魔法科高校の後輩   作:パクチーダンス

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第六十三話 イザヤ「」

 

 達也が魔法協会関東支部にある横浜ベイヒルズタワーの会議室に足を運んだのは、光宣との衝突の翌日であった。あの日、達也はすぐに真夜に報告した。それを聞いた真夜は他の十師族に伝え、緊急会議を開いたのだ。

 

 会議室にいるのは達也と克人の二人だけだった。克人を除いた十師族の当主はリモートでの参加である。スクリーンに映された当主達の顔の中には、元十師族の九島烈の顔もあった。

 

『事前に報告は受けてあるが、改めて訊ねたい』

 

 最初に口を開いたのは一条剛毅である。娘の入院から今までの間、一睡もしていない剛毅はとても疲れていたが、そんな事を微塵にも感じさせない面目であった。

 

『光宣殿がパラサイトとなったのは本当の事なのか?』

 

「本人がそう言っていましたし、自分の感覚でも彼はパラサイトになっていました」

 

 スクリーンの中には、驚きを表す者、何の表情も表さない者、悲しむ者のいくつもの反応が達也には見られた。

 

『光宣殿の狙いが、四葉家の配下の魔法師、桜井水波であることも?』

 

「はい、本人の口から聞きました」

 

『その二人には、何か特別な関係があるのですか?』

 

「分かりません」

 

 新たに十師族の一員となった七宝家当主、七宝拓巳の質問に達也は「分からない」と言ったが、光宣から水波には、並々ならぬ気持ちが抜けられているのは確かだろう。

 

『光宣殿の動機は置いておいて、そのパラサイトはどこから来たのかぎ気になりますね』

 

 七草弘一は、残る片方の目を達也に向ける。

 

『確かに、あれを放置しては被害が拡大する恐れがあります』

 

 同調を示したのは、五輪勇海である。

 

『……それは「前回、パラサイトが侵入した際、自分は友人の助けを借りてパラサイトを二体封印していますが、その二体は何者かに奪われてしまいました。おそらく、その二体が光宣に取り憑いたのだと思います」

 

『…………』

 

 達也は烈の言葉を被せる事で口を封じた。

 

『誰が奪っていったのか、分からないのですか?』

 

「分かりません」

 

 その後、九島光宣を無力化して捕えるという方向で話は進んでいた。光宣の狙いである水波が入院している病院を網を張る。会議は終わりへと近づいていく。

 

『それでは、四葉家が桜井水波嬢の護衛。七草家が光宣殿を迎え撃ち。十文字家は外で警備。援軍に九島家、二木家、一条家。他家は各々警戒にあたるということでよろしいか?』

 

 過剰な戦力と思われるかもしれないが、パラサイトと同化した光宣の力は、前と比較ならない程強くなっている。達也を含めた当主達に反対の意見はなく、これで会議は終了かと思われた。

 

「少し、この場を借りても宜しいでしょうか?」

 

 そう言ったのは達也の隣に立つ克人であった。克人は一歩前に出る。

 

『どうなさいました?十文字殿』

 

「光宣殿の問題もありますが、私は今ここで、折紙イザヤについて皆さんがどうお考えなのかを教えて頂きたい」

 

 静寂がこの会議室を包み込んだ。十師族の目の上のたんこぶのような存在であるイザヤに対して、今後どう向き合っていくのかを。今まで問題の先送りをしていたので、皆が顔色を伺っている。

 

(何を言うつもりなんだ十文字克人………)

 

「私は、折紙イザヤと盟約を結ぶ事を提案したい」

 

 克人の言葉に、当主達の反応は驚きが大半である。

 

『盟約……ですか……?』

 

 そう聞き返したのは、スクリーンの中で曇り顔の二木舞衣であった。

 

「はい。折紙イザヤという個人と十師族である我々が」

 

 克人の発言に、当主達の顔は固い。さらに克人はこう続ける。

 

「私は折紙イザヤの力を間近で感じました。あれは最早、我々魔法師が相対してはいけない怪物です。厄災と言い換えてもいい」

 

 克人はつい最近、達也とイザヤが相対する場面を見た。自分に勝った達也が何もさせてもらえず、CADを取り上げられ無力化された事に心底驚いたのだ。

 

『もし、向こうが無理な条件を押し付けてきた場合はどうするのですか?』

 

「多少コチラが損をしてでも相手の条件を呑むべきだと考えます」

 

『十師族全員で対処すれば、何とかなるのでは………?』

 

 五輪勇海のオドオドした発言に、克人は首を横に振る。

 

「私はそれが賢い選択とは思えません」

 

『それは、我々十師族がへりくだる、ということか。十文字殿』

 

 剛毅の言葉に克人が口をつむぐ。それが何を意味するのか、分からない克人ではない。日本の魔法師の頂点である十師族が一個人に頭を下げる。それはもう、パワーバランスが崩れるだけではない。

 

「それはもう、十師族体制に意味はなく、自分達は折紙イザヤの傀儡となる」

 

 責めた口調で克人を非難する達也。それだけはしてはならない。全てがイザヤのいいように日本が回ってしまう。

 

「達也殿がここにいる誰よりも理解している筈だ。折紙イザヤという人間の底知れない力を」

 

「だからと言って、手をこまねいているからといって、奴の良いようにさせてはならない」

 

「ならば、お前はどうすべきだと思う?奴にどう立ち向かえる?何か弱点でもあるのなら隠さず教えて欲しいものだ」

 

 達也と克人、両者が睨み合っているのを、他の当主達はその様子を見つめていた。

 

『私は十文字殿の意見に一理あると思います』

 

 その中で口を開いたのは弘一であった。弘一の発言に、当主達のギョッとした顔が達也の目に入る。

 

『正気か七草殿!?』

 

『皆さんも各々、折紙イザヤについて調べていると思います。最初、我々は彼の力を大国一個分の戦力と同等と定めましたが、これは誤りです』

 

『どう言う意味でしょう………?』

 

『皆さんも感じた筈です。あの波動を。彼の力は最早、我々では到底測りし得ない』

 

『やはり、あの感じた波動は彼の…………』

 

 日本全土に広まった折紙イザヤの『本気』の一端を当主達も感じていた。驚きはするが、全員が薄々気が付いていたのだろう。あれは折紙イザヤの仕業だと。

 

『今の我々の力では彼に対処出来ない。ここは下手に「断られた場合は?」………………」

 

 達也の平坦な、だけどハッキリとした声が弘一を遮った。

 

「断られた場合はどうしますか?」

 

 達也と弘一の視線がぶつかり合う。弘一はしばらく無言を貫いた後、真っ黒なサングラスをクイッと押してこう言った。

 

『その時は、戦うしかないでしょう』

 

 誰も反論の声は上げなかった。無言の静寂が物語っていた。野放しにしてはならないのは分かっている。しかし、勝つ方法が思い浮かばない。達也自身、頭を悩ませていた。

 

『七草殿、娘さんの泉美さんは折紙イザヤと仲がいいと伺っています』

 

『えぇ。それが何か……?』

 

 真夜が弘一に声を掛けてくるなど珍しい。しかも、それが娘の事であるのが気がかりだ。弘一自身そう思った矢先、

 

『例えばの話ですが、もし折紙イザヤが泉美さんに好意を抱くことになったら、どうしますか?』

 

 それは予想外の発言。達也含め当主達は、真夜に呆気に取られていた。

 

『………それは、どういう意味でしょうか?』

 

 間を置いて質問の意図を汲もうとする弘一。

 

『四葉が知り得た情報では、折紙イザヤには現在、複数の女性からアプローチされているらしいんです。泉美さんも、その内の一人だとか』

 

 未だに真夜の真意が分からない。しかし、達也だけは何となく分かった気がした。

 

『ここで言うのもなんですが、確かに泉美は折紙イザヤに恋慕を抱いています。それに、私が聞いた限りでは、彼の方も泉美は他の女性と比べてもー』

 

 と、ここで弘一は口をつぐんだ。他の当主達が、話を中断した弘一を怪訝に思う中、弘一だけはただ真っ直ぐに真夜を見ていた。彼は気が付いたのだ。

 

『四葉殿、まさかとは思いますが、私の娘の泉美を折紙イザヤの『ストッパー』にする、なんてお考えではありませんか……?』

 

 達也は静かに目を伏せた。

 

『もし仮に、二人の間に愛が芽生えたとしたら、彼と戦うなど愚かな選択をせずに、むしろ彼を私達の中に取り込む事も可能ではないですか?七草殿は以前、折紙イザヤを泉美さんの婿にしようとされてはいたではありませんか』

 

『………………』

 

 同じだ。達也と深雪がそうである様に、今度はイザヤを泉美で縛ろうとしているのだ。真夜は第二の達也を生み出そうとしている。

 

『娘が折紙イザヤを、制御、出来ると……?』

 

 真夜と弘一の睨み合いの中、五輪勇海が恐る恐る手を挙げる。

 

『あ、あの、四葉殿、そんな簡単にいくものでしょうか?そんな男女の惚れた腫れたなんかで………』

 

 他の当主達も、五輪勇海と同様に納得がいかない様子だ。しかし真夜はこう続ける。

 

『私は彼と一度会いました』

 

 突然のカミングアウト。当主達は目を見開いて驚いた。

 

『お、お会いになったんですか……!?』

 

 六塚温子が少し興奮気味で声を上げる。

 

『彼はとても純粋な青年でした。お忘れですか皆さん?どんなに力が恐ろしくても、彼はまだ16歳。何色にでも変化するお年頃。その頃の皆さんは如何でしたか?』

 

 当主達は一様に、腕を組んだり目を閉じたりして過去の記憶を掘り起こしている。その中でも七草弘一は、14の歳の頃に四葉真夜誘拐事件の際に失った右目を撫でていた。

 

『あのご参考までに、泉美嬢の他に折紙イザヤにアプローチしている女性は、どなたなんですか?』

 

 八代雷蔵が真夜に質問する。真夜は雷蔵の質問には答えず、目を閉じている三矢元を見ていた。

 

『私の娘だ』

 

『三矢殿』

 

『私の娘、詩奈が折紙イザヤに懸想している』

 

 元自身、頭を悩ませているのはそれだ。危険人物である折紙イザヤに、詩奈は並々ならぬ想いを抱いている。

 

『詩奈嬢が……では、泉美嬢と詩奈嬢の二人に好意を寄せられていると言うわけか?』

 

『いいえ、あと一人。ホクサングループの総帥。北山潮殿のご令嬢、北山雫嬢もその一人だとか』

 

『なんと………』

 

 雫の友人であり、イザヤと泉美と詩奈の先輩でもある達也は、十師族の当主達が四人の取り巻く恋愛事情について話しているのが可笑しく思えた。だが、至って真面目である。

 

『彼女達の内の誰かを折紙イザヤと婚約させて、あわよくば彼の行動を制御しようと?』

 

 入学当初と比較して、イザヤに変化が生まれているのは確かだ。それが良いものなのか悪いものなのかは、まだ分かっていないが。

 

「お言葉ですが御当主、それが本当に出来るとお思いなのですか……?」

 

 達也はスクリーンに映る真夜と視線が交わる。真夜は達也の言葉にクスリと笑う。

 

『もしもの話ですよ達也さん。私は出来るかどうかは別として、そんな選択もあるのではないかと申したまでです』

 

 白々しいと達也は思う。先程暗い顔をしていた当主達の顔色が変わっている。これから泉美、詩奈、雫の三人は、イザヤ同様に目を付けられる事になると。雫に関しては、家を通して十師族から要請があるかもしれない。

 

(俺の為に深雪が生まれた。今度は、イザヤの為に三人が犠牲になるのか。深雪と同じ存在を作ることを、俺は容認していいのか…………)

 

 達也は人知れず、自分の拳を強く握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泉美が生徒会の業務が終わった頃には、既にイザヤは学校から去っていた。途中まで一緒だった深雪やほのか達に心配の目を向けられながらも、足取りが重いまま家に辿り着いた。

 

「おかえり泉美」

 

「ただいま、香澄ちゃん」

 

 廊下から玄関へ走ってきたのは泉美の片割れの香澄。一足先に帰ってきて、泉美の帰りを待っていた。

 

「どうだった?イザヤ君には会えた?」

 

 泉美は視線を落として首を横に振る。香澄はその姿を見て肩を落とした。

 

「早く会いに行けばよかったのに…………」

 

「……………」

 

 生徒会の業務があるからと、自分に言い聞かせてイザヤと会うのを避けていた。そのせいでイザヤと会えなかった。

 

「うっ…………ううぅ………」

 

 泉美は鞄を落としてその場で膝をついた。そして、目に大粒の涙を溜めていた。

 

「え!?泉美!?」

 

 慌てて泉美に駆け寄る香澄。泉美の頬には涙が流れていた。

 

「どうしよう香澄ちゃん。私、これでもう二度とイザヤ君と会えなかったら、どうしましょう…………」

 

 泉美はすぐに会わなかったことを後悔していた。怖かったのだ。イザヤと会うことが。イザヤと会って何を言われるのかを。怒ったイザヤの姿なんて初めてだ。いや、男に怒鳴られたのなんて初めてだった。

 

「泉美………」

 

 泉美は心で嘆く。嫌われたくない。離れたくない。側にいたい。けど、彼はきっと自分の手からすり抜けてしまうと。

 

(こんな思いするなら、好きにならなきゃよかった…………

 

 あんな自分勝手で、意地悪で、人を見下して、子供で、無邪気で、いつも隣で笑いかけてくる、あんな奴を、どうして。

 

「何で好きになっちゃったんだろう、私………」

 

 顔を手で覆い隠して泣き崩れる泉美。香澄は泉美を抱きしめて、背中をさすることしかできなかった。

 

 

 

 次の日、イザヤは顔を出さなかった。それが一層、泉美の心を苦しめる事になった。

 

 

 

 

 USNAスターズ内でパラサイトが発生し、アンジェリーナ゠クドウ゠シールズが日本に逃亡してきたのは、この日から数日経った頃である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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