達也と深雪は、早朝に九重八雲のいる九重寺を訪れていた。達也は九重八雲に昨日の折紙イザヤとの試合について説明した。
「ほー、達也君が負けたのか」
「はい、完全に後ろを取られました」
事実を淡々と述べる達也に、
「修行が足りていないんじゃない?達也君?」
九重八雲は達也に揶揄うように言う。
「師匠、お願いがあります。折紙イザヤについて調べてもらえませんか?」
達也は九重八雲にそうお願いする。
「んー、話を聞く限り、その後輩君は子供みたいな子だね」
九重八雲はこれまで達也が説明した折紙イザヤの行動をまとめると、そう結論付けた。
「子供ですか」
「そう、話を聞いて僕はそう思ったね」
達也は下を向いて少し考え始めた。確かに九重八雲の言う通り、イザヤには子供っぱいところがある。しかし、その笑顔の裏に何を企んでいるのか。達也の様子に九重八雲は、
「分かった。僕も少しその後輩君について調べてみるよ。達也君を負かした子がいるなんて、とても興味深いからね」
「お願いします。師匠」
「お願いします」
達也と深雪は九重八雲に頭を下げる。そうして二人は寺から出た後、学校に登校した。
七草泉美は教室の窓から廊下を見ていた。もう授業のベルが鳴り始まるというのにイザヤが来る気配がないのだ。
(どうしたんでしょうか?イザヤ君、何かあったのでしょうか?)
そんな事を考えているうちに、先生が入ってきた。ベルが鳴り、授業が始まろうとしていた。
「あれ、折紙が来ていないな。誰か知らないか?」
先生が教室の皆に聞いても返事は返ってこない。
「欠席の連絡も入ってないし、入学早々遅刻とは、いい度胸だな」
一つの空席を残して授業が始まった。泉美はイザヤが来ていない事が気がかりであまり集中出来なかった。
午前の授業が終わり、皆が昼食を取るためにそれぞれ動き出している中で、泉美はイザヤの席を見つめていた。彼は、午前の授業を丸々欠席したのだった。
(本当、何してるんでしょうか。彼は)
生徒会役員になってから昼食を共に過ごしていた相方がいなくて、少し寂しくなっていた泉美の所に香澄が近づいてきた。
「おーい、泉美。あんた一人なの?」
香澄は泉美に尋ねた。
「ええ、今日はどうやらイザヤ君は欠席みたいで」
そういうと香澄は、
「何言ってんの?イザヤ君、今日学校来てたよ」
「え?」
香澄から返ってきた言葉は泉美の斜め上を行く言葉であった。
「彼、来てたんですか?」
「うん、授業の間の小休憩の時、窓からイザヤ君が中庭で歩いているの見たよ」
なんと彼は午前中から学校に来ていたのにも関わらず、授業に出ていなかったのだ。つまり、ただのサボりである。
「では、今彼はどこにいるんでしょうか?」
「そこまでは私も知らないよ。だけど案外、お腹が空いたから食堂にでもいるんじゃない?」
香澄の言葉に泉美はうんうんと頷き、
「そうですね、そこにいるかもしれません。行ってきますね」
そういうと泉美は、スタスタと歩いて食堂に向かった。
「おーい、泉美待ってよー」
香澄も泉美の後を追いかける。
食堂は生徒の数が多く、イザヤがいるのかどうかわからなった。
「泉美、イザヤ君は後でいいからさ、ボクらも昼食をとろうよ」
「……そうですね」
食べないと午後の授業までもたないので、一旦イザヤの事は置いておく事にした。
「んーー、空いている席はないかな?」
「この時間はいつも混んでいますからね」
そう言って二人は食べる席を探している。どこも席は埋まっていて、空いていないように見える。少し時間をずらしてかればよかったと後悔していると、
「泉美、香澄」
二人を呼ぶ声が聞こえてきた。自分たちの呼ぶ方を向くと、そこには北山雫と光井ほのかが座っていた。
「こっちに座って一緒に食べよ」
「ありがとうございます、北山先輩」
「ありがとうございます」
北山雫は席を詰めると二人を座らせた。
「いやー、助かったよ先輩。この時間は人が多いからさー」
「ええ、最悪、立って食べる事になるかもしれませんでした」
香澄と泉美はそう言うと、
「私たちも後から来たんだよ。だけど彼が大きなテーブルに座っていたから、座らせてもらったの」
光井ほのかが横の生徒に座っている感謝する。
「いやいや、そんな感謝される事なんてありませんよ先輩」
………イザヤがいた。
「え!?イザヤ君!?」
泉美はイザヤがいる事に気が付きビックリして声を上げた。
「どうしたの?泉美ちゃん?」
どうしたの?はこっちのセリフだと泉美は思った。
「今までどこにいたんですか!?」
「どこって学校だよ」
泉美はすぐさま反論する。
「授業に出ていなかったではありませんか」
「え!?イザヤ君、授業受けてないの?」
「サボり?」
「入学早々すごいですね」
香澄達も驚いている。まさか、学校の授業をサボる人間がこの魔法科高等学校にいるのかと。
「授業がつまらないからさ、ブラブラ散歩したり、図書館で本を読んでいたんだよ」
「つまらないって…」
泉美は言葉も出ない。じゃあ一体、お前は何をしに学校来ているのかと。
「図書館で本を読んでいる方が授業を聞くよりも役立つからね、まあ、実技はちゃんと出るからさ」
「出席も成績に響くと思いますが、」
「別にいいよ、気にしてないし」
「ええ、、、」
焼きそばパンを食べながら、イザヤは泉美と会話をする。そんな泉美の箸は止まったままであった。
「泉美、早く食べないと授業始まるよ」
「!、そうですね」
手が止まっている事に気がついた泉美は、いつもよりも食べるペースを速めた。
「それでさっきまで三人はなんの話をしていたんですか?」
香澄は北山雫に話しかける。泉美は食べながらそれを聞いていた。
「話してたというより、口説かれてた」
「へ?」 「ゴホッ!?」
香澄はポカンとした顔になり、泉美は苦しそうに胸を叩いている。
「雫、話を盛りすぎだよ。ただ放課後に喫茶店でお茶しようと言われただけだよ」
((それは口説いていると言ってよいのでは?))
香澄と泉美はそう心の中で呟く。
「可愛い女性とお茶したいと思うのは男として当然のことだよ。香澄ちゃん」
「あんた、それ誰にでも言ってるでしょ」
「誰にでもではなく、僕が気になった女性に言っているんだよ」
「なにそれ」
二人の会話を聞いている泉美は、お水をググっと飲み干して、
「ではイザヤ君は授業も出ずに女を探しに校内を歩き回っていたということでしょうか?」
泉美は笑顔ながらどこか圧のある感じでイザヤに質問した。
「そうさ、泉美ちゃんも可愛い女の子を知っていたら紹介してくれないかな?」
その言葉に泉美はさらに顔を怖くする。
「あなたみたいな女たらしに紹介する人などいません!」
「そうだよねー、泉美ちゃん友達いないもんねー」
グサっと、泉美のハートに棘が刺さる。今まで隠していた事を、容易く当てられた。
「もう知りません!!」
そう言うと泉美は立ち上がり、席を立ってしまった。
「ちょっと泉美ー!」
香澄が泉美を呼ぶが無視して食堂を出ていく。
「ちょっとイザヤ君、泉美怒っちゃったよ、どうすんの?」
「どうするも何もなくない?彼女の怒りが静まるまでじっとしているよ」
「まったく、でも、泉美もなんでそんなに突っかかるのかな?」
香澄は疑問に思っていた、しかし、北山雫と光井ほのかは、
「あれってそう言う事だよね?」
「うん、間違いない」
二人には確信があるようだ。しかし、何か話しているのか香澄には聞こえていなかった。
(また、揶揄いすぎて怒らせちゃったかな?)
イザヤは笑いながら、泉美の歩いて行った方をジッと見つめていた。
次の日の放課後は生徒会に行き、イザヤと泉美は報告書をまとめていた。テーブルでは千代田花音と五十里啓は談笑をしている。達也と深雪は用事があるらしく先に帰ったらしい。光井ほのかも同様である。中条あずさは、最近のニュースを見ながらイザヤと泉美の報告書が出来上がるのを待っている。泉美は作業をしている間もチラチラとイザヤの方に目を向けていた。そんな視線に気がついたのか、
「ん?どしたの泉美ちゃん?」
「いや、なんでもないです」
そう言うと、泉美は手を動かし始めた。イザヤも気にしてないのか、作業を再開する。
(集中力がときどき切れてしまいます)
泉美は一度深呼吸して自分の集中力を高めようとする。そんな時、イザヤが立ち上がり、中条あずさに報告書を提出する。その書類に一通り目を通すと、
「いいですよ、イザヤ君。お疲れ様です」
「ありがとうございます」
そう言ってイザヤは帰りの身支度を整える。
(私も早く終わらせないと)
泉美は焦って作業を進めようとする。早くしないとイザヤが帰ってしまうと思っているのだ。
「泉美ちゃん、そんなに焦らなくてもいいよ。ここで待ってるから」
「え?」
そう言ってイザヤは再び元の場所に座り、腕を組みながら、目を瞑っていた。そんなイザヤにホッとしたのか、泉美はゆっくりかつ丁寧に作業を進める。それから五分後、泉美も報告書を提出した。
「お待たせしました、イザヤ君」
泉美はイザヤに待ってくれと言ってはいない。しかし、横でずっと待ってくれたことが嬉しかったのか、
「これから喫茶店に寄りませんか?」
泉美の方から提案する。
「いいよ、行こうか」
「では、先輩方、私たちはこれで失礼します」
「ええ、また明日」
そのまま二人は校門を出て喫茶店まで歩いていく。
二人は喫茶店に入り、一番端のテーブルに座って会話をしていた。
「香澄ちゃんは昔から誰から構わず突っ掛かり、時にはイジメている子を成敗していたんですよ」
「なるほど、容易に想像できるね」
この場にいない香澄のことについて二人は話し合っていた。そんな話をする泉美の顔は楽しそうだった。
「泉美ちゃんの小さい頃は言わなくても分かるよ。どうせ、可愛いものばかり自分の周りに置いて遊んでいたんだろう?」
「そんなことありません」
「君は外で遊ぶと言うよりも家の中で遊んでいる姿がしっくりくる」
香澄はアウトドア派で泉美はインドア派、そんな感じがするとイザヤは思う。
「じゃあ、イザヤ君は小さな頃はどんな子だったのですか?」
「僕?」
泉美はイザヤに話を振る。あなたの幼少期はどんな感じでしたかと、
「そうだね、僕もインドア派だったかなー、ずっと部屋にこもっていたかな」
「意外ですね、てっきり外で遊んでいるかと」
「まあ、ほんの少しの間だったけどね、それからは、外でたくさん遊んだりしてたよ(主に人間を使ってね♪)」
イザヤは少し過去のことを振り返る。
(一番楽しかった遊びは、希望を持たせておいて、絶望の底に突き落とすことだったかな)
なんてあの頃の自分を思い出しながら、イザヤは笑う。
「あの、イザヤ君」
いきなり泉美は真面目な顔を作る。イザヤは彼女の次の言葉を待っていた。
「私は、入学してから今日まで、何か成長できたのでしょうか?」
泉美はそうイザヤに疑問をぶつける。
「なぜ、そんな事をいきなり言い出すんだい?」
「以前、あなたは香澄ちゃんや七宝君が成長していることに対して嬉しそうでした。私も、香澄ちゃんとずっといたから分かります。あの子は入学した当初よりも少し変化している事が」
泉美は香澄の顔を浮かべる。その顔は自分よりも一歩、階段を登った感じがすると、
「そうだね、魔法が上達したわけじゃない。しかし、彼らの心が成長している事に、僕は単純に嬉しいのさ」
「なぜ?」
「自分の企みがうまくいった事にだよ」
「企み?」
泉美はイザヤの言う企みがなんなのかわからないでいた。
「なんせ、新入生の部活勧誘期間に香澄ちゃんは七宝琢磨が小競り合いをしていたのは僕がそう動かしていたからさ」
「え?」
泉美はイザヤの言葉のせいで、紅茶を飲もうとしていた手が止まってしまった。
「僕が、彼らをわざと鉢合わせるようにトラブルの現場に向かわせていたのさ」
「………なぜ、そんな事を?」
「だって、ずっと座っているのがつまらなかったからさ。何も面白い事が起きないから自分で面白い事を作ったというわけさ。そのおかげで、君たちの魔法も見れた事だし」
イザヤは悪びれる様子もなく、ニコニコと話し始めた。
「君たちが決闘なんてしてくれたおかげで、僕は達也先輩と遊ぶ事ができたんだ。その事については、君たちに感謝しているんだよ泉美ちゃん」
彼の笑顔が泉美にはとても不気味に思えてきた。イザヤは注文したアイスコーヒーを飲みながら、泉美の目を見た。そして、飲み物を置くとまた話し始める。
「泉美ちゃん、君は言ったね、自分は成長しているのかと」
「!、はい」
泉美の返事を聞いたイザヤは、
「君はどうしてこの魔法科高校に入学したのかな?、」
「え、それは、」
なぜそうな質問が飛んできたのか泉美はわからない。だってそれは当然のことだから。
「だって、当然のことだから、なんて考えてないかい?」
「!?」
「君は何故、第一高校に入学したのか。それは、親に言われたから?姉が通っていたから?私たち魔法師として当然のことだから?」
「……何が言いたいんですか?」
「ただ何も考えず、学校に来ているようじゃ君の言う成長につながらないよ。どれだけ魔法師としての才を持っていたとしても、成長しない人間を僕は人間とは思わない」
「…‥何か目標を作れ、そう言いたいんですか?」
「まあ、平たく言えばそうだね、君は、この三年間どんな目標を持ち、どんなことを為すのか」
「………」
二人の会話は泉美が黙ってしまった事で途切れた。泉美は今、頭の中で自分がどうしたいのか考える。少しでも、目の前にいる彼に追いつきたい。そんな思いが泉美を熱くさせる。
「じゃあ、僕が決めてあげようか、泉美ちゃん」
「え?」
「君はこの三年間で『窒息乱流』を一人で完璧に発動、コントロールさせるんだ」
「一人でですか!?」
泉美は驚く。
「それぐらい難易度が高くないと面白くないよ」
今まで香澄と二人でしてきたことを自分一人だけで行うなんて、相当難しい。
「無理だと諦めるかい?。別にそれでもいいよ、その時は、君はつまらないやつだと切り捨てるだけだから」
「!?」
切り捨てる、関係を断つと言う意味合いで使われたその言葉は、泉美の体を硬直させる。イザヤとはまったくの赤の他人になるという事に。
(それだけは、イヤ!)
泉美の瞳に火がつく。
「分かりました。私は、一人であの魔法をコントロールして見せます」
その言葉を聞いたイザヤは笑顔にあり、
「そう来なくちゃね。もし、君が僕の提示した目標を達成した暁には、君にご褒美をあげよう」
「ご褒美?」
「なんでも一回、僕に命令できる権利だ」
「……それは、文字どおり、何でもと言う事ですか?」
泉美は確認する。
「ああ、なんでもだ。泉美ちゃん。その方が、俄然やる気も出るだろう?」
「言質とりましたよ、イザヤ君」
この会話をきっかけとして、七草泉美の三年間は、今この時からスタートしたのだ。