「雨の国の魔女、トネリコ。絶対絶命のマスターさんの危機に推参、です!
怪しい魔術師め、我が童話魔術にて成敗してくれましょう!
さあマスターさん、手を!」
「あ……うん」
訳が分からないまま、差し出された手を取って立ち上がる。
トネリコは満足そうに微笑んだ後、口元を引き締めてキャスターの方を向いた。
「やれやれ。呼ばれて早々災難なこった。
で? これで満足かい、魔女殿?」
「まさか。私のことは貴方もよくご存じでしょう? いえ、この姿の私にその記憶はないのですが。
お互い思うところはあるでしょうが……まずは杖を交えましょう。マジマッチ、というやつです」
「あー……そうかい。まあ、予想はついてたけどな。魔猪の氏族とはよく言ったもんだ」
――ビキリ。
トネリコが凍り付いたように固まる。
……二人が何を話しているのかてんで分からないが、一つだけはっきり言えることがある。
今の発言はマズかった。
「あはは――流石に今のはカチンと来ました。ライン越えです。
さあマスターさん、指揮をお願いします! 大丈夫です、所詮はシミュレーションなので! どんなにボコボコにしてもぜんっぜんOKです!」
「その容赦の無さも変わらねーなあホント!
でもま、いい機会か。先輩ぶって調子こいてる魔女様に、一つお灸を据えてやる。生身とサーヴァントの違い、しかとその身に焼き付けな!
――
キャスター――クー・フーリンが文言を唱えた瞬間、彼の背後に複数の火の玉が出現した。
ルーン魔術による火炎攻撃。冬木で見た時と同じ戦法だ。
「まずは小手調べといこうか。さあどうする、お二人さん」
術者の号令を受け、炎の弾丸が発射される。
数にして五。
ただの火球と侮るなかれ。あれはルーン魔術による炎。当たったが最後、対象を灰にするまで容赦なく焼き尽くすだろう。
「随分と余裕ですね。たかが五つの火球、魔女の私が対処できないと思いますか?」
トネリコが手をかざした瞬間、迎撃用の魔術が展開された。
炎を迎え撃つのは光。数は五。放たれた光弾は、炎の弾丸を一つ残らず相殺した。
「っ……よし」
まだお互い全力ではないだろうが、トネリコの魔術はクー・フーリンに負けていない。
何も勝つ必要はない。最低限互角であればいい。僅かでも拮抗できるのならば、いくらでもやりようはある。
――そう思ったのだが。
「…………」
当の本人は、顔をしかめながら自分の手を見つめていた。
まるで――上手くいかなかった、とでも言うかのように。
「トネリコ?」
「! いえ、大丈夫です! 大丈夫ですとも……これはきっと、召喚直後で慣れていないだけですので。
それより警戒を。次が来ます」
「っ……!」
再度、クー・フーリンの方へ視線を向ける。
彼の周囲には、先ほどのように幾つもの火球が生み出されていた。
その数はさっきの比じゃない。視認できるだけでも十は優に超えている。
……クー・フーリンの顔色に変化はない。彼にとってこの攻撃は朝飯前。本当にただの小手調べなのだろう。
……トネリコの顔色を伺う。
見えたのは焦りの色。どうやら魔術師としての実力は、クー・フーリンの方が少しばかり上――
「いいえ、そのようなことは断じて」
「そ……そうですか」
トネリコの言葉に思わずぎょっとする。
考えていることが顔に出ていたらしい。反省しなければ。
「とはいえ、このまま小競り合いを続けても不利になるだけでしょう。今の私は本調子ではないみたいなので。
ですので、ここは勝負に出ます」
「というと?」
「フフ……まあ、マスターさんはここで見ていてください。
……如何にクー・フーリンといえど、今はキャスタークラス。接近戦ならこっちに分があるはず……!」
「作戦会議は終わったか?
なら次だ。ちょいとだけギアを上げるぜ!」
再度、クー・フーリンの号令が下された。
同時に、展開された火球たちが一声に襲い掛かる。
例えるなら炎の雨。点でなく面の攻撃。故に、自分達に逃げ場はない。
防御か迎撃か。許されたのはこの二択のみ。
「マスターさんはここにいて!
――はっ!」
トネリコが杖を横凪ぎに振るう。
その瞬間、自分達の背後に無数の魔方陣が展開された。
「せえ――のっ!!」
弾丸が発射される。
放たれたのは二種類。
一つは光。展開された魔方陣一つ一つから、炎を迎撃するべく光の弾丸が発射されたのだ。
狙いは正確無比。光は枝分かれし、藤丸立香に降りかかる火の粉を完璧に迎撃した。
そして――もう一つはトネリコ自身。
トネリコは、迎撃用の魔術を設置した後、自らを砲弾と化してクー・フーリンに突貫した。
杖の先には一振りの刃。否、あれはもはや杖ではなく槍だ。
彼女が挑んだのは接近戦。そうだ、何も律儀に戦う必要はない。相手が魔術師で、接近戦が不得手だというのなら、そこを突かない道理はない。
「――いや、それは」
トネリコの意図を把握した瞬間、自分の中で警鐘が鳴り響いた。
自分から接近戦を臨む以上、トネリコにも接近戦に心得があるのだろう。彼女の考え方は何も間違っていない。
けれど、失念していることが二つある。
一つ。相手が光の御子クー・フーリンだということ。如何にキャスタークラスといえど、接近戦が不得手なんてことはまずない。たとえ従来より弱体化していても、生前培った経験は嘘をつかないだろう。
二つ。トネリコ自身もまた、キャスタークラスのサーヴァントだということ。クー・フーリンが弱体化しているのと同様に、トネリコ自身もまた弱体化しているはずなのだ。
彼女は今、自分のスペックを把握しきれていない。そんな状態で彼ほどの大英雄と戦ったらどうなるか、想像はつく。
――なら、俺のやることは一つ。
「たぁぁっ!」
トネリコの一撃が炸裂する。
衝撃のあまり地面が陥没する――が、その刃はクー・フーリンにまで届いてはいなかった。
攻撃を止めたのは、炎を纏った杖。トネリコと同じようにクー・フーリンもまた、杖に
「ふう、あぶねえあぶねえ。つーかホントに魔猪かよ。
サーヴァントの自覚あんのか魔女様。考え無しの特攻はご法度だろうが」
「さて、それはどうでしょう。今の状況が分かりませんか? 追い詰めているのは――私!」
「っ――そう、かもな!
けど、そうじゃねえだろ。今のアンタはサーヴァント。マスターを守るのが一番の仕事のはずだぜ?」
――くいっ。
クー・フーリンの手が一瞬だけ杖から離れ――何か、不自然な動きをした。
あれは……指を曲げたのか?
「――マスターさん!!」
トネリコが血相を変えてこちらを見る。
周囲には――いつの間にか、無数の木の枝が。
無数の細木は生き物のように絡み合い、指となって藤丸立香を掴もうとしている。
ふと、中華のとある伝説が頭をよぎる。
今、自分は手の平の上にいる。もはや逃げることは敵わない。
「くっ――このぉっ!」
木で覆われつつある視界の隙間から、トネリコがこちらに向かって手をかざした。
直後、自分の周囲にドーム状の膜が張られる。藤丸立香を握り潰そうとしていた木の指は膜に阻まれ、そこで停止した。
――これで藤丸立香の安全は確保された。しかしそれは同時に、トネリコの危機を意味する。
「独断専行の結果がこれだ! そぉら!」
「っ――!?」
クー・フーリンは自らの杖を槍に見立て、トネリコの杖を弾き飛ばした。
これで勝負あり。
トネリコは杖を失い、胴はがら空き。クー・フーリンは杖を構え直し、止めの一撃を放とうとしている。これが実戦ならば、一秒後にトネリコは串刺しにされることだろう。
――だが、まだだ。
勝負ありといったのは、あくまで一騎打ちだった場合の話。
こちらにはまだ、とっておきの切り札がある。
躊躇はない。ここだという確信をもって、カードを切る。
「行け、マシュ!」
右手に刻まれた三画の令呪、その一画を解放した。
杖を失ったトネリコ、杖を構えたクー・フーリン……そしてその背後に、盾を携えた乙女が顕現する。
「やあぁぁっ!!」
「ぐは――っ!!?」
気合の籠った渾身の一撃が、クー・フーリンに直撃した。
個人的な感覚ですが、一話当たり3000~5000字程度で区切る方が手軽に読めていいのかなって。
それに自分はプロではないので、無理に文章捻るよりも直感的に、台本形式+αくらいで考えた方が書きやすいのかなって。