第三十四話 イザヤ「新章突入!」詩奈「待っていたぜ!この時をよぉ!」
そのニュースが届いたのは、イザヤが朝食の準備をしている時だった。テレビに映し出された映像を見て、イザヤはすぐにテレビのリモコンの音量を上げる。
『南アフリカ大陸の旧ボリビア、サンタクルス地区で三ヶ月にたわり続いていたブラジル軍と独立派武装ゲリラの戦闘において、ブラジル軍が『シンクロライナー・フュージョン』を使用しました』
アナウンサーの険しい表情が、画面の向こうから伝わってくる。
『爆発の規模は推定数キロトンに及び、爆心地はゲリラが拠点としていたゴーストタウンの中央。犠牲者は武装ゲリラの構成員のみと報告があげられました。死者はおよそ千人にも及ぶとされています』
死者は千人。しかし、その中に本当の戦闘員はどれだけなのか。ゲリラは戦闘員とどうでない者との区別が曖昧である。故に、今回の戦略級魔法は、痺れを切らしたブラジル軍が敵か市民か関係なく、使用したのだろう。
「戦争は金になるって誰が言い始めたんだろう?」
リビングに広がる独り言は、虚しく消えていった。
三矢詩奈は、来た時とは軽い足取りで第一高校の門を出た。今日は入学式の前日であり、新入生総代として選ばれた自分と生徒会との打ち合わせであった。生徒会の面々との挨拶や手作りお菓子を渡す事で交流を深めていた。
(案外上手くやっていけるかも)
詩奈はすこし楽観的になっていた。詩奈は深雪と達也に会うまでは緊張と不安に満たされていた。それもそのはず。なんせ彼らは四葉家の人間であるからだ。四葉の恐ろしさは小さい時から伝え聞いている。今や世間では、四葉と七草が日本魔法界の双璧とされている。だがら、詩奈は深雪の事を、どんな恐ろしい魔女なのか内心怖がっていたが、蓋を開けてみれば美しさはもちろんのこと、気品や威厳も兼ね備えていて、まさしく氷の女王であった。詩奈が先入観として懐いていた恐ろしさは感じられなかった。しかし、問題はその兄の方である。達也の方は、正体不明な不気味さを覚えた。それも、自分を害するものではないと詩奈は感じとれた。そう分かったことでも、詩奈の心は軽くなった。
「詩奈」
校門を出る時に自分の名前を呼ばれて、思わず跳び上がりそうになった。
「侍郎くん!」
矢車侍郎は、詩奈とは生まれた時からの付き合いという、いわゆる幼馴染みである。
「こんな時間まで待っていたの?」
「護衛の俺が、お前を置いて帰るわけないだろ」
「護衛とか、もう良いのに……」
矢車家は古式魔法師の家系で、三十年も前から三矢家と雇用関係にある。それ故、侍郎は詩奈の護衛となるはずだった。しかし、そうはならなかった。侍郎の魔法力が思うように伸びなかったのだ。現代魔法師や古式魔法師としても、素質が乏しかった。それでも侍郎は一高に受験した。それは、詩奈の為であるということは、侍郎の家族や三矢家の人々には明らかだった。
「それで、どうだった?」
「どうって?」
質問が抽象的すぎて、詩奈には何を訊ねられているのか分からなかった。侍郎は、言葉にしなくても理解してもらえると思っていたのか、侍郎は頭をかいて話し始めた。
「ええっと……四葉家の人間に会ってどうだった?詩奈、今朝は不安な顔をしてただろう」
「それなら大丈夫。二人とも仲良くなれそうだったよ」
「そうか…それは良かった」
侍郎は詩奈の言葉を聞いて、安堵した表情を見せた。
「心配してくれてありがとう」
「お、俺が詩奈を心配するのは当たり前だよ。俺はお前の護衛なんだから」
照れくさそうに目を隠しながら、侍郎はぶっきらぼうな口調でそう答えた。
「後、詩奈が言っていた折紙イザヤという先輩のことは聞けたのか?」
「そ、その事なんだけど……」
時間は少し前に遡る。
詩奈は手作りお菓子を食べて、生徒会の皆と談笑していた時、ある事を聞いたのだ。
「すいません、皆さん少し宜しいですか?」
「何かしら?詩奈ちゃん」
わざわざ手を挙げて発言する詩奈に、クスリと笑って深雪は訪ねる。
「あの……折紙イザヤさんという生徒をご存知でしょうか?」
「「「「え?」」」」「何?」
詩奈からイザヤの名前が出てきて、深雪達はすぐに声を上げたのだ。
「え、あの、皆さん?」
深雪達の思いもよらない反応に、詩奈はオドオドしていた。
「…詩奈ちゃん、イザヤ君とお知り合いだったのですか?」
詩奈の横に座っていた泉美が訪ねる。
「は、はい。以前、イザヤさんに助けていただいたんです」
「…そうだったんですか」
あのイザヤが人助け。達也は少し考えられなかったが、ただの気まぐれだったのか、それはイザヤしか分からない。
「まあ、知ってるも何も、元生徒会の一員だったし」
ほのかが深雪を見たそう言う。
「元?」
詩奈は首を傾げる。元とはどう言う事だろうと疑問に思っていた。
「……そうね、ついこの前に私がクビにしたのよね」
そんな事もあったなという感じで、深雪が頬に手を当てて答えた。
「え!?ク、クビですか!?」
生徒会をクビになるなんて聞いた事が無かった。詩奈はビックリした。
「な、なんでクビになったんですか!?」
当然聞いてくるだろうその言葉に深雪はありのままに答えた。
「そうね、イザヤ君が私達の友達をイジメて悲しませる事をしたから、としか言えないわね」
ほのかはウンウンと頷いていた。
「イ、イジメ?悲しませる?イザヤさんがですか?」
詩奈は信じられないという顔をした。自分の中の折紙イザヤという人は、そのような人ではないはずだ。その顔を見た泉美が、詩奈に忠告するのだ。
「詩奈ちゃん、イザヤ君には気をつけて下さいね」
「気をつけるって………」
「詩奈ちゃん、貴方はまだ、イザヤ君の闇の部分を見ていないんです。イザヤ君が詩奈ちゃんに何を言ったのか分かりませんが、彼はクズです。しかも、どうしようもないクズです」
「えぇ……」
まさか自分を助けてくれた人間を、こうも罵倒されては詩奈も言葉が出なかった。自分の中の折紙イザヤが、だんだんと崩れ去っている感じがする。
「詩奈、そもそもなんでイザヤに助けてもらう事になったんだ?」
達也が詩奈に訊ねる。
「そ、それは……」
詩奈はイザヤと出会った時のことを話し始める。ナンパされているところを助けてもらい、二人で喫茶店で談笑して、反魔法師団体に目をつけられて襲われそうになったところを、イザヤの魔法で空を歩いて逃げる。それはまるで、夢の一日だったと語る。
「イザヤさんと手を繋いで、一緒に空を歩いたんです!あんな事初めての体験で、私とても感動してしまって………」
ペラペラと早口で話す笑顔の詩奈に、思わず額に手を当ててなんとも言えない表情を作る一同。
「あ、あの、みなさん?」
「………イザヤ君、貴方は本当に罪な人です」
この場にいないイザヤに対して、泉美は深くため息をつく。
「詩奈ちゃん」
「は、はい」
泉美の真剣な表情に、詩奈は緊張してしまう。
「一つ言っておきます。もしイザヤ君のことが好きなら、覚悟を持ってください」
「か、覚悟ですか?」
イザヤの事を好きバレしている事は置いておいて、覚悟という仰々しい言葉が出てきて思わず困惑する詩奈。
「詩奈ちゃんは、イザヤ君の本性を知ってもなお、今の気持ちを保てるかどうか分かりませんが、本当に彼を好きなのなら、それを貫き通してくださいね」
今の言葉は学校の先輩からではなく、恋愛の先輩からの言葉であった。
生徒会での会話を一通り話し終えた詩奈は、侍郎の言葉を待つ。
「先輩達の話を聞く限り、折紙イザヤという男は、ろくでもない人間なのだろう。詩奈、もうその男とは近づくな」
「侍郎くん……」
「危険だ。闇の部分というのが何なのか分からないが、お前に危害が及ぶようなら、その男との関係を断つべきだ」
「そ、そんな……」
「詩奈、これはお前のためを言っているんだ」
詩奈はいつか、侍郎に自分を助けてくれたイザヤを会わせたかった。しかし、先輩達の話を聞いて、自分が会ったイザヤが、本当に先輩達の言っているイザヤと同じなのか疑わしくなっていた。
「イザヤさん、早くあなたに会いたいです。そして教えてください。あなたの事を……」
詩奈は、まだ日が落ちていない空の下で、誰の耳にも届かない小さな声で呟いたのだった。