朝早くから報道されたニュースは、ロサンゼルスで発表された、国際プロジェクトだった。達也は朝録画していたそのニュースを再生した。発表者の名はエドワード・クラーク、USNA国家科学局、通称NSAに所属している技術者だった。
『プロジェクト名はディオーネ計画、それは魔法技術を用いて金星をテラフォーミングするという宇宙移民計画です』
エドワード・クラークはディオーネ計画推進のために必要な人材として九人の名を上げた。そこに含まれていたのは科学者だけではなかった。
マクシリミアン・デバイスの社長
ポール・マクシリミアン
ローゼン・マギクラフト社長
フリードリヒ・ローゼン
国家公認戦略級魔法師、十三使徒の一角
ウィリアム・マクロード
国家公認戦略級魔法師、十三使徒の一角
イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ
世界の二大魔法工学メーカのトップに協力を求めたのは妥当だが、十三使徒の二人に協力を得られる可能性は低い。だが、エドワード・クラークはこれだけでは終わらなかった。
『もう一人、このプロジェクトにぜひ参加してほしい人物がいます。それは、トーラス・シルバーの名で活躍している日本の高校生です』
居間でこのニュースを聞いていた達也は、深いため息と共にテレビに映るエドワード・クラークに苦言を放った。
「迷惑な話だ………」
最近、日常が崩れていく音を感じていた。隣では深雪が心配そうな目を達也に向けている。その顔は何て言ったらいいのか分からない顔だ。
「すまないな深雪、心配をかけた……」
深雪の視線に気づいた達也は笑って声をかけたが、すぐに顔が強張ってしまった。
「深雪………?」
深雪が涙を流していた。深雪はすぐに水波から渡された清潔なハンカチで涙を拭う。達也はその姿を黙って見ることしかできなかった。何故、涙を流したのか。
「すいません、いきなり泣き出すなんて。子供みたいですよね……?」
「いや、そんなことは、深雪、一体どうしたんだ?」
深雪は顔からハンガチを下ろす。深雪の目元は赤くなっていた。
「お兄様……いえ、達也様」
「………」
「お願いですから、私の前で…………無理に笑わないでください」
「いや、俺は別に……」
達也の口から言い訳が最後まで出てこなかった。言葉が詰まった。深雪に嘘をつけなかった。
「私には何も出来ないかもしれませんが、せめて達也様の悩みを分けて下さい。もう私は、あなたの妹ではなく、婚約者なのですから」
そして深雪は再び涙した。顔にハンカチを当てて、泣いている姿を達也に見られまいとしている。その時、達也はただそれを見ていることしかできなかった。こんな時、普通なら、泣いている少女の身体を抱きしめて、鮮やかに色づいた唇にキスを落としている場面なのかもしれない。
(多分、俺は人生を損している…………)
達也にはそれが出来なかった。その原因は、自分の性質のせいだろう。達也はいつか、後輩が言っていたことを思い出した。
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「長い間、自分に問い続けて来たんだ。愛とは何なのか。だが僕には、自分以外は全て道具で自分を楽しませてくれるオモチャ、そうとしか見れないんだ」
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(イザヤ、俺とお前は似ているのかもしれない)
翌日、第一高校のお昼休み、泉美は自分から遠く離れたテーブルで食事をしている達也と深雪の事を見つめていた。
「そんなに二人を見つめてどうしたの泉美ちゃん?」
対面で座っているイザヤが蕎麦を食べながら質問してくる。
「イザヤ君はどう思いますか、先日のニュースで報じられたトーラス・シルバーが日本の高校生というのを………」
「達也先輩のことだろうね……」
だがイザヤは淡々と口にした。泉美はその言葉に目を見開いた。すると泉美は立ち上がってイザヤの横に移動した。
「それ、本当なのですか?イザヤ君」
周りの目を気にして、泉美は声のトーンを落として話しかける。
「じゃあ泉美ちゃんは他に誰がいると思う?」
「それは…………」
泉美も思い当たる人物が達也しかいないようだ。それぐらい、司波達也の魔法工学の技術は抜きん出ていた。九校戦でそれは証明されている。
「なら、司波先輩はディオーネ計画に参加するんですかね?」
「それは先輩次第だね」
達也が敵の戦略に嵌まるバカでは無いことは分かっている。だが、イザヤは、達也がこの窮地をどう切り抜けるのか興味があった。明らかに周りから後押しする声が多数だろう。正体を十師族に知られているのなら、参加するように促したりするだろう。今回は傍観しようとイザヤは決めた。
放課後、イザヤは廊下を歩いている時、偶然にも曲がり角で達也と鉢合わせした。イザヤと達也は共に驚いた顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。イザヤは道を空けて上級生である達也に道を譲る。達也は何も言わずにイザヤの横を通り過ぎる。と思いきや、達也は足を止めてイザヤの方へ振り向いた。
「イザヤ」
「何ですか?」
「イザヤ、俺とお前は似た存在なのかもしれない」
「……いきなりなんですか?」
道を空けた礼を言われるかと思いきや、達也が突然訳のわからない事を言い出すのでイザヤも困惑した。
「いや、すまない。忘れてくれ」
「……………」
達也はそのまま歩き始めて校長室へと向かった。イザヤは達也の背中をただずっと見つめていた。「似た存在」その言葉がイザヤの頭の中で反芻する。
三矢詩奈は生徒会の仕事が終わると、イザヤと侍郎のいる演習場へと足を進める。あの誘拐劇以降、イザヤに対する想いは強くなっていった。だが詩奈には懸念している事があるのだ。詩奈の父、三矢元である。詩奈は元にイザヤへの想いを告げて以降、関係がギクシャクしている。表面上には出さないが、腹の中では何を思っているやら。
(侍郎君、まだ修行してるのかな……)
演習場は内側からロックが掛けられていたが、詩奈は生徒会特権で外からロックを外す。扉が開いて中に入る。詩奈の目に飛び込んできたのは、床に全身汗だくで倒れている侍郎の姿であった。
「さ、侍郎君、大丈夫………?」
「ハァハァ、詩奈……大……丈夫……」
全然大丈夫ではない。大の字になって肩で息をしている侍郎を横で見下ろしているのは、詩奈の想い人、折紙イザヤである。
「今日はこのくらいでいいかな、もう動けないだろうしね」
「ありがとう……ございます……」
師匠に対して感謝を忘れない可愛い弟子である。イザヤはニコッと笑った後、詩奈に視線を移す。
「もう終わったのかい?」
「はい……」
終わったというのは生徒会の仕事の事だろう。考えるまでもなく、詩奈は返事をした。
「もう生徒会には慣れた?」
「はい、先輩方が優しく教えてくれるので」
「そう、それは良かったね」
侍郎と比較してもイザヤの身体は汗一つもかいていない。あれから侍郎は飛躍的に伸びたが、まだまだ実力はイザヤの足元にも及ばない。
「侍郎君、立てる?」
「ちょっと………無理です」
「仕方ないな……」
イザヤは膝をついて侍郎の身体に手を当てた。すると侍郎の身体は宙に浮かんだ。まるで上から引っ張られているようだ。
「肩を貸してあげたいけど、君汗だくだから、これで許してね」
「少し恥ずかしいです………」
侍郎とイザヤが段々と仲良くなっている事に、詩奈は嬉しい反面、もっと自分に構って欲しいと思って見ていた。だから今日は、思い切って言ってみることにした。
「あ、あの、イザヤさん………」
「?」
詩奈がモジモジとしている。自分に何か言いたい事があるのかと、イザヤは詩奈の次の言葉を待つ。
「もしよかったら、今日は一緒に帰りませんか?」
「…………………」
ちょっと拍子抜けだった。なんとも可愛い提案である。泉美や雫に比べて小さなお願いだ。だけど、詩奈は勇気を出して言った様子であり、イザヤは微笑む。
「そうだね、一緒に帰ろうか。詩奈ちゃん」
「は、はい!」
詩奈の顔はパァッと明るくなる。そんなに嬉しいかとイザヤは思ったが、いつまでも宙を浮いている侍郎がイザヤに声を掛ける。
「あの……いつまでこうしていれば良いんですか?」
「ごめんごめん、今から更衣室に運ぶから。詩奈ちゃん、正門で待っててね」
「はい」
正門で待ってから約20分後、ようやくイザヤと侍郎が校舎から現れた。侍郎の方は、疲れた様子で足取りが重たそうだ。
「お待たせ、詩奈ちゃん」
「はい……侍郎君、大丈夫?」
「ああ、少し回復したよ……」
イザヤは侍郎と詩奈に挟まれながら下校した。イザヤは詩奈に達也の様子はどうなのか話を聞いた。詩奈は生徒会で話した内容をポツポツと話し始めた。
「どうやら百山校長は、司波先輩に学校に来てほしくないみたいです」
「なるほど、政治家やマスコミが学校運営に口出しするのを避けたいという事か」
「やはり司波先輩は……………」
トーラス・シルバーなのか、詩奈はそれを口にする事は無かった。侍郎も気になってるのだろう、言い淀んだ詩奈を見て何か思う所があるようだ。
「師匠は何か知っていますか?」
「達也先輩の事はあの人自身が解決すべき事だよ。僕たちが何か言う事じゃ無いね。僕は干渉しないし」
「…………………」
それはトーラス・シルバーだと言っているようなものでは?と侍郎は思ったが何も言わず、イザヤを見つめていた。
「まぁ達也先輩がどんな選択を取るのか、興味はあるけどね」
「また面白がっているんですか?」
「まあね」
イザヤはその後、詩奈と侍郎と別れて一人家に帰る。だがしかし、イザヤが家に着いた時、思わぬ出来事が待っていた。
(鍵が開いてる………)
朝閉めたはずの鍵がロックが外されていた。誰かが侵入した事は間違いない。イザヤは玄関を開けて中に入る。そこには、靴が一足揃えられていた。見るからに女性が履くヒールである。そしてリビングには明かりがついている。
(まさか…………)
イザヤは靴を脱いでリビングに向かう。この時、イザヤの頭の中で一つの解を示していた。侵入者は誰なのか、それは最近、夜になってから家を訪れて来るあの女性。
「何勝手に入ってきてるんですか?」
「ごめんなさい、インターホン押した時にいなくて」
侵入者は津久葉夕歌であった。
「それはそうですよ、今学校から帰ったばかりなんですから」
不法侵入で訴えてやろうかと思ったが、自分も似たような事をしているので不問とした。
「今日もお願いできるかしら?」
「そのつもりで来たんでしょう?少し待っててください。楽な服に着替えてきますから」
夕歌は四月になってから度々イザヤの家に訪れている。何故かというと、自分の魔法演算領域のオーバーヒートの研究のため、魔法師の進化のため、そしてイザヤと仲良くなるため。ただ最後のは、四葉家当主、四葉真夜の命令であり、自分自身はそんな事微塵も思っていない。あくまでも自分の研究の協力者、そう認識している。
「お待たせししました」
イザヤは制服を脱ぎ、白シャツと、黒の長ズボンを着てリビングに再び入った。
(またそれなのね………)
夕歌が心の中でそう思った理由は、イザヤが着ている白シャツにプリントされた黒猫と文字、
『ネコ(にゃめんじゃにゃいよー)』
これは笑いを取ろうとしているのか、それともこれが彼の普通なのか判断しづらかった。イザヤも何も言わないので夕歌もイザヤのダサい服については何も言わない。言った時点で負けのような気がするから。
「さて、今日は何しますか?あれから毎日サイオンを抑える練習はしているんですよね?」
「もちろんよ、欠かさず続けているわ。だけど、そろそろ次のステップに移ろうと思っているの」
「という事は、貴方の『壁』を破壊するつもりなんですね」
「私に出来ると思う?」
「必要なのは、己を信じることのみ。出来ますよ、貴方なら。それに僕もいますから成功するでしょう」
イザヤは「絶対」と言う言葉を使わない。この世に「絶対」は無いと思っているから。
「さて、明日も学校がありますからチャチャっとやりますか」
「そんな簡単に言わないでよ。一応、命の危険が伴うのよ」
そう言っていた夕歌だったが、始まった途端怖がる素振りは一切見せず、イザヤが自分の精神世界に入る事を許した。別にイザヤに完全に気を許したわけでは無い。信用はしていないが、信頼はしている、そんな感じだろう。その後は、別にハプニングも起こることなく終了した。リビングには、一人の女性が今までに無いくらい喜んでいる姿が見られたのだが、それはイザヤしかわからない。
『定時報告をお願いします』
「はっ、今のところ折紙イザヤに動きはありません。こちらに気付いている素振りもなし。まだリビングの明かりがついているので、就寝はしていないようです」
『引き続き監視をお願いします』
「了解しました」
イザヤの住むマンション周辺の建物に潜むその男は、誰かと連絡を取っていた。男は指示通りイザヤの監視を続ける。その行動が、国防軍存亡の危機に繋がるとは露知らず………。