魔法科高校の後輩   作:パクチーダンス

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第五十六 達也「水波を治してくれ」イザヤ「無理」

 同刻、達也の滞在する伊豆別荘にベゾブラゾフの戦略級魔法が放たれたのを、寝室で寝ているイザヤは感知していた。

 

「今のは……………」

 

イザヤは目を開け、起き上がり布団を剥がす。寝室を出て、ベランダから戦略級魔法が放たれた方角を眺めていた。

 

(…………………)

 

 

 

 

 

 イザヤと同じくして、遥か遠くの場所から戦略級魔法が放たれたことを感知していたものがいた。

 

「衝突し合う魔法の波動……達也さん……?」

 

九島光宣は、ベッドから上半身を起き上がらせ、窓から東の方角を眺めていた。

 

 

 

 

 

 日本政府は、伊豆半島中央やや東寄りの高原地帯に大規模魔法による攻撃を受けたことを正式に発表した。政府は、新ソビエト連邦の国家公認戦略級魔法師である、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』によるものと推察される攻撃は、死者はいなかったものの、多数の重症者を出す被害となった。日本国土に不当な攻撃に晒されたことで、国際社会に向けて、正体が確定していない攻撃者に対して、厳重な抗議と相手国に引き渡しを要求した。

 

 

 

 

 

 深雪は水波のいる病院から車に乗って第一高校へと向かっていた。

 

「深雪様、到着しました」

 

「ありがとうございます」

 

運転していた花菱は、車から降りて後部座席のドアを開ける。深雪は開けてくれた花菱に礼を言い、校舎に歩き出した。深雪は学校に行く気分では毛頭なかったが、達也に促され、こうして学校に来ていた。

 

(水波ちゃん………)

 

今も頭に浮かぶのは、自分の妹のように可愛がっていた水波の事。魔法演算領域に深刻なダメージを受けて、魔法技能が損なわれてしまった。今、夕歌が水波の状態を見てくれているが、以前の様にガーディアンとしての勤めを果たすことは困難だ。

 

(どうしたら………)

 

深雪は物思いに耽っている間、自分のクラスまでたどり着いていた。ドアを開けると、深雪に向かって飛び出してきたのは、友人であるほのかであった。

 

「深雪!」

 

「ほのか……」

 

「ニュース見たよ。伊豆半島で大規模魔法の攻撃があったって。深雪泊まりに行くって言ってたよね?大丈夫だった?」

 

ほのかは、政府が発表した今朝のニュースを見て、すぐに達也の別荘のことだと理解した。

 

「ええ……。私と達也様は大丈夫だけど、水波ちゃんが入院して治療を受けているわ………」

 

暗い顔をしながら、深雪は自分の席に座った。

 

「ええっ!?」

 

「……怪我?」

 

深雪の席の前に座っている雫は、上半身を捻って訊ねた。

 

「……似た様なものよ」

 

深雪は具体的なことは何も言わなかった。魔法演算領域の損傷は、怪我と言えばその通りなので嘘は言ってはいない。雫はこれより先のことを聞くことを憚られた。「聞かないでくれ」と、深雪の顔が言っていたからだ。

 

「お見舞いに行ってもいい……?」

 

「そうね。感染症でもないから問題ないと思うけど、お医者様に聞いておくわね」

 

深雪がそう言い終わった瞬間、先生がクラスに入ってきた。雫もほのかも前を向いて、授業を聞く姿勢に入る。だが深雪だけは、俯いて机と向かい合っていた。

 

(イザヤ君なら、もしかして……………)

 

深雪は微かな希望に縋るしかなかった。

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わりに近づいてきた頃、泉美はふと横の空席に目をやる。あの一件以降、イザヤは学校に来なくなったのだ。泉美は、イザヤを怒らせてしまった事を少しばかり悔いていた。自分の身勝手で、こうなって欲しい、ああなって欲しいと押し付けてしまったのではないかと。自分の選択が、本当に正しかったのかと………。

 

(………………)

 

頭の中がぐちゃぐちゃしている。先生の授業が頭に入ってこない。泉美は授業が終わるまで、ずっと下を向いていた。

 

 

 

 

 

「ねぇ……」

 

「なんです?」

 

「貴方、学校に行かなくていいの?」

 

午後四時を回った頃、イザヤはいつもの様に、夕歌の研究の協力をしていた。だがここ数日、イザヤが学校に行っていないのを夕歌は気にしていた。

 

「そんな気分じゃない………」

 

今のイザヤは学校に行く気分ではない。もっと正確に言うと、学校の人間に会いたくない。

 

「何かあったの……?」

 

「……………」

 

夕歌の疑問に、イザヤは黙り込む。その沈黙が答えだった。夕歌は立ち上がり、イザヤの横に腰掛ける。

 

「言ってみなさいよ」

 

「嫌です」

 

イザヤは夕歌から顔を背ける。その姿はまるで子供。夕歌はイザヤに気づかれずに小さくため息を吐いた。

 

「夕歌さんこそ、大丈夫なんですか?」

 

「……何がよ?」

 

「正確には夕歌さんではなく、四葉がですけど。達也先輩の伊豆の別荘に戦略級魔法が放たれたんでしょう?その後処理に追われているのかと」

 

「それは……………」

 

イザヤの言う通りである。達也の滞在していた別荘以外の建物は、ことごとく破壊されてしまった。その際、四葉の人間も複数負傷者が出てしまった。特に、司波深雪のガーディアンである桜井水波は、魔法演算領域に深刻なダメージを負ってしまったのだ。今の所、回復の目処は無い。夕歌も手をこまねいている。もしかしたら、もう魔法を十分に使えないのかもしれない。だが、夕歌は思う。目の前の青年ならもしかすると、水波の魔法演算領域を修復し、元の状態に戻すことができるかもしれないと。

 

「ねぇ、もしかしたらー」

 

ピンポーン。イザヤの玄関のチャイムが鳴った。会話を遮えぎるその音に、夕歌は少しムッとした。

 

「………誰か来たわよ?」

 

「ああ、トイレットペーパーが届いたんでしょう」

 

「トイレットペーパー?」

 

「僕、日用品は全てネット通販で買っているんです。夕歌さん、受け取りに行ってくださいよ」

 

六歳も下の若造が顎で使ってくる事に、夕歌は文句を言ってやりたかったが、協力してもらっている身分であるので、夕歌はグッと堪えて玄関に歩いて行った。玄関の鍵を開けて、夕歌は対応する。

 

「はーい、ご苦労さまでー」

 

夕歌は固まってしまった。扉を開けた先に立っていたのは、四葉家次期当主であり、将来は自分を顎で使うことなる司波深雪であった。

 

「「え?」」

 

深雪と夕歌の声がハモった。互いにこう思っているだろう。「どうしてここに?」と。

 

「こんにちは、夕歌さん。また来ていたんですか?」

 

泉美が「また」の部分を強調した。笑顔ながら棘のある言葉に、夕歌は最近の高校生は恐ろしいなと思うのだった。

 

「ええ、まぁ、そうなのだけど………」

 

言葉が濁ったのは、目の前の深雪にどう対応しようかと、思考を巡らせていたからだ。

 

「初めまして、司波深雪と言います」

 

深雪は夕歌に深く一礼する。あくまでも他人、今日初めて会った人間として接する。

 

「あ、ご親切にどうも、津久葉夕歌です」

 

夕歌も深雪に倣って一礼する。

 

「夕歌さん、イザヤ君いますよね?」

 

「いるには居るんだけど…………」

 

どうしよう。このまま家に通してもいいのだろうか。そもそも何で深雪がここに来ているのか。時は少し遡る………。

 

 

 

 

 

 放課後の生徒会室。深雪は仕事に集中できていなかった。今も頭に思い浮かぶのは水波の事。

 

「泉美ちゃん」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

泉美は手を止めて、体を深雪の正面に向ける。深雪から話しかけてくるのはあまり無いので、泉美は少し浮かれていた。

 

「今日、イザヤ君は学校に来ているのかしら?」

 

深雪がイザヤについて聞かれるとは思っておらず、泉美は少し驚いたが、落ち着いて話し始めた。

 

「……はい、今日と言わず昨日も一昨日も、イザヤ君は学校に来ていません」

 

「そう………」

 

視線を落とす深雪。その姿に泉美は心配する。

 

「あの、深雪先輩。イザヤ君に何かあるのでしょうか?」

 

泉美に限らず、ほのかも詩奈も手を止めて深雪の顔色を伺う。

 

「泉美ちゃん、イザヤ君の家に案内してもらえないかしら?」

 

「えっ?イザヤ君の家にですか?どうして……」

 

「直接話したいことがあるの」

 

深雪のお願いに、泉美は頷くしかなかった。深雪は立ち上がり、帰る準備を始めた。その行動に一同驚く。

 

「今から行くんですか!?」

 

「そうよ、今から行くわ。みんな、悪いけど今日の作業はここまでにしてもらえないかしら」

 

深雪は話しながら、荷物をまとめ終えた。

 

「けど深雪、イザヤ君が家にいるとは限らないんじゃ……」

 

「そうね。だけど、今行動しなきゃダメな気がするの」

 

今日いなかったら明日、明日いなかったら明後日でもイザヤに会いに行くつもりだ。

 

「……わかりました、私も行きます」

 

「わ、私も!」

 

泉美、詩奈もカバンに荷物をまとめる。

 

「あっ、待って深雪!雫も呼んでくるから」

 

ほのかは先に生徒会室を飛び出し、雫を呼びに廊下を走って行った。

 

 

 

 

 

「夕歌さん、何してるんですか?トイレットペーパー届きましたか?……………え?」

 

ただ受け取るだけなのになぜこんなにも遅いのかと、イザヤは夕歌の様子を見に来た。だがインターホンを鳴らしたのは、配送業者ではなかった。

 

「深雪先輩?」

 

「イザヤ君、お話があるの………」

 

「帰って下さい」

 

深雪のお願いにイザヤは拒否した。何故ここにいるのかは分からないが、イザヤは取り合わないつもりはない。

 

「イザヤ君、お願いですから入れてください」

 

「……泉美ちゃんもいるのか」

 

今一番会いたくない人間がいることに、イザヤは顔を顰める。

 

「イザヤさん、私もいます!」

 

「イザヤ」

 

「あ、私も…………」

 

「……………………………」

 

大勢で来られても迷惑である。イザヤは夕歌に目で訴える。「帰らせてくれ」と。だが夕歌は玄関の扉を大きく開けた。

 

「飲み物は紅茶でいいわよね?」

 

「おい、なんで入れるんだ?」

 

夕歌が皆を中に入れようとするので、イザヤは咄嗟に強い口調を放った。次々に靴を脱いで上がってくる様に、イザヤは眉間に皺を寄せる。夕歌はイザヤの耳元でこう話した。

 

「この機に仲直りしたら?」

 

それはいらぬお節介と言うやつである。もう勝手にしろと言わんばかりに、イザヤはリビングへと歩いて行ってしまった。夕歌自身、少しやり過ぎたかと思っていたが、もはや後の祭りである。深雪達はリビングに入ると、イザヤが不機嫌そうな顔でソファに座っていた。

 

「今用意するから、座っていて」

 

夕歌はキッチンで人数分の紅茶を淹れようとしていた。

 

「で?何しに来たんです?」

 

深雪は、イザヤの対面に座ったが、イザヤは深雪と目を合わせようとはしなかった。他も適当にソファに座り、深雪とイザヤを交互に見つめる。

 

「イザヤ君、貴方は伊豆半島で戦略級魔法が使用されたことは知っているわよね?」

 

「ええ、知ってますよ。達也先輩が住んでいる場所でしょ?貴方達を煩わしく思っている輩が仕掛けてきたんでしょう。それがどうかしましたか?」

 

「………その戦略級魔法のせいで、水波ちゃんの魔法演算領域が深刻なダメージを受けてしまったの」

 

「「「「!?」」」」「……………」

 

雫、ほのか、泉美、詩奈の四人は、水波が病院に入院していることは深雪に伝えられていた。だが、その理由までは教えてもらえなかった。だが今、その理由が分かった。魔法師の生命線とも言える魔法演算領域の損傷。もう二度と水波は魔法が使えないかもしれない、四人が揃ってそう思ってしまった。

 

「なるほど…………最後の一撃を防いだのは、やはり彼女でしたか」

 

「知っていたの!?」

 

まさか知っているとは思わなかった深雪が声を上げた。

 

「ええ、僕も感知しましたよ。戦略級魔法が使用された事を。だが彼女が、戦略級魔法を防ぐだけの魔法障壁を張れたことに驚きでしたね」

 

「………彼女は自分の全てを投げ打ってまで、私と達也様を守ってくれたの。私は水波ちゃんを誇りに思うわ」

 

「最初に言ったことをもう一度言いましょうか?深雪先輩、貴方は何しにきたんですか?」

 

「……………………」

 

深雪はイザヤに対して、深々と頭を下げた。

 

「「深雪先輩!?」」「「深雪!?」」「…………」

 

「イザヤ君、水波ちゃんの魔法演算領域を修復してもらえないかしら」

 

イザヤの魔法は、『干渉魔法』。この世にあるもの全てに『干渉』する魔法。イザヤは自分の魔法を説明する時、精神に『干渉』出来ると言った。ならば、魔法演算領域に『干渉』することだって可能な筈だと深雪は考えた。

 

「僕がいつ、魔法演算領域を修復できると言いましたか?」

 

頭を下げる深雪を一瞥すると、イザヤは夕歌が淹れた紅茶を手に取る。

 

「貴方なら、それが出来るんじゃないの?」

 

「…………………」

 

深雪の問いに、イザヤは何も言わずに紅茶を口につける。

 

「イザヤ君、どうなんですか?」

 

深雪の横に座っている泉美からも尋ねてくる。

 

「……水波ちゃんの容態は?」

 

イザヤは紅茶に口を離すと、深雪や泉美に聞かれた事に答えず、水波について聞いた。

 

「……今は体の感覚が麻痺を起こしているようなの。お医者様は一時的なものだと言ってはいたけど、目を覚ました時は、自分で起き上がることもできなかった」

 

「そんな………」「水波さん………」

 

水波は精神的にも肉体的にも良くない状態であるのだと、水波を心配する者たちの悲鳴にも似た声が漏れる。

 

「そうですか」

 

一方のイザヤは、水波の容態を聞いてもしれっとしている。その様子に、深雪は少し眉を顰めたが、すぐに冷静を保つ。

 

「お願いイザヤ君、貴方の力を貸してもらえないかしら?」

 

「顔をあげなよ、深雪先輩」

 

イザヤのその言葉に深雪は頭を上げた。

 

「笑わせるなよ、今まで僕を敵として見ていたのに、自分達に不都合が起きたら僕に縋るのか?」

 

イザヤの鋭い眼光が深雪を捕らえる。ようやく、イザヤと深雪は視線を合わした。

 

「………………」

 

深雪は何も言い返すことはできない。実際その通りだからだ。助けてくれと願うのは恥知らずもいいところだ。だが水波を救えるのは、イザヤしかいない。

 

「お願いします、水波ちゃんを助けてください」

 

深雪は再度、イザヤに頭を下げる。今の自分にはこうする事しかできない。なんて情けない姿だろう。だが、水波を救うためならば。

 

「……ねぇイザヤ、深雪さんが言っていたことに、貴方はまだ答えていないわよ?」

 

深雪の姿を見ていられなくなったのか、夕歌はキッチンで腕を組みながらイザヤにそう尋ねた。

 

「何がですか?」

 

「貴方、魔法演算領域を修復することが出来るの?」

 

深雪がこうして頭を下げているのは、イザヤが治す手段を持っていることが前提としての行動だ。そもそも治す手立てを持っていなかったら、頭を下げる必要はない。

 

「…………………………」

 

お前はそっち側につくのか、そう言うような目で夕歌を睨む。

 

「どうなの?」

 

しかし夕歌は怯まない。

 

「………………………………………できますよ」

 

イザヤは白状した。出来ると。その言葉に一同が目を見開く。魔法演算領域の修復が出来る人間など聞いた事がない。それほど、イザヤの力は異質なのだ。

 

「貴方、私に教えてくれなかったわよね?」

 

「………………」

 

イザヤは夕歌に視線を逸らし、相手にしない態度をとる。夕歌はその姿にムッとした。

 

「凄い。それなら、今まで魔法技能を失った人達を救う事が出来る!」

 

ほのかはそう言ってイザヤの力を賞賛するが、イザヤは、以前として不機嫌である。

 

「だけど、その力が欲しいと悪い奴らがイザヤを狙ってくる。だから隠していたんでしょ?」

 

雫はイザヤが口を閉ざしていた理由を推察する。

 

「そうですね。けどイザヤさんなら、そんな輩を簡単にやっつけてしまうし、見つからずに逃れることもできると思うのですが………」

 

詩奈の言葉に同調するように、泉美が頷く。イザヤが口を閉ざしていた理由は、他にあるのではないかと。

 

「いいんじゃないですか?」

 

「………何がいいの?」

 

イザヤの言っている事が理解できなかった深雪。

 

「彼女は務めを果たしたんだ、貴方を守る務めを。だからもう、彼女は要らないでしょう?廃棄しましょう」

 

「「「!?」」」

 

「イザヤ君!なんてこと言うんですか!?」

 

イザヤのあり得ない言葉に、泉美はショックと同時に怒りを覚えた。雫も詩奈もほのかも、これにはイザヤに非難の目を向ける。

 

「また新しいのを作ればいいんですよ。四葉ならお手のものでしょう?」

 

「どう言う、意味ですか?」

 

泉美は恐る恐るイザヤに聞く。

 

「彼女は調整体だから」

 

「「「「!?」」」」

 

深雪はグッと拳を握りしめる。爪が皮膚に食い込んむくらいに。

 

「彼女は四葉によって遺伝子操作された哀れな人形。その役目から解き放つ事が、彼女にとって良いと思いませんか?深雪先輩」

 

「私は………水波ちゃんと一緒にいたい。彼女の事を妹のように思っているの」

 

血が繋がっていなくとも、たった一年と少しの時間であっても。達也と同じく心を許せる相手になっている。

 

「別に魔法技能を失ったとしても、一緒に居られるでしょう?」

 

「そうね。だけど、水波ちゃんはそれに耐え慣れないと思うの。ただの使用人となり、何もできない自分を。彼女は自分を呪うわ。それに、当主が水波ちゃんをどう判断するかも分からない」

 

「そんなのは、僕の知った事ではない」

 

「……どうしても、駄目なのかしら?」

 

「無理です、紅茶飲んでさっさとお帰りください」

 

取り合ってもらえないことは分かっていた。だが、このまま何も得ずに帰るわけにはいかない。深雪はソファから立ち上がり、冷たい床に正座した。

 

「……何のつもりです?」

 

「今の私には、こうする他ないの」

 

深雪は床に手を付けて、頭を床に密着させる。そう、土下座である。深雪の人生で初めての土下座。

 

「なっ!?深雪さんあなた……」

 

「深雪!?」

 

「深雪先輩………」

 

「何故そこまでするんです?桜井水波にそんな価値があるんですか?」

 

「価値を与えるのは人それぞれよ。貴方にはくだらない物でも、私には大切な、大切な家族なの。私に出来ることなら何でもします。どうか、水波ちゃんを助けてください」

 

「…………………」

 

深雪は水波に価値を与えている。大切な家族、血のつながりのない家族。じゃあ自分は?自分は誰に価値を与えているのか。イザヤは泉美、雫、詩奈、夕歌の順に視線を移す。少なくともこの四人には、価値を与えている。この四人のうち誰かがもし、魔法技能を失ってしまったら、果たして自分は助けるだろうか。それで、己の弱点が現れるとしても。

 

「…………何度言われようが、無理です」

 

イザヤの答えは変わらなかった。その時、泉美がテーブルに身を乗り出して、イザヤに怒鳴った。

 

「どうしてそこまで狭量なのですか!?」

 

泉美は、敬愛する深雪が土下座までしているのに、イザヤの変わらずの態度に限界が来ていた。

 

「イザヤ君、貴方は人の心がないのですか!?深雪先輩が恥を忍んで土下座までしているのに、貴方の心には何も響かないのですか!?」

 

「うるさい!!!」

 

室内にイザヤの怒号が響き渡った。イザヤを除く全員がビクッと体を震わせた。いつものイザヤとはかけ離れた、怒り顔に一同驚愕する。

 

「何度も言わせるな!無理なものは無理だと言っているだろう!帰れ!!」

 

「…………わかったわ。皆んな、帰りましょう」

 

「深雪先輩…………」

 

「イザヤ君、水波ちゃんは○□病院にいるから。気が向いたらお見舞いに来てあげて」

 

それだけ言い残して、深雪は玄関に歩いて行った。深雪の後に続いて皆が帰ろうとする。泉美、雫、詩奈はリビングに出る直前までイザヤを気にしていた。

 

「夕歌さん、貴方も帰って下さい。今日は一人になりたい」

 

「分かったわ…………」

 

夕歌が玄関から出て行った音が聞こえた。その音がイザヤの耳に届いたのち、イザヤはソファで横になり、胸を押さえた。

 

(何なんだ………この胸のざわつきは…………)

 

 

 

 

 

 深雪達は、イザヤの住むマンションから一歩出た道で話していた。

 

「申し訳ありません深雪先輩、私がイザヤ君を怒らせてしまったせいで…………」

 

「大丈夫よ泉美ちゃん」

 

あのまま土下座していたとしても、イザヤは首を縦には振らなかっただろう。

 

「まったく、私まで追い出されたわよ」

 

「夕歌さん………」

 

マンションから夕歌が出てきた。とばっちりを食らったとして、夕歌はやれやれといった感じだ。

 

「深雪さん、水波ちゃんの事どうするの?」

 

「…………水波ちゃんも交えて、達也様と三人で話すことにします」

 

「そう………」

 

夕歌では水波の魔法演算領域を治すことは出来ない。頼みの綱も千切れた。もはや選択肢は多くない。

 

「あのー、やっぱり深雪先輩と夕歌さんってお知り合いだったんですか?」

 

泉美は深雪と夕歌が初対面でない事を勘付いていたようだ。

 

「ええ、まぁそうなの。けど、深くは聞かないで」

 

「分かりました……」

 

「今日はこれで解散しましょう。皆んな、また明日ね」

 

そう言って深雪は、水波が入院している病院へと歩いて行った。その後ろ姿を、泉美達は姿が見えなくなるまで眺めていた。

 

 

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