魔法科高校の後輩   作:パクチーダンス

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第六十六話 イザヤ「どうも妖精さんです」

 

 『トゥマーン・ボンバ』のサイオンの波動をキャッチしたのは、日本時間で午前八時五十五分。魔法科高校は一高から九高まで共通で朝八時から一限目が始まる。

 

 生徒達はいつものようにチャイムが鳴る前に席についていた。イザヤも例に漏れず、席について隣の泉美と雑談して時間を潰していた。そこへ突如、特大規模の波動が日本全土の魔法師達に届いたのだ。

 

 反射的に立ち上がる生徒は少なくなかった。ざわつき出す生徒達。泉美もその一人だった。

 

「い、今のは…………」

 

 伝わってきたサイオン波動の強さから魔法の威力も推察できた。それは戦慄を覚えるほどであった。このような感覚を一度、泉美は味わったことがある。

 

「イザヤ君………」

 

 隣に座るイザヤに声を掛ける。これは、イザヤの『本気』の力を解放した時に似ていた。

 

 似ていたといっても、禍々しさはイザヤの方が圧倒的にだったが。

 

「どうやら、戦いの決着がついたようだね」

 

 イザヤはこんな時でも笑みを浮かべていた。いや、こんな時だからだろうか。イザヤは久しぶりに、ほんの少しだが自分の身体が熱くなるのを感じた。

 

(面白くなってきたな………)

 

 イザヤは席を立つと、教室から出て行こうとする。

 

「イザヤ君、どこに行くんですか!?」

 

「用事を思い出した。今日は帰るよ」

 

 イザヤは呼び止める泉美の声を無視して、廊下を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大亜連合政府は新ソビエト連邦政府に対して、休戦を呼び掛けた。その申し入れから一時間後、新ソビエト連邦政府から休戦の条件が提示された。そこには、戦争犯罪人の引き渡しが含まれていた。

 

 潜伏中の劉麗蕾は、自分の護衛部隊の隊長である林少尉に呼び出された。

 

「………新ソ連はワタシの身柄を要求してきたのですか?」

 

 強張った劉麗蕾の声に、林はこくりと頷いた。

 

「戦争犯罪人の上位リストには、劉校尉の名前も入っていました」

 

「そう、ですか………」

 

 劉麗蕾は自分の血の気が引いていくのが分かる。強いショックの中にいたが、心の中では「やはり……」と思っていた。

 

 彼女は理解している。戦略級魔法の行使は大量破壊兵器の使用と同様。戦争に勝利すれば罪に問われることはないが、敗北すれば、重罪人として裁かれる。

 

(妖精さん、どうやらワタシはここまでのようです)

 

 下を向く劉麗蕾を勇気づけるように林は手に握る。

 

「逃げましょう」

 

「林隊長?」

 

「し、しかし、ワタシが逃げたら休戦が成立しないのでは………」

 

「そんなこと、貴方が考えるべき事ではありません」

 

「で、ですが、それでは祖国が………」

 

 新ソ連邦の提案を飲まなければ、自国がどんな制裁を加えられるか分からないが、必ず厳しい罰が与えられるだろう。

 

「貴方が処刑されたら、祖国は再び戦略級魔法師を失ってしまいます。逃げるのです劉麗蕾。祖国の為に。貴方は生きるべきです」

 

「そう………ですね」

 

「決心してくれましたか……良かった!」

 

 自分以上に喜ぶ林の姿を見て、劉麗蕾は微笑む。

 

『そいつは嘘をついている』

 

「えっ?」

 

 すぐ後ろから男の声が聞こえてきた。劉麗蕾はバッと後ろを振り返るが、そこには誰もいない。

 

「どうしました……?」

 

「い、いえ………何でもありません」

 

 林は不思議そうな顔をしていたが、すぐに劉麗蕾に笑顔をふりまいた。

 

 

 劉麗蕾は林の提案を飲んだ。だが悲しい事に、林は新ソ連に寝返った工作員であった。これにより、劉麗蕾は日本に亡命する事になる。これは新ソ連邦が日本に侵攻するための策略であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と深雪は、ミッドウェー島及び北西ハワイ諸島海域におけるUSNA軍(パラサイト化した米軍)の動向に関する情報を仕入れる為に、達也は詩奈経由で三矢家当主、三矢元と面会していた。

 

「そちらが満足のいく情報はありましたかな?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 達也が元に頭を下げ、続いて後ろに控えていた深雪も同様に下げる。

 

「……一つ、よろしいですかな?」

 

 タダで情報を得られるとは達也も思ってはいない。何かしらの対価を要求されることは想定内だ。それが何であるかは分からないが。

 

「何でしょうか?」

 

「達也殿は少なからず、折紙イザヤとは交流があると思いますが…………」

 

「はい、それが何か?」

 

「折紙イザヤは、詩奈を好いていると思いますか?」

 

 イザヤ関係だとは達也も予想外である。それに加え、自分と深雪の後輩でもある詩奈との恋愛話だったとは、これには達也も言葉がスラスラと出てこない。

 

「…………イザヤの考えは自分にも分かりかねます。何せアイツは、多くを語らないので」

 

 この手の話は達也の分野ではない。

 

「もしやあの時の、当主・真夜が言ったことを信じておられるのですか?」

 

「……信じているわけではないが、あの力を野放しにしてはいけないとも私達は考えている」

 

「その為に、娘さんを利用するのですか?」

 

 元は押し黙った。達也自身、意地悪な言い方だとは思うが、要はそういう事である。詩奈を使ってイザヤを繋ぎ止める。達也はその方法は無理だと思っているが、

 

「詩奈は、折紙イザヤを好いている」

 

「存じています」

 

「本当なら、あの様な危険な者に好意を抱いては欲しくなかった」

 

 それは、当主というよりも父としての言葉だろうと達也は汲み取った。

 

「十文字殿は、九島光宣の逃亡を補助する折紙イザヤと戦闘になったようだが、手も足も出なかったと聞く。彼も嘆いておられたよ」

 

「……………」

 

「戦わないで済むのなら、それに越した事はない。誠に遺憾だが、娘が幸せを願うのが父親である私の役目だ。それが折紙イザヤであっても」

 

「……心中お察しします」

 

 達也には親の気持ちは分からないが、十師族の三として君臨している人間としての親と立場を切り捨てる必要がある。そんな時が、達也にも来るのだろうか。

 

「少し、よろしいですか?」

 

「深雪?」

 

 達也は背後にいる深雪の方へ振り返った。その時の深雪の顔は、何故か怒っている様に見えた。

 

「なんですかな、深雪殿?」

 

「失礼ながら申し上げます。三矢殿は一度、折紙イザヤを会うべきだと思います」

 

 元はピクリと眉を動かした。そして腕を組み始めた。

 

「何故ですかな?」

 

「三矢殿は、折紙イザヤの表面的な部分しか理解していないご様子。彼はその実、とても繊細な男です」

 

 深雪は頭に血が昇っているのを自覚していた。深雪も達也同様、イザヤを良くは思っていない。だが、口は勝手に動いていた。

 

「これは彼自身が言っていたことですが、彼は愛を知らずに育ちました。彼はずっと、それを求めて生きているんです」

 

 深雪の言葉に、元は口を挟まず黙って聞いていた。

 

「兄は人の色恋には疎いので私が申し上げます。折紙イザヤは娘さんを好いていると思います」

 

 詩奈だけじゃない。雫も泉美もイザヤは好意を抱いてはいる。女性の深雪には分かるのだ。イザヤの三人の女性への接し方、話し方、気遣い、雰囲気。それが全てを物語っている。けどイザヤが分からないのは、ただ単に恋愛に不器用なだけなんだと。

 

「ですが、その感情が何を意味するのかが分かっていないんです。どうか一度、会って話してみては如何ですか?」

 

 深雪は話終わるとフゥと一呼吸置いた。少しばかり早口で喋ったことで、深雪は少し肩で息をしていた。

 

「深雪殿」

 

「…………はい」

 

「分かりました。貴方の言う通り、折紙イザヤとは会ってみようと思います」

 

「その方がよろしいかと」

 

 深雪は、イザヤに少なからずの憐みを抱いていた。愛を知らないこと。愛とは何にも代え難い素晴らしいものであると。

 

 気づいて欲しい。彼女達の愛に、そして自分の中の感情の意味に。友人や可愛い後輩が幸せになって欲しいと願う深雪の気持ちは、一人の同じ女の子として、ごく普通のことであるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一条将輝と一条茜は、父親である剛毅の書斎に呼び出された。扉を開けると、剛毅はソファに座っていた。

 

「二人とも、まずは座れ」

 

 茜は剛毅の粗暴な態度に微かに眉を顰めたが、将輝は気にしなかった。お年頃の茜には、父親の言動がお気に召さなかったらしい。

 

 二人がソファに腰掛けると、剛毅は口を開いた。

 

「大亜連合の国家公認戦略級魔法師の劉麗蕾が、日本に亡命してきている」

 

 話はこうだ。現在、小松基地で保護されている劉麗蕾は、CADを必要としない魔法師である。正確には、二種類の魔法に特化しており、それ以外は魔法を碌に使えないというのが本当のところだ。

 

 その劉麗蕾には偽装亡命の可能性が浮上した。破壊工作を企んでいる恐れがある。その為、すぐに彼女の動きを封じる為に、茜の『神経攪乱』が必要とされているようだ。

 

 『神経攪乱』は、対象の五感を狂わせ随意筋を麻痺させる魔法師。その適正のある茜が要請された。今回の将輝は茜の護衛である。だがいざとなれば、将輝が劉麗蕾を殺るために。

 

「『神経攪乱』は一色家の固有魔法だろ。何も茜が行かなくても………」

 

「昔の茜ならば言わなかった。だが今の茜は、一色家や一条家の固有魔法を軽く行使できる。それはお前も分かっているだろう。出力も一色家の人間よりも桁違いだ」

 

「それは…………」

 

 あの一件以来、茜の魔法師としての強さは、他の魔法師とは一線を画す事になった。兄の立つ瀬がない程に。魔法の撃ち合いで妹に負けた時は、悔しくて夜の街を走ったくらいだ。

 

 あと、妹の態度がデカくなったことも腹立たしい。おのれ折紙イザヤ。

 

「分かったよ親父。茜は俺が守る」

 

 妹を守るのも、先に生まれた兄としての責務であるのだ。

 

「いいよお兄ちゃん。自分の身は自分で守るから。今の私は、どんな敵が来てもやっつけちゃうから」

 

 拳を天井に掲げる茜。

 

「折紙イザヤだとしても………?」

 

「それは無理」

 

 サッと伸ばした腕を下ろす。

 

「あのさお兄ちゃん、そこでイザヤさんを出すの狡いよ。私に負けたからってさ」

 

「なっ!?言わせておけば……!」

 

 兄妹でいがみ合っているのを、剛毅はゴホンッと咳払いした。それに反応して、二人はビクッと体を震わした。

 

「とにかくだ。将輝、茜、頼んだぞ」

 

「「はい/分かった」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深雪」

 

「はい」

 

「何故、あの様なことを?」

 

 三矢家を訪問した帰り、車の中で達也は先程のことを深雪を訊ねた。深雪は運転している達也に対して頭を下げた。

 

「申し訳ありません」

 

「いや、怒っていないよ。俺は色恋には疎いからな」

 

 ちょっと意地悪を言うと、深雪は顔を膨らませる。その姿に達也は微笑むが、すぐに真剣な表情に変わる。

 

「深雪、お前はイザヤに同情しているのか?」

 

「…………そうですね」

 

 深雪は達也から視線を切り、窓の外を眺める。

 

「達也様」

 

「何だい深雪?」

 

「私は、達也様から愛してもらってとても幸せです」

 

 達也は「なにを当然なことを」と思った。自分が深雪を愛しているのは、自分に残されたただ一つの、大切な感情である。

 

「私、愛を知らないってとても可哀想だと思います」

 

「深雪………」

 

「イザヤ君に子供っぽい所があるのは、誰かと関わるための自己防衛ではないでしょうか?」

 

「……………」

 

「力が強すぎる余り、周りが離れていってしまわないように、人にちょっかいをかけたり、おちゃらけたり」

 

「本当に、迷惑な子供だな」

 

 達也の返答に、深雪はクスリと笑った。

 

「そうやって人と接していく中で、彼は何処かで愛を求めているのではないですか?」

 

「そうなのかも知れない。だが、アイツはそれと同じく自分よりも強い強者を求めている」

 

 達也自身、イザヤが誰かと愛し合うのは一向に構わない。だがイザヤは、愛以上に自分を屈服させる強者を探している。

 

「イザヤが愛を知ったとしても、アイツの野望が無くなるとは思えないんだ」

 

 イザヤの目から見るこの世界は、どんな風に見えているのだろうか。

 

「………強すぎるのも悩みものですね」

 

「あの強さを誰かを守る為に使えたのならば………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 劉麗蕾が保護されている宿泊棟は、一応にホテルと呼んでも遜色ない設備が整っていた。劉麗蕾は日本軍の命令により、一階のロビーに連れて来られた。

 

(見られていますね…………)

 

 ロビーの内外に、計十人以上の軍人が自分を見張っている。当然と言えば当然。劉麗蕾は敵国の魔法師なのだから。

 

(……………………)

 

 劉麗蕾の中で不安が募っていく。今は受け入れてもらえたが、すぐに身柄を新ソ連に引き渡されたりしても不思議ではない。

 

(さっきの、あの声…………)

 

 『そいつは嘘をついている』

 

 突然背後から聞こえてきた何者かの声。だけど、何処か懐かしい様な声。

 

(あの時、ワタシの他に部屋にいたのは林少尉だけ。もしかして…………)

 

 劉麗蕾は、隣に座っている林に目をやる。まさか林少尉が?あの声を信じるわけではないが、

 

(新ソ連と通じてる?まさかそんな……………)

 

 今の自分の状況では、誰が味方で誰が敵なのかも判別がつかない。進む道が見えず、目の前は真っ暗な闇の中。劉麗蕾は、そっと胸に手を当てる。

 

(『ワタシには、最強の魔法師が味方にいる』)

 

 自分に勇気を与えてくれる魔法の言葉。この言葉で、自分は何度救われたことか。でも今回は、そうもいかないみたいだ。

 

「来ました」

 

 自分はこれからどうなるのか。まだ先の見えない中で、彼女はしっかりと地に足をつけて立った。

 

「初めまして、劉麗蕾です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ〜。大きくなったね。小劉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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