次の日、雫は朝からほのかと学校へ登校した。いつもの雫に戻り、ほのかも胸を撫で下ろす。お昼休みに食堂に集まった達也やエリカ、レオ、幹比古、美月の面々に心配をかけたと頭を下げる。
「もう大丈夫なのか、雫」
達也は、昨日の北山家での事は深雪から既に聞いていた。玄関を破壊するなんて警察沙汰になってもおかしくなかった。しかし、雫の父親である北山潮が、自分の娘の為を思っての行動だと伝わり、問題無しとされた。なんと懐の深い事か。しかし、扉を破壊した張本人であるほのかは両親にキツく怒られたのだが。
「うん、私はもう大丈夫」
達也の目から見ても以前と雫と変わない。
「そうか。よかったな、ほのか」
「はいっ!」
ほのかの明るい返事に皆んなが微笑む。
イザヤと泉美、香澄、水波の四人は達也達から離れたテーブルで食事をとっていた。何を話すわけでもなく集まったこの四人は、黙々と蕎麦を啜る。
「そう言えば」
泉美が箸を止めて、横に座るイザヤに話しかける。
「北山先輩、今日学校に来てるらしいですよ」
「……………」
泉美のその言葉にイザヤは一瞬食べる動作を止める。しかし、すぐに蕎麦を啜り始める。その様子に泉美はさらにこう続ける。
「体調が悪いと聞いていましたが、元気そうでしたよ。休み中、何か悩んでいたみたいですが、その悩みも解消された様ですし」
「……………」
泉美の言葉を黙って聞きながら、蕎麦を啜るイザヤ。泉美はハァとため息を吐く。
「イザヤ君、貴方に話しかけているんですよ」
その言葉でようやくイザヤの手が止まり、泉美の方に顔を向ける。
「なんだ泉美ちゃん、僕に話しかけていたのか」
イザヤは分からなかったフリをふる。
「他に誰がいますか?」
「香澄ちゃんと水波ちゃんがいるよ」
向かい側の席には、二人を見ながら蕎麦を食べ進めている香澄と水波の姿が。こっちに話を振るなと目で訴えかけている。
「まったく、口が減らないですね」
「それで?その事を僕に伝えてどうするの?」
「私は何もしませんよ。どうするかは北山先輩とイザヤ君が決める事です」
その言葉を最後に、泉美は再び蕎麦に手をつける。お昼休みの時間も少なくなってきたので、急いで食べ進める。そんな姿をイザヤはじっと眺めた後、食事を再開するのだった。
午後の授業も終わり、皆が部活動もしくは下校のために席を立つ。イザヤは帰る準備を進めるが、隣の席の泉美に袖を掴まれる。
「何か用?泉美ちゃん」
「いいえ、私ではありません」
泉美は視線をイザヤから教室の外に向ける。イザヤも泉美の視線を辿り、教室の外を見る。そこには、雫とほのかがいた。
「わかってますよね?」
イザヤは再び泉美に視線を移す。逃げたら許さない、そんな目をした泉美を見て、イザヤは大人しく席に座る。泉美とイザヤは、教室の皆が出ていくまでじっと待っていた。その時も、泉美はイザヤの袖を掴んで離さない。ようやく、最後の一人が教室から出て行った時、雫とほのかが入れ違いで教室に入ってくる。二人は、イザヤ席の前で止まる。
「………イザヤ君」
イザヤは雫とほのかに視線を向けず、黙って窓の外を見ている。泉美はイザヤの顔を力尽くで動かそうと席を立つが、雫が手でそれを制した。
「イザヤ」
「…………」
「イザヤ、ごめんなさい」
雫が頭を下げる。
「それは、何の謝罪ですか?」
「私、イザヤに酷い事を言った。誰かに愛された事が無いなんて言ってごめんなさい」
イザヤはゆっくりと雫の方に顔を向けた。
「どうして会いにきたんですか?」
「イザヤ君?」
この男、何を言い出すんだと泉美は目を見開く。
「僕は、貴方の心を壊したつもりだったのですが。また会いに来るとは予想外でした」
そう、予想外なのだ。これまで自分が壊してきた人間が、再び立ち上がってくるのは。頭を上げた雫の目とイザヤの目が交わる。
「私、決めたの」
「何を?」
「どうしようもない貴方を、私は好きでい続けるんだって」
「…………」
雫の目には一切の迷いがなく、澄み切っている様に見える。イザヤはその目から視線を外した。
「イザヤが、私を好きじゃない事はわかってる」
「…………」
「私や他の人を、ただの道具として見ているとわかってる」
「…………………」
「だけど、この気持ちは消える事はない」
「……………………………」
雫の宣言にイザヤは内心、動揺していた。北山雫は自分にとって遊ぶのに最適なオモチャで、替えの利かない道具であった。自分自身、他よりも大事に使っていると分かっている。しかし、自分の本性を知って、心を痛めつけられた相手に対して、それでもなお、好きだと口にする目の前の雫を、イザヤはどうしていいか分からなかった。
「……どうしてそこまで」
イザヤのか細い声が雫の耳に辛うじて伝わる。
「言ったでしょ。貴方が好きだから」
「……………………………………………」
愛を知らない悲しきモンスターのイザヤは分からない。目の前の彼女の事が。これほどまでに自分を想ってくれる事が。今も昔も、自分以外は都合の良い道具でしかなかった筈だ。だが、イザヤの中で少しずつ変化が生じている。イザヤは、顔を上げて天井を見つめる。汚れ一つもない真っ白な天井を。
「少し、長く居すぎたせいかな」
「イザヤ、、、」「イザヤ君」
「遠い地で、こんなにも長く同じ場所に居たのは初めてだから。少なからず、オモチャに情が移ってしまったのかも」
イザヤはそっと目を閉じる。その気になれば、自分は全てを切り捨てられる。そうしたら新たな場所へ行き、新しいオモチャを見つめる。そして、また捨てる。その繰り返しを永遠と行う。だけど、ほんの少しの間なら良いかもしれない。少しぬるま湯に浸かる事を良しとしよう。それが、自分にどの様な影響を与えるのか分からないが、退屈が自分を殺すその日まで、今のこの自分を、良しとしよう。
「雫先輩、僕は考えを変えるつもりはありませんよ。今までもこれからも、自分以外は全て都合の良い道具だ」
「うん、わかってる」
「だけど、貴方はその中でも替えの利かないオモチャです。貴方を無くすのは惜しい。だから今は…………ごめんなさい」
イザヤは椅子からゆっくりと立ち上がって、雫に謝罪した。
「うん」
雫は目から零そうになった涙をそっと拭き取る。こうして、イザヤと雫は、以前と変わらない関係を取り戻した。いや、ほんの少しだが距離が縮まった。ほのかは雫の肩に手を置いて雫に笑いかける。泉美は「素直に謝れば良いのに」とイザヤ見て微笑む。
生徒会の仕事が終わった泉美は、香澄と共に家に向かって歩いていた。
「北山先輩、元気になってよかったね」
今回の事の顛末を、泉美は香澄に伝えていた。香澄はイザヤの言動の数々に驚くが、そんな人を好きになった片割れの泉美を酷く心配する。
「それにしてもあんたも大変ねー、そんな男を好きになって」
「まったくです。いつもイザヤ君には振り回されてばかりです」
イザヤの顔を思い出す度に、泉美はプンプンと怒る。その様子に、香澄はあることを思いつく。
「そうだ。今度は、泉美がイザヤ君を振り回せば良いんだよ」
「え?私がですか?」
「泉美ならできるよ。その素質はある」
「なんですかそれ」
昔から泉美の少女趣味に付き合わされた香澄は、泉美の面倒臭さを知っている。先程の言葉を直訳すると、お前は面倒臭い女になれ、という事である。今の時点でもめんどくさいが。
「北山先輩にリードされてていいの?」
「…………」
「今回の事でより一層、仲が深まったんじゃない?」
「それは…………そうかもしれません」
「もっとグイグイいっちゃいなよ」
「香澄ちゃん、楽しんでませんか?」
ニヤニヤと笑う香澄を泉美はジト目で見る。
次の日の放課後。深雪と泉美と水波は一高の最寄りの駅前に来ていた。
「深雪様、わざわざすいません」
「これくらい気にしないで。生徒会の仕事なのだから、水波ちゃんと泉美ちゃんばかりに押し付けるつもりも無いわ」
「深雪先輩、本当に私たちだけで大丈夫でしたのに」
泉美は表面上ではそう言ってるが、本音は大層浮かれていた。深雪と一緒にいられてウキウキしている。深雪達は卒業生のための引き出物の打ち合わせに来ていた。例年より、自前の工場を持つ駅前の商店に発注している。深雪は打ち合わせに来るのは去年に続き二度目である。一人でも十分であったが、来年に深雪が卒業するために、二人を連れてきたのだ。その後、商店の店員との打ち合わせが済んで、三人は一高へと足を向ける。しかし、一高に向かう途中、思わぬ出来事が三人を襲う。
(!?)
最初に気付いたのは泉美であった。通学路を一本横に入った脇道で十数人から成る男性の集団を見つけた。固まってたむろしているなら、別に問題はなかった。彼らの足の隙間から、一高の女子生徒が履くブーツが見えた。
「貴方達、何をしているのですか!」
女子生徒に早く気づいた泉美が甲高い声で質問、いや詰問しながら男達へ歩み寄っていく。その声に振り向いた数人の男達は、
「おい、あれ、七草家の」「後ろにいるのは一高の生徒会長だぞ」
というやりとりが男達の間で行われる。彼らの声は、三人の耳に届いていた。
「泉美ちゃん、まって」
深雪が先行する泉美の腕を掴んで歩みを止める。しかし、深雪の制止は遅かった。彼らは、嫌がらせをしていた女子生徒を放置して、深雪達の周りに人垣を作った。
「何ですか!貴方達は!」
泉美の当然とも言える言葉に、男達は答えない。
「罪深き邪法の使い手、その首魁の娘よ!」
しかし、そのやけに芝居がかった口調とセリフで、泉美に投げ掛けた。
「悔い改めよ!」
その言葉を発した一人の男の周りに居た仲間達も「悔い改めよ!」と後から続いて発言する。
「何ですって!?」
「泉美ちゃん、待って」
男達に食ってかかろうとした泉美を、深雪は引き止める。
「道を開けてくださらないかしら」
深雪の視線に瞳を貫かれた男はみじろいだ表情を見せるが、深雪の言葉に応じず、再び「悔い改めよ!」と唱和する。
「人には、神より許された人としての「どいてくださらなければ、不法な監禁となりますが、よろしいですね?」なに!?」
もっとも、人の話を聞いていないのは深雪も同じであった。
「おい、黙れ!」
深雪は男の威嚇にも耳を貸さなかった。
「水波ちゃん」
「はい」
深雪の声に、水波が短く返事をする。深雪に言われる前から、すでに魔法を発動する準備を終えていた。男達が触れないギリギリの半径で障壁魔法を発動した。非魔法師である彼らには、水波が何をしたのか分からなかった。しかし、深雪が防犯ブザーを鳴らし、一人の男がそれを取り上げようとして、障壁を阻まれた事で魔法を使われたと気が付いた。
「魔法を勝手に使ってもいいと思っているのか!」
「監禁の現行犯に対して、自衛を行っているんです。それに、女性として、身の危険も感じますし」
深雪は男達に蔑んだ口調を放った。男達に対して、泉美が冷たい眼差しを向ける。泉美の目に、リーダー的な男が耐え難い挑発を受けたと感じた。
「罰を与えよ!」
リーダーの男の声に、四人の男達が右拳を深雪達に突き出した。その中指には、真鍮色の指輪が鈍く光っている。
「まさか、アンティナイト!?」
泉美の口から狼狽した声が漏れる。その瞬間、深雪達にキャスト・ジャミングのノイズが襲いかかる。このアンティナイトは、通常の物よりもさらに酷くノイズが襲い掛かっていたのだ。泉美は顔を歪ませて苦しんでいるが、魔法を使用している水波はそれ以上に苦しんでいた。障壁魔法を展開している水波は、苦しそうなうめき声を上げる。胸を押さえ、前のめりになって俯く。水波の苦しそうな姿を見た深雪は、五年前のあの夏の日を思い出させた。大亜連合による沖縄侵攻が起こったあの日。桜井穂波が達也を守るために命魔法を酷使して命を落とした。それが今の水波と重なって見えてしまった。
「…許さない」
怒りに震える声で深雪は小さく呟いた。過去と現在が重なって、深雪は自分を忘れてしまった。過ぎし日の後悔と怒りに駆られ、深雪は己の力を解放しようとした。
「深雪先輩!?」
水波よりも軽い苦痛で済んでいた泉美が、深雪の異常事態を悟り、声を掛ける。しかし、泉美の声は今の深雪には届かない。深雪は、水波を苦しませている男達に対して、精神も体も凍り付かせてしまう『コキュートス』を発動した瞬間だった。深雪の魔法は、深雪よりも大きく上回る干渉力で深雪の体に抑えられた。
「己を見失うな未熟者」
深雪は驚いて後方を振り向く。いや、振り向かなくても分かっていた。自分の魔法を押さえつけれる人間なんて一人しか思い浮かばない。泉美はその声を聞いた瞬間、安堵した。
「…イザヤ君」
「深雪先輩。貴方はもう、四葉家次期当主なのだから。市民相手に魔法を使ったらどうなるか、分かるでしょう?」
イザヤの言葉に深雪は己を恥じた。自分はもう四葉家次期当主である。水波が苦しめられていたからといって己を失った。イザヤに止められていなかったら、深雪は男達を殺していただろう。
「誰だお前は!?お前も邪法の使い手か!」
「やれやれ、さっきまで雫先輩と楽しくお茶してたのに、気分が下がるな」
「何だと!?」
「はいはい、そんな叫ばないで。すぐに終わるから」
イザヤはリーダーの男を宥めようとするが、男はイザヤの態度に憤慨する。イザヤにもアンティナイトを使用するため、仲間に伝えようとしたその時、
「グハッ!?」
リーダーの男は突如、横にいる仲間の一人に殴られた。リーダーの男はそのまま地面に仰向きに倒れた。殴られた顔を手で押さえる。
「な、何をするんだ!?」
殴られたことに腹を立てたリーダーの男は、殴った仲間を問い詰める。
「いや、なんか、体が勝手にガハッ!?」
するとリーダーを殴った男は、さらに別の仲間に殴られた。深雪達を取り囲んでいた集団は、仲間内で殴り合いを始めた。
「おい!何してるんだ!?」
「止めろ!」
「体が言うことを聞かない!」
「何言ってるんだ!?」
リーダーの男は地面に座りながら、仲間達が殴り合いをしていることにあたふたとしていた。
「い、一体何が?」
「おや?仲間内で喧嘩ですか。三人ともそこから離れて。じゃないと巻き込まれますよ」
イザヤは手招きして深雪達を呼ぶ。水波は周りに展開した魔法障壁を解除して、深雪を先頭にイザヤの方へ歩いて行く。
「ま、待て!」
リーダーの男の虚しい呼び止めも深雪達は無視する。従う道理はない。イザヤはニヤリと笑いながら男達が殴り合っている様子を見ている。
「イザヤ君、貴方の仕業ですか?」
「まあね」
泉美の質問にイザヤは手を挙げて答える。泉美はイザヤが使用している魔法が分からないが、イザヤが挙げた手の指一つ一つが、まるで糸を出して男達の体を操っているかのような動きを見せている。
「まったく、遅いですよ。達也先輩」
後ろからバイクの走る音が近づいてくる。そのバイクがイザヤ達のすぐ後ろに停車して、バイクに乗っていた男はヘルメットを脱ぐ。
「お兄様!」
達也が来てくれたことに深雪は心から安心した顔を見せる。達也は走ってイザヤ達に駆け寄ってくる。
「すまない深雪、遅くなった」
「大丈夫です、お兄様。イザヤ君が何とかしてくれました」
達也は深雪達の少し離れた後方で倒れている男達を見る。その顔は殴られたことが原因で赤く腫れているようだ。
「イザヤ」
「大丈夫ですよ、達也先輩。僕はあの男達に触れてすらいませんよ」
達也はイザヤが男達に暴行を加えたと考えてイザヤに問い詰めようとしたが、イザヤの言葉と泉美や水波の頷きにより、違うことがわかった。
「イザヤ、深雪達を助けてくれたことに感謝する。だが、市民に魔法を使うのは……」
「問題ありませんよ。どうせ、何が起こったのか分からないんですから。警察が来たら、仲間割れをしたと言えばいいんです。それより、先輩来るのが遅いですよ。そんなに顧傑の捜索が大変ですか?」
イザヤは言葉で達也を刺すが、達也は素直に受け止めて謝罪する。
「すまないイザヤ、お前がいてくれて良かった」
達也の謝罪に満足したのかイザヤはニコッと笑う。
「く、くそ!何でこんなことに!?」
仲間が一人残らず倒れたことでリーダーの男はイザヤ達を睨みつける。
「イザヤ、一人残っているぞ」
「ああ、あれは達也先輩にあげるつもりでしたから」
「俺に?」
達也は疑問を浮かべるが、リーダーの男はゆっくりと立ち上がってこちらにジリジリと歩いてきた。
「ふざけるな!お前達、殺してやる!」
リーダーの男は顔赤く激昂している。逆上のしすぎで言葉がどんどん犯罪者のそれである。達也は近づいて、すぐに臨戦態勢に入る。するとリーダーの男は気を失い、突然地面に倒れ込んだ。達也は突然倒れたことに驚くが、その瞬間、男の両手の甲から禍々しい紫炎が姿を現す。
「お兄様!」
後ろから見ていた深雪の警告を受けるまでもなく、達也は魔法発動の準備を終えていた。リーダーの男は体を起こして、こちらに手を向けてくる。達也は『解体術式(グラム・デモリッション)』を使用し、紫炎を吹き飛ばす。
「何!?」
しかし、消えたはずの紫炎が再び手の甲から噴き出す。今度は先程よりも強く吹き荒れている。
(こいつの力じゃない。第三者からの魔法だ)
リーダーの男が魔法を使えない事は、達也の『精霊の眼』ですぐに分かった。何者かが物理的な距離を超えて、リーダーの男を操っているのだと。達也がそう思考していた直後、紫炎が弾けた。数十個に増殖した同じ大きさの紫炎弾がばら撒かれた。達也は自分に飛んでくる紫炎弾を『解体術式』で撃ち落としていく。
「達也先輩、手伝いましょうか?」
「いや、必要ない。お前は深雪達を見ていてくれ」
魔法を発動するための中継場所がどこかにある筈だと達也は考え、リーダーの男の手を注意深く観察する。すると、手の甲には小さな紋様が浮かび上がっている。達也はそれを『眼』で捉えて『解体術式』を発動させた。すると、紫炎が男の手の甲からゆっくりと消え去る。
(これで遠隔操作もできなくなった筈だ)
達也は今度こそ無力化できた。十秒待って何も起こらなかったので緊張を解いた。
「全員、動くな!」
するとそこへ、ようやく警察の登場である。達也は両手を高く上げてその場に立ち止まる。イザヤ達も同様に警察の指示に従う。達也は両手を上げながらも『精霊の眼』を使用して、分解した敵の魔法術式を読み取って、その情報から遠隔操作していた魔法師の場所を見つけ出す。しかし、突如として魔法師という情報体に大幅な変更が加えられた。
(殺されたか)
紫炎を発動させた魔法師が殺されたみたいだ。達也に追跡されないために。だが、殺した奴はきっと……。
「(顧傑)厄介な相手だ……」
近づいてくる警官に対し、達也は無抵抗の姿勢を示す。達也はイザヤからの視線を感じとり、目を合わせる。
(敵は見つけれましたか?)
(いいや)
気づかれない程度に首を振る達也に対して、イザヤは肩を落とす。
今日の出来事を学校側へ報告しなければならないため、泉美は一人、百山校長と八百坂教頭に事件の一部始終を話す。その話を聞いた百山校長は、明日から臨時休校にすると決定して泉美を帰らせた。泉美は校舎を出てトボトボと歩いて校門に辿り着くと、
「遅かったじゃん」
イザヤが校門の壁にもたれながら泉美を待っていた。
「お待たせしました」
泉美はイザヤが待ってくれた事に軽く一礼をする。イザヤは壁から離れて泉美の隣に立つ。
「校長はなんて?」
「明日から休校だそうです」
「まぁ妥当か」
彼らを単なる暴動ではなく、組織的かつ計画的に行動されたものだと認識したのだろう。現に、一高の生徒会長であり四葉家の深雪や七草家の泉美のことを知っていたのは、日本魔法師界をよくお勉強しているだけでは腑に落ちない。詩奈の時もそうである。彼らは優先的に狙うターゲットを決めていたと考えられる。
「…………」
「どうしたの、泉美ちゃん?」
下を向く泉美にイザヤは声を掛ける。
「あの時、私が何も考えず前に出たせいで、このような事態になってしまいました。もっと、他にあったはずなのに」
泉美は己の未熟さを恥じた。イザヤが来てくれなければどうなっていただろう。
「だから私は……イタッ!?」
イザヤは泉美の額にデコピンを喰らわして、泉美はその痛みから顔を上げてイザヤを睨む。
「な、何をするのですか!?」
「君があまりにも暗い顔をしていたから、その顔を晴らしてあげたのさ」
イザヤは悪びれる様子もなくそう答える。泉美は痛みで額をさすっている。
「なら、次はどうするかだ」
「え?」
「同じ失敗を繰り返さない為に、その痛みを忘れないようにね」
「……はい」
こうして二人は、夕焼けの空の下を歩いて行く。
「イザヤ、十師族の現当主たちがお前を呼んでいる」