結論から言おう。達也達は顧傑を捕える事はできなかった。顧傑を捕えるあと一歩の所で、USNA軍の魔法師部隊スターズのNo.2であるベンジャミン・カノープスの魔法『分子ディバイダー』によって、顧傑の人としての存在が消されたことを達也の『眼』が確認した。後日、達也は四葉家現当主である四葉真夜に事の顛末について説明する為に本家を訪れていた。
「なるほど、米軍の横槍によって、顧傑を捕え損ねたというわけですね」
「申し訳ありません」
達也の謝罪を真夜は笑顔で受け入れた。
「あれは仕方が無かったと考えていますので、達也さんも気にしなくていいわ」
「ありがとうございます」
これで話は終わり、とはいかないのが世の常である。
「ひとつ聞いていいかしら?」
「何なりと」
「千葉寿和はそんなに手強かったかしら?」
真夜の言葉には刃が混ざっていた。
「…そんなに、とはどういう事ですか?強敵だったのは確かです」
「いえね、白兵戦でしか攻撃手段を持たない、しかも自分専用の特殊なデバイスも無しの相手に達也さんは随分手間取っていたわね?」
達也は背筋に冷たい汗をかいた。確かにあの時、達也は千葉寿和に余計な同情心を抱いていた。友人のエリカの兄であることや、死んでもなお弄ばれた彼に同情し、不要な時間を割いてしまったのだ。確かに、もっと早く倒せていれば、顧傑を捕えることができたかもしれない。真夜の探る目が、達也に緊張感を持たせる。
「……まぁいいわ。過ぎた事を言っても仕方ないもの。そんな事より、もっと大事な話があるの」
「……何でしょうか?」
達也は真夜に自分の失態を見過ごされた形となった。顧傑の一件はこれにて幕を閉じる。だが、もっと重要な事が待ち構えていたのだ。
「五日後、オンラインで師族会議があります。その会議に折紙イザヤを同席させたいと思っているの」
「イザヤをですか?」
これには流石の達也も驚いた顔を隠せない。
「貴方には折紙イザヤにこの事を伝えてほしいの。同じ一高ですしね」
臨時休校だった第一高校は、明後日からまた通常に戻り再開する。達也はイザヤの電話番号を知らない為、会って知らせなくてはならない。最も、イザヤが学校に来るか分からないが。
「わかりました、イザヤには伝えておきます」
達也は師族会議の日の前日までに、イザヤが学校に来る事を願っている。
「ですが、イザヤはどこから通信を繋げばいいのですか?」
イザヤが自分の家に、セキュリティが厳重な通信回線を引っ張っているとは思えない。
「そうですね、達也さんと深雪さんの家からはどうでしょうか?」
「!?」
確かに、達也の家の通信回線は十師族のセキュリティと遜色ないだろう。だが、イザヤを家に招くのはどうにも受け付けない。
「達也さん、よろしくお願いしますね」
真夜に言われては達也はどうする事もできない。これは顧傑を捕らえられなかった自分の罰として受け入れようと思った。非常に嫌であるが。
「…わかりました」
達也は頭を下げて、その命を承る。
学校が再開したその日、イザヤは昼からの登校であった。座学の授業をサボりまくっているイザヤは既に先生に目を付けられている。だが、先生達は、テストの出来が良い為に強く言えないのが腹立たしく思っているようだ。そんな事もつゆ知らず、イザヤは今日も今日とて午前の授業をサボり、食堂へと足を運ぶ。まだ午前最後の授業が終わっていないので、食堂はイザヤを除いて誰もいない。食堂で働く者達は「また来たか」という目を向ける。彼らにも目を付けられているようだ。イザヤはヒレカツ定食を頼み、一人大きなテーブルで食事をとるのだった。やがて、チャイムが鳴って午前の授業が終了した。その数分後には、食堂の入り口から生徒達が駆け込んでくる。イザヤが食べ終えた時には、既に食堂は人で溢れかえっていた。
「イザヤ君、また授業休みましたね」
「もうその言葉は聞き飽きたよ」
「私も言い飽きました」
蕎麦が乗ったお盆を持ちながらイザヤの隣に座る泉美が、もう何度言ったか分からないセリフをイザヤに言う。
「香澄ちゃんと水波ちゃんは?」
二人の姿が見えないのでイザヤは疑問に思った。
「今日は同じクラスのこと食べるみたいです」
「ならこんな大きなテーブルを取らなくて良かったかもね」
イザヤはテーブルを指差してそう言う。
「じゃあ、俺たちがそこに座ってもいいか?」
その声の主は達也であった。その後ろには深雪が控えている。
「もちろんです、さあお座りください深雪先輩」
イザヤがとった場所であるにも関わらず、泉美はまるで自分がこのテーブルを取っていたような発言をする。泉美には深雪しか見えておらず、達也のことは視界に入っていないようだ。
「……では失礼する」
達也は泉美の深雪病に慣れた様子で、自分を無視されたことに何とも思っていないようだ。深雪は苦笑いをして達也の隣に座る。
イザヤ 達也
泉美 深雪
「それで達也先輩、要件は何ですか?」
「いきなりだが俺としても有難い。単刀直入に言おうイザヤ。三日後にオンラインの師族会議が行われる。それに出席してほしい」
「え!?」
驚いた声を上げたのは泉美であった。深雪は既に知っている為、驚いた表情は見せず、イザヤをジッと見ていた。
「当主達はお前と話がしたいそうだ」
最初は真夜と弘一から始まり、他の当主達の同意を得られ、この話は出来上がった。
「何を聞きたいんでしょうかね?」
「そこまでは俺も伝えられていない。だが、お前の事を危険視してるのは確かだ」
「別に会議に参加するのは良いですけど、何処で繋ぐのですか?生憎と、僕の家にはそんな機械はありませんけど」
「俺の家で会議に繋ぐ。お前はその日の夜に俺の家に来てほしい」
達也はイザヤにお願いするが、達也の顔は嫌な顔をしていた。
「……それ、達也先輩の案ですか?」
「……いや、四葉家当主の案だ」
イザヤは「だろうな」という顔をして達也を見る。達也と深雪の嫌な顔をから想像するに真夜に断れなかったのだろうと思った。だが、そこまで嫌な顔をされると傷つく。
「わかりました、じゃあその日は学校もあるので、達也先輩達と一緒に帰りましょうか」
「……あぁ」
珍しく弱々しい声にどんだけ家に上がらせたくないんだとイザヤは思う。だが、信用していない人間を家に入れたせたくないのはイザヤも同じなので、何も言わずに黙っていたが、ある考えを思いつく。
「そうだ!会議が終わった後、そのまま達也先輩の家に泊めてもらいましょう」
「何!?」「え!?」
達也と深雪が同時にイザヤの発言に驚く。
「何時に終わるかわかりませんしね」
「バカな事を言うな。無理に決まっているだろう」
「えー、じゃあ行かないでおこうかなー」
「何だと!?」
いきなり無茶な事を言い出すイザヤに、達也は顔を顰める。
「何を言っているのですかイザヤ君!深雪先輩と同じ屋根の下で一晩なんて!」
先程まで黙って聞いていた泉美がイスから立ち上がり、イザヤに詰め寄る。
「許せません!イザヤ君が行くなら私も行きます!」
「ちょっと何を言ってるの泉美ちゃん?」
突如、泉美が自分も行くと言い出すので、深雪は困惑する。話がどんどんズレてしまっている。達也は話を戻そうするが、時すでに遅し。
「そうだね、じゃあ泉美ちゃんも行こうか。達也先輩それで良いですよね?」
ニコニコしながら話しかけてくるイザヤに、達也はこめかみを押さえる。ここでイザヤの提案を断ると、本当にイザヤが会議に参加しない恐れがある。真夜の命を受けていなければ、達也もこんな事したくないのだ。しかし、イザヤが来ないとなると、真夜に何を言われるかわからない。達也は深くため息を吐く。
「……わかった。イザヤ、お前の要求を飲もう」
「お兄様!?」
「そうこなくちゃね」
「深雪先輩と同じ屋根の下で一晩!」
オンラインで師族会議が行われる今日。生徒会の業務を早めに切り上げた達也、深雪、水波そして泉美の四人は、校門で待っていたイザヤと落ち合う。
「待ってましたよ」
「ああ、行こうか」
会って早々ため息をつく達也に、イザヤはニヤニヤと笑っている。深雪も達也の心情を読み取り、心配そうな顔を向ける。泉美は心のウキウキを隠せていないようだ。水波はそんな皆の顔を一人一人見て、「私がしっかりしないと」と自分に喝を入れる。達也を先頭に、イザヤは達也達が住む家を目指す。途中に何の会話もなく、スタスタと歩く五人の様子を、すれ違う人達が不思議そうに後ろを振り返るのだった。
「着いた、ここだ」
「へぇ、ここが達也先輩達の家ですか」
達也が玄関のドアを開けて、ゾロゾロと入って行く。そのままリビングに案内されたイザヤは自分のテレビよりも何倍も大きいモニターを見て感嘆する。
「大きいですね、これで会議に繋がるんですか?」
「ああ、しばらく手前のソファに座っていてくれ」
「まだ、師族会議まで時間がありますから。家を探検させて下さい」
「出来るわけないだろ」
イザヤの提案に即却下する達也。
「さて、僕も身軽な服に着替えるか」
イザヤと泉美は、一高へ登校するときに一泊する為の洋服等をバックに詰め込んで持って来ていた。わざわざ家に帰るのがめんどくさいからである。既に女子達は別室で制服から私服へと着替えていた。
「先輩の部屋借りますよ」
「待て、俺も行く。部屋を荒らされたら困るからな」
(先輩、ハンガー貸して下さいよ。制服掛けたいので)
(好きにしろ)
(先輩の部屋何にもないですね。もしかしてミニマリストですか?)
(イザヤ、早く着替えろ)
イザヤと達也は身軽な服に着替えて下の階のリビングへ戻って来た。そこには既に女子達が着替え終わって揃っていた。しかし一名の服装が、他二人と明らかに異なっていたが。
「あれ?水波ちゃんなんでメイド服なの?」
イザヤの純粋な疑問に水波は答える。
「私は常にこれなので」
「へぇ、それが水波ちゃんの標準装備なのか。似合ってるね。写真撮っていい?」
イザヤはポケットからスマホを取り出して写真アプリを起動する。
「……何でですか?」
「他の人に見せたいから」
「ダメです」
水波に拒否されてイザヤは素直にスマホをポケットにしまう。
「イザヤ、大人しくして座っていろ」
「はいはい、分かりましたよ。泉美ちゃん、君もおとなしく座ってな」
「言われなくともわかっています」
そろそろ時間なのでイザヤはテレビの前に座る。
「というか、このモニターの大きさだと達也先輩達も映ってしまいますね」
「イザヤの説明をするために少し参加させてもらう」
「先輩は俺の保護者ですか」
「いや、それは俺ではなく……」
保護者という言葉に、達也は視線をイザヤからもう一人の後輩に目を向けたが、その後輩は「?」という顔をしている。
「水波ちゃん、紅茶でも入れてよ。喉が渇いちゃったよ」
「……分かりました」
当然のように使われる水波は、少し思うところがあったが文句を言わずにイザヤだけでなく全員の分を用意した。
「後十分くらいで始まりますが、少し雑談しますか?」
「……何を話すんだ?」
ジッとして居てくれれば良いので、達也はイザヤの提案を飲んだ。
「先輩は第一高校を卒業した後、何をされるんですか?」
「そんなことか……まだ、はっきりしていない」
もっと自分を探ってくる質問が飛んでくるかと思っていたので、少し拍子抜けして答えた達也である。
「魔法大学に行くんじゃないんですか?」
「候補の一つとしている。そういうイザヤはどうなんだ?卒業した後、お前は何をするんだ?魔法大学に進むのか?」
それは達也のみならず、特に泉美は、自分の想い人がどんな進路に進むのか知りたかった。
「僕は進学しませんよ。世界を旅しようと思いまして」
「え!?」
「……日本を出るのか?」
今や世界は、簡単に他の国に出入りすることはできなくなった。昔みたいに飛行機で外国へ行くことはほぼ不可能である。
「ええ、世界はこんなに広いというのに、ここで一生を終えるのは勿体無いと思いましてね」
「お前なら、他国に侵入する事など容易いだろうな」
「そうですね、日本に侵入する時も簡単でしたから」
「「「「!?」」」」
日本に侵入できた、その言葉はイザヤが日本人ではないという証拠である。達也は驚いたが、他の女性陣達よりも驚きは小さい。既にその考えは頭にあったからだ。
「やはり、お前は日本生まれではないのか」
「なら何処だと思います?」
「見当もつかない」
「まあ、じっくり考えて下さいよ」
そこでイザヤとの雑談は終了した。達也はまだ話したいことがあったが、まもなく、オンラインの師族会議が始まる。モニターに映し出されたのは、十師族現当主達の顔である。
「皆様、これよりオンラインでの師族会議を行います」
当主達の中で一番の年長者である二木舞衣がまとめ役として話し始める。
「今回の師族会議は、事前に伝えられてると思いますが、四葉殿のご子息である達也殿の家から折紙イザヤ殿がご参加されています」
「どうも、折紙イザヤです」
イザヤは当主達に軽く一礼した。イザヤの不遜な態度に達也は顔を顰めるが、当主達は何も言わない。この男が、我々の会議を盗聴した人間なのかとそれぞれが探るような目でイザヤを見ていた。
「僕は当主の皆さんがお話がしたいと達也先輩から伺っているのですが」
イザヤの横に座ってある達也は、当主達に軽く頷く。
「……まず、聞いておきたいことがあります。貴方は爆破テロがあったあの日、師族会議を盗聴していましたね?」
二木舞衣が代表してイザヤに質問する。
「もうみなさんでわかっている事をわざわざ聞きますか?」
「イザヤ……」
「はいはい、そうですよ。具体的にはテロがあった日とその前日の二日間ですがね」
当主達はそれぞれ険しい顔つきになった。たかが高校一年生の生徒が、自分達や警備を出し抜けるとは今でも信じられなかった。
「…‥何故、そのような事を?」
「退屈だったので、少しスリルを味わいたかったんです」
悪びれる様子もなく堂々と話すイザヤに、今度は十文字克人が質問する。
「師族会議の盗聴は重罪だ。それをわかっての行動だと思ってよいか?」
自分達の会話を外に持ち出されては困る。十文字克人はイザヤに圧をかけようとする。
「僕を逮捕でもしますか?」
「……検討の余地はある」
「それは一番の悪手ですね」
「それはどういう意味だ?」
イザヤは水波に入れてもらった紅茶を口に運ぶ。話してる最中に呑気に紅茶を飲むその態度に癪に触ったのか、今度は六塚温子が問い詰める。
「殺されたいんですか、僕に?」
「!?」
イザヤの言葉に六塚温子が驚き目を見開く。他の当主達も顔がより一層険しくなる。その中で四葉真夜は今だにイザヤを探るような目で見つめ、七草弘一は暗いサングラスの奥に潜む目を鋭くさせる。
「別に僕に向かってくるのは構いませんよ。ですが、僕に殺される準備はしておいて下さいね」
「随分な自信だな。我々など取るに足らないと?」
一条剛毅が質問する。十師族である自分たちを軽く見られては困るという気持ちである。
「僕に言わせれば、貴方達は僕の周りを飛んでいるハエと大差ないですよ」
イザヤの侮辱した言葉に、一条剛毅は映し出されたイザヤな顔を睨みつける。そんな姿にイザヤはニヤニヤと笑っている。
「……折紙イザヤ君。私が聞きたいことは一つです」
次は真夜からの質問である。達也は真夜が何を言い出すのか気になっている。
「何ですか?四葉の当主」
イザヤが名を呼ばれて返事する。
「あなたは私達と敵対するつもりはありますか?」
真夜が聞きたいことはこれだけである。イザヤを呼んだ理由としては、自分たちの敵となるかどうかである。
「今僕から貴方達に何かする事はありませんよ」
「今は?」
「そうですね、僕が退屈になったら貴方達に遊んでもらうかもしれません」
「……具体的にどのような?」
「十師族 vs 僕」
イザヤのその言葉に、達也のみならず深雪、水波、泉美も驚いた顔を隠す事なく晒す。
「十日間あれば、この日本を征服できますよ」
「簡単に言ってくれる」
三矢元が腕を組みながら、イザヤに話し掛ける。
「僕にかかれば、そう難しくありませんよ」
それは十師族に対する挑発でもある。日本の魔法界の頂に立つ自分達に一人の青年が自分たちに宣戦布告して来たのだ。
「まあ、そうならない事を祈ってて下さいよ。もし僕と争いたいのなら、いつでも良いですよ。どんな時でも相手になりますよ」
いつ爆発するかわからない爆弾を十師族は抱える事となった。たった一人の人間に十師族がこれほど警戒するのはこれが初めてだろう。少しの間、無言が続く中、七草弘一の発言がその場を驚かせる。
「イザヤ君、君は十師族に興味あるかい?」
突然何を言い出すんだと、達也を含めた他の当主達は思う。それはイザヤも同じである。
「突然ですね。僕が興味があるのは十師族という地位ではなく、人ですから」
「君は私の娘と仲がいいようだ」
「ええ、貴方の娘さんの泉美ちゃんには、怒られてばかりですけどね」
「もし君が良ければ、泉美の婿にならないかい?」
突然の提案に、モニターに映らないように座っていた泉美が画面の端から登場する。
「お父様!一体何を言っているのですか!?」
「………泉美、何でお前がそこにいるんだ?」
何故か自分の娘が、イザヤの横から現れた事に困惑を隠せないが、この機を逆手に取るのが、娘の真由美から狸と言われる所以である。
「なるほど、既に手をつけられていたのか。イザヤ君、私はいつでも構わないよ」
「な!?私はまだ何もされていません!?」
「まだ?」
「…泉美ちゃん、出て来ちゃダメじゃん」
「…深雪、頼む」
呆れて顔を押さえるイザヤと達也。深雪はニコリと泉美に笑いかける。しかし、その笑顔には何処か怒りが含まれている事に気づき、泉美はシュンとした。気まずい雰囲気が流れた事で二木舞衣が咳をして話始めた。
「では折紙イザヤ君、貴方は現時点では我々と敵対しないという事でよろしいか?」
「ええ、その認識で構いませんよ」
「……わかりました、これで貴方とのお話は終わりとしましょう。これから、貴方をのぞいた当主達で再度話があります。達也殿、ありがとうございました」
達也は画面に映る当主達に立ち上がって頭を下げる。そして、通話は切れる。そしてイザヤは立ち上がり背伸びをして体を伸ばす。
「さて、お腹が空いてきましたね。水波ちゃーん、晩御飯作ってー」
「…………」
「水波そろそろご飯にしよう」
「かしこまりました達也様」
イザヤの言葉をあえて無視し、主である達也に命を受けて、水波は返事を返す。そして台所へと向かう。
「無視はきついなー」
「イザヤ、水波はお前のメイドではない」
「僕はお客様ですよ」
「なら、客としてふさわしい態度を取れ。先程の当主達への不敬な態度はなんだ」
「彼らには緊張感を持って欲しかったんですよ。いつ自分が捕食者から狩られる対象に変わるかわからないぞ、てね」
「…………」
達也は思う。先程のイザヤの発言は冗談で言ったわけではないだろう。実際にイザヤならば、本当に十日間で日本を牛耳ることが出来るかもしれないと。達也は冗談で片付けられなかった。
「イザヤ君」
落ち着きを取り戻した泉美がイザヤの横に座る。
「泉美ちゃん、さっきは話に入って来ちゃ駄目じゃない」
イザヤは泉美を叱るが、その口調は優しいものだった。
「イザヤ君は人を殺す事に何の躊躇いもないのですか?」
泉美は真剣な顔つきであった。イザヤはすぐに察して本心を話す。
「無いね。だって僕と関係ないもん」
「…なら、私ならどうですか?もし、貴方が十師族と全面戦争になり、私が貴方の前に立ち塞がったら、私を殺しますか?」
「泉美ちゃん、貴方……」
「…………………………」
イザヤとしてはすぐに返答したいが、口から「できる」という言葉が出てこない。それほど、今の自分は泉美に情が移っているらしい。何とも面倒臭いものだ。達也と深雪はイザヤがすぐに返答しなかった事に少なからず驚いていた。二人の中では、イザヤはもっと冷酷な心を持っていると思っていたからだ。
「……難しい質問だけど、もし僕自身が『遊び』を捨てたなら、躊躇いなく殺せるよ」
「………本気になったら、という事ですか?」
「そうだね。まぁ僕に『遊び』を捨てさせることが出来る奴なんて一人も存在しないけどね」
そう言ってのけるイザヤの顔は、何処か悲しそうであるとこの時の泉美は思った。
夕食を終えた後、女性陣から先にお風呂に入っていく。
「泉美さん、空きましたよ」
「はい、それではお借りします」
水波がお風呂から上がり、リビングへと戻ってくると、次の泉美に入るように促す。泉美は立ち上がって、達也と深雪に軽く頭を下げて脱衣所に入って行った。
「イザヤ、少し聞きたいことがある」
達也は泉美が脱衣所に入った瞬間に、イザヤに質問を投げ掛ける。
「何ですか?」
イザヤは、泉美に聞かせたくない事でも話すのかと思った。
「そもそもの話、どうやって師族会議が行われる場所がわかったんだ?」
達也はずっと考えていた。イザヤなら警備を潜り抜けることなど容易いが、師族会議の場所は十師族現当主とごく一部の者しか伝えられていないはずである。ならどうやって、
「ああ、催眠をかけたんですよ」
「催眠だと?」
「僕、事前に十師族現当主の側近の一人に、ある催眠をかけたんですよ。『師族会議の場所を教えてほしい』ってね」
既に十師族の中にイザヤの手が回っていたのだ。
「それは何処だ?」
「もちろん教えません」
当然でしょ、という顔をするイザヤに達也は少し腹を立てる。そんな達也を横目に、イザヤは水波にお願いする。
「水波ちゃん、僕温かいお茶が欲しいなー。メイドでしょう?早く出してよー」
「…………」
「まったく、四葉家のメイドはどう教育されているんですかねー」
あえて四葉家という言葉を強調した事に水波の眉間はピクリと動く。癇に障ったみたいだ。
「イザヤ君、水波ちゃんは私達の家族同然よ。あまりそのような事を言ってほしくないわ」
深雪はイザヤを嗜めるように話す。しかし、イザヤは止まらない。むしろ笑って返した。
「ハハハ、家族?その調整体がですか?」
「イザヤ、お前!?」「「!?」」
達也は知っていたのか、とは口にしなかった。イザヤはとっくの前に知っていたのだ。桜井水波は調整体だという事を。
「水波ちゃん、君の魔法は十文字にも引けを取らないだらう。けど、君は作り物だ。作り物が僕に歯向かうのかい?」
「イザヤ君、貴方!?」
「言い過ぎだ、イザヤ」
深雪は怒ってイザヤを睨みつける。達也もイザヤの言葉がラインを超えている事に叱責する。しかし、当のイザヤは怯む様子はない。
「君は何代目の調整体かな?まったく、四葉の研究成果は恐ろしいね」
「イザヤ、もう口を閉じろ」
「水波ちゃん、君の体は四葉に忠誠を尽くすために改造されているんだろう。だけど、それで本当にいいのかい?」
「……どういう意味でしょうか?」
水波は、イザヤが珍しく真剣な顔つきで見てくるものだから、怪しみながらも疑問を投げる。
「君は自由になりたくはないかい?」
イザヤの宗教勧誘みたいなセリフに水波は困惑した。
「君は誰かの指示に従い、戦い、守り、そして死ぬ。それでいいの?」
「……おっしゃってる意味がわかりません」
「僕には君が、不自由に見えて仕方がない。勝手に遺伝子操作されて作られ、これからお前は四葉のメイドとして生きろだなんて同情してしまうよ」
「同情など結構です。私は、深雪様をお守りする事が私の生きがい。私の使命なのですから」
水波は胸を当てて、イザヤにそう告げる。
「一生そのまま?君は恋人とか欲しくないの?女性として男性を好きになったりしないの?僕にはわからないけど」
「好きな人など、私には………」
水波は否定しようとした時、脳裏に浮かんだのは京都で出会ったあの人の顔。九島光宣。水波は途端に顔が赤くなる。
「へぇー、いるんだ?」
「い、いえ、私にはいません!?」
否定しようが水波の顔は嘘が付けないようだ。達也と深雪は同時に光宣の事を頭に浮かべる。あの時を思い出しても、水波は完全に一目惚れであったと振り返った。イザヤは、慌てふためく水波を見てクスリと笑った。
「そうか、いるんだ……ねぇ、一つ聞いていい?」
「な、何でしょうか?」
「人を好きになるってどんな感じ?」
「へ?」
イザヤの質問に、思わず抜けた声を出す水波。
「僕にはわからないんだ。人を好きになるのがどういう事なのか。誰かを愛するってどういう事なのか」
「……イザヤ、お前」
達也には分かるのだ。人を愛するとはどういうものなのかを。誰かを愛する心地よさを。しかし、達也の目の前の男には、それが分からないのである。
「長い間、自分に問い続けて来たんだ。愛とは何なのか。だが僕には、自分以外は全て道具で自分を楽しませてくれるオモチャ、そうとしか見れないんだ」
「イザヤ君……」
水波は思う。折紙イザヤという男の正体はとても繊細で、愛を知らずに育ってしまった、哀れで悲しいモンスターではないかと。
「僕はずっと夢見ていることがあるんだ」
誰かに話しているか分からないその言葉に、三人は耳を傾ける。本当は自分自身に言っているのかもしれない。
「それは何だ?」
達也はが問う。
「自分が敗北する事です」
「敗北?」
「僕はずっと退屈だった。どんな敵が来ても、ほんの少し力を出せば簡単に壊れる。僕はずっと探しているんですよ。僕に敗北を与えてくれる人間を。手を足も出ず、地面に這い蹲らされて、許してくれと懇願しても許されず、汚泥を啜る。そんな敗北をいつか味わってみたいものです」
イザヤがその気になれば、欲しいものは手に入る。だが、頂に立ったものが手にするのは、幸福ではなく退屈である。
「お先にお借りしました」
泉美が脱衣所から出て来て、リビングに歩いてくる。イザヤ達は気付かぬ内に結構長い時間を話していた。
「泉美ちゃんの寝巻き、何だか新鮮だね」
「……変態っぽいですよ、イザヤ君」
泉美はイザヤに寝巻きを見られ、恥ずかしながらも隠すように体を抱く。
「ごめんごめん。達也先輩、次入っていいですか?」
「……ああ」
「じゃあ、お先に」
イザヤは立ち上がって泉美と入れ替わりで脱衣所に入って行く。その後ろ姿を達也は見つめていた。先程までの会話は、折紙イザヤの心の内が垣間見えた瞬間であった。達也はイザヤに少しばかり同情の心を持った。
(イザヤ、お前にもいつか、愛を知ることができればいいな)