ついに九校戦が開幕した。選手達は今まで練習してきた成果を十分に発揮して、本番に挑む。今年、三年生の選手は最後の九校戦であり、今までの思いをすべて乗せて、臨むつもりである。しかし、そんな事どうでもよいかのように、イザヤは大きなあくびをしながら、試合を見つめていた。
「イザヤ君、眠たいのですか?」
「ああ、泉美ちゃん、つまらなすぎて眠気がきた」
「……あまりそのような事をこの場で言うのは良くないと思います」
そんな泉美を横目にイザヤは、再び試合に目を向ける。本日は、ロアー・アンド・ガンナー本戦、二年生の明智英美と三年の国東久美子が決勝で戦っている。
「先輩達の試合を応援しないのですか?」
「どうせ勝つから良いでしょ」
そう言ってイザヤは椅子から立ち上がる。
「イザヤ君、どこに行くんですか?」
「小腹が空いたから、何か食べてくるね」
そのまま、会場から出て行こうとするが、
「待ってください、私も行きます」
「先輩達の試合を見なくて良いの?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
軽口を叩きながら、二人は並びながら会場を後にする。イザヤの言う通り、明智英美と国東久美子はロアー・アンド・ガンナーで優勝するのだった。
会場の外にはいろいろな食べ物の屋台が並んでいる。イザヤはそれらを見ながら、何を食べるか悩んでいる。
「イザヤ君、私、たこ焼き食べたいです」
泉美がそう言うので、イザヤは泉美と一緒にたこ焼きを買いに行く。たこ焼きは6個入りで600円であった。一つ100円の計算として、相場はどれくらいかわからないが、少し高いなと思うイザヤであった。たこ焼きを買うと、適当な椅子に座り、それをイザヤと泉美で三つずつ食べ合う。もちろん、お金はイザヤが払った。男の甲斐性である。するとそこに、
「おーい、泉美」
前方から香澄が走って近づいて来た。
「香澄ちゃん、どうしましたか?」
「どうしたって、泉美がいないから探してたんだよ。それに、そんなもの食べてると夜ご飯がお腹に入らないよ」
「大丈夫です、私はちゃんとセーブしてますから」
たこ焼き三個では、問題ないと泉美は言う。
「まあまあ、香澄ちゃん、香澄ちゃんも一ついかが?」
イザヤは香澄にたこ焼きを差し出す。すると香澄は、
「え、いいの?じゃあもらうね」
そうして香澄は、イザヤにたこ焼きを食べさせてもらう。そんな姿に泉美はジッと見つめていた。泉美の視線に気がついたのか、香澄は、
(げっ、まずい、泉美がこっち見てる)
香澄は自分の行動が泉美の顰蹙を買っていると思ったのか、
「じゃ、じゃあ、私もう戻るね」
そう言って、会場の方へ走って逃げた。イザヤは香澄と泉美を交互に見て、たこ焼きに視線を落とす。
「泉美ちゃん、最後の一個、君の分のたこ焼きだよ」
「…そうですね、イザヤ君、食べさせてください」
「は?」
泉美はあーん、と口を開けて、たこ焼きを待っている。
「………わかったよ」
イザヤは小さく笑い、泉美の口にたこ焼きを運ぶ。泉美は口に入ったたこ焼きを咀嚼する。
「……どう?」
その言葉に泉美は、
「ええ、美味しいです」
ニコッと笑い返したのであった。
北山雫は、本日行われるアイス・ピラーズ・ブレイクの試合を控えていた。同室のほのかを起こして、朝食を食べに一階の食堂へ降りていく。そこには、達也や深雪、他の一校生徒が食べていた。
「おはよう、達也さん、深雪」
「二人とも、おはようございます」
雫とほのかは二人に挨拶をする。
「ああ、おはよう」
「おはよう、二人とも」
四人はそのまま、テーブルを囲い、朝食を楽しんでいた。雫は、ほのかと達也の方を交互に見る。ほのかは達也に好意を持っている。達也もそれを分かってほのかと接している。それは奇しくも自分と同じ様であると考える。
(イザヤは聡い、だから私の気持ちも泉美の気持ちもわかっていると思う。わかっていて、何も言わない、少しずるい)
雫は、遠くの席で朝食を食べているイザヤの方を見る。その横には泉美と香澄が座っている。一年生同士だから、一緒に食べて話しているのは不自然じゃない。だから、泉美のことを少し羨ましく思っていた。そんな様子に気がついたのか、
「雫」
「ん?深雪」
深雪が雫を見てニコッと微笑む。
「私は、どちら側にもつくことはできないけど、応援しているわ」
「!?」
深雪は気がついていたのだ。雫の思いも泉美の思いも、
「……うん、ありがとう、深雪」
雫は朝食を食べ終わると、そのまま試合の準備に入った。
泉美はイザヤの手を引いて、会場に足を運んでいた。アイス・ピラーズ・ブレイクに出場する深雪を見るために、泉美は早くから会場に行き、一番前を確保するのだった。
「泉美ちゃん、ちょっと来るの早くない?」
「何を言っているのですか、深雪先輩のお姿を一番近くで見なくてどうするのですか」
泉美は早くも深雪病にかかっていた。そんな泉美にハァとため息をつくイザヤである。
「それに深雪先輩だけじゃなくて、北山先輩も出るんですよ」
「100%勝つから問題ないよ」
心配ないとイザヤは笑う。雫に勝てる人間は、他の学校にいないと確信している。その言葉通り、雫は難なく優勝し、ペアで出場していた深雪も優勝をつかんだ。
「次は君の番だね、泉美ちゃん」
「はい、必ず優勝します」
本日から四日間、新人戦が始まる。最初の競技は、ロアー・アンド・ガンナーである。この競技に出場する選手は七草香澄である。今日も朝から泉美と場所取りである。めんどくさい事この上ない。
「ほら、イザヤ君。もうすぐ香澄ちゃんが出て来ますよ」
「はいはい、ちゃんと見るから」
そんな二人の姿を雫は後ろの席から見ていた。
「…………」
「……雫、見過ぎだよ」
小声でほのかが雫に耳元で囁く。今日の雫は不機嫌である。いや、先日も不機嫌であった。理由は目の前の男、イザヤである。雫は自分がアイス・ピラーズ・ブレイクで優勝した後、イザヤに「試合見てくれた?」と聞いたが、「いや、寝てて見てませんでした」なんて言われたので、雫はイザヤの脛を蹴った。
「ほら、雫、試合始まるから見よ?」
「……………うん」
そうしてこの試合は第一高校の優勝で幕を閉じた。
イザヤは、朝から新人戦シールド・ダウンの準備をしていた。同じテントにいる水波もこれから始まる試合の準備をしている。
「調子はどう水波ちゃん?」
「問題ありません」
水波の事務的な返事にイザヤは「そう」と呟く。二人の間にしばらくの沈黙が漂う。するとそこへ、達也がテントに入って来る。
「準備はいいか二人とも」
「はい、達也お兄様」
「いつでも行けますよ」
達也は二人の返事に頷き、テントから出ていく。水波もそれに続いてテントを出ようとするが、
「水波ちゃん」
「はい?」
イザヤに呼び止められる。
「僕が言ってた事、忘れないでね」
イザヤが言ってるのは、以前イザヤと戦った時に水波が負けた敗因のことである。搦手に気をつけろと。
「大丈夫です、貴方のおかげで、もうあの時みたいになりません」
「なら良かった」
そうして水波はテントを出ていく。
深雪達は、水波とイザヤの試合を見るために観客席に座っている。
「あ、桜井さん出て来たよ」
水波の第一試合が始まろうとしていた。
「彼女の実力なら優勝は違いなしです」
あずさは水波の実力を信じているようだ。しかし、心配なのは、
「イザヤ君、真面目にやるでしょうか?」
泉美がそう呟く。
「さすがにイザヤも、大勢の前でふざけ出すことはないでしょ」
「あ、イザヤ、出て来たよ」
イザヤはゆっくりと歩きながら、リングへ歩き出した。
「さて、二人とも出て来たので、応援しましょうか」
その後、水波とイザヤは順当に勝ち進め、見事優勝を果たしたのだ。
優勝したイザヤと水波を最初に歓迎したのは、達也、深雪、泉美、雫であった。
「よくやったな、水波」
「ありがとうございます、達也お兄様」
達也の賛辞に、水波は感謝しお辞儀をする。
「イザヤ君、おめでとうございます」
「おめでと、イザヤ」
「ええ、見ててつまんなかったでしょ」
優勝した事をなんとも思っていないイザヤは、シールドを置いて、そのまま装着器具を外す。
「確かに、イザヤ君の試合は、いつもよりも味気ないと思いましたけど」
「僕を楽しくさせる人間がいなかったからさ」
泉美の疑問にイザヤは簡潔に説明する。
「達也先輩くらいの実力者が出てこないと燃えないんですよね」
「…そんな人間、そうそういませんよ」
イザヤも言葉に泉美はそう伝える。
「さて、次はいよいよ君の番だね、泉美ちゃん」
「はい、深雪先輩、私の勇姿ちゃんと見てて下さい」
「ええ、わかったわ、泉美ちゃん」
「あれ?さっきまで僕と会話してなかった?」
新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクが始まる。イザヤは泉美の試合を見るために会場に行く、ということはなくてホテルの中の喫茶店でゆったりと過ごしていた。
(どうせ決勝まで行くし、それまでダラダラ過ごすか)
イザヤはアイスコーヒーを手に取り、口に流し込む。
(達也先輩は、僕が言ってたよからぬことが、スティープルチェース・クロスカントリーで起きると言っていたけど)
イザヤはアイスコーヒーをマドラーで回しながら考える。
(あの施設はに入った時、変なロボットと変な寄生生物みたいなやつがいたけど、まったく、魔法師という人間はつくづく愚かだね)
イザヤがアイスコーヒーを全て飲み干し、会計を済ませ、喫茶店から出ると、西条レオンハルトと千葉エリカが歩いて来た。
「あれ、イザヤじゃねぇか、なんでここにいるんだ?」
「あんた、もう試合始まってるよ、行かなくていいの?」
そんな二人の言葉をイザヤは、
「喫茶店でゆったり過ごしていたんですよ」
「深雪達、探していたわよ、早く行って来なさいよ」
「ええ、そうします」
エリカの言葉に従い、イザヤは、会場に向かう。
イザヤが会場に向かうと、泉美が準決勝で試合をしている最中であった。イザヤは席に座らず、会場の一番後ろから泉美の試合を眺める。
(まぁ、相手が相手だし、勝って当たり前だよね)
泉美の対戦相手は、『目』で確認しても魔法師としては泉美よりも劣る。このまま、勝利するだろうと思っていた。そんなイザヤに気がついたのか、誰かがイザヤに近づいて来る。
「イザヤ君、あんたこんなところに居たの?探したんだよ」
「ああ、ごめんね香澄ちゃん」
イザヤに近づいて来たのは香澄であった。
「早く座って、今泉美の決勝進出が決まったところなんだから」
「ああ、今見てたよ」
香澄に席を連れられると、お馴染みの面々が集まっていた。
「イザヤ君、やっと来たんですか?」
「おそいよ、イザヤ」
「決勝に間に合って良かったです」
そんな声がイザヤに飛んでくる。
「さて、僕はどこに座れるんですか?」
そんな言葉に一同が雫の横を見る。
「イザヤ、私の横空いてるよ」
「じゃあ、そこに」
そう言ってイザヤは雫の横に座った。雫はこっそりイザヤの顔を見る。その顔はいつもと同じニコニコとした顔がある。雫の顔は少し口角が上がる。
(やっぱり、北山先輩、イザヤ君のこと)
(頑張って、雫)
(なんか、見てて恥ずかしくなって来たわ)
皆が皆、イザヤと雫の様子をバレないように見つめていた。しかし、イザヤは
(めっちゃ見られてるな、僕)
バレバレであった。
翌日、泉美のアイス・ピラーズ・ブレイクの優勝を祝うために、イザヤ、香澄、泉美の三人は、喫茶店に入って泉美にパフェをご馳走した。このパフェはこの期間限定のオリジナルパフェであるため、泉美は味を噛み締めるようにゆっくりと食べている。
「イザヤ君、こんなメニューがあるってよく知ってたね」
「ああ、泉美ちゃんが決勝に進出するまで、ここでダラダラしていたからね」
「ここにいたんだ」
イザヤと香澄は話しながら、泉美が美味しそうに食べる姿を眺めている。
「香澄ちゃんも頼んでよかったんだよ」
「胃もたれしそう」
「違いないね」