…借り受けていた部屋にノックがかかっていることに気づいた。一度作業にキリをつけてドアの前まで向かう。
ドアチェーンを付けて、ドアの隙間を覗き込む。無理矢理入ってくるようであれば無意味だが、案外こういう古典的な対策が未だに使われているのがミレニアムサイエンススクールという学校なのだ。
「あの、どちら様でしょうか…」
「うーんと、ユズちゃん…でいいのかな。セミナーの方から様子を見てくるよう言われたので来ました。えーっと、確かこの辺に…あった。はいこれ、一応の証拠」
「あっ、ありがとうございます。セミナーから…?私、何かしましたか?」
彼女が証拠としてドアの隙間から差し込んだ一枚の書類には、意訳するとこう書かれていた。
授業に出ていなかったり、極端に目撃回数が少なくて心配だから、生きてるか、失踪してないかどうか確認するために人を向かわせるよ!
…と、そういうことであった。正直に言って、身に覚えしかない。ここ5日ぐらいはゲームの制作に没頭していて、予定をかなりすっぽかしてしまった自覚がある。
「す、すみません!今開けます!」
「焦らないでも大丈夫だよー。急いで帰ったとしても、待ってるのはセミナーの書類仕事だけだからね」
はははという乾いた笑いを聞きながらドアチェーンを外す。テンパって少し手間取ってしまったものの、それ自体は問題なく終わった。
「お邪魔します。ごめんね、急に訪ねたりして」
「いえ、原因は私ですから」
「あー、とりあえずリオにいくつか質問するように言われてるから聞いてもいい?」
「大丈夫です。椅子、出してきますね」
すぐに走って椅子を用意して、机を挟んで向かい合うように置く。一言断りを入れて彼女は座った。私それに続いて向かい合う。
「えーっと、とりあえずタイミングとかは大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ただ作業をしていただけだったので…」
「良かった。じゃあ早速…学年と名前、あと年齢は?」
「えー、っと、花岡ユズです。学年は1年生、15歳です」
「うん、ありがとう。ごめんねこんな分かりきったこと言っちゃって。一応これ格式ばったものだからさ。まったく、リオも融通が効かないよねぇ…」
「あ、はい」
書類への記入が終わったのか、ペンで頭を掻きながらそう愚痴を漏らす。そう言ってる割に仲が良さそうな辺り、いい友人関係なのだろうか。
「じゃあ次…ここ数日、何をしていたのか教えてもらってもいい?」
「ゲームの制作をしていました。一応は一区切りついたところです」
「ほぉ!ゲームか…そういえばゲーム作る部活とか無かったね。完成したらぜひやらせてほしいな」
また書類に文字を書き込んでいく。
「…あの」
「ん?どうしたの?ああ、単位とかだったらカバーのためにある程度追加で組まれるから安心していい…」
「そ、そうじゃなくて…ゲーム、やりませんか?」
…なんでこんなことを言ったのか、正直分からない。テスターが欲しかったのか、ここに引き留めたかったのか。ただ、惹かれてしまった。
「…できるの?」
「まだ、プロトタイプ、なんですが…」
「え、やるやる。成果物の確認って言えばリオもユウカちゃんも納得するでしょ」
「やった…!ま、まだテストプレイも済んでなくて…」
「じゃあ私が初めてのプレイヤーってわけだ!コントローラーどこ?やっていい?」
わちゃわちゃと2人並んで部屋の奥に進む。部屋に来た彼女は少し大柄だからか、顔を見ようとすると見上げることになる。その顔は満面の笑みを浮かべていた。
点けられたままの画面が光るテレビへと向き合う。初めてのプレイヤーの彼女から、どんな感想が出てくるのかがただただ楽しみだった。
「このゲーム難しすぎない?」
「…そう、でしょうか?」
彼女がゲームをクリアしたのは日が沈み、それどころか朝日が昇ってくるころ。この場に居る私含めた2人は夢中になっており、もう帰ろう、もう寝ようという発言は無かった。目の下に隈を拵えた彼女は急いで帰っていく。
「いっけない完徹でゲームしてたとかユウカにどやされる…!ごめんねユズちゃん!また来るからねー!」
「あっ、はい!またどこかで!」
…多分、怒られるんだろうなぁ。
「あれ?」
名前も聞き忘れちゃったし、2項目書いただけで質疑応答は終わっちゃったけど、それで大丈夫なのかな?
(…今日も更新してない…)
「ユズ、何を見ているのですか?」
「昔にちょっとお世話になった人のアカウント。ずっと更新されてないから、たまに見てるんだ」
「なるほど!ユズにもそういう関係の人がいたんですね!」
「アリスちゃん、その言い方はやめた方がいいよ…」
ミレニアムに設立されたゲーム開発部、その部室。モモイとミドリはモニターに向かい合ってゲームをしており、私たちはその後ろに置いてあるソファーに座っている。
「…うぇー!負けたー!」
「私の勝ち。最後のお姉ちゃんのミスが無ければ負けてた」
「くーやーしーいー!ねえミドリ!もう一回!」
「また後でね。ところでユズちゃん、一つ聞きたいことがあるんだけど…」
「…な、何か、あったの?」
私が何かミドリに疑われるようなことしたかな…まさかこの前の冷蔵庫のおやつ…?まさか、まさかね。そんなわけないよね。あれは冷蔵庫という共有スペースに名前も書かずに入れていた誰かが悪いのだ。
「ああ、いや、なんか別に疑わしいことがあったわけじゃなくて…ほら、これ」
「うん…?」
ポケットを
見せてきたそのページに書かれていたのは…
「『箝口令解除か?行方不明の生徒見つかる』…?」
「うん。記事を見た感じ去年失踪したみたいだから、ユズちゃんなら何か知ってるかなって」
スマホを借りて記事を読み進めていく。約1年前に失踪し、ビッグシスター…調月リオによって箝口令が敷かれていた生徒が見つかったと。その頃は色々とあって引きこもっていたなぁ、と少し嫌な記憶を噛み締めながらスクロールを先へ進める。
名前は麻空ヨウコ。その真下にあった写真は、恐らく失踪当時の彼女の学生証の写真だろう。その、顔は…
「…これ…!」
まごうことなき、最初のテストプレイヤーであった『彼女』だった。
コントローラーを置いてでろーっとした体勢のままモモイちゃんがこちらに声をかけてくる。
「そのニュース、最近話題だよね。2、3年生のみんなが浮き足立ってるって。ユズ、知ってるの?」
「うん、知ってる…!このアカウントの!」
自分のスマホにかかったロックを急いで解除して、SNSを開きフォロー中のアカウントから彼女のものを探り当てる。
「これ!この人!一年前からずーっと更新が無かったんだけど…」
「それって、前に言ってた『最初のテストプレイヤー』の?」
「うん。ゲームとしてようやく形になってきた初代のテイルズ・サガ・クロニクルを遊んでくれた人。プロトタイプのさらに前だったから、2人がプレイするよりも前…のはず…」
ほとんど一回だけの関わりだったけど、いい意味で印象に強く残っている彼女。どこかで会えないかなぁと心の隅で思っていたが、まさか…まさか、こんな形でもう一度顔を見ることになるとは思っていなかった。
「ユズのそんなに大事な人なら、会いに行ってはどうですか?」
「会いに行って…って、無理だよ…この記事にはどこに居るかなんて書いてないし、私もあの人の家なんて知らないし…」
「先生を頼りましょう!何かを知っているかもしれません!さぁ、早速行きましょう!」
「あっ、ちょっと…」
アリスちゃんに手を引かれるまま、ミレニアムの校舎内を進む。後ろからは部室に置いていってしまった2人が走ってきている。周りの景色はすごい速度で後ろへと流れていっている。
「“それで、私を訪ねたの?”」
「はい!先生は物知りなので!」
「“うーん、分かった。ちょっと連絡を取ってみるね”」
急にシャーレを訪ねてきたゲーム開発部の4人の希望の通りにヒマリに連絡を取る。あまりこういうのを聞かれるのもよろしくないので、一度部屋の外へ出た上でだ。
「“もしもしヒマリ?今大丈夫?”」
『おや先生。どうかされましたか?この体貌閑麗の申し子たる天才病弱美少女ハッカーに何か御用でも?』
「“うん”』
ゆっくりと息を吸って、たっぷりと息を整える時間を取った。
『“ゲーム開発部の子達がヨウコに会いたいって”」
『……ふむ。彼女達とヨウコにどういう関わりがあったのかはわかりませんが…会う前に、今のヨウコの状態を伝えておいてください。…あまり、見ていて気持ちのいいものでは、ありませんから……』
「“うん、分かってる。ちゃんとそれについては伝えておくよ。ごめんね、ヒマリ”」
『いえ、お気になさらず…』
声が若干や途切れ途切れになったヒマリに気を遣ってすぐに会話を終わらせ、部屋に戻ろうとする。
ヒマリにとって辛いことを思い出させてしまったことに心のなかで謝罪と反省をしながら、部屋に戻る。
「“みんな、一応会ってもいいって”」
「ほ、ほんと、ですか!」
「“ただし…”」
…これで察しがつかないほど、彼女達は抜けてはいないだろう。…いないよね?まあ、多分、そう。“そう”であると察してしまうとしても、私はこの事実を言わなければならないのだ。
「“…ヨウコがどんな状態であっても、落ち着いているように…って”」
「それって…」
「“…うん”」
思っていた通り、そこまで賢しくないわけがない。やはり、この反応は避けられないことであったのだ。
「…ユズちゃん、どうするの?」
「…私は………」
一瞬、シャーレのオフィスが静寂に包まれる。この中でヨウコが起きていた時のことを知っているのはユズただ1人のみ。ここで、ヨウコの下へ向かうのかどうかは、彼女が決めるべきなのだ。
「………」
黙っている。当然だ。どんな状態か想像がついてしまうからこそ、ゆっくりと悩んでいるべきだと私は思う。
「………ます…」
ゆっくりと静寂が裂かれ、ユズの口が開いていく。
「私は、私自身は、会いに行くべきだと、思います…!あの時、初めて会った私に、手を伸ばしてくれたんです…だから私も、あの人がどんな状態でも、会いに行くべきだと思うんです…!」
「“…分かった。とりあえずヒマリに会いに行こうか”」
後ろにぞろぞろとゲーム開発部を連れて、ミレニアムの自治区へと向かう。
「これだと、アリス達が勇者パーティみたいですね!先頭は先生なので、今の勇者は先生です!」
どこか雲がかかっていた私の心の間隙に、ただただ明るいアリスの声がすぅっと染みていった。
「…はい。これが入院中の病院と、その病室です。シャーレの先生がいるので大丈夫だと思いますが、もし門前払いを食らうようなら私に連絡してください」
「ありがとう、ございます」
「パンパカパーン!勇者パーティは目的地への地図を手に入れました!」
「“わざわざありがとう、ヒマリ。行ってくるよ”」
特異現象捜査部の部室を訪れた私達は、そのままヒマリ先輩からメモ書きを受け取った。少し急ぎ足で、そのまま目的地へと進んでいく。呼吸が早くなるのを感じる。視界が狭くなる。
気がつけば、私は真っ白な壁の前に立っていた。少し上を向いていた視線を正面に戻せば、ガラス張りの回転ドアが目に入る。私の心の鏡写しのように、ぐるぐる、ぐーるぐると止まることなく廻り続けている。
竦んだ脚に動けと命令しようとした瞬間に、そっと優しく肩に手が置かれた。とにかく、暖かい、大きな手。持ち主の姿は後ろに居るので見ることはできないが、すぐに先生のものだと分かった。
「“ユズ、落ち着いて。息を吸って、吐いて。大丈夫”」
言う通りに、深く、深く呼吸をする。ゆったり、ゆっくり。背中に感じる暖かさに包まれ、揺籠に揺られる。
すっきりとしてくる思考に呼応するように、端が黒ずんでいた視界が広く広く拡がっていく。
「…よし。行ってきます、先生」
「“うん。行ってらっしゃい”」
モモイ、ミドリ、そしてアリス。先生もここで待ってもらって、私だけ病院へと入る。ユズが会いに行きたいのに、私達がいると邪魔になるからと言って、気を遣ってくれたのだ。
回転ドアに脚を踏み入れ、渡されたメモ用紙に従って進んでいく。エスカレーターに乗り、廊下を歩き、部屋番号と睨めっこしながらどんどん後ろへ流れていく廊下の風景を眺めていると、どこかRPGをしているような気分になってしまう。アリスちゃんの言っていたことも、あながち間違いではないのかもしれない。
そんなことを頭の中で考えている内に、指定された部屋の前に到着した。もう一度、深呼吸。そっと、音を立てないようにドアを開く。
…そこに居たのは、快活な笑顔を浮かべる彼女ではなく。ただ、何の表情も浮かべずに眠り続ける彼女が居た。
「…」
ただただ悲しい。先生のあの言い方から、どんな状況かは想像がついていたが、やはり改めて見せられるとどこか悲しくなってくる。…会った回数が少なくても、やっぱり、悲しい。
「名前、麻空ヨウコっていうんですね。あの時は名乗らずに別れちゃいましたから、聞けませんでしたけど」
酸素マスクが取り付けられた顔は細かい傷跡が無数に付いている。
「…あの時作ってたゲーム、完成、しました。評価は、あんまり良くないけど…でも、初めてみんなで一緒に作ったんです」
あの時コントローラーを握っていた手は、ただただ冷たい金属へと変わっていた。
「後輩もできて…ああ、ゲーム開発部も作ったんです。あの時にゲームを作る部活がないなんて言ってましたけど、できましたよ」
全身はコードやチューブが繋がれていて痛々しい。
「それで、新しくもう一本ゲームを作って…ミレニアムプライズも、賞を獲れたんです」
脚は布団越しでも機械の物と分かるほどの変貌を遂げている。
「…ヨウコ先輩にプレイしてもらえなかったのは残念だけど…でも」
「いつか起きた時に私の…私達のとっておきを用意していますから、待っています。あの時のように、笑顔にしてみせますから…」
「ずっと、待っていますよ」
言いたいことは言った。涙を数粒流しながら病室、そして病院を出る。
「おかえりなさいユズ!言いたいことは言ってきましたか?」
「…うん。もう大丈夫。私はいつまでも待ってるよって、言ってきたから」
先生に背中を押されて進む。明るい夕陽に照らされる帰り道をみんなで歩いていった。笑顔を崩さないままに。
アンケートはしばらくしたら終わらせます。
過去、麻空ヨウコが使用していた武器種は?(お気軽にどうぞ)
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AR(アサルトライフル)
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SR(スナイパーライフル)
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HG(ハンドガン)
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SMG(サブマシンガン)
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MG(マシンガン)
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SG(ショットガン)
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RL(ロケットランチャー)
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GL(グレネードランチャー)
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RG(レールガン)
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FT(フレイムスロワー)