か?」
「大丈夫よ。いつも通り、私の逃げで行くんでしょ」
「その通りだ。君の逃げは中央でも通用するはず。頑張って来い」
「ええ!」
…
『14番人気、イリコチの登場です』
『地方からの初挑戦ですね。最初にGIを使うのは大胆と言うべきか、無謀と言うべきか』
『人気は低いですが、走りで前評判を吹き飛ばしてくれると良いですね』
「(14番人気か……やっぱり中央との評価の差があるみたいね)」
トントン、と履いている靴の再確認を行う。勝負服は前走以来だが、変わらずスルッと着れた様子。各ウマ娘の準備が終わり、ゲートインが進んでいく。
「(よし……行こう!)」
────ガコン!
『スタートしました!5番イリコチ、これは良いスタート!』
中央のウマ娘達をするすると追い抜いて、先頭に立たんとするイリコチ。彼女のスマートなコース取りに、会場は「おおっ」とどよめきを広げる。
「(よし……先頭は奪えた……あとは私のペースで…!)」
コーナーを曲がりながら、ウマ娘達はそれぞれが得意とする位置に付く。イリコチは自分のペースで先頭を走っていくが、宇都宮で走っていた頃とは違うものを感じていた。
「(『近い』……!)」
流石は中央のエリート達と言うべきか。逃げの一手を取っても、後ろとの距離差が広がらない。直線に入ってペースは落ち着いてくるが、イリコチは焦りを見せていた。
「(こんなに近いなんて…逃げ切れるか分からないわね……)」
後ろとの差は2バ身。後ろを行く先行勢がイリコチの背中を追い続ける状況であり、虎視眈々と前に抜け出すタイミングを測っている。
勝負は一瞬。ピリピリとした空気が辺りを包む中、ウマ娘達は第三コーナーを曲がっていく。先頭をひた走るイリコチは、息を入れて最後のコーナーへと突入していく。
「(凄い威圧感……でも、負けない!)」
────ドバッ!
と、地面を蹴り飛ばす。イリコチは最後のコーナーを曲がりながらスパートをかけ、最終直線へと駆け抜けていく。
最後の直線に入ると同時に、後ろで控えていたウマ娘達も末脚を繰り出していく。
『さあいよいよ最終直線!イリコチが変わらず先頭!このまま逃げ切れるかー!?』
「はぁっ……はぁっ……!」
足は重く、ゴール板が遠い。既に限界まで脚を使ってしまったイリコチに、後ろから続々と刺客が襲いかかってくる。
『イリコチこれは苦しいか!後ろからライジンが迫ってくる!スパイシーボイスもせり上がってきた!』
イリコチが精一杯末脚を繰り出すが、中央のウマ娘達の末脚も見事なものだった。ついには先頭を譲ってしまい、前から遅れてゴール板を駆け抜けた。
「はぁっ…はぁっ……負けた…っ!」
これがイリコチにとって初めての敗北。今まで20連勝という記録を打ち立てていたが、それも途絶えてしまった。彼女にとってはとても大きな1敗になっただろう。
「これが中央……」
イリコチはなんとか逃げ粘り、5着という大健闘を見せていた。前評判を覆す走りであり、彼女を知らなかった人達も思わず声を上げる結果となった。
「流石ライジンだなー。にしても、宇都宮のあの子も凄くね?」
「5着の子でしょ?後ろが有利なペースだったのによく逃げてたわよね」
「そうそう。前で残ったのあの子だけだし……将来が楽しみだな」
「わかるー。次見る時は応援しちゃお」
宇都宮代表として、恥ずかしくないレースをする。イリコチは負けこそしたが、目的はきちんと果たしているのだった。
「…次は負けない…!」
宇都宮にはこんな強いウマ娘がいたんだと皆に知らしめる。その為にも次は勝たねばならない。そう思いながら、イリコチは力強く脚を踏みしめ、ターフを後にした。