「負けるのって悔しいわね……」
「ああ。悔しいな。……すまない。君を勝たせてやれなかった」
トレーナーとの反省会。まずは、悔しかった気持ちを吐き出してスッキリさせる。結果だけに着目すると、5着。初めての中央挑戦な上に、この順位は立派である。とはいえ、勝てなかったのも事実。二人はかなり落ち込んでいた。
「大丈夫よ、トレーナー。これから勝っていけば良いんだから」
「そうだな…」
ここからは心機一転。次に勝てそうなレースを探すのが吉だろう。彼女の実力を考えれば、GIレースに出場して勝ち負けするのが適任だろう。となると、次に目標となるのは……
「安田記念か……」
続いて二人が向かったのは、マイルのGIレースである安田記念。距離的にはイリコチが一番得意とするコースであり、勝機もあるレースだと言えるだろう。
「次こそ負けない……宇都宮代表の名を背負ってるんだから」
それから時間は過ぎ、安田記念の前日が訪れた。イリコチはトレーニングを済ませ、自分の部屋に戻ってきていた。
「あら。イリコチちゃーん」
「ハッピーパレードさん。今日もお疲れ様でした」
「はーい、お疲れ様〜。今日もトレーニング、頑張ってたねぇ」
「そうですね。明日は安田記念ですから、総仕上げをしていました」
「あらあら、そうだったの。安田記念かあ、頑張ってねえ」
「ありがとうございます。私、頑張ります」
「うんうん。……それにしても、なんだか浮かない顔をしてるねぇ」
「そう……でしょうか。明日が本番だから、思い詰めてるのかもしれません」
「そうかもしれないねぇ。あまり思い詰めると良い事が無いから、リラックスした方が良いよ〜」
「リラックス……ですか」
思えば、宇都宮トレセンが廃止されると決まってから、一度も気を抜いて走った事が無い。宇都宮トレセンのため。もしくは、宇都宮のため。決して負けまいと、張り詰めた空気が詰まってしまっている。それを取り除か無ければ、GI級のレースで勝つのは難しいかもしれない。
「何か、良いリラックス方法はありますでしょうか?」
「そうだねぇ……良かったら、私のアロマを貸してあげようかい?」
「アロマですか!確かにリラックス出来そうですね。お借りしてもよろしいですか?」
「良いよ良いよー。もし気に入ったら、一緒に買いに行こうねえ」
「……はい!」
こうして、イリコチはアロマを試してみる事にした。心地よい香りに包まれながら、レースへの集中力をより一層高めていく。思いのほかリラックス出来たのか、当日の朝はとても気持ち良く目覚める事が出来た。
「おはよう、トレーナー!」
「おはよう。その様子だとしっかり休めたみたいだな」
「ええ。実はかくかくしかじか」
「なるほど。その友人に感謝しないとだな」
「ええ。彼女に報いるためにも、今日のレースは負けられないわ」
「その調子だ。それじゃ、移動しつつ作戦会議と行こうか」
安田記念。東京レース場、1600m、左回り。天候は曇りでバ場状態は良バ場。マイル路線を走るウマ娘達が集まってくる一大レースで、GI級のウマ娘達が軒並み顔を揃える。
『一番人気の登場です!マイル路線の申し子、コンゴウムスメ!』
大歓声を浴びながら出てきたのは、宝石のダイヤモンドを散りばめた装飾が目立つ派手なウマ娘。マイルGI、NHKマイルカップを制覇したマイラーウマ娘であり、シニアになった今もその走りは健在だ。
「皆応援ありがとう!コンゴウの輝きで、必ず勝利してみせるわ!」
彼女の宣言に盛り上がる会場。無理も無い。光り輝く個性的なスタイルに、文句無しの実力者。一番人気に推されるのも納得のウマ娘だ。
『前走では見せ場たっぷり。今回も波乱の逃げを起こすのか。十番人気のイリコチの入場です!』
今回、彼女が背負ったのは、十番人気。前走の結果を考慮すれば、人気は集まった方である。地方出身という事もあってか、まだ信用されていないというのが現状だろう。
「今日こそ勝ってみせる…!」
大歓声をよそに、準備を進めるイリコチ。勝負服良し、蹄鉄良し。問題は無い。あとは、走って勝負するだけだ。
『いよいよウマ娘達がゲートに収まります!』
続々とゲートに収まっていくウマ娘達。イリコチも気合を入れ直すと、ゲートに入っていく。今回は運が良く、比較的内側に入れた。逃げるならばロスの少ない内側がベストだ。
『最後に大外のフーライが入って体制完了します……さあ、全員が揃って係員が離れます……』
────ガコン!
『スタートしました!勢い良く飛び出したのはイリコチ!これは良いスタート!』
ロケットスタートを繰り出し、誰よりも早く先頭を奪うイリコチ。一番人気が後方脚質という事もあり、マークをあまり受けずに自由に逃げの一手を打つ事が出来た。
「(良し……まずは先頭を取れた…!)」
今回の参戦者は十八人。自分より後ろに、追いかけてくるウマ娘が十七人も居る。それぞれが得意な作戦で、先頭を奪おうと努めてくる。
「(凄い威圧感…やっぱり中央は凄い……)」
以前なら、負けまいとして身体が緊張していただろう。しかし、リラックス出来たイリコチは、今回は落ち着いて先頭をキープしていた。
「(スタミナを温存しておかないと……最後まで逃げ切る!)」
後ろとの差は3バ身。イリコチは急がず焦らず、自分のペースを作り出していた。先行勢もマークしてきているが、それよりも注目しているウマ娘が後ろにいる。
「(前も怪しいけど、今回気をつけたいのは……)」
「(このペースならむしろ、前より後ろが有利……つまり……)」
「(私がマークすべきなのは……)」
「「「(…コンゴウムスメ!)」」」
やはり一番人気。それだけ注目が集まってくるのは必然だろう。彼女はそんな威圧感にも負けない表情で、得意気に走り続けている。
『さあ!最終コーナーを駆け抜けてウマ娘達が最終直線に向かいます!先頭は変わらずイリコチのまま!』
スタミナを温存していただけの事はあり、イリコチは最終直線に入っても後ろを寄せ付けない。
「(イリコチちゃん、すごい逃げ。でも、勝つのは私よ!)」
そんなイリコチを見て、コンゴウムスメが動き出す。後ろからバ群を切り裂くように抜け出すと、二番手からイリコチを追いかけていく。
「(来た…!コンゴウムスメ!)」
イリコチも彼女の事はマークしていた。最後の剛脚を振り切るためにリードを取っていたが、それもあっという間に詰められてしまう。
「はあああああっ!」
「くうっ……ああああああっ!」
イリコチも必死に脚を動かすが、スピードの差は圧倒的。コンゴウムスメはイリコチの真横に並び、そのまま抜き去ろうと加速していく。
「頑張れ!イリコチ!」
トレーナーの応援が、偶然にも彼女の耳に届いた。その言葉を聞いたイリコチは、最後の力を振り絞って前をリードしていく。
「くううううっ……!」
「はあああああっ!」
残り200m。二人は全く横に並んだ状態で、ゴール板に突き進んでいく。イリコチの意外な奮闘に、観客席もガヤガヤと騒ぎを起こしていく。
「すげぇ……互角だ」
「こんなに強いなんて!」
十番人気の逃走劇。安田記念という大舞台で繰り広げられるそれは、まさに見るものを圧倒する逃げであった。
ラスト100m。どちらもスタミナを万全に残していたからか、スピードは落ちない。イリコチは最後まで前を駆け抜けられるだろうか。
「(頑張れ……最後まで走れ……!)」
自分を鼓舞し、必死に脚を振り切る。宇都宮のイリコチを、世界にアピールするんだ。その為なら、こんな辛さくらい乗り切ってみせる。彼女は全力で、駆け抜け続けた。
『二人並んだ!さあどっちが先に辿り着くのか!そのままゴールイン!』
二人は一歩も譲らぬまま、真横に並んでゴールした。最後の最後まで前を譲らなかったイリコチか。或いは差し切ってみせたコンゴウムスメか。判定は写真判定になり、長い審議の時間が流れ始めた。
「イリコチちゃん!」
「コンゴウムスメさん。お疲れ様です」
「うん、お疲れ!良い走りだったわ」
「ありがとうございます。コンゴウムスメさんも見事な走りでした」
「ありがと!それにしても、すごく粘られたわね。まさか最後まで先頭を譲らないなんて」
「コンゴウムスメさんこそ、凄い走りでした。最後まで差し切ろうという執念を感じました」
「えっへへー、まあね。出るからには勝ちたいし!」
勝ちたいと思うのは皆同じだ。しかしその執念の差が、彼女と他のウマ娘との違いかもしれない。
それから、長い時間が経過して、掲示板に結果が表示された。
1着 イリコチ
2着 コンゴウムスメ
その結果に、場内もどよめきと驚きの声が上がっていた。結果を知った二人は、それぞれ思い思いの反応をしていた。
「勝った……私……」
「あーっ!負けたーっ!」
「勝ったんだ……!」
キーっと悔しがるコンゴウムスメ。驚いたように掲示板を見つめるイリコチ。十番人気の番狂わせ。その結果に、会場はワッと盛り上がりを見せた。
「おめでとう。イリコチちゃん」
「ありがとうございます。ウイニングライブの準備をしましょうか」
「ええ!」
こうして、彼女はGIという大舞台で勝利を掴むことが出来た。ウイニングライブも大いに盛り上がり、彼女は最高の栄誉を手に入れたのであった。