サーヴァント・キャスター。
真名・トネリコ。
それが彼女。カルデアに召喚された最初のサーヴァントである。
「はい、到着。藤丸くん、トネリコさん。ここがシミュレーションルームだよ。
そこの端末に幾つかの条件を入力すれば、それに合った環境を再現できる。どこまでも広がる大海原、うっそうと生い茂った大森林。どんなシチュエーションも思いのままさ」
現在、ドクターとマシュからトネリコと一緒にカルデア内の施設を案内されている。
……ここはシミュレーションルームというらしい。
データを入力すると仮想空間が展開され、その中に入ることができる。カルデアにいながら、かつての地球……2015年以前の景色を体験できるという。
「――という感じかな。ここは魔術と科学の粋を集めて作られた部屋でね。魔術世界の用語で例えるなら、固有結界が一番近いかな。まあ、原理は全くの別物だけど」
「おおー」
ドクターの説明がひとしきり終わったところで、トネリコは感嘆の声を上げた。
「つまり、実際の部屋よりも広い世界を展開できる、ということですね。設定次第では、サーヴァント同士の戦闘訓練も不可能ではない、と」
「おっと、流石はキャスタークラスのサーヴァント。理解が早くて助かるよ。
その通り。今はマシュとトネリコの二人だけだけど、リソースが確保でき次第、他のサーヴァントも召喚したいと考えてる。何せ今は、猫の手も借りたい状況だからね。
そしてサーヴァントが増えれば、その分マスターである藤丸くんの負担も増える。戦闘はその際たるものだ。だから今後、この部屋は君達の自由に使ってもらって構わないよ。サーヴァント同士は勿論、カルデアのデータベースに登録されたエネミーとの疑似戦闘だって可能だ。
いや、何もトレーニングに限定しなくていいかな。自然に癒されたい――そう思った時にでも、気兼ねなく使ってくれて構わない」
「ふむふむ……成程です。確かに、ずっと同じ景色しか見えないのでは気が滅入ってしまいますからね。
ドクターさん。早速ですけど、使ってみてもいいですか?」
「お、いいね。せっかくだし、ボクらも気分転換しようか。シチュエーションは任せるよ」
「! ありがとうございます!」
「あ、そうだ。マシュ、ついでに操作方法も教えてあげて。
……っと、藤丸くんはこっち」
「?」
ドクターの了承を得たトネリコは、マシュと一緒に端末の前に移動し、ぎこちない操作でデータを入力していく。
「いやあ……いいね。君もそう思わないかい?」
「? どういう意味です?」
「マシュとトネリコさんだよ。まさかあのマシュが、同年代の女の子と触れ合う機会が得られるなんて。これを機に、仲良くなってくれるといいんだけど」
サーヴァントの年齢と見た目は必ずしも一致するとは限らないでは? というツッコミは敢えて飲み込む。
「なんだか父親みたいなことを言うんですね」
「あはは、父親かー。そいつは悪くないかもだ。
……君もなんとなく察してるかもしれないけど、マシュは特殊な子でね。詳しくは言えないけど、生い立ちがちょっと複雑なんだ。そのせいで、同年代の友達が一人もいない。だから……たとえサーヴァントだったとしても、ああやって普通に過ごしているの見ると、ボクはとても嬉しい。
それと、君のこともね。
生い立ちが変わっていても、マシュ自身はごく普通の女の子だ。だから、君もマシュと普通に接してくれると助かる」
「それは勿論」
デミ・サーヴァント、と言う時点で何かしら事情があることは察していた。
でも、それは些細なことだ。 普通に接すること……友達になることに、何も問題はない。
「ありがとう。
……まあ、それはそれとして。問題はもう一人の方かな」
「もう一人?」
「トネリコさんだよ。
サーヴァントには例外なく、元になった人物の名……真名がある。黒いセイバーにはアーサー・ペンドラゴン、冬木のキャスターにはクー・フーリン、といった具合にね。
でもボクの知る限り、トネリコという名前の英霊は存在しない」
「え――?」
思いもよらなかったドクターの言葉に、緊張が走る。
トネリコ。確かにそういう名前の英霊は知らない。しかし、トネリコという単語自体は聞き覚えがある。
確か……北欧神話に登場する世界樹の名前だったか。
「英雄ではない存在が信仰を得て英霊となる。確かに、そういうパターンもあるにはある。でもその場合、彼女がどんな人物か想像できない」
「ドクターは、彼女が敵だって言うんですか?」
「あくまで可能性の話だよ。ボク達が請け負ったグランドオーダーは、決して失敗が許されない案件だ。万が一、億が一ですらも。
……善意で召喚に応じてくれた英霊でも、百パーセント信用するわけにはいかないんだよ。心苦しいけどね」
「…………」
何も言い返せない。
ドクターの考えを否定することはできなかった。
自分達は今、人類の存続を掛けた戦いの最前線にいる。全人類の責任を背負った、決して失敗が許されない戦場。ドクターのように疑い深くなってしまうのも仕方ないだろう。
「――それでも。俺は、信じたいと思います」
口をついて出たのは、ドクターとは真逆の言葉だった。
でも、紛れもない本心だ。今はまだサーヴァントのことも、魔術師のこともよく分からないけど……まずは信じることから始めるべきだと思ったのだ。
サーヴァントを信じる。それこそが力も経験もないマスターに、唯一できることだと思うから。
「……そうだね。君はそれでいいし、それがいい。
それでこそカルデアが誇る、人類最後のマスターだ」
ドクターは優しく微笑みながら、その在り方を肯定してくれた。
……改めて実感する。
自分は――藤丸立香は、カルデアのマスターなのだと。
「……おっと、そろそろ入力が終わる頃かな。さてさて、お二人は一体どんな景色を設定したのかな?」
◆
気が付くと、自分は――
誰もいない焼け野原に、たった一人残されていた。
「――え?」
あまりの突拍子のなさに周囲を見回す。
干上がった川。崩れかけた大橋。その向こうからは、黒い煙がもくもくと上がっている。雲に覆われた空からは、太陽の光は一筋も届かない。
微かに漂う死臭。肌を焼く空気の熱。死という死が蔓延した世界。
……この場所は知っている。体験するのは二度目だ。
「もしかして、冬木?」
マシュとドクター、冬木でのキャスター……そして、今は亡きオルガマリー所長と一緒に歩いた景色。
これがカルデアのシミュレーションルームか。何もかもが完璧だ。想像を超えた再現性に驚嘆せざるを得ない。
「あれ? ドクター?」
ふと、隣に誰もいないことに気付いた。ついさっきまで話していたドクターはおろか、マシュも、トネリコもいない。本当に自分一人――
「おいおい、随分と無防備なこったな」
「!」
――訂正。自分一人ではない。
自分と、サーヴァントが一騎だ。
「マスターにとってサーヴァントは武器であり防具。連れも無しで出歩くなんざ、自殺行為以外の何物でもないぜ?」
「……キャスター?」
青いフードと木製の杖。影から覗く真紅の瞳。
以前、冬木の街で共に戦ったサーヴァントがそこにはいた。
クラスはキャスター。真名はクー・フーリン。クランの猛犬と称されたアイルランドの光の御子。右も左も分からない自分達を導いてくれた英雄――
だが、どこか雰囲気が違う。味方だった頃には向けられなかった、刺々しい感覚……敵意のようなものが、自分に向けられている。
「なーにぼさっとしてやがる。あんまりのんびりしてると――」
「っ――!?」
ドクン、と心臓の鼓動が跳ね上がる。
生物としての危機察知能力。生き延びるための本能が、藤丸立香という人間を活性化させる。
状況は不明。目的も不明。確かなのはあれが敵だということ。
敵意だって? なんて生ぬるい。これは殺意。
何もかも不明だが、キャスターは今、俺を殺そうとしている――!
咄嗟に右手の甲を見る。
刻まれているのは三画の令呪。ドクター曰く、これはサーヴァントのブースト装置。これを使えば、マシュかトネリコをここに呼び出せる。
自分一人ではキャスター相手に数秒と持たない。迷う暇はない。一秒でも早くどちらかを召喚しなければ――
「――死ぬぜ?」
「ぁ――」
キャスターの手がかざされる。自分の目の前に。
数メートル離れていたはずの距離は、目を離した一瞬の間にゼロになっていた。
これで詰み。なんてあっけない。
数秒も持たない? なんて甘い考えなのか。キャスターがその気になれば、ただの人間である自分など、一秒で殺害できる。
「! チッ――!」
一秒先の死を覚悟した直後、キャスターは舌打ちしながらその場から飛びのいた。
直後、長柄の物体――おそらくは武器――が、自分の目の前に突き刺さる。
「うわっ――!?」
唐突に飛来した凶器に思わず尻餅をつく。
それは槍だった。青いラインが入った漆黒の槍。槍先は従来のような刃物ではなく、剣のように巨大だ。総じてこの武器は、魔槍、と表現するのが相応しいだろう。 直接触れずとも、それが如何に強大な魔力を秘めているか分かる。
あと一瞬遅ければキャスターが、狙いが僅かでもズレていれば自分が串刺しになっていただろう。
「うーん、判断が遅いです。敵性サーヴァントと相対した時は、一秒の遅れが致命的になります。基本的には即断即決、対話が通じる相手ならば時間稼ぎを心掛けましょう。
とはいえ、令呪を使用する、という判断は正解です。成長の見込みあり、今後に期待ですね!」
更にもう一騎。
白い帽子と外套を靡かせて、そのサーヴァントは自分とキャスターの間に躍り出た。
「雨の国の魔女、トネリコ。絶対絶命のマスターさんの危機に推参、です!
怪しい魔術師め、我が童話魔術にて成敗してくれましょう!
冬木クリア報酬でこいつがいたなあと思い出し急遽導入。
悲報『雨の魔女トネリコ、最初に召喚されたサーヴァントじゃなかった』