第二十三話 イザヤ「達也先輩、僕と相撲をとりましょう」達也「なんでそうなるんだ?」
達也と深雪の婚約は、学校のみならず魔法師界全体に衝撃が走った。この二人を知るものたちは、皆当然驚いた反応をする。婚約かつ深雪と達也が、四葉家の人間であったこと。ここは、七草家の居間での出来事。七草弘一は、娘たちを居間に呼んでこの事実を伝える。
「お父様、ご用件はなんでしょうか?」
長女の真由美は、弘一が向かい側の席に座るや否や、いきなり問いかける。
「お前たちにはまだ教えていなかったが、昨日魔法教会を通じて、四葉家より十師族、師補十八家及び主要な百家へ二つの報告が来た」
「百家に対してもですか?それほど、重要なお話でしたのでしょうか?」
泉美の言葉に弘一は頷き、話を続ける。
「重要な話だ、お前たちにとっても」
「私たちにとっても?」
真由美が疑問の声を上げる。弘一は、勿体ぶらずにこう続けた。
「四葉家は次期当主に司波深雪嬢を指名した」
「ええっ!?」
声を上げたのは真由美。泉美は声を上げず、目を大きく開き両手で口を押さえている。香澄は信じがたいといった顔つきである。さらに、弘一はこう伝える。
「そして、次期当主である司波深雪嬢と、司波達也君の婚約が発表された」
「そんな!?」
「ありえません!」
「兄妹同士で結婚できないのでは!?」
さらに驚く真由美と泉美を横に、香澄は冷静に指摘するのだった。
「実は、従兄妹同士だったらしい」
「従兄妹?」
そう返したのは香澄である。香澄は深雪や達也とあまり関わりがないために、姉と妹の二人よりも取り乱していないようである。
「司波深雪嬢の母親は四葉深夜、司波達也君は四葉真夜が冷凍保存していた卵子から生まれた四葉家現当主の息子だと伝えられた」
「達也君が、ご子息、、、」
真由美がそう呟く。
「この婚約に対して、一条家当主の一条剛毅殿は二人の婚約を白紙に戻すように四葉家へ異議を唱えられた」
「何故です?」
しばらく驚き固まっていた泉美も話を加わり、弘一に質問した。
「剛毅殿は、長男の将輝君と深雪嬢の婚約を四葉に申し込まれた」
「そういう事ですか、、、」
真由美は、将輝は深雪に強い好意を寄せていたと思い出した。
「ところでお前たち、司波達也君はどのような若者だ?」
「どうと聞かれましても………優秀な後輩です」
弘一に問いかけられて、真由美の瞳は動揺していた。それを弘一は見逃さなかった。
「香澄はどうだ?」
「司波先輩とは個人的に接点がありません。泉美は同じ生徒会でしたので、私よりも詳しく知っているはずです」
「なるほど」
弘一は泉美に視線を移す。泉美は弘一の目を見て、ゆっくりと話し始める。
「……司波先輩は、私如きでは計り知れない方です」
「ほう」
「司波先輩は………私たちと同じ場所にいながら、違う世界に生きている。そう感じる時があるのです」
泉美は達也の他にもう一人、そう感じる人間がいるのだが、それは今は関係がないと思い、話さなかった。
「では、異性としてどう思う?」
弘一のその質問に泉美は驚いて目を開く。そして何度も首を横に振った。
「私などの手に負える相手ではありません!残念ですが、非常に残念ですが!」
「い、泉美、どうしたというのだ?」
泉美のただならぬ様子に弘一は不安の色を浮かべた。
「私に司波先輩を手玉に取れるだけの器量があれば、深雪先輩をみすみす男の方などに!」
泉美が深雪の事でまた暴走していると、香澄は横でため息をつく。
「泉美、自分が何言ってるのか分かってるの?僕もドン引きだよ、、、」
香澄は素の自分で泉美にツッコミを入れる。そして、乱調している泉美に香澄はこう言う。
「それに泉美にはイザヤ君がいるじゃん」
その言葉を聞いた泉美は、先程の乱調はどこに行ったのか、スンと落ち着きを取り戻して、香澄の方に顔を向ける。
「香澄ちゃん、私はイザヤ君に特別な感情を抱いておりません」
ここには香澄のみならず、弘一も真由美もいるため、迂闊なことは喋れない。自分が、本当はイザヤの事をどう思っているのかを。
「でも、泉美がよく話す男ってイザヤ君しかいないよ」
香澄がさらに追撃するが、弘一は話が逸れていると思い、咳払いをした。
香澄と泉美は揃って姿勢を正し、恥ずかしそうに俯いた。
「真由美、お前はどうだ?司波達也君を異性としてどう思う?」
「どう………と言われましても……」
その後も話は続いていく。弘一は真由美を達也に交際を申し込ませようとしたが、真由美だけでなく双子までも反対と抗議されてしまい、そのままお開きとなった。
「雫っ、それ本当?」
テーブルの向かい側で座っているほのかに雫は少し言いにくそうに答える。
「…‥間違いないよ」
「深雪が四葉家次期当主!?」
「うん」
ほのかは顔を雫からテーブルに置かれてある紅茶に目を向ける。そこには、少し寂しげな自分が映っていた。
「そっか……うん。十師族、それも四葉家の人間なら、あの魔法力も納得だよ」
ほのかはスッキリしたような顔を雫に向ける。しかし、雫の顔はまだ晴れない。ほのかには自分が伝えないといけない事がもう一つ有るのだ。それも、大事な。
「話はもう一つあるの」
「何?」
「深雪と達也さんは実は兄妹ではなくて従兄妹だったこと。そして、深雪の婚約者に………達也さんが選ばれたこと」
「…‥嘘、、」
ほのかはその言葉を聞いた瞬間、顔を一気に強張らせた。しかし、
「雫、悪い冗談はよしてよ、エイプリルフールはまだ三ヶ月先だよ」
ほのかは笑う。雫も笑う事を期待していた。「バレたか」と雫の言葉を待っていた。だが、
「ほのか」
「………………本当なの?」
「……うん」
「そんなっ……!」
ほのかは顔を両手で隠して、泣き崩れた。雫はすぐにほのかのそばに駆け寄り、抱きしめた。
「ひどい、ひどいよ……兄妹だって言ったのに……深雪、友達だって言ったのに」
雫はほのかの背中を優しくさすった。雫は思う。ほのかだけではない。自分も、特別な思いを抱くイザヤの傍にいつもいる泉美の存在。
(負けられないんだ、私も)
雫とほのかの戦いが、今始まる。
様々な思いが交錯する中の新学期初日。イザヤは、自分の教室に入ると、何やら皆ヒソヒソと話し声が周りから聞こえてくる。そんな事どうでもいいとイザヤは自分の席に着席した後、ホームルームが始まるまで肘をついて目を閉じるのだった。
(達也先輩と深雪先輩のことは皆知ってるようだね)
既に二人の事は、学校全体に知られているようだ。
「おはようございます、イザヤ君」
イザヤは自分を呼ぶ声に反応して、目を開けて声の方に顔を向ける。まあ、誰が自分を呼んだかなんて分かっているのだが。
「やあ、おはよう、泉美ちゃん。正月は楽しく過ごせたかい?」
「他家の挨拶で忙しかったです。そう言うイザヤくんは?」
「僕は家でゴロゴロしていたさ」
泉美はイザヤと話しながら、横目で周りの生徒たちを見ていた。
「気になるかい?」
「……まあ、クラスがこうなるのも当然かと。イザヤ君はご存知のようですね」
「驚かないよ。二人が四葉の人間なのは、前から知っていたから」
「!…………そう、ですか」
泉美はイザヤの言葉に驚いた表情をしたが、イザヤが既に前から知っていることに、何故か納得してしまうのだった。その後、ホームルームが始まり、二人の会話は途切れる。
午前の授業が終了して、生徒たちは食堂に向かう。泉美もその一人である。彼女は食堂に向かう途中、三度もため息をついた。。それは、イザヤが午前の授業を一部休んだことに他ならない。怒りを通り越して呆れているのだ。
(イザヤ君のことですし、食堂で席を確保していると思いますが)
食堂に着いた泉美の考えは的中した。案の定、イザヤは大きなテーブルを陣取っていた。イザヤは泉美に気がつくと、手を振った。その姿を一目見た後、食券を買いに列に並ぶのだった。その後、泉美はトレーを持ちながらイザヤの席に着くと、双子の姉の香澄と水波がイザヤと座っていた。
「こんにちは、桜井さん」
泉美が水波に挨拶する。
「こんにちは、あの、すみません、二人の邪魔をしてしまって……」
「大丈夫です。イザヤ君は香澄ちゃんや桜井さんが来ることを見越して、大きなテーブルを確保していたんだと思いますよ」
泉美のその言葉を聞いて、香澄と水波はイザヤに目を向ける。
「何のことかわかんない。僕は大きなテーブルで食事したいと思っただけさ」
イザヤは料理を口を運びながら、そう伝える。泉美は「素直じゃない」と思いながらも、イザヤの隣に座る。
「クラスで色々と聞かれたんですよね?」
「はい、興味があるのはわかるのですが、少し鬱陶しくて」
「困っていたから、私が連れてきたの」
水波はクラスで他の生徒たちから質問攻めをされていたようだ。そんな水波を香澄が助けて食堂まで連れて行き、今の状態に至る。
「司波先輩と深雪先輩はどこにいるんだろうね?」
香澄は渦中の二人の居場所を考える。
「たぶん屋上だろうね。あそこは誰も来ないから」
イザヤが人差し指を天井に向けて答える。
「深雪先輩、心配です」
深雪ファーストの泉美は、深雪の心を案じている。そんな泉美を横目に、イザヤは料理を食べ進める。しかし、向かい側からの水波の視線に気づく。
「何かな?」
水波がじっと見つめてくるのをイザヤは不思議に思っていた。
「いえ、あの、何でもありません」
「桜井さん、イザヤ君に何か失礼なことをされたんですか?」
泉美は既に、イザヤが悪い事をしたと思っているようだ。イザヤは「心外だ」と抗議するが泉美は無視する。水波はゆっくりと口を開き、イザヤに問う。
「…………貴方は、達也お兄様と深雪お姉様の敵、なのですか?」
お前は敵なのか、水波のその言葉にイザヤはニヤっと口角を上げる。
「敵か味方かはどうでもいいよ。君たち四葉が、僕に仕掛けて来るのならば、全て捻り潰すだけだ。跡形も残さずにね」
イザヤの言葉に水波の顔が強張る。あの四葉相手に捻り潰すと豪語する人間など見たことがない。しかし、目の前の男は、それを容易に行うだけの力を持っていると断言できる。それは、自分が仕える司波達也に勝利したこと。これが、何よりの証拠となるのだ。
「何を言っているのですか、イザヤ君。そうなれば、深雪先輩に迷惑がかかるではありませんか。やめてください」
泉美はイザヤの実力を十分に理解した上で、イザヤの行動を止める。まるで子供を叱る親のようである。
「もしもの場合だよ泉美ちゃん、そんなに焦らなくてもいいよ」
「貴方の言葉は信用できません」
しばらくは、二人の会話が続いていく。そんな二人を香澄と水波は眺めている。
(本当に大丈夫なのかな)
水波は心の中で心配を吐露する。
新学期二日目。生徒会から逃げるように出てきたほのかとイザヤは曲がり角で出会した。
「わあ!」「おっと」
二人は互いに急ブレーキをかけて、衝突を回避する。
「ご、ごめんね、イザヤ君」
「いえいえ、こちらこそ。急いでいるのですか?」
イザヤがそう聞くと、ほのかは視線を外して答える。
「う、うん、そうなの。部活連本部に行かないといけなくて」
ほのかは急いでいる理由を話す。そのまま二人は別れる、とはいかないのがイザヤである。
「生徒会室から逃げて来たんですか?あそこにいるのが辛いんでしょう?」
「………そう………なんです」
イザヤの言葉にほのかは顔を下に向ける。今のままじゃ駄目な事くらい自分でも理解している。しかし、一向に前に進めない。
「苦しいのなら諦めればいいのに」
「え?」
ほのかは顔を上げてイザヤを見る。その顔は、どこか笑っているようであった。
「憎いんでしょう?深雪先輩が」
「いや、そんな事は!」
「友達だったのに裏切られた」
「……違う」
「達也さんは、もう私を見てくれない」
「……違う……いや!」
「もう私を、選んでくれない」
「嫌!」
ほのかは叫び、その場にしゃがみ込んで耳を塞ぐ。彼女の目は涙で滲んでいた。
(何も聞きたくない!、誰か……)
ほのかの体は震えている。イザヤはさらに口角を上げて、しゃがみ込んだ彼女の耳元でさらに囁こうとする。しかし、
「何を、しているの?」
後ろから、困惑と怒りを孕んだ言葉が聞こえて来た。だんだんと近づいて来る。自分の幼馴染が涙をこぼしているのに気づき、彼女はさらにイザヤを問い詰める。
「何を!したの!」
イザヤは今まで聞いたことのない雫の大声に、一瞬驚いたものの顔に出さずにニコッと笑いかける。
「こんにちは、雫先輩」
「……イザヤ、ほのかに何をしたの」
雫は、泣いているほのかの体を抱きしめて、今もなお笑っているイザヤを睨みつける。
「先輩、僕はほのか先輩に諭してあげたんですよ。貴方は達也先輩の婚約者になれないと。僕が考えるに一番良いと思うのは、達也先輩の愛人になることですね。大丈夫です、ほのか先輩。貴方には深雪先輩にはないその胸がありますから、それで誘惑すればいかに達也先輩だって「パンッ」」
廊下に乾いた音が鳴った。
「…痛いですね、雫先輩」
「…‥最低」
雫がイザヤの頬を叩いたのだ。イザヤの左頬は赤くなっている。しばらくは、痛みが引かないだろう。それくらい、力のあるビンタであった。
「…ほのか、立って、もう行こう」
「…う、うん」
雫はほのかの体を支え、この場から一刻も立ち去ろうとする。
「僕も手伝いましょ「いらない」」
イザヤの言葉を遮り、雫は睨みつけてその場を後にする。方向からして保健室に向かうのだろう。イザヤそう考えた。やがて、雫とほのかの姿が見えなくなると、イザヤは心の中で呟く。
(少し遊びすぎたな)
その後、雫はほのかを自分の家に帰らせずに雫の家に泊まらせるのだった。完全に強制であったほのかだが、そのお誘いは有り難かった。二人はお風呂に入った後、ベッドで横になっていた。
「…ごめんね、雫」
「何で謝るの?」
「……あの時、雫が来てくれなかったら、私どうなっていたのかわからない」
ほのかは、あのままではイザヤの言葉に心を壊されていたかもしれないと思った。
「あれはイザヤが悪い。はっきり言って失望した」
雫はわからなかった。なぜ、イザヤがあそこまでほのかを貶めようとするのか。
「しかもイザヤは笑ってた。クズで外道だよ」
好きな人を口悪く言う雫に、ほのかはクスリと笑う。
「ねえ、雫は何でイザヤ君のこと好きになったの?」
「………それは、イザヤは私を成長させてくれたから。意地悪で子供っぽい、彼の笑った顔に惹かれていたの」
雫は自分で言葉に出して、改めて思う。イザヤに他の男性とは違う特別な感情を抱いていることに。
「雫……」
「…‥だけど、ほのかを泣かせた事は許せない。あの人を馬鹿にした顔にパンチをお見舞いしてやる」
雫は拳を天井に突き上げる。片やほのかは手のひらを天井にかざす。一番欲しいものは、願っても手に入れられないのか。
(だけど、私は………)
ほのかは雫の方に顔を向ける。
「お互い、難儀な人を好きになっちゃったね」
「そうだね」
二人は見つめて笑い合い、眠りにつくのだった。そして、夜が明ける。
新学期三日目。放課後、イザヤは泉美と共に生徒会室に向かう途中であった。生徒会室は初日からずっと気まずい空気が流れているので、泉美は少し足取りが重たい。途中、二人は雫と廊下で会い、泉美とは挨拶したが、イザヤとは挨拶をせず、代わりに睨みつける形となった。雫と別れた後、雫の様子に泉美は、
「イザヤ君、北山先輩と何かあったんですか?」
当然聞いて来るわけで、これに対しイザヤは、
「ビンタされた」
端的に事実を述べる。
「え!?ビンタですか?」
泉美は、雫が人に手を挙げるような人間には思えなかった。しかし、イザヤが言ったことが本当だとすれば、
「イザヤ君、一体何をやらかしたんですか?」
何をして怒らせてしまったのか、イザヤに尋ねる。
「黙秘」
イザヤは黙る。泉美はハァとため息をついた。生徒会室の扉を開けると、嫌な空気はいつの間にか無くなり、いつもの生徒会に戻っていた。
(もう皆さん、いつも通りになりましたね)
泉美はまだ時間がかかると思っていたが、一つ年が違わないのに大人だなと感じていた。泉美とイザヤは達也達に挨拶を済ませると、自分の席で生徒会の仕事を進めるのだった。
もうすぐ閉門の時間に差し掛かってきた頃、イザヤは生徒会に報告上がってきた校外のトラブルについてのまとめた資料を見ていた。
(人間主義の活動が活発になっているのか?)
盗撮・ストーカー・暴言、生徒会に相談があった人数と件数は二十四名延べ三十八件に上っている。盗撮はともかくとして、暴言や付き纏いだけでは、警察は動いてくれないだろう。しかし、いきなりここまでトラブルが増えるとなると、誰かの思惑が絡んでいる事を疑う。
「何を見ているのですか?」
そんな時、泉美が横から声を掛けてきた。
「これ見てよ」
イザヤの言葉に泉美は椅子から立ち上がり、イザヤのそばに近寄る。
「これは、校外のトラブルですか?」
「ああ、人間主義の皆さんが頑張っているようだよ」
「頑張っているではありません、イザヤ君。深雪先輩、少し宜しいですか?」
泉美に呼ばれた深雪は仕事の手を止めて、泉美の顔を見る。
「最近、校外で生徒達が盗撮やストーカーの被害が増えているようです」
泉美の言葉に深雪だけでなく、達也や水波、ほのかも手を止めて聞いている。
「盗撮はともかく、尾行の証明は難しいわね」
「全校生徒に注意を促すべきだろう。こちらが過剰反応で悪者、いや、犯罪者にならないために」
「早急に対処いたします」
達也が示した懸念に深雪がそう応じた。イザヤはいつにも増して、真剣な顔でパソコンを眺めているのを泉美は何処か不安を覚えた。