魔法科高校の後輩   作:パクチーダンス

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第五十七話 深雪「治して下さい」イザヤ「無理」

 伊豆半島に戦略級魔法が使用されてから約一週間が過ぎた頃、水波は今日もベッドの上から窓の外を眺めていた。ようやく自分の力で歩けるようになったが、依然として体が重く感じている。窓から見える大きな木の枝に停まっている小鳥達がこちらを見ているのを、水波は自然と微笑んだ。小鳥達は飛び立って空高く飛んでいくのを、水波はただじっと眺めていた。

 

「ハァ………」

 

病院にいるせいなのか、憂鬱になる感じがしてならない。その時、コンコンッ、と部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。

 

「どうぞ………」

 

横にスライドするドアを開けて、水波の病室にはいっていた来たのは、泉美と香澄だった。

 

「こんにちは、水波さん」

 

「こんにちは」

 

「香澄さん、泉美さん。来てくれたんですね」

 

二人の姿を見て、水波は顔が綻ぶ。わざわざ自分ために、学校の友人が来てくれたのだ。嬉しくない筈がない。

 

「水波さん、お身体はどうですか?」

 

「少しずつですが、身体の方は良くなっています」

 

嘘は言っていない。病院で目を覚ました時は、自分で体を起こすこともできなかったのだ。

 

「そうなんだ、良かったー」

 

香澄はホッとした顔を見せた。

 

「退院の目処は立っているんですか?」

 

泉美の言葉に水波は首を横に張る。

 

「いいえ、まだです。まだ経過観察中らしいので」

 

「そうですか………」

 

経過観察とは水波の身体とは別に、精神的な部分のことも含まれているだろうと、泉美は考えていた。

 

「桜井さん、診察のお時間です」

 

「あ、はい………」

 

看護師が水波の病室に入って来た。タイミング悪く、水波の診察時間が来てしまった。

 

「すみません。香澄さん、泉美さん」

 

「良いよ全然。また来るね、水波さん」

 

「はい、ありがとうございます二人とも」

 

香澄と泉美は、水波の病室から退室し、病院から出る為、長い廊下を歩いていた。

 

「水波さん、よくなると良いね」

 

「そうですね………」

 

水波の事情を知っている泉美は、何も知らない香澄に対して、月並みの言葉しか返せなかった。

 

 

 

 

 

 三矢詩奈は自室で悩んでいた。ベッドで横になりながら、考えていることと言えば自分の想い人の事。

 

(イザヤさん…………)

 

演習場で見た、あのイザヤの恐ろしい姿。禍々しいオーラを発し、誰も寄せ付けない負の波動。あの時初めて、イザヤを怖いと思ってしまった。自分に笑いかけてくる姿とはまるで違う。まったくの別人ではないかと思うくらいに。そして、イザヤの住むマンションを生徒会の面々と一緒に訪れた時、イザヤの不機嫌な顔と怒鳴り声、嫌われてしまったのではないかと考えた。もう自分を、見てくれないのではないかと。

 

(泉美さんは何で動けたのかな………)

 

イザヤの禍々しいオーラを近くで浴びたのにも関わらず、泉美はイザヤに向かって歩き、頬を打った。それが、自分と泉美との違いなのか。イザヤを大切に思うからこその行動・覚悟。自分にはあるだろうか……。

 

(イザヤさん、会いたいな……………)

 

詩奈は無性にイザヤに会いたくなった。

 

(私も、泉美さんみたいに……………)

 

 

 

 

 

 水曜日、イザヤは今日も学校に行かなかった。だが今日は、イザヤは出掛けていた。新幹線で石川県金沢市を訪れていた。何故と理由を聞かれたら、何となくと言う他ない。あえて理由をつけるなら、違う空気を吸いたいとかだろう。

 

「着いた…………」

 

イザヤはホームを出て、街を歩き出した。目的地はない。ただいつもとは違う街の景色を眺めて歩きたいのだ。だがそれで、気分が晴れるかは分からない。時刻は午後三時を回った頃である。昼食の時間はとっくに過ぎている。イザヤのお腹の虫が鳴った。

 

「何か食べるか……………」

 

金沢市の名物といったら何だろうか、金沢カレー、のどぐろ、能登牛。何を食べるか迷う。イザヤは道のど真ん中に立ち止まって考えていた。そんなイザヤの姿を不思議に思ったのか、気にかける心優しい人間がいた。

 

「何してるんですか?」

 

イザヤの後方から誰か話しかけて来た。声からして女性であることがわかる。イザヤは上半身だけを動かして後ろを見た。

 

「君は……………」

 

「こんな所で、一体何してるんですか?」

 

制服を纏ったの女の子だった。十五歳いくかいかないかで、可憐な見た目とすらっとした体型、こちらを探るように見つめる瞳。イザヤが少女をみて一番に思ったことは、「学校でモテるだろうな」だった。

 

「逆に聞くけど、何してるように見えた?」

 

「え?………迷子とか……?」

 

質問されるとは思わなかった少女は、慌てて考え出した。

 

「残念、不正解」

 

「……じゃあ何なんですか?」

 

少女はムッとして、イザヤに投げかけた。

 

「正解は、何食べようでした。まだ、お昼ご飯を食べていなくてね、何食べようか悩んでいたんだ」

 

「こんな道のど真ん中で?」

 

「そう、ど真ん中で」

 

(怪しい…………)

 

少女はイザヤを警戒した。最近は、反魔法運動が盛んになっている。四国地方、九州地方程ではないにしろ、ここでもその運動が見られる。

 

「君が何を思っているのか、簡単に想像できるよ」

 

「何ですか貴方、私の頭を覗かないで下さい」

 

身の危険を感じた少女は、CADを取り出そうとして、カバンの中を探っていた。しかし、一向にCADが見つけられない。

 

(なんで無いの………)

 

少女は紛失してしまったのかと思った矢先、目の前の男が、自分に見せびらかすかのようにCADを掲げていたのだ。

 

「あっ!私の!?」

 

それは少女のCADであった。

 

「返して!」

 

「えーどうしようかなー」

 

忘れていたかもしれないだろうが、折紙イザヤという男は元来、嫌な奴なのである。人の困った様子に愉悦を覚えるクソ野郎。

 

「貴方何者!?早く返しなさい!」

 

なんとも強気な女の子である。

 

「へぇ、君はこのまま無事に家に帰れると思っているのかな?」

 

「なっ、私に何をするつもりなの!」

 

少女は自分の体を抱きしめた。少女が何を考えたのかは、想像に難く無い。イザヤが一歩近づくと、少女は一歩下がる。イザヤはポケットから何かを取り出そうとしていた。

 

(スタンガン!?それとも催眠スプレー!?)

 

少女は目に涙を浮かべた。どちらであっても、今の自分はCADを取り上げられている。どうすれば…………。

 

「ねぇ、どの店がおすすめなのかな?」

 

「………は?」

 

イザヤがポケットから取り出したのは、観光客用のパンプレットだった。イザヤは少女に見せるようにして広げた。

 

「え?ただの観光客?」

 

「僕、ついさっきここに着いたばかりなんだよね」

 

自分の早とちりなのか、少女はそう思ったが、それよりも分からないことがあった。

 

「いや、でも、私のCADどうやって取ったの!?」

 

カバンは自分がずっと持っていたのだ。触ることなどできない筈なのに。

 

「君のCADを返してほしければ、君のオススメの店を紹介してくれない?」

 

イザヤはパンフレットとCADを少女の前に差し出してそう伝えた。

 

「え?」

 

少女は間抜けな声が出た。そんな事でいいのかと。交換条件には安すぎる。

 

「えっと………のどぐろ、かな?」

 

「やっぱりのどぐろが良いのか。ありがとう、これ返すね」

 

イザヤは少女の掌の上にCADを置いた。

 

「あと言っておくけど、CADはカバンの中ではなく、すぐに取り出せる所に入れた方がいいよ」

 

「はぁ……」

 

少女は、目の前の男が良い人なのか、悪い人なのか分からなくなっていた。本当にただの観光に来ただけなのか。

 

「あ、あの、あなたの名前……」

 

少女は恐る恐る、目の前の男性の名前を聞こうとする。

 

「ん?僕の名前は、折紙イザヤ。君の名前はなんて言うんだい?」

 

「私は、一条茜です」

 

「一条?…………マジか…………」

 

「?」

 

一条茜との新たな出会い。この出会いがどんな影響をもたらすのかは、まだ誰も分からない。

 

 

 

 

 

 ところ変わって国防軍の会議室では、遠山つかさと犬飼課長が、大きなテーブルを挟んで話していた。

 

「遠山曹長、報告したまえ」

 

テーブルの上で腕を組む犬飼に、つかさは淡々と説明する。

 

「はい。折紙イザヤの監視が始まってから数週間が経ちましたが、依然として気づかれている様子はありません。外出も少なく、ほとんどを学校と家で過ごしているようです」

 

つかさはそう報告するが、イザヤはよく外出している。単につかさ達が気付かせてもらえないだけである。

 

「それで、新たな情報は入ったのか?」

 

「はい、折紙イザヤの家に頻繁に訪れている女性がいるようです。素性はまだ分かっていませんが………」

 

「何故だ?後をつけなかったのか?」

 

「部下からの報告では、その女性はこちらに気付いているようで、来る時も帰る時もルートは全部バラバラであり、なおかつ姿を隠す魔法を使用しているようです」

 

新しい情報もこれでは意味をなさない。犬飼の顔は、次第に暗くなる。テーブルの上で指をトントンとして、見るからに不機嫌な態度である。

 

「………それで、他にはないのかね?」

 

「もう一つ、折紙イザヤなんですが、どうやら複数の少女から好意を持たれているようなのです」

 

「………それで?」

 

犬飼は若者の色恋の話に興味は無かったが、少しでも情報が欲しいところであるため、耳を傾けた。

 

「その少女というのは、七草泉美、三矢詩奈、北山雫の三名です」

 

「ほう、名のある家のご令嬢ではないか。折紙イザヤは、その三つ家と関わりがあるのか?」

 

「いいえ、関わりがあるのは、いずれも名前を上げた個人のみであり、家との繋がりはないと思われます」

 

七草家も三矢家も北山家も有力な魔法師の家系だ。特に七草と三矢は十師族、手を出すのならコチラも相応のリスクが伴う。三矢詩奈の誘拐の一件は、事前に三矢家現当主、三矢元に伝えてあったから良かったのだ。

 

「三矢家は国防軍と密接な関係を持っている。亀裂を生むわけにはいかない。七草家はメディアとの繋がりを利用し、国防軍全体の信用を落とす圧力をかけてくるやもしれん」

 

そもそも十師族と対立するなどもってのほか。ならば残ったのは北山家。しかし、実業家である北山潮は、財界のみならず政界にも強い影響力を持っている。やはり下手に手を出すことは出来ない。ならば………。

 

「曹長、折紙イザヤとの対話は可能だと思うかね?」

 

「犬飼課長、まさか折紙イザヤと会うおつもりですか?危険です。彼の力は未知数です」

 

「以前、君が報告してくれた司波達也と十文字克人との戦い、あの十文字克人でさえ、司波達也を倒すことはできなかった。折紙イザヤならば、司波達也を倒すことが出来るのではないか?」

 

つかさは、克人から達也との戦いの結果を聞いていた。『ファランクス』でも達也に勝てなかったと。しかし、克人は折紙イザヤの乱入については言わなかった。折紙イザヤに関しては、十師族案件である。下手にイザヤに手を出してしまわない為だ。

 

「折紙イザヤと相対した君ならどう考える?二人のうちどちらが勝つと思うかね?」

 

「それは…………」

 

つかさは、司波達也と直接相対してはいない為、実力は十文字克人よりも上と頭の中で設定した。その上で、折紙イザヤと戦うとどうなるか………。

 

「折紙イザヤならば、司波達也に勝てると思います」

 

つかさは、折紙イザヤが誰かに負けるとは考えられなかった。それ程、あの時の体験が鮮明に記憶されているのだ。

 

「分かった。曹長、近日中に折紙イザヤと接触し、コンタクトを取るよう部下に指示してくれたまえ」

 

「……本当にお会いになるのですか?」

 

「こちらもリスクを負わなければ前に進めん。場所は私が指定しよう」

 

 

 

 

 

 イザヤは、目の前の少女が十師族の一つ、一条家の令嬢である事に驚いた。

 

「じゃあ君って、クリムゾン・プリンスの妹なんだ。へー、なんか似ている気がする」

 

イザヤはジロジロと茜を観察する。

 

「えっ?お兄ちゃんの事知ってるんですか?あと、似てるって言うのやめて下さい。全然似てませんから。あんなヘタレと」

 

茜は将輝と似てると言われる事が嫌なようだ。お兄ちゃんが嫌な時期なのかなと思うイザヤである。

 

「確かにヘタレ・プリンスだけど、結構見所があるよ」

 

「例えば……?」

 

「弄りがいがあるね」

 

「……お兄ちゃんにそんなこと言う人、初めて見ました」

 

兄である将輝に弄りがいがあると言う人間は、イザヤと達也ぐらいだろう。

 

「さて、僕はお腹すいたから。ここでさよならだね。じゃあね茜ちゃん、またどこかで」

 

イザヤは茜に背を向けて歩き出した。

 

「ちょっと待ってください!どうやって私のCADを取ったのか、教えてもらっていません!」

 

茜は、イザヤの服の裾を後ろから引っ張って、歩みを止めさせた。

 

「秘密って言ったじゃん」

 

「さっきの貴方の言動は、警察に連絡されても文句ない程のことでしたよ」

 

「魔法の詮索は御法度だよ」

 

「で、ですけど、貴方が魔法を使っている様子は無かった。どうやって私のカバンからCADを……」

 

イザヤは茜を指さして答えた。

 

「それが答えだよ」

 

「え?」

 

一体何が答えなのか、茜はわからなかった。

 

「魔法を使っている様子を晒すことなく、君のCADを魔法で奪い取ったのさ」

 

「は?……そんなこと、出来る筈が…」

 

「できる筈ない?それは君の常識の中の事だろう?」

 

「…………………」

 

確かに自分の中の常識だ。けど茜は、今すぐにでも家族や友人達に話して起こった出来事を共有したかった。果たして自分の常識が間違っているのかを。

 

「じゃあ、今度こそお別れね。バイバイ」

 

イザヤは手を振って再び歩き出した。しかし、またしても後ろから茜が服を引っ張って来たのだ。

 

「待ってください!」

 

「なんだよもう……」

 

「このまま、貴方と別れるのは釈然としません。私は、貴方について行きます」

 

「は?………マジか………」

 

折紙イザヤ、この日二度目の「マジか」が出た。

 

 

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