第六十五話 イザヤ「仲直りしました」
真由美と克人、その他の警護にあたっていた魔法師達は、一度病院へと運ばれた。真由美と克人が目を覚ますまでの間、達也と深雪は、現場に到着してからの一部始終を香澄と泉美の口から聞いていた。
「ーーーそれで、イザヤは光宣を逃したと?」
「はい、その後イザヤ君もいなくなって」
「そうか………」
香澄が達也と深雪に説明する中、泉美はただ床を見つめていた。
「泉美ちゃん、大丈夫かしら?」
「……あっ、はい。大丈夫です」
口では大丈夫と言うが顔色はそうではなかった。加えて、深雪を前にした泉美のいつもの調子とはかけ離れている。
「アイツ、明日学校に来るそうですよ」
「イザヤが……?」
「ちゃんと来るって言ってました」
泉美は「だよね?」と視線を向けてくる香澄に、小さくコクリと頷いた。
「……分かった。二人とも御苦労だった。大した怪我もなくて」
「まぁ、光宣は私達を傷つけるつもりは無かったようですし」
自分達が戦っても勝てなかった。姉がやられた上に、片割れがこの調子じゃあね、と香澄は心の中でつぶやいた。依然として下を向く泉美の手に深雪はそっと手を重ねる。
「深雪先輩……」
「泉美ちゃん、どうしてイザヤ君は光宣君を助けたんだと思う?」
「それは…………」
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『光宣を逃して、お前に何の得があるんだ?』
『僕は見たいのさ、愛をね』
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まだ新しい記憶。克人との会話の中でイザヤが放った言葉が頭の中から掘り起こされる。
「イザヤ君は、水波さんと光宣君を通じて知りたいんだと思います」
「何を?」
そう質問してくる達也に、泉美は視線を上げて答える。
「愛、です」
水波と光宣の態度から、二人の間に何か特別な感情が芽生えているのは分かっていた。イザヤはそれを利用して、自分の気持ちをハッキリとさせたいのかも知れない。
「光宣はまたやって来るだろう。水波を攫おうと」
パラサイト化した光宣に水波をやる訳にはいかない。光宣はもう人間では無いのだから。水波も光宣と同じパラサイトにさせはしない。
「警備を強化する必要がある。俺はいつでも近くにいれる訳じゃ無い」
夕歌や黒羽姉弟あたりに応援に来てもらう必要があると達也は考える。過剰戦力とは思わない。むしろ必須だ。光宣は自分も手を焼く程に力を増しているのだから。
「どうした深雪?」
深雪は何か言いたそうに小さな口を開けようとしたが、思い止まり首を横に振る。
「…………………」
深雪が何を言いたかったのか、達也には何となく分かっていた。もし、イザヤが水波誘拐に協力する場合はどうするのか?と。
達也はその問いの答えを持ち合わせていなかった。
次の日、九島烈の死去のニュースは全ての魔法師達の耳に届いた。イザヤが通う第一高校も、その話でもちきりである。九島烈の死因は病死となっている。日本魔法師界の「象徴」ともいえる男の死は、悲しむ者も多かった。
がしかし、イザヤにとっては老人一人が死んだ事など、別にどうでも良いことだった。朝つけたテレビで流れていたが、イザヤは興味も無くすぐにお天気チャンネルに変えた。
興味があるのは、自分の中で生まれつつある何か。それは歓迎しても良いのかどうかすらも、イザヤにはわからない。
水波から言われた事。イザヤだって考えていた。自分に深く影響を与える三人の少女。
(もう少しで分かりそうなんだよ。そのために水波ちゃん、君と九島光宣、僕に愛を教えてくれよ)
これが道具として大切に思う気持ちなのか、それとも別の何かか。今までこの感情に振り回されて面倒だったが、今はそれを楽しむよう考えることに決めた。
今後は、この正体不明の何かに従って行動しようと決意した。何に反応し、何に嫌悪し、何を求めるのか。心の奴隷。それが今の折紙イザヤである。
「おはようございます」
席に座り、目を閉じていたイザヤの頭の上から声が聞こえて来た。この学校に来てからずっと関わりのある隣人の声が。
「おはよう、泉美ちゃん」
「……学校、来たんですね」
「もちろん。学生だからね当然だよ」
「……………」
白々しいイザヤの発言に、泉美は何か言いたそうな顔をしていたが、黙って席に着いた。
「もう、来ないのかと思いました」
「どうして?」
「私の顔、見たく無ないと思って………」
影を落とす泉美の顔。あの日の出来事を引きずっているのは目に見えていた。
「……ククッ………クハハハハハハハ!」
突然イザヤが大きな声で笑い出した。教室内に響き渡り、周りの生徒も「どうした?」と注目を集めている。泉美もイザヤにギョッとして目を見開く。
「なっ!?何で笑うんですか!?」
「ククッ……あぁそうだった。僕は大事なことを忘れていたよ」
「大事なこと?」
イザヤはフゥと一呼吸置いて自分を落ち着かせると、泉美に手を差し出した。
「仲直りだ、泉美ちゃん」
「えっ?」
「あの時は、怒鳴ったりしてゴメン」
泉美とのわだかまりを無くすこと。イザヤが最初にすべき事は、間違いなくコレであった。だってイザヤは、暗い顔をした泉美を見たくなかったから。
「ーーー」
泉美は、自分が思い悩んでいたのが馬鹿らしく思えてきた。泣いて、香澄に慰めてもらっていた自分が、この差し伸べられた手一つで全てが解決してしまう。
「イザヤ君、アナタって人は…………」
泉美の目からポロポロと涙が溢れている。人目なんて気にする余裕なんて無かった。溢れ出したこの涙を止める術を持ち合わせていなかった。
「なんて、勝手な人………」
心の霧が晴れていく。いつもの様に子供っぽい笑顔を見せる目の前の青年によって。
「私こそ、ごめんなさい」
午前の授業が終わり、イザヤと泉美が仲良く食堂へと歩いている光景を目撃した香澄は、
「やっとか〜」
「えっ?何が?」
二人の前でため息を吐いた。泉美の笑顔が見れたのは数日ぶりである。泉美の調子が崩れていた時は、香澄は心穏やかではいられなかった。
だがそれも終わりだ。二人並んでいる光景は、久しぶりに感じられた。
「香澄ちゃんも、一緒に行きましょう」
「全く、人の気も知らないで……」
泉美の笑顔を見れて、ホッコリする香澄であった。
放課後は、イザヤが学校に来た事を聞きつけた侍郎が勢いよく教室に入って来て、「師匠、稽古をつけてください!」と注目の的となり、イザヤは苦笑いしながら二人で演習場へと向かっていた。
さらに聞きつけた雫と廊下で出会い、「何で教えてくれなかったの?」と無表情ながらも怒っている様子にイザヤは、
「じゃあ、休日遊びに行きましょう」
「言質とった」
また、イザヤは雫から戦っている姿を見たいと言われたので、そのまま連れて行って実戦を想定した戦いを披露した。
「今日こそ一撃当ててやります」
「やってみな」
指でクイクイッと挑発するイザヤに、侍郎は真正面から向かっていった。
そこからの戦いは一分にも満たない攻防だった。イザヤがその気になればすぐに戦いは終わるのだが、それでは侍郎の成長を妨げるため、何度か隙を与えてはそれをブラフにカウンターを仕掛け、最後は相手の身体を徐々に重くさせる魔法を掛けて、侍郎の息切れと同時に地面にキスさせた。
「はい、おしまい」
「はぁはぁ……もう……無理……」
「矢車、息が上がるの早くない?」
ゼェゼェと肩を上下させる侍郎を見下ろす雫。
「戦いの終盤、侍郎君の身体には100kg以上の重りがのしかかった様な感覚に襲われていた筈だ。そのせいだよ」
雫に説明しながら手足をぶらぶらとさせるイザヤ。侍郎の戦いはただの準備体操だ。
「雫先輩、久しぶりに僕と撃ち合いでもします?」
「やりたい。矢車さっさと起きて」
「無茶言わないで下さい」
イザヤは侍郎との修行が終わった後、泉美から「終わるまで待っててください」と言われたので素直に校門前で待っていた。一人、また一人と校門から出ていく学生達を見送っていた時、二人の男女がイザヤを見て足を止めた。
「…………」
「…………」
それは達也と深雪である。達也とイザヤは何を語るわけでもなく、ジッと互いを見つめていた。深雪はその様子を一歩後ろから見守っていた。
「行くぞ深雪」
「……はい」
達也はイザヤから視線を切り、深雪を連れて歩いて行った。
「お待たせしました」
「イザヤさん」
達也と深雪が去ってからしばらくした後、泉美、香澄、詩奈、侍郎の四人が現れた。
「詩奈ちゃんと侍郎君も一緒に帰ることになりました」
「ご一緒してもいいですか?」
断る理由はない。イザヤはこうして誰かと帰るのも久しぶりな感じである。
「もちろん、じゃあ行こうか」
イザヤ達は喫茶店アイネ・ブリーゼでお茶をすることになった。提案は後輩の詩奈のものである。詩奈はイザヤと学年も違い、放課後は生徒会の仕事で会うことはほぼ無いため、少しでも同じ空間にいたいと思いお茶に誘ったのだ。
結構食い気味にイザヤを誘うため、彼女の魂胆は周りからは見え見えだった。もちろんイザヤも気付いていた。上目遣いを駆使し、誘う彼女にイザヤは「仕方ないなぁ」と了承した。
楽しく談笑している最中、店内にあるテレビでは、その場を暗くさせるニュースが流れていた。
『大亜連合と新ソビエト連邦の戦争は、今も激化の一途を辿っています。このニュースでは、最新情報をお伝えします』
九島烈の死後の前、大亜連合と新ソビエト連邦が戦争状態に突入したことを、ほとんどの放送局が朝から夕方に掛けて報道していた。
テレビで映し出される地図によって、大亜連合の侵攻ルートを説明される。その説明に釘付けになるイザヤを除いた者達。
「軍事衝突が長引けば、日本海側に注意を払わなければなりませんね」
「もし勝利した側が余勢を駆って日本海を南下したりすれば………」
今度は、日本が勝った側と戦争する事になるのか。その想像は恐ろしくも、馬鹿馬鹿しいと一蹴することは出来なかった。楽しい雰囲気が一変して張り詰めた空気が流れる。
誰もがテレビに夢中になる中、イザヤは呑気にコーヒーを飲んでいた。それを泉美に見つかった。
「興味無さそうですね」
「まぁね」
「興味のないイザヤ君に聞きますが、この戦争、どちらが勝つと思われますか?」
それまでテレビに目を奪われていた香澄、詩奈、侍郎がイザヤに視線を移す。イザヤはもう一度コーヒーに口をつけて、
「新ソ連だね」
イザヤは断定した。
「何故でしょうか?」
「大亜連合は横浜事変の戦いで戦力を消耗している。まだそれから日も浅いのに戦争を仕掛けるなんて、余程勝算があるのか、もしくは上が馬鹿か」
詩奈の疑問にイザヤはそう言った。しかし詩奈は、納得がいった顔をしていなかった。
「でも、大亜連合は戦略級魔法師の劉麗蕾がいます。戦略級魔法は戦況を有利に変える力を持っています。それでも、イザヤさんは新ソ連が勝つとお考えなのですか?」
「詩奈、それは新ソ連も同じだろ。あそこには、戦略級魔法師のベゾブラゾフがいる」
「でもその人って死んだとか言ってたけど」
昨日見たニュースの内容をうろ覚えに掘り起こす香澄。
「劉麗蕾か…………」
大亜連合が今年発表した国家公認戦略級魔法師。イザヤはその名前を口に出すと、
「俺と詩奈の一つ下、彼女14歳なんですよね。そんな子が戦場に立つなんて」
弱い14で人が殺し合う場所に投入される事、大人達の政治の道具として利用される事を哀れんでか、侍郎はそう口にした。
「彼女は兵器として育てられた。そうなるのは当然の事だよ。歳なんて関係ないし、同情なんて向こうもいらないよ」
「ですが」
「じゃあ侍郎君、君に修行をつけるのやめるよ」
「えっ!?」
イザヤから予想だにしない発言が飛び出し、侍郎は席をガタンッと飛び上がる。
「君は護衛として詩奈ちゃんを守るんだろう?もし敵が自分よりもずっと下の子供であったとしても、君は一瞬の間を置かず撃ち殺す必要がある」
「分かるね?」と目で訴えるイザヤ。侍郎は今のイザヤの言葉に心臓を突かれた感じがした。
「君は確かに強くなったけど、それはあくまで表面的な話。君の内側は入学した当時から変わっていないようだ」
泉美、香澄、詩奈は二人の会話に口を挟んではいけない雰囲気を感じ取っていた。もし会話に割り込んでもイザヤは無視していただろう。
「戦いに子供が投入されるなんて、これは特別なケースで………」
「絶対にないと?じゃあ聞くけど、さっき君がテレビを見ていた時言ってたよね?
『もし勝利した側が余勢を駆って日本海を南下したりすれば』
本当にそうなったら軍が動くけど、軍が止めらず本土に上陸した場合、戦いに身を投じるのは日本の若い魔法師達だよ」
「ッ……!」
侍郎の顔が引き攣る。何も考えず発言していた事に歯噛みした。今、理解した。自分に考えが足りていないことに。
「君はすぐにトリガーを引ける人間にならなければならない。分かるね?」
「……………」
身体から力が抜け落ちたように侍郎は席に座った。説教と言うより、お勉強は終わった。イザヤはコーヒーを飲み干した。
「まぁ、もし調子に乗って日本に南下でもしてきたら僕が遊んであげようかな」
「あ、遊ぶって………」
戦場を遊び場と勘違いしているイザヤに呆れてしまう香澄。
「もしかしたら、その中に僕を楽しませてくれる奴がいるかもしれないし」
「「「「……………」」」」
大亜連合と新ソ連の結末に、どっちが勝つかなんてイザヤは興味はない。ただ一つ気がかりな事があるとすれば、
(彼女、大丈夫かなぁ……………)
大亜連合と新ソ連の戦いは初日から苛烈を極めていた。戦略級魔法師の劉麗蕾が戦場に投入され、戦いは大亜連合が有利に事を進めていた。これに勢い付けられた大亜連合は更なる侵攻を始める。
戦いが激化する中、劉麗蕾も次の戦場へと向かっていた。だが彼女は、この戦争の行く末が大亜連合の勝利で終わるかは微妙に感じていた。
そもそもこの戦いは、新ソ連の戦略級魔法師のイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが戦場に出てこない前提のものになっている。そんな不確かな情報に基づいた本作戦など愚策と評してもいい。
(ワタシの命もここで終わりでしょうか………)
劉麗蕾は兵士達に申し訳なさを感じつつも、自分の運命を悟る。装甲車に揺られながら彼女はそっと瞼を閉じる。懐かしい過去の記憶を思い出す。
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「妖精さん、ワタシが危なくなった時は助けに来てくれますか?」
「え〜、まぁいいよ」
妖精は面倒くさがりながらも、そう約束してくれた。
「………本当ですか?」
半信半疑だったワタシは、妖精さんを疑った。
「じゃあさ、君に魔法の言葉を授けよう」
「魔法の言葉、ですか?」
「忘れないで、その言葉は僕と君を『繋ぐ』魔法さ」
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「『ワタシには、最強の魔法師が味方にいる』」
劉麗蕾は、妖精と交わした魔法の言葉をポツリと呟く。あの会話が最後、妖精は自分の前に姿を見せなくなった。
「劉麗蕾、目的地まで後1km。戦闘の準備を始めて下さい」
「……はい、わかりました」
その後、大亜連合はベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』によって戦力の七割以上を失った。