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「大丈夫かい、君達!」
戦闘が終了し、シミュレーションの景色が消滅する同時に、ドクターが血気迫る表情で駆け寄ってきた。
……その反応こそが、今の戦闘がドクターにとって想定外だったことを物語っていた。
「申し訳ありません。
マスターから令呪の反応があったので只事ではないと思い、全力で殴り飛ばしてしまいました……」
「いやあ、気にすんな! いい打撃だったぜ、嬢ちゃん。
あと坊主もな。咄嗟の令呪の使用、流石の機転だ。見事にやられたぜ」
現在、マシュは正座しながらクー・フーリンに謝罪中だ。
無理もない。咄嗟のこととはいえ、不意打ちで思いっきり殴りつけたのだから。
しかし当の本人はまるで気にしていない様子で、胡坐をかいてカラカラと笑っている。ケルトの英雄はよほど丈夫らしい。
そして――白い魔女様は気まずそうに、我関せずとばかりにそっぽを向いている。
成程、とっても分かりやすい。
「いやあ、びっくりしたよ。いきなり冬木にマシュと二人で放り込まれたかと思ったら、マシュだけ急にいなくなっちゃうし。
……って、あれ?」
ドクターがある人物……というかクー・フーリン……を見た途端、凍り付いたように固まった。
「え? え? これは一体どういうこと? なんでサーヴァントが一騎増えてるの!?」
「あん? 何言ってやがる。俺は元々こっちに召喚されてただろうが。
……あー、いや、待てよ? そういうことか……」
クー・フーリンはそっぽを向いて微動だにしない魔女様を見て、合点がいったとばかりに溜息をついた。
「……まあ、なんだ。気づかれてなかったならノーカンでいいだろ。
改めて自己紹介しとくぜ。
サーヴァント・キャスター。真名をクー・フーリン。アンタらの状態から察するに……そう、前にフユキって特異点で会ったキャスターが俺だ。人理を救うため、英霊の座から推参ってな。俺のことは、二番手のキャスターとでも考えてくれりゃいい。
んじゃ、そういうことで。俺はそろそろ休憩させてもらうわ。詳しい話は一番さんにでも聞いてくれ」
よっこらせ、とクー・フーリンはその場から立ち上がり、シミュレーションルームを後にした。
……つまり、だ。
冬木はともかく、クー・フーリン本人はシミュレーションではなく本物。トネリコ同様、カルデアが召喚したサーヴァントだったということか。
「……まあ。正直、予想はついてたけど」
彼から感じた殺気は、とても作り物とは思えなかった。
思い出しただけでも寒気が走る。
トネリコを交えた戦闘訓練のための演技だったのか、それとも本気で殺すつもりだったのか。どちらにせよ、シミュレーション程度の装置では再現できない類のモノだった。
問題は……そんな重要なことに、どうして今まで気づかなかったのか、ということだが。
「えっと……トネリコさん。ボクとしては、こんなふうに問い詰めるのはあんまりしたくないんだけど。
……どういうことか、説明してくれるかい?」
自然と、三人の視線がトネリコに集まる。
「はーい、ストップストップ。可憐な美少女を寄ってたかってイジめるのは、趣味が悪いと言わざるを得ないぜ?」
クー・フーリンと入れ替わるように、新しい人物が入室した。
現れたのは……美女だった。それも、ものすごく見覚えのある。
――というか、『モナ・リザ』だった。
見覚えがあって当然だ。何せ、教科書にも載るくらいの有名な作品なのだから。
「レオナルド!? なんでここに!?」
「愚問だね。私は美を追求する者。即ち……美少女現るところにダ・ヴィンチちゃんあり、さ!
それはそれとしてロマニ。キミ、マシュたちが帰ってきてから霊基グラフを確認したかい?」
「霊基グラフ? いや、してないけど。というか、マシュしかサーヴァントがいないんだから、確認しても無駄だろうに」
「あーあ、出たよサボり癖。そんなだから大切なことを見逃しちゃうんだぜ?
藤丸くんとマシュはこういう大人になっちゃダメだからね。大切なことは常にダブルチェックを心掛けること」
「は、はい」
突然現れた絶世の美女を前に、曖昧に頷くことしかできない。もしかしてこれが魅了、チャームと言うやつなのか。
……というか誰だろう、この人。
「霊基グラフを確認……?
……え? もしかして新しいサーヴァントが召喚されてた? こっちから召喚したわけじゃないのに?」
「みたいだよー。要するにキミたちの……いや、新米くんに責任を追及するのは刻か。
ロマニ、これはキミのケアレスミスだ。そっちの子が隠蔽しようとしてたとか、断じてそういうわけではないからね」
「げっ……マジかあ……」
「うん、マジマジ」
そう言ってモナ・リザ(仮)は、呆気に取られているトネリコにパチリとウィンクした。
「とまあ、そういうわけだよ藤丸くん。彼女に思うところはあれ、悪気があったわけじゃないんだ。いじらしい乙女心ということで、許してやってくれないかい?」
「……申し訳ありません、マスターさん」
トネリコは伏し目がちに、自分に頭を下げた。
「私としては、あそこまで本気でやるつもりはなかったんです。
ただ……今の貴方がマスターとしてどれだけの力を持っているか、どこまで頼りにしていいか見極めたかったんです。さっきのキャスターには、そのために一芝居打っていいただきました。
そのつもりだったんですけど……まさか彼に後れを取るなんて。この条件なら苦戦せずに勝てると思ったんだけどなぁ。
というか、模擬戦って言っておいたはずなのにあそこまでムキになるとか、余裕なさすぎです、あの人。新人に花を持たせるとかできないんでしょうか」
……よく分からないが、トネリコとクー・フーリンの間には何かしらの因縁があると見た。
「ああ、すみません。脱線してしまいましたね。
マスターさん、それからマシュさんも。この度はお騒がせして申しわけありませんでした」
「いえ、そんな。頭を上げてください、トネリコさん。私としてもいい経験になりました。
私達が挑むのは七つの特異点。マスターを守護する盾として全力を尽くす所存ですが、常に一緒に居られるとは限りません。
令呪による召喚と咄嗟の判断。用意周到な分析は勿論のこと、臨機応変な対応もまた大切なのだと」
マシュの意見に同感だ。想定外の戦闘ではあったが、そもそもの話、想定通りに行くことの方が珍しいかもしれない。今回のことはとても勉強になった。
――が。それはそれとして一つ、大事なことを確認しなきゃいけない。
「トネリコ。一つだけ聞いてもいい?」
「? はい、構いませんが」
「……俺は。藤丸立香は、マスターとしてどうだった?」
トネリコは、自分にマスターとして力があるかを見極めたかったという。
いや、あるかないかで言えばないだろう。問題は、彼女のお眼鏡にかなったかどうかだ。
「……なんだ、そんなことですか。
全然オッケーです! むしろこっちがお願いしたいくらい!」
花のような笑顔を浮かべて、彼女はそう答えてくれた。
「そっか。それはよかった」
心の底から安堵する。これで一番の懸念が解消された。
今度はこちらから手を差し出す。
トネリコは一瞬だけ呆気にとられたようだが、すぐにこちらの意図を理解したのか、俺の手を握り返してくれた。
「では、改めて。
雨の国の魔女トネリコ。これから貴方のサーヴァントとしてお世話になります」
「うん。こちらこそよろしく」
◆
「対等の関係、熱い友情、固い信頼。うんうん、ボーイミーツガールはいつ見ても美しいものだねえ――
――という感じで締めてもいいんだけど、そうは問屋が卸さないんだ。ごめんね」
「っ! いえ、大丈夫です」
じいーっと見られていたことに気付いたのか、トネリコは慌てて手を引っ込めた。
見ていたのは勿論モナ・リザ(仮)だ。新しい玩具でも見つけたような無邪気な笑みを浮かべながら、トネリコと自分を交互に見比べている。
「……ふぅん」
「……えっと、まだ何か?」
「いやあ、別に? 何でもないよ。無粋な真似はしたくないしね。
それよりも自己紹介だ。突如として目の前に現れた絶世の美女、つまり私のことなんだが。キミたち、気にならないかい?」
「ならないならない。だって見たまんまじゃないか」
「そこ、うるさいぞー」
ドクターの軽口をモナ・リザ(仮)が注意する。
この距離感を見るに、二人は随分と親しいように見える。カルデアのスタッフの一人だろうか。
「先輩、先輩」
何かに気付いたのか、横からマシュに袖を引っ張られた。
「大変です。この方、サーヴァントです!」
「はい正解~♪
カルデア技術局特別名誉顧問、レオナルドとは仮の名前。私こそルネサンスに誉れ高い万能の発明家、レオナルド・ダ・ヴィンチその人さ!」
「おおー」
堂々とした名乗りに、なんとなく柏手を打つ。
レオナルド・ダ・ヴィンチ。
英霊・英雄については未だ勉強中だが、彼……いや彼女……?
ともかく、レオナルド・ダ・ヴィンチのことなら少しは知っている。その中でも最も有名なのが絵画『モナ・リザ』だ。
あの絵については諸説あるが、なるほど。モナ・リザはダ・ヴィンチ氏の自画像だったのか。
……いや待て。そうなると、『レオナルド・ダ・ヴィンチは実は女性だった』ということになるのか。まあ、アーサー王が女性だったわけだし、今更かもしれないが。
「ふふん、いいリアクションをありがとう。気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれて構わないよ。こんなキレイなお姉さん、そうそういないだろ?」
「藤丸くん、あんまり彼を……いや、彼女……? とにかく、そこにいるのを気軽におだてないように。調子に乗っちゃうから」
「ええー? 人を褒められるのはマスターとして必要な素質だと思うけどナー。
他人の努力を素直に認められる。これは人間関係を構築する上でとても重要なことだ」
「ハイハイソウデスネ。
……というわけでそこにいるのが、我がカルデアが誇る技術部のトップ、レオナルド氏だ。
クラスはキャスター。真名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。見た目から分かる通り変人さ。それも度を越えたレベルのね。いくらモナ・リザが好きだからって自分までモナ・リザにするとか、そんな変態はカレぐらいさ」
「そこまで意外なことかなぁ。
私は美を追求する。発明も芸術もそこは同じ。全ては理想を――美を体現するための私だった。
そして私にとって理想の美とはモナ・リザだ。
となれば――ほら。こうなるのは当然の帰結でしょう?」
常識だろ? と言わんばかりに説教を垂れるダ・ヴィンチ氏。
……モナ・リザは自画像ではなかった。単に自分の身体をそう作り替えただけ。
流石は万能の人。発想がナナメ上にぶっとんでいる。
「分かるよ藤丸君。ボクもいちおう学者のはしくれだが、カレの持論はこれっぽっちも理解できなくてね」
「芸術家というのはいつの時代もそういうものさ。
キミも覚えておくといい、藤丸君。
この先、何人も芸術家系サーヴァントと出会うだろう。その誰もが例外なく、素晴らしい偏執者だと……!」
「マジか……」
「――とまあ、そんなわけで私の紹介は終わり。
これからは主に支援物資の提供、開発、英霊契約の更新等でキミたちのバックアップをする。
私はその子やマシュと違って、カルデアに召喚・契約されたサーヴァントだからね。そうそう別の時代に跳んでいけない。
マスターとは楔であり、現世に繋ぎ止める依り代。基本的に私はカルデア内でしか自由に歩けないのさ。
でも、藤丸くんが正式に私と契約できたなら話は別だ。その時は一介のサーヴァントとしてキミの力になる。そうなる運命を楽しみにしているよ、マスター」
ダ・ヴィンチ氏は最後に軽く手を振り、シミュレーションルームを後にした。
「……本当に自己紹介だけして立ち去ったな、カレ。
まあいいか。いずれ紹介しなくちゃいけなかったし、手間が省けたと思えば。
ともあれ、三人ともお疲れ様……ということでいいのかな。なんかボクだけ蚊帳の外な空気だったけど」
「いえ、それは大丈夫です。ただ……すみません。つい熱が入っちゃって、三つしかない令呪を使ってしまいました」
「ああ、それは問題ないよ。カルデアの令呪って、要はブースト用の加速装置だから。カレの手にかかれば、一日あれば三画は補充できる。
あれでも万能の人だからね。ことバックアップに関しては信頼していい。
だから、実際の特異点でも躊躇う必要はないよ。むしろガンガン使ってくれ。令呪を使えば使うほどカレの負担も増えて、ご飯も美味しくなる」
「それは凄いですね……ん?」
なんか、言ってることが矛盾してたような。
「ははは、気にしない気にしない。
というわけで、今日はこれで解散。午後はしっかり休んで、明日から本格的に作戦開始といこう」
プロローグ完。今後の展開としては、
第一~三特異点(おおよそ)
雨の国の魔女トネリコ。三人で仲良く人理修復の旅。
トネリコ→ぐだの描写をすること。ただしノット恋愛。あくまで興味。いややっぱり恋愛ありか?
トネリコ、マシュの友情もできれば描く。
第四~五特異点(たぶん)
救世主トネリコ。マスターの成長により霊基再臨。
文学少女から猪突猛進系委員長に進化。ラブコメ要素、盛れたらいいな。
トネリコ、マシュ(ry
第六特異点~(確定)
水妃モルガン。いや、シリアスが死ぬので通常モルガンで。
恋愛は死んだ。冷戦開始。
頼りになる美少女が魔女モルガンになったことでカルデア側の警戒度MAX。
モルガン、妖精国のことを完全に思い出し、カルデアへの警戒度MAX。
ぐだ、潤滑油として奮闘。なんやかんやあって和解し獅子王と対決。
冷戦終了。好感度は救世主の時点でカンスト済みなので大変なことになる、かもしれない。
なお書くとは言ってない。