放課後、イザヤはいつもの様に侍郎に修行をつける予定だったが、侍郎は家の用事で早く帰るらしい。詩奈は一人で帰る事になるのだが、遠くから彼女のことを正式な護衛が見守っているらしい。なら「車で帰らせれば良くない?」と思ったのは心の内にしまっておこう。話が長くなったが、イザヤは突然暇になったのだ。家に帰っても夕歌が来るまで待つだけだし、図書館に行ったら達也と会う事になる。別にそれでも良いと思ったが、無干渉と決めたのだからやめておこう。ならばどうするのか、イザヤは部活動を見て回る事にした。
(面白い奴いないかなー)
陸上部、剣道部、剣術部、クロス・フィールド部、コンバット・シューティング部、スピード・シューティング部、テニス部、バレー部、SSボード・バイアスロン部、山岳部、美術部、調理部
色々と見て回ったが、イザヤが目を引く人間に会う事はなかった。部活を回って気付いたことだが、どうやら桜井水波は山岳部と料理部の二つの部に属している様だ。
(深雪先輩の護衛もあるのにご苦労なことだ)
イザヤは最後にマーシャル・マジック・アーツ部を見学した。マーシャル・マジック・アーツ とは、USNA軍海兵隊が編み出した魔法による近格戦闘技術。九校戦には採用されていないが、魔法を織り交ぜて闘う徒手格闘競技である。侍郎との修行はこれに近い。イザヤは部活動を外から眺めていた。今は二年の十三束鋼と一年の新人部員が戦っている様子が見られる。十三束鋼の魔法『セルフ・マリオネット』は移動魔法の一種で、人体の構造上、不可能な攻撃を繰り出すことができる。その動きはもはや人形のそれである。一年生はその攻撃を受け流すことができず、倒れてしまい試合終了。つまらない試合だ。やなり今年の一年の中で自分の興味を引くのは詩奈と侍郎ぐらいかとため息を吐いた。
(もう帰るか……………ん?)
歩き出そうとした足を止めた理由は、マーシャル・マジック・アーツ部ならではの部活服で体育座りをしていた一人の女子生徒と目があったのだ。彼女は再び始まった十三束と一年の戦いを見ないでコチラを凝視していた。
(一年生か?)
二年生の階では見たことがないので、新入生かと推察する。なぜコチラを見ているのか、イザヤは気になった。気になったのなら、やはり話しかけるしかない。土足で上がるわけにはいかないので、イザヤは靴を脱いで体育館に入った。その女子生徒は、まさか近づいてくるとは思わず目を大きく開けていた。イザヤは試合の邪魔をしない様にまわり道をして、女子生徒の側まで来た。
「君、なんで僕のこと見てたの?」
「………あんた、強いだろ?」
イザヤが女子生徒に感じた第一印象は、野生のエネルギーに溢れている子、であった。千葉エリカと似ているが少し違う。
「強さには種類があってね、君の言っている「強い」は何なのかな?」
するとその女子生徒は立ち上がり、イザヤをまっすぐに見つめた。
「俺には分かるぜ。アンタとんでもなく危ない奴だ。それに実力も相当なモノ、今まで会ったことがない程に、俺の勘がそう言ってる」
女の子なのに一人称が「俺」という強烈な個性。イザヤは自然と口角を上げた。そう、これはまさしく……
(面白い奴、みっけ!)
ということである。目の前の少女は、幸か不幸かイザヤの目に止まってしまったのだ。
「君、僕と戦ってみる?」
「上等だよ……!」
イザヤの提案に乗る彼女の瞳には炎が燃え上がっていたが、二人の間に入り込んだのは、試合が終わったばかりの十三束鋼であった。
「ちょっとダメだよ折紙くん!部員でもないのに試合したら」
「鋼先輩、貴方がここでOKを出してくれれば済む話です。大丈夫です、風紀委員が来たら僕が責任を持って出頭しますから」
「いや、僕は部活連執行部なんだけど………」
「やらせてください、十三束先輩!」
「北畑さん………」
イザヤが気になった女子生徒の名前は北畑というらしい。今にもイザヤに襲いかかりそうな北畑は、十三束に頭を下げて懇願する。
「………わかったよ、一試合だけだからね」
十三束の許可も降りたところで、北畑はすぐに試合中に頭部を守るためのヘルメットを装着する。だがイザヤは何もつけないでスタンバイしていた。
「折紙君!ヘルメットつけないとダメだよ!」
「僕にそれは必要ありませんよ。さあ一年生、軽く遊んであげるからかかって来なよ」
イザヤは北畑に向けて指で「来い」と挑発する。それが彼女の機嫌を損ねたのか、ドシドシと音を立ててステージに上がる。自然と審判役についた十三束は、イザヤと北畑を交互に見ながら試合開始の合図を掛けた。
「それでは、試合初め!!」
十三束の合図と共にイザヤ目掛けて走り出した北畑は、初手から連打を打ち込んだ。左脇腹、右胸、左肩、鳩尾、素早くそれに女子にしては力のある攻撃がイザヤを襲うが、それを軽く手で捌いていく。
「!?」
全て捌かれた事に驚くのも束の間、今度はイザヤの攻撃が待っていた。
「次は僕の番」
イザヤは北畑の喉を目掛けて手刀を放つが、頭をずらして回避する。だがイザヤの反撃は止まらない。北畑は一度下がって体勢を立て直そうとしたが、後ろに下がることができなかった。
(なっ!?足を……!?)
イザヤが北畑の片足を踏んで動きを止める。北畑がそれに気を取られている隙に、イザヤは北畑の鳩尾に掌底打ちを放った。
「グハッ……!!」
北畑は後ろに3メートル程飛んでいき、その間、体を何度か回転しながら床を転がっていく。
「なんて容赦のない………」
十三束がそう思うのも当然。イザヤの容赦のない掌底打ちをまともに受けてしまった北畑は、すぐには起き上がることができず、鳩尾を押さえて苦しそうだ。周りの一年生から北畑を心配する声が上がる。
「つまらないな………」
彼女はこの程度だったのかと、イザヤは失望しながら小さな声で吐き捨てた。だがその声は、北畑の耳にしっかり届いていた。
「そこまで!勝者「まだだ!!」……北畑さん?」
彼女は根性で起き上がって来た。まだ鳩尾を手で押さえているが、闘気は衰えていない。
「ダメだ北畑さん、今の折紙君の一撃で「まだ終わってねぇ!!」えっ!?」
北畑は再びイザヤ目掛けて走り出した。彼女はやる気だ。イザヤは起き上がった北畑を賞賛し、腕を上げ構えをとった。
「さあかかって来なよ、そして僕を楽しませろ」
北畑の腕に装着されていたCADが起動する。今度は魔法を使用して挑んでくる様だ。北畑の得意とする加重系魔法『リパルジョン・ナックル』。拳を一方向斥力場で包む魔法。斥力とは、二つの物体が互いにはねかえそうとする力。北畑の拳はそれを一方向に限り斥力を発生させ、相手に拳をぶつける。その魔法をまともに喰らった人間は骨折だけでは済まない。
「死ねぇぇーーーー!!」
死ねと言いながら襲いかかってくる女ほど恐ろしいものはない。だがイザヤは北畑に向けて拳を突き出した。拳には拳で応えるのが筋である。イザヤと北畑の拳がぶつかり合う。しかし、吹き飛ばされたのはイザヤではなく北畑の方だった。
「はっ?」
また吹き飛ばされた北畑は、次は何が起こったのか分からず床に倒れたままだった。北畑は上半身だけ上げてイザヤの拳を見た。
「『リパルジョン・ナックル』!?」
まさか自分と同じ魔法を繰り出してくるとは思わなかった。しかも、明らかに自分の魔法よりも威力が高い。その証拠に、自分が押し負けて床に倒れている。
「いつ、魔法を発動したんだ?」
イザヤがCADを起動した瞬間を捉えられなかった。というか、CADを持っている様には見られない。頭の中が混乱している北畑に、イザヤは言葉で刺す。
「自分の十八番の魔法を真似されて、尚且つ押し負けるとは情け無い。それで、もう終わりなのかな。やはり僕の目は曇っていた様だ」
イザヤは北畑に冷たい目眼差しを向けて踵を返した。帰って行ってしまう。北畑の頭の中には「失望」の二文字が。
(勝ち負けなんてどうでも良い。だけど、目の前のあの人に失望されるのは、絶対嫌だ!!)
北畑は立ち上がる。立ち上がりイザヤを呼び止める。
「待って!待ってください!俺はまだやれます!!」
イザヤの足が止まる。そしてゆっくりと体を北畑の方へ向ける。そしてこう言い放つ。
「やってみなよ」
北畑は一度目を閉じて深呼吸する。そして瞼を開き、目の前の怪物に視線を向ける。イザヤは腕をおろしてガードをしない。完全なる無防備。だがその立ち姿に隙が全くない事が感じ取れる。
「十三束先輩、もう止めた方が……」
「いや、ダメだ。止めてしまったら北畑さんが立ち上がった意味がない!」
後輩の心配する声が聞こえてくるが、もはや北畑を止める事はできない。止めてしまったら、彼女の誇りが失われてしまう。
「手心を加えるのはもう終わりだよ」
北畑、この試合三度目のイザヤ目掛けて走り出し、CADを起動させた。先程の魔法『リパルジョン・ナックル』を繰り出す魂胆なのだろう。イザヤはそう考えた。
(また同じか、芸がないな)
北畑の右拳がイザヤの鳩尾に狙いを定めた。そして突き出された北畑の拳は、イザヤの目の前で止まる。
「!?」
何かが当たった感触があったが、そこには何もない。だが北畑は気づいた。空気のぶ厚い層がイザヤの正面に形成されて、それにぶつかったのだ。北畑はすかさず移動系魔法を展開する。姿勢を地面スレスレまで低くして、素早い動作でイザヤの逆側に回り込む。そして左拳でイザヤの側頭部を殴ろうとした。
「北畑さん!イザヤ君はヘルメットをしてない!」
そんな事は見ればわかる。だが北畑は止まらなかった。だって分かっていたから。
「はい、お終い」
簡単に止められる事を。イザヤは北畑の拳が当たる直前で、北畑の前腕を掴んでそれを防いだ。もう北畑には何も残っていないだろう。イザヤはチェックメイトを掛けようとしていた。しかしその時、北畑の右足を繰り出した。その足には、
(『リパルジョン・ナックル』の足バージョン!)
拳にではなく足に魔法を展開させるとは。イザヤは感嘆する。北畑の渾身の足蹴りがイザヤを捉えた。
(いっけええぇぇぇぇーーー!!)
誰もが防ぐことができないと思ったであろう北畑の足蹴り。だがイザヤは、
「今のはよかったね」
そう言って北畑の蹴りを止めた。いや、北畑がそれを止めたのだ。北畑の身体が動かなくなった。
「なっ!?身体が!?」
「楽しかったよ」
イザヤは北畑の前腕を掴んだ時、彼女の運動神経に「止まれ」と信号を与えたのだ。その信号は電気として伝わり、身体中の筋肉の動きを止めた。そしてイザヤは残った片手で北畑の額に人差し指を当てた。北畑は意識を失い、その場に倒れそうになったが、イザヤが彼女を抱き止めて、優しく床に寝かせた。
「鋼先輩、あとはよろしくお願いします」
「う、うん………折紙君!」
十三束は寝かされた北畑に近づいてその状態を確かめた。どうやら眠っている様である。十三束はどこかへ行こうとするイザヤに声を掛けた。
「何ですか?」
「北畑さんはどうだった?」
「面白かったですよ、彼女」
そう言ってイザヤは体育館から姿を消した。十三束が北畑の顔を見ると、彼女はどこか笑っているように見えたのだった。
後日、イザヤは生徒会室に呼ばれていた。理由はもちろん昨日の事。誰かが告げ口したようだ。見つけ出していじり倒してやろうかと考えていたが、まずは目の前のこと。泉美が腕を組んでこちらを睨んでいるのだ。
「イザヤ君、何か弁明はありますか?」
「何もないよ。少し遊びすぎたみたいだね」
反省した様子を見せないイザヤに、泉美は怒りを通り越して呆れていた。横にいる詩奈は、泉美とイザヤを交互に見ながらオロオロしている。
「今日は深雪先輩はいないんだね?」
「深雪先輩は水波さんを連れて司波先輩とお帰りになったと思います」
「そうなんだ」
自分が言い出しっぺだが、実にどうでも良いことだ。
「イザヤ君、貴方に罰を与えねばなりません。そうしないと下級生が真似してしまうからです」
「真似……‥できるでしょうか…………」
詩奈の独り言とも言える発言は、泉美とイザヤの耳に届いた。
「詩奈ちゃん、たとえイザヤ君が相手といえど、しっかりとした態度で取り締まらないといけません。いや、イザヤ君だからこそです」
「しっかり先輩してるみたいだね、泉美ちゃん」
「うるさいですイザヤ君」
「ねー、もういいんじゃない泉美。光井先輩もそう思いますよね」
「あー…………まあね…………」
一人生徒会ではない人間が混じっていたが、泉美はその言葉を無視する。
ほのかも苦笑いして見守っている。
「イザヤ君、貴方に与える罰は今日一日、生徒会の業務を手伝う事です」
「おーい、それ自分が楽したいからじゃないの?」
「さあイザヤ君、まずはこちらの資料を整理してください。詩奈ちゃん、今日の仕事は全部イザヤ君に渡しましょう」
「聞いてないし………」
イザヤの珍しくキビキビ働くその姿は、泉美からすれば爽快で痛快である。泉美達はイザヤが罰を終えるまで紅茶を飲んで雑談していた。
「ーということがあったんだよ。我が弟子よ」
「師匠、それは師匠の自業自得では?」
イザヤは、共に準備運動をしていた侍郎に昨日の事を話していた。侍郎は修行が出来なかった事を口にはしなかったが、腹の底では不満を感じていた。
「構ってやれなくてすまなかったね。今日はいつもよりもハードでいくから」
「望むところです」
そして今日も、侍郎は冷たい床の上で大の字になるのだった。