生年1920、回顧録   作:佐伯 裕一

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米国反攻

 こうして筆を執って思い出したが、己は現地の女と乳繰り合うようになる以前から、やたら腹を空かせていた。己だけではない。隊の仲間も同様で、おそらく味方全体がそうだったのではないかと思う。

 御国からの物資が届かなくなっていたのだ。元々食糧事情が厳しいご時世に、米国人は輸送船を潜水艦で沈めているのだとか。

 己はそれを聞いて、怒髪天を衝く思いであった。

 

 戦術として極めて有効なのは理解できる。そして、兵糧を焼き払うなどというものは、古今東西行われていたとも教わった。

 しかし、米国人が魚の餌にしている飯は、国で百姓や漁師が苦労してこさえ、自分達とて満足には食えていないにもかかわらず己等に送ってくれているものなのだ。

 己等を殺したいのなら殺せばいい。しかし、飯を粗末にされることには我慢がならなかった。

 

 己は島の育ちである。島では米がほとんど()れん。島民が生きていくためには、砂糖や魚介で金を得なければならない。

 己は偶々裕福な家に生まれたが、他の島民が腹いっぱい飯を食っているのは見たことがなかった。本土での訓練のほうが、余程飯には困らなかった。

 島で己が狩りに精を出したのも、元はと言えば腹が空いていたからだ。だからこそ、飯の有り難みは身にしみている。

 それを連中は。

 

 己が気炎を上げていると、小隊長殿からお褒めの言葉をいただいた。

 支那戦線から長く続く御国の戦いもあって厭戦気運が高まっているところにこの物資不足であるため、海で米国人を満足に防げない海軍への不満が溜まっていたらしい。

 しかし己の敵意が伝染したのか、己に近い隊の者は海軍より本来の敵である米国人への敵意を強めたらしい。士気が上がるのは良いことだ、と言われた。

 己にそのような意図は全くなかったが、味方が心強くなるのは吝かでない。

 

 

 

 

 

 こちらの窮状を知ってか知らずか、ゲリラの攻撃も激しくなっていた。

 しかし弾薬にも困る有様であったから、銃剣や太い枝で拵えた棍棒で対応するよう言われていた。そのため、はっきりいって己等はゲリラに対応できていなかった。

 

 安心して眠れる場所が減っていく。己の管区では現地住民とうまくやっていたとはいえ、それも広いものではない。

 己等とつながっている現地住民とて、身内から裏切り者と思われたくはないだろう。ゲリラにけしかけられれば、これまでの奇妙な親交など関係なく、襲ってくるかもしれない。

 

 空腹と、寝不足と、緊張のせいで、幻覚や幻聴を発することも増えた。警邏の際に鉢合わせた味方を、敵と間違えて殺しかけたこともある。

 御大将からは、「こちらが苦しいということは、敵も苦しいということだ。この苦境を乗り越えれば、勝利が待っている」との訓示が届いた。

 なるほど確かに、と思った。あとから考えれば、日本が苦しいからと言って豊富な物資を抱える米国が苦しいとは限らんのだが、このときの己は、道理である、流石は御大将だ、と己の気弱を恥じ、仲間と励まし合っていた。

 

 

 

 そうは言っても、戦況は好転しなかった。

 昭和一九年の夏頃、近海で海軍が負けを喫したと聞いた。己の本心を言うと、味方の死を悼むより、空腹が遺憾ともし難い現状が維持される落胆のほうが、大きかったように思う。酷薄な人間だと思う。

 

 御国も本腰を入れねばならんと考えたのか、本土や支那から多くの増援がやってきた。

 この度の御大将は山下閣下と言い、『マレーの虎』の異名を持つと聞いた。

 このフィリピンからほど近い場所で戦果を上げた方であれば、きっと勝利へ導いてくれるだろう、と思った。それに、虎に例えられるなど戦国武将のようだとも思った。

 

 さらに勇気づけられることに、秋頃には海軍が大戦果を上げた、と聞いた。

 物資不足であっても御国は米国などには負けない。己等は勝てる。勝ったあかつきにはどうしてやろう。米国のパンと肉をたらふく食ってやろう。己は女好きであるので、米国の女も好き放題してやろう。そんなことを夢想した。

 

 終戦してから伝え聞くに、この秋頃の海戦で海軍は、護国の艦艇の多くを失っていたらしい。

 どうにもならないなかでせめて、御国は己等を勇気づけようとしたのだ、と信じたかった。大本営の方々が我が身可愛さに己等を騙していたとは、考えたくなかった。

 

 

 

 そのうち、渇きにも苦しむようになった。現地の水は煮沸せねば飲めんことが多い。本土や己の島と違って、清流が少ないのだ。

 しかし湯を沸かす燃料がない。薪を確保しようにも、森の中ではいつゲリラと遭遇するかもわからん。

 

 そうしたら、中隊長殿だったかが知恵を貸してくれた。砂漠の知恵だそうだ。あまり思い出したくない話ではあるが、小便を水として飲むのだとか。なんでも、極力空気に触れさせなければ、雑菌は然程問題にはならんらしい。

 しかしその際、水筒を使うことは禁じられた。限りある清浄な水を入れる際、水筒が尿で汚染されていては話にならん、ということらしい。

 つまりどういうことかと言うと。あまり思い出したくもないのだが、仲間同士で魔羅を加え合い飲ませ合った、ということだ。

 人と言うのは、生きるためにはこんなことまでせねばならんのか、と悲しくなった。

 

 そのうえ、一度野郎のものを口に含む習慣ができてしまうと、互いに処理を頼むようになるのにも然程時間はかからなかった。

 皮肉なことに、どこを刺激されれば心地よいのか弁えているため、そのへんの女より余程早く達した。

 子種は卵の卵白のようなものだ。零す者はおらず、全て飲んだ。

 已は帰還後、男色に酷く嫌悪感を示した。然程意識はしていなかったが、このことを忘れたかったのかもしれん。死に際になってわざわざ思い出しているのだから、度し難いものだ。

 

 

 

 最大限の努力はしたが、それでも渇きは収まらなかった。飢えはまだ我慢ができた。渇きはどうしようもない。

 俺は森で哨戒任務にあたっている際には、虫を口にして腹を満たしながら、蛇を探した。可食部が多いうえに、全身が筋肉であるために、血液を含めた水分が多い。動きも鼠などに比べれば遅い。

 蛇の血は、ただでさえ渇いた喉にへばりつくような鬱陶しさをもたらしたが、多少はマシになった。

 

 仲間にもいくらか分けてやると、現金なもので、現人神の如く崇められた。

 成果が多いときには、小隊長殿や同じ小隊の分隊連中にもわけてやった。哨戒をおざなりにしたことを咎められたが、「ゲリラに殺されるのも渇きで死ぬのも変わらん。ならば生きて御国にご奉公するための行動としては、正しい」と許された。

 

 

 

 渇きが多少癒えても、徐々に体の自由が利かなくなっているのは事実であった。

 眠い。眠りたいのに、頭が異常に冴えて満足に眠れない。

 喉が渇く。舌を噛んだり梅干しを思い出して唾液の分泌を促すが、それが出たのも最初のうちだけだった。

 怠い。腹が減って力が出ん、ともまた違う気がした。塩気が足りていなかったのではないか、とも思った。汗をかいた皮膚を舐めれば良かろうとも考えたが、垢だか泥だかわからん汚れにまみれていて、腹を壊しそうだ、と思った。下痢になったら本当に死ぬ。

 

 そのうち、何故己等はこんなに苦しんでまで戦わねばならんのか、わからなくなった。

 現地住民は米国人に唆されているのだろうが、それにしても己等日本人の支配を受けるのが嫌なようだ。

 であれば、もしや米国人の支配というのは存外悪いものではないのか?

 

 こんなことを本土から来た隊の仲間に零せば、撃ち殺されるだろうな、とはなんとなく思った。

 しかし己は島の人間である。薩摩を通じて日ノ本に支配された民である。生粋の大和民族ではない。

 それ故か、米国の支配を受ければこの苦しみから開放されるのではないか、とも思えた。

 

 

 

 現地の女と度々乳繰り合うときには、水や果物の差し入れをくれた。涙が出るほど有り難かった。

 実際、腰を振りながら感極まり、あんまに甘える童の如く泣きじゃくった。口の周りをべたべたにさせながら迫る己を、女はよく受け入れたな、と思う。

 

 女との逢瀬は、後ろめたさもあった。仲間が苦しんでおるのに、己だけが人心地ついている。それが申し訳なくて、狩りに精を出した。

 捉えられるものはなんでも取った。虫だろうが魚だろうが鳥だろうが獣だろうが。頭を朦朧とさせながら、沸かした湯に下処理をした獲物を放り込んでいく。

 仲間は泣きながら「すまん」と繰り返した。違う。己の罪を覆い隠すためにしているだけだ。

 己は「実は隠れてもう食った。遠慮するな」と言った。半ば真実を白状したような物言いだったが、今思え返せば、あまりに聖人君子めいても聞こえる。仲間の涙を余計に誘い、逆効果だったかもしれん。

 

 

 

 

 

 

 いつものように浅い眠りから覚めると、小隊長殿から集合がかかった。己だけだ。己の小隊は人員の欠乏が半数程度と()()()()()

 そのためか、已等の小隊長殿は他の小隊の長も半ば兼ねており、已らの小隊は事実上已が管理していたのだとか。

 

 そんな自覚があるはずもない。ただ、こうして後々考えてみれば、人員は徐々に減っていく。物資不足で管理も何もない。ゲリラは米国人と戦い方が全く違うがめ、戦果の報告も糞もない。

 そして始末に終えないのが、已は小隊を守るために身を粉にして働く狩人であったらしい。どうしても必要な報告やらは分隊の仲間がしてくれていた。

 已が好き勝手にできていたのは、仲間達が極めて已に都合のいい勘違いをしていたためだ。

 申し訳なかった。泣こうにも泣けなかった。ただただ、已の醜悪さに嫌気が差した。米国人との戦いでは、已は最前線へ飛び出そうと思った。

 

 已が打ちのめされながらも中隊長殿の前に並ぶと、米国人がこのフィリピンに上陸した、とのことだった。とはいえ已のいるルソンではなく、レイテに、であったが。

 恐れていた日が来た。死に物狂いで戦ってフィリピンを確保したのに、二年少しでまた戦いになるのか。

 それも、己等は満身創痍で、米国人は意気軒昂なのだろう。話にならん。

 その開き直りが、より決心を固くさせた。よし、突撃して死のう。味方の前で撃たれれば、臆病者と謗られることもない。

 

 ただ、どういうわけか、己の望みどおりにはならなんだ。それゆえ、こうしてくたばり損ないになって筆を取っている。何と言うべきか。

 

 

 

 

 

 米国人との戦いが始まるとなれば、女とは会えなくなるだろう。そう思い、いつも逢瀬に使っていた茂みのあたりへの哨戒を買って出た。

 数日、同じところをうろついていると、女がいつものように籠を抱えて現れた。

 これで最後かと思うと、愛おしさがいつにも増して込み上げてきた。

 差し入れを食って、互いを抱きしめ合って高め合う。

 別れを告げるのは乳繰り合ってからでも構うまい、と思い、物を出した。

 

 そのとき、怒声が聞こえた。見ればゲリラが銃を構えてこちらを見ている。更に奥には、森には似合わん白い肌もいた。

 女が何事か叫んだ。已を庇おうと言うのか。馬鹿め、とっとと逃げろ。そう思った。しかし馬鹿は已だった。

 半狂乱になった女がゲリラの腕の中に収まると、こちらを睨みつけてまた喚く。ゲリラも怒っている。米国人は芝居がかった動きで已に拳銃を向けた。

 

 ああ、まあ、そうなるわな。と、恨みもなく受け入れられた。だからか、すぐに行動できた。

 下穿きを上げるのも厭うて転がり、すぐに立ち上がって茂みから茂み、木陰から木陰を走る。

 相当逃げたか、実際には近かったのか、右の腿に激痛と熱が走る。「撃たれた!」と自覚する前に、己は叫んでいた。

 がむしゃらに走った。気がつけば仲間の輪の中でくたばっていた。

 

 小隊長殿が軍医殿を呼んでくれたらしい。贅沢に水とアルコールが使われる。

 已如きに止めてくれ、と言うと、「この男は百人前の働きをする。死なせんでくれ!」と激が飛ぶ。申し訳なかった。已のせいで物資が更に枯渇し、おそらく死なんでよい者が死んだ。已は卑怯者だ。

 麻酔無しで縫合されたのは、已への罰と思えば軽いものであった。歯を食いしばって絶対にうめき声一つ漏らすものか、と必死になった。

 

 軍医殿が言うには、神経も血管も避けて、骨にも食い込まず肉だけを貫いて弾は抜けたらしい。こんなことは珍しい、と言われた。

 いよいよ覚悟が固まった。まだ戦える。まだ戦えるということは、已は味方の盾になって死ぬべきである。それを成し遂げなければ、死んでも死にきれん。そう思った。

 

 

 

 ただ、先にも触れたとおり。米国人との戦いは、バターンとかいう半島を攻めたときのようには行かなかった。

 大勢の米国人がいるうえに、大勢のゲリラもいる。ゲリラは米国人が指揮している。ゲリラだけの集団もある。そしてゲリラの多くは軍服を着ておらず、現地住民と区別がつかん。

 終始劣勢だった。司令閣下は虎ではないのか! と仲間の怨嗟が漏れる。

 致し方あるまい。御大将が虎であっても、腹が空いて、爪も牙ももがれていては戦えまい。

 

 已はとうに死に様だけを定めていたので、どんな戦局であっても関心が無かった。

 已の頭にあったのは、仲間に死にゆく背中を見せることだけ。

 不用意に飛び出せばよい、というものでもない。誰もが怯え竦む、そんなときに已が勇を示すかの如く一番槍をつけ、卑怯者のまま先に逝く。そうすれば家族も謗られまい。

 

 しかし飛び出すもなにも、行動は撤退と殿ばかりであった。

 そこいら中に敵がいる。米国人とゲリラと。まともに向かい合っても勝ち目がない。

 

 己は段々と腹が立ってきた。

 死に様を定めて、その好機を待ち望んでいるというのに。連中は己等をなぶるように追い詰めている。

 ゲリラ共は、おそらく米国人から供与されたであろう銃を見せびらかしながら、喧しく喚いてる。

 米国人共は、もう己等を鏖にしたかのように余裕を見せている。気に食わん。

 

 已は無理を言って、小隊長殿に手投弾をいくらか融通してもらった。

 そうして、連中の前に飛び出し、手元を合わせる仕草をして投げる。連中が急ぎ伏せるが、何も起きない。已が投げたのは石ころであるからだ。

 

 ここぞとばかりに笑ってやった。仲間も指を指して笑った。調子に乗るから無様を曝すのだ。

 それを何度か繰り返すうちに、誰も伏せなくなった。そこに本物の手投弾を投げてやった。いい具合に米国人とゲリラが死んだ。馬鹿め。

 

 それからは、共に撤退する仲間の多くが手投弾を投げる真似をした。連中はいつ本物が来るかもわからんので、一々警戒せねばならないようであった。いい気味だった。

 とはいえ浅知恵には変わりない。投げる真似をするどころか、僅かでも姿が見えれば蜂の巣にされるようになった。物資が豊富な国は羨ましい。

 

 だが使えるものはなんでも使わねば気が済まん。浅知恵結構。

 已は小隊長殿に一時戦線を離れる許可を得て、共に撤退する仲間の中から工兵を見つけて、針金をわけてもらった。

 

 そして撤退する味方の群れを観察し、通りやすい場所を見つけては即席の罠を仕掛けていく。

 単純な仕掛けでいい。数をしかける。すぐに解除されるだろうが、嫌がらせができればなんでもよかった。

 味方には大声で罠を周知した。できるだけ下草を避けて、上から踏みつけるように歩け、と。味方の足でいくつか罠が無駄になったかもしれん。構うまい。

 

 殿に戻った頃、罠の効果が僅かに見えた。仕掛けた内の一割でも当たれば儲けもの、と思っていた。罠がある、と思わせるだけでも効果がある。

 しかし思ったように、連中の進軍は遅延しない。罠の殺傷性が低かったのが、時間の無い中でも精一杯の抵抗だ、と見抜かれたのかもしれん。

 敵も悔しかろうが、已も悔しかった。然して役に立たん策のため、無駄に走り回ったのだ。喉が渇く。腹が痛む。

 

 

 

 

 

 その後も、ひたすら撤退と殿が続いた。常に殿であったわけではない。だがどういうわけか已の隊は損耗率が低かったようで、度々殿についたのは覚えている。

 森の中と言うべきか。山の中と言うべきか。登りの傾斜を背にして、ぐるりと敵に囲まれた。こちらは簡易の陣地を拵えた。陣地と言っても、土塁すらない気休めだ。

 そんな涙ぐましい己等を見て無理を押すべきではないと考えたのか、米国人は攻めっ気を収めた。ゲリラはあまり関係なく襲ってきた。

 もうこの頃には現地住民の全てがゲリラに思えていた。白い肌が悪い悪鬼羅刹だとすれば、焼けた肌はそれに従う魑魅魍魎であった。

 

 

 

 殺して。殺されて。気絶するように眠って。また殺して。味方がどんどん死んで。

 隊の仲間とも、はぐれたのか死んだのか、それすらもわからなくなっていた。

 何故已は生きているのだろう? 雄々しい振りをして死ぬのではなかったのだろうか? なぜ上官殿は突撃を命じてくださらないのか。小隊長殿はどこだ? 中隊長殿はどこだ? 大隊長殿より上には、会ったことがない。

 

 

 

 喉が渇いたので、そばにいた者の魔羅へ吸い付いた。慌てた様子で声にならん声を上げ、蹴られた。

 已は尿を飲ませ合いたかっただけなのだが。彼はそうしてこなかったのだろうか? 今になって考えてもわからん。

 渇水の場合にはどうせよこうせよ、と指示があったわけでもないので、已の隊が特別合理的だったのかもしれん。

 

 

 

 怒声と、悲鳴と、銃声と。自分が起きているのか、眠って夢を見ているのかもわからない。

 腹いっぱいのごちそうを食っていると思えば、口の中にあったのは蟻と蟻の巣だったりもした。面倒だったので全部食った。

 そうかと思えば、ただの蛙や虫がやたら美味しくて、涎が止まらなかったりもした。已という人の器も、だいぶ壊れていたと思う。

 

 

 

 いつまで生きるのか。もう死んでもいいのではないか。

 疲れた。腕が上がらん。足も進まん。目も開けん。

 だが不思議と、敵兵を刺し殺していることがある。不思議だ。

 

 

 

 いつの間にか、体の至る所に傷ができている。破傷風で死ぬのは嫌だなあ、と思った。しかし、御国へ万歳を捧げながら突撃するには、力が残っていなかった。

 已の決めた死に様すら満足に成せない、情けない男だ。男の魔羅を加えて喜んでいたのだ。男でさえないのかもしれん。しかし女ではない。已は何なのだろう?

 

 

 

 不思議と、筆を執ることで当時の感覚が蘇る気がする。

 徹夜で仕事を終えたようなひりついた頭と、定まらない視界。であるのに文字はかけているし、筆も止まらない。不思議だ。

 

 

 

 これは書くまいとも思ったが、ここまで来れば同じだろう。

 夜中、警戒のためにどこかの隊の味方かは知らんが、組になって眠っていた。すると気の毒なことに、夜明けを待たずにそいつは死んでいた。

 已は何も考えず、そいつの喉に銃剣を差し入れた。頑丈な毛皮が無い分、簡単だった。

 心臓も、肝臓も、美味しかった。血も啜った。肉は痩せていて、あまり食べられるものでもなかった。

 夜が明けて味方に見つかると非難されたので、ばつが悪くなってその場を離れた。その後、食べ残しを食おうと戻ったら、頭蓋と骨盤以外、ほとんど残っていなかった。骨までしゃぶる餓鬼共が、已をくさせた口かよ。

 

 

 

 生きている仲間を殺して食いはせなんだが、死んだ仲間を食いはした。山一つに大勢の味方が詰めかけて米国人へ抗っていたので、虫を含めて食えそうな獲物はもう無かった。

 死んだ仲間は、寧ろ食ってやらねば供養にならん、とさえ思った。

 己等は仲間だ。仲間である以上、已の身体は全て御国の勝利のために捧げられなければならんこの肉を、むざむざ土に還して良いものか。いいや、良いはずがあるまい。

 己が死に征こうとしている平成の世では有り得んことだが、肉を食らって多少正気を取り戻した已等は、そんな理屈を立てていた。

 

 どういうわけか、これだけは、否定されるのが我慢ならん。

 誰も彼も狂っていた。そういうのは簡単だ。そうだ。已等は狂っていたのかもしれん。しかし正気でもあったのだ。御国のために必死で戦ったのだ。

 そうだ「必死」だ。必ず死ぬのだ。その気概を以てすれば、仲間の肉を食ってでも抵抗を続けるのが、帝国軍人の正道ではないのか。

 わからん。意地になっているのかもしれん。別に、帰還してから人の肉を食いたいと思ったことはない。

 だが、やはり。この理屈は間違っておらんと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 味方が、同胞なのか生きている肉なのかわからなくなった頃、御国が膝を屈したと聞いた。

 已の戦争は終わった。己は米国の捕虜となった。

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