魔法科高校の後輩   作:パクチーダンス

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第四十二話 つかさ「詩奈ちゃんを連れ去りました」イザヤ「は?」泉美・雫「「オワタ」」

 それは泉美とのデートから2日後の事であった。イザヤは学校が終わってすぐに下校した。泉美と詩奈は生徒会、雫は風紀委員のお仕事で忙しい為、平日のイザヤは常にフリーである。

(あの時の侍郎君、大喜びしてたな)

結果から言おう。侍郎は予想以上の成長を遂げた。それはもう、両親が驚いて椅子からひっくり返るほどに。侍郎の魔法力は以前とは比べ物にならないくらい飛躍的に上昇したのだ。侍郎は歓喜のあまり、その場で泣き出したので、イザヤは困惑しながらも侍郎の肩を優しく叩いた。

(しかも凄く懐かれてしまったし)

イザヤの呼び方が「あんた」から「師匠」にまで変化した事に、イザヤは笑ってしまった。侍郎が自分にしっぽを振ってくる大型犬に見えたことは内緒である。今度は実戦を教えて欲しいと言われてしまった。後は自分でなんとかしろと思い、イザヤはそれを断ろうとしたが、自分を慕う侍郎のうるっとした瞳に、仕方無く教える事になった。たが今日は、埼玉県の名物、十万石まんじゅうが食べたいと思ったので、侍郎との修行は次の日となった。侍郎は不服そうな顔をしていたけど。

(しっかし、僕に弟子ができるなんてね………)

ただの自分の気まぐれが、思わぬ結果を生み出した事にイザヤは笑みをこぼした。予定調和はつまらない。やはり予想外の出来事が起きてこそ、人生は面白い。そう思っていると、イザヤのポケットの中でスマホが鳴り響く。

(泉美ちゃんからだ)

それは泉美からの電話であった。イザヤは応答して、泉美からの電話をとる。

「もしもし、泉美ちゃん」

「大変ですイザヤ君、詩奈ちゃんが軍人に連れ去られました」

「……………………はぁ?」

その時のイザヤの顔からは笑顔が消え、辺りに重苦しい空気を漂わせた。

 

 

 

 遡ると少し前。生徒会室には、達也と深雪の姿はなかった。二人は二日前から生徒会を休むことを他の役員に告げていた。それは、七草真由美から会って話したいという申し出を受けていたからだ。だが、休む理由を伝えてはいない。もしかしたら秘密の会話かもしれないので、ただ所用があると伝えただけであった。今日はまだほのかは来ていない。今生徒会室にいるのは、泉美、詩奈、香澄(暇できた)の三人である。三人は昔からの付き合いであるため、生徒会室の空気は完全に弛んでいた。泉美と詩奈の仕事をする姿をしながら、香澄はお茶を飲んでいた。

「ねえ、泉美」

「なんですか香澄ちゃん?」

泉美は気のない返事を返す。

「イザヤ君とのデートはどうだった?」

「えっ!?」

緩み切った生徒会室で香澄が放ったその言葉は、詩奈の身体を容易に飛び上がらせる事に成功した。

「い、泉美さん、イザヤさんとデートしたんですか?」

「……香澄ちゃん、今ここでいう事ですか?」

驚き泉美に迫る詩奈。半ば呆れた声を出す泉美に香澄の顔をニヤニヤとさせた。

「だって気になるじゃん、詩奈もそうでしょ?」

香澄は仲間を作ろうと詩奈に声をかける。

「は、はい!気になります!」

詩奈ら頭をブンブンと縦に上下しながら、そう言った。

「そうですね、まずは………………」

別段秘密にする事なく、泉美もイザヤとのデートを振り返りなから話し始めた。最初はショッピングモールで自分の服を買ってもらい、その次は3階の喫茶店で雑談、そして…………。

「そして?」

「夕食を取りました。しかも、×××タワーの最上階のレストランで」

「え!?すごい有名なところじゃん!」

香澄がそう声を上げるのも無理もない。なんせそのレストランは予約を取るのも難しい最高級レストランであるからだ。泉美でさえも、そのレストランに着いた時、驚きのあまり口がしばらく開きっぱなしであった。それを見てイザヤに爆笑されていた。

「………羨ましいです、泉美さん」

ここにもイザヤを想う女の子が1人。自分よりも何歩も先を行く泉美に、詩奈は羨望の眼差しを向ける。

「それでそれで?」

「それでって他にはありませんよ」

香澄が何を期待しているのか予想がついた泉美は、止めていた手を動かして作業に戻る。

「そ、それはもう、き、キスとか?」

変なところでウブな香澄は、自分が言った言葉で顔が赤くなる。

「そんなのありませんよ。最後はイザヤ君に送ってもらっただけです」

泉美はなんでもない様に言ってはいるが、家に着くまでイザヤの腕に抱きついて、寝たフリをしていた事は泉美だけの秘密である。そしてそれがイザヤにバレていた事も、秘密である。

「詩奈もイザヤ君に言えば良いんだよ。デートしたいって」

「そ、そんな直球に言えません」

顔を赤らめて恥ずかしがる詩奈に、香澄は「まだまだだな」と肩をすくめるのだった。

「泉美ちゃん、詩奈ちゃん、お疲れ様」

「香澄…‥何してるの?」

緩み切った生徒会室に入ってきたのは、先輩の光井ほのかと北山雫であった。

「北山先輩!こ、これはサボっているわけでは……」

香澄は焦って雫に言い訳をしようとするが、

「大丈夫、私もサボりに来たから」

雫も同じ魂胆であった。生徒会役員一名、サボり一名を加えて、楽しく女子会が開かれた。途中、イザヤと泉美がデートに行った事に、雫は泉美を問い詰めていたことは割愛である。

「詩奈様・応接室に・お客様が・お見えです」

「お客様が?」

不意にピクシーが詩奈に歩み寄り、そう告げた。詩奈は慌てて自分の端末からメールを確認した。そこには、確かに来客を告げるメールが届いていた。

「ピクシーありがとう。光井先輩、泉美さん、すみませんが少し席を外します」

「ええ、いいわよ」

ほのかがそう答える。泉美もそれに異を唱えなかった。

「それでは行ってまいります」

詩奈はペコリと一礼して、生徒会室を退室した。自分の鞄を置きっぱなしにして………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 およそ30分は過ぎただろうか、いまだに詩奈が戻ってくる気配がない。

「詩奈ちゃん、遅いですね」

「そうだね、単なる面会にしては、時間がかかり過ぎている」

泉美と雫は時間を気にしながら、詩奈が帰ってこない事に少し気懸りであった。

「ピクシー、詩奈はまだ面会中なの?」

「いいえ。詩奈様は・既に・下校・されています」

ピクシーの答えに、「え?」となったのはピクシーに質問した雫だけではなかった。

「いつ?」

「十六分五十秒・前です」

ピクシーの返答にいち早く疑問に思ったのは雫である。

「おかしい……」

「雫、何がおかしいの?」

そう聞いてくるほのかに、雫は自分がおかしいと思った理由を指差す。

「鞄が置いてある」

「確かに、下校したのに鞄を置いていくのは変ね」

ほのかが顎に手を当てて考える。何やらきな臭くなってきた。本当に詩奈は下校したのか。

「先輩、私、ちょっと侍郎のところに行ってきます」

香澄は立ち上がり、演習場へと向かった。今日はイザヤが居ないので、一人演習場を貸し切って修行しているのだ。もちろん、泉美の名義で借りている。

 

 

 

 侍郎は座禅を組んで、自分の身体の外へ放出されるサイオンを抑える修行をしていた。今日はイザヤが自分に構ってくれないので、できることと言えばこれしか無い。部屋でもできる修行ではあるが、誰かがノックして入ってくる恐れがあり、集中力が途切れてしまう。しかし、演習場を貸し切って、鍵をかけていれば、誰かが入ってくる事もないし、存分に集中出来るのだ。

(あれから俺は変わった。いや、あの人が変えてくれた。不出来な自分から卒業させてくれた。俺はあの人に何が返せるだろう………)

自問自答している侍郎の意識の外から、演習場の外に設置されているインターホンがなっている事に気がついたのは、香澄がそれを押してから3回目の時であった。

「はい、どなたですか?」

侍郎は中に取り付けられている通話ボタンを押して応答する。

「早く出なさいよ侍郎、なんで詩奈はいなくなったの!?」

「詩奈が………いなくなった?」

「侍郎、聞いてないの?」

香澄の顔色が曇る。何かまずい事態になっているじゃないかと薄々感じていたが、それが現実味を帯びてきたようだ。

「少し待ってくれ」

侍郎は鞄から携帯を取り出して、急いで父親に連絡した。しかし、父親から帰ってきた言葉は「わからない」だ。侍郎は父親から待機を命令されて電話を切った。侍郎は演習場の扉を開けて、香澄と顔を合わせる。

「どうだった?」

「いや、父さんも分からないようだ」

「とりあえず生徒会室に来て、詩奈の鞄が置いてあるの」

そうして二人は、走って生徒会室に戻るのだった。

 

 

 

「ピクシー、非常事態なのよ。誰が詩奈ちゃんに会いに来たか教えてくれない?」

「マスターの承認が無ければ、お答え出来ません」

ほのかの懇願もピクシーには届かない。達也の命令が絶対である。

「ピクシー、貴方のマスターは重要な用事で生徒会を欠席している」

「その通りです」

今度は雫がピクシーに問いかける。

「今、達也さんに連絡すると、その用事を邪魔してしまう」

「妥当な判断です。マスターの邪魔は許されません」

「なら話して、私は達也さんの邪魔になっても、詩奈に何が起こったのか知りたいと思っている」

ピクシーは黙り込む。全てはマスターである達也を優先する。達也の邪魔をするのならば、話した方がいいとピクシーは自分で判断した。

「面会に来た方はこちらです」

そうしてピクシーは立ち上がり、壁に映像を映し出した。そこに映っていたのは、詩奈と大人の男女一組。

「軍人?」

泉美は大人の男女の服装見ると、それは軍人が着る迷彩服であった。

「この人達が詩奈ちゃんを連れ去った?」

「だけど、嫌々連れ去られたわけじゃなさそうだよ。拘束もされていないし」

映像に映し出されているのは、詩奈自ら廊下へ出ていく姿であった。

「何か引っかかりますね」

泉美は顎に手を当てて思考する。三矢家は軍との密接な関わりがある。それは、他家からも周知の事実である。なら彼らと詩奈は知り合いなのか。

「泉美、侍郎連れて来たよ」

生徒会室にノックもせずに入ってきたのは、自分の片割れの香澄と侍郎であった。

「侍郎君、この方達をご存知ですか?」

泉美は映像に映し出された軍人たちを指差して訊ねた。

「……いや、知らないな。コイツらが、詩奈を連れ去ったんですか?」

「どうやらそのようです」

軍人が詩奈と一緒に部屋から出ていく姿を見た侍郎は拳を強く握りしめる。

「……詩奈ちゃんが本当に家に帰ったのではないのかどうか、確認するのが先だと思う」

「そうだね」

ほのかの意見に雫が賛成する。

「今、父さんが三矢家に連絡をしていると思いますが………」

「じゃあ、何もしないで連絡が来るまでここで待機なの?」

香澄の言葉に一同が黙り込む。自分たちに出来ることは無いのか。

「雫。達也さん達に連絡しなくていいのかな?詩奈ちゃんが途中でいなくなっちゃったんだし……」

「そうだね、深雪にメールする」

雫は自分の端末から、深雪にメールを送信した。

「私、イザヤ君にもこの事を知らせるべきだと思います」

イザヤならすぐに詩奈の居場所を掴むことが出来ると考えた泉美の発言に、雫は頷く。そして、泉美はイザヤに電話をして詩奈が連れ去られた事を伝えた。

 

 

 

 イザヤは、詩奈が連れ去られた事を泉美から伝えられた時、全身から身の毛がよだつほどの負のオーラを発していた。周りの空気は重たくなり、それにいち早く気付いたのは、飼い主にリードを付けられて散歩していた犬であった。犬はイザヤに吠えていた。しかし、イザヤが犬を一睨みすると萎縮して声を上げなくなった。

「泉美ちゃん、その軍人さんを写真で送信して」

「分かりました」

そうして泉美は端末を操作して、詩奈を連れて行った男女一組の軍人の顔写真を送信した。

「ありがとう泉美ちゃん」

「イザヤ君、まだ詩奈ちゃんが攫われたと確定したわけでは……」

泉美はそう言った時、イザヤは自分の端末に写る軍人の顔を見ていた。

「殺しちゃおうかな………」

イザヤがボソッと呟いたその言葉は、泉美の耳には届いていなかった。

「えっ?今なんて言いましたか?」

「じゃあ切るね」

イザヤは泉美との通信を切った。

「……………」

携帯をしまったイザヤは顔を上げて空を見た。そして、片目に手を覆い当てて、こう呟いたのだ。

「追跡開始」

 

 

 

 車で移動していた詩奈は、ふと後ろを振り返った。

「どうしましたか?」

十山つかさが詩奈の行動に疑問をもった。

「いえ、なんでもありません」

詩奈は前を向いて座り直した。つかさは、既に居場所を達也に特定されたのではないかと思い、達也と戦闘中である仲間にこっそり連絡をとった。だが、達也は戦闘中であるとの報告が来たのだ。つかさは杞憂だと思い、車の外の景色を眺めていた。

(今、誰かに見られた気がしたのですが、私の気のせいかな………)

詩奈は先程感じた視線なのかも分からないものに首を傾げた。

(少しお腹空いたなー)

能天気な詩奈はつゆ知らず、イザヤは少しずつ詩奈を目指して歩み始めた。

 

 

 

 その頃、達也たちは十山つかさが放った刺客の襲撃に一段落ついた時、深雪の端末から雫からのメールが届いた。深雪はそのメールの内容を確認すると、すぐに達也に伝えた。

「達也様、どうやら詩奈ちゃんが軍人に連れ去られたようです」

「軍に?」

何故、詩奈が軍に連れ去られた事になったのか分からないが、自分たちに送られてきた刺客と詩奈の件について、何らかの繋がりがあるのではないかと考える。

「達也様、どうしましょう?」

これから七草真由美、十文字克人、渡辺摩理との会食という名の話し合いが行われる場所に行かなくてはならなかった。四葉と他家との親交を深めるために、達也を説得するつもりらしい。だが、後輩が攫われたとなれば話は別ではないか。

「送られてきた内容と映像から見るに、現時点で誘拐と断定することも出来ない。それに三矢家は軍との関わりが深いことで知られている。詩奈の居場所が分かったとしても、勝手に乗り込めば、不法侵入で捕まる可能性もある」

達也の言うことは理解できる。しかし、深雪はこのまま何もしなくてもいいのかと懸念したのだが、達也は全く問題視している素振りは無かった。

「それに、詩奈が連れ去られたとなれば、いよいよアイツが出でくるだろう」

自分達に放たれた刺客、詩奈の連れ去り、今回の二つの騒動の裏には、同じ人物が糸を引いているのではないかと、達也は考えた。そして、その目的は、達也自身だということも。しかし、そんな思惑に嵌ってはやるつもりは無い。

「俺が出る幕もないだろう。俺たちは詩奈が無事に戻った報告を待てばいい」

達也の言葉に深雪はすぐに理解を示した。

「そうですね」

深雪の懸念は晴れた。そして達也達は、真由美たちが待つ料亭を目指して歩き出した。ただ一つだけ、達也にはある思惑があったのだ。

(これを機に、折紙イザヤの脅威を軍に知らせる事もできる)

今回の計画を発案した人間は、知らぬうちに虎の尾を踏んでいる事にまだ気づいていないだろう。しかし、可哀想とは思わない。そんなことをする奴が悪いのだ。たとえ殺されようとも、それは自業自得なのである。

 

 

 

 詩奈が乗った車は山奥へと進み、目的地へと到着した。

「わぁ……!」

詩奈が目にしたものは、古い洋館であった。今時このような立派な建物が残っていたとは驚きである。

「さあ、入ってください」

つかさに連れられて、洋館の中に入っていく。古びた外観とは裏腹に、中はとても綺麗で古くて傷んだ場所は見当たらなかった。詩奈は2階に上がった突き当たりの部屋に誘導された。貴族の様な趣向を凝らしたデザインのベッド、そして鏡台、テーブル、好奇心旺盛な詩奈の目を引くものばかりである。

「ここでしばらく待っていてね」

「家に連絡してはダメですよね……?」

「ごめんなさい、これもお手伝いの内だと思って」

「分かりました」

つかさは部屋から退室した。詩奈は1人部屋の真ん中で佇む。周りをぐると一周して見たのち、いかにもフワフワで気持ちよさそうなベッドにダイブした。

「思った通り、いい感触」

手でなぞって感触を味わう。何とも呑気な事だ。詩奈は自分が誘拐されたなどと思ってもいない。仰向けになり、天井のシャングリラをボーッと見つめる。

(侍郎君たち、今頃何してるんだろう……)

 

 

 

 雫は深雪からではなく達也から来た返信メールをしばらく見てから、皆にメールの内容を見せた。

「本当に事件ならば三矢家が警察に届け出るだろうから、後は警察に任せた方がいい?」

ほのかは達也から送られてきた短い文を読み上げた。

「忙しいって何よそれ?そんなの当たり前じゃん!」

香澄が達也のメールに憤慨する。

「……しかし、それが一番賢い選択かもしれません。学校の外では私達にできる事は限られていますから」

イザヤとの電話を終えた泉美が、香澄を宥める。

「警察に任せておいて、手遅れになったらどうするのさ!?」

「では、香澄ちゃんは何ができると言うのですか?」

感情的になっている香澄を、泉美は冷静に対応する。いや、片割れが冷静でいられてないから、もう片方が冷静でいるのかもしれない。

「お父様に頼めばいいじゃん!」

「お父様はお出かけ中です」

「イザヤ君はどうしたのさ!?」

「………イザヤ君に伝えたところ、向こうから一方的に切られてしまいました」

「何なんだよアイツ!詩奈が大変かもしれない時に!どこで何してるのさ!」

この場に居ないイザヤにも怒りの矛先を向ける。

「詩奈ちゃんを探していると思うのですが……」

電話中、泉美はイザヤの声のトーンが少し低かったような気がしていた。それは、いつも冷静沈着なイザヤとは少し離れていた感じがしたのだ。それが、泉美をより一層不安にさせた。

「お姉ちゃんは!?」

「お姉様は司波先輩との約束でお出かけ中です」

「ちょうどいい、文句言ってやる!」

香澄は生徒会室の扉を勢いよく開けて、飛び出していった。

「あっ!待ってください香澄ちゃん!お姉様が何処にいるのか知ってるのですか!?」

泉美も香澄を追いかけて出て行った。残った雫、ほのか、侍郎の三人は、二人が出て行った扉を見つめていた。

「どうしようか?」

ほのかは雫と侍郎を交互に見つめてそう言った。

「俺は、家に待機を命じられています。ですが……」

侍郎もすぐに駆け出して詩奈を探しに行きたいのだろう。しかし、今の自分には何も出来ない事を理解している。先程飛び出して行った香澄よりも大人であった。

「大丈夫、イザヤを信じよう」

雫はイザヤを信じている。今頃、詩奈を全力で探しているに違いない。イザヤにとって、詩奈がどれほどの存在かは分からないが、イザヤはきっと、詩奈を見つけてくれる。

「……………はい」

侍郎は握りしめていた拳をゆっくりと開いた。手には爪が食い込んで赤くなっている。よく耐えたと褒めてあげたい。

(イザヤ、頼んだよ)

雫は心の中でそう呟いた。

 

 

 

 達也達が料亭に着いたのは、約束の時間の約5分前だった。だが、三人共揃って待っていた。

「すみません、待たせてしまいました」

「大丈夫だ、問題ない」

達也は待たせた事に謝罪するが、克人は気にするなと言う意味で返す。達也は克人と対面に座る。達也が座った後、深雪が隣に座り、水波は二人の一歩後ろに控えた。

「揃った様だな、七草」

「そうね、集まった様だし早速………」

「失礼します」

真由美がそう口を開いたところで、出鼻を挫く様に障子の向こう側から声がした。

「お連れ様とおっしゃる方がお見えになっているのですが……」

「え?」

真由美は戸惑いの声を上げた。真由美だけでなく、克人や摩理も声を上げなかったが、戸惑いの顔を見せた。

「七草香澄様、七草泉美様です」

「え!?」

何故妹達がここに来ているのか、真由美は驚いた顔をして立ち上がり、皆に断りを入れてから、部屋を退室した。深雪は真由美が部屋から退室したのち、達也に声を掛けた。

「あの件でしょうか?」

「おそらくな……」

二人の会話に摩理が入り込む。

「達也くん、あの件とは何だ?」

「はい、本日、三矢家の末の三矢詩奈が一高から連れ去られた可能性がありまして、その件でしょう」

「連れ去られた?」

摩理の目が大きく見開いた。そんな大事なことを淡々と言う達也に、克人は顔を顰める。

「司波」

「何でしょうか?」

「この話し合いは延期しよう。お前達は、攫われたかもしれない三矢家の末っ子を優先しろ」

「延期、ですか?」

「そうだ、何かあるか?」

「延期をしても無駄かと思われますが……」

「…‥どういう意味だ?」

達也は克人の疑問に答える前に、部屋の外から走ってくる音が聞こえて来た。その音の主は、乱暴に部屋に入室して来た。

「司波先輩、こんな所で何やってるさ!」

「香澄か………」

「何で詩奈を探そうとしないの!?詩奈を見捨てる気なの!?」

物凄い剣幕で達也を睨み付ける香澄に達也は冷静を持って対応した。

「落ち着け香澄、今回、俺は動くつもりはない」

「はぁ!?何言ってるのさ!?見損なったよ!」

火に油を注いだ達也は、さらに香澄を怒らせる事になった。

「香澄ちゃん、待ちなさい!」

「すいません司波先輩、深雪先輩、申し訳ございません」

香澄を叱る真由美と顔を青ざめて頭を下げる泉美。達也は、真由美に止められている香澄を一瞥したのち、泉美に話しかける。

「泉美、詩奈の件はイザヤに伝えたか?」

「え?は、はい、司波先輩に伝えると同時に連絡しました」

「そうか、ならいい……」

今頃、イザヤなら詩奈の居場所を特定しているだろう。

「泉美、イザヤに電話をしてくれないか?」

「今ですか?」

「そうだ。後スピーカーにしてくれ」

「…‥分かりました」

泉美は達也が何か企んでいる事を感じ取ったが、一刻を争うかもしれないので、イザヤに電話を繋げた。

「はい、もしもし」

イザヤは3コール目で出た。

「イザヤ君、今何処ですか?」

「何処って、詩奈ちゃんが捕まってる場所にいるよ」

「!?」

やはり既に居場所を特定していた。達也の読みは当たっていた。

「イザヤ、今から乗り込みに行くのか?」

「その声、達也先輩ですか?何で泉美ちゃんと先輩が一緒に居るんですか?」

そう思うのも無理もないだろう。だが説明するにしても、時間が掛かるので省略させてもらう。

「それは後で話す。イザヤ、さっきも行ったが、今から詩奈を救出するのか?」

「ええ、そのつもりですよ。皆殺しコースです」

「「「「「!?」」」」」

驚いた表情を表したのは、達也、深雪、水波を除いた五人であった。ここままだと血の惨劇が起こってしまう。泉美は慌ててイザヤを止める。

「待ってくださいイザヤ君!殺してはいけません!詩奈ちゃんが本当に誘拐されたとはまだ断定できていないんですよ。もし殺してしまったら……」

「関係ないね」

泉美の言葉をイザヤはバッサリと切り捨てた。

「何故です!?」

「泉美ちゃん、君、お人形で遊んだ事ある?」

「は?」

「自分の気に入ったお人形を、香澄ちゃんに勝手に使われ遊ばれた時、イラッとしなかった?それと同じだよ」

「……………」

要するにイザヤはこう言いたいのだ。自分のオモチャを勝手に使うなと。

「僕は自分のオモチャで勝手に遊ばれるのは好きじゃないんだ。どんな奴だろうと、罰を与えなくては」

このままイザヤが軍人達を殺してしまうと、国防軍が黙っていないだろう。イザヤに対して何らかのアクションを起こす筈だ。第一高校に圧力を加えて、イザヤを退学させる事も十分あり得る。それだけは避けたい。泉美はまだイザヤと一緒にいたい。ならば……。

「イザヤ君、今ここで一日何でもいう事を聞く権利を貴方に行使します」

「……………」

「今から24時間、人を殺す事を禁じます」

「………………まったく、君は面白いね」

面白い。それは、イザヤにとっての最大級の賛辞である事を泉美は理解していた。

「達也先輩」

「何だ?」

泉美との話が終わり、今度は達也に話しかける。

「今回は貴方の思惑にハマってあげますよ」

「何の事だか分からないな………」

やはりこちらの意図に気が付いていたようだ。イザヤと軍をぶつける事で、軍が警戒するべき相手を達也ではなくイザヤに移行させる作戦。

「達也先輩、僕を嵌めるだなんて調子に乗ってると、深雪先輩殺しちゃいますよ」

「っ…………」

イザヤの通話はそれで切れた。達也の表情が固くなる。横にいる深雪も、顔が強張っている。

「司波先輩」

「何だ、泉美」

「司波先輩はイザヤ君をどうなさるおつもりなのですか?」

泉美は冷静ながらも、達也に対して怒りの目を向ける。

「アイツの危険性を軍に知らせる必要があった。今後のためにも」

「そうやってイザヤ君の周りに敵を作らせて、逆に彼の怒りを買う事になるやもしれません」

泉美の言う事はもっともである。しかし、これほどまでにイザヤを危険視するのは、達也ではイザヤに勝つことが出来ないのと、深雪に害を及ぼす可能性があるに他ならない。

「司波先輩のやり方は間違っています」

「なら、泉美には他の方法があるのか?」

「私は私のやり方でイザヤ君を止めるまでです」

泉美はそう言い残して部屋から退室した。香澄も泉美の後を追う形で部屋から出ていった。泉美の遠のく背中をしばらく見つめていると、

「司波」

克人が達也を呼ぶ。

「何でしょうか、十文字さん」

「一つ忠告しよう。お前が今、折紙イザヤにしている行動は、巡り巡って自分の身に帰ってくるぞ。お前だけでなく四葉にもな」

「それは脅しですか?」

「いや、お前も要らぬ敵を作り過ぎている。かえって婚約者の身に危険が及ぶ事になる。そうなる前に、どうすべきなのかを考える必要がある」

「……………」

話し合いは延期となり、達也たちは帰路につく。しかし、達也は克人の言葉がやけに頭にこびりついて離れなかった。

「…………」

深雪は後ろから、達也が歩きながら難しい顔をしている様子を気にしていた。

(お兄様。やはり、お兄様とイザヤ君は似ていらっしゃいます…………)

 

 

 

 

 

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